【トレウマSS】ゴールデン・セイイング

  • 1二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:06:50

    「……っざけんな!」

    気がつけば手元にあったコップの水を、目の前のトレーナーに向かってぶちまけていた。

    トレーナーは黙ったまま。怒ることも慌てることもなく、ただじっとこっちを見つめている。そのどこか悲しそうな目が哀れみを含んでいるような気がして、ますます苛立ちがつのっていく。

    「なんだ、ケンカか?」

    「もしかしてあの子って……」

    少しだけ冷静になってくると、周囲の注目をどれだけ集めているかがわかった。それが単なる男女の言い合いじゃなくて、モデルのゴールドシチーと担当トレーナーの、となれば、一層好奇の目にさらされることも。

    「シチー、まずは落ち着いて場所を変えよう。詳しい話はそれから――」

    「いい。一人で帰るから」

    吐き捨てるように言って席を立ち、早足で歩きながらつくづく思う。

    アタシは自分で思うより数倍、面倒でワガママなウマ娘らしい。

  • 2二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:07:31

    十数分前。

    アタシとトレーナーは学園近くのカフェで、次の出走スケジュールを話し合っていた。

    「……今決まってる予定としてはこれくらいかな。細かい部分はマネジさんとも調整する必要があると思うけど……」

    「大丈夫、マネジだってこのシーズンに仕事は詰めないって」

    レースで結果を出し始めてからは、モデルの仕事をかなり絞る時期も出てきた。

    ちょうど去年の今頃、ようやく掴んだGⅠレースでの勝利。猛トレーニングの末、限られたチャンスをものにすることができたからだ。

    あの時はトレーナー、泣いて喜んでたっけ。そのまま感極まって抱きつこうとしたのは蹴り飛ばしてやったけど。

    だから、その後。トレーナーがさらりと口にした言葉は、ひどく心をざわつかせた。

    「俺は当日まで研修でトレセンを離れるから、その間のシチーの練習はあいつに見てもらえるよう頼んであるんだ。ほら、何度か話したことある――」

  • 3二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:08:13

    その名前はよく知ってる。アイツがよくトレーニング法の議論をする同僚だ、と聞いていたし、本人と担当ウマ娘をコースで見かけることも度々あった。

    ……トレーナーと彼女がいつも一緒にいるのはデキてるからなんじゃないか、なんて下世話な噂も散々耳にした。

    「あいつも普段の練習メニューは知ってるから、シチーはいつも通りで大丈夫だと思う」

    違う。

    「心配しなくてもレース当日には帰ってくるよ、シチーの走りを見逃すわけにはいかないからな」

    そうじゃないだろ。

    「まあ、俺がいなくてもシチーのやることは変わらないだろうから――」

    「……っざけんな!」

  • 4二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:08:54

    結局そのまま学園には戻る気になれず、アタシは河川敷で時間をつぶしていた。

    最初はうるさく震えていたスマホが電源を切られて黙ると、辺りに聞こえるのは風の音だけになる。

    「何やってんだろ、アタシ」

    自己嫌悪が止まらない。でもトレーナーもトレーナーだし、あんな言い方しなくたって……

    そこでもう一段冷静になった。アタシはいったい、何にキレてたの?

    自分で自分がわからなくなる。深く考え込みすぎて、後ろに近づく人影にもまるで気づかなかった。

    「シチーじゃん、どしたん?」

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:09:40

    「……ジョーダンか。今忙しいから」

    夕暮れ時の長い影を自分で踏みに行くように、ジョーダン……トーセンジョーダンがアタシの前に回り込む。

    「そ? 今のシチー、めっちゃヒマそーなんだけど」

    「悩むのに忙しいの。自分がわかんないことは人に聞け、っていうけどさ、自分をわかんないことは聞きようがないし」

    んー、でもさ、と、ジョーダンはアゴに指を当てた。

    「どっちにしたって、言葉にするのは大事じゃない?」

    「いや、それで何が変わるってわけでもないじゃん」

    「よくわかんなくなった時にはさ、いっこずつ口に出して確認するといいんだって。とりまシチーもわかんないこと、全部言ってみたら?」

    あっけらかんと提案するジョーダンの表情には、なんだか妙な説得力があった。

  • 6二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:10:21

    モヤモヤした気分を口に出してみる。

    「トレーナーに練習見てもらえないから……」

    「……それは絶対違う」

    「トレーナーの代わりにあの人にトレーニング見られるから……」

    「……それも多分、違う」

    「ひょっとして、あれから一年経ったし俺はもう必要ないな、って言われたと思ったのか?」

    「……だから違うって、必要ないわけないじゃん……って、トレーナー!?」

    いつの間にかジョーダンは消えていて、トレーナーが立っていた。最初からわかっててジョーダンに入れ知恵したってことか。

    「はぁ、サイアク」

    「悪かった」

    トレーナーは全く悪びれずに笑う。

  • 7二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:11:06

    「そんなわけないだろ? 少なくとも俺は、まだシチーの役に立つと思ってる」

    「……うざ、そんなんアンタの思い上がりだろ」

    「そもそも、他の奴にはシチーの寝坊の面倒は見きれないだろうしな」

    「うっさい、バカ」

    「多少離れる時間はあっても、全部が今まで二人で積み上げてきた練習の延長線上だ。これを見せたら信じられるかなって」

    ポケットから取り出した包みを、目の前につきつけられた。

  • 8二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:11:51

    「……蹄鉄?」

    丁寧に折りたたまれた布の中には、すり減ってボロボロになったU字の鉄片が入っていた。

    「一年前、初めてGⅠで勝った時のシチーの蹄鉄だ。俺にとっては二人の努力の証明だからな、練習でもレースでも肌身離さず持ってる」

    「なにそれ、ちょっとキモいんだけど」

    「じゃあそれは預けるから、好きに処分してくれ」

    「……や、捨てるとは言ってないし。あと、それから」

    「それから?」

    「さっきは、ごめん。トレーナーはアタシを信頼してたのに、アタシはトレーナーを信じてなかった」

    不安にさせたのは俺が悪かったし、勉強代みたいなものだ、と笑みをこぼす。

    「それに、まだ必要だって口に出してもらえるのはトレーナー冥利に尽きるからな」

    「……バカ、それはもう忘れていいっての」

    顔が熱い。陽が落ちた後で助かった、と思う。

    視線をそらした先の水平線からは、わずかに顔を出す金色の月が見えた。

  • 9二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:16:15
  • 10二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:17:54

    シチーさんのイチャラブは健康にいいべ...

  • 11二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:19:13

    作風の振れ幅が酷いお方!(褒めてる)今宵もありがとうございました

  • 12二次元好きの匿名さん21/11/15(月) 00:41:39

    過去作見てると今回王道なのが逆になんで?ってなるわ

    >>9

    物は言いようすぎる…

  • 13二次元好きの匿名さん21/11/15(月) 01:13:45

    愛がすべての障害を乗り越える話,コントという解釈ならそれを見て啞然としてるダスカトレの横でウオッカトレが大爆笑してたらいいなぁとふと思った

  • 14121/11/15(月) 06:21:09

    >>13

    ダストレ「いやこれ普通に名誉毀損レベルだろ……」

    ウオトレ「あー、やっぱりバツイチ設定の方はうまいことネタに入らなかったか」

    ダストレ「ここまで酷くしたのお前かよ!」


    って感じですかね?こういうのうまく使えれば読後のスッキリ感に役立ちそうですね

  • 15二次元好きの匿名さん21/11/15(月) 06:25:03

    おもろかったで、これからも宜しくな!

  • 16二次元好きの匿名さん21/11/15(月) 08:31:24

    最近寒いしあったかめの話に切り替えてきたのかな?
    乙です

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