(SS・閲覧注意)貴方の初めて

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:57:41

    〇史実を元ネタにした話ですが史実通りではありません
    〇いわゆる『契約解除』ネタです、閲覧注意
    〇なんで今書いてんだ……?

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:58:05

     僕と彼女との出会いは、天狗風のように突然だった。
     
    『あの、しなとをご存じありませんか?』

     学園の校門前できょろきょろと何かを探す彼女に声をかけて、返ってきた言葉。
     当時の僕には意味が全く理解することが出来ず、その場では、そのまま別れてしまった。
     でも、どうしても彼女のことが気になって、追いかけた。

     それが彼女、ヤマニンゼファーとの出会い。

     その後は様々な成り行きで、彼女とトレーナーとしての契約を結ぶこととなった。
     風を愛し、風に憧れ、疾風を目指す彼女の走りは苛烈の一言。
     そんな彼女を支えるため、知恵を絞り、足りない部分は学び、ひたすら研究を重ねた。
     彼女もそれに応えるように、日毎にその走りを強く、鋭くしていく。
     そして僕達の努力は、夏の舞台でついに花開いた。

    『勝ったのはヤマニンゼファー! 見事、安田記念を制しましたッ!』

     勝利を告げるアナウンスを、僕は夢心地で聞いていた。
     レース場に溢れる大歓声、それは全てゼファーに向けて注がれている。
     彼女にとって、そして僕にとっても初めてのG1制覇。
     レース後、僕の下に戻ってきたゼファーの顔に喜びはあれど、浮かれた様子は一切なかった。
     僕の称賛の言葉に、彼女は礼を述べつつ、真剣な表情で言葉を紡ぐ。

    『瑞風に待ってばかりもいられません、備えましょう、次なる地に』

     僕を自分を恥じた。ゼファーはすでに先を見据えている。
     彼女が目指し、そして越えようとする帝王の偉業においては、まだ最初の一歩に過ぎない。
     これからも僕達は共に歩み、幾多の栄光を手にしていくのである。
     ――――その、はずだった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:58:22

    「契約解除、ですか?」
    「本当に、本当にすまない……っ!」
    「…………まずは、理由をお聞かせください」

     俺はトレーナー室の机に頭を打ち付けるような勢いで、ゼファーに頭を下げた。
     普段は穏やかで気ままな彼女も、この時ばかりは冷えた目と声で、僕を突き刺す。
     切っ掛けは、恩師の持病の悪化。
     僕にとってはトレーナーの師匠であり、小さな頃から面倒を見てもらった人物。
     彼もまたトレセン学園のトレーナーであり、後数年で引退という年齢だった。
     その彼が、数週間前、突然倒れて入院した。
     元々の持病が悪化し、トレーナー業の復帰どころではない状態になってしまった。
     その病床で、すっかりやせ細った指で、まるで感じられない力で僕の手を握り、懇願した。
     ――――あの子を、頼む。

    「……なるほど、トレーナーさんも風勢はあれど、まだ吹き始めた初風」
    「ああ、まだ駆け出しの僕では、一人のウマ娘しか担当することが出来ない」

     元々引退が近いこともあり、ベテランだった彼も一人のウマ娘しか担当していなかった。
     そして、きっと、その彼女が最後の担当になると勘づいたのだろう。
     すでに担当を持っている僕に懇願するくらいには、強く入れ込んでいた。
     僕も悩んだ。
     この数日間は、ロクに眠ることもできなかった。
     ゼファーを見捨てることなんてできない、しかし恩師の願いも無碍にはできない。
     苦渋の選択――――その天秤を傾けたのは、二人の実績の差だった。

    「ゼファーはG1を勝って、誰と一緒でも、これから結果を残していけると思う」
    「…………」
    「でも、あの子はまだこれから、これからの子で……!」

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 22:00:00

     素質はあるものの、まだメイクデビューでの勝利しかしていない。
     これから研鑽を積んでいかなければならない、という時の、担当トレーナーの離脱。
     無論、僕に恩師の代わりが完璧に出来るわけではないが、少なくとも赤の他人よりは良いだろう。
     その説明を聞いて、ゼファーはどこか冷めた表情で、言葉を向けた。

    「つまり、私は勝ったから、トレーナーさんに捨てられるんですか?」
    「ちっ、違うッ! そうじゃなくて!」
    「…………すいません、悪風なことを言ってしまいました」
    「……いや、僕も声を荒げてしまって、ごめん」

     お互いに謝罪を口にして、重い沈黙が場を支配する。
     時計の音だけが鼓膜を揺らす、静かな時間。
     俺もゼファーもそんな時間が好きだったはずなのに、今は辛いだけだった。
     やがて、彼女の方から、口を開いた。

    「――――わかりました」
    「……ッ!」
    「“貴方”は凱風のような人でしたが、共にまことの風になる方ではなかった、ということでしょう」
    「…………本当に、すまない。後任になってくれそうなトレーナーには、何人か声をかけてある」

     僕は鞄から、資料を取り出す。
     ゼファーはG1を制覇したウマ娘で、担当したいトレーナーは星の数ほどいる。
     その中でも人格や能力を見定めて、数人を厳選した。
     全員優秀なトレーナーであり、彼らならばゼファーを必ず栄光へと導いてくれるだろう。
     無言のまま、ゼファーはその資料を受け取って、立ち上がった。

    「長い間、恵風をありがとうございました。貴方達にも、良き風が吹くことを祈っています」
    「……ああ、僕も、できれば君と一緒に吹き抜けていたかった」

     つい、零れてしまった、浅はかな言葉。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 22:01:10

     ゼファーはその言葉を見咎めるように、朔風のように鋭い視線を僕に向ける。

     ――――でも、あの子を選んだんですよね?

     そんな追及の言葉が聞こえてくるようだった。
     思わず、僕はゼファーから目を逸らし、やがて彼女の気配は遠のいていく。
     少しずつ、小さくなっていく彼女の靴音が、突然ぴたりと止まった。

    「ああ、そうです。最後に一つだけ、私から便風を」

     そう言ってゼファーは振り返ると、小走りで僕のところまでやってくる。
     初めて見る、どこか妖艶で、含みのある微笑みを浮かべた顔。
     そして、口を僕の耳元へ近づけると、微風のように小さな声、一言呟いた。

    「――――――」
    「……えっ」
    「ふふっ、では次会う時はレース場で……願わくば、まことの風への風道で」

     そう言って、ゼファーは軽く微笑みながら、軽やかな歩みでトレーナー室を出て行く。
     僕一人が残されたトレーナー室。
     別に、部屋の内装や荷物は、何も変わっていないはずなのに、空っぽになってしまったよう。
     まるで心に風穴を開けられてしまったような、そんな心地だった。

     それから、月日は流れる。
     僕と新しい担当ウマ娘は、着実に成果を積み上げていった。
     OP戦を勝ち上がった後、しばらく厳しい結果が続いたものの、ついには重賞をも制覇
     恩師の想いを受け継いだ僕と彼女は、G1戦線でも戦っていける実力を手にしたのだった。

     そして、秋。僕達の乾坤一擲の大舞台は、由緒正しい名誉ある大レース。
     ――――天皇賞である。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 22:01:28

    『――――壮絶な一騎打ちッ! 全く並んでゴールインッ!!』

     それは、息が詰まるほどの大接戦だった。
     観客席からは、勝敗がわからずに騒めく声が響いている。
     だが、レースを良く知るものであれば、その勝敗は明らかであった。
     ……僅差での、僕達の敗北である。
     彼女もそれを理解しているように、肩で息をしながら、その場で項垂れていた。
     やがて、掲示板に番号が表示され、レース場は勝者への称賛の声に包まれていく。
     確かに、ほんの僅かな差で勝利を逃したが、良いレースだった。
     そもそも格式高いG1レースでの二着だ、胸を張って、誇っても良い戦績である。
     だから僕は、全力を出し尽くした彼女に、良くやったと大声で伝えるべきなのだ。
     けれど、出来なかった。
     僕の意識は、視線は、激戦を制した、一着のウマ娘に奪われてしまっていたから。
     
    『この接戦を制したのは、ヤマニンゼファーッ! 一着は、ヤマニンゼファーですっ!!』

     白地に水色の配色、袖やスカートに施されたフリル。
     その勝負服は、僕の目に、僕の脳に、焼きついた、かつての担当ウマ娘のものだった。
     ゼファーは、くるりとこちらの方を振り向き、やがて駆け出してくる。
     一瞬身構えたが、当然、思っていたようなことはなかった。
     僕よりも手前にいた一人の男性が、彼女に向って歩みだす。
     彼は、僕がゼファーに紹介した、彼女の担当トレーナーだったはずだ。
     ゼファーは、その勢いのまま――――ふわりと、彼に抱き着いた。
     大胆ではあるが、不思議ではない、むしろ感動的といっても良い光景。
     だが、それは僕の胸を激しくかき乱し、僕はゼファーからも、担当からも、目を逸らした。
     ふと、背後から声が聞こえてくる。

     ――――ヤマニンゼファーのトレーナー、これが初めてのG1制覇だってさ。

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 22:01:46

     はっとして、思わず顔を上げる。
     何故か、こちらを見ていたゼファーと一瞬だけ目が合う。
     それはきっと、ただの偶然、のはず。
     だが彼女は、何時か見た、妖艶で、どこか含みのある微笑みを浮かべた顔をこちらに向けていた。
     脳裏に、あの時の言葉が蘇る。

    『貴方の初めては私だということを忘れないでくださいね?』

     頬に、水が伝う。
     それは自分の担当が負けたことによる悔し涙。
     そうに違いない、違いないのだ。
     拭おうと腕を上げた時、持っていたはずのペンを落としてしまってたことに気づく。
     ゼファーと出会った頃から使っていたものだが、それを探す気力も、今はなかった。
     早く、担当へ駆け寄ってあげなければいけないのに、力が出ない、声がでない。
     
     まるで僕の全てを、あの疾風に浚われてしまったかのようだった。

  • 8二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 22:02:27

    お わ り
    ぱかライブ見ます

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 22:27:22

    読ませていただきました
    契約解除…もとい乗り替わりは現実の競馬だと珍しくはないことですが、その裏には一言では片付けられないドラマがあるなあと感じました 

    これを機に、元ネタ?であろう田○騎手のインタビューも読ませて頂きました
    関係者の方々全てが報われるのは難しいですが、せめて少しでも多くの方が幸せであることを望みます

    素敵なお話をありがとうございました

  • 10123/02/22(水) 23:12:37

    >>9

    こんなタイミングで読んでいただきありがとうございます……。

    実際の競馬では更に複雑な事情が絡むでしょうからねえ……。

  • 11二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 00:31:18

    このレスは削除されています

  • 12二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 05:41:47

    また脳破壊されてる……

  • 13123/02/23(木) 06:45:24

    >>12

    今回は逆だからセーフということで

  • 14二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 06:48:30

    朝露の様な美しい涙を想像しました
    今日も良い風が吹いていますね…

  • 15123/02/23(木) 06:54:26

    >>14

    ありがとうございます

    そう言ってもらえると幸いです

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