タキオン「トレーナー君は私を好きすぎるねぇ!」

  • 1◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:23:19

    「トレーナー君は私を好きすぎるねぇ!」

     静かに一人でコーヒーを味わう。それは簡単に手に入る貴重な癒しのはず――でした。

    「聞いてるかいカフェ?」

    「はい……否が応にも」

     大した贅沢でもないはずの私の癒しは、こちらの都合などお構いなしな迷惑な隣人によって遠慮なく破壊されていきます。
     静寂は諦めて、せめて暖かな琥珀色を楽しもうと唇を潤しますが――

    「トレーナー君と来たら私の白衣まで洗濯してくれたんだよ! 白衣なんて単なる作業着だと割り切っていたが、アイロンがかかっていると一つ一つの動きが気持ちよくてね。服装によって体温や血流が変化し集中力に影響を与えるのは言うまでもないが――これはアレだね!? トレーナー君の愛に包まれているコトによる高揚感だね!」

     おかしいですね。砂糖は入れていないのですが、あまりの甘ったるさに眉間にシワが寄ります。
     しかし、あからさまな渋面を向けているというのに、タキオンさんの言葉はとどまることを知りません。

  • 2◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:23:50

    「最近はお弁当にも工夫を凝らすようになってねぇ。栄養バランスと食べやすさは当然のようにクリアしてくれるものだから、タコさんウインナーとリンゴのウサギさんを要求したら喜ぶこと喜ぶこと! 私の要望を叶えるコトが幸せでたまらないようなんだ。私を好きすぎるねぇ!」

    「……ええ、それはどうもおめでとうございます」

    「いや……めでたいばかりじゃないんだよ」

     もはや何を言っても無駄です。適当に頷いていればそのうち満足して研究に戻るだろうと適当に相手をしていたら、これ見よがしにため息をついてみせました。

    「何か問題でも?」

    「実はね、今日はこれからトレーナー君と実験機材の買い出しに行くんだ」

    「はぁ……機材は重たい物もありますから、手伝ってもらって何よりでは?」

    「ああ、うん。ただついでに夕食も済ませるコトになっていてね……」

    「……?」

  • 3◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:24:16

     タキオンさんらしからぬ歯切れの悪い様子に、さすがに怪訝に思う。ウマ娘とその担当トレーナーが休日に一緒に出掛け、夕食を共にする。そこまで珍しい話ではないというのに、いったい何が気がかりなのでしょう。

    「カフェも知っているだろう? トレーナー君が私を見つめる情熱的な目を」

    「ええ。最初の頃は普通の人だったのに、今では熱光線を発しかねないギラギラとした目ですね」

    「そう、あの情熱的な目! 果たして私を好きすぎる彼は、夕食を共にするだけで満足するだろうか……?」

     ん……? ああ、つまりタキオンさんの懸念《ノロケ》は――

    「ああ、そんないけないよトレーナー君! 確かに君はただのモルモットではないが、私はまだ学生で、君は指導者じゃないか! 大人しく言うコトを聞いてくれ――そう訴える私に、普段とは打って変わって従ってくれないトレーナー君!! ああ、私は門限まで帰ってこれるだろうか? いや、帰ってこれない!!」

     私は……本気で相談にのるつもりだったんですよ。まさか相談という体《てい》で、妄想混じりのノロケを聞かされるとは思ってもいませんでした。

  • 4◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:24:39

    「いや、門限の件はいい。門限を過ぎてもデジタル君なら上手く誤魔化してくれるだろう。問題は信頼しているトレーナー君に乱暴される私だよ!
     ああ、心身ともに傷ついている明日の私は、存分に慰めてくれていいからねぇ!」

     にこやかにこんなコトを言う人を慰める必要なんてないでしょう。必要なのは、どんな風に乱暴させたかを嬉々として話される私の忍耐です。
     ……まあ明日はどちらも起きないでしょうが。

    「じゃあ行ってくるよカフェ! 君はまだシンデレラさ!」





     その日の夜、タキオンさんは門限の30分前に帰ってきました。
     デジタルさんに確認しましたが、意気消沈としたまま言葉少なめにベッドにもぐりこんだそうです。

  • 5◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:25:13

    ※ ※ ※



    「……トレーナー君はEDなのかもしれない」

    「なんですか……藪から棒に」

     慰めの言葉をかけるか、それとも触れないでそっとしておくか。どちらを選ぶか決めかねていると、ゆっくりと弱弱しくドアを開けながら姿を見せたタキオンさんは、開口一番でとんでもないコトを口にします。

     タキオンさんのトレーナーさんに同情します。未成年の担当と休日にお出かけをして、手を出さないという指導者として当然のコトをしただけでEDの疑いをかけられるとは。

     昨日のコトが余程ショックだったのでしょう。タキオンさんはうなだれながら手に持っていた透明なカップ――中身が何なのか私からはよく見えません――を自分のスペースに置くと、崩れ落ちるように椅子へと座りました。

    「しかしだねカフェ。昨日は薄暗くなり始めた時間に、私はそれとなくうまぴょい街誘導したんだよ」

    「何をしているんですか……」

  • 6◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:25:46

     タキオンさんの私服は落ち着いた感じなもののため、パッと見では学生には見えない。とはいえ度々紙面を賑わかせている問題児が、そんな所に担当トレーナーと一緒にうろついているのを記者に見られでもしたらどうなるか。少しは考えてほしい。

    「そこでトレーナー君が『タキオン、ちょっといいか』と私の手を握って歩き出してね。ああ、トレーナー君がケダモノになってしまった! このまま私の意思を無視してうまぴょいホテルに連れ込むのだと戦々恐々としていたのだが……気がつくと何てコトはない飲食街に出てたんだよ。
     トレーナー君ときたら『あの辺りは妙なお店が多かったみたいだから、こっちを通って行こう』なんて言い出すんだよ。これがEDじゃなくて何なのかねカフェ!?」

    「何と言われても……教え子に悪影響を与えそうなモノから引き離しただけではないですか」

    「この私に今さら悪影響かい!? そんなの私自身から私を引き離さなければいけないねぇ!!」

     自慢げにのたまうタキオンさんを尻目に見ながら、今日の夕飯は何を食べようかと考える。
     そう、この頭の悪い桃色の会話は、まだ日が昇っている最中に行われているんです。

    「タキオンさんが昨日のお出かけの結果が不満なのは十分わかりました。しかしお出かけ自体は楽しめて、トレーナーさんが教え子のコトをよく考えている人だと再確認できたんです。休日の過ごし方としては上々では?」

     あの人はしばしばタキオンさん以上の狂気を放つコトがあります。そんな人がトレーナーとしての常識は持っているのだと再確認できるコトは冗談抜きで喜ばしい。

    「何が上場だい! トレーナー君のモルモット株は暴落寸前だよ! 私のトレーナーともあろう者が、つまらない上に無駄な固定観念に縛られるなんて!」

     しかしタキオンさんは喜びからほど遠い様子で憤慨します。

  • 7◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:26:42

    「百歩譲って私をうまぴょい街から離したことを許してあげよう。トレーナー君なりに私を想ってのコトだ。問題は引き離し方だよ」

    「……? 手を握って別の場所へと連れだしたんですよね?」

     手を握って下手な勘違いを――このままうまぴょいホテルに連れ込まれるのだと、タキオンさんに気を持たせてしまったコトでしょうか。

    「聞いてくれよカフェぇ。トレーナー君ときたら急ぎはしたけど動揺した様子もなく、何の未練もみせずに私とうまぴょい街から離れたんだよ?」

    「それは……」

     自分の立場に置き換えて考えてみる。私にはうまぴょいを考える様な相手はいないため、ここは相手として仮に……あくまでも仮に、一番親しい異性である私のトレーナーさんと、間違ってうまぴょい街に踏み込んでしまったとしよう。
     うまぴょい街に初めて、それも異性と一緒に意図せず入ってしまったとなれば、少なからず動揺してしまうでしょう。いえ、それどころか動揺のあまり、隣にいる相手と“そういったコト”をする自分を想像してしまうかもしれません。

     あまりのコトで立ち尽くしてしまう私の手を、意外と大きくてゴツゴツとしたトレーナーさんの手が握りしめ、優しく囁いてくれた。

    『この辺りは変な雰囲気だから離れようか』

     私と“そういったコト”をするなんてまるで考えた様子もなく、なんの気負いもなく私の手を引いてうまぴょい街から離れていくトレーナーさん。これは……

    「……タキオンさん。よく殺意を抑えられましたね」

    「フフ、フハハ、アーハッハッハッハッハッ! 怒りも頂点を超えると愉快な気持ちになってきてねぇ! どうしてくれようかとゆっくりと考える余裕まで出てくる始末さ!」

     今の今まで『この人は何を好き勝手言ってるんでしょう?』と思っていましたが、まさか同じ女性として義憤を覚えるコトになろうとは。

    「――で、考えているうちに気がついたわけだ。熱狂的なまでに私に入れ込んでいるトレーナー君が、指導者としての責任感とやらで私をうまぴょい街から離したまでは許せるが、動揺も未練も見せないのはいくらなんでもおかしい」

     タキオンさんをそういう目で見てないだけでは……? と思いましたが口にはしません。口にしてしまえば戦争です。

  • 8◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:27:29

    「そこで私が気づいた! 彼はうまぴょいがしたくてもできない体質――EDなのだと!」

     口にしなかった結果、センシティブな単語を大声で叫ぶ女子高生を誕生させてしまいましたが……これは私の責任ではないですよね?

    「はぁ、まあ……仮にそうだとしてどうするんですか? そういった病院を紹介するんですか? 異性の教え子にそういった病院を紹介されたら、男性は多分傷つくと思いますよ」

    「ん、病院? なんでトレーナー君の体を他のヤツに調べさせなきゃいけないんだい?」

    「……あ」

     オチが見えたのでタキオンさんのトレーナーさんへの同情と、それに巻き込まれまいという保身で後ずさる。
     もしこれが中距離レースなら、金色に輝く“独占力”の文字が目に見えたコトでしょう。

    「そもそもトレーナー君がEDとなったのは、私の被検体としてあんな薬やこんな薬を飲んだコトが原因かもしれないんだ。私が責任を取って治さないといけない。というわけでこれだ」

     そう言ってタキオンさんが手を伸ばしたのは、部屋に入ってすぐに置いていた透明のカップです。

    「見てみたまえカフェ。これがトレーナー君用に開発した『ロイヤルビタージュース・グランドライブver』だよ」

    「出来たて……?」

     そう呟いてから、その限りなく黒に近い緑色の液状物質から漂うのが、湯気ではなく気泡であることに気づきました。
     それは常温であるにも関わらず透明なカップの中で胎動し、内に込められた狂気を耐えられないかのようにコポリコポリと大気に漏らす。
     気のせいかテケリ・リ、テケリ・リという奇妙――というか、何でしょうか。胸の中で金切り音を巻き散らかすかのような、冒涜的な鳴き声を発しているように思える。

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:27:59

    長い長い!
    愛が重い!

  • 10◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:28:07

    「これを飲めばあら不思議! 体力は100回復ではなく最大まで回復! さらにパッションも100上がる! ああ、トレーナー君があふれ出るパッションをぶつける相手といえば、薬を飲ませた目の前にいるこの私!」

     飲む……? これを……飲ませる!?
     あまりの戦慄《せんりつ》に一言も発せない私をよそに、タキオンさんをどんどん妄想を高ぶらせていく。私が止めようもない域へと。
     
    「ああ、されてしまう!! トレーナー君の××な××を×の××××へ××に……×××で、さんざん××××されたあげく――」





    「 ム リ ヤ リ 凸 凹 × ! ! 」





    「ああ! トレーナー君をEDにした責任を取るために薬を飲ませたのは確かに私だが、そこまで責任を取るとは言ってないのに! 君のハロン棒がうまだっちした責任を取れだなんて……や、止めてくれトレーナー君!」

     止めてくださいタキオンさん。友人として忠告できるレベルで収まってください。国家権力による介入が必要だと、私に諦めさせないでください。

  • 11◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:28:34

    「うう、カフェ。今から私はトレーナー君をEDをした責任を取るためにこの薬を飲ませに行ってくるが、あふれ出るパッションのあまり理性を失ったトレーナー君が、私の弱みにつけ込んであんなコトやこんなコトを要求してくるだろう。
     か弱き乙女である私は強くそれを拒むことができず、手折《たお》られるだろうが……傷ついて戻って来る私を、どうか何も言わずに優しく慰めてくれ」

     か弱き乙女とやらがいるならそうしてあげましょう。しかし目の前にいるのは、コポリコポリと妖しい音を漏らす薬を片手に満面の笑みを浮かべる狂人です。
     それにしても――

    「トレーナーさんの方から、強引に手を出してくる前提……なんですね」

    「ああ、明日の私は制服で登校できるだろうか。バンドエイドや、最悪包帯で肌を隠す必要が――うん、何か言ったかいカフェ?」

    「……いえ、何でもありません」

     言った方がいいのでしょうけど……手厳しい内容です。言わないで済むのなら、それに越したことはありません。

    「ふぅん? まあ気が変わったのなら言ってくれたまえ。ただし後でだ!」

     こうして彼女は部屋に入って来た時とは打って変わって、今度は軽やかな足取りで部屋から出ていきました。

    「……ん?」

  • 12◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:29:14

     違和感を覚えたのはドアが閉まって数秒ほど経ってからでした。
     薬は既に出来上がっていたのだから、タキオンさんは部屋を出る時だけではなく入ってくる時も、踊るような足取りであるべきでは?
     しかし彼女は部屋に入った時は絶望してうなだれ、自分のトレーナーさんをEDだと嘆く有様でした――そのEDを解決できる手段が、手元にあるというのに。
     これはつまり……

    「私と話している間に……薬を使う決心がついた?」

     あのタキオンさんが?
     誰かと話すコトで薬の使用を決心する?
     眠っているトレーナーさんに許可なく薬を飲ませようとしたあのタキオンさんが?

    「止めないと……っ」

     いったいどれだけ危険な薬なのか。テケリ・リ、テケリ・リという奇怪で不快な音色が耳元で蘇ったような錯覚に襲われ、冷たい汗が流れる。

     スマートフォンに手を伸ばすが――ダメです。先ほどの彼女の様子では、頭の中はトレーナーさんに薬を飲ませてから凸凹×することでいっぱいで、電話に出てくるとは思えません。もし出てくれたとしても、電話越しで彼女の狂気を止められるはずがない。

     慌てて部屋を飛び出しトレーナー室へと向かいますが――

    「……遅かったですか」

     トレーナー室のある方角から、天へと昇る七色の光を見て足を止めます。
     アミバンタキオンさんの『ん!? 間違ったかな……』という声が聞こえたような気がしますが……もう私にできるコトはありません。遠くから様子を見るぐらいにしておきましょう。

  • 13◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:30:06

    ※ ※ ※



    「……トレーナー君が同性愛者だった」

    「……今度は何ですか?」

     一昨日は自分を好きすぎると自信満々に断言し、昨日はEDではないかと疑ったかと思ったら、今度は同性愛疑惑です。
     ため息を隠す気にもなれない私を責める人はいないでしょう。

    「同性愛者かもしれない、ではなく同性愛者だったと言うからには、何か確証があるんですよね?」

     タキオンさんのトレーナーさんとはさして親しいわけではありませんが、かといって浅いわけでもありません。
     同じタキオンさんに振り回される身としては共感の一つや二つを覚えた事だってあります。
     そんな彼が同性愛者だと聞かされても「ああ、通りで」と思い当たる節がありません。
     むしろ今度は何を言い出しのだろうこの人は、というのが正直な気持ちです。

  • 14◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:30:49

    「昨日はアレから七色に輝くトレーナー君を元に戻すついでにデータを取ってね……」

    「ああ、アレからですね」

     遮光カーテンを頭からかぶせられた状態で、怒りで肩を震わせるエアグルーヴさんにタキオンさんと一緒に連行される哀れなトレーナーさんの姿を思い出す。
     アレが中央のエリートだと聞いて誰が信じるでしょうか?

    「トレーナー君の生殖能力は正常だと確認できたんだよ……」

    「……それがどうして同性愛者につながるんですか?」

     どんな検査をすれば生殖能力を確認できるかは知りませんが、あのタキオンさんが声高らかに宣言するでもなくあっさり流すということは、誇るまでもない簡単なコトなのでしょう。あくまでアグネスタキオンにとっては、でしょうが。

    「どうしてって……トレーナー君は健全な男であるコトが証明されたんだよ! けど私とこれまで何度も二人っきりの機会があったのに、一度も……一度も、そういう気を起こそうとした気配が無いんだ……。
     トレーナー君が尋常ではない情念を私に寄せているのは、カフェ……君だって認めてくれるだろう? けどその情念は……情欲が混ざったモノでは……なかった?
     若く健康なトレーナー君が……若く健康な女である私のコトを四六時中考えているのに……性的なモノがないとしたら……それは、それは……つまるところ――」

     わなわなと。この世の終わりに繋がる発見を見つけてしまった科学者のように打ち震えるタキオンさんの姿は深刻なものだったが、私にしてみれば杞憂にしか思えない。
     あの人は確かにタキオンさんをそういう目では見てないかもしれない。けどそれは行き過ぎた狂信が為せる業《わざ》であり、信仰の対象であるタキオンさんの方から求めればあっさりと陥落するのでは?

    「タキオンさんの考えはわかりました。しかしハッキリと本人に確認を取ったわけではないんですよね?」

    「……いや、カフェ。トレーナー君の口から私はハッキリと確認を取ったんだよ」

    「……は?」

     予想外の展開です。比喩抜きでタキオンさんのコトを四六時中考えていそうなあの人が、他の生命体に恋慕できるとはにわかには信じられません。

    「どのように確認を取ったんですか?」

  • 15◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:32:09

    「うん? 『トレーナー君、君は同性愛者なのかい?』と聞いてみてね」

     これはまたストレートな……

    「するとトレーナー君は『え、違うけど』と答えてね」

     ……ん?

    「ホモは嘘つきだから、トレーナー君は……トレーナー君は同性愛者――ホモだったんだよっ!!」

     …………んん?

    「あの……タキオンさん?」

    「うっ……く……ん、なんだいカフェ?」

    「先ほどの質問――同性愛者なのかという問いを、トレーナーさんが否定せずに肯定したらどうなったんですか?」

     私のあまりにも当然な疑問に対して、タキオンさんはなんだそんなコトかと前置きしてすんなりと答えた。

    「大胆な告白はホモの特権だからね。肯定したというコトはホモだよ」

     ……………………んんん?

  • 16◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:32:31

    「あの……タキオンさん? それではどう答えれば異性愛者だと認められたのですか?」

    「はぁ……カフェ。常識とは18才までに積み上げられた先入観の堆積物にすぎないが……君も年頃の少女なんだ。このぐらいの知識は持っていて欲しい」

     やれやれと肩をすくめる非常識な塊は、自らの存在を棚に上げつつ教えてくれるようだ。

    「不安にさせてすまなかったと謝りながら、優しく私を抱きしめる……これが出来なきゃ異性愛者じゃないねぇ!!」

     ……昨今の性を巡る認識の変化は難しいのですね。まさか異性愛者のハードルがそこまで高くなっているとは知りませんでした。
     というかこれはアレですね。同室のデジタルさんからの悪影響と、後輩のスカーレットさんがオススメしたであろう少女漫画が奇跡的なブレンドをした結果なのでしょうか?

    「いったいどこの誰だ……私のだぞ……トレーナー君は私のトレーナー君なんだぞ……私のお世話をするのがトレーナー君の幸せなのに……他の誰か、ましてや男なんぞに……男……トレーナー君の周りにいる男……なぁ、カフェ」

     普段は狂気で濁る瞳を今は虚《うつ》ろにさまよわせながら、存在が疑わしい恋敵へと怨嗟を吐き出す姿にあきれ果て、このまま立ち去ってしまおうという考えがよぎった時だった。
     彼方《かなた》の方へと向けていた視線を、首を動かすことなく目玉のみギョロリと動かすと、彼女は奇妙なまでに平坦な声音で問いかけてくる。

  • 17◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:33:01

    「君のトレーナーは……最近、お尻を痛めたりしなかったかな?」

    「……は?」

     何故ここで、私のトレーナーさんが出てくるのですか?
     何故ここで、私のトレーナーさんのお尻を気にするのですか?
     何故こんな、バカげた話なんかに私のトレーナーさんが出てくるのですか?

     何故、何故、何故!?

     「何を……言って……あっ」

    『イテテテテッ。ん~、青アザできたかもなあ』

     何を言ってるのだと怒れば良かったのに、つい先日、雪で足を滑らせたとかでお尻を痛めてしまったトレーナーさんの姿を思い出してしまいました。

    「カフェ!? 心当たりがあるんだねカフェ!?」

    「ちがっ、違います!!」

    「ああ、わかる、わかるともカフェ! 信じがたいだろう! 受け入れられないだろう! 天地が歪むような目まいに襲われるだろう! 担当しているウマ娘がいるにも関わらず、他の相手――それも男なんかに!」

    「わ、私とトレーナーさんはそういった関係じゃ――」

    ――ありません。そう口にしてしまえば、他の誰かにトレーナーさんを奪われるような様な錯覚に襲われ、続けることができません。
     あってはならないコトです。トレーナーさんが黄緑色に発光する男性に組み伏せられ、抵抗するどころかむしろ受け入れるように自分から腰を浮かすなんて……っ!

  • 18二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:33:20

    急に雲行きが汚くなってきたな……

  • 19◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:33:32

    「……寝取られです」

     気づけば自分のモノとは思えない言葉が漏れていた。弱弱しい声音とは裏腹に耳にこびりついて離れない怨嗟の響き。それを発した私の唇は、痛みを覚えるほどに乾いていた。

    「そうだ、寝取られだ!!」

     山彦《やまびこ》のようにタキオンさんから返ってくる、忌々しい言葉。それが鼓膜を打って脳を揺さぶってくる。溶けてしまった脳が頭蓋からこぼれてしまうような気がして、頭を抱えて跪《ひざまつ》く
     それでも私の脳は止まらない。揺れ動き、吐き気を催し、緊急事態だと全身に警告を発する。

     寝取られた、寝取られた、寝取られた。

     私のトレーナーさんを寝取られた。

     どうする、どうする? どうすればいい? このまま泣き寝入り……? 取られたのに? 邪悪な理不尽に打ちひしがれて、無力にただ立ち尽くすだけ……?

     寝取られたのなら――取り返さなければっ!!

    「……取り戻しましょう」

     正義の戦いがあると気がつき顔を上げれば、敵にすれば厄介だが味方にすれば面倒という、頼もしい仲間の姿がありました。

  • 20◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:34:09

    「カフェ。君は自分のトレーナーをノンケに戻したまえ。私も自分のトレーナー君をノンケに戻そう」

    「……私はトレーナーさんを。タキオンさんも自分のトレーナーさんをノンケにする。つまり――」

    「挟み撃ちの形になるな」

     ……弁明させてください。この時の私たちは、おかしくなっていたんです。何がどうして挟み撃ちになるかは不明ですか、非常に効果的な戦法を選んだ気になって、トレーナーさんを取り戻せるのだという自信と希望に満ちあふれていたんです。ここにユキノさんなりシャカールさんなり誰か一人でもいて“待った”をかけてくれたのなら、我に返ることができたんです。

    「行くぞ、カフェ!」

    「……ええっ!」

     狂奔に衝き動かされるがままに部屋を飛び出ようとしたところで、ようやく“待った”がかかりました。





    『――――――――――!!』

  • 21二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:34:25

    おいやめろツッコミ役がいなくなる!

  • 22◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:34:38

     衝撃が奔った。 

     それは足が地から離れてしまうほど強烈な揺さぶり。それでいて痛みはなく、冷水を頭から浴びせられたかのような気分になる。ついたり消えたりを繰り返す蛍光灯の下で、口をポカンと開いたまま目をまたたかせるタキオンさんと呆然と見つめ合う。

     『お友だち』の意思は、これまでに見せたことのない珍しいモノ――“呆れ”であった。

    「……タキオンさん、少し落ち着きませんか?」

    「……そうだねぇ。私としたコトが我を失っていたようだ」

     トレーナーさんがお尻を痛めのは転んだからだと知っていたはずなのに、彼が他の誰かと肌を重ねる姿を想像してしまってから冷静さを少し失ってしまっていた。とりあえず私がやるべきコトは――

    「タキオンさん。タキオンさんの方法ではトレーナーさんが異性愛者なのか同性愛者なのか、確認できませんよ」

    「えー!!」

  • 23◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:35:32

    もしかしてもうちょっとゆっくり投稿した方がいいですか?

  • 24二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:37:34

    世にあまねく万人にこの名著が届くまで、具体的には200まで保守し続けるのでどうかご自分のペースで投稿していただきたい

  • 25二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:37:46

    書き溜めてあるなら1のペースでいいぜよ

  • 26二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:38:03

    >>23

    いや、忘れないうちにサクサクやってくれ

  • 27二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:38:30

    >>23

    読むのが楽しくて更新連打してるから無理ないペースでどんどんくると嬉しい

  • 28二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:38:56

    >>25

    (続き)

    てか描き終わったらpixivかどこかに載っけてほしいぜよ

  • 29◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:40:17

    すいません
    この掲示板で短くないSS投稿するのが初めてだったので確認しました
    このまま一気にいきます

  • 30◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:40:45

    ※ ※ ※



    「トレーナー君は奥手すぎるねぇ!」

     まさかの四日連続です。
     『お友だち』からのお叱りと、トレーナーさんを同性愛者だと認定した方法があまりにも間違った方法だと知って少しはヘコむかと期待しましたが、今日も今日とて元気にやって来ました。
     ただ少し気になったのは、意気揚々と両手を広げて笑う姿はやけっぱちといいますか、追い詰められた様子があるコトです。
     
    「男女平等や女性の人権を尊重するのは実に良い事だ。仮に私が女という理由でこの才能を世に広めることを許されないとしたら、それは世界の損失に他ならない」

     この学友をこのまま世に放っていいものか。世界への損害ではないかと思いながら、とりあえず持論を続けてもらう。

    「しかしだね、昨今の男女平等を訴えるポスターの何てセンスの無い事か! 家に来てくれても無理ぴょい! はっきり嫌だと言われなくても無理ぴょい! ボディータッチされても無理ぴょい! なんだね!? うまぴょい前に役所に書類を提出でもしろとでも言うのかい!?」

    「……コミュニケーションが足りてないだけでは?」

    「……カフェ?」

  • 31◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:41:13

     連日振り回されたコトに加えて、昨日にいたっては私のトレーナーさんを同性愛者の受けだと疑ってくれたんです。あの時の脳が破壊されるような感触は今でも残っていたため、ややキツイ言い方になってしまいましたが……いえ、これについては初日から思っていたことです。続けましょう。

    「うまぴょいは一歩間違えれば暴力に繋がりかねない行為です。タキオンさんは役所への書類に例えましたが、二人の間でそれぐらい慎重にお互いの意思を確認し合うべきでしょう」

    「し、しかしだね。それだとムードも何も無いじゃないかいっ」

    「何もハッキリと言葉にしろ、書面に残せと言っていません。うまぴょいできるほどの仲ならば、お互いが“それ”を望んでいると確信できるサインを何重にも出すことができるはずです。いえ、そう努力した上で行為に挑むべきです」

     口にしなければわからないのか……というもどかしい気持ちはわかります。
     口にしてもどうせ理解されない……気味が悪いと恐れられるだけ――理解を求めるのに疲れてしまったコトもあります。
     でも私は――勇気をもって話したけれど、自分でも言葉足らずだとわかる内容を、トレーナーさんがくみ取ってくれるのが嬉しい。

     私とあの人、二人だけで通じるやり取りが増えていくことに、心が躍る。

  • 32◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:41:43

    「うまぴょいは愛する者同士の最上のコミュニケーションです。その程度のコミュニケーションも取れない者がしていい行為ではないのでは?」

     あの人から手を刺し伸ばしてくれるのは嬉しいけれど、私からも手を伸ばしたい。

    ――一方通行じゃ、イヤだから。

    「今のタキオンさんは……そういった努力を恥ずかしみ、あるいは恐れ、自分のトレーナーさんが強く望んだから仕方なく……そう言い逃れできる状況を欲しているように見えます」

    「……っ」

    「……別に今からじゃなくてもいいです。勇気がいる行為ですからね。ですが、自分のトレーナーさんを責める様なマネは止めた方がいいです」

    「……」

     痛い所をついてしまったのか、タキオンさんは彼女らしくもなく呆然とこちらを見つめる。
     沈黙が長引き、少し言い過ぎたかと心配になり始めた頃に、彼女はふらふらとクラゲのように私へ近づいてきた。その力のない様子にますます心配を募らせていると、彼女は私の下腹部へと手を伸ばし――

    「……何をしているんですか」

     人の繊細な部分を撫でようとした触手を、その寸前でなんとかつかみ取る。

  • 33◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:42:17

    「いや……君がずいぶんと大人じみたコトを言うものだから、先を越されたのかと点検をだね」

    「さわって確認できるんですか?」

    「何となく今のカフェ相手ならできたような気がするねぇ」

    「……はぁ」

     心配するだけ無駄だったようです。とりあえず手は離してあげますが、念のため距離を取ります。

    「カフェの言い分はよくわかった。トレーナー君があまりに私に尽くしてくれるものだから、私も甘えが過ぎたようだ。これからどのような関係になりたいのか、しっかりと話し合う必要がある。
     ふぅむ……落ち着いて考え直すと、今さら私の体面なんかどうでもいいが、トレーナー君は指導者だ。少しはトレーナー君の立場も重んじてあげるとしようか」

    「そうですね……あんな人とは、二度と巡り合えませんよ」

    「在学中は今の関係で我慢するとして、卒業後の関係について話し合うとしよう。卒業後は今まで以上に私の面倒を見てもらうためにも、トレーナー寮は当然出てもらう。部屋は2K……いや、1LDKでいいな。寝る場所は同じでいい」

    「……」

     立場を重んじるという、タキオンさんらしからぬ言葉に安心したのもつかの間。卒業してからとはいえ、現段階では未成年の教え子との同棲を取り付けようとするとは……

  • 34◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:43:03

    「善は急げだ! 私の進学先とトレセン学園、どちらにも通学通勤しやすい物件探しだ! ああ、簡単な実験スペースがあれば尚良い!」

     そう言い残すとタキオンさんは部屋から走り去っていきます。足音から彼女の進む先はトレーナー室――物件はトレーナーさんと二人で選ぶつもりなのでしょう。

    「はぁ……疲れました」

     四日連続で振り回されましたが、五日連続は無いでしょう。これでようやく静かに一人でコーヒーを味わえます。
     ドリッパーに手を伸ばしつつ、ようやく取り戻せた平穏に自然と頬が緩みます。

    ――頬が緩む理由には、幸せそうに走り去る彼女の横顔もなくはないでしょう。





     彼女の横顔を思い出しながらコーヒーを嗜む私は、明日の今ごろには物件選びの件で『トレーナー君はわかってないねぇ!!』と五日連続で振り回されるコトを、この時はまだ知りませんでした……。



    ~おしまい~

  • 35二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:43:08

    このレスは削除されています

  • 36二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:46:16

    ダメだノリと勢いで押し切られて笑う

  • 37二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:47:06

    昼間からこんな濃厚で密度のある作品提供されると多幸感で酩酊肥満になってしまうよ

    最高峰の作品をありがとうございました!

  • 38◆SbXzuGhlwpak23/02/23(木) 12:48:07
  • 39二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:49:12

    乙です!
    取り敢えず明日まで保守しとくわ

  • 40二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:49:50

    心がうまぴょいした

  • 41二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 12:53:51

    凄い読ませる力のある文章だった…とうまぴょい街ってなんだよ…と言う困惑が同時にやってきた

  • 42二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 13:05:11

    あぁ武内PとまゆPの人か。道理でホモな訳だ

  • 43二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 13:17:16

    脳破壊カフェ助かる

  • 44二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 13:28:11

    ヤンデレものかと思いきや途中クッソ汚くなって笑った
    お友だち有能スギィ!

  • 45二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 16:35:06

    さりげにカフェトレでもあるのがいいねぇ

  • 46二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:05:00

    保守

オススメ

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