- 1二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:27:46
その男は、夜のトレセン学園を歩いていた。男は、まっすぐ正門を目指して歩いてた。迷いもなく、最短経路で向かっていた。寮の門限が近いので、人の気配はほとんどなかったが、もしも今が昼であったのなら男はさぞ人目を引いていたであろう。
体の大きな男であった。背は180センチくらいとさほど長身というわけでもないが、別に身長を見て大きいと言っているわけではない。太いのだ。首も、腕も、脚も、胴も、その身に纏う気配すらも太いのだ。太いと言っても肥満というわけではない。柱のような骨の上に、生ゴムのような筋肉がみっちりと詰まっているのが服の上からでもよくわかった。とにかく、大きな男であった。くたびれたスーツをラフに着ているその男は一見華やかなウマ娘達が集うトレセン学園には不釣り合いに見える。しかし、胸に輝くバッジを見れば彼がウマ娘を鍛える師───トレーナーであることは明白であった。
男は仕事を終えて帰路についていた。担当のウマ娘は春のGⅠを制し、今日から休養に入る事となった。男もそれに合わせて数日休みを取るつもりであった。担当は明日から同室の友人とサマーキャンプにゆくそうだ。寂しがりな子であったが友人と一緒なら自分がいなくても大丈夫であろう。そういうわけで男は孤独な休暇を迎えることとなっていた。ここのところ忙しくてストレスも溜まっていたので久しぶりに行きつけの店で痛飲とゆこう。そう思いながら、校門を目指して歩いていた。 - 2二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:30:41
「待ちなよ。」
背後から男を呼び止める声が聞こえた。
男は振り返らず───しかし、足を止めて背後の声に耳を傾けた。
「タイキシャトルのトレーナーだな?」
声の主はそう問うた。
タイキシャトルは短距離〜マイル戦線で活躍するウマ娘だ。前年には欧州のGⅠをも制しており、現役最強のマイラーとして名高い。先日もとあるマイルGⅠを獲ったばかりだ。
「だったらどうした。」
男───タイキシャトルのトレーナーはそう言いながらようやく後ろを振り向いた。
声の主は顔立ちの整った若い男であった。体格は一見細身に見えるがそれは近くに太い男がいるからそう見えるだけであろう。むしろよく見ればがっしりして筋肉質な方だ。これだけ聞くと好青年であるが、その表情は苦虫を噛み潰したようであった。しかし、なぜそんな顔をしているのかはわからなかった。
「覚えているか。前の模擬レースであんた担当と走ったウマ娘のトレーナーだ。」
そう言われて、ようやくタイキトレは思い出した。この男は前年デビューしたばかりの某とかいうウマ娘のトレーナーだ。某は短距離戦線を順調に勝ち進んできたホープで今後はその道の主役の1人になるであろうともっぱらの評判であった。そんな時、その某が学園が開催する模擬レースでうちのタイキシャトルと走ることになったのだ。この模擬レースはイベントのような物でハンデを背負った現役のスターウマ娘にルーキーウマ娘達が胸を借りるつもりで挑むというコンセプトであったのだが、中には本気で倒すつもりで挑んでくる者も少なくない。某ウマ娘もその1人で、中でも特にギラついていた。ハンデを背負うなんて舐められた物だ。絶対に勝ってやる。そんな気迫を出していたのが印象的であった。
───結果は察しの通りウエイトを付けて走ったにもかかわらず、タイキが5馬身差で圧勝した。どうやら某トレーナーはその事を恨んでいるようだ。 - 3二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:34:18
「あのレース以来うちの某はすっかり調子を落としてしまった。トレーニングにも影響が出ている。この落とし前はあんたにつけてもらわないと気が済まない。」
某トレは声を震わせながら言った。デビューして以来順調に勝ち進んできたウマ娘が格上のレベルを思い知らされて挫折するのはよくある話だ。正直逆恨みもいいところだ。
「恨むならおれではなくお前の担当を打ち負かしたタイキではないのか。」
「ガイドラインに反するのでな。」
たまらぬイメ損回避であった。
「そうか。で、おれはどう落とし前をつければいいのだ。」
タイキトレは問うた。
「叩きのめす。徹底的に。完膚なまでに。ごめんなさいと言っても許してやらない。あんたをぶっ壊す。」
とんでもないことを平然と言ってのけた。その表情と握りしめた拳が先ほどの発言が比喩ではなく本当に物理的に叩きのめすつもりであることを示していた。
「レースで見返そうというつもりはないのか。」
当然の返しであった。
「あんたに勝てないようでは某を元気づけることもできないのでな。」
無茶苦茶な理屈であった。
「やるのか。やらないのか。答えろ。それとも逃げるのか。最強マイラーを育て上げた一流のトレーナーが新人トレーナーの挑戦から尻尾巻いて逃げたとでもいうつもりか。」
安い挑発である。タイキトレとしてはとっとと飲みに行きたいので正直このまま帰っても構わないと思っていた。しかしこうも鬱陶しい男だ。挑むまで執拗に言い寄ってくるだろう。今後のトレーニングの邪魔になる可能性もある。いつか不意打ちを仕掛けてくることもありうる。
「いや、いいさ。やろう───。それでお前の気が済むのならな。」
「では始めるか。」
「合図は。」
「ない。」
そう言うなり某トレは駆け出した。闘いは挑戦を受けた瞬間から始まっている。そう言っているかのような勢いであった。 - 4二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:38:59
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- 5二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:39:43
「ふしゅッッッ」
鞭のようなものがタイキトレの視界に現れた。某トレの左ハイキックであった
ぱぁん!
それをタイキトレが右腕で受けた。それと同時に某トレが畳み掛けるような連打を仕掛けた。
拳。
脚。
指。
拳。
拳。
肘。
脚。
肘。
タイキトレは無防備でそれを受けた。某トレはなだれ込むようなラッシュをかけながらほくそ笑んだ。この程度か。体格だけか。
しかし様子がおかしい。どれだけ乱打をしてもタイキトレは一向に倒れる気配はない。いや、それどころか微動だにしない。最初はなすすべがないのだろうと思ったがそうではない。ほとんどダメージを受けていないのだ。余裕に満ちていた某トレの表情は次第に驚愕に変わりつつあった。おかしい。おかしいぞ。こんなはずはない。おれは学生の頃空手でウマ娘にだって勝てたほどの腕前だぞ。なんだ。なんなんだこの男は。 - 6二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:42:27
野生の夢枕獏までいるのか
- 7二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:42:46
最強マイラー、タイキシャトルはウマ娘の中でも屈指のパワーの持ち主だ。同時に極度の寂しがりでもあった。なのでところ構わずハグを仕掛けてくるのだ。当然タイキトレもハグという名の全力タックルを幾度も受けてきた。最初の頃は骨をやられ病院に送られることもしばしばあった。それでもタイキの相手をしてやりたかった。タイキに寂しい思いをさせたくなかった。その結果がこの肉体である。タイキトレの肉体は相手をぶちのめすためではない。タイキのハグを受けてやるために鍛え上げたのだ。これほどか。これほどの男であったか。
某トレの豪雨のような乱打も永遠ではない。やがて肉体が悲鳴を上げ始め、速度が落ちてゆく。その隙をタイキトレは逃さなかった。某トレの顔面目掛けて全力の拳を叩き込んだ。
ぐき。みちり。
肉の潰れる音がした。
そのまま某トレは10メートル程飛んでいき、地面に叩きつけられた。巨岩をも粉砕する拳である。それを食らった衝撃はまるで砲弾を受けたかのようであった。某トレは倒れながらうめいた。なんとかもがいて立ちあがろうとした。それを見たタイキトレはゆっくりと歩み寄った。
べキャッ
某トレの胸を勢いよく踏み抜いた。肋の折れる音がした。某トレはそれでももがく。
ドシャッ
またタイキトレの脚が某トレを踏みつけた。また何本か肋が折れた。
某トレは動かなくなった。
勝負は、3分でついた。 - 8二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:45:43
某トレのしぶとさが完璧にプロレスラーのそれ
- 9二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:46:05
獏ワールドだとチャクラ回すなりウイルス投与なりでヒトミミも超人というか獣化出来ちまうしな
- 10二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:46:43
タイキトレは暫く某トレを見つめた後、背を向けて歩き出した。あれほどの戦いの後にも関わらず、先ほどと変わらぬ迷いのない歩みであった。
「待ちなよ。」
うめく様な声で某トレが呟いた。タイキトレは振り返らず、足を止めた。
「また、やってくれるかい。」
そう、某トレは言った。
「それは模擬レースか。今おれとお前でやったことか。」
タイキトレは問い返した。
「どちらもさ。」
某トレは迷いなく、そう言った。これほどまでにやられておいてまだやりたいと言うのだ。
「…いつでも来なよ。」
タイキトレは振り返らずそう言いながら去っていった。某トレは知る由もなかったが、その顔は密かに笑みを浮かべていた。某トレもまた笑みを浮かべ、空を見上げた。 - 11二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:52:15
タイキトレは再び歩き始めた。行きつけの飲み屋を目指して迷いなく歩いていた。夜のトレセン学園は先ほどまでの激しい戦いなどなかったかのように静かであった。
ふと、男は足を止めた。
「こそこそしてないで出てきたらどうだ。」
そう、静かに、しかしはっきりと声を上げた。
すると近くの茂みから1人の男が姿を見せた。
「あんた、つよいな。」
顔立ちの整った男だった。あえて何かに例えるのなら、王子様のような顔であった。しかし、その目は肉食獣の様な狩る者のそれであった。そして男の肉体はタイキトレほど大きくはないが、無駄がなく、しっかりとしたしなやかな筋肉に包まれていた。
タイキトレはその男に見覚えがあった。メジロ家の令嬢。タイキの同室の親戚、メジロライアンのトレーナー。今まさにメジロにされそうな男であった。 - 12二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:54:24
彼はライアンのトレーナーになった時から担当と共にトレーニングに励み、みるみるうちに肉体が大きくなってきたことで有名であった。タイキトレは交流こそなかったが、そんな有名な男の顔は当然知っていたのだ。
「あんた、なぜそんなに強いんだ。」
ライアントレはそう問うた。
「さあな。」
タイキトレはぶっきらぼうに返した。
「言い方を変えよう。あんたはなぜそんなに体を鍛えた。」
ライアントレは再び問うた。
「担当のためだ。」
タイキトレは答えた。
「それはつまり愛ということか。」
ライアントレは確認するかのように問うた。
「そう思ってくれて構わないさ。」
タイキトレはそう返し、歩き去ろうとした。
「待ちなよ。はっきり言おう。あんたとやりたい。」
たまらぬ宣戦布告であった。
「見ていたのならわかっているだろう。おれはさっきので疲れたのだ。」
「そんな風には見えないな。
「そうみえるか。」
「そう見えるね。」
「ふふん。」
タイキトレはうっすらと笑みを浮かべた。その目にこわいものが浮かんだ。ライアントレは一瞬驚きつつも嬉しそうな顔でその目を見つめた。 - 13二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 20:54:46
囲われ者になりつつあって笑う
- 14ふふん。23/02/23(木) 20:58:02
「…だが何度言っても今日はもうやらん。これ以上騒ぎを起こしたらたづなさんに見つかってどやされる。あの人には敵わん。」
理事長秘書の駿川たづな。学園最強の女傑である。屈強なトレーナーたちにとっては色んな意味で勝てない存在である。
「それにこの後は飲みに行こうと決めているのだ。下手に怪我をして予定が崩れたら敵わん。またの機会にやろう。」
「どうしてもか。」
「どうしてもだ。」
そう言いながらタイキトレは歩き始めた。
「そうか、それは残念だ。ならおれも飲みに付き合ってもいいか。あんたとは色々話してみたいんだ。」
ライアントレは人懐っこい顔でそう言った。
「好きにしなよ。」
タイキトレは諦めたかのようにそう言った。
「ではゆこう。」
「ゆこう。」
そういうことになった。(終) - 15二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 21:08:24
- 16二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 21:11:11
- 17二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 21:11:56
たまらぬイメ損回避とか今まさにメジロにされそうな男好き
- 18二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 21:13:05
- 19二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 21:19:40