- 1◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:38:21
ウマ娘が走るレース場。中央ともなれば集客は抜群で、レースがあると聞けば人々は詰め掛け、出来ない者達も中継に釘付けになる。
その日も当然のように行われており、あるレース場では既にゲートが開かれていた。複数人で構成される集団。その一員にナリタトップロードも名を連ねていた。
彼女はひとりで走っていた。それはある意味正しく、ある意味間違っている。レースの直前までは彼女を支えるトレーナーが付いている。しかし、一度ターフに立てば二人三脚というわけにはいかない。
また、レースに参加するのは彼女だけではない。誰もが勝利を得たいが為に前も、隣も、後ろもウマ娘の姿が。多くの脚がバラバラに駆けている。
矛盾めいた現実と感覚の差は彼女にも自明の理。ただ、どうにも空虚なもやもやが身体に残っているのを感じていた。それは、観客席にいる三人と関わりがあるのかもしれない。
アドマイヤベガ、テイエムオペラオー、メイショウドトウ。共に走り抜けたライバル達。頂を目指して、鎬を削り合った彼女達。
その三人がことごとくターフを去っていった。彼女達が走らなくなった今。走れなくなった、今。彼女は、独りだった。
彼女達は、トップロードの元へ自身の状態を伝えに来た。ある言葉と共に。
『……ごめんなさい』 なんで。
『すまない』 どうして。
『もうしわけありませ~ん……』 みなさんが謝る必要があるんですか。 - 2◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:39:19
三人が謝罪する声が頭に響き渡る。そんな言葉は必要なかったのに。誰も悪くなんてないのに。彼女達には時間が来てしまった。それだけの話だった。
それなのに、何故自分は走っているのだろう。トップロードは自問する。三人が、共に走ってきた多くの者達が走りを止める。新たに芝を踏みしめる者達が走りを始める。
今だって、自分より後にデビューした子が多い。いずれ、自分を含めた世代は消え去るだろう。自分にとって、そのタイミングはいつなのだろう。
止まるべきなのか、走るべきなのか。時間がいつ止まるのか、分からない。もう、止めた方がいいのだろうか。
ナリタトップロードが走る理由は何だろう。彼女の意識は問いかける心の、さらにさらに奥へ。
彼女は、学園では学級委員長だ。生来、困っている人がいれば助けずにいられなかった。それが実を結んだ結果、と言うべきか。周りからも望まれた結果でもあるので、その肩書にふさわしい行動をとってきた。
状況を把握し、分析する。その時々に応じた最適な解答。それで助かった人達は感謝していたし、その表情や言葉を受け取るだけで、ああ、良かったと思えた。
誰かの為に、行動する。それが今走っている疑問の正解なのだろうか。
三人の為? 彼女達は自分にとって何なのだろう。友達で、大切な存在。確かに、頑張って走るだけの理由はあるのかもしれない。
トレーナーの為? 自分を支えてくれているパートナー。トレーニングでも、プライベートでもお世話になっている人。この人のことも、大切で一生懸命になれる。
じゃあ、家族は? 他の友達だっている。みんなみんな大事で、その為に? どうにもしっくりこない。その曖昧さを、現実を踏みしめる音が少し晴らした。 - 3◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:40:15
前方に何人か固まり、後方にも同じくらい。トップロードは丁度真ん中だ。皆走ることに忙しい。他の動向に目を光らせ、より有利なコースを絶えず狙う。
個々人によって、目的は違うのだろう。それでも、真剣に走り、勝利に執着する。きっと、全ては自分の為に。勝つことで、自分が何かを成す為に。
自分の為? トップロードは、はっとした。当たり前の理由が先程まで頭の中になかった。そうだ、自分の為だ。
利己的と言われようと生きている以上、自然に存在するもの。ナリタトップロードは生きている。生きているのだ。
言語化できなかったものが形を成していく。自分は生きている。誰かだって生きている。生きているのだったら、幸せで、笑っている方がいい。
誰かと一緒に笑えたらすごくいい。頼られれば助けを。そうでなくても手伝いを。余計なお世話なのかもしれない。むしろ、その人の邪魔をしてしまうことだって。
でも、今までだって失敗してきた。レースだっていつだって一着、そう望んできても必ずしも叶うとは限らなかった。
だからといって、諦めたことがあっただろうか。悲しかった。悔しかった。それを呑み込んで、ひたすら努力を続けてきた。
全ては、自分が生きる為に。幸せだって、笑う為に。誰かもそうなってくれたら、もっといい。一緒にそうなれたら、もっともっと。
競争に身を置いていれば求め難い矛盾した願望を、トップロードは受け入れていた。おかしくても、変でも、これがナリタトップロード。自分が目指すべき、頂への道。
その願いをかけて、彼女は脚を速めた。 - 4◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:40:50
観客達は声を張り上げて応援をしていた。その歓声の中で、静かに見守るウマ娘が三人。
アヤベは時折左脚をさすりながら、見守っていた。オペラオーは両手でそれぞれ肘を掴み、わずかに体を震えさせていた。ドトウは、柵を握ってか細い声を漏らしていた。
無念を、恐怖を、ターフに立っていないその身に押し込めて彼女達はトップロードを見つめる。最初に彼女が変わったことに気付いたのは、誰だろうか。
少なくとも、言葉にしたのはアヤベだけだった。星の名を冠する彼女は、呟く。
「あ、流れ星……」 - 5◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:41:39
前に固まっている集団をトップロードは追い抜こうとしていた。内側に隙間はなく、そうなれば当然外側へ。彼女は後者へ脚を向けた。
今までより上げたスピードに、より一層彼女の体が風にさらされる。袖が、裾が、ばたばたとはためく音が大きくなる。
勝負服だけではなく、頭を飾る髪も影響を受ける。いつもであれば額の真ん中で分けられている、彼女のトレードマークである髪型。トレーナーが似合っていると言ってくれて、ますます好きになった髪型。
それが、崩れていく。ばさり、と下ろされた髪。一部分だけ白く染め抜かれた彼女のマーク。それはまるで、一筋の流れ星。
今までのナリタトップロードが崩れていく。笑顔を絶やさず周りに寄り添うウマ娘。
今の彼女は違う。笑うことなく眼前を睨み付け、周りを置いていこうとするウマ娘。
それまでの彼女が消えたわけではない。これからの彼女が変わってしまうわけでもない。彼女自身にも見えなかった、気付かなかったナリタトップロードがここに在るだけ。
秘められたものを剥き出しにして、彼女は駆ける。前に、横に、後ろに位置を変えさせられた者達を振り返ることはなく。流星は、飛んでいく。
「あ……ああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
願いを携えた流れ星は叫ぶ。その姿に同じくターフを駆ける者達はぎょっとした。大小の差はあれど見知っている委員長として目立つウマ娘。優しく、怒鳴る姿など見たことがないウマ娘。
その彼女が、今や先頭に躍り出ようとしている。数瞬の空白の後、彼女達は先頭を阻もうとする。レースをする以上、妨害は生まれる。ギリギリの中、意図的に、無意識的に。 - 6◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:42:23
しかし、トップロードはものともしない。再び頂を奪われることはさせない。誰にも、誰にも、誰にも! 奪わせは、しない。
「二度目は……ありません!」
最早残る道は直線だけ。その一番手を後続が追いすがる。中には、二番手に抜け出してさらに追い抜こうと、それとは反対方向から抜き去ろうとする者もいる。
トップロードは顧みない。自らを燃やして、彼女は飛び続ける。息を吐き出せば吐き出す程に、身体に熱が籠っていく。それを更に内側にくべて、全身を前へ押し出す。
織姫も、歌劇も、大波も。その激しさを、勢いをターフで示すことはなくなった。それは彼女とて例外ではない。
走り切る体力は落ちていき、踏みしめる力は落ちていき、身体が生み出す速さは落ちていく。流星はその身を削りながら飛んでいく。
ウマ娘として、その輝きは老いていく。駆ける舞台を降りていく。最後に静けさだけを置いていく。堕ちゆく流星は止まらない。止められない。時間は、ただ等しく過ぎ去っていくだけなのだから。
ただ、トップロードはそれを気にすることはない。悔やむ心も、恐れる心もその内にはない。占めるのは、一筋の軌跡を見せつけることだけ。ただ天から授かるだけの奇跡ではなく、ナリタトップロードの、頂への道。
ミルク色の空ではないけれど、青々しく茂る大地に敷かれた道。光に当てられ、奇しくも乳白色に近くなった髪を振り乱し、彼女は駆ける。最後の一欠片となって、燃え尽きるまで。 - 7◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:43:20
駆ける。
駆ける。
駆ける。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ………………!!」
喉は焼け付き、意味がある音どころか濁った鳴動しか行わない。息を、血を、身体中の全てを吐き出しかねない彼女の叫び。
あと少し、あと少し、あと少し! ゴール板が視界の点から線に。線から塊に変化していく。ひたすらに、ただひたすらに前だけを見つめて。
彼女は駆け抜けた。同時に、スタンド中の人々による大歓声。
『世代交代……? ……関係ない! ナリタトップロード……!』
実況の張り上げる声が、それを上回る大音声で所々かき消される。
頂に辿り着いたウマ娘は、息も絶え絶えになっていた。それでも、体を起こし、顔を上げる。彼女は勝利の歓喜を叫ぶことなく、腕を掲げた。太陽の光を受け、輝く頂。
狂わんばかりの熱が、スタンドを包んだ。 - 8◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:44:20
そして、トップロードはウイナーズ・サークルに立った。勝者だけに許される領域。そこで、マイクを手に彼女は観客に語りかける。
「私……すごい走りができましたっ! 頑張ってきたこともそうなんですけど、あ、あの、それだけじゃなくて……」
息が整わず、言いたいこともまとまらず。彼女は混乱しつつも一生懸命に脳内を探し出す。伝えるべきこと、伝えたいことを。観客は、三人は、ざわめきを残しつつも彼女を待った。
未だに戸惑いからは抜けきらない。それでも、走りの中でようやく見つけ出した宝物を彼女は大きく掲げる。
「あの、私の周りの人たちも、すごいんですっ! みなさんがいて、私、いまここにいるんですっ!」
表面だけを解釈すれば、ファンの皆を指していると捉えられるだろう。間違いではない。確かにそういう人々も含んではいる。
ただ、トップロードは最後の言葉に想いを込める。最後だけはスタンド全体ではなく、自分の目線と同じ位置に並び立っている三人に。
「私ひとりだけじゃなくてみなさんと……みんなと、これからも走っていきます!」
彼女達は驚いたように瞬きをする。自分達にメッセージが贈られるとは予想していなかったのだろう。
大きな拍手が送られる中、彼女は静かに三人を見つめていた。あまりにも足りない言葉だった。もうターフに立たない彼女達には残酷な、走っていく、という誓い。
勉強はしているのに、うまく言葉が出てこなかった。思いつかなかった。それでも、精一杯考えた彼女の想い。
短くも長い時間を待っていると、彼女達は三者三様の反応を示した。 - 9◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:45:21
流星は願いを携えて飛ぶ。身勝手なものでも構わない。星そのものが叶えるのではなく、それを通して自分自身が叶えるものだから。
だったら、星だって願いをかけたっていい。願い事を託してくれなくとも、何かを懸けて駆ける存在。誰かの未来への道を架ける、ほんの少しのお手伝いを。最上かは分からない、それでも今目の前にある頂への道を。
もう同じレースを走ることはないのかもしれない。もう同じ学園へも通うことはないのかもしれない。
でも、ゴールを目指して走ることは同じだ。そこに辿り着いても、また新たにスタートをしていく。
同じ道ではなくても、きっとみんな走っていきます。そうでしょう?
トップロードは。アヤベに、オペラオーに、ドトウに。穏やかに微笑み返した。
生きている限り、星に願いを。そう祈って。 - 10◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 00:45:49
以上です。二周年記念の発表前にと思っていたのですが、間に合いませんでした。
トップロードの流星が見たくて書きました。 - 11二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 00:49:03
2周年に相応しいものを見せて頂きました
共にターフを駆けることが出来なくなっても、共に走り続けることは出来る
美しい友情と熱い思いの物語をありがとうございました - 12二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 00:53:20
語彙力のたらなさが憎い……素敵な作品をありがとうございます……
- 13◆zrJQn9eU.SDR23/02/24(金) 11:13:02
- 14二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 19:05:10
保守
- 15二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 00:19:57
ドトウの大波の出典ってどこからでしたっけ
- 16二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 00:25:59
怒涛→荒々しい波のこと、またその様子
- 17◆zrJQn9eU.SDR23/02/25(土) 11:52:09
競馬のファンサイトなどを見て怒涛由来だとあったので使いました。もし違っていたらすみません。