バイアリータークに膝枕してほしい

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:21:44

    「これ、は」

     まばたきをひとつ。
    自分が今、VRの『保健室』にあたる空間で、寝台にあおむけに横たわっているのを自覚する。

     まばたきを、もうひとつ。
    横たわる自分を上から覗き込むような、鋭い目と視線が合った。

    「騙すような真似をしたことは謝罪する。…だが、今、教えるべきと判断した」

     目元の傷、明瞭な声。目の前にいるのは、さきほどまで言葉を交わしていたウマ娘、バイアリータークに他ならない。

     同時に、後頭部に『枕』の感触。ほどよいかたさ、ほのかに感じる温かさ。

     つまり、今、わたしは。

    「あぁ、首は辛くないか?脚を崩せば、多少高さを下げるくらいは可能だが」

    …膝枕、されていた。彼女に。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:22:15

     VRシミュレータにログインした私を出迎えたのは、バイアリーターク。三女神の一柱を模したAI…というには、あまりにも血が通っているような存在。

     学園に『メガドリームサポーター』が導入されて約二年、長くお世話になってきた間柄だ。

    「……トレーナーはどうした?」
     それでも、彼女の厳しさをそのまま示すような鋭い視線を前にすると、背筋が伸びる。

    「あいにく彼は数日不在でして。自主練習を行いたく思うのですが、よければ、ご教授いただけませんか」

     我々を勝利へ導く存在として、あるいはAIの『機能』として。こうして手助けを請われれば、断ることはまず無い。

     しかし。彼女は……数拍ほど思考を巡らせるようにしたのち、口を開く。

    「そうだな……その前に少し、指導したいことがある。場所を移すぞ」

     少し強引にも思える提案に違和感を覚えるが、こちらから『指導を』と頼んだ以上、断る道理はない。

     VR空間の移動方法は二つ。自分で行くか、彼女らが座標を決め、『跳ぶ』か。今回は後者だった。設定を終え、転送を終えると。

     私の頭は、彼女の膝の上に。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:23:06

     三女神の一人の脚に、頭を預けている。その事実に驚きはあるが、どこか納得もしていた。
    ……おそらく、こちらの事情も、体調も見抜かれている。

     一応困惑の表情を作り、形だけ不満を表明するが…これは無理筋だ。

    「自主練を見てほしいと、お願いしたのですが」

    「正直に言えば、今のお前は練習できるようなコンディションではない」

     予想通り、切って捨てられると、詰めの一手。

    「時に、ルドルフ。今回のトレーニング、トレーナーは知っているのか?」

     自白に等しい答えを口にするにあたり、苦々しい顔をせずにはいられなかった。

    「……何も。ここに来たことも、トレーニングも、私の独断です」

     つい先日G1に出走し、次走の有馬は少し先。今はなにより体力の回復が最優先だ。
     トレーナー君がこのタイミングで研修に出たのも、私が休む理由を作るため。
    ……そこまで、わかっていても。しかし。急かすものがあった。

    「なるほど、先の敗戦と例の報道で、休む気にはなれなかった、と」

     諦めるように頷く。
     先の戦い…ジャパンカップで私から逃げ切った『彼女』が、次走での引退を表明した。
     次の闘いが、リベンジの最後の機会であるという事実。それが私の平常を奪った。

     休まねばならない。しかし、休んでいる場合ではない。気付けば焦燥に駆られるまま、この世界にログインしていた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:24:21

    「……だが、お前自身も本当は迷っていた。そこで自身の状態を私に見せ、判断を仰いだと」

     彼女の確認は、責めるような調子ではなかったが、私の言動は決して真摯なものではない。
     ややもすれば、こちらの独断専行の片棒を担がせるような行いだったのだ。

    「利用するような真似をして──」
     観念し、謝罪を吐き出そうとした口に、人差し指が触れる。

    「いや、謝ることはない。生徒の迷いを導くこともまた、私の役目だからな」

    「それに…素直じゃないのはお互い様だ」

     聞けば、一度引き受けるようなふりをしたのは、頭ごなしに追い返せば『向こう』で強行すると判断してのことだと。
    ……そこまで見抜かれていたとは。

    「では、シンボリルドルフ。諦めて座学を受けてもらおうか」
     敵わないな。大先輩の少し意地の悪い笑顔には、苦笑で返すほかなかった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:25:09

    「改めて。今回教えるのは『眠り方』だ。限られた休息時間の活用にあたり、確実な入眠法の有用性は言うまでもない」

     聞くだけで若干眠くなりそうな話を聞く前に、ひとつ、疑問を挟まずにはいられなかった。

    「……その、ご指導はごもっともですが、この姿勢の、必要性は」

     膝枕。今更かもしれないが、軍人めいた彼女の講義を受けるには、ややミスマッチに思えた。私が寝ている横で、とかではないのか。

    「あぁ、これは……この世界に『枕』のデータが無かったゆえの措置だ、気にするな」
     今度加えておかねばな、と続けると、軽く咳払いをひとつ。

    「今回は睡眠の導入法として、米軍でも採用されていたものを試す」
     講義を続ける声も、表情も、いつもの彼女と変わらない。ただ、そこに威圧感や緊張はなく。

    「目を閉じ、深呼吸を。……これからは、こちらに返事をする必要はない。行動で示せばいい…よし」

    …どこか、安らいでいる自分がいた。

    「次は顔の力を抜く。額、顎、目の周り。力が入っていたのを、自覚するだけでいい…」

     指示に従いながら、ぼんやりと考える。こんなふうに、誰かの膝で寝たのは、いつぶりだろう。

    「……息を吐くときに、上半身の力を抜く。…次は両足を……」

     あれは、シリウスと外で遊んだあと、母に、たしか……そう、いまみたいに……

    「最後に、心を空にする…いくつか方法はあるが………光景を、イメージする」

     そういえば、先生も、どことなく、似てる?顔は…でも、雰囲気か…眼…

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:25:39

     バイアリータークは、教え子の穏やかな寝顔を見下ろす。
     今回の方法は、本来ならば何日か続ける事で効果が出るのだが…日頃の疲れもあったらしい。

     このまま暫くシンボリルドルフの『操作』が行われなければ、彼女はVRウマレーターから自動的にログアウトされる。
    そうなれば、次に目を覚ますのは、向こうの世界で、だろう。

     普段の凛々しさの抜けたルドルフの額へ手を伸ばし、その髪に指を通し、撫でる。

     万一にも起こすことのないよう、ゆっくりと、一度、二度。

     彼女が少しでも、安らかな眠りにつけるように。あるいは、彼女の幸運を祈るように。

     やがて、眠りに落ちた彼女がこの世界を去るまで、そうしていた。


  • 7二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:27:53

    拙者、退廃的概念好き侍。一太刀失礼致した。

    かくのごとき実は母性とかあるバイアリーターク概念について語り合いたく候。

  • 8二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:30:03

    てっきりされたい側の話かと思ってたから予想の斜め上からぶん殴られた

    しゅき

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:35:57

    あっ……ミ゚ッ(尊死) 弱いところをあまり見せず抱え込みがちなルドルフがこう慈愛に包まれるのは私の好みにぶっ刺さりましたわ

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 22:03:54

    感想をいただけて感謝の極み。

    書いてみた感想としては、三女神様視点が案外書きづらい。心情とか書いていいのか……ってなってしまう。

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