【オリウマSS】見えない同居人

  • 123/02/28(火) 22:04:42

    カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ目を醒ます。
    起き上がった薄暗い部屋には、私ひとりだけ。

    それでも、今は寂しくない。
    主が居なくなり、空になったはずのベッドに目を向ける。

    そこには、今日も手紙が置かれていた。

  • 223/02/28(火) 22:05:22

    ──始まりは、2か月ほど前だった。


    部屋に戻り、ベッドに身を預ける。
    何もすることが無かったし、仮に何かしようにもどうにも体が動かなかった。

    「はぁ…。」

    がらんとした部屋に、雨音と溜息が響く。

    私のルームメイトは今日、学園を去った。
    理由は色々とあったが、一番はレースの成績が振るわなかった、というものだ。
    この学園ではよく聞く、珍しくない理由。
    それでも、共に過ごした仲間がいなくなるという事実に、私は打ちひしがれていた。

    私はどこかネガティブに考え込む節があり、同じような悩みを持っていた彼女はそんな私にとっては良き理解者だった。
    しかし、現実は残酷だ。
    こうして私はひとりになってしまっている。

    どうしようもなく襲ってくるやるせなさから逃げるように目を閉じる。
    それでも、私を包む寂しさが離れる事は無かった。

  • 323/02/28(火) 22:06:01

    「ん…」

    外が明るくなっているのに気づく。
    嫌々と上体を起こしたところで、時計の針以外に音はない。
    ルームメイトが居なくなってしまった寂しさからだろうか。最近はレースの方も上手くいっておらず、朝が来る事にすら嫌気が差していた。

    ふと、この間までルームメイトがいたはずのベッドに目を向ける。

    「…?」

    綺麗になってしまったベッドの上に、昨日まで無かった物が置かれているのに気づく。

    「なんだろう…」

    ベッドに近づき確認する。
    そこに置かれていたのは、"手紙"だった。

    「…?」

    葉書サイズの真っ白い便箋。そこには子供が書いたような字で
    『お は よ う』
    と書いてある。

    知らない間に誰かが置いていったのだろうか。
    その日はクラスメイトや先生、果てはフジ寮長にまで聞いて回ったが、誰もがその手紙の事を知らないようだった。

  • 423/02/28(火) 22:06:25

    その日から、手紙は毎朝置かれるようになった。

    最初の方は少し、いやかなり怖くはあったのだが、手紙が置かれる事以外には所謂「心霊現象」や「ポルターガイスト」は起きなかったし、"視えるウマ娘"として有名なカフェさんに聞いても『特に害は及ぼさないだろう』との事だったので、あまり気にはしていなかった。

    むしろ、現在ルームメイトがいない私にとって、毎朝置かれる『おはよう』の一文は、まるで見えない同居人のようだった。
    それに、手紙のおかげだろうか。一時期は落ち気味だったレースの成績が最近は回復していたこともあり、いつしかその手紙は心の拠り所となっていた。

  • 523/02/28(火) 22:06:57

    そんなこんなで現在に至る。
    今日はレース当日だ。
    いつもより早く支度を済ませ、いつものように手紙を開けると、
    『が ん  ば っ て』

    思わず嬉しくなり、手紙と一緒にレース場に向かう。
    その日のレースは、初めての一着だった。

  • 623/02/28(火) 22:07:20

    その後も、見えない同居人との生活は何事もなく過ぎていく。
    そのはずだった。

    しかし、歯車は突然狂い始める。

    ある日の練習。
    ハードワークが祟ったのだろうか、走っている最中に転び、足を捻挫してしまった。
    幸いにもすぐに治る程度のものではあったのだが、走れなくなる事を想像してしまった私は、その恐怖から以前のように走れなくなってしまった。
    全力で走れない。
    レースが近かった事もあり、異常なまでの焦りを覚え、焦りは不安となり、さらに成績が落ちてゆく。

    無常にも迫るレース本番に怯える毎日。

    精神的に不安定になっていた私は、気づけば手紙に目をくれる事も無くなっていた。

  • 723/02/28(火) 22:07:48

    結局、レースは燦々たる結果だった。
    結果は、思い出したくもない。

    帰り道。
    溜息すら吐けず、虚な目で曇り空の道を歩く。
    その時の私には周りが見えていなかった。
    青から赤に変わった信号さえも。



    けたたましく鳴るクラクション。
    訳も分からずスローモーションになった景色。
    迫るトラックの車体。

    目を瞑る事もできず、私は─。

  • 823/02/28(火) 22:08:24

    呆然とする私の目の前を車が過ぎ去っていく。
    はっと我にかえり、キョロキョロと周りを確認する。どうやら私は歩道に倒れ込んでいるようだった。
    何が起こったのか。記憶を辿る。

    …そうだ。
    トラックに轢かれかけたあの時。
    動けない私は見えない誰かに突き飛ばされ、間一髪助かったのだ。

    でも、一体誰が。
    誰が私を…。

    ふと目の前に視線を落とす。
    そこには、破れた手紙が落ちていた。

    まさか。

    慌てて駆け寄り、それを手に取る。
    そこには─

  • 923/02/28(火) 22:08:52

  • 1023/02/28(火) 22:09:29

    破れてしまった手紙に、雨粒が落ちる。

    雲の隙間から光が差し込んでいる。



    雨は、降っていない。

  • 1123/02/28(火) 22:10:27


    ……
    …………

    あれから数ヶ月。

    静寂の流れる控え室に私はいた。
    レースを前にして高鳴る鼓動を抑え、意識を集中させる。
    私を守ってくれた手紙を胸に当てて。

    ──あれから手紙が置かれる事は無かった。
    結局のところ、あの手紙がなんだったのかは今も分からない。
    見えない同居人と過ごした日々は、もしかしたら幻だったのかもしれない。
    ただ、トラックに轢かれる事無く、私が今ここにいる事は、紛れもない事実だ。

    今日はいわば、あの時のリベンジ戦。
    不思議な手紙がくれたチャンスを無駄にしないためにも、今日は精一杯走り切るつもりだ。

    「それじゃあ、行ってくるね。」

    手紙に背を向け、ターフへと駆け出す。

    ──見えない同居人が背中を押してくれた。そんな気がした。

  • 12二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:10:44

    このレスは削除されています

  • 1323/02/28(火) 22:13:43

    おしまい

  • 14二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:14:13

    良い話だった

  • 15二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:20:33

    >>14

    ありがとうございます。

    久方ぶりに書いた文章でしたので、読んでいただけるだけでも嬉しいです。

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています