- 1二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:37:35
無人のグラウンドはまだ薄暗い。冬が終わろうとしているが、朝の冷え込みはしばらく続きそうだった。ベンチコートにくるまって、コーヒーをそそいだタンブラーに口をつける。
チームの集合時間までは余裕があった。担当ウマ娘たちは、寒い時期の早朝トレーニングを億劫がって、のろのろと寮を出る準備をしているにちがいない。それでもおそらくは、やや遅れてでもやって来るだろう。1着を目指すのがウマ娘だから。
毎年この時期になると、ひとりのウマ娘を思い出す。
彼女はかつての担当だった。今から20年以上前、指導者として少し名前が売れてきたころに、先輩から紹介される形で出会うことになる。
背格好だけを見るなら、黒髪のポニーガールといった出で立ちをしていた。同世代のウマ娘と比べて背が低く、引き締まった体つきをしていたので華奢に見える。ひときわ小柄だったから、恵まれない体躯でレースへ挑む健気な姿を想像したくなるのだが──顔を合わせた途端、そうした印象はきれいさっぱり吹き飛ぶ。
いつも目をカッと見開いて、周りをギロリと睨んでいた。特徴的な眼差しだった。その瞳は憤りをたたえ、闘争心と反抗心に満ちている。今にも食ってかかりそうな勢いがあり、よくも悪くも、激しい気性の持ち主であることが察せられる。
実のところ、彼女の噂はたびたび耳にしていた。稀代の問題児、非行少女というより斜行少女、アカン子、やる気がない、宝の持ち腐れ──と散々に語られることはなはだしく、あと一歩のところで勝ちきれないウマ娘がいることは、トレーナーの間でも話題になっていたからだ。 - 2二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:38:14
「とにかく負けん気が強くて、自分を第一に考えてやらないと機嫌を損ねるから、そこは特に注意してくれ」と先輩は語る。「こだわりも強いから、引っ張っていくようなやり方は向かない。それとなく誘導するんだ」と続ける。「自分ルール、っていうのかな。そういうのがある。でもそれが汲み取れれば、さっぱりしてわかりやすいところのあるウマ娘だよ。きっと──愛さずにいられない」と結ぶ。「あと、猫が好き」これは追伸。
彼女のデビュー時から寄り添い、数々の悪癖にめげずレースというものを教え込んだ先輩としても、移籍は苦渋の決断だった。しかし環境を変える必要を感じ、信頼できる同業者として託されたということになる。
「あいつだって勝ちたいはずだ」
連敗街道を突き進み、ライバルたちの後塵を拝した彼女だが、それを気にするようなそぶりは見せなかった。決して弱味をさらそうとはせず、体調が悪かろうとそれを隠し、胸のうちは語らない。そんな彼女だから、その本心は今もわからない。しかしながら、50戦に及ぶレースへ果敢に挑んだ事実を鑑みれば──トレーナーならば、まずその気持ちがあったと信じるべきだろう。 - 3二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:38:52
とは言うものの、実際に彼女は問題児だった。納得がいかなければトレーニングを拒否することもしばしば、トラブルを起こしたことも一度や二度ではない。そしてその度に不遜な態度を崩さないのだから、彼女を快く思わない者も少なからずいた。契約中、何度頭を下げたかなど覚えていない。
納得のいかないことはやらないし、気に入らないものは気に入らない。それが彼女のスタンスで、決して譲らなかった。癇癪持ちの幼子だって、もう少しものわかりがいいだろう。なまじ頭がよく悪知恵が働いて、人を困らせてはそれを楽しむような一面もあったから、とにもかくにも手を焼いた。振り回し、振り払い、そして振り落とす。
自分ルールはいついかなるときでも適用され、ゆえに集中力を欠く。注意がとっちらかっていて、レース中でもそれは変わらない。勝負根性は左斜め上を往き、まっすぐ競り合うことがない。
何度も重賞に挑めた理由は、このあたりにも一因がある。生まれつき頑丈だったのは確かだが、競うことへの意識が薄くなりがちだったため、結果的に余力を残してのゴールとなる。手を抜こうとしているのではなく、全力を出し切れない。だから勝てないし、惜しいところで1着を逃す。 - 4二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:39:32
彼女がその潜在能力を発揮するのは、キャリアの晩年を待つことになる。
先輩の代から続く指導が実を結んだのか、彼女はほんの少しずつではあるが落ち着きを得ていった。歳をとって丸くなったということかもしれない。なにせ5年も走っている。変化が生じない方がおかしく、実は最後の一年でようやく本格化を迎えたのではないかと疑っている。
あるいはドバイでの勝利が、彼女に天恵をもたらしたのかもしれない。ウマ娘らしく「運命的なもの」を感じたらしい彼女は、高貴な青を目の敵にして一意専心、見事1着の栄誉を賜る。レースに対する集中力の重要性を学んだのは、このときがはじめてだったのではあるまいか。
もしくは──その長い競走生活の中で、数多のウマ娘の栄枯衰勢を見届けたことが、徐々に彼女を変えていったのかもしれない。
真相は闇の中だ。なにせ本人が語らない。しかしながら、彼女がその旅路の果てに向け、多くの人を惹きつけていったことは確かだ。ウマ娘か普通の人間かにかかわらず、その過程に立ち会った者は、みな等しく彼女に魅せられた。世に生きるほとんどすべての人は2着以下に甘んじ、誰もが「そのとき」を知っている。
そう、旅程。彼女がたどった道のりは、香港の地で名訳に与った。彼女を支える者ならば、きっと誰もがうなずいただろう。順風満帆にはほど遠く、それでもなお挑戦をやめなかった彼女が、果たしてどのような結末を迎えたのか。それは多くの人が知っている──。 - 5二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:40:10
熱いコーヒーが舌先を撫で、現実に引き戻される。ずいぶんと明るくなっていた。約束の時間にはまだ余裕がある。
レースファンなら、彼女の物語を知らない者はいない。それほどまでに彼女が飾ったラストは劇的で、今なお人びとの記憶に刻み込まれている。しかしながら、遠い未来においては?
その瞬間は、季節が一巡するごとに、頼りなく細部を欠いていく。心に刻んだ思い出も、時間という名の風雨にさらされて、削りとられているらしい。もう20年は、熱心なファンが話題として取り扱うだろう。さらに20年が経っても、現代の情報技術を考慮するなら、当時の映像とともに振り返られることがあるかもしれない。しかしながら、もう20年が経てば? さらに20年は? さらに、さらに、さらに……。
永遠はない。
いつか彼女がたどった旅路も、レース史の遠い過去へと沈んでいくだろう。夜が訪れるように。逸話と実話の境はあいまいになり、何が正しくてそうでないのか、何をもって正しいとするのか──そうした口角泡を飛ばす議論さえ、過去のものとなる時代がやって来る。ひとすじの光さえ残されない未来が、彼女とそのライバルたちが人びとから忘れ去られる未来が、いつかは現実のものとなる。
「連れてきてやるよ」
こうした世の真理はまったく面白いものではない。ゆえに、決して自分を曲げることがなかった彼女を見倣って、ひとつ反抗を試みるとしよう。
「俺様に似たやつら」
あらゆるウマ娘はターフを去るが──その旅路を、語り継いでいくことはできる。
物語とは、後世にその輝きを伝える手段だ。「語り」の性質上、それは旅路そのものにはならない。紀行文が旅にならないのと同じだ。語り継がれるごとにその内容は変質し、彼女が彼に、彼が彼女に、ウマ娘が人間に、はたまたべつの生物になることだってあるかもしれない。本来とは異なる道のりをたどり、勝敗は覆り、「もしも」は確定性を有して佇む。不遜にも。彼女がそうしたように。
「また見たいだろ?」 - 6二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:40:38
気配を感じて振り返れば、そこには担当ウマ娘の姿がある。チームが勢ぞろい、眠気に誘われ目をこすってはいるものの、全員ちゃんとそこにいる。続いている。
旅路の果てを有終の美で飾り、トレセンを去った彼女は、ふたたび旅に出ることに決めた。目的が何かと訊ねれば、先のおそろしい返答がある。有言実行、自分のルールに従う彼女は、「運命的なもの」を感じたウマ娘を見つけては引っ捕らえ、有無を言わさずトレセンに送り込んでいる。そうした問題児たちを受け入れ、レースの世界に導くのがわたしの役目で、トレーナーとしてのキャリアそのものになる。
今もそう。目の前の教え子たちは、破天荒きわまりない先輩方に比べ、少々おとなしいところがあるが──必ず活躍するだろう。そしてファンを魅了する。あまりに長い低迷期にもめげず、挑み続けた彼女のように。
あるいは仮にそうでなくとも、わたしを含んだ誰かが語り継いでいく限り、彼女とその後輩の旅路は続いていく。その物語は、今こうしてつづられるものとは、まったく異なったものになるのかもしれない。それは彼女の視座を借りた、名だたるウマ娘たちの活躍の記録かもしれず、新たな解釈に基づいた、彼女自身の旅路ということもあり得る。重要なのは、継いでいくということだ。続けていくということだ。そして、もしもその旅路が限りなく継続するなら──
「金色は長く持たない」
──あらゆる旅路のパターンの中に、彼女と、彼女と競ったウマ娘たちの物語が現れるだろう。すべての可能な組み合わせの中に、求める物語は必ずある。
レースの世界を去るライバルたちに対して、いつか彼女はそうつぶやいた。それは正しい。しかし彼女らしくもない。だからかつて彼女を担当した身としては、こう言おう。
金色は長く持たないが、いつかふたたびやって来る。
熱いコーヒーを楽しむわたしを、批難する教え子たちがここにいるように。あるいはどこかで、いまだわたしの知らない物語が、今も紡がれているにちがいないように。
グラウンドには、すっかり太陽が顔を覗かせていた。朝焼けに照らされたターフが、金色に輝いて見える。
その瞬間がいつかまた訪れることを、本当は誰もが知っている。受け継ぎ、語り継ぐことをやめない限り。だから口をそろえてこう言うのだ──ステイゴールド。 - 7二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 22:43:25社台解禁だし|あにまん掲示板ステイゴールドの育成ストーリーにどんなのを期待しますか?思う存分語って下さい荒らしやアンチは来ないで下さいbbs.animanch.com
こういうスレがあったのでふと書きました
ウマ娘的なキャラクター像が読めません
もし実装されたらどんな感じになるんでしょうね
よく言われますがステイゴールドの視点を借りた小説として
いろんなウマ娘を語るのが面白いメディアミックスだと思うんですが、どうでしょう。グッナイ