【閲覧・CP注意】嫌いなもの……

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:10:51

    『にゃあにゃあ』と猫が鳴く。

    まるで起きろと言わんばかりに耳元で鳴くので、邪魔しないでくれと怠く重い腕を使い、追い払う。
    それにより猫の声は遠ざかったが、相も変わらず鳴き続ける。
    目覚まし時計を彷彿とさせるが、生憎とアレにスイッチの類はない上にたった今自分で遠ざけてしまった。
    どうしようかと考える一方、まあいいやと放棄する自分がいる。睡魔という欲望に打ち勝つことができず、そのまま眠りという沼に引き摺り込まれ――
    「おはようございます、立香。……やはり、寝てましたか」
    「にゃあ」
    「ああ、貴方も毎日お疲れ様です」
    ――そうになった瞬間、聞き覚えのある声が聞こえる。
    凛々しいような、それでいて誰かを労れるような優しさを感じる声だ。
    それを聞くと何故か安堵し、意識は更に底へと……。
    「起きなさい、立香」
    『痛ッ――!?』
    沈む前に、苛立たしげに伸ばされた手に耳たぶは掴まり、そのまま引っ張られた。
    あまりの激痛に意識は覚醒し、降参を示すように掴んでいる腕にタップする。
    「起きましたか? 手間をかけないでください。貴方は私の世話をする側でしょう?」
    呆れた声に抗議をしようと、睡魔を追い払い目蓋を開いて、その人物に視線を向ける。
    ――そこには、何処かの学校の制服を来たアースの姿があった。

  • 2二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:12:35

    「……ようやく起きましたか? まったく、貴方ときたら……起きてる時は頼りになるのに、どうして寝起きはこんなにだらしないのでしょう。……どうしましたか?」
    呆れながら独り言を呟いていたアースだったが、惚けている自分に気づいたのか、訊ねてくる。
    「……何故制服を着ているのか? ……わからないのなら、携帯を見ることを薦めます」
    ため息混じりにそう言われ、手元にあるケータイを確認する。
    その画面には特に何の変哲もなく、ただ日付と時間が示されていた。
    ……そう、何の変哲もない月曜日の日付が。
    『――!?』
    「……ようやく目が覚めたようですね。ええ、そうです、月曜日。つまりは平日。登校日ですよ、立香」
    言われて衝撃が奔る。
    そうだ、今日は週の始まりだ! 何故それを忘れていたのか、確かに昨日の夜には自分とアースの分の弁当の用意をしていて、それから……。
    「立香……? ともかく、私は一度外に出ます。目が覚めたのなら、すぐに準備をするように。いつもよりは遅いですが、ホームルームの時間にはまだ余裕があります」
    「では、失礼します」とアースは上品に頭を下げると、そのまま部屋から出ていく。それに続きように、先程まで鳴いていた黒猫も部屋から去っていった。
    その後ろ姿を暫し呆然と眺めた後、我に返り急いで身支度を始めるのだった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:14:16

    『おまたせ』
    そう言って慌てて家から出ると、玄関先にアースと……彼女を何年か退行させたかのような少女がいた。
    しかし、その少女に意識を向けるよりも先に、ご立腹とばかりの表情をしたアースが声を掛ける。
    「……確かに待ちました。ですが、立香。その慌てよう……まさかと思いますが、朝食を抜いたのですか?」
    『っ……!』
    見抜かれたことにギクリとする。それだけでわかったのだろう、アースの目付きが鋭くなる。
    「……寝坊したことは反省すべき点ですが、朝食まで抜くとは……貴方はもう少し、自らの身体を労るべきです。…………仕方ありません、学校に行きがてらコンビニでパンでも買いましょう」
    冷ややかな視線を向けられ、小言を幾つか言われもしたが、最後には自分の身を案じてくれたのかそんな提案までしてくれた。
    『ありがとう』
    その気持ちが嬉しくてつい頬が緩んでしまう。
    そして、忘れない内に彼女の分の弁当を手渡した。
    「……こちらこそ、毎日ありがとうございます」
    受け取ったアースもまた何処か嬉しそうに口元を緩ませた。
    「……………………」
    そうして、一連の様子はアース似の少女にガッツリと見られていた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:16:16

    『!?』
    幼い視線に気付いた二人は慌てて少しだけ距離を取った。
    今更ながら見られていたことを意識してしまったらしい。
    『それで、この子は……?』
    何故か照れ臭くなりそれを隠すかのように、ずっと疑問だった質問をすることにした。
    さっきからこちらをずーっと凝視しているこのアース似の少女は何者なのだろうか?
    「……ああ、そういえば、貴方は会うのが初めてでしたか。この子は『エコ』。私たちの妹ですよ」
    妹? そんな話聞いたことがあっただろうか?
    アースからの説明を受けてもどうにも釈然としなかったからか、件のエコと呼ばれた少女につい視線がいってしまった。
    「はじめまして、エコ……です」
    不躾とも思えるそれを受けたのにも関わらず、少女はあまり抑揚の感じられない声で淡々と自己紹介をした。だが名乗る瞬間躊躇いのようなものを感じとれたので、ポーカーフェイスなだけで緊張しているのだろうか?
    それでも、年齢の割に落ち着いている気がする。
    アースの妹ということは『あの二人』の妹でもあるのか。確かに、よくよく見ると容姿は一番上の姉に近い気がする。
    まあ姉妹なのであくまで誤差レベルの違いでしかないのだが……。
    「……あなたは?」
    どうやら好奇の視線を送り過ぎていたからか、エコから名乗るように言われた。
    『俺は――』
    そうして軽く自らの素性と身の上を話すことにした――。

  • 5二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:18:10

    学校で高嶺の花扱いされている少女がいた。
    それは正に『深窓の令嬢』という言葉が似合う程綺麗であり、嘘か本当か何処かの王族の血を引いているのだとか。
    そんな、一般生徒では逆立ちしても関わりを持つこと出来ないであろう少女との馴れ初めは些細なことであった。
    自分の家で買っている黒猫がどういう訳か学校にまで着いてきてしまった。何とか午前中隠す通すことに成功し、どうせだからと教師達に見つからないように隠れて昼食を摂っていた、その時だ。
    突如、黒猫が明後日の方へと走り出し慌てて追いかけた先に『彼女』がいたのだ。
    彼女――アースは黒猫を両手で持ち、向き合うような形になると、心底不思議そうな顔をしたのち……
    「……うちの生徒にこのような人、いたでしょうか?」
    などと頓珍漢なことを口走ったのだ。
    それがあまりにおかしくて、つい声をあげて笑ってしまったのが馴れ初めである。
    結果、『淑女に対して失礼なことをしたのでその罰です』という体で色々と世間知らずのお嬢様の面倒を見ることになった。
    本当に色々とあり、今ではこうしてお嬢様の方からこちらの家に来たり、自分が彼女の分の弁当を作る程の関係となった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:20:59

    「なるほど。それでここ最近浮かれていたのですか」
    「エコ……!?」
    多少長くなるからと歩きながら自分達の経緯を伝えると、エコは呆れたような目で姉を見ていた。
    まさかそんな目で見られるとは思っていなかったからか、アースは驚きの声をあげる。
    「アルクェイドといい、貴女といい、どうしてこう……」
    狼狽する姉のことなど眼中にないのか、一人でぶつぶつと愚痴り始める。
    その姿に、『性格は似てないかな』と心の内で思ってしまったのは仕方ないこと。
    『そう言えば、エコちゃんと会うのは初めて、なんだよね?』
    「はい。私は事情があり、日本を離れていましたので。つい最近帰国しました」
    『ああ、それで』
    なるほど、納得した。
    実は何度かアースの家に招かれたことかあり、その際に彼女の家族とは会ったはずなのだ。記憶が正しければ、その時に顔見せしたのは姉二人だけで、アースからも『家にいるのは以上です』と言われていたのだ。だがどうやら、それはあくまで『その時』の段階でのことだったようだ。
    『小学生だよね?』
    「貴方の目が正常なら、見たままです」
    確認の為に訊いてみたら、随分と擦れた答えが返ってきた。
    まあ、背負っているカバンなどを見るに正解なのだろう。
    相手するのに難儀するという意味ではこの子は長女寄りかもしれない。

  • 7二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:23:47

    そうこうしている内に学校に着くことになった。
    「では、私はここで失礼します」
    ペコリという擬音が聞こえそうなのに、何故か優雅にすら見える一礼をした後、エコは初等部の校舎へと向かった。
    「私たちも行きますよ、立香」
    アースに促され、こちらも学舎に向け、歩き出す。
    しかし――
    『あれ? でもクラスは違ったよね?』
    そう、誠に残念ながらアースと自分のクラスは違うのだ。だから教室まで共に行くことは出来ない。
    「……途中までは一緒のはず、ですよね?」
    とはいえ、学年は同じなのである。
    それがわかっているからこそ、催促するかのようにアースは目を細める。
    『うん、そうだね。じゃあ途中までは一緒に行こう』
    「……ええ」
    その意図を察し、少しだけ前に進んでいたアースに並ぶよう歩き出す。
    ――にゃあ。
    瞬間、聞き覚えのある鳴き声に気付き、振り返った。
    だがしかし、そこに声の主はいない。
    聞き間違いだろうか?
    「……立香?」
    『ううん、なんでもないよ』
    不安そうな顔を浮かべるアースを心配させまいと、笑顔で彼女の傍に寄る。
    そして、そのまま二人揃って学舎に向かって歩き出した。

  • 8123/03/05(日) 16:29:00

    唐突に浮かんだネタ。
    長くなるので、とりあえずはここまで。

  • 9二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:31:49

    世界を作り替えた?

  • 10二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:32:55

    夢だとしたらセコムはどうしてるんだよ
    許可とってるのか?

  • 11二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 16:44:09

    もしかしてレンが関わってたり…?

  • 12二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 17:53:16

    『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。手招きするように、『こっちだよ』と導くように。

    『あ、ゴメン。ちょっと待って』
    「……どうしたのですか? 立香」
    昼休み。今日も今日とて、二人揃って昼食でも食べようと人があまり来ない裏庭に向かっていた時のこと。
    突如声を掛けたあと茂みに向かっていったことに疑問を覚え、アースはその後を追った。
    『おまえ、また……』
    「どうしましたか?」
    呆れたように語りかけるその姿につい訊ねてしまった。
    『うん、どうやらまた……』
    それに対する『答え』はあっさりとアースの前に差し出された。
    「にゃあ」
    見慣れた黒猫が元気よく鳴いた。
    「……また、来てしまったのですか……」
    彼の家の住人にして、自分達を出会わせた原因は、どうやら性懲りもなく飼い主についてきてしまったらしい。
    「……まあ、仕方ありません。特別に同席を許します」
    本来なら教師に見つかるよりも前に帰すのが一番なのだが、どうにもアースはこの猫に対して甘いらしい。
    二人を出会い……アースにとって良きエスコート役に出会わせてくれたという功績がある故の采配なのだろう。
    知ってか知らずか黒猫もアースにはよく懐く。
    「にゃあ」と鳴き、彼女の足元に寄る。
    「では、行きましょうか」
    そうして彼女と共に歩き始めると、やっぱり黒猫はついてくる。
    今日は一段と賑やかになりそうだな、と思いつつ裏庭に足を運ぶのだった。

  • 13二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:10:55

    穏やかで少しだけ賑やかな昼食を経て、本日の授業も全て終わった放課後。
    いつもならアースを家まで送るのだが、今日は外せない用事があるらしく、先に帰ったようだ。
    特に用事もない自分はそうそうに帰路に着き、自宅向けて歩いていた時。
    「と、いたいた。おーい、そこのキミ」
    唐突に声を掛けられた。
    振り返った先にはメガネをかけた学ラン姿の男性がいる。
    「学生証、落としましたよ」
    『え……?』
    差し出された学生証を見て、慌ててポケットを確認するとたしかにそこにあるはずのものがなくなっていた。
    『ありがとうございます』
    優しい人に拾われてよかったと思いながら、お礼を言いつつ受け取る。
    『ん?』
    「あれ?」
    そうして顔を合わせた際、お互いに何処かで見たような感覚に襲われた。
    はて? 一体何処で見たのだったか……。
    こちらが首を傾げていると、向こうは思い出したのか「あ」と声を漏らした。
    「あれ? キミ、あれだよね? アルクェイドの妹の……」
    言われてこちらも思い出した。
    確か、アースの姉のアルクェイドが好意を抱いている相手だ。遠巻きにだが、抱きつきにいってる様子をアースと一緒に見た記憶がある。
    そしてその際アースは『いいえ、人違いです。私にはあんな周囲の目を憚らない行動をする姉はいません』と他人の振りをしていた。あまりにはっきりと言うものだから苦笑したのを覚えている。
    だからか、思いの外早くに思い出せた。
    『あ、はい。アースの友達です』
    向こうもこちらを知っているようだったから、あっさりと素性を明かした。
    「え? 友達? そうなんだ。意外だな、てっきり――」

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:13:25

    「あー! いた! もう探したんだからね!」

    アースとの関係に疑問を抱いたメガネの少年の言葉を遮るように、さらなる大きな声が放たれた。
    それとほぼ同時に、メガネの少年は、背中から遅いくる白い襲撃者に襲われ、倒れそうになった。
    倒れなかったのは男の意地か、それとも来るとわかっていたからか、どちらにしても凄い根性だ。
    「あ、藤丸くんだ。やっほー、元気してる?」
    そしてその襲撃者――アルクェイドはおぶさった状態で軽やかに挨拶してきた。
    「いやー、あなたと逢えて妹はホントに愉快になったのよ。一緒に話す機会増えたし、共通の話題できたし、あ、それからあの子ったらね、最近あなたの夢をよく見るって――」
    そんな状態なのに、更に世間話までしてくるとは、相変わらず色々と自由な人だ。
    しかし――
    「……おい! このばか女! いきなり抱き着くやつがあるか! 危ないだろ!」
    振り回される身としてはたまったものではなかったのか。怒りが頂点に達したその男は声を荒らげた。
    「はぁ!? わたし、ちゃんと手加減したし! ちゃんと倒れないよう、加減して助走つけたんですけど!」
    「まず助走つけるな! このばか!」
    「あー! またばかって言った! なによ、もう! だいたい――」
    そうして始まる痴話喧嘩。
    これも遠巻きで何度か見たことがある光景。
    こういう場合、下手に関わって巻き込まれるのは避けたいので退散するのが吉だろう。
    『えーと……じゃあ失礼します……?』
    「あ、じゃあねー! 藤丸くん、またねー!」
    「と、ごめん、騒がしくして。今度機会があったら一緒に食事でもしない? たぶん俺達気が……いや、話が合うと思うからさ」
    二人とも挨拶だけはちゃんと返してくれるらしい。その後は、また喧嘩を始める辺り、あの二人にとってはあれは特有コミュニケーションなのだろう。
    そう思い、再び帰路に着こうとして、
    『あれ? さっき何かおかしなところがあったような……』
    明確に何がかはわからないが、違和感を感じたのだが……。
    ――き……の……めを……ない……たし……ね。
    『何なんだろう……?』
    しかし、その正体に気付くことは、ついぞなかった。

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 22:14:32

    家に帰ると案の定暗かった。
    たしか両親は今旅行にいってて、もう暫くは帰ってこないらしい。
    僅かな期間だが、気ままな一人暮らしというやつだ。
    学生の身ではそうそう味わうことはないだろうから今の内に堪能すべきなのだが……。
    ……どうにも寂しい気がする。流石にこの歳にもなって両親にべったりという訳ではないはずだ……それなのに、圧し潰されそう孤独感を感じるのは何故だろうか?
    「にゃあ」
    自分の心境を心配してか、黒猫が足にすり寄ってきた。
    そうだった。一人ではあるが、もう一匹いたのだった。
    不思議と、そう思うと寂しさは薄れた。
    『さて、と』
    元気をもらったような気がして、やる気が湧いてきた。
    とりあえず、一人しかいないので家事は全部やる。
    夕食を終えたら、風呂に入って、それから勉強。あ、あと明日の弁当の用意もしなくてはいけなかった。
    考えるとやることが多い多い。しかし変に頭を使って滅入りよりは遥かにいい。
    『よし』
    一度頬を叩いて気合いを入れたあと、それらの作業に取り組むのだった。

    全ての作業を終えると充実した疲労感に見舞われた。
    悪いものは決してなく、むしろ快眠できるであろうと確信できる。
    あとはベッドに潜り込むだけだ。
    そうして、いざ寝ようとした時――
    「にゃあ」
    と、また黒猫が鳴いた。
    いつ部屋に入ってきたのかは定かではないが、猫とは知らぬ間に部屋に入ってくるし、今回が初めてでもない。
    『おいで』
    だから一緒に寝ようと手招きする。
    そうして、誘われた黒猫は近寄ると身体を丸くする。
    その姿を眺めつつ、意識はどんどん眠りに落ちていく。
    落ちる直前に猫が鳴いていた気がするが、もはや気にする余裕はない……。
    ――『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。まるで寝かしつける子守唄のように。安らかに、穏やかに眠れるように。

  • 16二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 22:20:58

    黒猫ともう一匹の猫......レン?
    アルトルージュはどういう扱い何だろう?

  • 17二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 22:38:14

    「………………」
    「……マシュ」
    「あ、アーキタイプ:アースさん」
    「……別に、アースで構いません」
    「あ、はい……失礼しました、アースさん」
    「……貴方も、そろそろ休んだ方がいいのではないですか?」
    「いえ、そんな、今回の原因は私ですから……先輩が目覚めるまでは傍にいようと……」
    (マイルームのベッドで横になってるマスターを見つめる)
    「……今日で三日ですね」
    「……ええ。ですが、何度もいいますが、マスターがこうなったのは、貴方の責任ではありませんよ、マシュ」
    「ですが、アースさんも言いましたよね。過去に私が『何処かの世界に跳ばされてカルデアに帰る為に様々な世界を渡り歩いてしまった』のが原因だと」
    「……拾ってきた因子のことを言うのなら、それは確かにそうです。貴方は、この世界に帰る為に必要な因子を集めた。その最中に『偶然付着した』当時は『偶々無害な因子』が、今になり目覚め、相性のいいマスターに影響を与えてしまった」
    「…………」
    「ですが、これは仕方がないこと。貴方と同行していた巌窟王もまた持ち帰ってしまっていたようですし……。本来ならば、ここまでの被害を起こすことはあり得ないのです」
    「では、どうして……?」

  • 18二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 22:38:46

    「……恐らくは私、なのでしょうね」
    「え……?」
    「正確には、この因子との繋がりはアルクェイドの方が大きいようですが」
    「そう、なのですか……?」
    「ええ。とはいえ、このアルクェイドとも少し違うようです。恐らくは、一つか二つくらい離れた世界のアルクェイドなのでしょう」
    「どうにか、ならないのでしょうか……」
    「『彼女』に意識があれば出来たでしょう。しかし、ここにあるのはただの因子でしかありません。既に一度アルクェイドが試したのですが……」
    「……無理だったのですね」
    「……ええ。ヒントを置いてくるのが精一杯だった、と」
    「ヒント、ですか?」
    「はい。一見完璧に見えるものにも綻びはあります。いえ、ないのなら作るものでもあります。マスターは何度か他人の夢と繋がったこともあるようです、それに気付きさえすれば……」
    「戻ってこれる……?」
    「………………。とはいえ、やはり最後にはマスター自らが気付かなければ意味はありません」
    「大丈夫でしょうか……」
    「信じる他ないでしょう」
    「………………」
    「………………」
    「……あの、ところでヒントとは?」
    「さて……私も聞いたのですが、『あなたのマスターならきっとわかるものよ』とそれきりなので」
    「はぁ……そうなのですか……?」
    「ええ……本当に、何を言ったのですか? アルクェイド」

  • 19123/03/05(日) 22:41:35

    思っていた以上に長くなってしまったので後編は後日書きます。
    今日中に終わるかな、と思ったら無理だった……すまない。

  • 20二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 23:54:19

    良いスレを見つけた。明日も楽しみにしております。

  • 21二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 23:58:20

    スコスコのスコ

  • 22二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 00:04:10

    感謝しかない・・・ありがとうございます

  • 23二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 00:10:19

    ぐだアースの長編は初めてだな・・・俄然結末が楽しみになってきた

  • 24123/03/06(月) 05:35:06

    ありがとう、暫く平日なので書く時間少なくなると思うのでそこは許されよ。

  • 25二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 13:38:03

    ――『その顔』を初めて見たのはある質問をした時だった。
    なんてことはない、会話のネタとしてよく使われるものの一つ。しかし、それに答えてくれた彼女の顔はとても寂しそうで……。
    身勝手にも、何とかしたいな、と思ってしまったのだ――。

    「にゃあ」
    微睡みの底から引き上げるような鳴き声が聞こえた。
    耳元で何度も鳴かれたので、流石に起きることにする。
    携帯で時間を確認する――6時前。昨日より早く、そしていつも通りの時間と言える。
    「おはようございます、立香。……ああ、今日はちゃんと起きて――」
    と、時間は早いはずなのに、昨日同様家を訪ねてきたお嬢様と顔を合わせた。
    起きてることに安堵したのか、一瞬ほっとした表情を見せたが……すぐにそれは一変する。
    驚いた様子でそのままこちらに駆け寄り、両手で顔をガッシリと固定される。
    そして――
    「……どうしたんですか、泣いてますよ、貴方」
    『え……?』
    自覚はなかったが、どうやら自分は泣いているようだ。
    それに驚いたアースは心配しているらしい。顔を固定している両手の親指で、涙が伝ったと思わしき頬を拭う。
    『あ……』
    そして、心配しているその表情が先程見た『夢』と被ってしまう。
    悲しそうで、放っておけない表情。
    『なんでもないよ。ちょっと夢見が悪かっただけだから』
    そう言い、安心させようとアースの手に触れる。
    「そう、ですか……」
    気遣いを察してか、手を離して身を引くアース。しかし表情は晴れぬままだった。
    「では、下で待ってます。エコもいますから」
    そうして昨日と同じく、退室しようと――。
    「あ、そうだ」
    する前に一つだけ、気になったことがあったので訊ねてみること。
    『アースって青と白の色合いのドレスって持ってる?』
    それを聞いた瞬間、彼女の顔は驚愕の色に染まった。

  • 26二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 13:39:55

    「……はい。……確かに持っていますが、それは社交界用ので……貴方には『まだ見せていない』はず、ですが……」
    その口振りからいつかは見せる予定だったであろう。何処かのイベントでのサプライズとでも考えていたのか……いずれにせよ、まだ教えていないものを言い当ててしまったことに驚きを隠せないようだ。
    『あ、ゴメン。夢の中でそれを着たアースがあまりに綺麗だったから……もしかしたら持ってるのかなって思って』
    「――!?」
    若干の嘘が混じってはいるものの、本心から思ったことなので素直に伝えてみると、今度は先程と違う意味で驚いているアースの姿があった。
    「で、では……今度、機会があったら、お見せします……」
    顔を赤らめ、たどたどしい口調で言う。
    そして逃げるように、退室した。
    その姿は微笑ましくて……でも、何処か違和感を覚えてしまった。
    『どうしたんだろう?』
    自分でも分からない感覚に困惑する。彼女に対してこんな……疑惑の様なものを抱いてしまうなんて……。
    「………………」
    耽っている最中、突如視線を感じた。
    そして、その主はすぐに見つかった。
    何せ、アースが閉めなかった扉の隙間からこちらを覗いていたのだから。

  • 27二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 13:40:59

    『エコ』と呼ばれたアース達の妹。その少女がそこにいた。
    しかし、アースの話では確かに下にいると言っていたはずだが……どういうことか、バレないようにこっそり後を付けていたのだろうか?
    「……なるほど。アルクェイドの“声”はちゃんと届いていたようですね」
    『――え?』
    「ですが、まだ完全ではありませんね。無意識なのがその証拠。頑張ってください『彼女のマスター』。これは貴方が乗り越えなければいけない試練です」
    意味深にそう言うとエコはそそくさと立ち去って行った。
    結局何が言いたかったのか、半分も理解は出来なかった。
    しかし……。
    『マスター……』
    その言葉は懐かしく、何故かしっくりときた。

  • 28二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 17:08:17

    学校に着き、授業をしていても上の空だった。
    どうにも頭に靄がかかったようで、気付けば『どうしてそうなったのか』という思考の海にダイブしていた。
    そうなる際に、必然出てくる要素は三つ。
    一つはアルクェイド。アースの姉とされる女性だ。
    どういう訳か彼女が発した言葉の中に違和感を感じたのだ。それは偶然かそれとも意図的なのか……ともかく、もし今度会えたのなら話をしてみよう。
    二つ目はエコ。アース達の妹で、最近帰国したばかりだという少女だ。
    アースを疑う訳ではないが、どうにも彼女の説明を受けてもパッとしないというか釈然としないというか……後出しで生えてきたような感覚を覚えるのだ。おまけにあんな意味深な発言までする始末。
    本当に何者なのか……。踏み込んで話をしたいが、果たしてこちらから会いに行けるだろうか? 一応小学生らしいので色々とリスクはありそうだ……。

  • 29二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 17:09:35

    そして最後。三つ目は、アース。同級生にして、何故か面倒を見る羽目になったお嬢様。
    彼女とは付き合いそのものはあり、互いに信頼関係はあるだろうと自負は出来る。しかし、その積み上げたはずの信頼の内容がどうにも思い出せない。
    『色々あった』ということはわかるが、その『色々』が何故か思い出せない。信頼を築いたはずの内容を思い出せないとはどういうことか?
    いや、最悪これだけならいい。自分の記憶力がないのだと言い訳が出来るからだ。
    しかし――さすがに、彼女に対する違和感だけはどうにも拭えない。
    ここまで気さくだっただろうかとか、もう少し面倒な性格してなかった? とか色々あるが、一番はやはり……。
    『立香』
    自分に向けられる呼ばれ方だ。
    別に名前を呼ばれるのが嫌という訳ではない。
    ただ、なんというか、彼女からは別の呼ばれ方をされていた気がするのだ。
    そう、それこそエコが言っていた――
    『……マスター』
    瞬間。美しい青と白のドレスを纏ったアースがこちらへと呼びかける姿を幻視した。
    それは幻であるはずなのに、妙にリアリティがあって……その姿、呼び方はしっくりときたのだ。

  • 30二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 17:20:00

    放課後。
    またしてもアースは予定があるらしく、一人で街を散策することになった。
    あれから色々と考えた結果、とりあえずアルクェイドと話をしようという結論に落ち着いた。アースと話せる時間はなかったし、エコに会う為とはいえ初等部に向うのは勇気がいるからだ。
    ……とはいえ、自由奔放を絵に描いたような人だ。果たしてそう都合よく見つけられるのか……。
    そう先行きを不安がっていると――
    「やあ、また会ったね」
    偶然にも昨日のメガネの少年と出くわした。
    『あ、昨日はありがとうございます』
    「いや、いいよ。困った時はお互いさま、だろ? それより宣言通り……と、あと昨日の非礼も兼ねてかな。ちょっと早いけどこれから一緒に夕食どうかな?」
    「美味しい店を知ってるんだけど」と誘ってくるメガネの少年。
    しかし、今自分は昨日から纏わりつく違和感を解消する為に行動している。
    心苦しいが、ここは断るのがいいだろう。
    『あの、すいません。ちょっと今用事が――』
    「――アルクェイドを探しているんだろう」
    『……え?』
    だが、見透かしたような発言に間抜けにも呆けてしまう。
    「あれ? 昨日言わなかったっけ? 『俺達はきっと話が合う』ってさ」
    『――っ』
    つい息を呑んだ。
    『見透かしたような』ではない、実際に見透かしているのだ、この少年は。
    「そう警戒しないで、俺はただ頼まれただけだからさ、あのばか女に」
    そして、身構えるよりも先に笑顔で釘を刺してきた。

  • 31二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 18:02:37

    もうここに住みます

  • 32二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 18:48:48

    「うん、やっぱり美味いな、ここは」
    メガネの少年に連れて来られたのはとあるカレー屋だった。
    店に入った瞬間、スパイシーな香りが鼻を突いて、少し涙が出たのは内緒だ。
    そうして席に着き、向き合うような形でカレーを食べ始めた。
    「あれ? 口に合わなかった? 辛いのダメだったかな?」
    『いえ、余程の激辛……キャロライナ・リーパーとかでなければ……』
    「……何故よりによってキャロライナ・リーパー? でも、そうか。ならちゃんと食べた方がいいよ。少食で虚弱体質の俺が言うんだから間違いない」
    『はい……』
    いただきますと手を合わせて、一口食べてみる。
    辛くはあるが、それは食欲を刺激するスパイスとして使われており、思いの外箸(スプーン)が進む進む。
    ああ、程よい辛さの料理は最高だ、と何故か涙まで流れてきた。知らぬ間に辛さに対して苦手意識でも出来ていたんだろうか?
    「………………」
    そんな自分を怪訝な目で見るメガネの少年。
    大袈裟なと思うかもしれないが、実際大袈裟ではない。
    加減を知らない激辛好きの女の子……がいた気がする。恐らくその子が関与しているのかもしれない。
    こう……誕生日とかに目にも舌にも悪そうなケーキを作りそうな子が……。

  • 33二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 18:50:40

    エリちはさあ…

  • 34二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 21:05:14

    『それで、あの……』
    軽い現実逃避をしてしまったが、そろそろ本題に入ろう――。
    「ああ、アルクェイドを探しているんだったね。でも、悪いね。たぶんアイツとは会えないよ」
    そう思い、切り出そうとしたのだが、先んじて答えが出された。
    「ちょっと余計なことしちゃってね。暫くは会えないと思うよ」
    何故? とそんな顔をしていたからか、あっけなく理由を教えてくれた。
    『そんな……』
    何かわかることがあるかもと期待していたのに、まさか出鼻を挫かれることになるとは……。
    なら次はどうすべきか。そう思考を切り替えようとして――。
    「なんで、代わりとして『俺』があとを任された訳だ」
    脈絡なく意味の分からないことを言われた。
    いや、何が「なんで」で、何が「代わり」なのか。
    『どういうことですか? 貴方は一体?』
    理解が出来ず頭には『?』しか浮かんでこない。
    いや、そもそもこの人は一体なんなのかという新たな疑問が沸いた。
    アルクェイドの想い人だと思っていたのだが……。
    「俺? そうだな……因子の中に残ってた『夜』の残滓をあのばかがサルベージして、よりによって『最新の俺』をデカールした存在、かな? 基になってるのが『夜』だから殺して解決ってのが出来ないのが困りもので……。まあ俺自身、この世界の創造物でしかないから、反逆を企てようとしたら消されるんだけど。……そんな役立たずを頼るとか……まったくなに考えてるんだか、あのお姫さまは」
    よく分からない単語をツラツラと出された上に、何故かこの場にいないアルクェイドに対しての愚痴まで言い始めた。しかし、その声色には呆れつつも嬉しさが混じっている。
    真偽はともかく、アルクェイドにとって信頼できる人なのは間違いなさそうだ。
    『えーと……?』
    それはそれとして、結局この人はどういう立ち位置なのか?
    上手く頭の中で整理が出来ず首を傾げてしまう。
    「ああ、分からなかった? ……まあ、簡単に要約するとキミの助言役だと思ってくれればそれでいいかな。うん、『キミの味方』だ。単純でわかりやすい」
    その様子を見て、少年は端的にわかりやすく己の立場を明かしてくれた。

  • 35二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 22:18:37

    『そうなんですか? それなら、よろしくお願いします。えーと……』
    そうして握手でも、と思ったのだが、よくよく思い返してみると自分はこの人の名前を知らなかった。
    それを察したのか、メガネの少年は少し考えてから口にする。
    「……俺は元々キミの記憶にはいない存在だからね。下手に名を残すと後々面倒なことになるかもしれない。未来で会えるかどうかも分からないしね。余計な縁は作らない方がいい」
    『記憶? 縁? いや、でも……』
    せっかく会えた上、『味方』と明言してくれた相手に対してそれは失礼ではないだろうか?
    申し訳なさそうな顔を見たからか、メガネの少年は数秒腕組みをして思案する。
    「どうしても呼びたいなら……そうだな。……『殺人貴』。そう、呼んでくれるかな」
    『え? 殺人……?』
    「はは、物騒だろ? でも、名前以外で俺を表すならたぶんこれくらいしかないと思うんだ」
    面食らった自分に対して、まるで悪戯が成功した子供のように笑って見せるメガネの少年。
    『……わかりました。よろしくお願いします、『殺人貴』さん』
    しかし、その笑みはすぐに鳴りを潜めた。
    「えらい肝の座りようだね。相当な場数を踏んでるのかな? それとも『殺人』程度は珍しくもなかったかな?」
    『いえ、そういうわけでは……ただ……』
    「ただ?」
    『アルクェイドさんが信頼してる人なら、俺も信頼するのが筋かと思って……』
    それは、ただただ本当にそう思った、本心からの言葉だった。
    場数を踏んだ覚えは……あるような、ないような……なんともはっきりしないのだが。『殺人』に関して物怖じしてしまうくらいには一般人であると自覚している。
    しかし、だからと言って信頼している人があとを託した人物で、わざわざ『味方だ』とも言ってくれた人を、そんな言葉一つで穿った見方をするのは失礼な気がした。
    だからこその態度だったのだが……。
    「……………」
    少年は信じられないようなものを見る目で絶句している。まるで絶滅危惧種が突然目の前に現れたかのように。

  • 36二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 22:21:07

    だが、それから数秒経過すると。
    「……なるほど。アルクェイドがキミを助けようとした理由がわかったよ」
    悟ったように笑みを浮かべた。どうやら彼の中で何か納得がいったらしい。
    「『底抜けの善人』というのを初めて見た。確かに、これはつい手を貸してしまいそうだ」
    『そう、なんですか?』
    自分としては至って普通に接したつもりなのだが、どうやら何かが彼の琴線に触れたようだ。
    「ああ。改めて、よろしく藤丸くん」
    だからか、今度はあっさりと握手に応じてくれた。
    『呼び捨てでいいですよ、歳近いと思いますし』
    どちらも学生であり、年齢的な距離はあまり感じない為そう進言する。
    「そう? ならこっちも敬語はなしで。平等に、友人の様な関係でいこう、藤丸」
    『うん、ありがとう、『殺人貴』』
    そうして、二人は改めて挨拶を交わすことになった。

  • 37123/03/06(月) 22:24:19

    おかしい……トータル一万文字超えてるはずなのにまだ終わらない……。
    とりあえず、本日はここまでとなります。続きは明日投下する予定です。

  • 38123/03/07(火) 05:00:11

    今更ながらこれ、ぐだアースSSというか月姫コラボSSみたいになってるな……。下地になってるのは間違いなくぐだアースなんだけど。
    続きは午後から投下します。

  • 39二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 13:34:24

    「さてと」
    カレーを食べ終え、腹は満たされた。
    改まって挨拶もした。
    そうなれば次にすべきことは決まっている。
    「藤丸、オマエがアルクェイドを探しているのは知っているけど、実は探している内容までは知らないんだ。教えて貰ってもいいか?」
    『え、そうなの?』
    待ち構えていたようだったし、てっきり全部お見通しなのかと思っていたのだが……。
    「俺はあくまで“アルクェイドの代わり”としてオマエに会うように設定されたからな。俺に会うってことはアルクェイドに会いに来たってことだ。だから、現時点ではそこしか分からない」
    『……?』
    「ともかく、アルクェイドに会いに来ようとした理由を教えてくれ」
    本来ならアルクェイドへ聞こうと思っていた内容。
    話す相手は変わったが、聞いてくれるのならこっちとしては有り難い。
    『うん、実は――』
    そうして語るのは昨日から感じている違和感。
    拭おうとする度、気にしないようにしようとしても纏わりつくそれは果たしてなんなのか。
    気の所為、自分が過敏になっているだけならそれでもいい。
    しかし実際に返ってきた反応は予想に反したものだった。。
    「なるほど……ギリギリを攻めたアイツのヒントは思ったよりも効果を発揮したみたいだな」
    『え?』
    「いや、なんでも。こっちの話さ」
    ぼそっと呟いた後に「それより」と向き直る。
    「オマエの感じた違和感は正しいよ、藤丸」
    『そうなの?』
    「ああ、だから自分をもっと信じた方がいい。オマエの抱いている違和感は正しく、オマエが感じている疑惑は本物だ」
    『それってつまり……』
    オマエが疑いの目を向けているものは真実ではない。遠回しだが『殺人貴』はそう言っている。
    そして、それらの中で最も強いのは……一人しかいない。

  • 40二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 16:11:06

    『――ッ!?』
    そこで一旦頭を振るう。その結論に行くにはまだ早計だ。
    情報があまりに足りない。決めるのは情報を集めてからだ。
    『『殺人貴』はどこまで知ってるの?』
    「範囲によるけど、恐らくオマエの聞きたいことになら答えれるよ。そうじゃなきゃ、自分のことを『助言役』なんて言わない、」
    『じゃあさ、教えてくれないかな?』
    「いいよ、何から聞きたい?」
    『え?』
    「ん?」
    いざ真相を解明しようとした瞬間、何故か両者不思議そうに顔を見合わせる。
    何やら双方の間に致命的な勘違いが起きているようだ。
    「まさかと思うけど……一から十まで俺が教えるとでも思ってたのか?」
    それにいち早く気付いたのは、言うまでもなく『殺人貴』である。彼は呆れたように目を細めて言った。
    『え、違うの? じゃあ、知ってるって言ってたのは嘘……?』
    てっきりそうなのかと思っていたので目が丸くなる。
    話の流れ的に、教えてくれるのだと思っていたのだが……。
    そんな自分に対し、『殺人貴』はため息を一度吐いた後答えた。
    「嘘じゃない。だが俺が出来るのは『助言』であり、オマエが気付いたクエスチョンに対してヒントを出すだけだ。悪いが『解説』とか『解明』は俺には出来ない。その二つは明確な反逆行為だからな。それに抵触しないギリギリのラインは『助言』だけだったんだ。なんで、まず先に藤丸が疑問を抱いて俺に訊いてくれなきゃいけない」

  • 41二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 17:35:22

    『……そうなんだ』
    「さっきだってそうだったろ。俺はあくまで『答え』に行き着けるよう助言をしただけ。それを受けて答えを導いたのはオマエのはずだ」
    『あ……』
    答えは一旦保留にしてはいるが……言われて納得は出来る。
    確かに、『殺人貴』からの助言は大きかったものの、彼がしてのはあくまでそこに至るまでの補強程度。自分にただ「オマエは正しい」と言っただけなのだ。
    『……遠回り過ぎない?』
    「言うなよ……俺だって面倒だと思うけど、直接的過ぎるのはアウトなんだ。抵触しない部分なら大丈夫だけど、オマエが挑むのはがっつり抵触するやつばかりだからなぁ」
    率直に抱いた感想を述べると、彼は頭を掻いて愚痴る。
    どうやら、そういうルールというか制約が課されているようだ。その辺りについてもこちらから訊きにいった上で答えに至らなければいけないのだろう。
    それはなんと面倒なことか。
    しかし――。
    『訊けば、大丈夫なんだよね?』
    「ああ、ちゃんと助言する。そこは保証するよ」
    手順さえ分かれば、情報は与えてくれるというのは確かなのだ。
    『うん、わかった。じゃあ、まずは――』
    そうして、自分が知るべきだと思った情報を得る為に『殺人貴』との問答が始まった。

  • 42二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:26:26

    「まあこんなものかな。他に何か知りたいことが出来たら今日みたいに街を散策するといい。そっちが望むなら俺は現れる。そういう役割だからね。またな、友人」

    そうして一通りの情報を手にした後、『殺人貴』と別れ、帰路に着いた。
    『殺人貴』の助言を介して得られたものは膨大で、未だに脳内処理が追いつかない。
    しかし、一つだけ確かに見て見ぬふりをしてはいけない情報があった。
    『そうか……ここは夢の世界なのか』
    幾つかの助言を受け、情報を精査し、たどり着いた答えの一つがこれだ。
    どうやら現実の自分は寝たきりで、この夢の世界に囚われているらしい。
    何故そうなったのか……彼が言うには――
    『まあ自覚のないお姫さまの願いを、消えかけの従者が叶えようとした結果暴走した感じ……かな。オマエは何かに護られていたみたいだけど、そいつ自身が持っていた無害なものが急にバグになるとは思わなかったから対処出来なかったようだし。……そもそもこの『夢』もそんなに長くは続かないはずなんだよな……。
    あー……とりあえず、わかりやすく一言で言うなら『運が悪かった』ってことだよ』
    とのことだがやはりわからない。
    『爆発するはずがない爆弾が、幾つかの条件が合わさって爆発したようなもの』とも例えていたっけ?
    結局のところ『運が悪かった』に収束する辺り、自分はつくづく運がないのだろう。
    しかしそれを嘆いたところで何かが変わる訳でもない。
    まずは此処から出られるよう、考えなければいけない。
    そこに至る為の答えを『殺人貴』は知っているようだし、『アルクェイドが既にヒントを出している』とのことだったが……。

  • 43二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 21:32:09

    ――きらい……の……を……ない……の私……ね。
    『っ……!?』
    それを思い返そうとして、一瞬フラッシュバックが起きる。
    何処だったか忘れたが、アースに何かを質問して、その時に彼女が寂しそうな顔で言っていたのだ。
    あれは何だったか……。
    薄れていきそうなそれを必死に脳内のフォルダに入れた。
    絶対に忘れないように、無理矢理に何度でも、擦り切れるカセットテープのように再生させる。
    ――きらい……の……を……ない……の私……ね。
    しかし、何度試みても全容を思い出すことが出来ない。
    恐らくは貴重な現実でのアースのやり取りなはず。それを思い返せないのは寂しい。
    現実にもアースはいる。それだけでなく、多くの仲間がいるのだ。
    いつまでも彼等を心配させるわけにはいかない。
    どうにかしてこの『夢』を抜け出そう。
    決意を新たにするのだった。

    ――だがしかし、それはそれとして。
    『ただいま』
    英気を養う為にもまずは家で休むべきだ。そう思い、玄関の扉を開き、電気を点けた。
    「にゃあ」
    そうして、今はいない両親の代わりに黒猫が出迎えてたのだ。

    『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。語りかけるように、話しかけてるように。

  • 44二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 23:51:14

    「………………」
    「………………」
    「………………」
    「ええい! 鬱陶しい! なんだ貴様ら! 揃いも揃って辛気臭い!」
    「ちょ! いきなりなによ! 原型のわたし」
    「…………なんですか、いきなり」
    「貴様ら、大方あの人間のことを心配しているようだが……本を正せば『アレ』は貴様らのせいだろう」
    「はぁ!? 確かにわたしはあの因子と縁あるけど、あくまで別の世界のわたしよ! この世界のわたしとは関係ないんですけど!」
    「……ええ、そうですね。ここにいるアルクェイドを責めるのは筋違いというもの。寧ろ、よく手を尽くしてくれています」
    「……いや私はお前にも言ったのだぞ、古き姫」
    「え?」
    「よもや、自覚がないのか?」
    「それは、どういう……」
    「………………呆れて言葉も出ないとはこのようなことをいうのか」
    「……まあ、過去のわたしはそこら辺まだ鈍いからね……」
    「…………?」
    「原因となった因子は確かに新しき姫由来のものではあるが、それが活動を始めた原因は貴様だぞ、古き姫」
    「え……? ……何故、そんな……。それでは、私がマスターを眠らせたようなものでは……?」
    「だからそう言っているであろう。……とはいえ、その様子ではやはり自覚はなしか」

  • 45二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 23:53:59

    「………………」
    「ちょっと、過去のわたしをイジメないでくれる?」
    「私は事実を言ったまでだが?」
    「直接的過ぎるっての! もっと相手のこと考えなさいよ! 原型のわたしは!」
    「それは無理な話というもの。民も臣下もいなかったのだ、そのような状況でそんなことを一々気にすると思うか?」
    「ホント横暴なんだから……このわたしは……。だったらちょっとあっち行っててくれない」
    「仕方がない」
    「………………。よし、いなくなったわね」
    「……アルクェイド……あの、原型の私が言っていたことは……」
    (あっちゃー……やっぱダメージ受けてるか。でも、仕方ないか、カルデアくんが眠った原因が自分だったなんて知ったら、こうもなるわよね。……ホント、原型のわたし、もっと慎重に動いてほしいんですけど)
    「……結論から言うと、原型のわたしが言ったのは間違っていないわ。あの因子が影響を受けたのはわたしではなくあなたよ、過去のわたし」
    「………………何故」
    「それはわからないわ。でも、あなたはカルデアくんと交流を重ねていく内に変わっていった。だから無意識にそう願う『何か』があったんじゃないかしら。それは、本当に小さくてあなた自身知らぬ間に抱いたものだったのかも……」
    「………………」
    「大丈夫! きっと目を覚ますわ! 元々あの夢はそう長くは保たないものだし、それに……すっごい頼りになる助っ人置いてきたから! だから心配しないで、今は待ちましょう」
    「…………はい。そうですね。今はそれしかできませんよね……」
    「うんうん、分かればよろしい!」

    (……私の所為、ですか…………ごめんなさい、マスター)

  • 46二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 23:55:23

    本日はここまでになります。

  • 47二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 23:57:25

    最高

  • 48123/03/08(水) 08:57:32

    今日も続きは午後からします。

  • 49二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 11:17:56

    保守

  • 50二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 16:52:12

    悲しそうで今にも泣き出してしまいそうな女性がいる。
    青と白のドレスを着た麗しい姿の彼女に自分に何が出来るのかと考える。
    「泣かないで」と慰めの言葉を掛けるべきか、優しく抱き締めて安心させてあげるべきなのか。
    答えなどわからない。人と人の間で交わされるやり取りに、明確な『正解』などないのだから。
    だから下手に考えるべきではない。自分は、ただ思ったことを伝えるべきだろう。
    ――大丈夫だよ。
    ただ、それだけ。そんなありきたりの一言しか浮かばなかったが、しかし伝えるだけは出来たらしい。
    安心させようと放ったその言葉。
    だが聞き取ったはずの麗人が顔をあげると……その真紅の瞳は潤んでおり、今にも溢れそうだった。

  • 51二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 22:18:58

    保守

  • 52二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 23:10:51

    ぽたぽたと。
    まるで雨が降ったかのように水滴が頬に当たる。
    一粒、二粒、三粒……。スローペースではあるが、それは確かに自分の頬に落ちて滴っていく。
    眠っている自室は二階で、上は天井だ。
    雨漏りでもしたのだろうか?
    そう思い、重い目蓋を開ける。
    『――え』
    そうして、開かれた視界に写り込んできたのは、端正な顔の令嬢――アースだった。
    覗き込むようにして顔を近付けて見つめている。
    それだけでも驚くのに……泣いていたのだ。
    美しいその紅玉のような瞳から、滴が溢れている。
    「…………どうして」
    困惑して動けないでいると、彼女は震えた唇で問いかけた。
    ――それは果たしてどちらに向けて投げかけたものだったのか。
    『アース……?』
    「……っ!?」
    こちらが驚きの声をあげるのと同時に、アースははっと我に返ったかのような表情を浮かべると、すぐに身を引いて距離を取った。
    それは見惚れる程の速さで、先の光景も相成り暫し呆然としてしまった。
    『アース! 何かあったの!』
    だが、すぐに『あのアース』が泣いていたという事実を思い出し、慌てて理由を訊ねる。
    「……いえ、なんでもありません。ただ、夢見が悪くて……少し、それを思い出してしまっただけです。心配掛けてすみません、立香」
    しかし、アースは誤魔化すようにそう言うと「下で待ってますね」とだけ伝え、部屋から出ていった。

  • 53二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 23:12:08

    今日はあまり書く時間なかったので、ここで一旦ストップ。

  • 54二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 23:37:38

    好き(直球)

  • 55二次元好きの匿名さん23/03/09(木) 05:03:48

    その背中は小さく見えた。
    自分と彼女の背の差など5cmしか違わないのに、まるで子供のように感じたのだ。
    『――ああ、そうか』
    その姿と、先に漏れ出た言葉でようやく理解出来た。
    ――嫌いなもの……夢を見ない今の私ですね。
    『彼女』は夢を見なかった。そんな自分を嫌いだと言っていた。物悲しい顔を浮かべながら。
    アルクェイドから聞いたヒントが何かわからなかったが、それでも違和感を覚えたのはここだったのだ。
    『あ、それからあの子ったらね、最近あなたの夢をよく見るって――』
    彼女が夢を見ないことはアルクェイドも知っていたはずだ。それなのにそう言ったのは、現実との決定的な相違点として自分が絶対に違和感を感じるものだと考えたからだろう。
    そして、その目論見は見事に当たった。
    違和感を感じ、その正体を探ろうと行動して、そして……真実に辿り着けた。
    ――ああ……これでようやく、改めて認識出来た。
    夢を見れる彼女がいるこの世界は、それこそ夢なのだ……。
    はっきりとそう確信を持ててしまったのだ。

  • 56二次元好きの匿名さん23/03/09(木) 14:59:50

    「おはようございます」
    『おはよう、エコちゃん。……あれ? アースは?』
    下に降りた先で迎えたのはアースではなく、エコだった。
    二日続いていた為いるだろうとは思っていたが、エコ一人だけとは……一体どうしたことか?
    「用事を思い出したと言って先に行きました」
    『そっか……』
    質問を投げかけると淡々として答えが返ってきた。
    さっき見せた態度からして何かあったと考えるべきだ。しかし、それを聞こうにも既にいないのでは難しい。
    如何に『夢のアース』だとしても、彼女に悲しい想いをしてほしくないという気持ちに変わりはないのだから。
    「………………」
    『えっと……なに?』
    何故かジーっと視線を向けられていることに、居心地の悪さを感じたので、何か用でもあるのかと思い訊いてみる。
    「いえ、ただ――その様子ですと『彼女』のことを思い出したようですね、カルデアのマスター」
    『――!?』
    すると予期せぬ単語を口に出され、驚きのあまり目を見開いた。
    カルデア。その言葉を知るものは多くない。その上ここは夢の中だ。
    『殺人貴』のような協力者ならいざ知らず、ただの夢の住人がそれを知っているだろうか? 日常的な世界観も相成り、その知識を持っていても意味がないように思えるが……。
    『キミは一体……?』
    「………………」
    違和感とは別の異物感ともいうべきものをこの少女からは感じてはいたが、一体何者なのか?
    そんな疑問の視線を向けられたエコは静かに一回だけ目をつぶる。
    「……このままでは遅刻をします。歩きながら話しましょう」
    そうして、一呼吸置いた後、促すように言った。

  • 57二次元好きの匿名さん23/03/09(木) 17:27:57

    「私が何者なのか、ですが」
    家から出て、少し歩いたところでエコは口を開いた。
    「私もまた因子の一つです。それがどのようなものかは貴方の主観に任せます。
    真祖としての別の可能性。彼女達の中に眠る別人格。別の世界の吸血姫。あり得ざる夢での邂逅者。どれでもお好きなのをどうぞ」
    『えーと……よくわからないので、とりあえずエコちゃんのまま呼ばせてもらいます』
    「…………まあいいでしょう。任せると言ったのは私ですから」
    『それで……キミはどうして此処に……?』
    詳細は不明だが、やはりこの夢の住人ではないらしい。
    ならば『殺人貴』同様、自分の味方なのかとも思ったのだが……。
    「それは、私がこの事件の最後の後押しをした者だからです」
    『え……!?』
    その予想を裏切るかのような発言に、今日一番の驚きを見せる。
    味方どころか加害者であるとこの少女は言う。
    唖然としているこちらのことを、しかし気にする様子もなく、少女は話しを続ける。
    「因子がカルデアにきたのは偶然でしたが、アルクェイドを通し『彼女』の願いを聞き入れたのは必然でした。そのための土壌は出来てしまいましたから」
    因子そのものがカルデアにきたこと自体はただの偶然であったらしい。
    問題はそのあと、『必然』とまで断言できるまでに人知れず『彼女』の中に願望は根付いていたということか。
    「ですが、それだけでは貴方の『護り』を突破することは出来なかった。ですので――私が力を貸すことで最後の壁を破ったのです」
    しかし、それだけではこの事件を発生させるには力が足りなかった。だからこそ少女は手を貸したのだ。

  • 58二次元好きの匿名さん23/03/10(金) 00:14:40

    『なんで、そんな……』
    そうして、抱いた疑問は『どうしてそんなことをしたか?』だ。
    この事件でエコが得をする何かがあったのだろうか?
    「それは、『彼女』に“自覚させる”必要があったからです」
    そう思っての質問にエコはピシャリと返す。
    『彼女』とは恐らくアースのことを言っているのだろうか。
    「『彼女』は貴方と交流を重ねることで情緒が育っています。ですが、それはあまりに『遅い』。悠久を生きる『彼女』と違い、貴方は儚く刹那的な存在。本来であれば相容れることはあり得ない関係です」
    アース自身、前に言っていたことだが……やはり彼女と出会うこと自体かなり『異常』……本来ではあり得ないらしい。それは互いに違う存在であることを示唆している。
    「それが成立したのは……いえ、これは私が口にすべきものではありませんね。ともかく、貴方達の在り方は危うい。離別を経験したことのない『彼女』が、貴方を失ってから自覚しては遅いのです」
    違う存在であるからこそ、些細な認識のズレで危険な状態に陥ることもあるだろう。
    特にアースと違って自分はただの人間だ。自力では満足に魔術も使えないへっぽこでもある。
    いつ命を落としてもおかしくはない危険な状況にも立たされている事実もある。
    そんな状態で、もし彼女を残して先に逝ってしまえば……これまでの交流で積み上げた情緒により、アースの心に幾ばくかの波は立つだろう。
    「流石にあのような汚点はアルクェイドだけで十分です。二度目の『光体』など恥に泥を塗る行為ですから。まったくもう」
    問題は、その波が世界を滅ぼしかねないビッグウェーブになる虞れがあるということか。
    心当たりがあるのか、エコは口を尖らせて小さく愚痴った。
    「……失礼、今のは忘れてください」
    他人の目があったことを思い出したのか、さっきのは忘れろと要求する姿は見た目相応に子供っぽい。

  • 59二次元好きの匿名さん23/03/10(金) 00:16:27

    途中ですが、今回はここまで。

  • 60二次元好きの匿名さん23/03/10(金) 00:30:27

    今日もありがとう。

  • 61123/03/10(金) 05:21:03

    確認したらそろそろ2万文字に突入しそう……それなのにまだ終わってない……。
    ふと思いついたネタなのにまさかこんなにかかるとは……。

  • 62二次元好きの匿名さん23/03/10(金) 14:34:32

    保守

  • 63二次元好きの匿名さん23/03/10(金) 18:05:55

    「ともかく、一連の騒動に関しては『彼女』にとって必要な経験です。貴方に対する自覚を意識して貰わなければロクでもない未来(終わり)が待っていますから」
    『でも、確かキミは『これは俺が乗り越えなければいけない試練』とも言ってなかった?』
    エコがこの事件を起こした原因はわかった。しかし、ならば昨日の朝、自分に向けて放った真意とは?
    「はい。それもまた事実です。彼女と共にあろうとするのなら、いずれは避けては通れない道でした。それが今回であったというだけで、遅かれ早かれ直面したでしょう。どれほど彼女に影響を与えているか、貴方にも自覚して貰いたかったのです」
    それに対する答えもまた少女は持っていた。
    アースのマスターである以上、エコの懸念する危機とは切っても切り離せない。いや、あり得ないがもし魔術師然とした性格ならば変わったのだろう。彼女に対する見方、接した方が変わるのだから、アースの情緒が育つ余地はなかったはずだ。
    しかし、現実には情緒が育つ程に接触と交流を続けている。そこに打算はなく、ただ相手に対する思い遣りがあった。
    そんな当たり前の善性に触れたからこそ、あの若き真祖の姫は心を許してきているのだ。
    『誰に対しても』ではなく、間違いなく『この人だから』という信頼があってのもの。
    意識出来ていなかっただろうが、アースにとってはそれほどまでに特別な存在となっていたのだ。
    彼女に自覚がなかったにしろ、それは事実。そして、その事実を受け止めることこそが『彼女のマスター』が真に理解しなければいけないことでもあった。
    「脆弱なその身で世界の命運を背負っているのは承知しています。ですが、それとは別に貴方は背負わなけばいけない」
    そうして、理解出来たのであれば己の価値を見直さなければいけない。
    『世界最後のマスター』であると同時に――
    「貴方自身の命。その価値を。どうか忘れないでください」
    彼女にとっての唯一のマスターである、ということに。
    自らの死は世界の終わりでもあるが、同時に一人の女の子を泣かせてしまうことになるのだから。
    『世界』という漠然とした壮大なものよりも、それは想像し易く、胸が締め付ける思いで……自らの存在価値を実感し直すには十分過ぎた。

  • 64二次元好きの匿名さん23/03/10(金) 22:55:31

    「私が語るべきことは終わりました。他に質問はありますか? カルデアのマスター」
    学校が目前となり、話しも一段落ついたからか、エコは『何かないか?』と訊ねてきた。
    『……一つだけ、いいかな?』
    ならば、とずっと気掛かりだった質問をする。
    「はい。私に答えれるものであれば答えましょう」
    あくまで答えれる範囲という保険を掛けられたが、恐らくは大丈夫だろう。
    『キミの目的はわかった。なら、アースの目的……無意識に『願ってしまったもの』ってなに?』
    何せ質問の内容はエコが知っているはずのものだからだ。
    エコがアースに自覚させなくてはいけないと思ったのはその『願い』を知ったからだ。その『願い』から危険性を感じ取ったはずなのだ。でなければ、あそこまでアースの内面を読み解くのは難しいだろう。
    そして、その考えは正解だと言わんばかりに、エコはこちらに向き直った。
    「簡単です。彼女の心の内にあった『願望』、それは――」
    そうして語られた内容は当たり前の、ありふれている、誰もが抱いてしまうものだった――。

  • 65二次元好きの匿名さん23/03/10(金) 22:59:39

    今回は少ないけどここまで。
    やはり平日は時間が取れない……土日で決着までいけるかな……。

  • 66二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 05:06:44

    『やっぱりいない……』
    昼休み。
    いつも通りアースと昼食を摂ろうとしたところ、今日は欠席しているということを知った。
    教室にいないだけで実は何処かにいるのでは、と探し回ってみたのだが……どうやら本当に学校に来ていないらしい。
    仕方なく、一人いつもの裏庭で昼食を摂ることにした。
    『………………』
    ボーっと風景を見ながら静かに食事をする。
    昼休みということもあり校舎からは騒がしい声が幾つか聞こえる。聞き覚えはあるようはないような……しかし、この喧騒は懐かしい。
    そうして懐古の思いに浸っていると、不思議なことにここでの彼女との日常が蘇る。
    『夢の中の出来事のはずなんだけどね』
    明確な内容は思い出せないが、それでも『学校にアースがいたら、きっとこんなことをしたんだろうな』というエピソードは浮かんでくる。
    それは楽しいだけでなく、苦いイベントとかもあって、だからよりこそ一層心地良く感じたのだ。
    ――でも。
    『流石に起きないとね』
    夢は見るものだが、覚めるものでもある。
    だからこの世界がそうであるとわかったのなら、起きなくてはならない。
    カルデアで待っているマシュやダ・ヴィンチちゃん、スタッフの皆にサーヴァント達。
    なにより――
    『……マスター』
    ああ……うん。流石に、現実(あちら)にいる箱入り娘のエスコートを投げ出す訳にはいかない。
    いつか見た幻、呼びかけてくれた彼女の為にも、自分は此処で立ち止まるべきではないのだ。
    待ってくれているのであれば帰らなければいけない。
    彼のオデュッセウスも会いたい一心で帰還を果たしたのだ。それは見習うべきだ。
    彼程の想いを持っているかと問われれば首を横に振るしかなく、それほどに彼女が大事なのかは自分でもわからない。
    それでも――そう、それでも。
    帰って安心させたいと思うくらいには、あの箱入り娘の存在は自分の中で大きなものになっているのだから。

  • 67二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 09:17:09

    オデュッセウスを引き合いに出して鼓舞するの良い…

  • 68二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 13:36:09

    「覚悟は決まったようですね」
    放課後。
    下校時、校門を抜けた先にエコはいた。
    ただ佇んでいるだけなのに、歳不相応の色気と美しさを醸し出している。老若男女問わず目を引くような姿に、しかし、周囲にいる生徒は気にする様子もなく通り過ぎていく。まるでそこに誰もいないかのように。
    『ああ』
    異質な空気。それはこちらを試す為のものか、はたまたただそうなってしまっただけなのかはわからないが、意志が固まった彼は何を迷うことなく頷いてみせた。
    「ではまず、『彼』の所に行くとしましょう。最後に仲間外れは可哀想ですから」
    そう言ってエコは歩き出す。
    後に続くようにこちらも動く。
    向かう先は訊かない。予想は既に着いている。

  • 69二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 16:06:50

    「やあ。早い再開だな、友人」
    街に入り、少し歩いた所に公園があった。
    時刻は既に16時を回っている。小学生くらいの子なら帰る頃合い。
    平日の夕暮れ時ではそう多くの人はいなかった。いたとしても少数だったり散漫としていたりだ。
    そうして、その中にいた一人――『殺人貴』が声を掛けてきた。
    昨日の今日ということもあったが、どうやらちゃんと会えたようだ。
    『うん。昨日ぶり、『殺人貴』』
    『会いたいと思えば会える』とのことだったが、その信憑性を実感出来る程の経験はなかったから不安はあったが、再開できたことに安堵する。
    「さて、俺の所に来たってことは、知りたいことが増えたのか……それとも――」
    「後者です。殺人鬼」
    「……おっと」
    『殺人貴』の質問に答えたのは意外にもエコだった。
    『友人』以外の珍客に目を丸くして暫し呆然とする。
    「……なるほど。どうりで予想より早いと思ったら」
    しかし、得心がいったのか静かに頷いた。
    『知り合いなの?』
    「んー……『逢った』と言っていいかわからないけど、『知って』はいるかな。こう……バッドエンド的な意味で世話になった気がするんだよ」
    『?』
    エコのことを知っている風な物言いなのだが、肝心の中身が要領を得ない。
    バッドエンドで世話になるとは一体……?
    「それは今は関係のないことです」
    しかし、考察とかをする暇もなく、エコは切り捨てた。
    「カルデアのマスターは真実に到達しました。であれば、彼の助言役である貴方はどうしますか?」
    そうして、スパッと切れ味のいい刃物のように用件を切り出す。
    「ああ、なるほど。確かに答えに辿り着けたのなら『助言役』である俺はもういらないか」
    『え?』
    納得した『殺人貴』とは対照に、こちらは予想外の事態に声を上げてしまった。

  • 70二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 17:06:59

    いや、『殺人貴』の言うことは正しいといえば正しい。彼の役割は自分に対する助言による情報提供だ。そしてその行き着く先は真実への到達。
    それが成されたのであれば、確かに彼の役割は終わったと言える。
    しかし、だからといって、此処でいなくなるのはそれはそれで寂しい。
    「……まったく。そんな心配そうな顔をするなよ」
    つい、顔にでも出ていたのか『殺人貴』は安心させるように前置きとしてそう言った。
    「確かに『助言役』としての俺の役割は終わった。でもさ、あの時言っただろう? 『友人のような関係でいこう』ってさ」
    『あ……』
    それは、改めて挨拶をした時に交わした言葉。互いに遠慮はいらないとして結んだ関係だった。
    「助言役は店じまいでも、オマエとの友人関係は続いている。だからそう不安になるなよ。友人を見捨てる程薄情じゃないつもりなんだけど?」
    『ありがとう! 『殺人貴』!』
    そんなつもりはないぞ? と言ってくれた友人の存在が頼もしく、そう思っていてくれたことが嬉しくてつい声を大にして感謝を述べる。
    「………………そんなに嬉しいか?」
    『うん!』
    「……そ、そっか……」
    予想以上の反応に『殺人貴』は対応に困っているようで、若干照れてるいる様にも見える。
    素直に……いや、盛大に感謝されるのに慣れていないのだろう。そもそも盛大に感謝する人間はそう多くはいないとは思うが……。
    「なるほど。わかりました」
    そうして、一連の流れを見ていたエコは一人頷く。
    「貴方は最後まで付き合うと、そういうことですね」
    「ああ。さっきも言ったけど、友人を見捨てる程薄情な人間じゃないつもりだ」
    見ず知らずの人間であったのなら違ったかもしれない。
    しかし、此処にいる少年はアルクェイドを通して知り合ったし、その彼女からも頼まれている。
    「それに……」
    なにより、友人という関係を結び、困っているというのだ。
    「愛した女の為でもなければ、因縁の精算でもない。ただ一人の友人の為に命を費やすのも、たまには悪くない」
    ならば、理由としてはそれで十分だ。
    そうして、『殺人貴』は静かに笑った。

  • 71二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 18:11:32

    「ところで、俺からも一つ質問なんだが……いいか、友人?」
    『いいよ』
    『殺人貴』が投げかけようとしている質問が何かは予想が出来ないが、それでも断る理由はない。
    「実のことをいうと、この世界(夢)はもうそんなに長くない。保ってあと二日が限界だ。その証拠に、夢の主は維持する為に必死でオマエの前から姿を現さなくなった」
    『あ……』
    心当たりはあった。
    昨日、今日と会える時間が少なくなっていったと思っていたが、そういうことだったのか。
    「正直、このまま放って置いても勝手に自壊する。元々オマエを囚え続けるのは不可能だったんだ。なんで、オマエは『その時』がくれば解放される」
    エコが力を貸したとはいえ、元は小さな力だ。寧ろよく保っている方ではある。
    しかしそれも時間の問題。解放されることは約束されている。当人の意思に拘わず。
    「それでも、あえて自分から行動するのか? 結果は変わらないというのに」
    『ああ』
    それが分かって尚自らの意志で動くという。
    何故かと問われれば答えは決まっている。
    『皆が待ってるからね。早く安心させてあげたいんだ。……それに出ていくなら自分の意志で行かないといけないと思うんだ』
    「……そうか」

  • 72二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 18:12:44

    『あ、あと……』
    「あと?」
    『……凄い個人的な意見なんだけど、もし別れるならちゃんと挨拶はしたいんだ』
    「…………ああ、なるほど。確かに、それはそうだ」
    個人的な感傷によるものだが、だからこそ『殺人貴』は納得した。
    下手な大義名分で動くより、そちらの方が持てる。
    なにより――
    (あのばか女と根っこが同じなら、確かにそれは有り得そうだしな)
    何処の世界の話だったか。こちらの事情を無視して勝手に元凶と決着をつけに行った前科がある。こちらのことを想っての行動だったのだろうが、やられた側はたまったものではない。
    それを考慮するのなら、勝手にいなくなるというのは十分に考えられる。
    アルクェイド程感情が豊かではないだろうが、それでも情緒が育った大本の分身みたいなものなのだ。この世界はアースは。
    であれば、最後まで世界(夢)の維持の為にその姿を彼の前に見せることはなくなるだろう。
    「……ホント、真祖って奴はどうしてこう、こっちの気持ちを考えないのかね……」
    『?』
    「……いや、なんでもない。質問の返答ありがとう。これで後顧の憂いなく、全力でオマエを手助け出来そうだ」
    疑問符を浮かべる友人を他所に、一人で納得すると、改めて自分の決意を再確認する『殺人貴』であった。

  • 73二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 18:15:12

    よ、ようやくここまでこれた……次からが終盤の展開になります。
    長かった……。

  • 74二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 22:20:37

    お疲れ様です

  • 75二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 02:12:54

    好き!!!!!

  • 76二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 12:35:09

    『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。拒むように、『こっちに来ないで』と拒絶するように。

    気付けば時間は夜になっていた。
    月は頭上で輝きを放っている。
    見る人が見れば、行き先を照らしているようにも、眼下にいる小さな人を見下しているとも感じるのかもしれない。
    今の自分の心境的には照らしてくれている方が嬉しいのだが……。
    「しかし、まあ……決戦の場所が学校なのは、芸が無いというかボキャブラリーが少ないというか」
    愚痴ったのは『殺人貴』であった。
    校門前。エコと彼を伴い、三人はそこにいた。
    光は消え失せ、門は閉ざされている。人っ子一人いないようにも感じられる此処に何故来たのかと言えば答えは簡単だ。
    『本当に此処にアースがいるの? エコちゃん』
    「はい。間違いありません」
    エコが学校(ここ)にアースがいると言ったからだ。
    『でも、探してみたけどいなかったよ?』
    しかし、昼間の内にあらかた探し終えたはず。もし本当に此処にいるのなら遭遇してもおかしくないはずだが……。
    「それは彼女自身が避けているからでしょう。貴方は彼女の影響を受けますから、彼女が本気で会わないようにすればその通りになります」
    だが、どうやら細工がされてあったらしい。
    『え……じゃあ仮に居ても会えないんじゃ……』
    その様な状態なら、出向いたとしても会えないのではないか? そう疑問を抱くのは当然である。
    だがしかし――
    「今は私がいます、問題ありません」
    きっぱりとそう言うと、エコは閉ざされた校門に手を翳す。
    すると、門はひとりで動き出し、入れと言わんばかりに開いた。
    『何をしたの?』
    「結界がありましたのでそれを解きました」
    『結界?』
    「はい。彼女がいる校舎と貴方が昼間いた校舎は違います。あのまま入っていってもその結界により辿り着けなかったでしょう」
    さらっと言ってのけたが、そういったものを苦もなく解除出来るあたりやはりこの子は凄い。
    因子とは言っていたが、その力は今回の騒動の発端となったものよりも強いのだろう。味方でよかったとつくづく思う。……元凶の一端でもあるけど

  • 77二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 23:28:47

    保守

  • 78二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 23:34:45

    『じゃあ、これで行けるんだね』
    今まで知らず阻んでいた見えざる壁を突破した以上、もう邪魔はないはず。
    そう思い、足を一歩踏み出し――
    「待った」
    そうになったところで、『殺人貴』が制止の声をかけた。
    「夜目で見づらいだろうけど、校庭の方、よく目を凝らして見てくれ」
    真剣な表情で告げるので、言われた通り、目を凝らして見た。
    月明かりがあるとはいえ校庭は闇に覆われている。
    だが意識を集中して見てみると、なにやら蠢く影が幾つかあることに気付いた。
    「そうきましたか、やぶれかぶれにも程がありますね」
    『あれが何かわかるの?』
    それを目にして瞬間、エコは呆れたように目を細める。
    「はい。恐らくは防衛用に作り出したエネミーです」
    『そんなのまで……』
    「ただし、ただでさえ足りないリソースを使っていることから、この夢の寿命もまた少なくなります」
    『え……それだと……』
    単純に自分の首を絞めるだけでは? そんな疑問が当たり前のように浮かぶ。
    「はい。やってることはただの自滅行為です。ですが、そうまでしても彼女は貴方に会いたくはないのでしょう」
    そしてエコもまた否定することなく、肯定する。
    『どうして……?』
    理由がさっぱりわからない。
    頭を悩ませているこちらとは対照に、どうやら何か得心がいったのか『殺人貴』もまた「まったく」と呆れたように呟く。
    「消える間際の姿を見せたくないから……て、まるで猫だな。行こう、藤丸。ああいうばかは言ったってわからないんだ。直接会ってオマエの抱いている気持ち全部吐き出して伝えてこい」
    『……うん』
    背中を押すかの如き言葉に、勇気を貰い進む決心を強める。
    『でも、どうやってアレを突破するの?』
    とはいえ、現実的な問題としてあれをどうするべきか。見た目は獣のようであり、機動性はあるだろう。『作られた』ということを考慮すれば戦闘力もあるのだろう。恐らく自分なぞ目の前に行った瞬間、がぶりとやられて終わるのが容易に想像がついてしまう。
    サーヴァントがいればいいのだが、そう都合よくはいかない。
    となれば、エコに頼るしかない方法はないのだろうか?

  • 79二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 23:36:31

    「ああ、それは……《パス》を回してくれないか友人」
    『え?』
    どうするかと頭を悩ませていると、『殺人貴』は策があるかのように進言してきた。
    しかし、その内容に首を傾げる。
    《パス》とはあれだろうか、サーヴァントに魔力を提供する為の……しかし『殺人貴』はサーヴァントではないはずだが……?
    「大丈夫、こういう時の為に奥の手を用意していたみたいだからさ、あのお姫さまは」
    『……わかった』
    友人の言葉を信じない理由はない。
    そうして半信半疑ではあったが、彼と《パス》を繋げようとして――
    「……なるほど、こういう感覚か」
    カチリと、歯車が噛み合うようにそれは成立した。
    「ちょっと下がっていろ、友人。今から俺が道を切り開こう」
    そうして、驚くよりも先に『殺人貴』はこちらの前に出て、メガネの縁に手を掛け……。
    「あ、いや、この場合こう言った方がいいのかな?」
    ふと、思い出したように呟く。
    彼の後ろにいるこちらに振り返り、口の端を吊上げて笑いかける。
    「任せろ、『マスター』」
    そう言って、今度こそメガネを外したのだった。

  • 80二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 23:37:30

    駆け出すのは一瞬。
    暗闇の中に躍り出た矢は躊躇うことなく獣の群れに向かっていく。
    常人では知覚することが不可能だと思われたそれに、しかし獣達は察知する。
    己が命を奪う狩人を警戒していたのか、単純に命の危機を察したからかは不明だが、気付かれてしまったのは事実。
    数はざっと6。
    多勢に無勢。人間と獣では身体能力にも違いがある。
    挑むのは無策であり逃げるのが得策。見ている側であったが、それでも本能がそう結論着けるくらいには状況は明白であった。
    しかしそれでも、『殺人貴』と名乗る少年は怯むどころか更に速度を上げ、接近する。
    手にするはナイフが一本。
    人間相手ならともかく、獣を相手にするには心許ないそれをただ一つの武器として野生に挑み掛かる。
    ――■■■!!
    蛮勇とも勇気とも取れぬ行動に、しかし構うことなく獣は喰らいつくように飛び掛かる。
    一匹だけではない、六匹全てだ。
    それらは僅かな距離と間隔を空けることで、一匹から逃れても他の一匹が喰らい付き、動きを奪う為のフォーメーションなのだろう。
    ――まったく見事な連携だ。
    内心感心するものの、冷静にその『穴』を見つける。
    「そこ――!」
    そして、僅かに、本当に僅かな隙間を縫うように駆け抜けた。
    同時に、幾つもの閃が奔る。
    一閃一閃が獣達の躰を『何かをなぞる』ような形の傷として痕を残す。
    『それ』が自分達に何を及ぼすのか悟ったのは、その結末を迎えた時だった。
    ――■■■■■!?
    一瞬のすれ違いが終わると獣達は断末魔の声をあげながらその身を塵へと変えていく。

  • 81123/03/12(日) 23:39:21

    思ったより進まなかった……とりあえず今日はここまで

  • 82二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 23:40:10

    殺人貴の戦いが脳裏に浮かぶ…

  • 83123/03/13(月) 05:10:13

    気付いたらスレ建ててから一週間経ってた……

  • 84二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 11:59:31

    最高!!!

  • 85二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 15:14:44

    『殺人貴』が駆け出してから僅か数秒の出来事。
    「すごい……」
    一連の流れを見届けて、口から出た感想は単調なものでしかなかった。
    しかし、感じ入ったのは実際それなのだから仕方ないこと。
    最低限にして最速の動きでことを成した。その姿は戦士というより暗殺者に近い。
    もしサーヴァントならやはりクラスはアサシンなのだろうか?
    「っ……! 頭痛(これ)は据え置きか……儘ならないな、ったく」
    つい考え事をしていると、『殺人貴』が額に手を当てた後、慌ててメガネを掛け直す姿を目にした。
    『大丈夫?』
    心配になり、けれども細心の注意を払いながら駆け寄る。
    「ああ、問題ないよ。力を使った反動みたいなものだから」
    安心させるべくなのか、それともよくあることなのか、次の瞬間には『殺人貴』はケロッとした様子で答えた。
    『そっか。それで、さっきのは……? 『殺人貴』はサーヴァントなのか?』
    安堵した為か、湧き出た疑問を口にする。
    今までそのような素振りもなかったので、どうしても気になった。
    「いや、俺は本来サーヴァントじゃない。だがまあ、オマエを助けるにあたり、万が一のことも踏まえ、オマエとの《パス》を通すことで疑似的なサーヴァントになれるようアルクェイドが手を加えてたみたいなんだ」
    そうして彼が説明するには、どうやら限定的な状況に応じてのみ、その様な仕様となるようアルクェイドが調整したとのこと。
    「とはいえ、俺は元はただの人間だからよくて幻霊程度の力しかないんだけどな」

  • 86二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 17:06:43

    荒事が起こった場合の有事の際……あくまで保険としてのようだ。その為か性能は正規のサーヴァントとは比べるもないらしい。
    『そうなんだ? でもさっきの動き……』
    「ああ、あれは基が『夜』だったからな。正直身体の動かし方に関してはあっちの方が上だから、そのおかげというか……」
    『?』
    「あ、悪い、わからないよな。まあ疑似的なサーヴァント化した恩恵だと思ってくれていい」
    正確には今の『殺人貴』を構成する基が『夜』だから肉体的にはそちらの方を使い、デカールとして使用・更にサーヴァントとして使う能力としては『野』の方が強く影響が出、そして夢の中で生まれたことにより様々な『IFの自分』を内包している。
    それが現在協力してくれいる『殺人貴』の正体だ。その特殊な在り方故、もしクラスを分類するであればアサシンよりかはアルターエゴの方が近いかもしれない。
    (まあ、カルデアのマスターにとって今は必要のない情報でしょう)
    『殺人貴』の正体を既に看破しているエコは内心で呟く。
    そんなものを伝えるより優先すべきものがあるからだ。
    「まだ戦えますか、殺人鬼」
    「ん? あー……やっぱり、あの程度じゃ収まってくれないか」
    『え?』
    エコの問いかけに一瞬逡巡する『殺人貴』だったが、何かを察したらしくため息を一つ吐いた。
    こちらの方はというと、何のことかわからず首を傾げるしかなかった。
    「増援が来ます」
    しかし、エコがそう言った瞬間、周囲の暗闇からエネミーが出現する。
    「……加減っての知らないのか。……いや、知るわけがないか、アイツと同類なら……」
    その数は先の十倍以上はある。
    先の一戦で実力を見せてくれた『殺人貴』ではあるが、その戦い方から見て対軍系の攻撃手段は持っていないのだろう。
    メガネを外し、既に戦闘体勢に入ってはいるものの、流石にこれは……。

  • 87二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 18:05:40

    「数が多い。一々相手にしていられないか……合図したら走れ、友人(マスター)」
    『え、でも……』
    当人も自覚しているのか、倒し切るのではなく、自らを囮として時間を稼ぎ、自分を先に進ませる気だ。
    気持ちは有り難いが、そんな見捨てるような手は……。
    一瞬、戸惑ってしまう。
    「目的を違えるな。俺が何の為にオマエに手を貸しているのか、オマエが何の為に此処にいるのか、忘れているわけじゃないだろ」
    『……ああ!』
    しかし、叱咤されて気持ちを切り替える。
    此処で足手まといになる為に要るのではない。
    アースに会いに来たのだ。この世界から脱出する為に、彼女にちゃんとした別れを告げる為に。
    「……よし」
    覚悟を見て取れたのか、『殺人貴』は口に笑みを浮かべる。
    そうして、数十以上ものエネミーを睨みつける。
    数は多いから下手に動くのは難しい、しかし向こうの出方を待っているだけでは時間だけが費やされてしまう。そうなればタイムリミットを迎え、この世界(夢)は崩壊する。
    『殺人貴』的にはそれでも構いはしないが、友人はそれを『是』とはしないだろう。
    ならば、その為にも進ませる道を切り開く他はない。
    (とは言っても……)
    内心で愚痴りたくなる程数が多い。流石にこの数を一人で捌くのは骨が折れる。
    そんな弱音が出そうになった時だ、

    ――ジャラジャラと鎖が擦れる音がした。

  • 88二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 18:15:45

    それに気付くの同じタイミングで空から無数の何かが獣達目掛けて落ちてきた。
    「今だ、行け!」
    その正体を見極めるよりも早く『殺人貴』が声をあげ、つられて無意識に身体は走っていた。
    直前、砂埃の中から飛び出てきた獣を相手取る『殺人貴』の姿を見てしまったこともあり、後ろ髪を引かれる思いではあったが、彼の頑張りに報いる為に脚を速める。
    獣を『殺人貴』が抑えてくれている今の内に――。
    そんな思いを胸に全速力で駆けていると、
    『……うん?』
    ふと、何故か大きな影が自分を覆っていた。
    一体なんだ? と速度を落とさず上を見上げてみると、そこには巨大な手が迫っていた。
    『はぁ!?』
    いつの間にか出現していた巨人が手を伸ばしている。
    その事実につい驚愕の声を上げてしまった。
    「しまった! ここからじゃ間に合わないか!」
    それに気付いた『殺人貴』であったが、彼自身獣達の相手で手一杯な上に距離があるせいで助けに行けない。
    『っ!?』
    駄目か、と思い目をつぶる、正に直前。
    ――ジャラジャラと、また鎖の音が聞こえた。
    次の瞬間、何処からともなく現れた無数の鎖が巨人の身体を縛り上げて動きを封じた。
    ――■■■■!!
    尚も引き千切ろうと足掻く巨人であったが、縛る力を強められてか、逆に引き千切られて四散する。
    「……なに?」
    先の件といい、よくわからない援護に助けられたのだが、それが却って混乱の本になり、少しの間頭が働かなくなった。

  • 89二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 18:31:36

    「遅いですね」
    そんな中、舞うように自分の傍に降り立ったのはエコだった。
    呆れたように言いつつもどこか安堵した様子から助けてくれたのは彼女なのだろう。
    『あ、ありがとうエコちゃん。これでも全力で走っているんだけどね!』
    礼を言いつつも、呼吸を整えすぐにまた走り出す用意をする。
    立ち止まる暇はない、急がないと。そう自分を急かした。
    「はい。ですので――」
    その心中を察しているのか、それとも『ただそうしよう』と思ったのか。
    エコは手のひらを“こちらに向けて”翳した
    次の瞬間、ジャラジャラと鎖が巻き付く音が聞こえた。
    『――え?』
    何故か猛烈に嫌な予感が過ぎった。
    「フィッシュ」
    待ての一言すら許されずそれは実行された。
    『ちょ!? え!? うわああああああああ!!!』
    エコの発した言葉がトリガーとなり、鎖に巻かれたその身は強い力により引っ張られ、宙を飛んだ。
    その姿はさながら、電動リールで釣り上げられる魚の如し。
    あまりの速さに『殺人貴』どころかエネミーすらも追いつけないらしく、遠ざかる声を一様に眺めるしかなかった。

  • 90二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 18:33:06

    「……ちょっと乱暴過ぎませんかね?」
    「夢の崩壊まで時間がないので仕方ありません」
    「いや、そうなんだけど……やり方が……」
    「一刻を争う事態ですので仕方ありません」
    一仕事終わったとばかりに、『殺人貴』の近くに来るエコに対して苦言を漏らすが、取り付く島もない。『仕方ない』で済ませようとしている。
    「……まあ、アルクェイド(あのばか)と違って加減はしてくれただろうし……いい、のか?」
    あの様子を見るに時間そのものは間に合いそうだし、安全も考慮しての行動なのだろうと、なんとか納得するように……
    「あ――」
    「……は?」
    しようとした瞬間。
    まるで『今気付きました』と言わんばかりの声が漏れた。
    「………………」
    そして、何故か露骨に目を逸らすエコ。
    「加減考えてなかったのかよ! このロリっ娘吸血鬼!」

  • 91123/03/13(月) 18:35:46

    いつもより時間早いですが、今日はここでストップです

  • 92二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 18:52:22

    サンキュー1ラザード

    アース!着地任せた!

  • 93二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 01:20:32

    保守

  • 94二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 08:28:37

    🌚君たちが続きを望むのも無理はない

  • 95二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 08:39:46

    >>94

    おは業人

    とっとと検閲終わらせてくれ

  • 96二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 18:25:27

    『にゃあにゃあ』と猫は泣く。いかないで縋るように、引き止めるように。
    ……ああ、どうかいかないで、私の大切な――

    学校の裏庭には休むのに適したベンチがある。
    日当たりはそんなによくなく、風にも当たりやすいからか夏以外では人気はない場所。
    この夢の世界の中では季節は秋だったようだ。だからか、そこを使う人は最近までいなかった。
    だが、此処何日かは『ある二人』の特等席となっていた。
    しかし、今そこにいるのはその片割れのみ。
    彼女は一人、静かに月を見上げ憂いている。
    「にゃあ」
    そんな気持ちを察してか、膝の上で丸くなっていた黒猫が元気付けるかのように鳴いた。
    「……今までよく頑張ってくれました」
    その姿を見て、労るように毛並みを撫でた。
    二度、三度と撫で、もう一度撫でようとした瞬間――その手は猫をすり抜けた。
    その手を……右手を見ると手の輪郭だけを残し、反対側が見える程に透けている。
    「……限界、みたいですね」
    自らの身体が限界に達していることを理解するも、心に波風は立たない。
    全て承知の上で行なったことだ。
    少しでも長く彼をこの世界に留めようとした。だが、彼はこの世界の真実を知り、出ていくことを選択してしまった。
    それだけなら、『このような真似』はしなかっただろう。
    気付かなかったら残された時間、その最後まで共にいようと決めていた。この決して味わうことの出来ない『日常』を最後まで噛み締めたかった。
    だがしかし、よりによって彼は早々に出ようと決心した上に元凶たる自分に会って、別れを告げようとまでした。
    ……それはダメだった。
    その行為だけは容認出来なかった。
    何故かなどわからない。ただ会うのが“怖くなった”のだ。
    強大な力もなく、膨大な魔力を持っているわけでも、特質な異能を持っているわけでもない、ただの人間。
    それと会うのを怖れるなどどういう了見だろうか。皆目見当もつかない。

  • 97二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 23:03:09

    ただ、唯一わかっている感情もある。
    ――全てを知った彼と、もしまた会えたとして……その時、彼は果たしてまたいつものように笑ってくれるのだろうか?
    それだけが気掛かりで、知りたいけど知りたくなくて、会いたいのに会いたくない。
    二律背反、矛盾する思考で脳がグチャグチャになってしまいそうだった。
    結果、逃げるようにアースは『彼と会わない』という選択を取った。果たしてそれは防衛によるものか、それとも感情的な判断だったのかは今でもわからない。
    しかし、もし彼に侮蔑的な感情を向けられたのならきっと耐えられないだろう。
    彼からすれば数日にも満たない夢の出来事かもしれないが、『此処にいるアース』は彼と違和感なく日常を送る為に何度もシュミレートを行ない、現実の彼女よりも情緒は育ち、世間を知ったのだ。
    そして、如何なるシミュレートにおいても、エスコート役として彼を抜擢し続けていた。
    例えシュミレートだとしても経験は全てその身に蓄積している。その弊害に悩まされるなど予想できただろうか?
    ……いや、可能性自体はあった。
    元々『此処にいるアース』は現実のアースの心の奥底に芽吹いた感情が反映されたもの。
    その感情は、本来なら彼女は持ち得ないものであり、だからこそどのように育つのか未知数であった。故に如何なる可能性もあったのだ。
    それでも……これは知らない。こんなに“大きくなる”なんて知らない。他者から向けられる感情一つでこんなに掻き乱されるなんて考えたことはなかった。
    発芽し、更に急速的に育った情緒がキャパシティをオーバーしている。

  • 98二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 23:04:49

    少ないけど今日はここでストップします

  • 99二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 23:25:05

    どんどん感情が育っていっている…!

  • 100二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 05:17:44

    知らない知らない知らない知らない怖い怖い怖い怖い知らない怖い知らない知らない怖い怖い怖い知らない怖い知らない知らない怖い怖い怖い怖い知らない知らない怖い知らない怖い怖い知らない知らない怖い知らない

    未知の恐怖、想定し得る未来に怯える。
    アースは知らない。それが『不安』と呼ばれる感情が増大しただけのものであることを。
    人間なら誰しもが持ち、向き合わなければいけない感情の一つであることを知らない。
    元々それから生まれたにも拘わらず、急速に育ったかが故に処理が追いつかない。処理する為の時間も足りない。
    だからこその『選択』であり、それによりこの恐怖から解放されたと……思っていた。
    「ああ――」
    なのに……。
    「どうして、貴方の顔が浮かぶのでしょう……?」
    消えることに後悔はなく、顔を合わせることが唯一の恐怖なのに、どうしてか目蓋を閉じるとあの笑顔を浮かぶのだ。
    走馬灯の如く思い出が過ぎっていき、都度『会いたい』という想いが強くなる。
    矛盾しているのはわかっている、それでもその想いは止められなくて……。

  • 101二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 09:15:19

    『此処にいるアース』の獲得した感情は現実のアースにも反映されますか…?(震え声)

  • 102二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 12:23:58

    >>101

    反映されるよ。ポカニキの射撃並の的中率を誇る俺の直感を信じて良い。

  • 103二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 12:44:46

    >>102

    えるしつているか?

    当たらないと思ってる時の2割ほど当たるものはない

  • 104二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 18:22:00

    『――――ぁぁぁぁ!!!』
    それこそ幻聴すら聴こえる程に……。
    「……え?」
    違和感を感じ、すぐに意識を切り替える。
    馴染みのある声が確かに耳に入った。幻聴ではなくはっきり聞き取れたのだ。
    しかし何処からと、周囲を見渡そうとした瞬間。
    『うわああああ!! ちょ、落ちる! 落ちる!!』
    空の彼方より声の主がこちらに向かって飛んでくるのを発見した。
    「――立香!?」
    どう見ても即死級の速度と高度を視認すると、慌てて落下地点と推測される場所に緑の蔦を出現させた。
    『うわっ!?』
    何重にも重ねられたクッションにより衝撃は和らげられ、更に弾みで跳ばないように蔦で拘束することで難を逃れた。
    『は、はは……ありがとう……アース』
    蔦の拘束も解除され、地に足が着いたことで、生きた実感を感じ、恩人であるアースに礼を述べる。
    しかし、それを受け取ったはずのアースは妙に居心地が悪そうに……というよりワナワナと身体が震えているように見える。
    「なにを……」
    『え?』
    「なにを考えているのですか貴方は!? 弾道ミサイルにでもなったつもりですか! 夢の中とはいえ貴方の肉体は人間のままなんですよ! あの速度と高度なら肉片になるのは火を見るよりも明らかなはず! 夢の中でも死んでしまえば精神に影響が出るんですよ!」
    『あ、えっと、その……ごめんなさい』
    「許しません! 大体どうして貴方はいつもそう――!」
    そして堰を切ったように怒涛の苦言のラッシュを浴びせられた。
    それはもう、これでもかと言わんばかりに物凄い勢いで、先程のこと以外にも普段不満に思っているものまでも吐き出している。

  • 105二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 22:07:12

    「――以上です。反省するように」
    『すみませんでした』
    時間にしてどれくらいか?
    恐らく数分も経っていないだろうが、あのアースのお怒りということもあってか、時間が長く感じた。
    途中から『すみませんbot』かと思うくらいには、それしか言葉が口から出なかった。
    ……とはいえ、こちらの身を案じた結果のお叱りなので甘んじて受けるべきなのだろう……途中から関係ない話しも混ざっていた気もするが些細なこと。「これも些事」と心の中のアルジュナ・オルタも言ってくれているし。
    それはそうと……。
    「……何か?」
    つい向けてしまった視線に気付いたアースはギロリと返した。
    『いや、その、アースがここまで感情出してくれたの初めてだから、驚いちゃって……』
    そして、思った感想をそのまま述べる。
    アースに感情がないわけではないのは知っている。しかし、それは小さく、無意識の所が多い。
    対して目の前にいるアースは(こちらが悪かったとはいえ)明確に強い怒りの感情を見せてくれた。
    ……思えば、このアースは出会った当初から向こう(現実)に比べて感情的だと感じていたのだ。
    「……そうですね。この私は、いわば貴方用にデチューンした存在です。ですので、オリジナルの私よりも感情や心は人間に寄っています」
    仕方なくといった具合に身の上を話してくれるアース。
    流石に夢の中でもあの世間知らずっぷりを披露するのは憚ったのか、それとも単純に“人間のように”振る舞いたかったのかは定かではない。
    『そうなの?』
    しかし、その努力が功を奏したのか、確かに話し易さや共感のし易いとかは向こうより上に感じた。別に向こうが悪いというわけではなく、単純な親しみ易さのようなものがこちらにはある。
    「この世界で貴方と日常を過ごすのであれば、人間に寄せるのが最善だと思いましたから。……ですが、結果このようなバグを抱えてしまうなんて……」
    それが唯一アースが見落としていた点、想定できなかった事態だ。
    自らの役割を理解し、それに最適な能力を持とうとした結果、その過程において不具合が発生するなど考慮できるわけがない。
    正確には人間に寄ろうとして起きた不具合……急速的な感情と情緒の確保が原因である。
    現実の方は歩むような速度なのに対し、こちらはロケットを使ったかの如き超加速なのだ。そりゃバグりもする。

  • 106二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 23:05:33

    『バグ?』
    「いえ、なんでも……こちらの話しです」
    だが、不思議と彼と話しをしていると先程まで感じていた、圧し潰されそうな怖い感情がなくなっていることに気付く。
    『そっか。まあ、それはそうと……ちゃんと会えて良かった』
    「――ッ!?」
    そして、また笑いかけてくれたことに喜びにも、嬉しさにも似た感情を感じて自然と頬が緩んだ。
    (……ああ、先程まであんなに憂いていたというのに……彼の笑顔を見ただけでどうしてこんなに晴れやかな気持ちになるのでしょう。……もしかしたら、これが人間の言う――)
    薄々とだがそんな予感はあった、彼と過ごす内に獲得する情報も感情も増えていった。だから『この夢』でそれを得たとしても不思議ではない。
    そもそも不具合(バグ)が発生しているのだ。あり得ざることが起きてもおかしくはない。
    納得がいく結論が出た為か、アースから陰の気はなくなっていた。穏やかな笑みすら浮かべている。
    「あ……」
    再会できた喜びやその笑顔を見れたことにホッと胸を撫で下ろしたのも束の間……。
    「アース……」
    彼女の身体が徐々に透け始めていることに気付いた。
    身体の端から色が薄れ、透明になっていく。
    「誰の所為だと思っているのですか? 貴方を助ける為に残っていた力を使ったのですよ?」
    それは先程助ける為に緑の蔦を出した代償。
    元々残り少ない命の炎を更に燃焼させた結果だ。
    『あ……ごめん』
    その事実に、ただ謝ることしか出来ない自分が不甲斐ない。
    「……ふふ。いえ、呆れてはいますが、怒ってはいません。貴方の無事には代えられませんから」
    だがアースはそれを笑って許してくれた。
    「貴方が無事ならよかった」と本心から言ってくれている。

  • 107123/03/15(水) 23:06:38

    今日はここまでになります

  • 108二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 23:34:26

    助かった

  • 109二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 05:01:39

    「こちらに。もうあまり時間も残されていませんから、最後に話をしましょう」
    そう言ってアースはベンチに座るように促し、こちらも了承した。
    そうして、二人で並んで座ると互いに顔を合わせることはなく、不思議と夜空に輝く月を見上げた。
    気まずいわけでも、話のネタを探しているわけでもなく、ただ少し、その時間が欲しかったのだ。
    『ねぇ、アース』
    「……なんですか、立香」
    十秒くらい経っただろうか。
    二人の間にある空間に黒猫が陣を取り、身体を丸めた頃。
    それと違わない時間で彼女に声を掛けると、優しい声色で答えてくれた。
    『アースはどうしてこんなことを願ってしまったの?』
    「それは……」
    そして予てより疑問であった質問をする。
    『こんなこと』とは勿論今回の事件、この夢の件だ。
    起きた原因とされる因子と後押ししたエコについてはわかった。
    しかしその原動力となるアースの抱いてしまった『願い』がなんなのかは不明だ。
    「……エコから聞いていないのですか?」
    『『ある不安を抱いてしまったから無意識に願ってしまった』。それは聞いた。でも肝心な願いそのものは教えて貰えなかったんだ』
    あの少女が言うには「“不安”こそが夢のアース(彼女)の根底にして形作ったもの。そして、それこそが現実のアースが無意識に心の底で感じていたもの」なのだという。
    『願い』そのものは本人に聞けとのこと。エコ曰く「至ってシンプルな答え」らしいが、察しが悪いのか、どうにも答えに辿り着けなかったのだ。
    「……そう、ですか……。ええ、確かに、これは『私』が言うべきでしょう。現実の私は自覚が出来ていなかったようですから、あちらに戻ってもわからないかもしれませんし」
    そして、決心が着いたアースはその『願い』の内容を語る。

  • 110二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 13:28:04

    保守

  • 111二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 17:02:24

    「私が……いえ、『彼女』が不安に抱いたのはただ一つ。立香、貴方のことですよ」
    『……俺?』
    唐突に名指しされたことに驚き、素っ頓狂な声があがってしまう。
    何故そこで自分の名が上がってしまうのか?
    「はい、エコから聞いているのではないのですか? 『彼女』は離別をまだ経験していないと」
    『……うん、それは聞いたけど』
    アースは自ら進言している通り箱入り娘の令嬢だ。知識そのものは膨大ではあるが、世間や人との関わりというものにはとにかく疎い。
    必然、関わりがないのだから離別は経験していないはず。
    「離別を経験する前に、彼女は貴方と出会い、多くのことを学び、共有しました。時間も、記憶もです。それは、歩みは遅くても確かに彼女の情緒を育むものだった」
    他のサーヴァントと違い、アースとは出会ってからそんなに多くの時間を過ごすことはまだ出来ていない。
    それでも、あの箱入り娘にとっては自分と過ごした時間は大事な物だったようだ。
    「結果、彼女は『執着』するようになってしまった。貴方を失うことを心の何処で怖れ始めたのです」
    近しい間柄の人を失うのは誰だって嫌なはずだ。しかも彼女にとってそれは『初めて』になるかもしれない者。
    であれば、そういった感情を抱いてもおかしくはない。
    「貴方は脆弱な人間です。『人類最後のマスター』という立場もある。何か一つでもボタンを掛け間違えたらあっけなく死んでしまう。そんな環境に貴方はいる」
    彼女達のような超常の存在からすれば、人間は儚く脆い存在なのだろう。
    それは事実。しかもより危険な状況にその身を置いている。
    「……ええ、そうですね、仕方がないことです。そうしなければ世界は存続できないのだから」
    だがそれも、今アースが苦々しくも口にした通り、仕方ないのことではある。
    そういった事態であり、選択肢なぞないような状況でもある。
    「ですが、一度思い立ってしまったそれは凝りとなり、常に『不安』という形で心の底に眠っていたんです」
    きっと些細なことだったのだろう。
    日常の触れ合いの中か、戦闘に赴いた時か……。いつかは不明だが意識してしまった。

  • 112二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 22:20:01

    「そうして、この間の最後の異聞帯――ミクトランにおけるORTの一件でついに明確に感じてしまった。このままでは、いずれ貴方は……」
    そして、それを抱いたまま『あのORT』との決戦に臨んでしまった。命が幾つあっても足りないような、あの恐ろしい化け物との死闘を。
    十二分にあり得た未来を何度も想定してしまった……。
    「だから無意識とはいえ愚かにも願ってしまった。『貴方にいなくなってほしくない』と」
    事実、あの異聞帯では一度命を落としていた。テスカトリポカと交渉したおかげで一命を取り留めたが、それがなかったら間違いなく自分はもうこの世にいない。
    そうした現実が起こることを彼女は怖れた。
    だがそれは、
    「当たり前の感情だと思いますか? ……ええ、そうですね。人間により近くなった“この私”ならわかります。それは『人間としては正しい思考である』と」
    人間であれば大切なものを守りたいという衝動に駆られるのは当然だ。何せそれは一つの生存本能でもある、自らの子や愛した者を守るのは種を繁栄させる為には不可欠なものだからだ。
    「ですが、彼女は違う。彼女は『アーキタイプ:アース』。本来、そう在ってはいけない、許されないのです。特定の個人に入れ込むなど」
    しかし、そもそもの根本的な話しとして、彼女は人間ではない。動物の範疇で収まるものではない。存在の規格、出力からして違う。
    「その結果どうなったかは……ご覧の通りです。偶然が重なったとはいえ、個人に執着しただけで今回のような事件が起きてしまった。意識しようとしまいと『アーキタイプ:アース』が周りに与える影響は大きい」
    様々な要因が重なった結果ではあるが、それでもそれら全て彼女に起因するものだ。
    「……きっと、この一件が終わっても、また『私』は貴方に迷惑を掛けるでしょう。もしかしたら次は今回以上の被害の可能性も……」 
    無意識でこの域なら、もし何かの拍子でタガが外れた場合どれほどの被害を出すことか……。
    その辺りを見越してエコは今回の事件を起こさせたようだが、それでも、果たして危険性がなくなったわけではない。
    下げることは出来てもその要因を取り払うことは不可能なのだ。しかもその下がる割合もそう大きくはないのだろう。
    それは、今眼前で哀しそうな表情を浮かべるアースが物語っている。

  • 113123/03/16(木) 22:21:44

    あまり書けなかったので今日はここまでです

  • 114二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 22:23:32

    切ねえの助かる

  • 115二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 22:25:23

    改めて言うけど長編書いてくれるのめちゃくちゃ助かる、ありがとう

  • 116二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 05:02:33

    『――アース』
    だが同時に、その姿を見て確信することができた。
    『ありがとう』
    「………………え?」
    唐突に感謝を告げられ困惑の色を示す。
    それはそうだろう。何故このタイミングで言われたのか理解が出来ない。
    「なん、で……?」
    困惑の感情はそのまま口から漏れ出る。
    『だって、どんな事件や理由でもさ、元は俺を為を想ってくれてのことだったんだろう』
    それに対して出した答えはシンプルなものだった。
    ただ『自分のことを考えて、想ってくれてありがとう』。
    純粋な、純粋に感じ入った気持ちを伝えたのだ。
    「ちが、違います! ただ身勝手の独りよがりで、貴方が考えてる程……私、は……っ!」
    優しいその気持ちが今は痛い。自分はそれを向けられ、受け入れていいような存在ではない。
    罪人だと言わんばかり、罰するように、自分に言い聞かせるように、嗚咽混じりに言葉を吐く。
    『ううん、違わない。アースは、自分が思ってるよりずっと優しいよ』
    しかし、それは許さないとばかりに否定の言葉で遮る。
    問題はあった、間違いもあった、過ちもあった。
    起きてしまったものはなかったことにするのは難しい。
    よく知っている。分かっているつもりだ。
    数多の世界を見て、知って、感じて、そして壊してきた自分が言うのだから間違いはない。
    でも、だからってそこにある想い。抱いた感情を否定していいわけではない。
    それをしては、今まで壊してきた世界の人達に対する最大の侮辱になる。
    ――だから、それだけは絶対に自分はしてはいけないのだ。
    覚悟をした者同士が、互いに退く気がないからぶつかり合うとかならまだしも、アースにはそんなものはない。
    完全に想定外の事態。これを追求するのはわけが違う。

  • 117二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 12:31:47

    ――もし。
    もし無知であったなら、きっとキミに当たれただろう。
    知らなくていい事実を目にし、背負わなくてもいい罪を背負い、苦しまなくてもいい苦しみに悶えることもなく、ただの一般人であったのならそれが出来たはずなのだ。
    自らの境遇を呪わなかったことがないとは言わない。
    それはそうだろう。魔術や異能とは無縁の一般人で、ボランティア感覚で献血をしたら知らない土地に飛ばされ、世界規模の事件に巻き込まれ、出来る人が自分しかいないからと言われ、無理難題を押し付けられ、精一杯生きるためだけに足掻き続けて……。
    こんな辛いだけの経験が何になるのか……生きることで精一杯の自分にはわからなかった。疑問の方が大きかったし、果たして何かの糧になるのかと思っていたのだ。

    ――ああ、でも、そのおかげでこうしてキミを恨まなくて済むのはちょっと救われた気分なんだ。

    苦しいのは自分だけではない。誰もが想いを抱いて足掻いている。
    それを散々見てきたから、知ってきたから、こうして眼前で自らの存在と想いに苦しむ彼女に手を差し伸べられるのだ。
    「あ……」
    自然と抱きしめる形で引き寄せていた。
    彼女の身体は本当に消えかけで、まるで霞のようだ。うっかり力加減を間違えたら何処かに飛んでしまいそうな程に希薄。
    それでも、『大丈夫』と伝えたいからできる限り強く抱きしめる。
    「本当に……貴方という人は……どこまで……」
    優しさは時として毒だと知った。
    思いやりは時として罰になるのだと理解した。
    だって、そうでなければこんなに涙が溢れるわけがない。
    辛いのに温かくて、苦しいのに幸せで、嬉しいのに泣いている。
    ――……ああ、人間の感情とは儘ならないものですね……。
    シュミレートを何度も行い、多くの経験も積んだというのに、ついぞ最後まで解明は出来なかった。

  • 118二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 12:32:54

    『アース!』
    抱きしめてくれていた彼の慌てふためく声が聞こえた。
    ――どうやら本当に時間らしい。
    自らの身体を構成する要素が分解を始め、光の粒子となり、消えていく。
    彼は驚いているようだが、こちらはもう覚悟は出来ていた。
    寧ろ予想より長く保った方だから、そういった意味では驚いているが……。
    「……時間、ですね」
    だが、結末は変わらない。
    元より無謀なことではあった。彼を危険から遠ざけようとして夢に囚えようとする考え事態は悪くなかったかもしれないが、聖杯の様な魔力リソースも無しに維持させるのは不可能だ。
    それでも、少しでも彼を命の危機から遠ざけたかったからここまで頑張れた。
    元はただの『彼女』の不安が反映しただけの存在だというのに、よくここまで保ったと我ながら褒めてあげたいくらいだ。
    ――……そうですね。少しくらい頑張ったご褒美をもらってもいいですよね。
    今回の騒動の元凶ではあるが、発端は現実のアースの無自覚にある。
    そういった意味では自分もある意味では被害者だ。
    何故なら、所詮は夢の存在。泡沫の内に消える運命なのだから。
    なら、もう少しくらい良い思いをしても許されるのではないか?
    答えてくれる相手はいないから、結局は自分で決断するしかなく、出した結論は……。
    「立香……最後に、貴方の顔を、もっと近くで……」
    そうして、感情の赴くまま願望を口にする。
    『……うん』
    最後の我が儘ということもあり、彼は素直に聞き入れてくれた。

  • 119二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 12:37:31

    本当に、理想のエスコート役だ。
    微笑み、互いの顔を鼻先に触れる程顔を近付け、
    「――――ん」
    そのまま更に接近して……唇と唇が触れ合った。
    『え――?』
    時間にして二秒も掛かっていない。本当に触れる程度のそれに、しかし呆然とするには十分であり、すぐに元の鼻先が当たる位置にアースは距離を置いた。
    『アース……?』
    今何を? 理解の追いつかない彼はそう訊こうとするが――
    「――――」
    眼前に開かれた黄金の双眸を見た瞬間、軽い目眩を覚えた。
    『うぅ……あ、れ……? アース、さっき……何か、した?』
    それは一瞬のことであり、すぐに鳴りを潜めた。
    ただ、どうにも先程何をされたのか記憶があやふやで思い出すことが出来ない。
    故にアースに訊ねてみるが、
    「……ええ、お別れの挨拶をしただけです」
    と、紅い瞳を細め、微笑を浮かべてはぐらかす。
    そうして、ベンチから立ち上がると夜空に浮かぶ月を見上げながら数歩歩いた。
    身体から漏れる粒子はまるでホタルの光みたいで、これを纏う様に優雅に歩く姿は幻想的であった。
    しかし、その光が多くなればなる程にアースはどんどん薄れていく。
    もはや亡霊の如き半透明の姿になったと同時、こちらに向かって振り返った。
    月を背景にした微笑む絶世の美女。その構図はまるでかぐや姫を彷彿とさせる。
    「さようなら、泡沫の貴方。もう相見えることはないでしょう。でも、忘れないで……私の想いは貴方と共にいつまでも……」
    それが別れを告げる言葉だと理解するのは一瞬で、身体もすぐに動いてくれた。
    『アース!!』
    本当に数メートルもない距離だったのに、駆けて、伸ばした手は……永遠に彼女に届くことはなかった。

  • 120二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 12:39:25

    触れる寸前、文字通り彼女は消えた。
    その身は光の粒子となり、空に還るかのように舞い上がっていく。
    ただ、それを見送るしか出来ない彼の瞳からは一筋の涙が流れていた。
    肉体はなくなり、もはや意識すら消えかけた中、それを目撃した彼女はもはや届かない声で伝える。
    ――さようなら、『私』だけの貴方。
    この世界で育んだ感情と共に彼に対する想いも膨れていった。
    最初はただ役目を果たそうとしただけだったが、いつしか『この世界のアース』にとっても掛け替えのない存在になっていった。
    ――この『私』はきっと、貴方に……。
    だから確信を以って断言できるのだ。
    人に近くなったからこそ、その胸に宿っていた想いの名を知ることができた。
    ――恋、していましたよ……。
    誰がなんと言おうと、『このアース』は彼が好きだった。愛していた。
    その想いは誰にも渡したくはない。
    例え、自分自身だったとしても、絶対に渡してなるものか。
    この“恋”は私だけのもの。私が自らの意思で自覚し、得たものだ。
    欲しいのなら自らも同じ境地に立ってみせろ、と此処にいない現実のアース(オリジナル)に向け宣言する。

    そうして、自らの想いに恥じる所がない彼女は、満足そうに夜空の彼方……月の向こうへと消えていった。

  • 121123/03/17(金) 12:45:04

    この展開だけは半端に区切るのは嫌だったんで、なんとか急いで書き切りました
    今日はあと時間取れないと思うので、まだ昼ですが本日はここまでです

  • 122二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 12:57:52

    サンキュー1クスピア

  • 123二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 15:25:18

    すげぇ長編だ
    読み応えしかない

  • 124二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 00:10:42

    ついに終幕が…

  • 125二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 04:23:46

    続きは午後投下予定です

  • 126二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 15:14:56

    『……さようなら、夢の中の君』
    月に向かって昇る光に『さよなら』を告げる。
    面と向かって言えなかったけど、声は届けることができただろうか?
    その疑問に答えてくれる人はもういない。だから届いたのだと信じることにした。
    それこそが特別な力なんてない、ちっぽけな人間(自分)にも出来る唯一のことなのだから……。

    「――無事に別れの言葉は伝えられたかい? 友人」
    胸に穴が空いたかのような去来する想いに、黄昏いると背後から声を掛けられた。
    声色と自分を敢えてそう呼ぶ人は一人しかいない。
    『うん、そうだね。きっと届いたと思う。……ありがとう『殺人貴』』
    振り向くとやはりそこには協力者として、友人としてここまで手を貸してくれたメガネの少年がいた。
    見ると身体はあちこち傷だらけで学ランはズタボロの状態だ。
    『……大丈夫?』
    あまりのボロボロっぷりに心配して声をかける。
    「なに、よくあることだよ。寧ろ、生きているだけ上出来だ」
    しかし『殺人貴』はなんとなしにそう言って退けた。自分で言っているように彼にとっては「よくあること」なのだろう。
    『そっか……あれ? エコは?』
    納得しかけた所で、そういえばと同行していたもう一人の存在を思い出した。
    たしか、自分を鎖で飛ばした後は『殺人貴』と一緒に残っていたはず。
    「ああ……アイツはエネミーが消えた辺りで、光になって何処に飛んで行ったよ」
    『え……それは……』
    つい先程見た光景を追想してしまう。
    「いや、そちらのお姫さまとは違うぞ。あれは本当に『何処かに向かって飛んで行った』んだ。行き先に関しては知らないけどな」
    しかし、『殺人貴』がすぐに否定の言葉を返す。
    『光になって消えた』のではなく、『光になって飛び去った』。つまりは何処か別の場所に行っただけ、消えてはいないということ。
    そもそも、あの少女には謎が多い。自らを因子と言っていたが、それも本当かどうかはわからない。立場も明確な『味方』ではなかった。元凶の一端でもあるわけだし……。
    だが、助けてくれたことは確かなので、お礼の一つも言いたかったのだが……いないのでは仕方ない。

  • 127二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 18:10:20

    ならば、眼前にいる協力者兼友人にお礼の言葉を贈ろうと――
    「っと、こっちもそろそろ時間か」
    した瞬間、唐突に周囲の風景と『殺人貴』の輪郭がぼやけ、色彩が薄れていった。
    『『殺人貴』! まさかキミも!?』
    サーヴァントの退去とは違うが、存在感が希薄になるのを感じ、声をあげてしまった。
    「ばーか、俺じゃなくてオマエだよ」
    『え?』
    狼狽する自分とは対照に、『殺人貴』は呆れたような顔を向けた。
    確かに、よくよく見れば光景そのものというより自分が見ている視界そのものがぼやけている。
    目線を手のひらに移せば、地面が見える程に透けていた。
    「それはそうだろう。核である彼女がいなくなったんだ。この世界(夢)はもう維持出来ない」
    『あ……』
    そうして思い出す。どうして自分が彼女と早く会わなければいけなかったのか、その理由を。
    それが今訪れた。ただ、それだけのこと。
    「そろそろ、本当の目覚めの時間だ。大冒険お疲れ様。……といっても、そこまで冒険らしい冒険はしなかったか。街の探索くらいで思ったよりスピード解決でもあったしな」
    確かに、特異点や異聞帯の問題に比べれば遥かに早い。でもそれは、頼りになる協力者がいてくれておかげなのが大きい。
    それがなければ、きっとまだ違和感を抱いたまま彷徨い続けていただろう。
    『……本当にありがとう『殺人貴』。おかげで助かったよ』
    「最初から言ってただろ? 『俺はオマエの味方だ』って。だから、その通りに動いただけだよ」
    『それでも、嬉しかったからさ。お礼くらい言わせてよ』
    だからこその感謝の言葉を贈る。

  • 128二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 18:13:55

    「……ホント、底抜けのお人好しだな。……あぁ、でも、だからこそ俺は個人的にオマエに手を貸そうって決心が着いたんだ」
    その姿に苦笑するものの、だからこそ自分の心は動いたのだろうと納得もいった。
    「その善性を失わないでくれよ。それこそが俺がオマエと友人になりたいと思った証だ」
    故に、それがなくなるような事態が起きるのは悲しい。
    少なくともこの友人は、いつそういう状況に陥ってもおかしくな立ち位置なのだ。
    「例え孤立する状況に立たされようと、『それ』がある限りオマエには仲間や友ができ、助けになってくれる。困難を乗り切る力になってくれる。夢の中とはいえ、短時間で友人になった俺が保証しよう。『それ』はオマエの確かな武器(長所)だ」
    事実として、今まで孤立しようとどんな困難に苛まれようと自分は周囲の人達に助けてもらってきた。味方だけでなく、時には敵であるはずの者達でさえ、一時的にとはいえ手を取り合えることもあった。
    そうせざる状況であったことは確かだろうが、それでもある程度の『信用』がなければ成立し得ない。
    「だからなくさないでくれよ? 友人からの頼みだ」
    自分にはそれを作る力がある、だからそれを大切にしろと『殺人貴』は言ってくれた。
    それを武器だと考えたことはなかったから驚きを隠せないが、しかし彼に認められたことは素直に嬉しい。
    『………………うん。ありがとう、友人。会えて良かったよ』
    「こちらこそ。楽しくて愉快な時間をありがとう。おかげで良い思い出になった」
    そうして別れ際、最期になるであろう時間に握手をする。

  • 129二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 18:14:26

    「俺達が逢うことはもうないだろう。だが“『IF』として(もしも)”そんな機会が訪れる未来があったとしたら、その時は名を明かすよ。……いや、その時はこの『俺』じゃないけどさ」
    若干の自嘲を入れつつも、そんな未来があるかもしれないと彼は語ってくれた。
    『『IF』(もしも)か……』
    「ああ、どんな結果になるか分からないけど、なんか救いがある気がしないか?」
    「まあ、受け売りの言葉だけどね」と微笑む姿に、同意するよう強く頷いた。
    『そう、だね……』
    それはとても、素敵な未来(可能性)だと思う。
    考えただけでも少しは救われた気持ちになれた。
    『ありがとう……さようなら。そして、きっとまた逢おう『殺人貴』』
    だから、その『IF』(もしも)の未来に近付けるように再会を願って別れの言葉を言う。
    「ああ、またな……友人」
    想いを汲み取ってくれたのか、彼もまた再会を願う言葉を口にする。
    ――例え今度出会うのが『この自分』でなかったとしても、再会してまた友人となる光景が嫌なわけがないのだから……。

  • 130二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 18:18:32

    「………………はは」
    そうして、『殺人貴』の友人は消えていった。握っていた手も霞の如く消えている。
    真夏に見る陽炎のように、ふっと朧気になりつつも綺麗にいた痕跡を残さずに消えていった。
    まるで夢の住人はあちらなのでは? まるで夢の住人はあちらではないのかと思わせる退場の仕方につい笑い声が漏れてしまった。
    しかし、無論そんなことはなく、周囲の景色はどんどん色褪せていき、この世界は夢なのだと強く実感する。
    「にゃあ」
    物思いに耽りそうになった瞬間、足元で猫の鳴き声が聞こえた。
    見ると、そこには黒猫が一匹いる。弱々しく、もう自分の足で立っていられないのではないかと思う程衰弱している。
    「おまえもお疲れ様」
    黒猫を優しく抱き上げる、腕の中に抱えると、彼は静かにベンチに座った。
    そこは先程、アースと友人が座っていた所だ。
    二人の特等席を使うのは気が引けたが、実はもうこちらも限界なのだ。
    友人の手前、気丈に振る舞ってみせていたが、もう立っていられない程消耗している。
    「…………はぁ」
    座り、黒猫を膝に乗せて、ため息混じりで月を見上げた。
    周りの風景はどんどん色褪せていくというのに、あの月だけは変わることなく輝いている。

  • 131二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 18:19:16

    「ああ、本当に、今日は月が綺麗だ……」
    いつだったかに抱いたその感情が湧き上がり、つい呟いてしまう。
    そう感じたのはいつだったかと思い返し――

    『――志貴!』

    (……ああ、そうか)
    はっきりと記憶は蘇った。
    「あのばかと逢う前も、こんな月を見たっけ……」
    もっとそれを思い出したくて目蓋を閉じる。
    そうして、浮かんでくる姿の人物は一人しかいない。
    こっちの都合を考えない、お転婆吸血鬼。
    振り回されるのにうんざりしつつも何処か満ち足りて楽しかった日々。
    その夢に浸るように『殺人貴』の意識は遠のいていった。
    遠くで呼ぶ彼女の声を聞きながら……。

  • 132123/03/18(土) 18:20:16

    今日はここまでです

  • 133二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 19:45:06

    この目に映るものは遠い日の真夏の陽炎・・・

  • 134二次元好きの匿名さん23/03/18(土) 20:13:37

    ありがとう…ありがとう…
    永久保存する…

  • 135123/03/19(日) 05:06:00

    今日も一応午後に投下する予定です

  • 136二次元好きの匿名さん23/03/19(日) 12:04:29

    保守

  • 137二次元好きの匿名さん23/03/19(日) 18:22:22

    『ここは……』
    気が付くと、辺り一面暗闇が支配する世界だった。
    上を見ても下を見ても真っ暗で場所がわからない。太陽どころか、月も星もない為に光に頼ることすら出来ない。人工光など以ての外だ。
    夢から覚めると言われていたが、もしや嘘だったのだろうか?
    しかし『殺人貴』が自分に対して嘘を着く必要がない。彼は最初から最後までずっと味方でいてくれたのだから。信じない道理はない。
    ならばこれは一体……?
    不安と困惑に苛まれていると、突如上空から光が降ってきた。
    その光は意思を持つように、こちらに目掛けて飛来し、自分の前にまで来ると光量が大きくなった。
    そして広がる光は形を持ち、一つの存在へと姿を変える。
    「お待ちしていました、カルデアのマスター」
    『エコちゃん!?』
    驚くのも無理からんこと、その正体はエコだった。
    『ど、どういうこと……?』
    あまりに突飛な事態に狼狽するも、
    「ここは特殊な空間ですので、私が道先案内人になります」
    そんな自分の事情など知らないとばかりに、言うや否や少女は歩き出した。
    相変わらず、思考が読めない子だが、今語ったのは嘘ではないのだろう。
    ならば、下手に勘繰って動けなくなるより素直について行こう。そう決心すると、自らの足を前に進ませた。

  • 138二次元好きの匿名さん23/03/19(日) 23:04:12

    『無事だったんだね』
    「…………?」
    深海のような暗闇の中を移動している最中。気になっていたからか、ついエコに声を掛けてしまった。
    『途中でいなくなったって聞いたから』
    「……ああ」
    最初は何について言われているのか分からなかったエコだが、合点がいったらしく、納得するように声をあげる。
    「私とて空気は読みます。水を差すつもりはありません」
    だから席を外したとの事。
    『別に気にしないのに』
    だが、こちらとしてはそんなことに気を遣わなくてもと思うのだが……。
    「そちらのことではありません」
    『え……?』
    どうやら何か思い違いをしているらしい。
    「いえ、こっちは貴方には関係のない話でした。忘れてください」
    しかし、訂正が面倒なのか、わざわざ語る必要性を感じなかったのか、以降エコはその話題に触れることはなかった。
    『それで、どうしてこんな事を……?』
    ならば、と何故こんなことをしているのかという疑問をぶつけた。
    こちらとしては大変助かるが、一体どんな事情があってこんなことをしているのか。
    純粋に気になった。
    「今回の一件で貴方周りで一番迷惑を掛けてしまった人達がいました。ですので、その非礼として『貴方を無事に帰す』という契約をしました。……こちらからの一方的なものですが」
    それは恐らく彼女がした『後押し』に関係しているのだろう。
    自らの思惑を成就させる為に無理を通したので、そのケジメとして一方的とはいえ契約をしたと言ったところか。相手が誰かは不明だが。
    「ですが、契約は契約。私はただそれを履行しているだけに過ぎませんので、気を使わなくて結構です」
    相変わらず淡々と語っているが、どうやら彼女なりに責任を感じているからこその行動なのだろう。

  • 139123/03/19(日) 23:07:44

    短いですけど、今日はここまでで

  • 140二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 04:54:30

    「真面目だなぁ」と内心思いながら歩くこと数分。
    「ここですね」
    そうして立ち止まった場所は、他と変わらない暗闇のただ中だった。
    どう違うのか、疑問を感じ首を傾げた、その時だ。
    突如地平線の彼方から光が差し込んでくる。まるでそれは朝陽のようであり、眩しくも綺麗だと感じた。
    そして、 

    ――先輩!

    その光を浴びると不思議と声が聞こえた気がした。
    よく聞き馴染んだ自分を慕うその声の主は――
    『マシュ……?』
    そうだ。自分のファーストサーヴァントにして頼れる後輩の声だ。間違いない。
    よく耳をすませば彼女の以外の声も聴こえる。ダ・ヴィンチちゃん、スタッフの皆にサーヴァント達。
    なにより、

    ――……マスター。

    不安で消えてしまいそうな微かな声を拾うことが出来た。
    それは、今一番逢って安心させたいと思う箱入り娘のもの。
    呼び掛ける声は弱々しくて、何かあったとすぐにわかる。彼女のことだから、もしかしたら自分が原因の一端であることに気付いたのかもしれない。
    ならば、やはりすぐにでも逢って安心させないと……。
    そう逸り、数歩歩いて光の中へと入り掛けたところで……振り返った。
    「……ゴールはそこです。早く入らないのですか?」
    自分の役割は終えたと言わんばかりに、ただ眺めていたエコが怪訝な目を向ける。
    『……うん、まあ、そうなんだけど……最後にお別れを言いたくて』
    「え――」
    意外だと思ったのか、エコはまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

  • 141二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 04:58:01

    『今まで助けてくれてありがとう、エコちゃん。元気でね』
    そうして、一方的に告げると、やっぱり心配が先にくるらしく彼は急いで光の中へと消えていってしまった。
    「……まったく。私が元凶のようなものだと伝えたはずなのに、人間というのはやはり難儀な生き物ですね」
    呆然と、その背中を見送りながら呟いた言葉には、呆れの色こそあったが、何処か慈しみも含まれていたようだった。
    「さようなら、カルデアのマスター。私達が出会うことは二度とないでしょう。この奇跡のようなあり得ざる夢は、それだけ稀少で貴重な機会だったのですから」
    幾つもの偶然と必然が重なりあった結果の現象は、ある意味奇跡と呼べるだろう。
    しかし、奇跡である以上そう何度も起きたり起こしたりは出来ないのだ。
    それに、もし奇跡が使える機会があるのなら、こんなことではなく、もっと大切な時に残しておくべきだ。
    彼の行く末はそれだけに厳しく、険しいのだから……。
    「――どうか、貴方の旅の終着に安らぎがありますよう」
    祈るように、目を閉じて、既にいなくなった彼に贈る。
    彼女に出来る精一杯のエールは、誰の耳にも届かず虚空に消える。
    しかし、そこに込められた想いはきっと届くだろう。
    今すぐではなくとも、いつか見る何処かの夢で、きっと――。

    そうして、彼女は現れた時と同じように光へと姿を変じ、暗闇の彼方へと飛び去って行ったのだった……。

  • 142二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 15:11:35

    続きは夜に投下します

  • 143二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 23:15:01

    夜風が頬に当たり、心地良く感じる。
    はて? 果たして今は何月だっただろうか?
    夢の中とはいえ、季節はあるだろうに、過ごしやすい気候の為かどうにもはっきりとは分からない。
    とはいえ、あとは寝ていれば勝手にこの身は砕け散る未来なのは知っている。
    だから、余計な思考に囚われず、あの日見た『彼女』を思い返そうと――
    『――志貴』
    した瞬間、やけにリアルな声が聞こえた。
    既に身体はガタがきている。耳はやられていてもおかしくない。
    居もしない者の幻聴を聞くとは、迎えはそこまできているようだ。
    『ねぇ、志貴ってば』
    しつこく二回目の声が聴こえた。
    (……まずいな、最期くらい静かに往きたいんだけどな)
    美しい容姿を思い返すのとは違い、彼女の声は綺麗ではあるが、個人的にやかましいイメージしかない。
    最期の瞬間くらいは綺麗な思い出と共に往きたいと思っていたのに、こうも騒がしいと色々と台無しだ。
    (よし、ここはもう少し眠るような感じで……)
    『綺麗な最期』というものを彩ろうと努力する羽目になるとは、流石に思わなかった。
    それでもここまできたら意地だ。
    満足のいく消え方をしようと――
    「志貴! 志貴ったら! もう、起きなさい!」
    「痛――ッ!?」
    する間際に、更に強くなった幻聴と共に何かに頭を叩かれた。
    想像の倍以上の激痛に意識は覚醒し、痛みを抑える為頭を抱える。
    痛みを抑えながら「一体誰だ? こんなことするのは!」とガバッと顔をあげると、
    「あ、ようやく起きたな。この寝坊助」
    そこには、つい先程まで見ていた、願っていた金髪紅眼の幻がいた。

  • 144二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 23:18:31

    「……アル、クェイド……?」
    月光に照らされた金髪の吸血鬼はいつか見た姿と全く同じだった。
    「……なんで? ……幻覚か?」
    あまりに記憶と一致し過ぎている為に、ついぞ幻でも見ているのだろうかと、違う意味頭を抱えてしまう。
    「何言ってるのよ? 夢でも幻でも……あ、ここ夢の世界だったわね」
    一人で言ったことに一人でつっこんでる。その上に「うっかりしてたわ」と何がおかしいのか笑っている。
    うん、このバカさ加減は間違いない。偽物でも幻でもなく本物だ。
    「なんでおまえが……?」
    そう判断すると、次に抱く疑問は何故いるのか、だ。
    いや、いてもおかしくはない。何せ夢の核にして外部からの干渉を阻んでいた『夢のアース』がいなくなったのだ。だから、夢に入り込むこと自体は可能ではある。
    既に一度行なってはいたから問題なくできるはずだが……しかし、事件は既に解決したはず。ならば何の為にまた此処へ来たのだろうか?
    こちらとしては会えただけでも嬉しいが、向こうも同じとは限らない。
    何か目的でもあったのだろうか……。
    「なんでって、お礼を言いにきたのよ」
    そう訝しむと、アルクェイドは隠すことなく話してくれた。
    「お礼?」
    「うん。だって志貴、カルデアくんのこと守ってくれたでしょ? だから、そのお礼」
    「ありがとね」と快活に笑う姿に呆れてしまう。
    それはアルクェイドが託した頼みのことだった。彼の助力になってほしいという、この世界に置ける志貴の役割を定義したものだ。
    「……そんなことか」
    「そんなことって……わたし、これでも押し付けた責任とか一応感じてるんですけど」
    元々はアルクェイド自身でどうにかしようとしたが、流石にアウェイな空間や様々な制限、おまけに何か自分と似た様な力による妨害の影響で長居することは出来ず、結果ヒントと助っ人を作るくらいしかできなかった。
    そしてその助っ人の役割を押し付けたのが此処にいる志貴だ。自分の都合で生み出してしまったことに、多少なりとも罪悪感があるのかもしれない。
    だからこそ、その誠意として現れたというところか。

  • 145二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 23:42:04

    「なら普段から自重してくれ」
    志貴としてはそこまでできるのなら、普段の状態からやってほしいと思わなくない。というより、がっつりと声に出てしまった。
    「……そこはほら、シエルや妹とかが邪魔してくるから」
    「仲良くしてくれればそれで済む話しだろ」
    「はぁ!? 妹はともかく、シエルとなんて絶対無理! ありえないんですけど!」
    「どうしてそこまで先輩嫌うかなぁ……」
    「むぅ……志貴っていっつもシエルの肩持つわよね……」
    「別にそんなつもりはないんだけどな……っと」
    つい話が逸れてしまった。
    どうにもアルクェイドと話すと脇道にそれてしまう。それ事態は嫌いではないのだが、今はちゃんとした本題がある。そちらに話を戻そう。
    「……それはともかく、お礼だったか? いいよ、別に。確かにおまえに頼まれた内容だったけど途中からは完全に私情で助けてたからな」
    件の頼まれ事に関することは、後半からは完全に自らの気持ちを優先して動いていた。
    アルクェイドに頼まれていた働き以上の内容は完全に自分の領分として受け止めていたし、それをするに相応しい相手であることも納得していた。
    だから、別にお礼を言われる筋合いなどない。
    「そうなんだ。まあ誰かさんと違って良い子だもんね、カルデアくん」
    その態度を見て何故か上機嫌に皮肉を口にする。
    「アイツが良い奴なのは同意するけど、一々俺を引き合いに出すなよな」
    「あんな底抜けの善人と比較するなよ」とばかりうんざり気味に呟くが、その声色はとても穏やかだ。
    なんだかんだで、またこの吸血鬼と会って話しが出来るのが嬉しい自分がいる。それが分かっているからこそだろう。

  • 146二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 01:28:18

    「――っ!?」
    「っ! 志貴、大丈夫?」
    とはいえ、そんな至福の時間は長くは続かないらしい。
    「……悪い、もう限界みたいだ」
    偽りの肉体はひび割れ、亀裂は全身に伸びている。
    それが散々見てきた『死の線』に似ているのは皮肉以外の何物でもないと苦笑すら浮かべてしまう。
    「……そう」
    そうして、悟るようにアルクェイドは一瞬俯いた。
    自らが作り出してしまったが故に、その最期も理解しているのだ。
    ――だから、その最期くらいは、と……。
    顔を上げると、アルクェイドは志貴の隣座った。
    「……?」
    そして、その行動に困惑している彼の頭を掴むと、そのまま自らの膝の上に乗せた。
    「お、おまえ、なにを……!?」
    それが俗にいう『膝枕』であったことはすぐわかった。わかったからこそ羞恥心で顔が赤くなる。
    「いいからいいから。頑張ったご褒美はちゃんとあげないと☆」
    しかし、当のしている側であるアルクェイドは気にした様子はなくどこ吹く風。寧ろ上機嫌に微笑んでいる。
    「っ!?」
    「あ、ダメよ志貴。さっき自分で言ったじゃない、もう限界だって」
    なんとか逃れようとするものの頭はガッチリと固定され、身体は暴れる程の元気はない。寧ろ動かそうとすると激痛が奔って痛い。
    「もう、大人しくして」
    まるで言う事を聞かない子供を叱るかのような言葉遣いを受けてか、少し自分を客観視できた。
    ここでジタバタと暴れたところで死期を早めるだけ。
    ならば素直に諦めて、この体勢を受けるしかない。…………別に本心から嫌というわけでもないし。
    そうして大人しくなった志貴の頭をアルクェイドは優しく撫でる。労るように、愛するものに触れるように。

  • 147二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 02:57:24

    志貴も志貴で、満足そうな笑みを浮かべているアルクェイドを責める気にはならないようで、甘んじて現状を受け入れている。
    まるで世界に二人しかいなくなったかのような静けさが心地よい。
    いや、実際この夢(世界)にはもう志貴とアルクェイドの二人しかいない。あとは寝そべっている志貴の腹の上で丸まっている黒猫だけだ。
    リソースを使い切った以上、余分なモブや背景はとうに消えている。
    そして主人公である友人(藤丸)と、ヒロインである『夢のアース』も消え、ゲストのエコもいなくなった。
    であれば、残っているのはここにいるエキストラだけだ。
    (まさか、世界の終わりを好きな奴と迎える……なんて、映画みたいなことになるなんてな……)
    役柄としては知らずにフェードアウトしてもいい端役だと思っていたのに……棚からぼたもちもいいところだ。
    しかし、悪い気はしない。現状もだが、此処に至る経緯を含めて『この志貴』にとってはかけがえのない思い出となったのだから……。
    「ありがとう、志貴」
    そうして心穏やかでいるとアルクェイドの口からまた感謝の言葉が漏れた。
    「……だからいいって」
    この身体の稼働時間がもう間近であることを悟った為だろうが、やはりそれでも感謝される為に行なったわけではないからか、優しい口調でそれを拒否する。
    そうするであろうと分かっていたのか、「まったくもう……」とアルクェイドも微笑んだ。
    「あなたもね」
    そして、今度は疲れ切った黒猫に手を伸ばした。
    こちらも労るように頭を撫でる。
    「このわたしとは直接的に関係はないのに、それでも働いてくれて。……あの子達を守ってくれて、ありがとう」
    ただの因子でしかなく、自我なんてものはないはずなのにも拘わらず、この『いつ崩壊してもおかしくなかった夢』を絶えず支えていたのは彼女だった。
    『夢のアース』は核ではあったが、世界を支える土台でも柱でもない。それが最後まで形を成していたのは夢魔である彼女の力あってこそだ。
    「……そっちの世界のわたしは、良い使い魔に巡り会えたようね」
    慈愛と僅かばかりの羨望の籠もった視線を受けた黒猫は『にゃあ』と一回鳴いた。元気が感じられない程に弱々しいが、それでも何処か誇っているようにも聴こえる。
    それが我がことのように嬉しくなり、もう一度頭を撫でた。

  • 148二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 03:06:13

    月はいつしか頭上にきており、膝枕によって上を向いている志貴は、アルクェイドの顔を眺めつつ、それを見上げる。
    「……なあ、アルクェイド」
    「うん? なに?」
    そうして思い出したようにアルクェイドに語りかけた。
    「『此処にいるおまえ』に言うのは門違いだと思うけど、それでも言わせてくれないか」
    それは別の世界の因子だから得た情報故か、夢の世界で生まれた、色んな『志貴』の可能性を内包していたからかは分からない。
    ただ、その可能性(『志貴』)の一つに共感してしまったからかもしれない。
    理由はどうあれ『彼女』に伝えなくてはと感じたら、口が動いていた。

    ――いつか、絶対迎えに行くから。

    「――っ!?」
    そうして告げられた内容に、アルクェイドは驚愕する。
    だって、それは……『それ』を口にするということは……つまり――
    「…………あぁ、そっか……そんな『可能性』もあるんだ……」
    哀しそうで、でも何処か嬉しそうな……綯い交ぜの表情を浮かべる。
    因子がどの世界からきたのかは分からない。しかし、きっとその世界では『彼』はそういう選択を取ったのだろう。
    そして、因子を通して志貴に影響を与えてしまったのかもしれない……同じ遠野志貴として。
    「……酷いなぁ……志貴は……」
    身勝手にその『彼』の境遇に同情したのか、感化されたのか、それとも……もう崩壊寸前だから意識や記憶が混同してしまったのか。
    どちらにせよ、違う世界の自分に言うのはダメだろう。
    ――だって……。

  • 149二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 03:07:28

    「そんなこと言われたら、わたし……期待、しちゃうよ……」
    そんな素敵な可能性があるなんて知ったら、期待しない方が無理だろう。
    『彼』がしてくれるのなら、もしかしたら自分の世界の志貴も……そんな淡い想いが生まれてしまう。
    「悪いな……でも、もしまた何処かで会えたら言いたかったんだ……夢でも幻でもいい。おまえに会えたら言いたかった」
    もう、そこにいるのがどちらかは分からない。
    ただ記憶は強く引っ張られているようだ。
    「ここにいるのは、あなたの知るわたしじゃないわ……」
    だから、まず前提としてこれだけは伝えなくてはいけない。
    此処にいるのはあなたの愛したわたしではない、と。
    もちろん、先の発言を信じるならそれは承知の上でなのだろう。それほどまでに想いは強いのかもしれない。
    「でもね、それでも……嬉しい」
    故にこそ、
    「このわたしでこうなのだもの! きっとあなたの知るわたしはもっと嬉しいに決まってるわ!」
    理解できてしまう。
    同じ人を愛したもの同士、きっとその世界のアルクェイドも言われたら間違いなく嬉しいのだろう、と。
    「だから、そのわたしに代わって言うわね――」
    だから、代役ではあるが伝えよう。
    心からの想いを。
    「うん! 待ってる……! あなたが起こしに来てくれるの、わたし……ずっと待ってるから!」
    違う世界のといえ、自分に感情移入するなんて妙な話しだ。
    それでも、それができると断言するくらいには……涙が出る程嬉しくて、叫びたい程に焦がれてしまった。
    「…………あぁ、必ず、起こしてやるよ……ばか女」
    そうして、その想いは確かに伝わったのだろう。
    『彼』は満足そうに笑うと、亀裂は全身にまで至ると硝子のように砕け散り、光となって消滅した。

  • 150二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 03:08:10

    「……待ってるよ、志貴。……わたし、ずっと、待ってるから……」
    『彼』が……志貴がいなくなった後も、まるでまだそこにいるかのように抱きしめる。
    その口から出た言葉は、別の世界の彼女を代弁してのものだったのか……それとも――。

    泣き崩れた真祖の姫に寄り添う別世界の従者もまた、その姿を光に変えていく。
    もう彼女も限界だ。それでも泣いている別世界の主を慰めるように鳴いた。
    自らの肉体が消える寸前まで、この夢の世界が消えてなくなるその瞬間まで。
    黒猫は姫の傍で鳴き続ける。

    ――『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。二人の再会を願うように。『そんな奇跡が起きますように』と祈るように。

  • 151123/03/21(火) 03:10:32

    蛇足感あったかもしれないけど、最後のやり取りがやりたいが為に書きました。
    次からエピローグになります

  • 152二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 07:31:28

    >>1のこと拝むね…

    ありがたやありがたや……

  • 153二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 13:33:12

    すげえ大作に出会ってしまったな…好き…

  • 154二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 17:06:06

    例の事件から幾日か過ぎた頃。

    無事目を覚まし、身体に不調こそないが、事情が事情であった為に毎日医者の検診を受けていた。
    本来なら医務室のベッドにでも縛り付けて、絶対安静を強いられていてもおかしくはないが、ずっと寝たきりだったのに更に身体を動かさないのは却って身体に悪いのでは? と理由付けをしてなんとか免除してもらった。
    とはいえ、病み上がりなので安静を強く言いつけられたのに違いはなく、こうして医務室と自室への往復程度ならまだしもシミュレーターに行くことなどは禁じられている。
    過保護だなと言いたくはなるが、自らの立場を考えると大袈裟というわけでもない。
    なにより、平時はそうでも何か問題が起きれば駆り出されることになる。ならば今は素直に療養に励みべきなのだろう。
    『そっか……もうそんなに経ったんだ』
    ふと思い返してみると、そんなに時間が経っていたことに気付いた。

    あの夢から目覚めて最初に見たのはマシュだった。
    「先輩!」
    起きたのを確認した瞬間、彼女はいの一番でこちらの胸に飛び込んできた。不安にさせてしまった所為だろう、涙まで流して「良かった……目を覚まして、本当に良かった」と喜んで……。
    こんなに想ってくれる娘を心配させた自分としては、身が張り裂けんばかりの後悔の念に襲われる。
    いくら自分が被害者であったとはいえ、やはり悲しませた事実は心にくるものがある。
    そうして、彼女が落ち着くまで頭を撫でたり「もう大丈夫だから」と何度も声を掛けた。

  • 155二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 17:08:42

    マシュが落ち着いた後は、検査やらスタッフやサーヴァント達の面会やらとてんてこ舞いで、時間など気にする余裕はなかった。
    まあ、強いて気にしていた所があるとするのなら、見舞いに来なかったサーヴァントの中にアースがいたくらいか。
    マシュから聞いた話しではあるが、やはりというべきか彼女は今回の騒動がどうして起こったのか理解していたようであり、自分が目覚める直前までは酷く落ち込んでいたらしい。
    目覚めた後は今に至るまで会えていないので詳細は不明だ。ただ彼女と交流のあるククルカン曰く、
    「うーん……今は顔を合わせ辛いだけなので大丈夫だと思いますよ。もし、ずっと引き籠もるようなら私が力ずくで連れてくるので、その時は任せてくださーい!」
    とのこと。
    流石に後半に語ったような事態にはならないで欲しい。たぶんカルデアが吹き飛ぶかもしれないので……。
    それはそうと――
    『……やっぱり、心配だしね』
    脳裏に過るのは夢で出会ったアースと、その別れ。
    手は届かず、幻のように消え去った彼女。同じ顔、存在だからか、アースも知らない内にふっと消えてしまうのではないか? そんな嫌な想像が常に頭にこびり付いている。
    「いやいや」と頭を振るい、その思考を否定する。此処数日、何度やったか分からない行為。
    ……せめてアースが会うことが出来れば色々とはっきりするのに……。
    そうしてこの場にいない者に対して内心で愚痴りながら自室の扉を開け、中に入る。
    「あ……」
    『え……?』
    すると、そこにはたった今考えていた人物……アースがいた。
    『どうして……』
    今まで会いに来なかったのに、どういう風の吹き回しだろうか?
    そう思っての発言に、アースも困惑気味に答えた。

  • 156二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 17:10:06

    「これは、その……アルクェイドが勝手に、此処にきて……私に変わって……」
    『……なるほど』
    どうやらアルクェイドが表に出た際に、此処に着いてからアースに変わったらしい。
    かなりの強硬手段ではあるが、会いたかったこちらとしては有り難い。
    「……失礼します」
    しかし、バツが悪そうにアースは部屋から出ようとする。
    自分の隣を横切って退出しようとし、
    『あ、待って!』
    瞬間、慌てて彼女の手を握って引き止める。
    「あ……」
    今度はちゃんと届いたことに安堵の息を漏らすこちらとは対照に、アースは意外そうな顔をして固まる。
    まさか引き止められるとは思わなかったのだろう。
    しかし、こちらもせっかくの機会は失いたくはない。
    『話がしたいんだ、いいかな?』
    だから言葉の訊ねる形ではあるが、その瞳は首を横には振らせないという強い意志が込められていた。
    「…………貴方が、望むのなら」
    その思いを汲んでか、渋々といった風でアースは首を縦に振る。

  • 157二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 17:11:44

    そうして、実に何日か振りにアースと話すこととなった。
    最初こそは罪悪感からか、気落ちしていたアースだったが……。
    「な……!? 夢の私はそんなことをしたのですか!?」
    幾つか言葉を交わし、夢の件に関しては不可抗力だからと誠心誠意伝えることで持ち直してくれた。
    それから夢で何があったのかを子細に話すと、ことあるごとに驚きの声をあげている。
    同じアースとはいえ、向こうは多くのシミュレートと経験を糧に情緒が育った存在であり、藤丸立香を自らの日常の一部として完全に取り込んでいた為にこちらのアースが驚くような行為が幾つかあった。
    例えば、朝起こしに行くというのは彼女には考えもつかない日常の行動だ。
    そういった現実のアースでは考えが及ばない行為の数々を、夢のアースは実践してみせた。
    話を聞くだけでもこれなのだ。実際に見ていたら、腰を抜かしていたかもしれない。
    そうして、夢で何があったのか一通り話終えた。
    「……そうですか、夢の私の最期は、その様な……」
    『……うん』
    そうして思い浮かぶのはやはり別れの瞬間だった。仕方のないことだったとはいえ、それでも後悔してしまう。
    「悲しまないでください、マスター。最期に笑っていけたのなら、彼女にとってそれは幸福だったのです。……ええ、ですから、悔やまないでください」
    その慰めの言葉は、慈愛に満ちていた。労るように優しく語りかけ……そして彼の右手を両手で包む。
    「それに、今度はちゃんと届くでしょう?」
    『……うん。そうだね』
    それがアースなりの精一杯の優しさなのだと理解する。
    夢で出会ったあの子に届かったこの手が、眼の前にいるこの子には届く。
    別人であれば救いはなかったかもしれないが、どちらもアースだ。だからこその力技の様な理屈なのだが、その気持ちは素直に嬉しい。

  • 158二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 17:13:09

    「……それに、ですね」
    恥ずかしそうに、アースは自分の右手とこちらの右手を合わせて握り――何処からか出現させた鎖で雁字搦めにした。
    「こうすれば離れませんから」
    『え……?』
    微笑を浮かべて言う彼女とは対照に、こちらは何故鎖で繋がれたのかが理解できないのだが……。
    困惑している様が伝わったのだろう。アースはコホンと咳払いをした後話だす。
    「……人間の間には『赤い糸』という概念があるそうですね」
    『確かに、ありますが……?』
    『運命の赤い糸』という結ばれる運命の人にはあるとされる古くより知られている概念の一つである。
    「私と貴方が運命かはともかく、マスターとサーヴァントというのは一蓮托生の間柄――ある意味では運命を共にするものであるとも取れます」
    『……なるほど』
    言わんとしていることは分かる。運命は大きいかもしれないが、特別な関係なのは間違いはない。
    「男女間のそれとは違いますが、似たようなものがあってもおかしくないと……」
    特に触媒もなく、純粋な縁だけで呼べる相手は確かにそう見えなくもない。
    「ですが、私は疑問に思いました」
    『……なにを?』
    雲行き怪しい。
    「――糸では簡単に切れてしまえるのではないか、と」
    『……………………そうですね』
    自信満々に告げられた素っ頓狂な言い分に、深い深呼吸を一回行なった後、先を促すように答えた。
    「はい。ですので、こうして鎖にしてしまえばいいと考えました」
    表情はあまり変わっていないはずなのにその両目には、「どやぁ」の文字が見えた気がする。
    (……ねぇ友人。もしかして真祖って相当『アレ』なの?)
    つい夢の中であった友人に語りかけてしまうくらいには頭を抱えたくなった。
    そして心の中の友人は凄く苦い表情をし、明後日の方向を向いている。

  • 159二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 17:17:37

    『……一応言っておくけど、『赤い糸』って物理的なものじゃないよ?』
    先程本人も概念と言っていた為そこは理解していると思うのだが……。
    「……私とてそこは分かっています。……でも、こうでもしないと、貴方がまた……」
    勿論そこはちゃんと理解している。
    (ああ、そうか)
    しかし、理解しているからこそ、内から来る『不安』をなんとか拭おうと必死なのだ。
    彼女が自分と会わなかったのは罪悪感だけでなく、安心できなかったからだ。
    それは実に人間の様な思考で……彼女には悪いけど、少しだけ距離が縮んだ気がする。
    『……今はいいけど、後でちゃんと外してよ?』
    「…………はい」
    だから、繋がれた手を握り直す。彼女の心を少しでも安心させたいから、傍にいても良いのだともう一度思ってもらいたいから。
    優しく、導くように、手を固く結ぶ。
    想いが通じたのか、アースも笑みを浮かべてくれる。それが嬉しくてこちらもつられてしまう。
    『あ、そうだった』
    「?」
    突発的な再会で、つい忘れそうになっていたことを思い出す。
    『コホン』
    改めて意識すると変に緊張する為か、今度はこちらが咳払いを一回する。
    そして、彼女に向き直り、
    『遅くなっちゃったけど……ただいま、アース』
    「――っ!?」
    無事帰ってこれた旨を伝えた。
    当たり前の挨拶なのに、何故かそれが心地良くて、そこに一つの安心感を覚えた。
    「……はい。……おかえりなさい、マスター」
    そうして、彼女も返した。
    此処に……私の元に戻ってきてくれてありがとう。そう想いを込めて。

    ――『にゃあにゃあ』と何処かで猫が鳴いた気がした。この夢のような時間(逢瀬)が、少しでも長く続きますように……。
    そんな祈りを抱いたかのような鳴き声は虚空へと消えていった――。

  • 160123/03/21(火) 17:24:29

    これで終わりでございます。
    総文字数5万越え、掛かった時間半月以上。本当にお付き合いくださった方ありがとうございました。
    ところどころ誤字脱字があったと思います。スレ内で修正が出来ないので、後日ピクシブあたりに加筆修正ものを投稿しようと考えています、その際も目を通していただけたら嬉しいです。
    では、読んでくださった方、本当にありがとうございました。

  • 161二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 17:56:59

    ありがとう、ありがとう!

  • 162二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 18:11:40

    >>160

    おつかれイッチ!

    途中でエタらなくて本当によかった

    いいSSをありがとう

  • 163二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 18:19:05

    我は供給不足を嘆いてるぐだアース愛者
    大作が完結した事に喜びを感じると同時にスレ主へ感謝を込めて言葉を贈りたい

    本当にありがとう

  • 164123/03/21(火) 18:35:08

    >>162

    保守してくれた方がいたおかげで、エタらずに済みました。もしスレが落ちてたら挫けてたかもしれません……。


    保守してくださった方々、本当にありがとうございます。

  • 165二次元好きの匿名さん23/03/22(水) 00:00:14

    サンキューイッチ
    お礼に封印指定するね

  • 166二次元好きの匿名さん23/03/22(水) 00:10:28

    >>160

    こんな素晴らしいぐだアースを読むことができて感激してる

    本当にありがとう

  • 167二次元好きの匿名さん23/03/22(水) 01:40:59

    >>160

    ありがとう、ありがとう!美しいものを見た.....。

    >>165

    やめろ(やめろ)

  • 168二次元好きの匿名さん23/03/22(水) 02:19:01

    >>160

    お疲れ様です!!ありがとうございました!!!!

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