- 1◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:18:29
がたん、ごとん。がたん、ごとん。
こんにちは、アストンマーチャンです。
おっと、いけませんね。今は誰かにあいさつも、言葉を録音もしていません。もう、語り癖? 思い癖? になってしまいました。
今、マーちゃんは電車に揺られてぶるぶるです。久しぶりにおうちに帰って、家族と過ごすのです。お土産も買って、出来るマーちゃんです。どやや。
さてさて、あばれ妹は元気にしているでしょうか、お転婆が過ぎていませんかね。もし反抗期だったらアストンネーチャンのお仕置きですね。ふふん。
そんな冗談を考えながら、ぼうっと窓の景色を見ます。お昼を少し過ぎた時間、電車は空いていて目の前はくっきりです。
学園での勉強やトレーニングから解放されて。マーちゃんはとてもふわふわです。昨夜はちゃんと寝たのですが。
こっくり、こっくりと。鳥さんがご飯を食べるようにマーちゃんの首も下へ、下へ。
そういえば、まだお昼ご飯を食べていませんでしたね。お母さんのごはん、たべたいな……………… - 2◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:19:44
わたしが子供の頃、よくお母さんの職場へ遊びに行っていました。お母さんはお医者さんです。だから、病院でお仕事をしていました。
お母さんからはいつも消毒液の香りがほんのりとしました。それは少し苦手でした。でも、お母さんは大好きなので気になりませんでした。
お母さんがお医者さんだったからでしょうか。病院の人はみんな親切でした。看護師さん、他のお医者さん、入院していたおじいちゃん、おばあちゃん。
その中でも、お母さんたちはお仕事で忙しいようでした。子供でも分かっていたので、お邪魔になりたくはありませんでした。だから、いつもおじいちゃん、おばあちゃんとお話しする日々でした。
でも、一日に一回、密かに楽しみにしていたことがあります。
お仕事が忙しくなくなるほんの少しの時間。こっそりドアの影からお母さんを見るのです。
おしゃべりはしません。物音も立てません。それでも、お母さんはいつもマーちゃんに気付いてくれます。
しょうがないという感じで笑いながら手招きをして、わたしはお母さんの膝へ。抱っこしてもらって、頭を撫でてもらいます。背中をとん、とん、とあやしてもらいます。
マーちゃんは甘えんぼさんね。いつもお母さんはそう言いました。いいのです。お母さんの前ではあまあまマーちゃんなのです。
ぐりぐりとお母さんに頭をこすりつけて、お母さんはもっと甘えさせてくれて。ほんの少しの時間、それが毎日の楽しみでした。 - 3◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:20:47
ある日、入院していた人が亡くなりました。
わたしが何度かお話ししていた人でした。突然、海に向かって流れていってしまいました。
わたしはまだ、それがどういうことか分かりませんでした。分かっていたのは、もうお話しできないということだけ。
おうちに帰って、お布団に入って。いつものように眠ろうとしました。
でも、眠れません。頭の中でぐるぐるするのは、亡くなったあの人のこと。
色々なお話をしました。だけど、全部思い出せない。確かに記憶はあるのに、中身がどうしても出てこない。
こわくなりました。さむくなりました。一日も経っていないのに思い出が消えている。もっと時間が過ぎれば、もっと忘れる。
眠りたくない。眠ったらもう起きられなくて、お母さんとお話しできない。もう会えない。マーちゃんを忘れちゃう。思い出してもらえない。
やだ……やだ! お母さんを探して部屋を飛び出しました。お母さんはまだ起きていて、本を読んでいました。 - 4◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:22:28
マーちゃん? 驚いたように呼ぶお母さんにわたしは飛び込みます。
どうしたの? と聞かれても子供のわたしはぐずるばかりで何も言葉に出来ません。
お母さんは何も言えないわたしを怒ることなく、膝の上に抱っこしてくれました。両手で背中を支えて、とん、とん、といつものようにあやしてくれました。
そうしてもらっていると、段々と安心してきました。それを見計らって、お母さんはもう一度、どうしたの? と聞きます。
わたしはたどたどしく言葉にしました。死にたくない、消えたくない。何より、忘れられたくない。
お母さんはすぐに今日の出来事のせいだと分かりました。お母さんはそれからもしばらくあやしてくれて、やがて優しくマーちゃんに囁いてくれました。
お母さんは、マーちゃんを憶えているよ。 - 5◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:23:20
わたしはうそだと言いました。ひどい言葉ですが、信じられませんでした。みんな忘れちゃう。思い出してくれない。憶えていてなんて、くれない。
お母さんは、そんなことはないよ、と言いました。あなたが初めて寝返りをした日。初めてハイハイをした日。初めて歩いた日。
あなたが泣いた日。怒った日。笑った日。毎日初めてを見せてくれて、色々な顔を見せてくれて。その度に新しいマーちゃんを見つけて。
何より、あなたが生まれてきてくれて。
忘れることなんて出来ない。思い出さずにはいられない。だから、憶えているよ。いつまでも、いつまでも。
おかあさん……おかあさん……!!
わたしは、わあわあと泣きました。それまでも泣いていたのに、もっといっぱい泣きました。お母さんはもっと抱っこしてくれました。
時々わたしを抱っこしなおして、頭を撫でてくれて。背中を、とん、とん……とん、とん…… - 6◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:24:12
ごとん、ごとん……がたん。
あうち。ちょっと浮いたおしりがどっすんこです。どうやら、いつの間にかうつらうつらしていたようです。
懐かしい夢を見ました。少し悲しくて、いっぱい温かい夢を。
気付けばもう降りる駅でした。いそいそと荷物をまとめて、駅の外へ。あばれ妹に連絡を入れます。迎えは来ません。歩くだけで十分帰れる距離です。
それなのに、レーンを走っていきたい気持ちになります。お母さんの夢を見たせいでしょうか。
ぐっとこらえて、でも早歩きで進んでしまいます。お母さんはお仕事で忙しいでしょうから、いませんね。
逸る心を抑えて、おうちの屋根が見えてあと少し。あと少しだったのに、わたしは駆け出していました。
お土産の袋をがさがさと揺らして、足元を見ずに転びそうになって。家の前にいたお母さんに向かってわたしは飛び込みます。 - 7◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:25:19
お仕事は休みだったのでしょうか。そんな疑問をよそにお母さんはくすくすと笑います。そんなに慌てなくても。
ちょっと恥ずかしくなって、わたしは飛び込んだ身体をもっと押し付けます。
マーちゃん、甘えんぼさんに戻っちゃった? 冗談めかしてお母さんが言います。
戻ってはいないのです。お母さんの前では、マーちゃんはいつだってあまあまマーちゃんなのです。
そんな意味を込めて、わたしは頭をぐりぐりします。言葉にしていないのに、お母さんは分かっているという返事のように、マーちゃんを抱っこしてくれます。
わたしをあやしてくれた両手は、昔に比べてしわが増えました。幼いわたしをすっぽり包んでくれた身体は、少し小さくなりました。
いつかは、終わりが来ます。来てしまいます。命は流れて、海へ行くものです。お母さんも、マーちゃんも、誰であっても。
でも、お母さんは憶えていてくれます。マーちゃんも、憶えています。だから、こわさもさむさもあっても、マーちゃんは不安じゃありません。
マーちゃん、お母さんを憶えているよ。
お母さん、マーちゃんを憶えていてね。
おかあさん。ただいま。 - 8◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 19:26:29
以上です。今日はマーちゃんの誕生日ですね。憶えてくれている人、去年よりずっと増えたと思います。
- 9二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:34:15
とてもよかった
- 10二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:35:17
なんでそんなマーチャンエミュ上手いん?????ありがとうなんとも言えないエモーショナルエンジンかかったわ
少し関係ない話になっちゃうけど、マーチャンと中の人が同じキャラが居て、そのキャラは自分の目的や名前を忘れていながらも主人公らを助けてたいい子だったんだけど…最期がめっちゃしんどい展開だったから、マーチャンのこんな話見ると涙出てきちまうんよ…
ありがとう - 11二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:36:37
素敵なSSに出会えたこの瞬間をずっと覚えていたいです
マーチャンお誕生日おめでとうございます
書いてくださってありがとうございます - 12二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:41:55
口下手な私には、この素晴らしいSSへの感想を満足のいく形に書き上げることができません
だから、ただこの言葉を送らせてください
ありがとうございます - 13◆zrJQn9eU.SDR23/03/05(日) 20:26:29