【SS】マーチャン・ネバー・ダイ

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:49:32

    川の流れに乗って、全ての命は最期に海へと行き着く……それは、誰にも等しく訪れる結末なのです。
    とても悲しいことですけど……仕方ないのです。

    『アストンマーチャンを、覚えていてね』

    だからわたしは、今日も人形と共に呟きます。
    キュートでラブリーなウルトラスーパーマスコット。
    世界中の人に愛されて、いつまでもいつまでもマーちゃんのことが刻まれますように。
    今日も、明後日も、ずっとずっと……。

    レースを走って、よろしくねと手を振って。
    そうこうしているうちに、ぐるりと年月が1周します。
    おめでとうの言葉を重ねる度に、マーちゃんはまたひとつ、大人の階段を『下る』のです。

    ぐるり、ぐるりと下るうち……あれまびっくり、気づけばマーちゃんには、新しい家庭ができていたのでした――

  • 2二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:50:22

    「おつかれさまです、今日の出来はどうですか?」

    デスクに座って全身をストレッチしている背中に声をかけます。

    「ん〜……ふぅ。渾身の出来かな!だって今日はバースデー回だからね」

    今日はお誕生日。マーちゃんは料理の腕も超一流、精巧なキャラプレートを作るなんておちゃのこさいさいなのです、ぶい。
    四コマと一緒にケーキの写真も一緒にアップして、注目度は倍々ゲームの如しです。

    「ふむふむ……今日のイラストは一段とクオリティのキレが良いですね。特に本日の主役がとってもプリティー」

    まん丸とした頬とか、非常に良く特徴を捉えていますね。マーちゃん先生が赤ペンはなまるをあげちゃいましょう。

    「これもまた、アルバムの新しい1枚になるからね」

    「当の本人は、気持ちいいくらいにぐっすりですけれど」

    2人の視線は共に、ベッドルームの方へと向けられます。
    ――あ、肝心なことを言い忘れていました。
    今日誕生日をお祝いしたのはマーちゃんではありません。

    まだまだ幼い……マーちゃんと彼の、大事な娘です。

  • 3二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:51:11

    「マーちゃん謹製ホットミルクです、どうぞ」

    オソロのマーチャンカップをふたつ持って隣に座ります。
    夜寝る前までの僅かな時間を、二人きりで過ごします。
    平日彼女が保育園に行っているあいだは二人お仕事がありますし、休日はもちろんお世話をしなければなりませんから。

    「ありがとう……あ、さっき撮った写真見ようか」

    「ぜひぜひ!愛娘のベストショット、じっくり目に焼き付けさせてくださいね」

    タブレットの電源を入れ、ミルク片手に鑑賞会の始まりです。
    ふうふう必死にロウソクを消そうとする顔、ママのケーキに舌づつみをうつ顔……そして、家族3人での満開スマイル。
    どれもこれも、大切な記憶のアルバムにしっかりと焼き付いています。
    ……もちろん、印刷して紙のアルバム作成も怠ってはいませんけど。

    「今日の写真、マーチャン的には……何点?」

    「それはもちろん、120点満点です」

    「やった!動画もあるからね、そっちは明日にでも3人で見よう」

    うふふと、大きな音を立てないよう笑い合います。

    マーちゃんは今、とっても幸せです。
    こうして『家族』という大きな船に乗れるなんて――
    学園生だった頃は、想像もしていませんでした。

  • 4二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:51:59

    川の流れは、長さは、みんな人それぞれです。
    いつまでもずっと隣に、なんて望みは叶いっこないものなのです。
    だから、わたしの喜怒哀楽も、海へ辿り着くまでの旅路も……わたし独りのだけもの。
    大人にって、歳をとって、おばあちゃんになって……。
    ずっとそうだと思っていたのに。

    あなたと出会って、新しい路が見えてきたのです。

    「……マーちゃん、とっても不思議です」

    「うん……その心は?」

    「マーチャンがママーチャンになるなんて……全く、これっぽっちも考えつきませんでした」

    大人になると新しい視点が生まれる、なんてよく言われてますけれど。
    そんな単純な話ではなく……なんと言ったらよいのやら。

    「考えつかない?というより……呼ぶ声に、わざと隠されていたような感じなのです」

    「隠されていた……」

    病院は流れ着く場所だけではなく、新しい流れの生まれる場所。それを1番近くで見ていたはずなのに……片方にばかり意識を持っていかれていたような気がするのです。

    「はい。分流の片方が大岩でせき止められていて、垂幕までする念入りっぷり。これでは到底見ることができません」

    「そう、か」

    彼にも、思い当たる節があるのかもしれません。今となっては懐かしい思い出話ですが。

  • 5二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:53:01

    『だから、さようなら』

    『マーチャンのこと、みんなに伝えてください。トレーナーさん』

    わたしが呼ぶ声に全てを委ねようとしていた時、あなたは海まで追いかけて来てくれましたね。

    『嫌だ』

    『君もいなきゃ嫌だ』

    あの瞬間が、ひとつと大きな分流だったのでしょう。あなたがいなければ、間違いなく今のマーちゃんはここには居ないのです。

    「でも安心してください……今はもう大丈夫です。だって、わたしたちはひとつの船ですので」

    ぎゅっと握り拳なあなたのおててを、マーちゃんの柔らかハンドで解きほぐします。

    「こうして船に乗って、マーちゃんの中には驚くべき新発見が見えてきたのです」

    それは、アストンマーチャンが忘れられないもうひとつの方法。

    「海へと流れ着くこと、忘れられること。それは誰しもが少なからず恐ろしいと思っています……だというのに、マーちゃんを真似してマスコットになりたがる人は、あまりいません。昔は、それを不思議に思うこともありました」

    みんなは普通で、マーちゃんは少しヘンな子。そう割り切っていましたけれど、今なら分かります。マスコットになる以外に、忘れられない方法が。

  • 6二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:53:47

    「新しい川の流れ――命を繋ぐ、ことだったのですね」

    寝室で寝ている娘の顔が思い浮びます。
    人も、動物さんも植物さんもみんなそう。
    流れの途中に大好きな誰かさんと出会って、新たな命をつくる。
    新たに生まれた命が大きくなると、また大好きな誰かと出会い命が生まれ――
    そうやって、この世界は続いてきたのです。
    引き出しの奥にしまわれたマスコットを懐かしむのは、彼だけではなくて。
    その子供、孫、そのまた子供……みんなみんな、同じなのです。
    名前は残らないかもしれません。行いは消えてしまうかもしれません。
    ――それでも。繋いだ命は、必ず残ります。

    「わたしも……この流れの中に、乗っても良いのですね」

    何年も前……幼かったわたしは、そんな大きな流れには乗れないと心のどこかで感じていたのでした。
    だけれど、です。

    「もちろん。マーチャンも俺もあの子も……みんな一緒だ」

    掌と掌、指と指が合わさって、ぽかぽかとした熱を作り出します。
    ここに、あの夜の約束があります。

    「はい。可能な限り、ずっと一緒です」

    少しずつ少しずつ、命は下流へと流れていきます。
    乗組員の多い船、座礁する日もいっぱいあります。
    でもそれ以上に。
    この過ぎていく時間がたまらなく――愛おしいのです。

  • 7二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:54:49

    「コップも空になっちゃったね。片付けてそろそろ寝たいから……どいてくれるとありがたいんだけど」

    鑑賞会もひと段落。彼はおやすみしようと考えているようですが……そうはマーちゃんが卸しません。
    初めは隣同士だった席位置……彼の隙をみて、俊敏マーちゃんは膝上特等席をゲットしていたのでした。
    まるでにんにん、忍者のようです。

    「明日は確か……おやすみでしたよね?」

    「う、うん。そうだけど……」

    大人になった今でも、マーちゃんの夢は変わっていません。
    アストンマーチャンを、覚えてもらうこと。
    夢のためなら、マーちゃんなんでも進んで頑張ります。
    ええ……なんでも、です。

    「命を繋ぐ……と先程お話しましたけど」

    昨今は人の生き方も十人十色。マーちゃんのようにママになりたい人もいれば、そうでない人もいます。
    娘がどんな道を選ぶかは……親としてきちんと尊重しないといけません。

    「マーちゃんの流れを途絶えさせないためには、繋がる流れはできるだけ多い方がいいのです。マーちゃんの壮大な樹形図計画は、始まったばかりなのです」

    ぐいっと体を回転させて、コアラさん抱っこの形になります。
    体と体がくっついて、鼻と鼻がごっつんこしそうです。
    ぽかぽかは今や、芯の奥まで広がっています。

    「ですから……ね?」

    顔だけは困り果てているあなたですけど、マーチャンアイにはお見通しです。
    長い長い夜はまだ、始まったばかり――

  • 8二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:55:12

    なのですが、今日のお話はこれでおしまい。

    ここから先は、わたしと彼の……二人だけの、秘密のアルバムなので。


    Fin.

  • 9二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:57:08

    ウマ娘のマーチャンがマスコットになりたがるキャラなのは、実バの辿った一生が要因なのは周知の通りだと思います

    現実では子供をなせなかった、だからこそウマ娘世界でのマーチャンには存分に幸せな家庭を築いて欲しいと願って止まない幻覚でした

    マーチャン、誕生日おめでとう!


    SSのタイトルはマーチャンの大好きなスパイ映画のタイトルから

    前回のマーチャン↓

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  • 10二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 19:58:53
  • 11二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 21:42:54

    ありがとうございます……
    家庭を築けて受け継がれるものを残す事ができたマーチャンはいいぞ…。

  • 12二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 21:50:01

    よきものを拝見させていただきました

  • 13二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 21:53:21

    いいssでした

    スレタイに忍殺みを感じた

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/05(日) 22:03:49

    ホットミルクのように暖かくて甘いSSをありがとう

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 07:45:21

    >>13 というか第3部のサブタイが「Ninja Slayer Never Dies」だから人によっては「アッ忍殺スレ?」って反応になるレベル なった

  • 16二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 08:20:32

    元ネタは007かと
    面白いから是非見て欲しい

  • 17二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 08:51:37

    >>16

    テンポがめちゃくちゃ良いので007初心者にもオススメ

  • 18二次元好きの匿名さん23/03/06(月) 09:52:00

オススメ

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