【SS】白の色、幸せの色

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:39:49

    かつて、私は白色だった。
    何色にも染まることのできない無色だった。

    得意な走り方も距離適性も分からない。
    言葉も行動も常に人より遅れていて。
    自分を自分と定義する色というものが、まるでなかったのだ。

    「ハッピーミークさん。残っているのは貴方だけよ?」

    「……ごめんなさい。すぐに終わらせます……」

    教官が呆れたように私に告げていた。
    他の子たちはとっくに定められた練習メニューを終えている。
    がらんどうになってしまったグラウンドは、酷く荒涼として見えた。

    「……また乗り遅れた……」

    みんなと同じペースで練習をしようと思っても。
    どれだけ歩調を合わせようと思っても。
    どうしても追いつくことができない。並ぶことができない。
    ワンテンポ遅れてばかりいる。
    私――ハッピーミークとは、そういうウマ娘だったのだ。

  • 2二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:40:10

    けれども、練習を投げ出したりはしなかった。
    ゆっくりでも、他の子に置いて行かれても。
    必ず最後までトレーニングをやり遂げると決めていた。
    それだけが私に残った、最後の意地だったから。

    「……ふぅ」

    一人ぼっちのグラウンドで孤独な足掻きを続ける。
    今にも沈まんとする太陽は、酷く寂しそうな光を見せていた。

    ずっと思っていた。
    練習を続けていれば変われるはず。何かが分かるはず。
    ひたすらに頑張って、頑張って――でも結局何も見つからなかった。
    自分が出来ることも、出来ないことすらも分からない。
    冷たいグラウンドの真ん中に、無色で迷子なウマ娘だけがそこにいた。

    とにかくもがいて、もがいて――迷い続けた先で。
    私はついに『その人』と出会ったのだ。

  • 3二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:40:38

    「はじめまして。私、トレーナーの桐生院葵です!」

    名門桐生院家のトレーナー。
    いかにも人当たりの良さそうな顔と精神性。
    多くの期待を寄せられている新人トレーナーの噂は聞いていた。

    でも、ちょっと変わった人だった。
    普通の人は、置いてけぼりになっている私なんかを見ないから。

    「私、貴方のやると決めたことを投げ出さない姿に……たくさん励まされたんです」

    なんだか、よくわからなかったけれど。

    「ハッピーミークさん。……私の担当ウマ娘に……なっていただけませんか?」

    他人に認められることは、自分を必要としてくれることは。
    それだけでも格別に嬉しいことだったのだ。
    差し出された手を取りながら、私は本当に久しぶりに笑うことが出来た。

  • 4二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:41:05

    灼熱の太陽が照らす砂浜を必死に駆けて行く。
    砂が足を絡めとって酷く走りにくい。
    タイムを気にするよりも、走りきることを意識する。

    「……ふっ……ふっ……!」

    「いいですよ、ミーク!」

    季節は、クラシック期の夏へと推移していた。
    クラシック戦線を鮮やかに彩る同期達と比べて。
    私はまたも置いて行かれていたのだった。

    砂浜を走る足が重い。息が苦しい。
    成長がいまひとつ感じられない。
    タイムもあまり縮まない。
    私は所謂『晩成型』というやつらしかった。
    他の人よりも本格化のピークが一足遅れてやってくる。
    こんな所までワンテンポ遅れてほしくなかった、と酷く自嘲した。

  • 5二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:41:38

    けれども、変わったことが一つだけあった。

    「……ごめんなさい。……トレーナーに、クラシック路線の名誉をあげられなくて……」

    「いいえ、ミークにもミークのペースがあります。急がす、私たちのペースでやっていきましょう!」

    「……はい、りょうかいです。………私たちのペースで」

    私は白色のままだったけれども――もう迷子ではなかった。

    「貴方は素晴らしいウマ娘です。必ず開花するんですから!」

    「……ふふ。……がんばります」

    その言葉は酷く耳に心地よかった。
    ここまで私に期待してくれる人なんて、これまで誰もいなかったから。

    桐生院トレーナーは期待していた。信じていた。
    私――ハッピーミークというウマ娘の素質を、輝きを。
    私自身が思うよりもずっとひたむきに信じていた。

    だからきっと、私も安心してトレーナーに身を任せられるのだ。
    夏の眩しい太陽は、私達の背を押すように燦々と輝き続けていた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:42:08

    『年内に重賞レース制覇』

    未勝利戦を脱出してもいまいち伸びきらない。
    スローペースの私達が掲げた目標だった。

    けれども。

    重賞レースに出ては勝てず。
    負けて、負けて――負け続けて。
    数えるのも億劫な位、敗北を経験した。

    そのたびに。

    「やりました!トレーナー!」

    「ええ、おめでとう!」

    勝利したウマ娘とそのトレーナーのとても幸せそうな姿を目にした。
    白色のままの自分にとって、その幸福な色は劇薬のように魅力的で。
    自分もああなりたいと思ってしまった。
    トレーナーと幸せになりたいと強く強く願った。夢に見た。

    「……もっと強く。………もっともっと……」

    負けの立て込む白色の、曇天の空の下で。
    私は何度も幸せを求めて、手を伸ばし続けていた。

  • 7二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:42:35

    何度目かも分からなくなった重賞レース。
    雨上がりの空は青く透き通っている。
    今日こそは勝てるかもしれない――
    不思議とそんな予感がした。

    結局、シニア級まで重賞勝利は叶わなかったけれども。
    ようやく本格化がピークを迎え始めた。
    タイムが目に見える位縮んだ。
    歯がゆい思いをしながら耐え忍んだ成果が。
    着実に芽生え始めたのだった。

    もちろん、順風満帆な道のりだった訳じゃない。

    「……私のペースでって……言われたのに……。……勝手に自主トレして、たおれて……」

    ――焦るあまり、私が隠れて自主トレを行って倒れてしまう。

    「ごめんなさいミーク……私が未熟なばっかりに……!」

    ――勝てないことに責任を感じたトレーナーとすれ違ってしまう。

    数々のトラブルがあった。
    諦めかけたこともあった。
    けれども、何度もトレーナーと話し合って、理解を深めて。
    お互いに信頼を深めた。歩調を合わせた。
    自分たちのペースで頑張ろうと改めて誓い合って。
    2人で一緒に、少しずつ進んできた。

  • 8二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:42:56

    今までとは確実に違う感覚。
    ターフを踏む足が軽い。
    自分の思うがままに体が動く。
    背を押す爽やかな風は、私をゴールまで導いてくれるかのようだった。
    トレーナーが育ててくれた自慢の足を精一杯踏み出す。

    『凄い脚だ!ハッピーミークがここで上がってきました!』

    未熟で遅れがちな私を優しく見守ってくれた人がいた。
    不器用ながらも、本気で私を慮ってくれた人がいた。
    白色のままの自分に、期待してくれる人がいた。

    勝利という幸せを、誰よりも分かち合いたい人がいた。

    ただそれだけだった。孤独だった頃のつまらない意地なんかじゃない。
    トレーナーと一緒に喜びたいから。幸せになりたいから。
    どれほど苦しくても諦めない、頑張って見せる。
    私がその選択をするに足るただ一つの理由だった。

    『ハッピーミーク!ハッピーミークだ!悲願の重賞制覇を成し遂げました!』

    レース場の空では、虹が嬉々として顔を覗かせている。
    私はこの日、初めてトレーナーの期待に応えることが出来たのだ。

  • 9二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:43:37

    「本当に……本当におめでとう、ミーク! 私を信じてくれて、頑張ってくれてありがとう……!」

    「……ふふ、トレーナー……喜びすぎ……」

    夢にまで見た幸せを、涙目のトレーナーと2人で存分に共有する。
    言葉にも尽くせないような暖かな心地だった。幸せな色だった。

    私はこの時、自分という真っ白なキャンバスが、初めて何かに染まるのを感じた。
    そして、ふと思った。
    『ハッピーミーク』というウマ娘はきっと、『桐生院トレーナー』と幸せを共有することで、初めて完成するものだったのだ――

    空には依然として、上機嫌な虹がかかり続けている。
    手に持った重賞トロフィーもまた多彩に、自慢げに輝いていた。
    トレーナーの嬉し涙も、どこか誇らしげな色を見せていた。

    「……私、トレーナーと会えてよかったです。……ほんとうに幸せです」

    色とりどりの光に照らされながら。
    私は、はにかむように笑ったのだった。

  • 10123/03/07(火) 19:46:19

    お読みいただいた方々、誠にありがとうございました!
    新育成シナリオでミークと葵ちゃんのコンビの掘り下げがあってとっても嬉しかったのです。
    ついこんなSSを書いてしまいました。
    この2人の二次創作が増えることをいつでもお待ちしております。

  • 11123/03/07(火) 19:46:50
  • 12二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:52:15

    良いねぇ

  • 13二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:53:34

    可愛いし暖かい

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 19:55:26

    ハッピーミークを育成したいと思う反面…
    ミークあくまでも桐生院の専属であって欲しいという相反する心がある

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/07(火) 20:38:59

    ミークと桐生院トレーナーいいですよね……。自分も新シナリオやってなおさら好きになりました。
    と思ったら前作をみてワァッ…ってなりました。好きな話を書いてる人でしたか……。これからも応援しています。

  • 16二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 00:07:31

    感想ありがとうございます!大変励みになります!


    >>12

    お褒め頂きありがとうございます!

    少しでもこのコンビを魅力的に書けてたのなら幸いです。


    >>13

    ミークもこういうストーリーが似合うキャラだと思うのです。

    可愛くてあったかいストーリーを目指してみました!


    >>14

    分かりみしかないです……!桐生院トレーナー操作モードとか出ないかしら。


    >>15

    この2人良いですよね……!

    前作もお読みいただき、しかも好きと言って頂けて嬉しい限りです!

    これからも機会があれば読んでやって下さい。

  • 17二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 03:37:10

    心情と情景がオーバーラップする描写、すき

  • 18二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 11:48:05

    なんと感想を書けばいいのか分からなくなってしまったので、とても良かったとだけ言わせてくださいな
    ちょっと泣きそう

  • 19二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 19:03:22

    ファンです……めちゃくちゃ泣きました……

    URAファイナルズのシナリオで、最後の最後だけミークが出てくるのがずっとずっと不思議で、今回の新育成シナリオでその様子を伺い知ることが出来、さらにこちらのお話を拝見して、
    はじめてURAファイナルズでミークに負けて一着を逃してしまった初期の頃を思い出しました。こういう積み重ねがあっての最終戦。新育成シナリオでも三女神差し置いていい着順になっているのをちらほら見かけるので、今後より一層ミークのことを応援したくなります。

    ラスト、白色が色鮮やかに染まっていくのが最高に好きです。素敵なお話拝見できて幸せです。ありがとうございました!

  • 20二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:38:13

    >>17

    いつもの神絵師様!?

    素敵なイラストありがとうございます!

    ミークの『色』と心情と背景描写の3つに掛けてみた情景描写を読み取って頂けるとは……!

    凝って書いてみた部分をお褒め頂けるととても光栄です。

    飛び上がる位嬉しかったです!ありがとうございました!


    >>18

    お読み頂きありがとうございます!

    ミークがメインのSSで心動かすものをお出しできたとしたら、作者冥利に尽きます。感想のお言葉、大変嬉しかったです!


    >>19

    お読み頂きありがとうございます!小生のファンと言って頂けて大変嬉しい限りです!

    新シナリオのミークの掘り下げが、本当に心動かされるもので……。ミークの努力する姿、桐生院トレーナーの優しく見守る描写がとても心に残りました。

    ミークの『色』を主軸に、力を込めて書きましたのでお褒め頂けて嬉しいです!

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