- 1二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:53:55
「『ワンダーアキュート 女神の砂浴び』…ですって」
自分についてのネット記事の見出しを、担当ウマ娘が読み上げる声。
トレーナー室に響くその声音には、少なからぬ困惑がうかがえた。
「トレーナーさん、この見出しだと、なんだかあたしが『女神さま』みたいよねぇ」
苦笑交じりの謙遜に、肯定も否定もしがたくて、曖昧な返事をしてしまう。
貸していたスマホを受け取ると、見出しのすぐ下には、彼女が砂塵の中で走る写真。
本文に目を通すと。相手の後ろにピタリとつけ、仕掛けどころで弾みをつけて抜き去る…先日見せた一連の勝ち方が、彼女の『得意技』と紹介されていた。
共に最初の三年を超え、さらに三年を超え、ワンダーアキュートはいまやトゥインクルシリーズきっての古豪だ。
彼女が重ねてきた勝利の中にも、何度か同じような勝ち方はあったし、『得意技』というか、得意な展開なのは間違いない…のだが。
「やっぱり、勝利インタビューで『女神さまに教わった』って答えたの、よくなかったかしら」 - 2二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:54:41
「いや、自分も三女神のことは皆が知ってるものだと思っていたし、不覚だったな」
学園に導入されたVRウマレーターと、そこにいる『三女神』の存在は、学園の事情にある程度詳しければ知っているはずだが…。
スクロールした先の本文では、『重ねた練習の末の閃きの比喩だろうか』などという、微妙に見当違いな考察が書かれていた。
この執筆者はあまりその辺に明るくないか…それとも、センセーショナルな見出しのために「わざと」勘違いしたか。判断がつきがたい。
「次からはウマレーターの話をしたときは、誤解の無いように補足しないとね……今日の乙名史さんには必要ないと思うけど」
画面端の時計を確認すれば、このあとの『月刊トゥインクル』のインタビューまで、まだ少し時間もある。
我々をデビューの頃から追っていた乙名史記者との付き合いは長いし、アキュートにも緊張はない。
……とはいえ。先の回答のこともあり、ふと思い立つ。ボールペンをマイク代わりに、彼女へ他人行儀で話しかけてみる。
「アキュートさん、アキュートさん、月刊トレセンです。少しお話いいでしょうか」
「……あぁ、練習かしら。はいはい、いいですよ」
瞬きとともに数拍置いて、こちらの意図を汲み取ると。椅子に腰かけたまま、心なし姿勢を正した。 - 3二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:55:36
「先日のG1勝利、おめでとうございます。砂を浴びながらの圧巻の走り、『女神の砂浴び』とたとえる方もいましたが」
「ありがとうねぇ。でも女神は大げさね、あれは…ええと、結局は『すとらっぷ・すとーむ』だもの」
…本番では間違えないよう、訂正を挟む。
「『スリップストリーム』ですね」
「そう、それ。だから……浴びにいってるわけではなくて…あたしにとってベストな位置が、たまたま砂を浴びるような場所、ってだけなのよね」
競争相手の後ろについて風の抵抗を減らし、消耗を抑える走法のこと。…だが、ダートでの実践には、芝のレースにはない懸念点がひとつ。
「とはいえ、目や耳に砂が多く飛びますよね、嫌ではないですか?」
これは半分は練習、だがもう半分は本心からの質問だった。ダートに挑むウマ娘の中には、顔に砂が当たることを嫌がり、集中が切れてしまう者もいる。 - 4二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:56:10
「ふふ、それがね、走ってる時は、それどころじゃないの」
……だが、彼女に限っては杞憂らしい。いい意味での図太さを……あるいは、持ち前の闘争心を発揮してくれているようだ。
走っているときの深い集中を『それどころじゃない』と表現するのが彼女らしい。
「視界の悪い中ですが、仕掛けるタイミングやコースは、どう見極めているのでしょうか」
「コースは、どのレース場も何度か走っているし、脚が覚えてるのよ。みんなの位置は……足音、息の音、あとは、…熱かしら」
「熱?」
聞き慣れない表現に、思わず聴き返す。
……我ながら、ちょっと記者っぽい。
「そう。ええとね、お日様や焚火にあたると、離れていてもあったかいでしょう?あれの、もっと熱い感じが皆からするのよ…するんです。それで、なんとなーくわかるの」
なかなか興味深い話だったが、練習であることを思い出し、インタビューでありがちな質問へ切り替える。
「そう、なんですね…そこまでわかっていても、やはり覚悟の伴う戦術とは思います。それに挑むにあたって、原動力のようなものはあるのでしょうか」
するとアキュートは、「そうねぇ」と合わせた両手を口元にあてると…やがて名案を閃いたように、耳を立てた。 - 5二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:57:18
「あたしの頑張ってる姿を見てほしい人が、何人もいるのよ。…でも、一番はトレーナーさんね」
……自分、とは。
想定の答えになかった一言に、動揺のまま聞いてしまう。
「と、いいますと」
「レースはね、あたしだけじゃなくて、あのひとの頑張りの成果も、一緒に見せられる機会だもの。あの人ね、最初に会った時は自信をすっかり無くしてたのよ。だからあたしが…」
…シームレスに出会いの話へ移行し始めてきた。本番でも、そうでなくても、本人の前でそれは勘弁願いたい。あわててここらで打ち切ろうとする。
「な、なるほど、ではそろそろお時間ですね、貴重なお話ありがとうございました」
「…それが今はねぇ、勝った時は自分が勝ったみたいに喜ぶのよ。それがかわいくて、かわいくて」
夢中で話を続ける…フリをしているが…間違いない、彼女に遊ばれている。
耳はしっかりとこっちを向いているし、いたずらっぽい表情からも確信できた。
「アキュート。おしまい、おしまいです」
記者のフリもやめ、彼女の口の前に人差し指を立てて、今度こそ打ち切る。
「もうおしまいかしら?…なら、交代しましょ」
「…いや、本当にそろそろ取材の時間だし」
「じゃあ…一問だけ」
おねがい、と手を合わせ。
こちらの目と、未だノックの無いドアの方を交互に見る。
…こうなると、彼女は譲らないことは知っている。せめて早く終わらせようと、一問だけねと確認し、促す。 - 6二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:58:22
「ふふ。ワンダーアキュートさんの『女神の砂浴び』、どう思いますか?」
先の自分と同じような質問に、先の彼女と同じように、謙遜しようとして。
…やっぱり、少し、いじわるがしたくなった。
「的確な表現だと、思います」
「あら」
「少なくとも自分にとって、彼女は勝利の女神……なので」
……思いついたは良いが、言いきってから、だんだんと恥ずかしくなってきた。
「…おや、まぁ」
聞いた側も、顔を赤くしてうつむいてしまった。沈黙が気まずい。
「じゃあ、今度こそおしまいね。乙名史さん、迷ってないか見てくる」
言い訳するように用を作り、ドアを開けると。
「す、す、すばらしいです!」
当の、乙名史記者の叫びが、目の前から。 - 7二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:59:14
「インタビューへの事前練習をしてくださっていることも、ですが!なによりもその内容!!
トレーナーさんの頑張りに報いるため、砂の中だろうと果敢に飛び込むアキュートさんに、自分にとっての勝利の女神であるアキュートさんのためならば砂の中火の中水の中森の中へ飛び込む担当トレーナー…!!なんてすばらしい二人三脚!!これはすぐに記事にしなければ…!」
ちらと見えた手元のメモには、すでにびっしりと書き込みが。まさか。
「乙名史さん!さては結構前からお越しになってたんですね!それはおまたせしました今すぐ始めましょう」
「いいえ!先程の会話を使わせていただければ、もう十分すぎるくらいです!」
そう言って、今にも駆けださんとする彼女との押し問答を経て。
どうにか、トレーナーとウマ娘、揃って頬を赤くしてのインタビューへこぎつけたのだった。
了 - 8二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 20:59:45
拙者、普段は退廃的概念好き侍と名乗りしもの。一太刀失礼した。
ここならば自分の『進化スキル』がかの世界ではどんな扱いか、意見を交わせると聞いたのだが。 - 9二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 21:12:17
SSスレだと思わずに開いた結果とんでもない文字の砂嵐を浴びせられた
素敵だった - 10二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 21:17:21
不意打ちやめい
そういう解釈もアリか、ってなるSSであった - 11二次元好きの匿名さん23/03/08(水) 21:23:26
アキュートもアキュトレもカワイイ
- 12二次元好きの匿名さん23/03/09(木) 08:22:26
ごちそうさまです
うつむいちゃうばぁばカワイイね - 13二次元好きの匿名さん23/03/09(木) 08:35:55
しゅき……それしか言えない……