白日に芽吹く二季草

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:53:05

     年初から続いていた厳しい寒さも一月、二月と過ぎると寒暖を繰り返しながら徐々に暖かくなるもので、時たま寒い日こそはあれども踊るように吹き抜ける春一番が顔をくすぐるといよいよ春の到来を感じさせる。スイープの言う、太陽に住む春の妖精とはおてんばさんなのかもしれない。

     そんな中、春の木漏れ日のような穏やかな世間とは対象的に俺は1つの悩みを抱えていた。別に悲観的なものではないのだが、何ともこう…どう動くべきなのか判断に迷ってしまっている自分がいる。

    「お返し…菓子は鉄板だろうけど…うーん…」

     自分しかいないトレーナー室でスマートフォンの画面とにらめっこしながら独り言を呟く。朧げに照らされた液晶には2023 ホワイトデー特集と記された、どこにでもありそうなネット記事が映っているがこの手の記事をかれこれ10件はサーフィンしている。

     悩んでいる理由。それは、スイープに何を返すのが一番なのかてんで見当がついてない事である。

     第一候補としてはお菓子なのだが…見てる感じだとただのお菓子のはずなのにこれは喜ばれる、これはアウトと何やら菓子言葉なるものがあるようでややこしくなる。スイープはお菓子大好きっ子だから気にせず食べそうなものだが彼女もお年頃、もしかしたらその辺に聡いかもしれない。

     では、何故俺がスイープのその辺の感情を気にするかと言うと…バレンタインの彼女からの贈り物にある。ただの市販のチョコならばこっちも雑に考える事が出来たのだが、彼女の祖母と協力して作った一点物のチョコをメッセージカード付きで貰ってしまった。

     食ってから見ろと言われたメッセージカードを指示通り完食してから確認すると、要はこれを食べたら今以上にスイープの言いなりになる…と言う可愛い魔法の籠もった贈り物だった。…しかし、このメッセージカードの内容が背中に重くのしかかり、今の俺の悩みのタネになってしまっている。

  • 2二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:53:21

     まず、このメッセージ。前半部分は彼女の祖母が祖父にあげた時のエピソードが語られており、微笑ましいエピソードだななんて思って見ていたのだが…裏を返すと現在夫婦関係にある祖父母の青春の恋愛話を現代にて再現しようとしている事にもなる。

     しかも、当事者である彼女の祖母が協力して作っている事から仮にスイープは何も思っていなくとも、無意識に並々ならぬ想いを持っていると祖母が勘付いて助力したのではと考えると生半可な物でお茶を濁す訳にもいかない。

     加えて、スイープが渡した時のリアクション。普段から使い魔として共に行動しているので忠誠心が揺らぐ事は今更無いし、確かめるまでもないだろう。にも関わらず彼女はすぐ食べるように急かし、完食してからメッセージを見るよう念押ししたのだ。

     紫の瞳を幽かに揺らしながら、頬を朱に染めて。

     これらの要素を全て統合して考えると、自惚でなければ恐らくスイープは俺に対して悪からぬ想いを宿している…と思われる。そう考えた途端、お菓子の詰合せがベストだろうと考えていたこちらの計画は根本から崩れ去ってしまい今に至る。

     もちろん彼女の気持ちは嬉しい。今まで使い魔としてついてきた矜持もあったし、温泉旅行も行った間柄ではあるので一言では済まない関係であるとも思っていた。

     しかし、感情とは裏腹に己を律する部分もまた大きく警鐘を鳴らしている。

     前提として、スイープは競技者だ。競技者である以上求められるのはレースでの好成績であったり、ファンとの交流を通じた自身の成長。そこに恋愛感情を挟む事は可能性を狭める枷になるのではないか、現をぬかしてパフォーマンスに影響が出ないか。懸念点は挙げればキリがない。

     加えて、互いの年齢差。便宜上は中等部だが、現時点の年齢は飛び級で入学したのもあって学年に対して幼い。俺がロリコンの謂れを受けるのはこの際無視したとしても、彼女自身に悪しき風評が回るのではないかと考えるとそちらの方が耐えられなくなる。

     何よりも…彼女が恋に酔っている可能性も否めない。恐らく彼女にとってこれが初めての恋愛だろうし…。

     …だが、だからと言ってそう諭すのは彼女に失礼だし想いを否定するようで俺も嫌だ。嬉しい事には間違いないのだから。

    「どうしよう…」

     結局、答えを出せずに当日を迎えるのだった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:53:46

     今日も変わらず春爛漫の陽気で、外ではセイウンスカイがお昼寝しているのを見かけるくらいには緩やかな春の空気が巷を包んでいる。

     今年のホワイトデーは平日だったので学園の授業終りにお出かけする事になった。合流した時点でスイープのテンションは最高潮で、果たして何がもらえるのかとワクワクしきりの様子だった。

     今日はスイープの希望で植物園にやって来た。ここら一帯では指折りの品種を誇るそうで、都外の観光客も結構やって来る人気観光スポットでもあるが平日なのが尾を引いたのか空いている。これなら他人を気にせず楽しめそうだと楽しみにしているとスイープからついに催促される。

    「ねぇ、使い魔。アタシに渡すもの、あるんじゃないかしら?」
    「もちろん用意してますとも。はい、ハッピーホワイトデー」

     一瞬ドキッとしたが何て事はない、普段の感謝の気持ちを贈るだけだとキレイに包装されたマカロンの箱をスイープに渡す。キョトンとした顔で箱を掲げ、少しムスッとした顔で俺に尋ねてくる。

    「なにこれ、お菓子?」
    「開けてからのお楽しみ…と言いたいけどマカロンだよ」

     あの後、どうすべきかわからなくて結局菓子言葉的にも無難なマカロンを購入した。あなたは特別な人という意味が込められているそうで、魔法が使えるスイープを特別視するという意味でもいけそうだから我ながら瓢箪から駒のようなチョイスになったなと思う。

     しかし、そう思っていたのは俺だけのようで────。

    「…バカバカバカァー!」
    「ええぇ…?」

     大外れだったようだ。両手を上下に動かしていつものワガママ言う時の仕草を見せて抗議の意を示すスイープ。一応、貰ってこそはくれたのだがそれ以降、プクッと頬を膨らませながら無言でズンズンと前に進むのをただついていくしかない。やってしまった、また失敗か───。

    「…なによ、この世の終わりみたいな顔しちゃって」
    「いや、だって…君をまたガッカリさせてしまったし」

     どうしていつもこうなのだろう。努力が必ずしも報われるわけじゃないのは理解しているけど、自分の担当も満足に喜ばせる事も出来ないなんて。きっとスイープだって肩透かしで失望しただろうなと思うと気が滅入る。

     もう地蔵にでもなって朽ち果ててしまいたいとすら思い始めた矢先、スイープがため息混じりに切り出す。

  • 4二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:54:00

     ふーん…じゃあ、もう一回だけチャンスをあげようかしら?

  • 5二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:54:21

     スイープの言葉を聞き、自己嫌悪で少し俯いていた顔が上がる。視線の先にいたスイープは、やっとこっちを見たかと呆れ顔をしており何だか申し訳なくなる。そんなこっちの気持ちなぞどこ吹く風と彼女は続ける。

    「聞きなさい使い魔。アタシはね、マカロンに怒った訳じゃないの」
    「それ、本当にアンタがスイーピーの事を考えに考えて出した答えなの?」

     瞳に貫かれた俺は、返す言葉もなかった。どうすればいいのかわからなくて、彼女の贈り物の真意を深読みしようとして当り障りのないものを選んだ。そうすれば間違いはないはずだと思ったから。

     だが、結果として確かに間違いではなかったが失敗だった。最初から見るべき所を見ていなかったんだ。

    「…どうすればいいのかわからなくて。でも、喜んでほしい気持ちは確かにあって」
    「そんなとこだろうと思った。まったく、アンタってヘンテコなくせにわかりやすいヤツよね」

     ジトッとした目で睨みつけながら腕を組むスイープにまたも顔が下がりそうになるが何とか堪える。この場でスイープの顔を見れないのならいつもと変わらない、目を逸らすなと脳が心を一喝する。

    「あのね、アタシは別にアンタが悩んで選んだものなら石ころでも貰ってやったわよ」
    「アンタにしかわからない価値のあるものをスイーピーに貢いだ訳だからね」
    「でもそれは違うでしょ?何となくブナンなものにしておけばって気持ちもあったんじゃないかしら」
    「ホント、大人ってつまんない事考えるわよね」

     ここまで図星を突かれると一周周って彼女の観察眼に感心してしまう。いや、今はそんな暢気な事を考える場合ではないのだが…。

    「別にプレゼントなんてアタシが喜びそうなもので固定しろなんて言わないわ」
    「だってそうでしょ?アタシだってアンタが欲しいものじゃなくてアタシがあげたいものをあげたんだから」
    「…それに、スイーピーのギフトへの答えがそれでホントに良いと納得出来たの?」
    「それ、は…」

     返答に窮して言葉が詰まってしまう。スイープの言うように本当にこれでいいのかと思う部分は少なからずはあった。だけど、贈る以上は下手なものはダメだと奥手に…常識的に立ち回った結果がこれである。

     常識を覆してきた魔女たるスイープに、常識を押し付けようとした時点で失敗だったと今になって漸く気付くのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:54:53

    「…もう一回、この使い魔めに挽回のチャンスを戴けませんか」
    「あら、やる気になったのね!いいわ、スイーピーは心が広いからダメダメな使い魔にもう一度チャンスを与えてあげる」

     こちらの意思を確認し、スイープの表情が少し晴れやかになる。手元のパンフレットを拡げながらちょっとこっちに来いと無言で手招きをするので彼女の側に立つ。

    「ここの植物園は植えられている品種を鉢植えで売ってる所もあるみたいなの」
    「今からアンタに時間を与えるわ。だから、園内を見回ってその中でこれって思うものを買ってスイーピーに贈りなさい」
    「当たり前だけど選んでる間、アタシは一切の口出しをしない。買ったものは使い魔の気持ちが籠もったギフトとして捉えるわ」
    「…どう?人の顔色を窺ってばっかのダメダメ使い魔にやる度胸はあるかしら?」

     勝ち気な笑みを浮かべてこちらを煽るようにスイープは胸を張る。いわばノーヒントでこの園内にある植物を自分の目で見極めて贈るという事で、先程よりも大分ハードルが上がったが────。

    「先に言っておくけど、期待して待ってるわよ?」
    「…なんで?」
    「あのねぇ。スイーピーが魔法少女としてメキメキ成長してる間、アンタは何一つ変わらなかったのかしら?」
    「違うでしょ!間近で見てたアタシはそうと思わないもん」
    「それに、今の使い魔ならある程度の答えが出せるとアタシは思ってるわよ?」
    「たまには使い魔としてレベルアップしてるとこ、形にして見せなさいよねっ」

     激励するように背中を軽く叩かれる。軽くでもウマ娘のパワーともなればかなりの力ではあるが…彼女からの応援と思えば痛くも痒くもあるが辛くはない。軽くよろけそうになりつつも堪え、改めて意思表示をする。

    「わかった。善処させて…」
    「むぅ〜!」
    「…最大限悩ませていただきます!」
    「ん、よろしい♪」

     そうだ、スイープが欲しいのは妥協の産物ではなくてスイープの為に悩んだ結果、得た答えなのだ。保険をかけるような事を言うのはチャンスをくれた彼女に失礼極まりない。言い訳の効かない、自分の中における至高のものに辿り着く為にはそんな考えは足枷でしかない。

     …それに、彼女が言うように俺だって変わったはずだ。自信を持って選ぼうと、決意を新たに歩を進めるのだった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:55:14

     スイープの言うように植物園の中は様々な品種の花が咲き誇っており、特に一面にきれいに整備されるように咲いたパンジーや白百合の群生エリアは圧巻の一言で自分が今贈るものを探している状況にある事すら忘れてしまいそうになる。

    (…やるべき事を見失うなよ)

     己に喝を入れ直し、園内を散策してどれがいいかと考えながら吟味するのだが…。

    (うーん、どれがいいとかじゃなくて目移りして集中出来ない…!)

     その手の良し悪しが分かる人間ならば良かったのだが、持ち合わせていない俺から見たら植物園の草花が見事なのもあってどれも全て良く映るのだ。アレがいいかな…と思ったらこれもアリだなとなり全くと言っていいほど頭の中が整理されず、堂々巡りを繰り返している。

     しかも、良し悪しこそはわからないがスイープからもっと花の事を知るように指示され、ちょこちょこ勉強していたのでど魅力的に映る花の持つ花言葉がよろしくなくて断念…なんてものもあった。いっそその手の知識が空っぽだったら変に気にせず選べたのだろうが…。

    (…一旦、あの時の流れを掘り起こそう)

     このままでは埒が明かないと、スイープからチョコを貰った時の状況を思い出す。…あの時も一面の花が咲き誇る花畑をバックに貰ったんだっけ。

     頬を少し紅潮させ、すぐ食べるよう促したあの時はどうにもスイープらしくないなと感じたのが第一の感想だった。自信満々に感謝しろとでも言わんばかりに渡してくるのかと想像していたのだが、やけにしおらしくて悪いものでも食べたのかと少し心配になる程度には違和感があった。

     後になって俺に対して悪からぬ想いを抱いているのではないかと気付いてからは納得こそしたが…ここでスイープの先程言った事を思い出す。

    『アタシだってアンタが欲しいものじゃなくてアタシがあげたいものをあげたんだから』

     スイープがあげたかったもの。それはお菓子に秘められた想いの丈ではないだろうか。こっちが受け入れるか拒むかは別として、ちゃんと形にして伝えたくてかつての自分の祖父母の青春の一幕を倣い、彼女も渡した。故に俺のどっちつかずな判断を怒った。

    「…スイープトウショウ、か」

     なら、俺が出すべき答えは────。

  • 8二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:55:32

    「…よし、選べたよ」

     空が茜色に染まりだす頃、納得の行く結論が出せたので鉢植えを携えてベンチで待ってもらっていたスイープの前に立つ。飲みきったジュースの容器を傍らのゴミ箱に放り投げ、やっとかと言わんばかりにフンと鼻息を吐く。

    「やーっと終わったのね!こんだけ待たせたんだから、半端なもんだったら承知しないわよ?」
    「…まあ、それは君次第かな…」

     チクリと己の小心が騒めきだして少しだけ不安を覚えるが自信を持てと叱責し、袋を渡す。

    「どれどれ〜?…これって」
    「…藤の花?」

     スイープがとても意外そうな顔で袋の中と俺の顔を見比べる。恐らく想定外だったのだろうか、何で?と顔に書いてあるように目をパチクリとしているのが少し可愛い。解せないスイープにその意図を説明する。

    「君の世を忍ぶ仮の名前のトウショウってさ、漢字で書くと藤正じゃない?導入はそこだった」
    「そこから、考えてみると藤の花って君らしいなって思ってね」
    「スイープの勝負服は華美な黒や菱模様の装飾があるけどさ、ローブや帽子の内側は一貫して淡い青みのある紫…藤色じゃん」
    「藤は古来からこの国でも親しまれてきた、日本的な美を象徴する伝統色なんだ」
    「普段は明るくて快活だけど、その実慎ましくも嫋やかな美しさも内包している。だから勝負服も絡めてこれがいいなって」

     決め手は、藤の花を見た際に正月の晴れ着を着たスイープを見た時を思い出した事。普段は、未知なる魔法を求めて走り回る好奇心旺盛な少女は、その対局とも言える衣装を纏うと雰囲気が一変し、カメラさんやメイクさんの努力もあるだろうが、思わず見惚れてしまった自分がいた。

     彼女は、未来の大魔女は色んな姿になれると笑っていたが、本当にそんな気がしてしまう。藤の花が風に煽られて揺れた時、気ままに揺れる袖を従えるように石段を登る彼女を思い出して、手が伸びた。

    それまでのスイープトウショウが壊れたのではなく、新たな一面に魅せられたのを改めて自覚したのだ。

     …だが、本意はもっと底にある。いつもなら言わなくても良い事だからと飲み込むが、今は違う。誠意を見せてくれたご主人さまに応えるべく、文字通り想いの全てを吐露する。

  • 9二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:55:50

    「…あとは、バレンタインの答えとしてもこれを贈ったつもりだ」
    「?どういう意味よ、それ」

     言葉の真意を汲み取れず、眉を顰めてこちらを見やるスイープを真っ直ぐ見据え返して続ける。

    「メッセージカードの書いてある事やあの時の君のリアクションを見て、何となく君が俺に悪くない感情を抱いてるのは分かった」
    「だからこれはその返答。藤の花言葉は───」

    「恋に酔う」

    「…多分だけど君は恋に酔っていると思った。だから、これを選ばせてもらった」
    「な…なによ…それ…」

     こちらからの返答を聞き、そんな事を聞きたかったわけじゃないと言わんばかりに顔がみるみる歪んでいくスイープから目をそらさずに見つめる。正直、そのリアクション自体は想定出来ていたが…見るとキツイものがある。

     否定したくないのは間違いなかったが、やはりスイープの今までの遍歴を考えると恋というものを理解してない中で、初めて身近に現れた献身的な男性…俺に幼心が故に恋心を抱いたのが一番大きいのではないかと感じた。

     世界というのは見渡してみると本当に広い。その中でもスイープは殊更に広い世界すらも狭く感じてしまうような大きな存在になるのは間違いないだろう。したがって、彼女に最もふさわしい男性が他に居る、と。

    「じゃあアンタは…スイーピーの想いを熱に魘された時に見た夢だとでも言うの…?」
    「…ああ」

     スイープの瞳が決壊寸前になるのを見て、そりゃそういう反応になるよなと分かりきっていたとは言えども罪悪感で支配される。しかし、繕わないと決めたのだからここで折れたら何も意味がないだろうとギュッと拳を作って耐える。…話は、まだ終わっていないのだから。

    「でもね、それは俺も多分同じなんだ」
    「え…?」

     泣いてはならぬと我慢しているのか、鼻を鳴らしつつも唇をかみしめて堪えるように俺を睨みつけるスイープに言う。…ここからは、大真面目なカミングアウトだ。息を吐いて、心の準備を整える。

  • 10二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:56:17

    「本来、花言葉っていうのは自分の想いや気持ちを贈る相手に向けて花で表現するでしょ」
    「だから、藤を贈った俺も…恋に酔っているんだと思う」
    「────」
    「だってそうだろ、立場を考えたら君からの想いを突っぱねないといけないのに…喜んでいる自分がいたんだから」

     そう、スイープの気持ちそのものは迷惑とは感じなかったし、むしろ嬉しくて仕方がなかった。出会った頃の一方的な関係こそは変わっていないが彼女と過ごす中でたくさんの成長した部分を見せてくれたし、一緒に成長して大成した間柄なのだから。

     そんな彼女が俺に想いを寄せていたのだから嬉しかったし大事に思ってくれてたんだなと一方通行の感情ではない事に安堵すらした。こういう時、真っ先に彼女は学生なんだからとか、年端も行かない中等部なんだからとか、逡巡するもののはずだが…先に来たのは喜びの感情。

     これを、恋に酔っていると言わずして何と申すのか?ご主人さまがご主人さまならその使い魔は使い魔という話だ。

    「…俺は、指導する立場の人間としてはだいぶ失格だ」
    「こういう時、教え子を諭せるのが三流、怒れるのが二流、無視出来るのが一流なんだろうけど…俺には何も出来なかった」
    「ダメダメだな、ホント」

     自嘲気味に笑いながらスイープの方を見るともはや堰き止めるつもりはないと言わんばかりに目から数多の感情を零していた。流石にギョッとしてハンカチで目元を押さえて落ち着いてもらうように努める。誰もいないけど一応公共の場だし…。

    「…じゃあ、何でそんな回りくどく言ったのよ」
    「あ、やっぱりそうなりますよね…」

     落ち着いた頃、スイープからムスッとした顔で至極真っ当な質問を受ける。そりゃそうだ、そもそも恋に酔っていると初めから伝えておけばスイープはべそをかかずに済んだだろうし彼女からしたら恥をかかされた気分だろう。

     しかし、これにも一応ちゃんとした理由がある。

    「スイープってさ、藤には別名があるっていうのは知ってる?」
    「…」

     知らないか、と苦笑交じりに跡の遺った涙の軌跡を拭きながら続ける。

    「藤はね、二季草って言われてるんだ」

  • 11二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:56:43

    「藤の花は4月から5月頃…旧暦の晩春から初夏にかけて咲く事からこう付けられたんだって」
    「しかも面白いのがこの花は年によっては一度花びらが散っても7月頃にまた咲く事もあるからそう言われることもあるらしい」
    「…まあ、つまり何が言いたいかって話なんだけどさ」

    「一度咲いた感情が恋に酔ってたとしても、二度も咲けば…それはもう、言い逃れの出来ない“恋”だと思わない?」
    「言い逃れの出来ない、恋…っ!?」

     俺の言葉をオウム返しのように繰り返すスイープはどこか理解を得たようで掴みきれない顔をしていたが、言葉の真意を汲み取ったのか頬どころか顔が真っ赤になる。

     確かに一度だけの刹那的な恋慕は、熱にあてられたような恋に恋する少女の成長の一途でしかないのかもしれない。しかし、その想いがもう一度花開くのならば疑いようのない純心と言って差し支えないだろう。

    「だから俺はこれを君に贈るよ。…君なら、きっとその感情が熱に浮かされたものじゃないと証明できるはずだ」
    「ち、ちがうもん!スイーピーは、使い魔のことなんて…!」

     あたふたと、手をバタバタさせながら自分はそんな感情なぞ微塵とて持っていないと言わんばかりに誤魔化そうとするスイープ。いやさっきスイーピーの想いとか言ってただろうに…何だ、向こうもなんだかんだで緊張してたんだな…。

     なら、使い魔…ではなく男としてすべき事は────。

    「俺は違わないよ」
    「え───」
    「…俺は君の事が好きだよ。一人の女性として」
    「でも、この熱に浮かされた気持ちは一旦封印する」
    「俺達にはまだまだやらなきゃならない事がいっぱいあるし、やりたい事もいっぱいあるからな」
    「それが終わってからでも遅くない…そう思うんだ」

     おそらくこんな事が世間に知れ渡ったら懲戒沙汰になるだろうしスイープトウショウのブランドにだって傷がつくのも避けられないだろう。

     だけど、よそ見をしようと何度もしたけどやっぱり出来なかった。デメリットなんて挙げればキリが無いし子供の浮かれた恋心と言い聞かせていれば自制することも出来ただろうが…彼女の想いを無視するのは使い魔としてではなく一人の男としてどうにも許せなかった。

     だから今は感情を吐き、蓋をする。ズルい気もしたけどいつも振り回されまくってるんだからこれくらい許してほしい。

  • 12二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:57:25

    「…なによ、そんな素振り一回も見せなかったくせに」
    「正直、俺も自覚したというか気付かされたのは君からチョコ貰ってからだしね…」

     俺からの告白を受けて完全にテンパってしまったスイープを一旦なだめようとベンチに移る。夕日に照らされたからか、スイープの顔はいつも以上に赤く見える。そんなにも俺からの言葉に心を乱されたのだろうか…?

    「使い魔はいつからアタシに惹かれてたと思ってるの?」
    「えぇ…いつだろ」

     臆せず言うのも憚れるくらい恥ずかしい事を気軽に聞いてくるなあと彼女が赤面する基準に疑問を抱きつつも質問の答えを考える。

     彼女との思い出で一番鮮明に記憶に残っているものが恐らく惹かれ始めた時期と言っていいだろう。ではいつだろうかと答えを求めると1つしかなかった。

    「…はは」
    「きゅ、急になによ…一人で笑っちゃって!気持ち悪〜…」
    「ああいや…いつだろうなって考えてたんだけどさ…」

    「多分、初めて君の走りを見かけた時から俺は君の虜になってたのかなって。大分長い恋愛してるな俺って思うと何か可笑しくて」

     間違いない。俺が彼女に惹かれ始めたのは、先行するウマ娘を一閃の光が一人、また一人とズンズン抜いて一着を取ったあの景色を見た時だ。それはこの世で最も眩く、そして鮮やかに瞬く光だった。そんな胸が踊るような一筋の光を────、

     魔法みたいだと、魅入られてしまったんだった。ああ、そうだ。そうだったんだ、俺はひと目見た時から────。

    「一目惚れしてたんだろうな、俺は」
    「…えっ」

     だってそうだろう。一筋の箒星に導かれ、その軌跡をなぞるように追いかけ続けて。俺の事なんかお構いなしに自由気儘にルートを変えるように、時には真っ直ぐ進むように…形を変えて光輝を増す箒星に呆れるどころか吸い込まれるように惹かれていったのだ。

     これを一目惚れと言わないのなら世の中の恋愛事情は複雑怪奇の極みだ。

     我が事ながらスイープへの入れ込みっぷりを自覚すればするほどヤバい奴なんじゃないかと恐怖を覚えていると隣からか細いソプラノの声が聞こえてくる。

  • 13二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 19:58:06

    「ウソじゃないのよね」
    「嘘つけるほど俺が器用な人間じゃないってのはスイープが一番知ってるでしょ?」

     今更そんなの確認するまでもだろうと促すと唸った後に鼻を鳴らしてそっぽを向かれる。否定しようとしたんだろうけど悲しいかな、当てはまってしまったが故の照れ隠しだろうか。スイープの次の言葉を待っていると、首を明後日の方に向けながらポツリと切り出す。

    「…でも、その気持ちに蓋しちゃうんだ」
    「!───、…そうだね」

     寂しそうに漏れるスイープの声に一瞬逡巡しつつも頷く。さっきも言ったが、今はやるべき事の方が多いしそもそも仮にお互いが好き合っていたとしても立場は学生と指導者。憚られて然るべき関係なのだ。

     だから俺は一旦この想いに蓋をする。でも、見ないようには絶対にしない。あくまで最も大事なのはスイープという事実は多分蓋をしていても変わる事はないだろうし、そこだけは捻じ曲げたくない。向かい合うのは全て成した後だ。

    「全てを満足するまでやりきった時、君がもう一度咲かせる事が出来たのなら俺も蓋を開けて向かい合うよ」
    「───っ、じゃあっ」

     我ながらなんて自分勝手な言い分。目の前のワガママ魔女もかくやの言いたい放題に苦笑いしているとスイープが体を寄せてくる。

    「スイーピーがその想いを咲かせるまで…ずっと一緒にいなさい」
    「…もし、咲かせたらどうするの?」
    「その時は────」

     果たしてどんな答えが返ってくるんだろうと少し緊張していると、至近距離まで顔が近づき────。

    「…教えてなんかやーらない!ベーッだ」
    「…ぷ、アハハ!何だそれ…あっコラ、待ていたずらっ子!」
    「へーんだ!残念でしたー♪ほらほら、悔しかったら捕まえてみなさい?」

     ドアップであっかんべーをされ、あんまりにも予想外なのもあって力が抜けて笑ってしまう。そのまま、やはり気儘に逃げて駆け回る箒星を掴もうと追いかけ始めるのだった。

     …もしかしたら、そこは流れ的にキスじゃないのか?なんて声が上がるかもしれない。正直、こっちもまさかと一瞬固まってしまったが…俺達はこれでいいのだ。3月14日、たしかに魔法少女と使い魔の想いの詰まった二季草の蕾は、並んで寄り添うように芽吹いたのだから。

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 20:01:16

    ホワイトデー当日の投稿は無理そうなので今日やっちゃいました。
    …バレンタインのよりかは短いけどそれでも少し長くなっちゃいましたね、どうか許し亭

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 20:04:44

    あ、それと1つ訂正です。
    冒頭の春の妖精は正しくは春の魔女でした…まあ、どっちでも変わらないのでしょうが念の為アナウンス入れておきます…

  • 16二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 20:26:36

    すき…
    今回はだいぶ自覚ある使い魔だった…

  • 17二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 21:08:18

    藤の花言葉:忠実な、恋に酔う、優しさ、歓迎、決して離さない

    使い魔さんそういう事ですか!?

  • 18二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 21:20:44

    ミ゚ッ

  • 19二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 21:27:37

    スイーピーの優しさに溢れた言動すき
    何となくこんな洒落たもんを持って来れるわけがないって謎の信頼があったんだろうなあ

  • 20二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 22:26:49

    本心に対してちゃんと本心を見せて応えるのはいいねぇ
    後半の畳み掛けがすごくすき

  • 21二次元好きの匿名さん23/03/11(土) 22:31:31

    相変わらず言い回しが上手い
    ごちそうさまでした

  • 22二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 07:54:18

    朝あげ
    空気感がとても好みでした

  • 23二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 14:50:12

    スイープのバレンタインのムーブは育成でも微笑ましかったしイベントも表情がグッとくるものがあったからなあ
    楽しませてもらいました👍

  • 24二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 17:31:41

    すばらしい
    他の作品もあれば教えて欲しい

  • 25スレ主23/03/12(日) 20:20:13

    たくさんのご感想ありがとうございます。

    いただいたお言葉を書くものにどんどん活かせたらと思います。


    過去作とかは基本まとめてないので書いたものを覚えていてもタイトルをすぐ忘れちゃうので実質わからない状態ですね。記憶力がスカスカ…


    SSの感想や意見交換をするスレにて載せた物を置いておきますね。繰り返しになりますがお付き合いいただき誠にありがとうございました。

    間の悪い2月14日|あにまん掲示板世の中、“間が悪い”という時がある。 例えば、別に疚しい事をしている訳でもないのだが、そのタイミングがタイムリーだったばかりに勘違いを生んだり。 例えば、噂話をしている時に渦中の人が通りがかり、急に心…bbs.animanch.com
  • 26二次元好きの匿名さん23/03/12(日) 23:59:09

    応援スレ見てなきゃ気付かなかった…
    毎度スイープの可愛さもさる事ながら、使い魔の一本気な親愛?忠誠?がたまらないですね

  • 27二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 09:10:29

    読ませていただきました
    最後のやりとりが実に2人らしくて微笑ましかったです

  • 28二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 18:08:21

    仕事中に読んでまったので今自分が気持ち悪いニヤケヅラしてるのがわかる

  • 29二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 22:41:13

    凄く良かったです

  • 30二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 06:46:51

    冒頭の入りがなかなか好み
    豊かな表現力、楽しませていただきました

オススメ

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