【SS】ヒシミラクルとプールと、紫の蹄鉄のおじさん

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:46:36

     放課後。麗しき放課後。
     わたし、ヒシミラクルは教室でクラスの友達と一緒に雑誌を広げ、お菓子を持ち込んでガールズトークと洒落込みます。

     放課後。ああ麗しき放課後。
     嫌なトレーニングなんてこの世には存在しない。
     わたしは自由。素晴らしい時間……。

    「ヒシミーさ、今日トレーニングの日じゃなかったっけ?」
    「そうそう。いつも水曜が休みのはずじゃん。大丈夫なん? サボり?」
     お菓子に手を伸ばし。雑誌に載っている夏物のファッション……水着のページがちらりと見えたので、少し体を起こしたところ。
     友達たちがわたしを見ます。

     ふむ。そういう見方もあるでしょう。いい質問です。
     たしかに今日は木曜日で、大切なトレーニングがある日とも言えるかもしれません。

     でも、わたしは胸を張って答えます。
    「大丈夫。今日は行かなくていいトレーニングの日なのです」
     ふんと鼻息荒く答えると、友人たちは首を傾げました。

    「そんな日ってあるの?」
    「あるのです」
    「マジで。結構自由じゃん。アタシもそういう担当トレーナーにスカウトされたいな~」
     まだ本格化が来ていない友達が羨ましそうにわたしを見ます。
     それにちょっと胸が痛む感じもしますが……気が付かなかったことにします。

  • 2二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:46:51

     ──その時です。
     教室の外。廊下の遠くでカランカランと乾いた金属音が聞こえてきました。
     わたし達ウマ娘はみんなこの手の音に敏感なのです。嫌いでもあったりします。
    「何の音だろ」
    「空き缶? ゴミの回収かな」
    「でもゴミ袋に入ってる感じじゃないよね」

     ああ。絶望の音が聞こえます。
     その音は徐々にスピードを上げて、わたしの教室に近づいてきます。

     ……出遅れました。
     もっとゲート練習をしておくべきだったかもしれません。そもそも短距離が苦手なのです。マイルも苦手です。中距離は、まあ、なんとかなりそうな気がしています。
     その長所をなんとか伸ばすためとはいえ、あんな、あんな酷い、非ウマ娘道的なトレーニングを……。

    「ちょ、ちょっと失礼します」
     わたしは友達を押しのけ机にぶつかりながら、教室の隅にある掃除用具入れのロッカーに向かいます。
     そしてその中に入りました。

  • 3二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:47:02

    「ヒシミー?」
    「ここには誰もいないのです。もし誰か来たら、誰もいないと伝えておいてください」
    「え、え?」
     ロッカーの扉を締めます。この窮屈さはゲート中を思い出して嫌になりますが、我慢です。あの息すらできない場所よりマシだと思えば。

     それからすぐに、教室のドアが開く音がしました。

    「ごめん、ヒシミラクルを見なかった?」
     カラカラという耳障りな音とともに、聞き慣れた声が聞こえてきます。
     友人たちは、その言葉に何も答えません。
     さすがわたしの親友たち、いないものはいないと伝えてくれるはずです。

     ……でも、なんで彼の足音と耳障りな音がこっちに近づいてくるのでしょう。
     わたしはロッカーの隙間からそっと外を伺います。

     そこには、みんな無言でこっちを指さしているのと。
     それを背中に受けてロッカーの前に立つ見慣れた顔がありました。

     裏切り者……。

    「ヒシミラクル。出てこい。今日はプールに行くぞ」
     ──ああ。
     絶望の時間の始まりです。

  • 4二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:47:12

    「カンカンはやめてください」
     棒の先っぽに空き缶がついた、トレーナーさんお手性の凶悪なシロモノ。それを手に持つ彼を、わたしは精一杯で睨んでみます。
     カンカンの音に追い立てられて、結局私は水着に着替えてプールサイドに集合させらてしまいました。

    「ヒシミラクルがちゃんと泳ぐなら使わないんだけどな……。とりあえず柔軟はもういいから」
    「いや、まだです。まだまだです」
     ひんやりと冷たいプールサイドにあるマットの上で、これでもかと体のあちこちを伸ばします。

    「もう20分はやってるだろ。もう十分だ。さ、プールに入って」
     トレーナーさんがわたしを引き起こすために手を差し出してきますが、それにプイとそっぽを向いてみせます。

    「……視線がいやらしいです。ジロジロ見すぎです。訴訟問題です。担当トレーナーに無理やり水着を着せられて、いやらしい目で見られたって学園とURAに報告します」
    「そういうのはマジで困るからやめようね」
     はぁとため息を付いた彼が私の前にしゃがみ込みます。
     えっちな視線は感じません。幸いなことに。

  • 5二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:47:26

    「……プールトレーニングの大切さは散々説明しただろう。今のヒシミラクルには足に負担をかけない全身運動と、スタミナをつけるための心肺機能を強化が大切なんだって」
    「それくらいわかっているのです」
     散々聞きました。
     バカにしているんでしょうか。まったく。

    「じゃあ、いい加減プールに入ろうか」
     彼が再び手を伸ばしてきますが、わたしはそれをスイと避けます。

    「柔軟がまだ足りないのです」
    「散々やっただろう」
    「体の柔軟は終わりました。でもまだ心の柔軟が足りないのです」
    「……」
     耳元でカラリと音が鳴ります。
     その不愉快な騒音に思わず体がのけぞったところを、トレーナーさんに掴まれます。

    「さあ、入るぞ。心の柔軟は水の中でやってもらう」
    「ひぃ~。助けて~。みなさん助けてください~。この人が私をプールに沈めようとするんです。お水のウマ娘になってしまいます。たーすーけーて~」
     彼をズルズルと引きずりながら、周りに助けを求めるのですけど。
     みんな笑うばかりで、誰も助けてはくれないのです。
     いつものように。

  • 6二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:47:38

    「……ヒシミラクル。応援してくれる人が、いるんだろう? その人のために苦手なことでも頑張ってみないか」
    「うっ……」
     トレーナーさんを引きずったまま逃げようとしたところで、彼から告げられた言葉。
     その言葉には、足を止めざるを得ません。

     ──紫の蹄鉄のおじさん。

     メイクデビューで負けてしまって、それからも負け続けて。
     まだ未勝利の私に、欠かさずファンレターを送ってくれる優しい人。
     差出人がどんな人かは知りません。手紙には名前すら書いていないのです。
     でも、いつも便箋に、紫色の綺麗な蹄鉄のスタンプが押してあるので、そう呼ぶことにしていました。

     「紫の蹄鉄、はわかるけど……なんでおじさんなんだ? 誰からの手紙かはわからないんだろう?」
     「手紙からおじさんっぽい匂いがするのです。トレーナーさんみたいな」
     「……俺はまだ20代半ばだぞ……おじさんの匂いはしないだろ……たぶん……」
     ファンレターのことをトレーナーさんに話した時、彼はなぜかすごくショックを受けていたみたいですが……よくわかりません。
     そういうお年頃なのでしょう。

     それはともかく。
     応援している人がいるのに、頑張らないのはやっぱり良くないです。

    「……うぅ……わかりました。ちょっとだけですよ」
     私だって走るために、この学園に来たウマ娘なのですから。
     ……泳ぐためではないです。決して。

  • 7二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:47:49

     ビート板というものは偉大です。人類史の中で最高の発明と言ってもいいかもしれません。
     いえ、これは最低の発明でしょうか。こんなものが必要になる世界は最低です。

     その最高か最低かわからない救いの板を抱えたまま。
     ぼんやりと浮かんでいると、またカラカラという音が近づいてきます。
    「こら。サボってないで泳げ」
    「今泳ごうとしてたところなのです。あーあ。トレーナーさんが急かすからやる気が無くなってしまいました」
     顔が浸からないよう、バランスを崩さないよう。必死で彼を睨みます。

    「お前ねえ。……まだ200mしか泳いでないぞ。今日はせめて5kmは泳いで欲しいんだが」
    「無茶を言わないでください。そんな距離をウマ娘が泳げるわけがないのです」
    「先週はなんとかギリギリ泳いだだろ……」

     トレーナーさんが私を急かすように、空き缶を近くで鳴らします。
     ああもう、それは嫌です。嫌ですけど泳ぐのはもっと嫌です。一人で泳ぐのも、こうやって周りに泳ぎが下手なのを晒すのも耐えられません。
     せめて。せめて自分よりも遅くて、それでも一緒に泳いでくれる人がいたらいいのに。
     そんな期待を込めて彼をジッと見つめます。

  • 8二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:47:59

    「……わかった。わかったから」
     トレーナーさんが空き缶のついた棒をプールサイドに片付けて。服を脱ぎ始めました。

    「今日も一緒に泳いでやるから。……併走ならぬ、併泳、始めるぞ」
     すでに中に水着を着ていたようです。
     意外と肉付きの良い体にちょっとドキッとしてしまうのは不覚というものでしょう。
     といっても、最初からあんな体ではなかったです。
     私と一緒に泳ぎ始めてから体が引き締まったようでした。

    「俺が勝ったら明日もプールで泳いでもらうからな」
     そう言ってトレーナーさんは私の隣のレーンに入ります。

    「ヒトがウマ娘に勝つのなんて、百年早いのです」
     そして私はカンカンを鳴らさない彼の横を、偉大なる発明とともにジャバジャバとバタ足で逃げることにしました。
     逃げるのは、あんまり得意ではないのですけど。

  • 9二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:48:10

     勝負はもちろん私の勝ちでした。ヒトがウマ娘に勝てるわけがないのです。
     「その、ビート板を……使わ、なくなってから……威張ろうな」などと息も絶え絶えに訴えられても、へっちゃらです。
     ビート板を使わないなんて、ありえません。
     沈んでしまうじゃないですか。

     塩素くさい体のまま、「まだ仕事が残っているから」と言ってトレーナー室に残るトレーナーさんに挨拶をして。私は寮に帰ります。

     泳がされてヘトヘトになった体の横を、温かい風が横切っていきます。
     もう、春はおしまいです。
     次のレースは何戦目の未勝利戦になるのでしょうか。数えるのが嫌で忘れてしまいました。

     クラシックの立派なレースで走るみんなが羨ましい……なんて焦りはもちろんあります。もう諦めたくなる時も。でも。
     「きっと君は勝てる」……そんなファンの応援を、それから一応トレーナーさんの言葉を信じて、次も頑張ってみたいです。

     でもカンカンだけはやめてほしいです。本気で。
     次見つけたら、あの棒はどこかに隠してしまおうと思います。

  • 10二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:48:28

    「ヒシミー。ファンレターが届いてるよ」
     部屋に戻るとまた手紙が届いていました。
     私はそれを受け取って、急いで封を開けます。

    『先日の未勝利戦、お疲れ様でした。
     残念な結果に終わりましたが、めげずに走り続けているあなたは美しいです。
     いつかは奇跡のような勝利に脚が届くと信じています。
     日々のトレーニング、がんばってください。

     あなたのファンより』

     末尾には、いつもの紫色の蹄鉄のスタンプが押されていました。



     私は手紙を顔に近づけます。

     ……インクの匂い。
     そしてどこか慣れ親しんだ年上の男性の、おじさんっぽい匂い。
     それから。
    「プールの匂いが……するような」

     おじさんは泳ぐのが好きなのかもしれません。
     私はもちろん、好きではないですが。
     でも、ファンの好きなことなら……もうちょっと頑張ってみようかなと思ったりもしました。


    おしまい

  • 11二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:49:08

    まだキャラデザしかわかってないのに書いてしまいました。
    わいやアホや……

  • 12二次元好きの匿名さん23/03/13(月) 20:49:42

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