- 1二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:06:48
3月14日。春本番を通り越し、初夏を先取りするような陽気から逃れるように、自動ドアを二人並んでくぐる。
空調の快適さに一息ついて、暖かかったねと聞けば、そうねぇ、とのんびりした声が隣から返ってきた。
担当ウマ娘、ワンダーアキュートと踏み入ったのは、学園に近いショッピングモール。
今日は彼女の誕生日であり、ホワイトデーでもある。例年は、バレンタインに律儀に贈り物をくれる彼女へのお返しも兼ね、プレゼントを贈るのが恒例だった。
だが、今年は彼女の好きそうな物を用意する前に、一緒に選びたいと誘われたのだ。
一緒に選びたいもの、となると。やはり定番の服やアクセサリーか。はたまた普段はためらってしまう、上等な和菓子を一緒に食べる、という可能性もある。花束なら花屋、そういえば……。
……あとは、以前ボクササイズに興味を持っていたし、スポーツ用品店も、という具合に、昨夜の内に、好きそうな店の候補は目星をつけて来た。
しかし、いざ彼女に欲しい物の候補はあるか尋ねた時。それらの想定はすべて『またの機会』になってしまった。
「今回は、おはしが欲しいのよねぇ」
おはし、とは。想定外だった。 - 2二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:07:16
しばし地図を睨んだのち、幸運にも箸専門店が入っているのを見つけた。
一歩踏み入れば、魔法の杖のごとく、ずらりと並んだ箸たちに出迎えられる。
長さ、デザイン、材質、産地、価格帯。様々な物を、ときに手に取りながら探す隣で眺めていれば。
「ね、この中から探したいんじゃけど、トレーナーさんはどうかしら」
やがてアキュートが指差した先を見て、一瞬固まる。素人目にもわかる、上品な箸たち。どれを選んだとしても、どこか上品な彼女には似合うだろう。
そこまで思っても、すぐに同意できなかったのは、掲げられた値札のせいではない。…決して。
一番の理由は、彼女の指したそれらがどれも…二膳のセットだったからだ。片方は女性用…ならば、もう片方は。
勘違いしている可能性にかけ、一応聞いてみる。
「そこのは全部、二つセットだけど」
「えぇ、そうね」
わかってますよ、という調子。
「…ふたつとも、君が使うの?」
こちらの問いに、きょとんとした表情をすると。すぐに微笑んで。
「あぁ、違うのよ。片方はあなたの分」
だから一緒に選びたいって言ったのよ、と補足されれば。いよいよそういうことらしい。
……だが、『それ』は、まだ我々には早いのでは?
「…まだ?」 - 3二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:07:49
「いや、まだ、じゃなくて、二人で…お店以外でご飯を食べる時もそうないし」
漏れ出ていたらしい失言をつつかれ、あわてて話題を逸らす。
君の分だけでいいのではと、言外に聞けば。
「…あぁ、ごめんなさい。そういうことなら、あなたの分はあたしが出して、はんぶんこでも」
値札を見た彼女が『察した』可能性は、あわてて否定する。
プレゼントする手前、ケチだとは思われたくない、そう思ってしまうのは年上の意地か。
「…なら、別にあたしもあなたも、それぞれのおうちで使う用に、どうかしら」
こちらの煮え切らない態度を前に、彼女にしては珍しく、怪訝そうな表情。
『それ』を声に出せば、これまでずっと引いていた一線から、はみ出してしまいそうで。
商品名に過ぎないとわかっていても、ここまで口にするのを躊躇っていた。
だが、こうなれば、いよいよ言うしかない。
「め、夫婦箸だし、やっぱり一緒に使うべきじゃないかな?って」 - 4二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:10:12
こちらの動揺をよそに、彼女はいつもの調子で続けてくる。
「えぇと、一組の『せっと』なのに、引き離したらかわいそうってことかしら」
認識は少しズレているが…そういうことにして、曖昧に頷く。
我々は夫婦でも、それ以前の関係でもないのでは、とは言えなかった。
「なんていうのかしら。むしろ離れ離れでも、というか、お箸を通して、力を借りたくてねぇ」
少し意味をとりかねていると、ええとね、と悩んだのち、補足する。
「同じお箸をご飯を食べれば、トレーナーさんも食べてるのかな、って思えるかなって、それなら減量や、増量するとき、もっと頑張れるって思ったのよ」
返って来たのは思ったよりも、ずっとストイックな理由。先程の自分の早合点を恥じ、目を逸らせば。
「……だめかしら?」
好機と見たか、覗き込むように目を合わせ、拝むように手を合わせ。小首をかしげる。
……結局、それが決め手だった。 - 5二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:11:10
その後。二人でじっくりと一組を選び抜き。
フードコートで『はちみー』を片手に一休みする頃には、窓の外の西日は沈もうとしていた。
並んで座るアキュートが、さっき買ったばかりの箸を眺める。
こちらの鞄にしまったものと、対になった色味の品。それぞれの箸頭には、同じカミツレの花の意匠。それを愛おしそうに撫でると、こちらに微笑みかける。
「あたしの誕生花なんて、よく知っとったね?」
ちょっとね、と返す。昨日花屋を調べる時、ついでにチェックした甲斐があった。
ひとしきり微笑み合ったあと、アキュートは視線を手元に戻すと、言葉を選ぶように、
「実はね、お店で話した……一緒に頑張りたいって理由は、まだ半分、でね?」
ぽつり、ぽつりと話し始める。
「うちの母ちゃんと父ちゃんね、ぜーんぶ、夫婦箸なんよ、お弁当のお箸まで」
全部。思わず鸚鵡返しすれば。
すごいでしょ、と照れたように笑う。
「前に、理由を聞いたんじゃけど。そうするとね、お互いがお互いのために、ちゃんとご飯を食べないとって思うんですって、じゃから…」 - 6二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:12:23
そこまで話すと、また言葉に迷う……いや、内容は決まっている。話すかどうか、話していいか迷っている、らしい。
頷いて促せば、やがて。
「……あなたにも、あたしと同じように、思って食べてくれたら嬉しいなって。それが理由の、もう半分なのよ」
教えてくれたもう半分は、彼女にしては珍しく、少しだけ早口で。
「あたしは晩ごはんの時に使うから…トレーナーさんも、ちゃんと晩ごはん、食べてね?」
そこまでが今年の誕生日プレゼントじゃからね、と締めくくった顔が、ほんの少し紅いのは。差し込む西日のせいだけではなさそうだった。 - 7二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:12:46
その後。
買った夫婦箸を使うのは、練習を終えた晩ごはんの時……加えて。
日曜のトレーニングがある時は、お昼に持っていくようになった。
そうすれば、一組の夫婦箸が揃うから。
了 - 8二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:14:26
以上、拙者、退廃的概念好き侍と名乗りしもの。
ワンダーアキュート、誕生日いとめでたきという祝いの気持ちのままに、書き連ねたものなり。お目汚し失礼した。
では。 - 9二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:15:50
このレスは削除されています
- 10二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 00:19:18
アキュートさんの持つたおやかな可愛らしさとトレーナーのことをしっとり大切に想ってくれる優しさがとても伝わってくる
彼女の素敵なところがたくさん詰まった良いSSをありがとう侍
自分もいつかアキュートさんのお話を書けるようになりたいな…… - 11二次元好きの匿名さん23/03/14(火) 11:59:46
誕生日SSありがとう侍
ばぁば可愛いな……