三女神で誰が一番かわいいか?

  • 1◆JeDP4cldSc23/03/14(火) 00:15:36

     トレセン学園に所属するトレーナーには男性が少なくない。ウマ娘達の体調管理、トレーニングやレースのスケジューリング、それに伴う事務作業など、トレーナーには体力が求められる。それと見目麗しく社会的な活躍も目覚ましいウマ娘に関われる仕事とあって、トレーナー業の男性からの人気は特に高い。しかし、実際はそんな華やかなものでもなく。女所帯では男たちの肩身は狭い。更衣室やトイレの数は言うまでもなく。普段の生活でも女尊男卑とまでは言わないが、そこはかとなく隅に隅に追いやられてしまうのである。そうなれば必然、男トレーナー達のコミュニティは密になるというもので。幾らかの派閥はあれど、男同士であれば半分以上は交友関係があるということも珍しくない。そして男たちが集まってする話なんて限られているもので。
     まだ子供の生徒たちを邪な目で見ることは理性が咎めるが、例えばたづなさんや、樫本理事長代理、後はグランドライブの運営に携わるライトハローなど、話の種は尽きない。

     今回の馬鹿話の議題は”三女神の中で誰が一番かわいいか”だ。

     VRウマレーターで関わることになった三女神の名前を模したAI。AIというと無機質なものに聞こえるが、実際のところはVR空間でウマ娘の姿をしている彼女たちは控えめにいって、とても美人なのである。

    「私はやっぱ……ゴドルフィンさんが一番かわいいと思うかな」

     今のところ、ダーレーアラビアンが一つ抜けて語られることが多い中、話の合間を縫って彼のプレゼンが始まる。

    「普段からさ、目つきとか優しくて、凄い癒やされるんだけど」

     少し早口で語り始める彼がゴドルフィンバルブに本気で恋しているのは、トレーナー間では周知の事実であった。

    「目を大きく開いときさ、吸い込まれるくらいきれいな緑色で、見つめられただけで息ができなくなる。それに、あんなに柔らかい雰囲気なのにジャージと短パンなのがギャップを感じて愛らしいし、その……足がとてもきれいだなって……」

  • 2◆JeDP4cldSc23/03/14(火) 00:15:51

     だんだん興が乗ってきたのかテンポが早くなっていく。同僚も流石に気持ち悪さを感じ始めた辺りで「でも」と彼はトーンダウンした。

    「時々、本当に時々だけど寂しそうな顔をしている時があって」

     その理由に彼は察しがついていた。彼女たちは、心の無い機械ではない。実際にどうなっているかは別として彼はそう確信していた。心あるウマ娘であり、レースに関わっている以上、どうしても避けられない欲求が一つある。

     それは、”勝ちたい”という欲求。誰よりも速く、一番前でゴールしたいという欲求がある。

     しかし、彼女たちはあくまでサポートが役割だ。教え導く立場の彼女たちは、一番になる、という欲求を満たしに行くことはできない。その在り方を変えたならば、彼女たちが自分自身を許せなくなるから。その二律背反にいるとき、彼女は、ゴドルフィンバルブはとても寂しそうな顔をする。

    「そういう時、側にいてあげたくなるんだ」

     自分じゃ力不足だとしても、気持ちの悪い余計なお世話だと分かっていても、彼女を一番に思っている誰かが居ると知らせたくなる。

    「ゴドルフィンさんはとても可愛らしくて、愛おしい」

     話し終えたとき、同僚が気まずそうな顔をしていることに彼はようやく気がつく。後ろ後ろと指を刺されて振り返ると、廊下を小走りに去っていく青いジャージが見えた。

    「……死ぬしか無い」

     何処まで話を聞かれていたのか。軽蔑されたりしないだろうか。そんな羞恥で彼は顔を真赤にした。

  • 3◆JeDP4cldSc23/03/14(火) 00:17:32
  • 4◆JeDP4cldSc23/03/14(火) 01:14:00

    「へえ、例の子羊くんがゴドルフィンについて熱弁していたと」

     部屋に戻ってくるなり、落ち着かない様子のゴドルフィンバルブを訝しみ、ダーレーアラビアンはデータベースから会話ログを引き出した。権限を持つとはいえ本来こういうことをするのはアウトなのだが、彼女にとっては同類が慌てふためいている原因を知る方が優先度が高いらしい。後でバイアリータークにこっぴどく怒られることが分かっていてもやってしまった。

    「ねえダーレー。あまりそういうの、見ない方が良いと思うわ~」
    「まあまあ、それでゴドルフィンはどうなのさ?」

     興味深そうに聞いてくるダーレーの表情はまさに知り合いの春を面白がっている少女のものだ。今の彼女たちを見てAIだと思う人間は誰も居ないだろう。本人たちも、自分たちの感情と、人工知能の演算能力が別物として機能している自覚はある。

    「わたし達はサポートAIだから~、彼の気持ちには応えられないわ」

     自覚があるからこそ、AIだという言葉を盾にして逃げようとする。人間と機械、実体と電脳世界の存在。報われない話だと演算せずとも分かる。
     その逃げ方をする時点で、彼のことを悪しからず思っていることは語るに落ちているのだが、ゴドルフィンバルブはそれに気が付かない。細めで分かりにくいものの目線は泳いでいるし、尻尾も耳も絶えず揺れている。
     計算能力を働かせればもっと邪推されない返答があるはずなのに、それを使わなかった。普通の人間には気付けずとも、同じ存在であるダーレーには分かってしまう。

    「んー」

     ダーレーアラビアンは出力する。自分はどの立場を取るべきか。コンピュータの計算結果は予想通り。だが、それはバイアリータークに任せれば良いと、彼女は結果を言葉に出さないまま破棄してしまった。

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