- 1SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:32:16
- 2SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:32:35
最初は主人公とその周囲について。導入が曇らせっていうのも嫌だな…。
また、1章に限り主人公の名前を最初だけ伏せて進行します。誰だか何レス目で当てられるかな?(スレ画で分かるかもだけど) - 3SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:32:56
- 4SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:34:24
「…ク、ッ…」
電気の落ちた待機室に、自分の嗚咽とも悪態ともつかぬ声が虚しくフェードアウトする。レース後、誰とも言葉を交わさずにここに戻り、いの一番にすることが壁に頭突きして黙りこくることなのだから、まあ知らない人が見たらギョッとすることだろう。だが今の自分には、そんなことに気を回す余裕も、気力もない。
高松宮記念。俺の初GIは、無様にも敗戦で幕を下ろした。
相手が自分を上回ってるのなら、競り合わずに外側から純粋な速度勝負を仕掛けるべきだった。なのに最終コーナーまで動かず、結果として身動き取れないまま、後ろから飛んできた伏兵に足を掬われる始末だ。凡走と言う他ない。いっそジュニア級からやり直したいと、本気で思うほどだ。
- 5二次元好きの匿名さん21/11/18(木) 20:35:33
このレスは削除されています
- 6SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:36:46
「ふう、終わった終わった。もうお前と2年近くやってると、取材の対応も何とかなるもんだな。っておいおい、電気ぐらいつけろよ。誰もいないとか思われちゃうじゃんか。」
ドアの開く音の少し後にパチリ、という響きで、暗闇だった部屋に光が戻ってきた。壁から頭を離し、ゆるゆると後ろを向くと、入ってきたトレーナーがネクタイを緩めて椅子に座ったところだった。
「乙名史さん、また来てたか。どうだったって?今日のレース。…一番人気だったのに負けるなんて、期待外れでした、って?」
「…。順に答えると、記者は乙名史さん含め色々、質問も色々。レースに関しては、まあ残念だった、って声もあったが、どっちかと言うと、惜しかったですね、って方が強いな。それこそ乙名史さんは『初のGⅠで一番人気、そのプレッシャーにも負けず3着とは』って褒めてたよ。」
「ふーん、そっか。そうかよ。」
俺はそれだけ答えると、壁に背をつけて、そのままズルズルと座り込んだ。トレーナーはそれをみて「はぁ」と溜息をつき、椅子をこっちの正面まで引きずってきた。
- 7SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:38:36
「それで、お前はいつまでそんな落ち込んでるんだ?さっき言った通り、記者も、ついでにファンも、別に露骨にガッカリってこともない。そりゃ、一番人気だっただけに残念がってた人も多いけど、『次走はどこに』って期待も多かったよ。少なくとも、今回の結果でそんなに悲観してるのはお前だけだ。」
俺は何も言わない。そうだろう。実際、今までGⅢまでしか出てない状態で出た初のGⅠで入着、それもギリギリじゃなく3着なら、別段悲観するほどの事もないのだろう。ライブにも出れるな。
しかし、今の俺にはそんな軽く流して次に向くような楽観はできない。それはトレーナーにも伝わったようで、彼は頭をポリポリとかくと、のぞき込むようにつぶやいた。
「カレンチャンは、遠かったか?」
「…ああ、遠い。でも、それだけじゃないんだ。俺は、悔しい。アンタがいるって思ってなかったら、今頃子供みたいに突っ伏して泣いてたかもな。なんでかは分からない、負けたってのが久しぶりだったからかもしれない。けど…」
俺はここで、一度息を吸った。告解室には既に入っている。神父はさっき前に座った。もう何を言っても良いだろう。
「俺、多分期待してたんだ。もしかしてここでなら、ようやく、あの人に追いつけるかも、って…」
『あの人』が誰かは言わない。言うまでもない。トレーナーに初めて会ってから、幾度となく、その名前は口にされてきたのだから。
「…キングカメハメハ、か。」
俺はこくり、と頭を垂れた。
- 8二次元好きの匿名さん21/11/18(木) 20:39:20
このレスは削除されています
- 9SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:39:29
- 10SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:40:49
- 11SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:41:28
「それだけか?」
「…は?」
息が唇から漏れ出る。それだけって、何だ。他に何がある。俺は理想にようやく、クラシックじゃ無理だって諦めた夢にようやく…。
「クラシックに入る時に、一緒に話して決めたはずだ。契約を結んだあの日も、お前は確かに言っていた。『大王はなぞらない。俺は短距離で、俺の道で、あの人に並び立つ。』一言一句、今でも覚えている。あの時そう決めたお前が、今更チャンスだから、なんて理由でそこまで揺らぐはずがない。」
俺はいつの間にか垂れていた頭を上げ、トレーナーを見ていた。トレーナーはこちらを、透徹した目でじっと見つめている。眼に映った自分の目が、俺を睨みつけているように思えた。
「…何を焦ってるんだ?」
やめろ。焦りなど、ある筈が無い。そんなの、焦る理由なんて────
「オルフェーヴルとの差が、そんなに怖いか?」
────電気が再び、消えたかと思った。
- 12二次元好きの匿名さん21/11/18(木) 20:42:20
- 13SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:42:39
──オルフェーヴル。俺の同期であり、つまり去年にクラシック期を終えたウマ娘。そして同時に、去年のクラシックを食い荒らし、三冠を奪取し、果てには年末の中山でシニア級の猛者たちをも蹂躙した、『金色の暴君』の異名を持つ現役最強のウマ娘だ。
何がそんなに琴線に触れていたのか、トレーナーに指摘された今でも分からない。ジュニア級での安定しない成績、荒っぽい走り、レース後にトレーナーを投げ飛ばす常識外ぶり、どれをとってもあの大王には似ても似つかない。
───だが、確かに俺は去年の夏合宿で、ゴールドシップと喧嘩して走り回るオルフェを見て、思ったのではなかったか。「俺にあの足があれば」と。そして、ああ、暮れの中山で、確かに見た。見てしまった。あの大王が現役を続けていれば見られたかもしれない、夢の続きを、垣間見てしまったではないか。
- 14SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:43:45
「…仕方ないだろ。俺は、王道を走れない。走る足がない。この足は、一瞬の煌めきしか許さない!けどそれなら、それだけなら、誰にだって負けないくらい輝ける。そう思ったから、今からでも追いついて見せるって、思って、なのに…!」
いつの間にか、頭は敗北を認め、首を下げていた。トレーナーの顔は見えない。けれどさっきとは打って変わって、黙って聞く体制。本当に、こういう時のこいつは憎らしい。
「…遠いんだよ、あの人の背中が。アイツは好きに走って、もうそこに追い付こうとしてるのに、俺は…こんな、所で…!
…カレンでさえ、近くて遠いんだ。今日のレースで、嫌というほど思い知らされた。カレンはあの二人とは違う、俺と同じ道を走ってる。だから、届くためには、追いつくためには、絶対勝たなきゃいけなかったのに…。俺はレースってやつを、カレンが走ってた世界を、全然分かってなかった。こんなことでさえ…。
…こんなんで追いつけるのかな…。走る所も違うのに、こんなところで、こんなに離されてるのに…。ダメ、なのかな…俺じゃ…」
言うな、言ってはいけない。それを言ってしまえば…!
「…俺じゃやっぱり、あの人には届かないのかなぁ…!」
- 15SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:45:46
嗚咽が漏れる。弱音が零れる。決意が毀れて、悲嘆が漏れた。
情けない。こんな自分を晒すなど、羞恥と嫌悪で消えてしまいたい。いわんや、こいつの前で、など。
「…確かに。大王をなぞるのはもう無理。オルフェーヴルとの差は開く一方。何なら負け方だって、あっちは大ポカやらかしても地力で2着、こっちは凡ミス重ねて結果3着。おまけに最初の関門のはずのカレンチャンに完全にしてやられて、だからな。」
トレーナーの言葉が突き刺さる。一つ一つが的を射て、どれもが一部の隙もない正論で、何も言い返せない。そうだ。俺は、それだけの───。
「けど、そんだけだ。」
…は?
「今、お前を悩ませてるのはそれだけ。お前自身の問題じゃない、他所の誰かの影ばっかりだ。そんなのに、今更足を取られるってのか?」
「──っ!」
思わず顔を上げる。口を開く。しかしその前に、何ごとも言う前に、トレーナーの顔がそこにあった。そのまま両手で顔を挟まれ、グイっと引っ張られ、額を付き合わされる。
「お前は、誰だ。クラシック王道の途中で消えた、キングカメハメハの再来か?違う。クラシックを制覇し、王道を突き進むオルフェーヴルの成り代わりか?違う。当然、現スプリント女王カレンの脇役でもない。」
眼が、そこにある。自分を大きく映している、目。あの日、自分を睨みつけるほどに強く見入っていた、あの時の瞳と重なる。
「オレが魅込んだスプリンターは、他の誰でもない!お前は、ロードカナロアだろ!!」
────心のどこかで、賛同の嘶きを上げる、誰かの声がした。
- 16SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:47:01
「…王道王道って、いつまで他人の道を気にしてるんだ。あの日、自分で言ったことを忘れたか?」
『王道を往けないのなら、俺の往く道に王道を布く。この道で、どこまでだって駆けてみせる!』
懐かしいような、かつての言葉を思い出す。あの時もまた、この男に引っ張ってもらったのだったか。本当に、こいつは変わらない。
額が離される。手が離れる。けど、見えない何かにひかれるように、俺の足はもう一度立っていた。
「…追いつけると、アンタは思うか?」
ふと、問いが口からこぼれる。するとコツン、と男の手に額を小突かれ、数歩下がって壁にあたった。見ると、トレーナーが悪戯っぽそうな、それでいて自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「追いつくんじゃない、追い越すんだ。いつだってどこだって、お前たちのレースはそういうものだろ?」
「──」
ああ、まったくその通りだ。そんな当然のことを、今更トレーナーに教わるなど。俺は本当に、一からやり直さなくちゃいけないらしい。
───大王を標榜し、自分の道を進む、そう決めたあの日から。
- 17SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:47:25
- 18SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:48:38
- 19SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:50:27
「やっぱりスプリンターズステークス、か。実際問題、アンタ的にはどうなんだ?今回の結果は。俺は、やっぱり過去最低の凡走って印象は拭えないけど。次はいけると思うか?」
「十分。3着なんて悲観してるが、お前が今回先着したやつには去年のナンバー2もいる。決して悪い結果じゃない。それも…。」
そこまで言って、トレーナーはバスで隣に座った俺にジロリ、と目を向けた。俺がスーッと目を反対側に向けると、トレーナーの大きなため息が聞こえてきた。
「こんな無茶な仕上がりで、な。本格化を迎える前にデビューどころか、迎え始めた途端にGⅠデビューなんて…。普通なら14着とか覚悟してもおかしくないような状態なんだぞ?それを3着でこんなに落ち込んで…贅沢なやつだよ、ホントに。」
「…ソノセツハタイヘンモーシワケアリマセンデシタ」
「うん、よろしい。」
…まあ、確かに。元々本格化を迎える前にデビューしてからOPやGⅢでトライを繰り返し、ようやく本格化を迎えたというタイミングで高松宮記念に突っ込んでいったのだ。成長期で例えると、喉がガラガラになってきたあたりで高校野球に殴り込みをかけるようなもの、かなり無茶をした感は拭えない。トレーナーにもだいぶ迷惑を掛けた自覚はあるのだが…。
「なに、気にすんなよ。むしろ、本格化を迎える前で重賞をとるような化け物が、この先どんなやつに生まれ変わるんだか。やっぱり担当がお前でよかったよ。」
「おい、流石に女の子を捕まえて化け物呼ばわりは怒るぞ?!」
「はは、悪い悪い。」
- 20SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:52:35
そんなことを言い合ううちに、バスはトレセン学園の校門前まで到着、俺たちは晴れて帰宅と相成った───が。
そこに、オルフェーヴルがいた。
いつも通りというか、中庭の端っこに座り込み、何もない空間に向かってブツブツと呟きながら一心不乱に何かをスケッチブックに残している。来月に春天を控えているのに、余裕なんだかこれが彼女のやり方なのか、とかく大物らしい。
ひとまずスケッチなどの最中の彼女に話しかけるのは危険だ。トレーナーは先に行かせて、ひとまず落ち着くまで待った。
「…ふう。これで良し…」
「よぅ、オルフェ。」
「ぃひぇああ!?え?!何?!…って、カナロアかぁ…。な、何だ、何の用だぁ?」
「いや、俺、同期…」
同期が話しかけただけでずいぶんと警戒されたものだ。少し傷つく。と思っていたところで、オルフェの方から「あ」という声が上がった。
「あ~、えと…。高松宮、ドンマイだった、な…?」
「!お前、見てたのか…。」
「いいいやいや、なんつーか、たまたま見ちゃって、それで…。」
目を逸らされながらどもられて、思わず口元が笑みになる。やっぱり自分は、コイツが嫌いになれないらしい。
「なあ、オルフェ。」
「ハイ?!」
上ずった声に苦笑しながら、明後日の方面に顔を逸らすライバルに宣言する。もう、目を逸らさないように。
「俺、いつかお前を追い越すから。」
「ハイ?!…ハイ?」
「そんだけだ。春天、俺も見に行くから頑張れよ!」
頭に?を浮かべたオルフェにそう言い残し、俺は先を急いだ。行く先はトレーナー室。目的は、今後の方針相談だ。
- 21SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:53:37
次の舞台は9月。その間、オルフェーヴルとの差はどれだけ開くか。キングカメハメハまでの差はどれだけと見えるか。カレンチャンにはどれだけ追いつけるか。
けど、もう怖くはない。前だけ見て、足を動かせ。俺の足は誰よりも速いと、あいつが言ってくれたのだから。
〈高松宮記念編、完〉
- 22SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:56:07
はい、というわけで「ロードカナロアウマ娘化SS」、いかがだったでしょうか?
まず、一話目から曇らせ展開になったことをお詫びします。元々はクラシック夏合宿の独白でサッと立ち直り、高松宮はショボン→阪神大笑点で爆笑という流れだったんだけど、それじゃ話に起伏がない+大笑点が高松宮の前だった!という事情であえなく没に。それで長くなるとはこのリハ(ry
設定については、以前スレ立てして話したものを再整理してます。(以下にリンク)感想と♡を残してくれた皆さん、本当にありがとうございました。このSSは皆さんのおかげです!
需要とかありそうなら続きをこのスレに順次更新します。次は時間を戻して、トレーナーとの出逢い編、ウマ娘ストーリー風の予定。もう少し短くなるといいな…。
ロードカナロアウマ娘概念に関する論文風スレ|あにまん掲示板ちょっと降ってきたロードカナロアがウマ娘になったらの妄想を執筆してってもいいか?ちなみにたまたま似たようなスレが立ってたんだけどhttps://bbs.animanch.com/board/15828…bbs.animanch.com - 23SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 20:58:17
- 24二次元好きの匿名さん21/11/18(木) 21:00:35
これでSS初挑戦ってマジ?続き読みたすぎるだろ…
- 25二次元好きの匿名さん21/11/18(木) 21:01:49
お疲れ様!
タイトルでベテランウマ娘の人の新作かと思った… - 26SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 21:08:17
- 27SS初挑戦スレ主21/11/18(木) 21:54:31
あと言い忘れてた!
オルフェーヴルのキャラはこの芸術家オルフェーヴル概念スレを参考にさせてもらった。
SSという意味でもこのスレを立てる上ですっごい参考になった。スレ主ありがとう(読んでるか知らんけど)。
【SS】ウマ娘ストーリー『オルフェーヴル』|あにまん掲示板『アンタとの日々を思い返すと、つくづく思うんだ………トレーナー。あの時、アンタをブッ殺さなくて良かったってな。』bbs.animanch.com - 28二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 07:55:51
保守
- 29二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 16:03:11
あげとく
- 30二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:49:46
ほしゅ
- 31二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:50:32
保守なんだわ
- 32二次元好きの匿名さん21/11/20(土) 07:38:05
朝あげ
- 33二次元好きの匿名さん21/11/20(土) 14:05:15
論文リアタイで読んでたぜ
とうとうSS執筆開始か!おめでとう!
面白かった、これからも期待してるぜ - 34SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 18:45:09
- 35SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 18:48:01
ちょっと軌道に乗ってきたので、次の話、過去編の前半を9時くらいに更新します!保守ついでに!
事前予告ですが、前半はカナロアを取り巻くキャラクターの内、未実装のキャラしか出ません。すみません。
別に意図してそうした訳じゃないんです!構成上そうなっただけなんです!
後半からは実装キャラも出ますから翌朝までお待ちを!設定を絡めるのなんだかんだ上手くいったと自分でも思うから!
二回目で過去編とか話が進まない!と思う方、それは本当にすみません。後編を書き上げたら急いで次の章を書きますので、それまで辛抱強くお願いします!飽きないで!
実際、こうして読んで、待ってくれる人がいるというのはスレ主としても望外の喜びです。どうか期待を裏切らないように頑張ります! - 36SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:03:21
- 37SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:03:51
第一話「我、惑ひて」
6月、トレセン学園に来てしばらくの月日が経過しようとしていた。先輩たちの指導を観察したりたまにウマ娘にアドバイスしたりと、トレーナー「らしい」ことはしてきたが、未だ担当ウマ娘は持っていない。
自分では別段高望みしているつもりはない、ウマ娘と二人三脚でトゥインクルシリーズに挑戦すること自体に意味がある、そう思ってはいるのだが、どうしても他のトレーナーに先を譲ってしまう。どうにもピンと来るような子がいないというか、せっかくならもっとこう、グッ!とくるような、何かガシッ!とされるような子はいないか、そんなことを思っているうちにチャンスを逃してしまう。
そう思っていた、ある日のこと。
グラウンドに足を運んでみると、一人の栗毛のウマ娘がトレーニングに励んでいた。姿勢低く外側からコーナーを直線に入ると、まるで金色の風に乗ったように鋭く走り込む。粗削りながらも素質を感じさせるようなパワーに満ち溢れた走りは、天性の才と気質を余すところなく発揮していた。
『すごいな…』
思わずそうつぶやく程に、その走りには可能性が宿っていた。少し話を聞きたい、そう思って手を上げながら近づこうとすると…
- 38SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:04:08
「う゛ぁああああ!!!!違う違う足りねぇぇぇぇ!!」
『うおっ?!』
突如として上げられた絶叫、その迫力に思わずたたらを踏む。と同時に、旋回しながらブツブツ何かを言い続けるその姿を見て、思い出した。
あのウマ娘はオルフェーヴル。「黄金の芸術」を求めて走るやや気性難寄りのウマ娘であり、デビュー間近の期待の新星。と同時に、既にトレーナーを一人投げ飛ばして獲得しているウマ娘だ。スカウトの対象外、残念。
トレーナーを投げ飛ばして獲得したというのはまあそうそう聞かない話ではあるが、そういうこともあるのだろう。それに今こうやって本人を目の当たりにして、なんとなく納得がいった気がする。
「おいオルフェ、あんまり根を詰めるなよ。芸術ってのは、そうやってイライラしてると降りてくるものなのか?」
そんなことを考えていると、オルフェーヴルに別のウマ娘が近づいてきた。
「んあ?!おおう、アンタか。びっくりしたぁ…。」
「いや、だからそんな一々驚かんでも…。と、それよりオルフェ、ちょい並走を頼めるか?2000くらいで。まだ走るんだろ?」
近づいた鹿毛のウマ娘は軽い調子でオルフェーヴルと話している。どうやら並走に誘うつもりらしい。しかし誘われたオルフェーヴルは顔をしかめ、
「え?いや、別に良いっちゃあ良いけど、アンタ2000って…。」
「まあまあ、いいからいいから。それじゃあコース一周分、ゴールはあの白線までで…。あっすいません、タイム良いですか?」
『えっ、オレ?』
「学園のトレーナーですよね?お願いできますか?」
いつの間にか自分まで巻き込まれて、二人のタイムを計測することとなった。
- 39SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:04:29
『──スタート!』
「「───ッ!」」
スタートは二人とも良し、さっき抜群の走りを見せたオルフェーヴルは勿論、鹿毛のウマ娘もそれに負けないほど走りにキレがある。コーナーを曲がった辺りまでは、その走りはデビュー前の二人とは思えないほどの高パフォーマンスを見せていた。が───
「ふうッ、ふう、しぃッ…!」
「…ッ、はぁ、は、ぁッ…!」
中盤、半分過ぎを通ったあたりから、明らかに鹿毛のウマ娘の走りが悪くなった。フォームが崩れ、キレがどんどん失われていく。オルフェーヴルとの差は開く一方になった。
「…」
「…くそッ、また…やっぱり…!」
結局、後から来たウマ娘はオルフェーヴルの6バ身後ろでのゴールとなった。走り終えた後の様子も汗をかく程度のオルフェーヴルとは異なり、息も絶え絶えといった様子だ。
「…チッ、だから言わんこっちゃない、2000でまともに合わせられるかよ。ッたく、前半で何かいいアイデア来そうだったってのに、どっか行っちまった…」
「はぁ、は…あ゛~、そりゃ、悪い…」
「別に、もう良いけどよ。ただ、次は勘弁してくれな。」
「…おう。」
それだけ言って去っていったオルフェーヴルの背を見届けると、残されたウマ娘はグッと背伸びをして、おもむろにグラウンドの反対側に向かって歩き始めた。タイムは計ったのだが、黙ったままのその姿に何か言うこともできず、ただ見送るだけだった。
- 40SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:04:51
やがてグラウンドの反対側、調子が崩れ始めたちょっと前まで行って立ち止まると、数度の深呼吸。そして、さっきと同じスタートの姿勢。慌てて別のストップウォッチを構えるのと、スタートのタイミングはほぼ同時だった。
パフォーマンスは、さっきとほぼ同じ。スタート、フォーム、コーナー、ばっちり。相変わらずデビュー前とは思えない精度───
『あれ?』
おかしい。さっきの2000も、決して手を抜いていたようには見えなかった。バテていたのは間違いない。それなのにさっきと同等の走り、まさか今の時間でもう回復を?
──そんな疑問は、彼女が直線に入った瞬間に吹き飛んだ。
コーナーを曲がり終えた直後、僅かな時間だけ顔が見える。身体を翻す彼女の目が、ギラリと輝いた。
「ふう、ッ──!!」
一瞬の踏み込みで、矢のように彼女は撃ちだされた。急激なスパートは一気に直線を縮め、眼前を通り過ぎ、設定されたゴール地点へと彼女を叩き込む。ストップウォッチを止める頃には、既に5メートル先を越えたところだった。
- 41SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:05:45
『し、信じられない…』
記録されたタイムは、目算で1200ほどと見ると、デビュー済みのウマ娘と比べても遜色ないものだった。もしこれでトレーニングを積んでいけば、どれほど短くなるだろう。
走り終えた彼女は息を荒げながらも、さっきの様にバテる様子もなく立ち尽くしていた。夕焼けに染まり始めた空を仰ぎ見るその目には、先ほどのギラついた光ではなく、ただ悔しげな色が満ちている。
「くそ、ッ…!」
『た、タイムは──』
「いい!!」
タイムを伝えようとした途端、凄まじい剣幕で黙らされた。そこには怒り、口惜しさ、歯痒さ、どんな感情ともつかない激情が渦巻いていた。
「いい、知ってる…。スタート、ありがとな。それじゃ…。」
『待って欲しい!君、名前は?!』
立ち去ろうとする背中に、気付けば声をかけていた。
「…ロードカナロアだ」
その、夕日を背にして振り向く様は、どこか敗戦の兵を思わせる悲壮感に満ちていた。
- 42SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:06:25
第二話「君、二人」
翌日、再びターフに足を運ぶと、カナロアが今度は一人で自主練をしていた。
「ふうッ、…ッは、はァ…!」
『…』
あれからカナロアについて調べてみたところ、彼女もオルフェーヴルと同じく話題に事欠かないウマ娘であることが分かった。
トレーナーのあるなし問わず、現在デビュー待ちのウマ娘たちの中で飛びぬけて優秀な一人であり、トレセンに来た当初からトレーナーたちの注目を集めたらしい。先輩たちに聞いても「あれでデビューしたら大きいところは間違いない」と断言するばかりで、ベテランのトレーナーたちでも「どこがどう凄いとかじゃない、凄すぎて言い表せない」と手放しで賞賛するほどだとか。
しかし、そんな彼女にも問題があった。どうしても選抜レースに出ず練習するばかりで、トレーナーたちの勧誘も悉く断っているらしい。おかげでトレーナーたちの間では「原石の放置」がいつの間にか定着し、自分のところにも情報が来なかったという訳だった。
練習している彼女の様子も、何処かおかしかった。さっきからペース走などのメニューをこなしては凡走し、疲労がたまって休憩してを繰り返してる。
彼女は昨日の様子から見ても、恐らく適性的にスプリンター。長距離どころか中距離2000でも、彼女には厳しい。しかし今、カナロアはああやって合わないトレーニングを続けている。介入すべきか、そう思案しながらじっと見つめていると…
- 43SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:07:04
「あら、あなたも気になるの?ふふっ、人気者ねぇ、あの子。やっぱり持ってるモノが違うのかしら。」
『?!』
「あぁ、驚かせてしまったらごめんなさいね?ただ、珍しいお客さんがいると思って、つい。」
降って湧いた声に驚き振り返ると、そこにはカナロアと同じ鹿毛を妖艶に伸ばした美しいウマ娘が立っていた。微笑みながら隣に立った彼女は、カナロアに向けて物憂げな目線を投げかける。その存在に、自分はしばらく反応を返すのが遅れた。
キングカメハメハ。かつてクラシックを席巻し、「死のダービー」を制し、最強の大王と謳われた伝説のウマ娘だ。
『…君も、彼女のことが?』
「うーん、あの子が私を、っていう方が近いかな。あの子ね、私の事、憧れてるって言ってくれたのよ。そんなことを言われちゃあ、気になっちゃうのよね、どうしても。」
苦笑しながらもどこか誇らしげにそう語るカメハメハ。しかし、やはりカナロアに向けるその視線からは心配げな色が拭えない。
「とは言っても、今はあの調子。憧れてくれてる、って言われた手前、どうしても声はかけにくくって…。それでも、やっぱり心配しちゃうのよね…。」
『確かに、ずっと迷ってるみたい。苦しそうだ。』
「…!へぇぇ、あなた、ずいぶんと『目』がいいのね…。…そう、とても苦しそう。でももしかしたら…。」
自分の何気ない一言に食いついたように、カメハメハは一転してこちらの顔を覗き込み、呟きながらうんうんと頷いた。突然の反応に、こちらもどう返したものか、判断に迷う。
- 44SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:09:38
「!カメハメハさん!と、アンタは確か昨日の…。」
そこで、こちらの様子に気づいたカナロアが練習を切り上げ、汗を拭いながら駆け寄ってきた。
「お疲れ様、カナロアちゃん。もうこの人とは顔見知りだったのね。」
「え、ええ、まあ。昨日、ちょっと練習に協力してもらったというか…」
カナロアの方も、こちらの事を覚えているようだった。挨拶すると、カナロアはども、と軽く会釈した。昨日は変な別れ方になってしまったが、悪印象を持たれているわけではないようだ。すると、その様子を見ていたカメハメハから一つの提案が飛びだしてきた。
「ねえカナロアちゃん、よかったらこのトレーナーさんに、あなたのお悩みを相談してみたらどうかしら。」
『?!』
「ハイ?!え、いや、何をいきなり…!」
「まあまあいいから、騙されたと思って話してみなさいな。きっと力になってくれるわ。」
そう言って頭を撫でながら、カメハメハは優し気な声音で語りかけた。
「カナロアちゃん、あなたがどんな道を進もうと、あなたが満足する限り私は応援するわ。分かった?」
「…はい。」
「うん、それでいいのよ。それじゃあトレーナーさん、後はよろしくお願いね。」
『え、ちょ…』
話の展開についていけず、何か返そうとした時には、もうカメハメハは背を向けて去った後だった。
- 45SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:10:26
「…どのぐらい、話を聞いてるんだ?」
カメハメハが去った後、カナロアは練習を切り上げて近くのベンチに座り、そう聞いてきた。自分はひとまず、カメハメハから聞いた「彼女に憧れている」という情報と、カナロアが才能があるのにデビューしようとしていないことを話した。
「ふーん、じゃあまあ、そんなもんだよ。話すことは何もない。」
そう言ってはいるものの、カナロアは練習に戻るわけでもなく、じっとターフの方を見つめている。その目が、昨日の彼女の最後の表情と重なり、気付けば質問を投げかけていた。
『君は、何をそんなに迷っているんだ?』
「は?迷ってなんて…」
『迷っている。今だって、身の入らないトレーニングを続けている。』
「…!俺がどんなトレーニングやったって俺の──!」
『違う。君は、本気でトレーニングに取り組めているの?』
「──!」
昨日、彼女は2000mをバテながら走り抜け、そのすぐ後に全力スプリントで好成績をマークした。その回復力には驚いたが、今日の練習は条件が違う。幾ら優れた身体を持っていようと、適性に合わない練習をああ何度も繰り返していてはすぐに倒れる。
それが継続できているということはおそらく、彼女自身が練習に本気を出せていないということだろう。
- 46SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:10:45
「…はぁ。なんなんだよ、アンタ。いきなり入ってきて…」
他人事なのは分かる、それでも何かあるなら話を聞きたい。そう話すと、カナロアは頭をさすりながら溜息をついた。
「…カメハメハさんから聞いたろ。俺の憧れが誰なのか。クラシックで快進撃を続け、初のGⅠも楽勝し、臨んだダービーの殺人ラップもものともせずに勝利を飾った、勝利の大王。誰もが熱狂し、あの人の栄光に夢をはせた。
小さい頃にレースを初めて見に行った俺も、その一人さ。あの日はずいぶんと暑かった、今でも覚えてる。その暑さに負けないくらい、あの人のレースは熱かった。次はどんなことをやってのけるんだろう、そう思わずにはいられない人だった。」
『…けどその後、大王は…。』
「そう、すぐに引退した時は残念だったさ。けど、すぐに俺はこう思った。『次は俺が大王になればいい』なんてな。幸い、俺はウマ娘としてとびきり優秀だったし、走りも先生から太鼓判。夢を見るのには十分な贈り物をもらってた。トレセンの入試を合格した時も、さあここから、なんて事しか考えていなかった。けど…。」
カナロアはここまで話し、重々しく溜息をついた。それはそうだろう。これまでの話を総合すると、その先は予想がつく。多くのウマ娘が突き当たる壁、その一つだ。
「適性検査で判明したのは、スプリンター適性二重丸。マイルですら危ういんだとさ、目がくらみそうになったよ。つまり俺は、大王の後継にはなれない、ってこった。」
『…スプリンターとして活躍すればいい、って問題じゃないんだよな?』
「…トレーナーなら知ってるだろ?短距離って、GⅠの数も注目度もすごい低いんだよ。クラシックに関してはゼロ、一番近いのがNHK杯一つだ。王道は中長距離、マイルは脇役、短距離一本なんて余興みたいな扱いだ。これじゃああんな風に、人に夢を見せることなんて…」
表情に暗い影を落としたカナロアは、虚しそうにそうつぶやく。適性により、思い描いていた夢を断たれる苦しみは想像し難いものだ。昨日も今日も合わない練習をしていたのは、僅かな足掻きのようなものなのだろう。しかし、まだ一つだけ気にかかることがあった。
- 47SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:12:38
- 48SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:13:03
───どこだ、どこだ、どこだ。確かウマスタによると練習中、まだ切り上げていないなら──いた!
『カレンチャン!』
「うわぁ!ビックリした~!」
突然呼びかけられて驚く(カワイイ)彼女に謝るのも後回しに、思い切り頭を下げる。
『協力してほしい!』
- 49SS初挑戦スレ主21/11/20(土) 21:17:02
はい、本日はここまで!続きは明日朝に上げます!
マイルCSあるし、執筆も休みたいのでね!
途中で終わってて感想もクソもねーよ!って人もいるとは思いますが、面白いと感じた人は♡、コメントよろしく!
後半からはカナロアを語るに欠かせないあのウマ娘登場、乞うご期待! - 50二次元好きの匿名さん21/11/20(土) 22:54:36
乙です!オラすっげぇワクワクしてきたぞ!
- 51SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:48:30
- 52SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:49:22
第三話「子、曰く」
「…で、来たのがレース場、と。」
次の週末、カナロアを連れて、レース場に来ていた。観戦客の入りはGⅠほどではないものの、それなりの盛り上がりを見せている。
「アンタ、デートで彼女にレース見学させるタイプか?趣味悪いな。」
『ひどい』
「ハハハ、まあいいや。それで、まさか本気でデートって訳じゃないだろ?俺に何見せるつもりだ?」
観客席まで来て、カナロアが流し目で問う。今日はエキシビジョンマッチがメインで、距離やコースは様々だが…
『見て欲しいのはこれからやる、1200だよ』
「短距離ぃ?…ああ、そういうこと。本当に図々しい奴だな、アンタ…」
『帰るかい?』
「…いや、せっかくここまで来たんだし、見てくよ。カメハメハさんの紹介だし、図々しくても、アンタが嫌な奴じゃないってことは分かるし…。あ、あの子…。」
- 53SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:49:40
- 54SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:50:32
「…あそこから、か…。」
カナロアが冷静にそうつぶやく。レース序盤、カレンチャンは前方集団についてレースが進む。やはり短距離、進みが速い。そう思案する頃にはすでに後半にもつれ込み、第4コーナーに差し掛かる。
「──どうだ?」
「──カレンチャン、いいペースよ!」
「──届いて、頑張って!」
周囲からざわめきが次々と上がっていく。ピリピリとした緊張感が伝わり、カナロアも落ち着かない様子を見せる。と、そこで───
「やぁああああ!」
「──────ッッ!!!!」
直線に向き、カレンチャンが一気に抜け出して追い上げを図る。同時に、周囲の空気が膨れ上がった。そこにいる誰もが叫び、応援し、その走りを見守って───!
「───カレンチャン、1着でゴールイン!」
その合図に群衆から一気に歓声が上がり、レースの参加者に向けて万雷の拍手を送り届ける。その中には、カナロアの控えめな拍手も混じっていた。
- 55SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:51:04
「──で、レース終わって学園に帰ってもまだこうやって待ってるのは、まだ何かあるから、ってことでいいのか?」
学園の校門で立ち止まった自分に、カナロアがやや不機嫌そうに問い詰める。まあ今日はあちこち連れ回られているのだから、当然といえばそうか。
『まあ、あと半分はこれからだね。それでレースはどうだった?』
「…まあ、悪くなかったよ。ああいう風に盛り上がってる、っていうのを知るのは。」
『それは良かった』
「ただ、それはそれ、これはこれ、ってやつだ。俺の夢は、そうポンポン変わるものじゃ──」
「はーい、お待たせしました!待っててくれてありがと~♪」
「──はい?」
カナロアが話をする最中、校門前に止まったバスから降りてきた誰かが駆け寄ってきた。それは──
「?!か、カレン⁈」
「あ~!キミがトレーナーさんが言ってた子だね?レース見に来てくれて、ありがと♪」
「キミ?!っていうか、待ち合わせって──」
「あれ~、トレーナーさんから聞いてないの?そうだよ、今日のお相手はカレンチャン!よろしくね☆」
「──え、いや、だからっ、どゆことぉ⁈」
──混乱したカナロアの叫びが、午後の空に木霊した。
- 56SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:51:53
「…はぁ、つまり…」
「そう♪ この間トレーナーさんに頼まれて、カレンがキミのお話、聞くことになったの!よろしくね♪」
「…。アンタ、どこまでやる気なの?」
話を一通り聞いたカナロアから、呆れを通り越した目を向けられた。別段、自分はそう大したことはやってない。カメハメハから頼まれたというのもあるし、自分にできることをやっているだけだ。
「むー、カレンを呼んだんだから、早くカレンに話して~。待たせたからってこっちも待たせるなんて、ひど~い。」
「ああもう、分かった分かった…。ったく、こんな話を週に二度もする羽目になるなんて…。」
移動したグラウンドでベンチに座り、カナロアはしぶしぶながら話を始めた。キングカメハメハに憧れたこと、自分がスプリンターだったこと、短距離では憧れに手が届かないこと…。カレンは意外な聞き上手を発揮し、昨日よりもスラスラと身の上話が出てきた。
話を聞き終えたカレンは、いつも通り可憐な、それでいてどこか淋しげな笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。
- 57SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:52:08
「…あのね、カレンは元々、『トリプルティアラ』が欲しかったの。」
「!?ティアラって、クラシックの…。でもカレンは、その…」
「うん、キミと同じ。カレンには1400以上を走る適性はなかった。それでも、欲しくなったの。カレンが目指したのは、世界で一番カワイイカレンチャン。だから、何よりも煌めいて、誰でも虜にしちゃうようなティアラが、欲しかったの。」
「…」
「結局、ダメだったんだけどね?1600メートルにも届かなくって、お兄ちゃんと相談して諦めちゃった♪ えへへ~」
口調は軽いものの、語られる内容は初めて聞くもので、完全に予想外の経験だった。そしてカナロアにとっては、自分と同じ道を歩んだ先達の、あまりに重い言葉だった。
- 58SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:52:55
カナロアの相談は荷が重かったか?不快な記憶を掘り起こしただけだったか?そんな逡巡が一瞬頭をよぎる。だが──
「…それで、いまはどうして短距離に?」
「!ふふ~ん、それはね?カレンには夢があったから!『世界で一番、カワイイカレン』!」
ぴょんとベンチから降りて、あっけらかんと、いや、確かな重みを持って宣言する。こちらを振り返るその瞳は、確かにキラキラと輝いていた。
「カレンは、絶対に夢を叶える。そう決めたの。だから、へこたれてなんかいられない。ないものを泣いてばっかりで進まないなんて、カワイくないんだから!」
「…」
「ねえ、キミはカレンのレース、見てくれた?どうだった?」
くるくると回りながら夢を語ったカレンは、カナロアの顔を覗き込んで、そう問いかけた。カナロアはその瞳に魅入られたかのように、ゆっくりと口を開く。
「…すごかった。一瞬で終わるのに、皆がそこに引き込まれてた。誰も、瞬きもできずに、君を見つめてた。」
そう回顧するカナロアに、カレンは満足げに頷いた。
- 59SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:53:28
「短距離はね、すごいんだよ。瞬きなんて許さない、一分もあれば皆カレンの虜♪ 一瞬で終わるのに、皆の心に、永遠に残っちゃうの!」
「──一瞬なのに、永遠…。」
「キミはどう?短距離は、好き?」
「…正直、よく分からない。今まで、あんまり考えないようにしてたから…。
「むー、もったいな~い。夢があるなら、そんなのナシ!」
頬を膨らませてそう言ったカレンはカナロアの手を取り、引っ張る。手を引かれたカナロアは、自然とその脚で立っていた。
「さっきも言ったでしょ?ずっと止まってるなんて、カワイくない♪ 歩き出すには、決めなくちゃ。決めるには、走らなきゃ!」
「…そうだな。ああ、まったくその通りだ。」
伏せられた顔が上がる。その表情は、憑き物が落ちたかのように穏やかだった。
- 60SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:54:02
────どこだ、どこだ。いつもうるさいあの人は、こういう時どこにいる。出かけていないならグラウンドか、あるいは校内の──いた!
「サクラバクシンオーさん!」
「ちょわっ!?」
目の前で急ブレーキをかける、誰もが畏怖する短距離戦の王に、俺は頭を下げる。
「お願いします!短距離1200、俺と勝負してください!」
- 61SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:54:33
第四話「汝、応へよ」
『なんと!ですが、ええ!学級委員長たるもの、申し込まれた勝負は受けましょう!そうと決まれば善はバクシンです!いざ、着替えてコースにバクシーン!』
そんな風にバクシンオーが騒ぎ立てたおかげで、歴代最強のスプリント王と期待のルーキーの模擬演習は瞬く間に校内の噂となった。ウマ娘がウマ娘を呼び、ウマ娘がトレーナーを呼び、コースの観客席にはいつの間にか人だかりが出来つつある。その中には勿論──
「まさかあれから数日で、あの子がバクシンオーさんと、ねぇ…。スピード解決はお手の物、というわけかしら、トレーナーさん?」
『カレンが背中を押してあげたからですよ。』
「えっへへ~♪ そんなこと言って、そもそもカレンとあの子を引き合わせたのもトレーナーさんじゃないですか~♪」
「ふふっ、ホントに…、あの子もいい人たちに恵まれたのね…。」
そうつぶやくカメハメハに頷きながらふと見ると、端っこの方にキラキラと光を反射する栗毛をちらと見かけた。スケッチブック片手に持ちながら座り込むオルフェーヴルに近づき、声をかけてみる。
- 62SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:55:07
『もっと近くで見ないの?』
「うぉあああ!!?あい、え、はい!?なんだなんだ──って、あ?あんた、確かカナロアとベタベタしてるっていう…」
話しかけた途端にズバッッ!と距離を取ったオルフェーヴルに、慌てて事情を説明する。なんとか落ち着いたらしいオルフェーヴルに、ふと尋ねる。
『君も見に来たんだね』
「…まあ、この間は変な感じで終わっちまったしな。アイツがちゃんと走ってるのを見ないと、どうにも据わりが悪いんだよ。」
『…確かに、その通りだね』
考えてみれば、自分の動機もそんなところかもしれない。あの後、確かに短距離を走るカナロアは見ることはできた。しかしあの時、カナロアは迷いの中で走っていた。この道を行くべきか、本当にそれでいいのか、そんな想いで自分に枷をはめ、その中で走っていたのだ。
──なら、迷いを吹き飛ばしたカナロアであれば、一体どんな走りを魅せるのだろう。
カメハメハに紹介され、カレンに頼み込み、バクシンオーまで巻き込む、こんな状況を作った理由は、つまるところそんなものなのだろう。自分は初めからそれが見たくて、ここまでやって来たのだ。
- 63SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:57:34
そんなことを考えるうちに、準備を終えたらしい。着替えたカナロアとバクシンオーがターフの上にやって来た。
「距離1200、右回り、ですね!確かに承知しました!」
「はい、よろしくお願いします。あとはスタート…」
『じゃあ、オレが──』
「アンタはダメだ。」
申し出が瞬時に、それも強く却下される。今まで見せなかった気迫に気圧されていると、カナロアがスイっと、持っていた旗を横に向けた。
「カメハメハさん、スターター、お願いできますか?」
「ふふっ、了解。私は後ろから、というわけね?」
「はい、お願いします。」
そう言って旗を手渡すと、カメハメハは既にバクシンオーがバクシンし待機する1200mのスターティング地点に向かった。踵を返すカナロアに対し、立ち直ってようやく声をかける。
- 64SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:58:12
- 65SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:58:53
「いざ、バクシーン!」
「───ッッ!」
気の抜けるような掛け声と裏腹に、スタートの加速は戦慄するほどのブースト、回転する脚は気がくらむほどの効率性。気を抜けば開始五秒で出遅れ並みの差を付けられてゆく。
ついていくために、肺を絞る。姿勢を低く。スパート一歩手前のスタミナ消費で、なんとかあの背中に食い下がる。それでも───
(──速い。純粋に、ただただ速い───!)
コーナーに入れど、その速度緩まず。じりじり、じわじわ、差が広がる。このスプリント王相手に、それは越えがたい壁が一秒ごとに増えると同義。差が、壁が、更に更に立ちふさがる。道を遮る。
(───まだだ!息を入れて、───ッ!)
コーナーの途中で、一気に外ラチ向かって駆け込む、そこから身体を傾け、一気に向きを制動。膨らんだ分、当然距離は伸びる。しかし相手は未だ越えられぬ伝説、定石など通用するはずもない────!
(直線、ほぼ同時ッ!)ここに、賭ける────!
- 66SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:59:15
- 67SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 08:59:58
「ぜぇっ、ぜぇっ、っはあ…な、何で、あんなところから、再加速とか、アリですか~…?!」
「ハーッハッハッハ!まあそれほどではありますね!私、学級委員長ですから!」
結果、サクラバクシンオー、二バ身差での勝利。それも息をするのがやっとなカナロアに比べ、バクシンオーは汗を多少かいてる程度。
しかしそれでも、ルーキーがバクシンオーに食らいついたという評価は揺るがず、人だかりはどよめく一方。そして対戦した本人も、寝転ぶ新人に対し声をかけた。
「ですが貴方も、なかなかに素晴らしい走りでした!走りながら後ろを気にするなど、フラワーさん以来でしたよ!ハッハッハ!それではまた!」
笑いながらシャレにならないことを言いつつ、サクラバクシンオーは「バクシーン!」と去っていき──
「待って!」
「ちょわ!?ちょっ、ちょっ、ちょわ?」
──去って行きかけたところで呼び止められ、たたらを踏むバクシンオー。それに対し、ロードカナロアは震える足で立ち上がり、声をかける。
「──あなたに、とって、短距離とは何ですか?」
それは駆け出しのウマ娘が投げかける、王者への問いだった。
「…ふっふっふ、私にとって、ですか?それはもちろん、『誇り』ですッ!」
- 68SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 09:00:27
- 69SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 09:00:43
「話は以上でしょうか!?」
「…はい。対戦、ありがとうございました。」
「いえいえ、それほどでも!それではいつかまた、ターフで合いましょう!バクシーン!」
それだけ言い残して、バクシンオーは再び風となった。あんなレースをしておいてまだ走るのが怖いと言うべきか、レースの後ではあの走りもかわいいもの、と言うべきか。
ともかく、主役の退場に先んじて、集まっていた観客も解散しつつあった。トレーナーは数人残る様子だが、降りてくる気配はない。まだ噂を気にしているのか、あるいは手に負えないと判断して出直そうというのか。ともかく、こちらに寄ってくるのは数人だけだった。
「ふぅっ♪ バクシンオーさん、相変わらずすごいんだから~。でも良いムービー撮れたし、カレン的にはオールオッケー♪ それで、キミはちゃ~んと、答えを出せそう?」
「ああ、カレンには世話になったな、ありがとう。カメハメハさんも、お世話おかけしました。」
「いいわよ、このくらい。このままずーっと立ち止まったままじゃ、いい加減据わりが悪かったんだけど…良かった♪」
「うっ、それは…ご迷惑を。」
「ふふふ、それじゃあ私はここで。…トレーナーさん、ありがとうね。」
「カレンもさよーなら!キミとはいつか、カワイイ勝負をしたいかも♡なーんて!じゃあね!」
「ハハハ…」
お礼と宣言を残し、二人も去って行った。観客席にいたオルフェーヴルもむくりと立ち上がると、声をかけることなく何処かへと消えていった。言葉はいらないということか、単に話しかけるのが億劫だったのか。ともかく、ターフには自分とカナロアだけが残った。
- 70二次元好きの匿名さん21/11/21(日) 09:01:40
このレスは削除されています
- 71SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 09:02:26
『それで、勝負はどうだった?』
「…ホントに図々しいな、アンタは。そんなの、もう分かってるだろ?」
確かに、カナロアの出す答えは予想がつく。バクシンオーに勝負を申し込むという行動自体、短距離を悲観する者の行動ではない。しかし、
『お前の口から聞きたい』
「…ああ、すごかったよ。ゴールまでの距離が、時間が、どんどんと減っていく感覚。空気の壁だってブチ抜こうとするような気迫。何より───」
(────ぜぇぇえええああああッ!)
「───一秒先の自分だって追い抜けそうな、何もかもを置き去りにした、あの世界…。ふ、ふふふ、ハハハ…!」
出会って初めて、まともにカナロアが笑うところを見た。それはひどく荒々しく、猛々しく、まるで宝箱を開けた子供のような、歓喜と幸福に満ち満ちていた。
「今だって、思い出しただけで身体が疼く!もう一度あの景色に、その先に行きたくてたまらない!」
『ここで、お前の夢は叶いそうか?』
「──ああ、ああ!ここでなら、いやここでこそ!」
目がかち合う。喜びに溢れたその瞳には、初めて会った時の、いやそれ以上の輝きが、爛々とギラついていた。
- 72SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 09:02:57
「先はある。未来はある。この道をひた走った先に、あの人に届く未来は必ずある!
だからもう迷わない。王道を往けないのなら、俺の往く道に王道を布く。この道で、先へ、未来へ、どこまでだって駆けてみせる!だから!」
手が突き出される。手招くように、引きずり込むように、目の前に構えられた手を見る。
「俺の手を取れ、トレーナー。この世界に俺を導いた結果、アンタの目で、見届けろ。」
逡巡などない。迷いなどない。基より自分はあの日、あの疾走を見た時から、その行き着く先を見るために生きているようなものだから。
『ああ、見せてくれ!とびっきりの景色を、お前の隣で!』
こうして、ロードカナロアとの日々が始まったのだった!
〈出逢い編、完〉
- 73SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 09:03:38
以上、ロードカナロアとトレーナーの出会い編、ウマ娘ストーリー風。いかがだったでしょうか?今回は実装済みキャラを未実装キャラの視点から解釈する、という挑戦になりました。こうしてみるとカナロアはウマ娘にもすんなり収まりそうですね!期待しちゃいます!
そして長くなりました。すみません!次回はもっとシンプルなので、短くなるはず。1章くらいには。
前半から♡、コメント付けてくれた方、ありがとうございました!次回の「スプリンターズステークス編」、気長にお待ちください! - 74二次元好きの匿名さん21/11/21(日) 11:13:13
乙です!この熱量!こっちまで沸き立ってウズウズしてくる!続きを楽しみに待っております!
- 75SS初挑戦スレ主21/11/21(日) 22:26:47
ありがとうございます!
その「熱量」は書いてる側には分かりにくいところなので、感じてもらえるとこちらもすっごく書いた甲斐がありました!
次回は早くて火曜くらいでしょうか…。忙しいので延びるかもですが、気長に保守などお願いします!
- 76二次元好きの匿名さん21/11/22(月) 09:07:36
保守る
- 77二次元好きの匿名さん21/11/22(月) 14:58:39
あげ
- 78二次元好きの匿名さん21/11/22(月) 23:10:45
保守っとく
- 79二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 08:49:54
保守
- 80二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 12:35:04
age
- 81初スランプ脱出スレ主21/11/23(火) 22:18:30
保守して下さった皆さん、本当にありがとうございます…!
何とか書ききれそうなので、明日の夜から更新します。
スレ落ち対策に、明日夜→明後日昼→明後日夜 の三回に分けて更新しますので、明後日にまとめて読んでもいいかもしれません。
もうしばらくお待ちください!