- 1◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:42:22
「アヤベはさ、青色が好きなんだ?」
「…………?」
トレーナーさんがそう切り出したのは、たしかバレンタインの少し前。
「去年も言ったけど」
「誕生日にお祝いはいらない。わかってるよ」
3月12日。私の誕生日で──双子の妹の命日。
この世に生まれることができなかった片割れを知って以来、私にとって誕生日は私を祝う日ではなくなっていた。
もちろん、それでも両親は私が生まれた日を大事にしてくれるし、何も知らない弟たちや友人たちの祝福を拒絶したりはしない。
それでも私にとってこの日は「私の日」ではなくあの子と2人の日で。
トレーナーさんには、意識を取り戻したあと。
トップロードさんには、あの日の砂浜で。
あの子のことを知る2人には、祝うよりただ祈ってほしいと伝えている。
「なら、どうして?」
「いや、アヤベの私物ってだいたい青いから」
買い物帰りに寄ったトレーナー室を見渡すと、確かに青いブックカバー、レースやトレーニングの履歴を記録した青いノートやファイル。今私が着ているのも青いニットとジーンズ。愛用のクッションも。色味はそれぞれ違うものの、一口に言えば青い。
「……確かにそうね」
「意識して買ってたわけじゃない?」
「色が好き、というのがよくわからないのよ」 - 2◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:42:34
〜
手触りには拘ったことはあるし、星柄や夜空をデザインされたものを選んだ覚えはある。
でも、色を意識したことは覚えにない。
「両親が選んだ服に青いものが多くて。似合っていると言うから、私はそうなんだろうと思って同じ色を買っていただけ……そんなところよ」
「そっか……アヤベに似合う色なんだな」
「たぶん、ね。 ……あなたは?」
改めて辺りを見渡す。ここは本来トレーナーさんの職場な訳で、彼の所持品の方が多い。
「青色かな。まあ、元はあんまり拘りは無かったんだけど」
青色のクリップボード。水色の膝かけ。紺色のジャケット。星空柄のマグに、私が贈った夜色の万年筆。
「人に言っておいて、あなたも無かったの?」
「トレーナーになる事に精一杯で割と無趣味だったからなぁ」
……つまり、ある意味私と大して変わらないらしい。なら、どうして今は?
「トレーナーになって初めての担当がアヤベだったからかな」
「名誉なことに、君のお陰でダービーウマ娘のトレーナーになれた。 それから色々あったけど……元気に走る姿を見せてくれて、夢の手伝いをさせてくれて、君の担当でいさせてくれた」
「だから、俺にとってはアヤベの青色が幸運の色なんだ」
「……大袈裟よ。 変なこと考えるのね」 - 3◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:43:00
3/14
「おはよう、アヤベ!」
「……おはようございます」
朝。寮を出て少し歩いたところに、トレーナーさんが待っていた。
「今日は養成校の学生の案内があるから、自主練で。報告は明日でもいいよ」
「昨日の連絡は確認しているわ。返信もしたでしょう」
「今日は顔を合わせないかもしれないから、今のうちに──ハッピーホワイトデー」
差し出されたのは、男性が手に持つには少々可愛らしい包み。
「お返しはいいって言ったのに」
「貰うだけで季節の行事に参加できるってことで」
ちゃんと生きると目標を立てたからには、まずは季節の行事に参加してみる。
漠然とした目標の第一歩として、私はそんな所から始めていた。
「……ありがとう、ございます」
受け取ると、手にずしりと重さが乗る。
袋の中身はビンに入ったものらしい。
「……じゃあ、自主トレは程々に!」
「ええ」
道の真ん中でホワイトデーの贈り物を受け取る様に注目を集め始たことに気づいたのか、何かを言い淀んだトレーナーさんが逃げるように去っていった。 - 4◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:43:23
約束通り、トレーナーさんは一昨日──私の誕生日には何も伝えず、何も渡さなかった。
同じくその予定だったトップロードさんはオペラオーの妙な祝福オペラだかに巻き込まれて、なし崩し的に私をお祝いしてくれた。
約束を破ってしまったと落ち込みそうになっていたトップロードさんにこちらも申し訳なくなり、バカオペラに飛び込んだ事は後悔してはいない。
でもその後熱が入りすぎたことはちょっと忘れたい。
結果、トレーナーさんただ1人が私の誕生日を祝うことなくその日を終えた。
……なぜかカレンさんが大いに怒っていた。
寮に置きに戻る訳にもいかず、受け取った華やかな袋を鞄に入れて学園へ。
教室で開けるのも憚られるし、お昼にでも開けてみよう。 - 5◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:45:32
- 6◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:46:20
「はーっはっはっは!!!キミも隅に置けないねアヤベさん!!!」
「いきなり猛烈に隅に置いておいて欲しい気分よオペラオー」
「あはは、ごめんなさいアヤベさん……オペラオーちゃん抑えが効かなかったみたいで。トレーナーさんからですよね、それ?」
「ええ」
「何を照れているんだいアヤベさん!
いやそれも致し方なし!毎日のジュルネを飾る太陽、すなわちボク!よりもキミにとっては輝かしいものがテーブルにあるのだから!!!」
「何の話よ」
うるさいのが来てしまった。トップロードは止められなかったみたいだし、どうやって追い払おう……
「担当ウマ娘のバースデーをすっぽかしたと疑われた彼から贈られたもの!それは特別な日すらプレリュードにする程の愛の結晶……!」
「物事を大袈裟に言うのはやめなさい。ちょっと珍しい色の金平糖でしょう?」
「いや、かなり大胆なチョイスだよアヤベ君」
「ハヤヒデさんまで……」
「おお!我が同居人(メイド)!キミにも用事がある!受け取りたまえ!ハッピーホワイトデーなボク!!!」
「ありがとう。 ……君の顔を模ったクッキーか。自分をモチーフにしたものに関しては本当に天才的だな、君は。そして私からもお返しだ。受け取ってくれ」
「ノート……?そうか!ボクのオペラの脚本を書いてくれたんだね!!!」
「まあ間違いではない。数学の公式と頻出問題の解き方をオペラ風にまとめたものだ」
「勉強道具!」
……結局補修に引っかかったのね。 - 7◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:47:13
「そうそう、話を戻すとだ」
「戻さなくてもいいわよ……」
「金平糖に込められた意味。それは
──強い好意。長く口に残ることから『甘い時間をあなたと長く過ごしたい』、だ」
「更に忘れな草。花言葉は『あなたを忘れない』。そして『真実の愛』……まさかここまでメッセージを盛り込んでくるとは」
「す、すごいです!すごいですよアヤベさん!わぁ〜、すごい……!すごく、すごく気持ちがこもってます!!」
「バカ言わないで」
俄かに黄色い声で騒がしくなったカフェテリアが静まりかえる。
当事者を差し置いて盛り上がられるのは、少し気に入らない。
「あの人はそんなことまで考えない」
強引で横着で、まっすぐ来るあの人は。こんな遠回しな事はしない。
この金平糖は、ただ星型で、青い。それだけ。
「私が好きだから──それぐらいしか考えてないわ」 - 8◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:47:57
「…………やっぱり金平糖じゃないか!!!今日はキミがソリストだよアヤベさん!!!!!!」
「あー、オペラオーちゃん落ち着いてください?ほら真ん中行きましょう真ん中」
何やら猛烈に照れながらドタバタするオペラオーを2人がどこかへ連れていく。
何がなんだかわからないけど、助かったらしい。
「あ、そうだアヤベさん!」
「トップロードさん?」
「そのラッピング、ホワイトデー用じゃないですよ」
「え? ……あ」
そう耳うちすると、トップロードさんはオペラオーのバカ騒ぎに混ざっていった。
レースに出るウマ娘は春生まれが多い。そんなジンクスがあって、この時期は毎日のように誰かが誕生日を祝われている。
だから、この明るい色合いの包みには見覚えが多かった。
一昨日、私もこの柄のものをいくつも受け取った。
バースデーラッピング。
私とあの子の為に沈黙を通したあの人からの、私への祝福。
──不器用なひと。 - 9◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:48:54
ビンの中から、青い金平糖をひとつ。
『元気に走る姿を見せてくれた』
『夢の手伝いをさせてくれた』
『君の担当でいさせてくれた!』
私の青があなたの幸運の色なら。
『たくさん鍛えてくれた』
『レースのたびに見守ってくれた』
『私の道について来てくれた』
『迷ったら、背中を押してくれた』
あなたの青が、私の幸せの色。
窓の向こうに小さく見える、青色のクリップボードと紺色のジャケット。
あの人に指先の金平糖を重ねて。
「──幸運の星、ね」
唇に一度触れさせて、口の中へ。
私を満たす甘さが消えるまで、窓の外をずっと見ていた。 - 10◆a6nENK6ygzyC23/03/15(水) 19:52:52
Q.なんでアヤベさんのバースデーホーム会話にトプロいないんですか!!?
A.トプロもアヤベさんの事情を聞いてて、トレーナーと同じく祝わず祈っていたから。
ただしそれだと周りが訝しむのでなんとなく事情を察したオペラオーが後で強引に巻き込んだ。
唯一当日にお祝いしなかったトレーナーはホワイトデーの贈り物にこっそり誕生日を祝う気持ちを添えて渡す……とかだったらいいな。というお話です。対戦よろしくお願いします。
前書いたのです。
アンミンヤベガwwwwww|あにまん掲示板眠れないの?トレーナーさん……私も….…そうね、流石に温泉旅館だけあって布団乾燥機がなくとも良いふわふわ具合だけど……普段と違う環境だから。それに……今日は特別なの。ねえ、私がそっちに行くわ。さっきま…bbs.animanch.com - 11二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 19:54:20
そのタイトルは何だ定期
- 12二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 19:54:39
出たわね
- 13二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 19:57:54
自分が感じた違和感に対して自分で補完をきっちりしている
キャラクターのエミュが上手く会話が自然
比喩表現が美しく見惚れる
+312点 - 14二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 19:58:02
なんか久しぶりって思った
- 15二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 20:01:49
トプロへの納得がいく理由付け…やるね
金平糖まで贈る意味あったんだなーって - 16二次元好きの匿名さん23/03/15(水) 20:25:48
金平糖と忘れな草なんてクリティカル過ぎるものが実在するのか…
あとオペが数学補修喰らってて草。座学苦手なんか(持ってない) - 17二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 00:50:17
- 18二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 01:15:14
長編珍しいわねスレタイ制約マン
- 19二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 01:27:55
アヤベさんの誕生日会話になんでナリタトップロードおらんのや!と思っていた時期が僕にもありましたが
いやはやこの解釈は素晴らしいですね
良きものをありがとうございます - 20二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 01:44:00
「(星と青色を)私が好きだから」
「(トレーナーは)私が好きだから」
何というダブルミーニング - 21二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 01:44:54
またお前か!
- 22二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 01:57:27
クソみたいなスレタイからなぜこんな物ができる定期
- 23二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 08:13:09
「いきなり猛烈に隅に置いておいて欲しい気分よオペラオー」が酷くて草
やっぱ覇王と趣味合うだろアヤベさん - 24二次元好きの匿名さん23/03/16(木) 08:15:03
スレタイからは考えられないようないいSSだぁ…