- 1◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:21:07
バタンッ。
いつか聞いた、トビラの音。そして走ってきたのでしょうか、大きく荒れた息が、静かだったこの場所に響きます。
「ふふっ。ちゃんと、来てくれましたね」
学園で一番高い塔屋から、海の向こうへと行ってしまう太陽さんを見送りながら、のんびり待とうとしていたのですが、こんなにも早く来てくれるとは。びっくりマーちゃんです。
今朝まで降っていた雨の水たまりが、たかい、たかい上の茜色の空と、下のちいさな、ちいさな空が、マーちゃんたちをも映していました。
「──トレーナーさん」
※5700文字ぐらいあります
【誕生日SS】I Remember.|あにまん掲示板「寒いな! ……って、まだ3月だから当たり前か」 屈託なく笑う自分とは対象的に、「……どうして」「…………どうして、ここなのです」彼女の顔は、驚きを隠さなかった。※1万5千文字くらいあります。↓からス…bbs.animanch.comの後日譚になります
- 2◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:21:37
「でも、どうして、ここへ? 宛名も、名前も。なにも書いていないはずなのですが」
トレーナーさんの靴箱に、1通。
『空のあいだで、まってます』
とだけ。少しいじわるなお手紙でしたでしょうか。でも、ちゃんと来てくれました。なぜでしょう?
「ふむ、文字に見覚えが、ですか」
む、それだけで来てしまうのは、マーちゃん心配です。将来、トレーナーさんがわるいヒトにだまされてしまう気がします。それはいけません。将来マスコットになるウマ娘のトレーナーさんが、うっかりさんでは困りますから。
「無用心さんです、トレーナーさん。それはめっ、ですよ」
おこった顔をして注意すると、くしゃ、っとした苦笑いで謝られてしまいました。マーちゃんでも、ダメなときはダメ、というのです。でも。
「でも、そのくらい、マーちゃんの文字を見て、覚えていてくれていた。ということですね?」
けれど、そんな顔をされてしまったら、つよくはおこれません。少し恥ずかしくもあります。でも、やっぱりうれしいのです。
「それに? …………! ……そう、ですか」
──オレンジの香りがしたから。
それは、わたしでも気がつきませんでした。手紙に残る、微かな、でも確かにあった、わたしの香り。マーちゃんでも気付かないものも、あなたはちゃんと、気づいてくれるのですね。
「トレーナーさんは本当に、マーちゃんのことを知っていて、覚えていてくれますね」
マーちゃんが知っていること。知らないこと。
わたしが知っていること。知らないこと。
全部、全部。知っていて、覚えていて。そのことが嬉しくて、わたしが映しているあなたの顔が、少しぼやけました。 - 3二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 21:22:01
またお前か待ってたぞ
- 4◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:22:26
「……おっと。そんなトレーナーさんに、問題です」
でも今は、知らないフリをします。泣いてなんか、いませんから。それよりも、なによりも。今日は大切な日なので。
3月16日。マーちゃんたち、──わたしたちにとっても、大切な日。
「──今日は、なんの日でしょう」
「…………え? 本当に、ですか……?」
覚えていない。なのに、トレーナーさんは、そんなことを言いました。からかっているようには、見えません。確かに、忙しいお母さんもよく、自分のことなのに忘れてしまうこともあります。
でも、マーちゃんのときは、いっぱいお祝いして、いっぱい幸せになりました。なのに、なのに。トレーナーさんは忘れてしまって。
あまりにも、不公平です。
あまりにも、悲しいことです。
でも、それなら。わたしが、
あなたが今日を忘れられないくらい、幸せにします。
「トレーナーさんはいっぱい、マーちゃんを映して、伝えて、覚えていて」
「いつも、わたしをその瞳に映していてくれる、ウルトラスーパーよい子のトレーナーさんには」
いっぱい、いっぱい。わたしの為に、毎日遅くまでお仕事したり、トレー二ングをしてくれたり。あなたがしてくれた事の一つ一つ、ぜんぶ覚えています。そんなあなたにだからこそ、伝えたいことがあるのです。
わたしの気持ち、受け取ってくれますか。 - 5◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:22:54
「──ハッピーバースデー、なのです」
差し出した小包でトレーナーさんはようやく、思い出してくれました。ひと安心です。
「……ふふっ、お誕生日おめでとうございます。無事に1年、されど1年。また来年もお祝いさせてください」
いっぱい、いっぱい考えた、プレゼント。
喜んでくれるといいな。
「あっ、まだ開けちゃダメなのです」
「中身は、フォトフレームです。どんな写真かは、開けてからのお楽しみということで」
開けようとしていたトレーナーさんの手を、慌てて止めました。まだ。まだ楽しみはあとに取っておいてください。このプレゼントだけでは、わたしの気持ちは伝えきれていませんから。
トレーナーさんに背を向けて、一歩。ゆっくりと、一歩。後に続くように、トレーナーさんも付いてきてくれました。眩い太陽さんとも、そろそろさよならです。
でも、そのまえに少し、少しだけ。
「マーちゃんとおしゃべり、しませんか」 - 6◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:23:31
夢を見ていました。
白いウェディングドレスを着ていて。
いつものゆるいウェーブに
目立つサイドテール。
耳のところには
小さな赤い王冠を載せて。
わたしより大きな手を引いて、
赤いバージンロードを、
一緒に歩む。
記憶に残るように、一歩。
覚えるように、一歩。
思い出になるように、一歩。
「やっと、叶いました……やっと、大人になれました……!」
純白のフリルを踊らせ、
舞うように振り返ってみた顔は
「あなたが好きです……! 愛してます……!」
「ずっと……ずっと……!」
" "。
笑顔で、
泣いていました。 - 7◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:24:01
「(……? 夢……?)」
とても、幸せな夢でした。わたしが、結婚式をしていて。とても、とても幸せでした。でも、
「(どうして、こんな夢を)」
未だ微睡みの中、霞んでゆく夢の記憶をなんとか手繰り寄せて、がんばって考えてみました。けれど、考えるよりも先に、答えはすぐに見つかりました。
「…………あ」
そういえば、今日はトレーナーさんのお宅でお泊りをしていた事を思い出しました。そしてトレーナーさんはけっこう、寝相さんが良くないみたいです。掛けていた毛布さんは、足もとに。伸ばしていた腕は、お布団さんから飛び出しています。
でも、それはわたしも一緒かもしれません。
あなたの伸ばしていた腕に、まるで抱きまくらのように抱きついていて、空いていた手を、わたしの手で、繋いでいましたから。
夢の中で感じていた暖かさはきっと、あなたの腕から感じていたもの。
この手に、わたしは。
トクン、トクン。
そう想えば、想うほど、
痛いほどの、熱。
轟くような、音。
いたいのです。あついのです。うるさいのです。
とっても、とっても。
でも、
なぜでしょう。 - 8◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:24:41
うれしいのです。
この痛みすら、この熱すら、この音すら、
うれしいのです。
きっと、
もっと、もっと変になってしまったのでしょう。
なので、
あなたの熱で、
あなたの香りで、
あなたの音で、
わたしを。
気づいたときにはもう、トレーナーさんの腕どころか、体に身を寄せていました。足は、トレーナーさんに絡まっていて。
うずめた顔の横で、この暖かさの先で鳴り響くあなたの音がはっきりと聞こえました。
──トクン、トクン。
ふふっ。寝相は良くないのに、
この音は、とっても、とっても優しい音なのですね。 - 9◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:25:24
わたしの熱を、
あなたの熱で。
わたしの香りを、
あなたの香りで。
わたしの音を、
あなたの音で。
体に、記憶に、心に。
もっと、もっと深く、繋いでいてほしいのです。
「……です。……てます。……ずっと、ずっと」
夢の中の言葉を、小さく、小さく声に出して言いました。聞こえてしまわないように、小さく。
あなたも、同じ気持ちであるように。と、祈って。
"……きだ。マーチャン"。
「……………え?」
"……してる"。 - 10◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:25:40
それはおそらく、寝言でした。
たかが寝言。でも、
私の名前を、呼んでいて。
"──している"、と。
ああ。
あなたがあなたで、本当に良かった。
私のこと覚えていて、忘れないでいてくれて。
そして、同じ気持ちでいてくれて。
それが何よりも、何よりも嬉しくて。もっと強く、身を寄せました。
「……もう少し、もう少しだけ」
あなたの熱を、くれませんか。 - 11◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:26:17
数週間前のことも、つい昨日のことのように思い出せます。あの日から、あなたを見るたび、
熱く脈をうち、痛いほど高鳴っていて。
ゆうべにやっと届いた、もう一つのプレゼント。
今日この日を、今か今かと待っていました。ようやく、ようやく、ちゃんと伝えられます。
わたしの、気持ちを。
「ところで、トレーナーさん。もう一つ、プレゼントがあるのです」
夕焼けさんも、もうそろそろお別れです。太陽さんとさよならをすると、お月さんとこんにちはして、さよならをして、また、太陽さんがこんにちはします。 でも、そのまえにちょっとだけ、ちょっとだけ時間をください。
想いを伝えるための、時間を。
「受け取って、貰えますか」
あの日から、考えてきました。
覚えていることと、思い出すこと。
そして、想い出とは。
"思い出さないで欲しいのです。思い出されるためには忘れられなければならないのが、いやなのです。"
寺山修司さんの詩です。"思い出す"ということは"一旦忘れられる"ということ、と。読んだ本で、そう言っていました。
"あなたは私にとっていらない人、優先順位の低い人"という判定を、一度でも下されたということ。その事実がつらいから、いっそ忘れたままでいてくれた方がいい。
"思い出す"ことによって、"今まで忘れていた"という悲しい事実を映し出さないで欲しい。そう、考えたみたいです。 - 12◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:26:40
でも、わたしは、違う。
そう思ったのです。
思い出してほしいのです。
思い出すということは、
もう一度、心にとどまるということ。
もう一度、大切になるということ。
記憶に残ることは、覚えていて、
覚えていられたことは、思い出せる。
なのでトレーナーさんには、思い出してほしいのです。
忘れちゃったのなら、わたしも一緒に、思い出しますから。
わたしは、あなたのことを覚えていられるくらい、記憶に残る、大切なヒトなのです。
あなたのことを思い出すたびに、もっと記憶に残って、もっと大切なヒトになるのです。
わたしの、キモチのたし算。
ひき算は、いりません。
このプレゼントは、
この想い出を、覚えていられる為に、思い出してもらうための。 - 13◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:27:12
「トレーナーさん、左手をさし出してもらえますか。目も、瞑ってください」
見られると、やっぱり恥ずかしいので。でも、そんなへんてこなお願いも、素直に受けてくれました。瞳を閉じて、左手を差し出して、笑顔のままで。
ポケットの中から、小さな箱を取り出します。布と木で出来た、小さな箱。中身は、
「……ふふっ、ぴったりなのです」
ステンレスで作ってもらい、
メビウスの輪をモチーフにした、
指輪でした。
できれば、ちゃんとしたものが良かったのですが、マーちゃん、お金持ちではないので、
いまは、これで。
小指に嵌るピンキーリング。それをトレーナーさんは眺めるように見ていました。夕焼けに反射して、茜色に染まる、指輪。
「ステンレスは、よごれない、さびないという意味があるそうです」
メビウスの輪は、途切れることのないその形が、”永遠” を象徴して。
それを聞いたトレーナーさんは、一言、
"マーチャンらしいね"と。
わたしらしさ。素直に伝えられない、わたしらしさ。でも、あなたはちゃんと、受け止めてくれました。
「実はですね、ペアリングなのです。この指輪」
もう一つの指輪を取り出して、今度はわたしの指に嵌めました。けれど、小指ではなく、
「……ぴったり、ですね」
薬指に、嵌めました。 - 14◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:27:40
薬指に嵌めた、意味。
あなたにはすぐにわかってしまって、顔が紅くなっています。夕焼けさん照らされてでしょうか? それとも。
多分わたしも、紅いことでしょう。
夕焼けさんよりも、紅く。
「これが、わたしからの、プレゼントです」
そして、わたしの、キモチ。
トレーナーさんは小指に嵌まった自分の指輪と、マーちゃんの薬指に嵌まった指輪を見比べていました。そして、すこし考え込んで、
"ちょっと、合わないな"。
小指から、指輪を外してしまいました。
「……やっぱり、合わないですか……?」
手を抱いていたときに測ったのですが、やっぱり合わないみたいです。
合わないという意味は、他の意味も含んでいて。
そう、思っていました。でも、
"でも、こっちの指なら……うん、ぴったりだ"
外した指輪をまた、嵌めてくれました。小指の、すぐとなりの、
「…………!」
薬指に。
"こういうのは、ちゃんとしたところに"。
"君がその気持ちなら、俺もちゃんと答えないと"。 - 15◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:28:46
わたしはきっと、この日のことを忘れられないでしょう。忘れようとしても、深く、深くに刻まれて、消えない、
想い出。
覚えているということは、
残るということ。
残っていられるのは、
記録と、物と、名前くらい。
けれど、
記憶には深く深く焼き付いている、
痛いくらいに胸が締め付けられる、
この想いは。
偽りでも、虚像でもない、
決して消えない想いなのだから。
それが、思い出すということ。
そして、いつか。
わたしが、いつかおばあちゃんになって、
わたし自身ことや、あなたのことを、
忘れちゃったときは、
思い出させてほしいのです。
思い出させてもらえたなら、
また、大切にさせてください。
また、好きにさせてください。
──また、恋をさせてください。 - 16◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:29:25
わたしにとって、
あなたを思い出すということは、
また、あなたに恋ができる。
ということなのです。そして、思い出とは。
それらが、一つひとつ、パズルのピースのように、重なり合って、繋がって。
わたしになって、
わたしの未来になります。
「…………トレーナーさん……っ!」
瞳の前の世界が、よりいっそうぼやけました。こんどは、とめません。
とめられないのです。
溢れるものもが、ほほをつたって、制服を濡らしても。
もう、とまらないのです。
どうか、正夢。
あの日の夢は、虚像でもなく、偽りでもなく。
正夢でいて。
「……もう一度、もう一度だけ。目を瞑ってもらえますか」
優しいあなたは、さっきと同じように瞳を閉じてくれました。背伸びをすれば、ちゃんと届きそうです。
今度は、事故ではなく、ちゃんと。
近くて、遠い距離。
今なら、届く気がします。 - 17◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:29:44
────。
熱が。
香りが。
こころが。
重なり合ったとき。
下校時間を告げるチャイムを
ウェディングベルにして。
茜色の空が
水たまりに反射して
赤いバージンロードになって。
誰も知らない、二人だけの
小さな結婚式。
どうか、正夢。
「あなたが好きです……! 愛してます……!」
「ずっと……ずっと……!」
いつか、正夢。
"……好きだ。愛してます"。
小さな幸せ、つなぎ合わせて。 - 18◆4soIZ5hvhY23/03/17(金) 21:31:02
おわり
ほんとは昨日に出したかったんすけどオチが思いつきませんでした
お陰でいい具合に着地できたとおもいます - 19二次元好きの匿名さん23/03/17(金) 22:08:04
おつ
トレマーは幸せであればあるほどいい - 20◆4soIZ5hvhY23/03/18(土) 07:44:57