【SS3篇】ホワイトデーのお返しは

  • 1◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:45:31

    また当日を過ぎての投稿になってしまいました。左から順に投稿していきます。


    【SS3篇】バレンタインが終わって|あにまん掲示板バレンタイン当日に間に合わなかったので、後日談として書いてみました。左から順に投稿していきます。bbs.animanch.com

    これの続きとして書いたので、よろしければご覧ください。

  • 2◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:46:22

     3月。卒業式だ何だと教育機関においては忙しくなる時期。ただ、トレセン学園の、しかもトレーナーであればあまり関係はない。
     トレーニングやレースのスケジュールの組み立てで年中多忙であり、季節程度で早々変わることはないからだ。

     自身の職の悲哀さに関心を向けることなく、アストンマーチャンのトレーナーは自身の担当ウマ娘と共に学園からあてがわれた個室でその日を過ごしていた。
     今日は二人共ホットココアを飲んでいた。感じるものが寒さから暖かさに移りつつあっても、まだ飲みたくなる品だ。

     しかし、アストンマーチャンの機嫌は曖昧なものではなく、マイナスに振り切っていた。原因は彼女のトレーナーと、ココアと同じテーブルに置かれているあるお菓子。
     今日はホワイトデーであり、バレンタインにマーチャンから貰っていたトレーナーはお返しを用意していたのだ。

    『わあ、トレーナーさん。用意してくれてたんですね、憶えていてくれてたんですね』

     彼女の行いを憶えていたことを、それは嬉しそうに噛み締めていたマーチャン。ただ、それも中身を開けてみれば苦みを味わうことになる。

    『マシュマロ、ですか……』

  • 3◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:47:11

     ホワイトデーのお返しとしてはタブーのひとつに数えられるマシュマロ。というのも、この時期のお菓子言葉として『あなたが嫌い』という意味を持っていた。
     もちろん、マシュマロというお菓子自体に罪はないし、彼女が嫌いな食べ物というわけでもない。

     しかし、しかしだ。アストンマーチャンというウマ娘が心を込めて手作りの贈り物をし、その心も下ではなく真ん中のつもりであげたというのに。
     彼女のトレーナーはマシュマロを選んだのだ。しかも、意味が分かっていないようで今もおろおろと戸惑っている。

     トレーナーさん。マーちゃん、憶えていてねって言ってますね? どうしてそういうことは覚えていないんですか? マシュマロもマロングラッセも、知らないんでしょうね。

     勝手に期待していたマーチャンにも非はあるわけなのだが、日頃のトレーナーの態度からしてそうしてしまうのも無理はない。
     マーチャンの目の前の人物は、トレーナーとウマ娘としての契約前からマーチャンに関わり、彼女が望む答えを持ってきてくれた。

     加えて、周りに驚かれようともマーチャンの人形を、着ぐるみを作り。たづなさんに怒られようともマーチャンの銅像を作り。
     さらには、マーチャンのことを願って香り袋まで作っていたのである。これはもう、期待しない方が失礼である。

  • 4◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:48:04

     ということで、彼女が機嫌を悪くして早数時間が経っていた。彼女のトレーナーは気まずそうにココアを啜っている。
     マーチャンは、初めの方こそトレーナーの呼びかけにも応じずにそっぽを向いていたが、少しは冷静になったのか観察する余裕が出来ていた。

     彼女は改めてマシュマロを見る。よく見れば、ひとつひとつの大きさが同じではない。また、皿に乗せられているそれが入っていた袋もお店独自のものではないように思える。
     もしかして、と思い彼女は肩を落としているトレーナーに問いかける。

    「トレーナーさん。このマシュマロは、手作りなのですか?」

     そうだよ、とトレーナーは答えた。道理で、とマーチャンは納得した。人形も着ぐるみも銅像も、香り袋も。トレーナーが作ってきたものは少し不格好だ。
     それは不器用だからではなく、男の人で体が大きい分細かい作業が難しいからかもしれない。マシュマロを作っていた時も、そうだったのだろうか。
     背中を丸めて彼女よりも大きい手で悪戦苦闘する様を想像して、彼女はくすくすと笑った。どうして笑うのか、トレーナーは首を傾げるばかりだ。

  • 5◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:49:01

    「しょうがないですね。トレーナーさんのこと、許してあげます」

     何を許されたのか分からないまま、ほっとしたようにトレーナーは息を吐いた。ふと思いついた疑問をマーチャンは口にする。

    「トレーナーさんは、何でマシュマロを選んだのですか?」

     マーチャンの頬みたいに、柔らかそうだから。

     お正月の挨拶の時に、確かにマーチャンはそのようなことは言った。おもちのように、もちもちだと。それが今回自分に返ってくるなんて、本当にしょうがない。
     笑みに少しだけ苦いものを混じらせつつ、彼女はトレーナーに提案する。

  • 6◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:49:48

    「トレーナーさん。そんなにマーちゃんのほっぺが気になりますか?」

     テーブルを挟んで向かい合っていたトレーナーに、ずいと身を乗り出す。マシュマロよりも柔らかいであろうものを、トレーナーの一番近くにさらす。
     お正月の時は、周りに生徒がいたせいかトレーナーは遠慮していた。しかし、今はお互い以外誰もいない。

    「マーちゃん、もちもちですよ? さわって、みますか?」

     片方の手でマシュマロを摘まんで自分の頬の横に、もう片方の手で反対の頬に指先を当てて。柔らかさを、アピールする。
     トレーナーがどんな行動を取るのか。マーチャンはあえて予想しないまま、微笑んだ。 

  • 7◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:50:44

     既に先月のバレンタインで、彼女はトレーナーに伝えるべきことを伝えていた。答えは、その場では貰わなかった。
     アストンマーチャンをもっと見てほしくて、もっと考えてほしかったからだ。マーチャンは欲張りだった。

     もうひと月が経った。その間トレーナーに変わった様子は見られなかった。でも、レンズの奥を覗き込めば分かる。マーチャンのことでいっぱいだと。
     相手の奥にマーチャンの像があるように、彼女の奥にもトレーナーの像があるだろう。相手も、覗き込んでくるから分かってくれる。まるで合わせ鏡のようだ。

     そろそろ、教えてもらってもいい筈だ。時間はたくさんあった筈だ。


     トレーナーさん。マーちゃんのこと、どう考えていますか?
     ……らしい、マーちゃんですか? マーちゃんを、……したいですか?


     トレーナーさんの愛は、どこにありますか?

  • 8◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:51:32

     コパノリッキーは自分のトレーナーの部屋にお邪魔していた。風水への知識に明るい彼女は、それを広めることに余念がない。
     誰かが不幸な目に遭いそうであれば、風水で解決せずにはいられない。そういう理由で、トレーナーの部屋の風水を定期的にチェックしに来ているのだ。

     それは、季節が変わっても変わることはない。冬から春へと移ろうとする時期であろうとも、リッキーは風水の確認という習慣を忘れていなかった。
     そのある種の真面目さは、風水自体をあまり知らない者からしても彼女を好ましく見せていた。

     リッキーのトレーナーもそんな彼女を好ましく思っている一人で、何十分ものめり込んでいる担当ウマ娘に声を掛ける。

     リッキー。そろそろ休憩にしない?

    「……んっ、トレーナー? うん、そうしようかな」

  • 9◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:52:34

     それまで真剣な目をしていたリッキーは、ぱっと顔を上げるとにこにこといつも通りに笑い返していた。二人でソファに隣り合って座る。
     トレーナーが淹れてくれていた緑茶を飲みながら、話題は今日の確認の成果。ほんの少しの手入れをするだけで、問題なし。

    「……というわけで、直せるところは直しておいたからオッケーだよ。これでまた、トレーナーはハッピー☆」

     両手を広げてリッキーはトレーナーに伝える。大げさなポーズかもしれないが、これこそ彼女らしさなのだともトレーナーは感じていた。
     しかし、トレーナーは彼女らしくないものもまた感じていた。今日のリッキーは、妙にトレーナーをちらちらと見ているのだ。

    「……」

     今も彼女はトレーナーを見ていたかと思うと、溜息を吐いていた。いつもであれば、何にでも風水を絡めて解説を始めるというのに。
     どこか気もそぞろになっているような彼女を、不思議そうにトレーナーは彼女を見る。それに気が付き、リッキーは慌てたように言う。

  • 10◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:53:28

    「ト、トレーナー? どうしたの?」

     リッキーと契約してから始まった風水チェック。トレーナー室はもちろん、こうして自室まで風水に配慮された構えとなった。契約前には考えられなかったことだ。
     それが彼女の負担になっていたのかと、トレーナーは問いかけた。

    「う、ううん! そんなことない! トレーナーの部屋の氣が悪くなくて、ラッキー☆ だよ?」

     リッキーは否定してみせるが、何かを抱えていることは否めない。本当にらしくない態度だと思い、トレーナーはじっと彼女を見つめる。

    「あう……」

     隣という至近距離から視線を受けてリッキーは居心地悪そうに体を揺らす。やめてと言えばトレーナーはやめてくれるだろうが、そもそもの原因が自分にあることを彼女は承知している。
     信じることを求めてきたウマ娘は、彼女を信じてきたトレーナーを拒めなかった。しばらく沈黙が続く中、先程とは違った意味で両手が挙げられた。

  • 11◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:54:08

    「降参! 降参するから! 話すから、その、あんまり見ないで……」

     その言葉でようやくトレーナーの視線が外される。トレーナーは他に何もすることがないと、リッキーは気を落ち着かせる為にと緑茶を啜りつつ、彼女の口が開かれた。

    「あの、ね? 私、キミにチョコ……あげたよね?」

     もらった。美味しかった。先日のやり取りが再現されたかのような感想に、リッキーは少し笑みを漏らした。

    「うん、教えてもらって。す、少し暴走して、別の声も聞かせてもらって」

     そうだ、その後リッキーが。言いかけようとするトレーナーの口を塞ぎ、彼女はまくし立てる。

    「思い出さなくていいから! 忘れて……は、ほしくないけれど! 今は、私の話を聞いて!」

  • 12◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:54:46

     口を開けないが故に、トレーナーは頷いて意思を伝える。リッキーはほっとするが、自分が何をしているのか気付くとばっと手を離した。そのまま触れていた部分を見つめつつ、言葉を続ける。

    「それで……それでね? バレンタインの、お返し、なん、だけど」

     意味を理解した瞬間、トレーナーはカレンダーを探した。目に入った今日の日付は、14日をとうに過ぎていた。

     ごめん! 忘れていた!

     トレーナーの言葉に、リッキーの目が潤み始める。今度はトレーナーが慌てて弁解する。
     この数日、彼女のトレーニングに加えて学園からの業務が追加されて忙しかったと。それは近くで彼女も見ていたから納得したが、やはりショックはショックだった。

     そんなリッキーに、トレーナーは忘れていたけれど忘れていないと言う。どういうことかと訝しむ彼女を置いて、トレーナーはその場を離れた。
     少しして、トレーナーはラッピングされたあるものと一緒に戻ってきた。透明な包みのそれは中身が丸わかりだ。

  • 13◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:55:31

    「カップケーキ……」

     リッキーに手渡すと共に、トレーナーは謝りつつ事の次第を説明した。彼女に返す為のプレゼントは用意していたと。
     ただ、忙しさから忘れてしまって今日の風水チェックにかこつけて渡そうとしていたが、邪魔をしては悪いと後回しにしていたらまた忘れてしまっていたと。

     年下相手に申し訳なさそうにしているトレーナーを見て、リッキーの不安は取り除かれていた。彼女を支えてきてくれたことは、コパノリッキー自身が一番よく分かっているから。

    「もういいよ、トレーナー。ね、キミが選んでくれたカップケーキ、食べていい?」

     もちろん、という了承に加えてトレーナーが選んだ理由を彼女のように解説する。色とりどりの宝石みたいで、リッキーに合いそうだったからという。
     その言葉に、リッキーは胸が温かくなる。トレーナーは知らないだろう、風水においては宝石も意味を持つのだと。

  • 14◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:56:19

    「あのね! ジュエリーも風水的には運気がアップしてね!」

     すっかり調子を取り戻したリッキーはカップケーキのそれぞれのトッピングの色に合わせて解説をする。レッドは健康運、ブルーは仕事運、イエローは金運。
     次の色を取り上げようとする彼女の指が止まる。ピンク、恋愛を意味するものの少し先のチョコレートがかかったものを選ぶ。

     口元に寄せて、それまでより少し小さな声でトレーナーに伝える。

    「ブラウンは、家庭運なんだよ?」


     幸せを、一緒に感じたくて。

  • 15◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:56:46

     春というものは暖かさをイメージさせる季節であり、冬の寒さも雪も春一番と共に吹き飛ばしてしまう。
     当然、防寒具は不要となり着けているだけで体は汗ばむ。北風と太陽ではないが、脱ぐのが道理だ。

     ナカヤマフェスタも例外ではなく、トレードマークの帽子は頭から離れてパイプ机に無造作に置かれていた。
     うだるような暑さとは言わないが、冬場は手放せなかった暖房も今は切られている。カップに入っているコーヒーもホットではなくアイスだ。

     その部屋の主の彼女のトレーナーも同じ気分なのか、同じくアイスコーヒーとだらしなく座る姿をセットで合わせている。
     時折聞こえるトレーニングに励む声と対照的に、だらけた空気だった。

    「なぁ、トレーナー……なんか、面白いことないか?」

     唐突にナカヤマがそんな言葉をトレーナーに投げかける。受け取った相手はコーヒーを一口啜り、投げ返す。ないね。

  • 16◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:57:27

    「なんだよ……だからって、こうしてんのも暇だな」

     トレーニングする?

    「今日は休みだろ。アンタが決めたんじゃないか」

     じゃあ読書とか。

    「生憎、ロブロイのおすすめはさっき読んじまった」

     お昼寝?

    「授業中にした。というか、適当に言ってないか?」

     デスクに向かっているトレーナーを横目で睨むが、相手はきょとんとした様子だ。本当に考えつかないらしい。ナカヤマは嘆息した。

    「あァ……ヒリつく勝負がしてえな……」 

  • 17◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:58:17

     スリルを求めて生きてきたナカヤマは、そんな言葉を漏らす。彼女は誰が相手でも勝負を仕掛けてきた。たとえ、それがトレーナーであっても。
     先日のバレンタインもそうだ。トレーナーに渡したチョコを使っての、勝負。暖房か、人肌か、溶け落ちる前に口に入れる"お遊び"。

     他人が見ていればいったい何をしているのかという内容を、二人は真に理解していない。ナカヤマはトレーナーを、トレーナーはナカヤマしか見ていないからだ。
     周りがどう思うかは関係がなく、目の前のことに集中してしまう。良くも悪くも、勝負師として生きてしまっている二人だった。

     その片割れであるトレーナーは、もう一方の不満を受けて一生懸命に考えていた。勝負、ヒリつく勝負。
     少しして、トレーナーは顔を晴れやかにした。それを見て、ナカヤマはぴくりと眉を動かした。何か面白いことが起こると勘が告げた。

     そんな彼女の様子に気付かずに、トレーナーは備え付けの冷蔵庫から中身を取り出した。ラッピングされたそれは、どこかの店で買ってきたものだろう。
     勘を働かせていたナカヤマはぴんと来た。先日のお返し、そういえばホワイトデーだなと。

  • 18◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 18:58:58

     しかし、そんな彼女でもトレーナーが顔を輝かせている意味は分からなかった。お返しをナカヤマに渡すだけで、この悩みが解決するのだろうか?
     頭の中で思考を巡らせる担当ウマ娘をよそに、その契約相手はホワイトデーのお返しだと告げる。ここまではいい。

     その次に、トレーナーは"お遊び"をしようと持ち掛けた。二人の間では、それは勝負を意味していた。ナカヤマは驚きと共に口元が笑みを作るのを感じた。

    「へェ……アンタが、私に、勝負?」

     彼女は一語一語区切って、強調して相手に確認した。本気か? と。先月の"お遊び"の結果を忘れていないか? と。
     ナカヤマの発言の意味を理解しているのかいないのか、トレーナーは自信ありげに包みを開けていく。中身を見て、彼女は呟く。

    「……キャラメル?」

  • 19◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 19:00:01

     ホワイトデーのお返しには色々と候補があり、それぞれ特別な意味があるのだという。種類によっては、相手を不快にさせるものもあるのだとか。
     しかし、ナカヤマはその手の世俗に疎かった。そもそも、バレンタインひとつとっても多種類あるというのに、彼女は勝負事にちなむからという理由でコイン型のチョコを選んだのだ。

     だからこそ、彼女はキャラメルの意味ではなくそれを使っての勝負に関心を寄せていた。それで? と、トレーナーに方法を問う視線を向ければ。
     トレーナーはキャラメルを摘まんだかと思うと、ナカヤマの口に入れてきた。いきなりのことでなされるがままにそれを彼女は受け入れる。唇に少し触れた指先が、感触を残していった。

     何をする、と甘味を咀嚼しながらナカヤマは睨んだ。春の暖かさのせいではないが、いつもの飴を含んでいなかった口の中にキャラメルだったものが少しずつ広がっていく。
     トレーナーは彼女の視線にひるむことなく、美味しい? と尋ねてくる。ナカヤマは不承不承ながら答えた。

    「美味い、けど」

  • 20◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 19:00:46

     その言葉にトレーナーは嬉しそうににっこりと笑った。子供のような無邪気さと、ほんの少しの悪戯心があることを見抜いて、彼女は先月の続きだと勘付いた。
     それは理解したが、何故キャラメルなのか。それをトレーナーに問うてみると、

     今度はすぐに溶けないものと思って、キャラメルにした。

     そう自信に溢れた返答をしてきた。勝機はあると顔にも書いているようだ。そこで芽生えた疑問を、ナカヤマはトレーナーにぶつけた。

    「だったら、飴でいいんじゃないか? もっと溶けにくいだろう?」

     それを聞いたトレーナーは、しまった、と呟いた。どうやら気付かなかったらしい。詰めの甘さにナカヤマは笑ったが、同時に内心では別の問いかけが生まれていた。
     このトレーナー室では前回の"お遊び"の記憶が、甘さが色濃く残っている。今回も"お遊び"のそれらは、もっと色濃く残るだろう。
     チョコよりも、キャラメルの方が確かに溶けにくい。溶け落ちるまでの時間、残り続けるだろう。

  • 21◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 19:01:44

     アンタは、そんなに私に残したいのか? アンタの、ことを。


     それは口の端にすら上らせることはなく、彼女は別の言葉を口にした。

    「アンタも、意外と食えないな」

     きょとんとしたトレーナーは、自分からキャラメルを頬張った。美味しいよ?
     まったく。そうじゃない。またナカヤマから笑みが漏れていく。本当に、食えないヤツだ。

     彼女は部屋を見渡した。ここにあるのは、キャラメルと、ナカヤマと、トレーナーだけ。
     甘味は食べられて、私は食べて。残るは?


     さて。食べるか、食べられるか。どっちだろうな?

  • 22◆zrJQn9eU.SDR23/03/18(土) 19:02:15

    以上です。ありがとうございました。

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