すみませんここに来れば

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:37:12

    ギィギィと錆びついた後輪をスプロケットとチェーンが懸命に回す。
    昔の戯曲に登場する様な悪魔がこの世の最後に放つ様な断末魔にも似た金切り音が鼓膜を揺らして痛い。
    僕の後ろには僕よりも軽い人がいて、懸命にペダルを漕げど、傾斜のキツい坂道は中々その道中を楽には進ませてくれない。
    重さが不自由に感じることはない。いつも感じている重さだ、慣れたものだし無ければふらついてしまうほど体のバランスに染みついた重さだ。
    この坂道も別に今日初めて登るわけではない。もう何度も通った道がなんだか今日は妙に重苦しくて、額から大きな汗と口からは白い煙が立ち上る。
    空気は澄んでいて冷たい。だけど体は火照っている。それは着込んだジャンパーのせいでも、自転車を漕いでいるからでもなく、僕の後ろに僕以外の、君の温もりがあるから。自分じゃない体温がくれる暖かさが僕の体を熱くする。
    ようやく坂を登り切った時、水平線から顔を出し始めた陽の光が僕らを眩しい光で照らした。
    まだ静まり返っていて目を覚ましていない街は小石を蹴った音が端から端まで届くのではないかと思うくらい静かで、いつもの街の違う姿に、まるでこの世界に僕ら二人だけしかいない様なそんな気になる。
    ポツリと呟いた僕の言葉に君がはにかんで笑う。
    朝焼けに照らされる君の顔は、僕の知りうる言葉では表せない様な美しさで、慌てて顔を逸らした。
    そんな僕がおかしかったのか君は少し笑った。見なくてもわかるのに、その顔を見てみたくなった。だけど見ることは叶わなかった。振り返れなかったのだ。
    あの時、僕は泣いていたから。

  • 2二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:37:55

    僕らの街の駅は長い坂道を登った先の小高い丘の上にある。少し前(とは言っても10年以上は前)に改修工事が入って、田舎町の駅にしては小綺麗な駅には1時間に1本だけ電車が来る。
    駅の隣には小さな公園があって、そこから見える街と海の景色が君のお気に入りなことを僕はよく知っている。
    券売機の上には大きな路線図がある。君が行くのはこの路線図の1番左端、ビックリするくらい高い切符でしか行けないような遠い場所。その場所のことを僕はよく知らない。
    そんな場所に君は行く。大事そうに持った少し大きな切符を握りしめて、勇足で。
    僕が買うのは入場券。100円で買える1番安いやつ。君と比べると随分と情けないただの紙切れ。それなのに君のと同じくらい、いやそれ以上に大事にポケットに仕舞う。すぐに使うのに、ポケットの奥へ奥へと仕舞い込む。使いたくないと無自覚に拒否する様に、奥へ奥へ。
    先に行った君の後を追いかけると、改札口で悪戦苦闘しているのが目に入った。
    肩掛けカバンの紐が引っかかっている様だ。
    たしか、一昨日あたりに買ってもらったと言っていたはずだ。君の体格にはあっていない大きなカバン、慣れていないなら引っ掛けてしまうのもしかたないだろう。
    君も近づく僕に気付いたようで、申し訳なさそうに僕に外すのを頼んだ。
    こうやって君の頼みを聞くのも、最後になるんだろうか。そう考えるとまた目頭が熱くなってきて、君と目を合わせられなくなる。
    それでも何も返答しないのも無愛想だから、小さく頷いて、カバンの紐を外す。
    妙に固く引っかかっていた紐は僕が触れるとすぐに外れて、あまりにも呆気なくて伸ばした手が気恥ずかしさで宙に円を描いていた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:38:13

    ホームには既に電車が来ていた。
    とはいえ、この駅で少しの間止まるので発車までにはまだ時間がある。僕と君はゆっくり、確実に一歩一歩、乗車口へと歩みを進めた。
    無限とも一瞬とも思える時間だった。
    隣で歩く君を見て、思い出が走馬灯のように脳裏を走り出す。どれも取り止めのない、きっと世界にはありふれているごくごく普通の子供の思い出。だけど、僕にとってはどれもかけがえのないもので、10歳そこらの子供にとっては世界の全てだった。
    ついに電車へと辿り着いてしまった。
    ドア横に備え付けられた開閉ボタンを君が震える指で押す。
    スピーカーから流れるベルの音が僕らの最後を告げているようで、逃げ出したい想いとここから離れたくないという想いがまぜこぜになって、開くドアの先に答えを求めるが、そこには僕の居場所はない。
    ここから先は、君だけの場所だから。
    電車への距離は、一歩分。
    されど、それは何万歩よりも大きな一歩。
    幼い子供にとって、世界の全てだったこの小さな田舎町を飛び出し、右も左も分からない場所へと飛び込む。それがどれほど恐ろしくどれほど勇気がいることか、僕には見当もつかない。
    だけど君は行く。その背中が遠く感じて、手を伸ばせば届く距離なのにずっと先にあって届かない様な気がして、羨望と絶望が僕の手を押し込めた。
    両の足を電車へと収めると、君はこちらへ振り返る。僕はここに来てもまだ、顔を見れない。
    そんな僕を見て、君が言った。

    「約束だよ、必ずいづの日がまだ会うべ」

    あの時、僕はなんて言ったのだろう。
    よく覚えていない。

  • 4二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:38:56

    あれから僕も小さな街を出るようになった。
    とは言っても、別の町の学校に通うようになったというだけで、朝に街を出て夕方に街へと帰る、それだけのこと。
    路線図でも別に遠くない場所で、あの日、君が行った見知らぬ駅には切符の値段ですら往復にしても足りない。まだ、僕の世界は狭い。
    朝。その日は早くに目が覚めて、なんとなく早くに駅へと向かった。
    まだ多くが寝静まった街は静寂に包まれていて、世界中に僕一人みたいだと、無意識に呟く。
    もう坂道をオンボロの自転車で駆け上がることにも慣れたもので、ゆっくりと街を染めていく陽の光に目新しさも感じなくなっていた。
    坂を登り切った時に見える朝焼けを綺麗だと最後に言ったのはいつの日だろうか?
    らしくない考えが頭を駆け巡る。ジリジリと熱を帯びる光に目を瞑ると、背後から汽笛の音が聞こえる。
    体は無意識に線路沿いの下り坂へと自転車を漕ぎ出していた。
    そうだった、ふと思い出す。
    あの日も同じだった。
    君を見送った僕は過ぎゆく電車にいてもたってもいられなくなって、フラフラと自転車を漕ぎ出したんだ。
    線路沿いの緩い下り坂を風よりも早く飛ばしていった。周りのことなんて気にせずただ、前だけを見ていて、君に追いつけと鼓動が早鐘を打っていた。
    それでも錆びついた車輪はほんの僅かの間電車と並ぶのが精一杯で、悲鳴を上げる自転車なんて気にもせず加速を続ける電車に、ゆっくりと残酷に距離を離されていく。
    それでも、漕ぐのをやめなかった。だって僕はまだ、何も伝えていないから。
    あの時、踏み出した君はドアの向こう側で泣いていた。僕は俯いていて、顔は見ていなかったけれど、それでもわかった。だって君の声が震えていたから。ずっと一緒にいるから、それくらいわかるから。どんな気持ちで約束を言ったのか痛いほどわかるから。
    だから、僕は大きく声を張り上げて言うのだ。息も絶え絶えでみっともなくて情けない声しか出ないけど、それが僕の全てだから。
    君と同じで、君とは違う。祈りじゃなくて誓い。必ず叶えると誓う神様への宣誓。

    「約束だよ、必ずいづの日がまだ会うべ」

  • 5二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:39:11

    大きく手を振る。バランスが崩れるとかそんなことなど気にしない。君に届くかなんて心配しない。
    この街から、この小さな世界から、僕から、離れていく君に見えるようにいつまでもいつまでも大きく手を振った。
    そうして僕は道の行き止まりに投げ出され、草むらの中で朝焼けの空を見た。

    僕は変わっていなかった。
    あの日と同じように、草むらの中で朝焼けの空を見上げていた。空も変わっていなかった。
    街も人も、その多くは大した変化はない。
    いつもの通り、いつもの店、いつもの匂い。
    変わらずにこの街は動き出して、活気付いて賑わい出す。
    そんな営みの溢れる場所を僕は一人で行く。
    喧騒と誰かの生活で溢れたこの場所は僕だけ余所者みたいで、なんだか世界中に一人だけみたいだと、聞く人などいないのに小さくこぼした。
    ギィギィと錆びついた後輪をスプロケットとチェーンが懸命に回す。
    昔の戯曲に登場する様な悪魔がこの世の最後に放つ様な断末魔にも似た金切り音が鼓膜を揺らして痛い。
    僕の後ろにあった重みはなくなり、バランスがうまく取れなくてフラフラと足取りは不安定だ。
    取り残された錆びない思い出を頼りに、車輪は僕を運んでいく。
    まだ背中にはあの日の温もりが消えずに残っていた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:40:10

    こんな感じのユキノの地元の幼馴染の別離が見えると聞いたのですが……


    もしなければこの歌聞いてくださいいい曲ですので

    BUMP OF CHICKEN『車輪の唄』


  • 7二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:41:36

    お客様代金の方お支払いいたしますのでもう厨房に立っていただけませんか

  • 8二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:41:45

    >>6

    すでにそこにございますので椅子におかけになってごゆっくりお楽しみください

  • 9二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:41:57

    はえ〜すっごい……

  • 10二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:42:14

    すっごい熱量…

  • 11123/03/20(月) 20:58:30

    >>7 >>8

    すみませんそれだと賄い料理になるんです

  • 12二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 20:59:23

    曲をモデルにして、募集しながら書くスタイル……
    お久しぶり?

  • 13123/03/20(月) 21:07:10

    >>12

    いや多分違う人よ

    私、最近復帰してきた口だから

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 21:53:39

    >>6

    いい曲だよね車輪の唄

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/20(月) 23:31:08

    もう最高級の品が出てきてるから後続の料理人が全員いなくなっちまったんだが?

    良きSSだったのだ、あとは文章をときどき一行開けるようにするともっと見やすくなると思うのだ

  • 16二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 11:19:06

    でも都会でスパダリのトレーナーと出会うんだよね…

  • 17二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 19:58:25

    >>16

    そしてデートのことばかり考えるスケベな娘に……

  • 18二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 20:05:31

    曲とウマ娘の組み合わせを書くと誰かが…ってスレあったよね。
    あれ見た人?それとももしかしてリクエストした本人だったりするのかな?
    ユキノ持ってない&キャラスト4話までも見逃しちゃって、断念したんだよなぁ。

    いい作品をありがとうございました。

  • 19123/03/21(火) 20:22:01

    >>18

    リクエストしたけど書いてもらえなかったから自分で書いた


    こちらこそ感想ありがとう

  • 20二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 20:25:12

    お前がナンバーワンだ…………

  • 21二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 20:37:45

    素晴らしいSSをありがとうございました。
    上質な曲を、その質の高さに溺れず最高の文章に仕上げたスレ主には脱帽です。

  • 22二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 20:39:37

    ユキノの画像と1行目でもう車輪の歌だと思った

  • 23二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 21:05:24

    >>22

    なんでこうカチッと合うんだろうね

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