(催眠術の日記念SS)サトノダイヤモンドVS催眠術

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:04:28

    「トレーナーさん、今日は何の日か知ってますよね?」
    「ああ、今日は春分の――――」
    「そう! ご存じ、催眠術の日ですね!」
    「なにそれこわい」

     3月21日、今日は世間一般的には祝日に当たる日。
     俺はトレーナー室で、担当ウマ娘のサトノダイヤモンドから衝撃的な事実を突きつけられた。
     彼女は『誰でもできる! 催眠術入門!』という本を、満面の笑みで見せつけている。
     その様子に少しばかりの頭痛を覚えながら、俺はまず、正直な言葉を口にすることした。

    「えっと、ごめん、俺はその日を全くご存じないんだけど」
    「今日は催眠術の『3、2、1、ハイ』の掛け声に因んで催眠術の日なんです!」
    「その理屈だとうまぴょい伝説の日でもあるんじゃ……」

     まあ記念日というのは言ったもん勝ちな部分もある。
     サラダが美味しいといえばサラダ記念日、これもそういう類の話なのかもしれない。
     では次にトレーナーとしての質問。

    「そもそも何でわざわざ祝日にトレーナー室に来たんだ?」
    「…………トレーナーさんも祝日にわざわざトレーナー室にいますよね?」
    「うん、ごめん、俺が悪かった、この話はやめよう」

     ジトッとした目つきのダイヤに、俺は降参するように両手を上げる。
     ここのところ取材依頼や新入学に向けての手伝いで仕事量が激増。
     また、春のG1に向けて、トレーニングメニューの最終調整にも時間が必要。
     そんなわけで祝日にも関わらずトレーナー室で仕事をしていたところ、彼女が現れたのである。
     休みはしっかり休め、と言ってる側がこの有様では説得力がない。

    「と、とりあえず仕事は終わったから時間はある、催眠術をやってみたいのか?」

  • 2二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:05:19

     分の悪さから、話題を逸らすように話を戻してから、気づく。
     俺の良く知るサトノダイヤモンドというウマ娘ならばそうじゃないだろう、と。
     俺の知ってるダイヤならば、むしろ――――。
     彼女はその言葉を待っていたと言わんばかりに耳をピンと立たせる。
     尻尾を左右にぶんぶんと揺れていて、意気込みの程が伝わってくる。
     そして、彼女はぎゅっと拳を握り、大きな声で持論を披露した。
     
    「催眠術をかけられると言いなりになってしまう、というのもいわばジンクス!」

     いや、違うんじゃないかな。
     その言葉を口に出すまえに、ダイヤはぐいっと身を乗り出すように近づいてきた。
     そして、本を俺に押し付けながら、目を好奇心で溢れさせて、彼女は懇願するのである。
     ああ、ダメだ。
     ダイヤからこの目で頼まれると、俺は断れなくなってしまう。

    「なのでトレーナーさん! 私に催眠術をかけてみてください! ね、ね!?」
    「わかったわかった……でもあまり期待はしないでくれよ」

     いつも以上の押しの強さを感じつつも、俺は頷いて、その本を受け取った。
     『君の素直さは長所』。
     『やりたいことをいくつ言っても受け止める』。
     そう言って約束した以上、俺に断る理由もないのだ。
     そもそも催眠術というものを根本的に信用していない、というのもあるが。
     ダイヤは本を受け取る俺を見て安心したように息をつくと、さらに道具を手渡してくる。

    「私もちゃんと予習して準備してきました! この五円玉と糸を使ってください!」
    「またベタな……というか受ける側が予習して良いのかこれ」

  • 3二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:05:42

     ゆらり、ゆらり。
     振り子のように揺れる五円玉。
     仮眠用も兼ねたソファーに腰かけるダイヤは、それを気合の入った目で追い続けていた。
     俺はそんな彼女を見ながら、お決まりの言葉を放つ。

    「あなたはだんだん眠くなる~……」

     うん、言ってて恥ずかしくなってきた。
     本の通りであれば、これで催眠状態になるはずなのだが、ダイヤにその様子はない。
     むしろ、目をきらきらと輝かせて五円玉を見続けている。
     このままでは埒が明かないので、正直に彼女に現状を伝えることにした。

    「一応、本ではこれで催眠状態になるって書いてるんだけど」
    「えっ!? …………すっ、すーすー、ぐーぐー」

     ダイヤは驚愕の表情を浮かべると、そのまま流れるように目を閉じて眠り始めた。
     ……いやいやいや、小学生でも騙されないぞ、こんなの。
     わざとらしすぎる寝息を立てる彼女の肩を軽く叩きながら、声をかける。

    「ダイヤ」
    「かっ、かかってまーす」

     トイレか。
     彼女自身、無理があると察したのか諦めたように目を開ける。
     そして、眉を八の字にして、困ったような表情を浮かべた。

    「これじゃあ、目的を果たせません……」
    「催眠術にかからなかったんだから、破ったことになるんじゃないか」
    「そっ、それは……そう、これではジンクスを避けただけ! ジンクスは破ってこそですっ!」

  • 4二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:06:06

     妙に必死な様子でダイヤはジンクス破りの方向性の違いを伝えてきた。
     若干、違和感を覚えるものの、言いたいことは分からなくもない。
     そして彼女は、まるでレース中のような気迫で、訴えかける。
     
    「トレーナーさん、もう一度お願いします!」
    「多分同じ結果になると思うけど」
    「私も本気にかかりますので、トレーナーさんも本気で催眠術をかけてください!」
    「おっ、おう」

     催眠術に本気でかかるとは、催眠術を本気でかけるとは一体なんぞや。
     しかしながら、真剣に催眠術をかけていたかと問われれば、俺は答えに窮してしまう。
     どうせ成功するはずがない、そんな考えが脳裏にあったのは否定できない。
     受け止めると決めた以上は、真剣に向き合うのが筋というもの。
     俺は考え方を改め、襟を正してダイヤと向き合う。

    「ダイヤ、まずは大きく深呼吸して、肩の力を抜いて、五円玉を見つめて」
    「すぅー……はぁー……はい」
    「揺れる五円玉を、目の動きだけで、追いかけ続けて」
    「わっ、わかりました」
    「また力が入ってるよ、今は何も考えないで、ただこれを、見つめ続けてね」
    「……はい」
    「そう、良い子だ、そのまま、そのまま」

     ゆらり、ゆらり。
     しばらくの間、ダイヤにじっと五円玉を目で追わせ続けた。
     やがて、彼女の目は無意識の内に軽度の疲労状態になり、トロンとした目つきになる。
     そのまま五円玉の高さを少しずつ下げていくと、彼女の瞼も少しずつ下がっていく。

    「あなたはだんだん眠くなるー……」

  • 5二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:06:25

     ダイヤは完全に脱力した状態でソファーにもたれ掛かっていた。
     完全に眠っているわけではなさそうだが、覚醒した状態ともいえない。
     いわゆる、催眠状態、なのかもしれない。
     マジか、と思いながら、本を改めて開き、続きの内容を実践する。

    「えっと、『3つ数えて指を鳴らすと、あなたは私の言うことに従ってしまいます』……?」

     その言葉に対して、ダイヤは微かな反応を示した。
     いわゆる、暗示である。
     俺は心の中で疑念、困惑、躊躇と様々な感情を渦巻かせながら、次の工程に移る。

    「3、2、1、ハイ」

     パチン、と指を鳴らす。
     その音に反応したかのように、ダイヤは目を開いた。
     だが、その目には力がなく、夢うつつといわんばかりの状態。
     いまいち成功したかどうかの実感が湧かないまま、俺は確認のため、簡単な指示を出す。

    「右手を上げて」

     ダイヤはすっと右手を上げる。

    「……一着のポーズして」

     ダイヤは立ち上がって左足を後ろに挙げて、両手で猫のような構えを取る。

    「…………キタサンブラックの物真似して」
    「……張り切っていこー」
    「すごいなこの本、どういう理屈なんだ……?」

  • 6二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:07:03

     何か特殊なことをしたわけでもないのに、催眠術に成功してしまった。
     一応大前提としてお互いの信用が重要らしいので、悪用されることはないと思われるが。
     本は後で処分しておこう、と思いつつ、ソファーに座り直したダイヤを見る。
     今、ダイヤは俺の言うことを何でも従ってしまう状態、らしい。
     まあ、だからなんだと言う話だけれども。
     俺は本をめくって、催眠術を解く方法を確認する。
     ぶっちゃけ、こんなことをしてまでやって欲しいことなんてないのだ。
     そのはずだったのに、気づけば俺は一つの疑問を口にしていた。
     
    「ダイヤ、なんで催眠術にかかろうとしたか、教えてもらっていいかな?」

     彼女との付き合いも、それなりになった。
     “ジンクル破り”が本来の目的でないことくらいは、なんとなくわかっている。
     するとダイヤは、らしくない小さな声で、ぼそぼそと言葉を呟き始めた。

    「最近、トレーナーさんが、とっても忙しそうで、大変そうで」

     確かに最近は仕事が詰まっていて、忙しかった。
     そのことで余計な心配をかけてしまっていたようである。

    「だからダイヤも、何かしてあげたくて、でも何をしてあげればいいか、わからなくて」

     辛そうな、声色。
     鼓膜を揺らす彼女の言葉に、俺は眉をしかめる。
     俺の不手際で、ダイヤを悩ませてしまった。

    「悩んでいたら、ゴルシさんが、催眠術の日を教えてくれて、本をくれて」
    「……出所そこかあ」

  • 7二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:07:18

     正直、ちょっと予想はしていた。
     この手の物事を勧めてきそうなのは、彼女くらいしか思いつかないからだ。
     しかし、その直後ダイヤの口から出たのは予想外の内容だった。

    「催眠術にかかれば、ダイヤにして欲しいことを言ってくれるかなって」

     ゴールドシップは俺を催眠術にかけて聞き出せ、というつもりだったのかもしれない。
     しかしダイヤは予想の斜め上をいく。
     自分自身に催眠術をかけさせて、して欲しいことを言ってもらえば良い、という発想に至った。
     らしいというか、無防備というか、なんというか。
     呆れ半分、気恥ずかしさ半分な気持ちで聞いていると、彼女は小さく一言だけ付け足した。

    「あと、もう少し、ダイヤに構ってほしくて」

     ……最近、あまりトレーニング以外で関わる時間を、取れていなかったかもしれない。
     様々な後悔を覚えつつ、俺は黙って本を開き、催眠術の解除の仕方を調べる。

    「これか……『3つ数えて指を鳴らすと、催眠は解除されます』、3、2、1、ハイ」

     パチン、と指を鳴らすとダイヤは目を閉じてソファーに体重をかけた。
     そして聞こえてくる小さな寝息、今度は嘘には見えない。
     というか、解除したらすぐ目を覚ますんじゃなくて、寝るのか……。
     不可思議な状況に首を傾げながら、とりあえず、眠る彼女にタオルケットをかけた。

    「起きたら心配をかけた謝罪と、心配してくれたお礼をしないとな」

     ダイヤのためと思って、少し無理をしてしまっていたようだ。
     その結果、余計な心配をさせてしまい、更には寂しい想いをさせてしまった。
     トレーナー失格と誹られても仕方がない。
     今後は同じ過ちを繰り返さないように、仕事のやり方も考えていかなければならない。

  • 8二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:07:41

    「それにしても、ダイヤにして欲しいこと、ねえ」

     改めて、彼女の言っていたことを思い出す。
     して欲しいことは、あるにはあるけれども。
     俺は目を閉じて、頭の中で浮かんでいるそれを、口に出してみた。

    「素直に、明るく、楽しく、やりたいことに挑んで欲しい」

     あの夏合宿の時、ダイヤはもう遠慮はしないと言ってくれた。
     俺もどんとこいと答えて、それ以来、彼女は色んなところに俺を連れて行ってくれる。
     そんな彼女に、俺はいつも元気づけられている。

    「明るくて、魅力的て、君らしい笑顔でいて欲しい」

     どんなジンクスに挑む時だろうとも、ダイヤは楽しそうに笑う。
     その笑顔は少しだけ子どもっぽくて、それでいて強く惹きつけられて、見てる方も笑顔になって。
     何よりも、サトノダイヤモンドらしい笑顔を見せてくれる。

    「ターフの上で、どんな宝石にも負けない、最大限の輝きを見せて欲しい」

     一族の悲願達成に燃える彼女の走りは、普段の姿からは想像もつかないほど激しい。
     そしてその走りは見るものの目に、脳に、心に焼き付くほどだ。
     本物のダイヤモンドよりも眩い、サトノダイヤモンドの輝き。

    「そんなダイヤの“いつも通り”を、俺は君にしていて欲しい、それが俺の好きなダイヤだから」

     なんてことはない、最初からして欲しいことを、してもらっているのだ。
     こんなこと恥ずかしくて、面と向かっては言えないけれど。
     俺は目を開いて、眠るダイヤに向けて、言葉を紡いだ。

  • 9二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:07:58

    「だから何も特別なこと……な、ん……て」

     そして、言葉に詰まった。
     目の前のダイヤが、ぎゅっと目を瞑り、頬を紅潮させ、口をもにょもにょと動かしていたから。
     急速に冷えていく頭で、改めて思考を巡らして、彼女に声をかける。

    「……ダイヤ、起きてるでしょ」
    「ぐっ、ぐーぐー、すーすー、寝てまーす……」
    「ダイヤ」
    「あぅ……はい、起きてます……」
    「ちなみにいつ頃から?」
    「……『ダイヤにして欲しいこと、ねえ』の辺りから」
    「ほぼ最初からだな……」

     思わず顔に手を当てる、触れた自身の頬はとても熱い。
     顔が熱いのはお互い様のようで、ダイヤは頬どころか、顔を朱色に染め上げていた。
     彼女はタオルケットで口元を隠しながら、目尻を下げた表情で言う。

    「嬉しくって、どうしても、口が緩んじゃって……えへへ」

     ……まあ、喜んでくれるなら恥をかいた意味はあった。
     催眠術で聞きだしてしまった報いだと思って受け止めることにしよう。
     自己嫌悪に陥る前に、まずは彼女に伝えなければならないことがある。

    「ダイヤ、心配をかけてごめん、それと、ありがとう」
    「……今後は、私にも相談してくれると、嬉しいです」
    「うん、それと、そもそもこうならないように、気を付けるよ」
    「…………後、貴方の好きなダイヤを、もっとちゃんとしっかり見ていて欲しいです」
    「うん、約束するから、出来ればその言葉は忘れていただけないでしょうか……?」
    「ふふふっ、それはちょっと難しいですね?」

  • 10二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:08:19

     ダイヤが楽しそうな笑顔で、そう告げる。
     何故かそれだけで、俺はそれ以上に何も言えなくなってしまう。
     彼女が楽しそうならそれで良いかと、心の底から思ってしまう。
     そして釣られるように、俺も笑顔になってしまう。

     まるで――――催眠術にでもかかったみたいだな、と俺は思った。

  • 11二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 00:08:47

    お わ り
    今日は催眠術の日で祝日なので書きました

  • 12二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 11:56:10

    催眠術の日自体はマジであるんだ……

  • 13123/03/21(火) 12:44:20

    >>12

    自分もびっくりしましたねえ

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 12:48:49

    とても良かった
    それはそれとして催眠術の日はあるんだ…

  • 15123/03/21(火) 13:50:45

    >>14

    感想ありがとうございます

    調べてもいつから出来たのか良くわからない謎の多い日なんですよね……

  • 16二次元好きの匿名さん23/03/21(火) 13:56:20

    > その理屈だとうまぴょい伝説の日でもあるんじゃ……

    ここなんか好き

  • 17123/03/21(火) 19:40:31

    >>16

    由来を聞いて最初に思ったことです

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