夢十夜 第二夜 グラスワンダー

  • 1二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:07:47

    こんな夢を見ました。
     トレーナーさんの室を退がって、廊下伝いに私の部屋へ帰ると行灯がぼんやり点っている。片膝を座蒲団の上に突いて、灯心を掻き立てたとき、花のような丁子がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。

  • 2二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:08:05

    襖の画は蕪村の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近とかいて、寒むそうな漁夫が笠を傾けて土手の上を通る。床には海中文殊の軸が懸っている。焚き残した線香が暗い方でいまだに臭っている。広い学園だから森閑として、人気がない。黒い天井に差す丸行灯の丸い影が、仰向く途端生きてるように見えた。エルには無理を言って外してもらった。
    立膝をしたまま、左の手で座蒲団を捲って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直して、その上にどっかり坐った。

  • 3二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:08:20

    君はウマ娘であり学生だろう。学生とは結婚できるはずがないじゃないかとトレーナーさんが云った。私もあなたも学生やらトレーナーやらの前にともに一人の士です。そういつまでも逃げてらっしゃるをもって見ると、あなたは士ではありませんねと言った。男の風上にも置けませんと言った。トレーナーさんが気色ばむのを見てははあ怒りましたねと言って笑った。口惜しければサインした婚姻届を持って来てくださいと言ってぷいと向をむいた。怪しからん。

  • 4二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:08:31

    隣の広間の床に据えてある置時計が次の刻を打つまでには、きっと受けとって見せる。受けとった上で、今夜また入室する。そうしてうまぴょいしてやる。受けとらなければ、トレーナーさんの操が奪えない。どうしても受けとらなければならない。自分は士である。

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:08:44

    もし受けとれなければ自刃する。士が辱しめられて、生きている訳には行かない。綺麗に死んでしまう。
     こう考えた時、自分の手はまた思わず布団の下へ這入った。そうして朱鞘の短刀を引き摺り出した。ぐっと束を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃が一度に暗い部屋で光った。凄いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先へ集まって、殺気を一点に籠めている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮められて、九寸五分の先へ来てやむをえず尖ってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇が震えた。

  • 6二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:08:55

    短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽を組んだ。——条例曰く淫行と。淫行とは何だ。あくまで真摯な交際だとはがみをした。
     奥歯を強く咬み締めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。
     懸物が見える。行灯が見える。畳が見える。トレーナーさんの顔がありありと見える。この前三つあるカメラの一つが取り外されてしまった。怪しからんトレーナーだ。どうしてもあの男をものにしなくてはならん。受けとってやる。純愛だ、愛だと舌の根で念じた。愛だと云うのにやっぱり線香の香がした。何だ線香のくせに。

  • 7二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:09:06

    自分はいきなり拳骨を固めて自分の頭をいやと云うほど殴った。そうして奥歯をぎりぎりと噛んだ。両腋から汗が出る。背中が棒のようになった。膝の接目が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。トレーナーさんはなかなか書き入れない。書き入れると思うとすぐ筆を置く。腹が立つ。無念になる。非常に口惜しくなる。涙がほろほろ出る。ひと思に身を巨巌の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。

  • 8二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:09:17

    それでも我慢してじっと坐っていた。堪えがたいほど切ないものを胸に盛れて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。

  • 9二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 22:09:28

    そのうちに頭が変になった。行灯も蕪村の画も、畳も、違棚も有って無いような、無くって有るように見えた。と云って婚姻届はちっとも現前しない。ただいい加減に坐っていたようである。ところへ忽然隣広間の時計がチーンと鳴り始めた。
     はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。

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