【SS】近しい生まれの、生きる未来

  • 1◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:03:51

     二人が初めて会ったのは、いつだっただろうか。


     ウマ娘の最高の栄誉であるレース、そのひとつに数えられるトゥインクル・シリーズ。その出走の為の機会を、設備を提供するトレセン学園。
     所属するウマ娘の生徒達は日夜トレーニングに励んでいる。トレーナーが付けばレースへの出走も現実になるが、夢のままで諦める者は殆どいない。

     レースへの挑戦が未だならずとも、それを目指して努力するウマ娘がここに一人。つい先日入学したばかりの中等部の生徒、アドマイヤベガだ。
     彼女はメイクデビュー前であると共に、本格化すら迎えていない身。それでも、来るべき日の為にトレーニングを欠かさないという認識が早くも広まっている原石だった。

     当の本人は周りの噂も露知らず、最早日課と化した夜の鍛錬に出かけようとしていた。申請さえしていれば、度が過ぎさえしなければ。そんな条件が加わるが、体が出来上がっていない生徒でも走れるのは彼女にとってありがたかった。
     アヤベにとって、少しでも時間は浪費したくなかった。入学してもまだまだ遊びたい盛りの生徒が多い中、異質な考えの持ち主はグラウンドに向かう。

     目的の場所に辿り着けば、そこには既に先客がいた。申請同士が被ることは往々にあり、珍しいことではない。しかし、珍しいものとして初めて見る顔がそこにあった。
     既に日は沈みかけてナイター用の明かりが照らされているトラック。そこで一人のウマ娘が空を見上げて佇んでいた。

  • 2◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:04:33

     昼間の賑わいがない静けさに包まれ、ある種の幻想的な光景の一部に溶け込んでいる。本当にそこにいるのだろうか。半ば訝しみながらアヤベが近付けば、視線が向けられる。
     何を言うでもなくただ微笑まれ、クラスメイトとすら満足に交流していない彼女は戸惑ってしまう。それでも何かを言わなければと口を開く。

    「……あなた、星が好きなの?」

     突然の、挨拶もなく目的だけを含んだ言葉。それを不快に思うことなく、問われたウマ娘が答える。

    「詳しいわけではないのですが。ただ……あの天上の輝きのように、在れたなら、と」
    「そう……」

     目の前の彼女が口にした言葉に、アヤベは奇妙な親近感を覚えた。クラスメイトとすら満足に話していないのに、彼女は言葉を重ねた。

    「私は、アドマイヤベガ」
    「まあ、これはご丁寧に。メジロアルダンと申します」

     端的な物言いに、喜びさえ含ませてアルダンは返した。その後も続く交流の、きっかけとなる出会いだった。

  • 3◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:05:04

     その日から、アドマイヤベガとメジロアルダンはトレーニングを共にした。日常茶飯事という密度ではなく、夜のグラウンドに時折、という頻度だった。
     お互いに約束するわけではなく、偶然申請が重なれば併走等を行う。それは、何と表現して良いものか分からない関係だった。

     そもそも、出会って間もない頃はお互いに意思疎通もぎこちないものだった。
     アヤベは入学当初からトレーニングにのめり込み、必要最低限の会話すら惜しむタイプだった。アルダンは休みがちの不足を取り戻す為のトレーニングで、やはり交流が少ないタイプだった。

     よくもファーストコンタクトが取れたものだといった具合だった。それでも、不器用さは同レベルではあったものの、会話の経験値がまだ多いアルダンがリードすることで相互理解は進んでいった。
     学年の差はあっても気質が似通っていたことが大きかったのかもしれない。二人とも目的の為の努力を怠らない、群を抜いたストイックさが共通していた。

     虚弱な体をフォローするトレーニングを日夜研究するアルダンと、年下ながらも冷静にフラットな目線で修正すべきポイントを指摘出来るアヤベ。
     その改良されたものをお互いに最適化して行うことでトレーニングの質を高める。二人はまさしく支え合って生きていた。

  • 4◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:05:34

    「アヤベさんは、よろしいのですか? その……私のような者と一緒にいて」
    「どういう意味か分からないのだけど。アルダンさんこそ私みたいなのといいの?」

     ある日、二人は相手にそう問いかけたことがある。アルダンは弱さを抱える体の自分が迷惑をかけていないかと、メジロの名を冠していることで余計な気苦労をさせていないかと考えていた。
     アヤベはこの交流で少しはましになったものの、相変わらずトレーニング一辺倒の自分でつまらなく思っていないかと、いつもいつも無愛想な顔で不快にさせていないかと考えていた。

     彼女達は相手の言葉に目を丸くさせた。ややあって、くすくすと可笑しそうに笑い合う。裏にどんな意味を込めているのか分かってしまっていた。そんな心配は必要ないというのに。
     言外の想いを感じられるくらいには、既に相手のことが理解出来ていた。それが最初の頃の未知との遭遇を思い出させ、ますます笑みが深まっていた。
     言葉にせず、言葉にしようとも思っていなかったが。学年も立場も超えて、二人は友人と呼べる程に大切な存在になっていた。そこには先輩も後輩も、関係がなかった。


     それから、何日も時を過ごした。アヤベの周りには、テイエムオペラオー、メイショウドトウ、ナリタトップロード、カレンチャンが。アルダンの周りには、メジロ家に連なるウマ娘の他に、サクラチヨノオー、ヤエノムテキが。
     自分とは違うタイプのやかましさに、自分とは違うタイプの元気さに、戸惑うことはあった。それでも本気で拒絶することがなかったのは、両者の優しさが確かにあっただろう。
     しかし、彼女達と交流する前に双方が出会っていたことが、受け入れる土壌を作っていた。トレーニングに加えて、精神的な成長もお互いが助けとなっていた。
     これは形を変えてもずっと続くのだろうと、二人はそう考えていた。あの日までは。

  • 5◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:06:04

     交流が続けば、様々な会話が生まれる。日常のことやトレーニングのこと。そして、お互いのこと。相手に親しみを覚えていれば、尚更だ。
     何故トレセン学園に入学したのか。輝かしい未来を目指している殆どの生徒達にとって、明るく話せる何てことはない理由。こうあれたらという願い。
     しかし、アドマイヤベガにとって。メジロアルダンにとって。それは温かいものではなかった。悲壮さを湛えて、願いを超えて。決意といっても良い。

     アドマイヤベガは、走らなければならなかった。それが彼女に許された、ただひとつの贖罪の方法だった。
     彼女には双子の妹がいた。生まれてはこなかった。状況が違えば、それはアヤベだったかも分からない。
     しかし、幼い彼女に妹は生まれついていた。それはレースになると顕著に感じられ、走っている間こそ妹が傍にいることを確かめられた。
     故に、アヤベはトレセン学園を目指した。自分の身代わりになったのが妹だと考えた彼女は、走ることを喜ぶ妹に全てを捧げると決めた。
     走ることだけが、彼女の存在理由だった。

     メジロアルダンは、走らなければならなかった。それが彼女に許された、ただひとつの権利の行使だった。
     彼女には双子の姉妹がいた。生まれてはこなかった。アルダンひとりだけが生まれてきたので、姉か妹かも分からない。
     また、彼女は虚弱体質でウマ娘として走ることに耐えられるか分からなかった。走ることなしに、彼女は生きている意味を確かめられなかった。
     故に、アルダンはトレセン学園を目指した。自分が生きる意味は走ることにあると考えた彼女は、その瞬間を輝かせることに全てを捧げることに決めた。
     走ることだけが、彼女の存在証明だった。

  • 6◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:06:35

     かつてアヤベが感じ、その後アルダンも感じた親近感は、ここにあったのかもしれない。似ている境遇、抱いた決意の相似性。しかし、決定的な差が二人にはあった。

     アドマイヤベガは死を見つめていた。この世にいないことで得られないものがあるということを悲しんだ。手が届かない過去に、もがき苦しんだ。
     彼女はそれを見捨てることが出来なかった。諦めることが出来なかった。自らのどんな犠牲を払ってでも、達成しなければならないという優しさが仇となった。
     彼女は自分の未来を考えていない。そんな余裕は彼女にはないから。たったひとつ目的を果たせれば、他には何もいらないから。

     メジロアルダンは生を見つめていた。この世にいても得られないものがあるということを悲しんだ。手が届かない現在に、もがき苦しんだ。
     彼女はそれを見捨てることが出来なかった。諦めることが出来なかった。自らのどんな犠牲を払ってでも、達成しなければならないという生真面目さが仇となった。
     彼女は自分の未来を考えていない。そんな余裕は彼女にはないから。たったひとつ目的を果たせれば、他には何もいらないから。

     導き出した結論は同じなのに、向いている方向は別である二人。相互理解が為された時、為されてしまった時。両者がぶつかり合ったのは必然だった。
     アヤベが中等部最後の学年、アルダンが高等部に上がったばかりの年。その日のトレーニングは、いつもと違った様相を呈していた。

  • 7◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:07:06

     何故そこまで自分を傷つけることができる? 他にも方法はある筈だ。

    「あなたは今、生きているでしょう!?」
    「貴女は今、生きているのですよ!?」

     何て分からず屋なのだろう。そんな風に疎かにして良い存在ではないのに。こんな自分を支えてくれる、大切な存在なのに。

    「そこまで頑固だなんて知らなかったわ! 自分のことばかり考えて! 誰かのことを考えたことがあるの!?」
    「そこまで強情だなんて知りませんでした! 誰かのことばかり考えて! 自分のことを考えたことがありますか!?」

     余計なお世話だ。ずっとずっと、私は苦しんできた。今更別の道なんて、考えられない。

    『私はこの為だけに生きてきた!』

    『それ以外に何の価値が!?』

  • 8◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:07:37

     邪魔なんてさせない。ここまで私を見てきたなら理解できる筈。どれだけ焦がれてきたか。どれだけ乞うてきたか。

    『分かるでしょう!?』

     この想いが果たせるのであれば、構わない。形が願いであろうが呪いであろうが、何だっていい。

    『未来なんて、いらないでしょう!?』

     対価は、差し上げます。自らを、賭けます。

     彼女達は同じ想いだった。だからこそ、相手を理解出来ない。言葉の意味もそれが生み出される背景も、何もかも感じられるのに。どうしてそうなってしまうというのか。
     私にないものを、持っているのに。相手の言葉が全て自分に跳ね返ってくることに、感情に身を任せている二人が気付くことはない。

     彼女達の道は分かたれた。その日以来、共にトレーニングをすることはなくなった。接触は断たれ、会話もなくなった。関係は、絶たれた筈だった。

  • 9◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:08:11

     何があろうとも、月日は流れる。アドマイヤベガも、メジロアルダンも、トレーナーと契約した。
     ウマ娘の育成のスペシャリスト。とはいえ、彼女達はその方面にはあまり期待していなかった。新人であることもそうだが、奇しくも二人が協力して組み上げてきたトレーニング方法が、彼女達を高め続けていた。
     期待するのは、レースへの登録。自分の邪魔をしないこと。傲慢とさえいえる内容だが、"Eclipse first, the rest nowhere."を、トレーナーを並び立たせないという意味で体現していた。

     しかし、両者のトレーナーはタイプは違っていたが、それぞれウマ娘の為に行動出来る人間だった。彼女達の無茶を制止し、たとえ厭われようとも根気よく説得し、取り返しのつかない結末を防ぐ。
     それが三年続き、アヤベもアルダンも、それぞれのトレーナーとかけがえのない絆を結び、深めていた。酸いも甘いも噛み分けた、子供から大人へ少しだけ成長できた時間だった。
     利用するという思惑は確かにあった筈なのに、いつの間にか二人はトレーナーから多くのことを教わっていた。トレーニングの更なる効率化やレースのテクニック。そして、コミュニケーションの方法。

     生きている以上、感情というものはついて回る。ただ、それを自らの欲求のままに振り回していては、周りへの迷惑だけではなく自らを破滅させることにも繋がる。
     彼女達は文字通りそのような目に遭いかけた。一歩間違えれば、再起不能の怪我を負ってもおかしくなかった。そうならなかったのは、トレーナーのおかげ。自分の身勝手なこだわりで失う可能性があった、大切な存在。

  • 10◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:08:43

     彼女達は感謝した。こんな自分を支えてくれるなんて。同時に自分を恥じた。何て幼稚だったのだろう。大人ではないにしても、あまりにも子供過ぎた行動を取ってきた。
     トレーナーに伝えれば笑って許してくれた。それは相手が成熟しているからだ。新人だとかは関係がなかった。子供をまっすぐに見てくれる、素晴らしい大人だ。

     それに比べて、自分はどうだろう? あの日、相手にした言動はどうだったか。あの日から続いている、この絶交はどうなのか。
     あんなに相手は自分を心配してくれた。あんなに自分は相手を傷つけた。何もしないでいるのが、今すべきことなのか。今、自分に出来ることは。

     気付けば、アヤベとアルダンは同じ行動を取っていた。トレーナーが付いてからは久しく自分ですることもなくなった練習の申請。
     あの日まで使っていた場所に赴けば、やはりあの日以来まともに見れなかった相手の姿があった。

    『………………』

     夜は相変わらず物静かで、口を開かない沈黙がそれに溶け込む。どれ程時間が経ったか、当人達には計りようがない。それでもこのままではいけないという考えが、強引に口元を動かす。

    『あ、あの!』

     同時に発せられる言葉は重なり、躊躇いが生まれる。だからといって、もう勢いは止まらない。心に従うままに二人は続ける。

  • 11◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:09:13

    「ごめんなさい!」
    「申し訳ありません!」

     彼女達は勢い良く頭を下げたものだから、お互いに相手の表情は捉えられなかった。少しの空白の後、恐る恐るといった感じで頭を上げた先には、やはり似たような顔を目と目で認めていた。
     あの日からの後悔、ようやく出来た謝罪。しかし、これだけでは足りない。初めて会った日からしばらく続いたぎこちないやり取りが再現されたかのように、二人は長く語らった。

    「アルダンさん、その……ありがとう。私、トレーナーさんと過ごして分かったの。あなたが心配してくれていたこと、あなたが大切な存在だっていうことを。ひどいことを言ってしまって、ごめんなさい」
    「そんな……アヤベさん、私こそ申し訳ありません。貴女が慮ってくださっていたことを、私もトレーナーさんとの日々でようやく分かったのです。優しい言葉を、ありがとうございます」

     ベンチに座り、二人は様々なことを話した。これまでどう過ごしてきたか。どんな失敗を、どんな成功をしてきたか。それらの思い出は、誰のおかげか。

    「私が……今、こうしていられるのはトレーナーさんのおかげ。しつこくつきまとって、余計なお世話とか、お節介ばかり。でも……」
    「私も、今……生きていられるのは、トレーナーさんが支えてくださったからです。勝手な行動や予測をしても怒らずに。それでいて……」

  • 12◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:09:54

    『私の……』

     未来を、教えてくれた。
     未来を、見出してくれた。

     あの日、見捨てた自分を。いらないと言った、未来を。トレーナーは拾って、見せてくれた。ここにある、と。彼女達が気付けなかった、見ようとしなかったものを。

     それきり、二人は口を閉ざしてしまう。会話のぎこちなさはとうに消え、昔のように相手が言いたいことが分かるようだった。だからこそ、相手がトレーナーに対して抱いている感情がどんなものかも分かってしまう。
     明確な形ではないのかもしれない。相応しい名前は、本当はないのかもしれない。しかし、温かで大切にしたいこの気持ちは。トレーナーを想うこの気持ちは。

    『………………』

     先程とは違った沈黙が流れる。双方の頬が染まっているのがその証拠だ。決して、夜の照明の効果ではない。
     恥ずかしさから指摘することが避けられ、だからといって居たたまれない静けさに耐えることも難しい。

  • 13◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:10:23

     気付けば、二人は走っていた。あの頃と同じく隣り合って、あの頃と違って力も、速さも成長した脚で。
     まだ身体は火照っていないというのに、朱色は頬に住んだままだ。かつてトレーニングの改良に議論を重ねた熱とも、激情に身を任せた口論による熱とも違う、何とも格好が悪い病。

     しかし、それが身を侵すことを二人は許していた。誰にも入らせなかった心を、拒んできた内側を、時間をかけてトレーナーは解きほぐしてくれた。
     新たに出来た大切な人に、気付けば想いを勝手に作り出している。その熱に浮かされる心地よさは、甘美で浸りたくなる。

     そして、それを得ているのは、全ては隣で走る存在がいてくれるからこそ。何物にも代えがたい、大切な大切な、友達。
     喧嘩で終わらなくて本当に良かった。努力を続けてきて本当に良かった。最初に描いていた予想図とは違った絵にはなった。

     でも、見てほしい。これが、あなたの、貴女のおかげで完成して、これからも描き続ける軌跡。
     彼女達は言葉を交わさず、ただ一瞬視線を交わしただけで、両脚に力を入れた。踏み込まれた脚は、何処までも駆けてゆく。いつまでも、果てしなく。

  • 14◆zrJQn9eU.SDR23/03/23(木) 19:11:10

    以上です。この二人は似ているようで違っていますね。

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/23(木) 19:54:30

    読ませて頂きました 
    優しさと真面目さ、察しの良さと言う長所が仇になりすれ違う二人を見ていて心が苦しくなりました
    しかしそれが時を経て、視点や立場が変わることで好転し、仇となった長所が本来の形で発揮される流れがとても良かったです
    素敵なお話をありがとうございました

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