- 1◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:20:32
「うーん、着いた着いた!」
バスから降りて、私は背筋を伸ばした。あらかじめ予報をチェックしていたけれど、やっぱり晴れている。
一緒に乗ってきたタルマエも同じように体を解すと、何度目かの質問を私にしてきた。
「ねえ、リッキー。本当に私も行っていいの?」
「もう、心配性だなぁタルマエは。ちゃんとパパにも伝えてあるし、大丈夫だって」
「そう……だよね。お土産も持ってきたし、うん」
今日だけでも何度目かの荷物の確認をしている。うーん、そんなに緊張しなくても。
今は私の家に帰る途中。何故タルマエまでここにいるのかといえば、私が誘ったからだ。
何日も前から今日は家族に会うと決めていた。今日は、私の特別な日だから。
あらかじめ、家には電話していた。寮の廊下で話していると、リッキーお姉ちゃん帰ってくる!? と妹たちが電話口の向こうで黄色い声をあげていた。
その時、少し落ち込んでいたタルマエを見かけた。 - 2◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:21:02
『タルマエ、どうしたの?』
『あ、リッキー……』
尋ねれば、今月は事情が重なって遠出が出来ないという。周りが帰省するのに自分は北海道に帰れないから、寂しそうだったのかな。
ふとあることを思いつき、彼女に確認する。
『ね、○○日から○○日まで他に予定はない?』
『ないけど』
『じゃあ、○○辺りなら大丈夫そう?』
『え? うん、そこくらいなら』
挙げた場所は私の故郷。トレセン学園からバスを乗り継いで行ける距離だから、そこまで遠くもない。
待ってもらっていた向こうのパパに代わってもらい、タルマエも連れていっていいか聞く。返事はOKだった。
通話を切れば、慌てたように彼女が問いただしてきた。 - 3◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:21:35
『ちょっと、リッキー!?』
『パパがね、ぜひ連れてきなさいって』
『そう、それは良かっ……じゃなくて!』
『タルマエ、寂しそうだったからどうかなって。もしかして、迷惑だった?』
今更そのことに思い至り、おずおずと彼女に尋ねる。学園に入学してしばらく経つけれど、最初の頃の風水の紹介、ううん、押し付け癖はまだ治っていないみたいだ。
タルマエはしばらく私を見つめていたが、仕方ないというように溜息を吐いた。
『もう、リッキーはもう少し人の話を聞いて』
『うん……ごめんね……』
『怒ってるわけじゃないから。ほら、顔を上げて? 私を励まそうとしてくれたんでしょ?』
私の早とちりも許してくれて、彼女は笑っていた。ああ、良かったぁ。 - 4◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:22:10
『でも、突然お邪魔して迷惑じゃない?』
『大丈夫!』
私は自信を込めてタルマエに宣言する。
『今日は一粒万倍日、天赦日が重なっている開運日! 何事もうまくいく日だから、問題なし!』
でも、タルマエはじとーっと目を細めてさっきとは別の意味で見つめてきた。
『リッキー……』
あれ? - 5◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:22:49
それから、私たちはこうして歩いている。本当にあの日は最強開運日だったから、勢いに任せてこのまま行こう! と言ったらタルマエに怒られた。
『授業もトレーニングもあるでしょ! トレーナーさんに迷惑かけないの!』
彼女はお土産、お土産とぶつぶつ呟きながら候補を探していた。私がそんなにこだわらなくてもと言えば、そんな失礼なことは出来ないとまた怒られた。うぅ。
急いで北海道から色々と取り寄せたらしく、今も大事そうに抱えている。さすが苫小牧ロコドル。
「そういえば、どうして今日帰ることにしたの? こっちはお土産を用意する時間があったから良かったけど」
「うん、今日誕生日だから」
タルマエに理由を聞かれて私は答えた。途端に、彼女は固まってしまった。そんなに変なことを言ったかな?
「な、なんで教えてくれなかったの!?」
「えぇ? だって、聞かれなかったし……自分から誕生日だって言うのも、ね?」 - 6◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:24:00
タルマエはうっと言葉を詰まらせた。なかなかに真面目な性格だから、そういうアピールをすることの難しさは分かってくれたみたい。
それでも不満めいた感情は解消されなかったみたいで、恨みがましく見つめられる。最近色んな意味で見つめてくるなぁ。
「分かっていたら、プレゼントもちゃんと用意したのに」
「ううん、タルマエがいてくれるだけで私は幸せだから」
そう返すとタルマエはまたこっちを見たまま固まって、少しして溜息を吐いた。なんか、タルマエのアクションが繰り返しているような。
「リッキーって、いつの間にか誰かの心を奪ってそう……」
「何それ!?」
そんな言い合いをしつつ、私たちは家に着いた。改めて深呼吸するタルマエをよそに、私はベルを鳴らした。
ドアの向こうでどたどたと、がちゃがちゃと音がしたかと思うと、開かれた向こうから何人も私に飛び込んできた。
『リッキーお姉ちゃん! おかえり!』 - 7◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:24:38
全員をしっかりと受け止めて、私は妹たちを見渡した。ほんの数か月会ってなかっただけなのに、会えた嬉しさがこみ上げてくる。
「ただいま、みんな。んー、また大きくなった?」
一人を抱っこすれば嬉しそうにほっぺをすり寄せてくる。他の子たちが私も私もとせがむので、順番にしてあげる。
「ほーら、順番順番。あ、そのステッキ、また女王様ごっこしてたの? はい、次はお姫様の番ね。お待たせしました、っと」
妹たちに構う様子を、タルマエは呆気に取られて見ていた。
「どうしたの?」
「リッキーって、たくさん兄弟がいたんだ」
「うん。私、長女なの」
「……リッキーの風水で解決しようってお世話好きは、妹の面倒を見ていたから?」
「ふふっ、そうかも」 - 8◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:25:36
そう言いつつまだ幼い子たちをあやしていると、一人がタルマエの方に向かっていた。
「あ、あの、この子……」
「うちの末っ子。んー? タルマエのこと気に入ったみたい」
よちよち歩きを卒業したばかりの妹はタルマエの脚にしがみついて、にっこりと彼女を見上げて笑った。
タルマエは戸惑っていたけれど、おずおずと頭を撫でてくれていた。末っ子は嬉しそうだ。
おかえり、リッキー。
奥からパパがやってきて出迎えてくれた。一旦妹たちには我慢してもらって、タルマエを紹介する。
「ただいま、パパ。この子が友達の、ホッコータルマエ」
「は、初めまして! ホッコータルマエです! お、お世話になります!」 - 9◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:26:10
妙に上ずった調子の彼女を、パパは微笑ましそうに受け入れてくれた。
パパの後についていきながら、タルマエにこっそりと尋ねる。
「ロコドルモードの時は初めての人と話しても緊張しないでしょ?」
「今は違うから……! 同年代の子の家に遊びに行くことも、なかったし……」
「そっかそっか~。私がタルマエの初めてか~」
「リッキー! また勘違いさせる言い方を……」
パパが振り返って不思議そうにしていたけれど、彼女は誤魔化すように笑っていた。何だろう、勘違いさせるって?
そのままリビングに行き、タルマエが持ってきてくれたお土産を見せてもらった。色々なものがあって、でもやっぱりあれがあった。
「……それで、こちらがハスカップです。生でも食べられますので、どうぞ」
お言葉に甘えてみんなで摘まんだ。そうしたら、パパは美味しそうに食べていたけれど妹たちは顔を梅干しのようにさせていた。あはは、小さい子はそうなるよね。 - 10◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:26:58
「あ、あれ? 美味しくなかった?」
「大丈夫、ちっちゃいから刺激が強過ぎたみたい。パパ、うちにヨーグルトってある?」
キッチンから目的の物を取ってきて、お皿にハスカップと一緒に取り分ける。砂糖はヨーグルトの方に入っているから、こうすると。
妹たちは満面の笑みで食べ始めた。中にはブルーベリーより美味しいと言う子までいた。
「良かったべ……」
「そのままでもいいんだけど、こうして何かと一緒だと小さい子でも食べられるよね」
私が何気なく話したら、彼女は考え込んでしまった。ハスカップの新しいアピール……とか呟いている。タルマエ~?
そうして、私たちは近況を話した。トレセン学園での勉強やトレーニング。レースでの勝ち負けや、それら全てに関わってきた多くの人たち。
「……それで、トレーナーには本当に感謝していて。あの人がいてくれなかったら、こうしてタルマエと仲良くなることも出来なかっただろうし」
「リッキー……」
「それでね、トレーナーにこれからも支えてねって言ったら、ずっと支えてくれるって言ってくれて」
「リ、リッキー……!」 - 11◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:27:38
あの時のトレーナーの顔や言葉を思い出すだけで、体が熱くなっちゃう。両頬に手を添えれば、妹たちも嬉しそうに真似をしている。
何故か横に座っているタルマエが肘で突っついてくる。どうしたんだろう?
そうか。今度、リッキーのトレーナーさんとも話さなくてはならないね。
パパがそんなことを言ってくれる。そういえば、二人はまだ会ったことがなかった。
「うん! きっとパパもトレーナーがどんなに私を大切に想ってくれているか分かると思う!」
にこにこと笑ってそう言うと、パパもにこにこと笑って頷いていた。タルマエはひゅっと息を呑み込んでいた。空気よりジュースを飲んだらいいのに。
話はそれからも続いて、レースの後のライブになると妹たちが歌って、踊って、とせがんできた。
「ふっふっふ、そこまで言うならお姉ちゃんたちが見せてあげよう!」
『わー!』
「たち!? 今たちって言った!? というか、だから勝負服持って来てって言ったの!?」
「ほらほら、ファル子さんみたいにやってみよ? さあさあ!」 - 12◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:28:15
タルマエが何か騒いでいるけれど、まあまあと宥めて私の部屋で一緒に着替える。リビングに戻れば、妹たちの大歓声が迎えてくれた。
彼女は恥ずかしそうにしていて、私も少し緊張してきた。でも、パパと目を合わせるとやる気がもっと出てきた。
「じゃあまずは私からね! その次はタルマエの歌で、その次は二人でライブの曲を……」
「そんなに!? うー……分かった! ちゃんとやるから、まずはリッキー!」
タルマエに背中を押されて、みんなの前へ。テレビを通してみんな見てくれていた私を、すぐ目の前で。
音楽も、照明も、何もないステージ。でも、私が大切な人に見せたい大事な舞台。
リッキー。誕生日、おめでとう。
『おめでとー!』
歌う前に、パパが、妹たちがお祝いの言葉を言ってくれた。さっきの話でケーキも用意してあるって言ってたし、夜はパーティーだ。
お祝いしてくれるお返しではないけれど。私の大切な人に伝えたい。
「ありがとう! じゃあ、いくよ!」
ああ、幸運よ。ああ、幸福よ。
私の大切な人たちに。
どうか、幸せを。 - 13◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:29:06
以上です。リッキーの誕生日と知って書きました。競走馬のリッキーのお母さんとタルマエの仔馬がいるんですね。調べていて驚きました。
- 14◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:32:13【SS】海に流れるもの、そして海から生まれるもの|あにまん掲示板 夏。順当に考えれば春の次に位置する季節。太陽が殊更に照り付ける日々であろうとも、ウマ娘がやることは変わらない。 トレセン学園所属の生徒達は夏合宿に来ていた。目指すレースによってはこの場にいない生徒も…bbs.animanch.com【SS】わたしを憶えていて、私を信じていて|あにまん掲示板bbs.animanch.com【SS3篇】バレンタインが終わって|あにまん掲示板バレンタイン当日に間に合わなかったので、後日談として書いてみました。左から順に投稿していきます。bbs.animanch.com【SS】頂への道を駆ける流れ星|あにまん掲示板 ウマ娘が走るレース場。中央ともなれば集客は抜群で、レースがあると聞けば人々は詰め掛け、出来ない者達も中継に釘付けになる。 その日も当然のように行われており、あるレース場では既にゲートが開かれていた。…bbs.animanch.com【SS】アヤベさんは、カワイイっ!|あにまん掲示板 寒気が頬を刺す季節。トレセン学園に通う生徒達も相応の格好をする。走れば体が暖まるとはいえ、ジャージで登校しようというような者はほとんどいない。ほとんど。 学園指定の制服の上から、これまた指定のコート…bbs.animanch.com【SS】おかあさん。|あにまん掲示板 がたん、ごとん。がたん、ごとん。 こんにちは、アストンマーチャンです。 おっと、いけませんね。今は誰かにあいさつも、言葉を録音もしていません。もう、語り癖? 思い癖? になってしまいました。 今、マ…bbs.animanch.com【SS】ぴぴー! おとうさん、マーちゃんあらーとです!|あにまん掲示板 こんにちは、アストンマーチャンです。今日も今日とて、マーちゃんはおうちへお帰りです。ちゃんとトレーニングもしていますよ? トレーナーさんのおかげで、マーちゃんのパワーはあっぷあっぷなのです。あう、こ…bbs.animanch.com【SS】ほんとうの、きもち|あにまん掲示板 トレセン学園から遠く離れた駅に、私は降り立った。久しく帰っていない場所だというのに、所々お店の立ち並びは変わっているというのに。 私のぼんやりとした記憶に当てはまる光景。アドマイヤベガの、生まれ故郷…bbs.animanch.com【SS3篇】ホワイトデーのお返しは|あにまん掲示板また当日を過ぎての投稿になってしまいました。左から順に投稿していきます。https://bbs.animanch.com/board/1617919/これの続きとして書いたので、よろしければご覧くださ…bbs.animanch.com【SS】近しい生まれの、生きる未来|あにまん掲示板 二人が初めて会ったのは、いつだっただろうか。 ウマ娘の最高の栄誉であるレース、そのひとつに数えられるトゥインクル・シリーズ。その出走の為の機会を、設備を提供するトレセン学園。 所属するウマ娘の生徒達…bbs.animanch.com
結構書いてきたものが溜まったので、まとめました。
- 15◆zrJQn9eU.SDR23/03/24(金) 19:35:05
あと、
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レースを終え、忙しくない最後の夏を送っていたクリークが|あにまん掲示板これまでの日々で対等なパートナーとの関係性の変化を振り返りながら、もうそろそろこの関係性が終わり自分たちの全ての関係に「元」がついてしまうことを想像して、心の中にモヤモヤを抱えていた。後輩の指導を終え…bbs.animanch.comの19-27も辻で書かせていただきました。良い概念を教えてくださった方々、ありがとうございました。
- 16二次元好きの匿名さん23/03/24(金) 20:45:52
おつおつ、楽しませてもらった
- 17二次元好きの匿名さん23/03/24(金) 20:55:03
昨日の物に引き続き読ませて頂きました
大切な人達との絆を描き方の引き出しが本当に多いなと感心しております
貴方のご多幸をお祈りしております