- 1二次元好きの匿名さん23/03/24(金) 23:45:25
- 21/923/03/24(金) 23:45:49
1
幾多の傷や修繕の痕が見える小さな土鍋は、まるで寮の歴史の一端を物語るかのようだった。美浦寮の一角に存在する食堂、炊事場より手前に置かれた大きな食器棚の一番下段。寮生が増えるにつれて使われることがなくなったひとり鍋用だ。すこしばかり埃をかぶっているような気がしたから、流水と乾いた布巾で汚れをぬぐう。
鍋の中に満たすのは、いくつかの調味料を混ぜ合わせたつゆだった。ま、つゆといっても昆布やら鰹節から取る本格的なものじゃない。顆粒出汁に醤油に味醂、砂糖に塩に酒。そういう、ちょうどいいものを、てきとうに。私の料理はいつもそうやって作られる。
「ねーナカヤマ、ターボのうどんは?! まだ!?」
もう後は眠るだけ、とばかりの格好で、私の手元を覗き込むのは、今宵も騒がしいツインターボ。トレードマークの二つ結びはストレートに下ろし、耳をぴんとおっ立てて、にぎやかしい瞳を好奇心いっぱいにキラキラさせる。いつ見ても元気がありあまっている。
ターボのうどん。それは、ツインターボが美浦寮長のヒシアマゾンとともに打った手作りうどんのことだった。料理上手の美浦寮長は、栗東のヒシアケボノとともに料理研究に勤しむことがあり、同じく美浦寮生であるツインターボも付き合って、先日、大量のうどんを打ったらしい。冷凍してあるのでご自由にどうぞ、と寮内掲示板にあったから頂戴しようとしたところ──寮食堂の冷蔵庫に用があって部屋を出てきたツインターボと遭遇して、……丹精込めて打たれたうどんの行く末を見守るために、せわしない身振り手振りとおしゃべりとともに、先ほどから隣に陣取られている。
「まだ出番じゃねぇよ。……つか部屋に戻らなくていいのか? イナリに叱られっぞ?」
「でもナカヤマが作るうどん見たいし、まだ眠くないから大丈夫!」 - 32/923/03/24(金) 23:46:07
はたして大丈夫なのはそこなのか。ちらりと見遣る壁掛時計が示すのは二十時四十五分。早朝練習に勤しむタイプの寮生の中にはすでに夢路を楽しむ者もいるかもしれない。明日のツインターボのスケジュールについては把握していないものの、その日いちにちを全力で過ごすせいで早いうちに電池切れとなることもそこそこあるこのウマ娘を、同室のイナリワンが背負って部屋へ戻っていく姿を見かけることも少なくはない。
とはいえ、なるようにしかならないだろう。部屋に帰るよう諭したとしても聞く耳を持つか持たないかと言われればおそらく後者。諭すつもりもそもそもないし、それなら小さな保護者が姿を現すまで待つか、飽きるのを待つかしたほうがいいと踏む。
それでね、あのね、だとか、なぜか今日のトレーニングの話やらを始めたツインターボに相槌を打ちつつ、ひとり用の土鍋のつゆを菜箸で軽く混ぜた。次に手を伸ばすのは本日の夕飯の残り物。一晩越しても傷まないものについては朝食に流用されるそれらは、小腹の誘惑に敵わない寮生たちの夜食として消費されることもそこそこある。そこからチョイスしたのはほうれん草を湯がした小鉢と、ニンジンと椎茸の煮付けが入った大皿──の、余り気味だった椎茸少々。
くわえてこの間に斜め切りにした長ネギとほどよい厚みの蒲鉾、それらをよそった皿を引き寄せたところで、次のレースの『さくせん』について述べていたツインターボの耳がぴくりと跳ねる。廊下の向こうから聞こえてくるのは、ツインターボにとっては聞き慣れているだろうストライドの大きな足音だ。
近づいてくる足音はやがて寮食堂入り口までたどり着き、ツインターボも、そして私も想像していたウマ娘が勢い良く姿を現す。
「こんなところにいやがったのかい!」
「イナリ!」
「水を取りに行ったきり帰ってこないと思ったら……明日は早朝練があるから早寝するって言ったのはどこの誰でぃ」
勢い良く美浦寮食堂およびキッチンに入ってきたのは、ツインターボの同室、小さな(のわりにはデカい)保護者たるイナリワンだ。
ツインターボと同じくすっかり寝支度を整えたイナリワンは、のっしのっしとやってくるなり夜時間に見合わない張りのある声を、呆れ気味に飛ばす。
「だってうどん! ナカヤマが、ターボのうどんで鍋焼きうどん作るんだって」 - 43/923/03/24(金) 23:46:25
一聴すれば圧も感じる言葉も声音も、ツインターボからすれば慣れたもの。そして、ツインターボの言い訳にもなっていない申し開きもイナリワンからすれば慣れたものなんだろう。まぁ、美浦寮生からするとよく聞く調子のやり取りでもあるがね。
同室が年下なのは大変だよなぁ、と自分のことは棚に上げつつ、彩りのためにめずらしくわずかに残るニンジンの煮物も追加するか考えていたところで──ツインターボから投げ返された言葉を拾い、イナリワンはすこしばかり驚いたように瞳を瞬いて見せた。
「鍋焼きうどん?」
残された夕食の小鉢をつまんだり、カップラーメンが持つ魔力に抗いきれなかったりする生徒はそこそこいるが、この時間帯から調理をはじめる寮生なんてそう多くもない。多くないということは通りがかりの寮生に注視されたり興味を持たれる可能性もあるということで──本来の私なら、そういう面倒臭さは避けて通りたいところ。
けれど。
今宵の私には門限──二十二時までに夜食を作り上げる必要があったってわけだ。……柄にもないことにな。
***
「なるほど、夜食でもこしらえてるのかい? 精が出るねぇ」
まぁ予想通り、案の定といったところか。イナリも見て見て! なんて同室を無邪気に呼び寄せるツインターボに応じて、イナリワンもまた鍋焼きうどん調理のギャラリーに加わった。加わった、というよりも、ツインターボがある程度満足するまでは部屋に連れ帰らないことを選択した、の方が正しいだろうな。多少は満足させなけりゃその後の寝付きに関わるのは火を見るよりも明らかだ。
イナリワンにはまぁそんなもんさ、と応えて、ほうれん草と汁切りをした椎茸とニンジンの煮物、長ネギを小さな鍋に投下していく。
コンロのつまみをひねって火を起こすと、イナリワンがツインターボの首根っこを引いた。そこまで子どもじゃねぇんだし平気だとは思うが、そう口を出すもんでもなかろうさ。ひと煮立ち直前のタイミングまでしばし待ち──というところで、私の部屋着のパーカーの裾がくいくいと引かれる。
「ナカヤマ」
「なんだ?」
先ほどイナリワンの手により火元から遠ざけられたツインターボが、奇抜な色をたたえるオッドアイを丸くさせて、じっと私を見上げてくる。
「肉入れないの? お肉は元気になる!」
「そうなんだよなァ……」 - 54/923/03/24(金) 23:46:40
寮食においても学園の食堂においても、うどんメニューには大抵の場合エネルギーの源たる肉が混ぜこまれているものだ。肉じゃなかったとしても海老だとかニシンだとか、植物性ではない食材。
だから、ツインターボの疑問は、まあ、もっともとでね。
もちろん、野菜だけのうどんだってけして悪かねぇ。わかめうどんとかな。野菜だけであってもかき揚げなんかが入ってると、なんとなく満足感がふくらむよな。油味のコクがあるかないかで料理の味は大きく変わる。
だが、これを食べるのは、私じゃない。自分で食べるなら鶏肉でもぶち込むところだ。なければウインナーだとかハムだとかでもいい。しかし、この鍋焼きうどんを完成させて届ける頃合いと、おそらく食べるだろう相手の胃のことを考えると、やさしい風味のほうが適切な気もする。刺激が足りなければ一味なり七味なりを追加すればいいしな。
と、思考を巡らせたところで、ツインターボのそばから声が上がった。
「肉じゃあないが、こんなのはどうだい?」
言うなり数歩足を進めて共用の冷蔵庫を開け、イナリワンが取り出してきたのは手のひら大の透明袋だ。袋越しにもわかるキツネ色のそれは、なんとも食欲をそそる質感の油揚げ。
「あぶらげ!」
同室のツインターボもよく見てるんだろうな。このお狐イナリワンは、買い置きしている油揚げでちょっとしたツマミを作っているのがたびたび目撃されている。
跳ね上がるその声音にイナリワンはニヤリと口角を上げて、皿の縁に立てかけていた菜箸を手に取った。
そして……油揚げをつまんで、蒲鉾だけが残っていた皿の上に取り出してみせる。おいおい、待てよ。
「──そりゃアンタの私物だろ」
「うどんと言えばキツネうどんで育ってきたもんでねぇ。これも通りがかりの何かの縁だ。一枚持ってきな! 油抜きはできるかい?」
「出来ないわけじゃないが……」 - 65/923/03/24(金) 23:47:24
油抜きとは油揚げを使用するにあたっての下拵え。そのまま突っ込めば雑味が広がって味がむちゃくちゃになるからな。もっともうどん用に作ったわけでもない煮物をいれる時点で味もなにもないも同然だったが。
ま、……いくらレシピ通りに作らねぇと言っても、不味いモンを作りたいわけじゃない。
油抜き自体は簡単なもんだ。油揚げをざるに取ってまんべなく熱湯をかけたり、沸騰した湯で加熱したり。その名の通り、余計な油分は抜いてしまった方が都合がいい。耐熱容器とキッチンペーパーがあれば電子レンジでだって油は抜ける。
けれど──私の気が進まないのは下拵えどうのの問題じゃない。同じ屋根の下で生活しているとはいえだ。貸しを作るならともかく、借りを作ることは、なるべくしたかねぇだろう?
「誰のためかは知らないが、誰かのために作るなら、見目も味も惜しむもんじゃあねぇぜ?」
「ナカヤマ、これ、自分で食べるんじゃないの?」
いったい本日何回目だ? 邪気のなさすぎる疑問というやつは私のはらわたを大分鋭く抉ってくる。ったく、毛色やボリューム感はまるで違うが、どっかの誰かみたいじゃないか?
それはさておきイナリワンもイナリワンだ。敢えて口にしていなかったことを見透かしてきやがって。私の耳も尻尾も鋼の意思で心情をおくびにも出していないはずだったのに──おっと、とばかりにイナリワンがかすかに目を瞠る。
江戸っ子、とやらはひとの心の機微に鋭いとは聞いたことがあったもんだったが。うどんの行き先といい、それ以上の追求を良しとしない私のコンマ3秒にも満たない逡巡までにも気づいてくるとは、なかなか居心地が悪いもの。
最早どう反応しても私の劣勢が見えている。「んじゃ、有難く」告げて耐熱容器を求め火元を離れる私の背中を、イナリワンのからからとした笑い声が追いかける。
「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し 口先ばかりではらわたはなし──と言うからねぇ。手前が落とし前を気にすることがあれば、併走なりなんなり……ま、考えておくさ」
ご丁寧にこちらが借りを返す算段まで提示してきやがるんだから、周到にも程があるんじゃねぇか? お狐さんよ。 - 76/923/03/24(金) 23:47:42
2
トレーナー室に常備してある割り箸をぱきりと割った。小鍋から溢れるお出汁の良い香りに、ここまで騒ぐことを忘れていたらしい腹の虫がぐう、と、情けない音を立てる。
時刻は夜の九時二十分を回ったところ。ミーティングテーブルの向かい側、小鍋から棚引く湯気の向こうには、自分の担当ウマ娘であるナカヤマフェスタの姿があった。校舎はとっくに施錠され、トレーナー棟だけが稼働している時間帯だ。当然、彼女が身に纏うのは制服ではなく、パーカースタイルの部屋着にスタジャンを羽織るラフな格好で、パイプ椅子の背に身体を預け脚を組み、いつものようにくつろいでいる。おそらくはその片手でスマートフォンをいじっているのだろう。──おそらく、というのは、ミーティングテーブルの上、ちょうど彼女を少しだけ隠すように、トレーナー室の蛍光灯の光を鈍く打ち返すアルミ製の岡持ちが鎮座しているからだ。
「……気になるか?」
「えっ?」
「岡持ち。ヒシアマが出してきてくれたんだよ。何でも以前、ファインモーションにラーメンを作る約束をした時、これで届けてほしいと所望されたようでね」
『まだ残業してやがんのか?』と──担当ウマ娘から入電があったのは九時と少し回ったころのこと。夕食の有無を問われて電話越しに首を振ったところ、十分もかからずくだんの岡持ちを片手にナカヤマフェスタがトレーナー室を訪れた。そうしてはめ込み式の蓋が上向きにスライドされて、そこから取り出されたのが──ひとり用の小さな土鍋と、ふんわりラップで覆われた小さな小皿。
土鍋の蓋を開ければ湯気が白く湧き上がり、小皿には俵型のおむすびが三つ。それらが、彼女がわざわざ用意してくれた担当トレーナー用の夕飯であることに気づくのに、そう時間はかからない。
「ファインモーション、ラーメンにこだわりがあるみたいだもんね」
「お姫様の舌にはいささかジャンクすぎる気もしなくはないが。そこがいいのかねぇ……?」
「でもジャンクと言えど店ごとにこだわり抜かれているじゃない。……と、そうじゃなくてさ」 - 87/923/03/24(金) 23:47:55
湯気をひと吹き視界を晴らせば、むかいの担当ウマ娘はどうしたとばかりに首を傾げてみせる。「食えないもんでもあったか?」かすかに憂慮を覚える問いかけにはとんでもない、と、首を振った。
土鍋の中央にはたっぷりつゆを吸ったであろう三角形のお揚げがふたつ。そのかたわらに並ぶのは、彩のよい椎茸ニンジンほうれん草。半円のかまぼこの傍には卵も落としてあって、隙間を泳ぐのは斜め切りの長ネギたち。控えめに言って空腹の胃にはただただご褒美でしかない。
ご褒美でしかないのだから、……つい、探してしまうのだ。わざわざこんな時間に食事もとらず残業に追われる担当トレーナーへの勝負事を。
「一味とか、持ってきてるんじゃないかと、思って……」
「……あァ、必要だったか? 七味だったら小分けのがフードストッカーにあったんじゃなかったか」
「あ、いや、そうじゃないよ。……何か勝負事も込みで、作ってきてくれたんじゃないかと思って」
たとえば、こちらが負けたら激辛うどんにするぞ、のような?
そんな懸念があるゆえに、割り箸を割ったきり食事に手を付けていなかったものの──聞こえてきたナカヤマの大仰なため息に、担当トレーナーは対応を間違えたことを即座に察した。
「ちなみに私が勝てば?」
「このうどんは君のお腹の中に……早く夕食を食べようと尻叩きをされて、残業をなんとか終わらせられる、のような?」
「アンタが望むならやぶさかじゃねェが……腹を空かせた担当トレーナー様は勝たなきゃこの時間から担当ウマ娘にカロリーを取らせることになるしな? で? 私は空きがちな小腹を満たすことができる、と──」
怒ってはいない。しかしながら呆れてはいるようだ。あからさまに耳を絞っているのはフェイクかブラフかそれとも誤魔化しか。「……伸びる前に食っちまえよ」どうやら本当に勝負事の意図はなかったらしい。あんなに何事に対しても勝負だ賭けだと結びつけがちなのに──! ……すべてにおいてそうではなくなってきているのも確かではあったけれど。
大人しく頷いて、割り箸を手にしたまま両手を合わせる。ふう、と湯気をまたひと吹き。
「いただきます」
「ん」
添えられていたレンゲを手にしてまずはスープから。ほんのり鰹節の香りが立ち昇り、口の中がからからに乾いていたことを自覚する。 - 98/923/03/24(金) 23:48:08
「ラーメンかよ」
「レンゲついてたし、つい」
最初の出番を終えたレンゲはかたわらに引っかけて、次に狙うのは三角形の油揚げだ。見るからにスープを吸いぽってりとした風情のそれを箸でぎゅっと掴むと、想像通り、水分が染み湧いた。
それほど猫舌ではないものの息を吹きかけ準備を整えて──一気に頬張る。
「……!」
「美浦のお狐様セレクト油揚げだぜ? 美味いだろ」
油揚げの香ばしさ、うどんスープとの相性はこれほどのものなのか……! ナカヤマが逐一合いの手を入れてくるものだからつい感情表現もオーバーになりがちだ。
おいしい。おいしいと何度も深く頷けば、担当ウマ娘のすみれ色の瞳がふわりと細められる。──共に走り始めて四年も経てば、その表情がどんな感情をたたえているのかも、掴めるようになってきた。……これは、得意げな表情。
ツインターボとヒシアマゾン、ヒシアケボノが打ったうどんに、美浦寮の極上煮物(の一部)、学園で作られたほうれん草に長ネギ。つゆは市販の顆粒からと聞いて驚けば、担当ウマ娘は唇を笑ませる。
うどんの一本も、具材のかけらも、そえられていた俵型のおむすびも、土鍋がいい具合に冷えたのをいいことにつゆもしっかり飲み干して、交代するように昇ってきた息をついた。もう冬の気配は遠のきはじめてはいるものの、まだ夜となれば肌寒い。全身に鍋焼きうどんの温かさが広がっていくようで、余韻に浸っていると──ミーティングテーブルの向かいから、小さな笑い声がこぼれ出る。
「な、なに」
「いや? ……綺麗に喰い尽くしたなと思ってな」
笑われる筋合いはなかったものの、「ごちそうさまでした」と両手を合わせれば「どういたしまして」と返ってくる。
美味しかったし、なにより、料理上手なのに手料理をあまり振る舞ってくれない担当ウマ娘のごちそうだ。……勝負事の気配を勝手に察知してしまったのは失敗だったものの、それがなくても綺麗に残さず食べ切らない理由はない。
割り箸とおむすびの小皿にかかっていたラップだけはここで捨てていけるようにまとめておく。土鍋に蓋と小皿を重ね、岡持ちに戻そうと立ち上がろうとしたところで、──担当ウマ娘の視線に気づいた。 - 109/923/03/24(金) 23:48:26
「こんな日くらい残業とかやってねぇで、自分を労れよ」
「……?」
「誕生日なんだろ、アンタのさ」
先ほどまでいじっていたスマートフォンは懐へ。ミーティングテーブルに肘をつくナカヤマの声音は、やれやれとばかりのあきれた風情。告げられた言葉を脳裏に巡らせて、……「あ」と呆けた反応をした担当トレーナーの間抜け面は、なんだかんだで情に厚い担当ウマ娘を笑わせるのに十分だったらしい。
「忘れてた」
「だろうと思ったぜ」
「……担当トレーナーのこと、よくお分かりで?」
「アンタが私のことを理解してるぶんは、こっちだって理解してやるつもりでいるさ」
「……なるほど」
「前々から知ってりゃ、もう少し準備もしたんだがね」
ひとしきり笑ったあと、ナカヤマの表情と声音ににじむのはぼやきの色だ。クリスマス、バレンタインデー、ホワイトデー、それからナカヤマの誕生日。何らかの特別な日には、それなりのやり取りをしてきた間柄だ。しかし思えばこの義理堅い担当ウマ娘に自身の誕生日を告げたことはなかった。日々、仕事に追われる社会人だ。誰かに祝ってほしいとねだるものでもない。
水臭いだろ。ぼそりと溢れた言葉のニュアンスははたしてどう捉えればいいのだろう。不満? それとも寂しさだろうか。眉間の皺からちょっとした怒りなのかもしれない。
「ごめん」
「ヒリついた勝負の一つや二つ、すぐ用意してやれないこともなかったが……忙しくしている相棒に追い打ちをかけるだけなのも本意じゃねぇし」
……ナカヤマは優しいね?
なんて言おうものならそのすみれ色の瞳が照れで据わりかねないのはわかっていたから、心の中で呟くだけに留めておいて。
ふと落ちた静寂に、顔を合わせて、小さく小さく笑い合う。
「おいしかったよ、うどん」
「そりゃ良かった。……うどんってのは縁起物だからな。──誕生日おめでとう、トレーナー」
立ちはだかるたくさんの困難を蹴散らして走り抜けた最初の三年間。
仕掛けた勝負をすべて拾って、まるで奇跡のような賭けに勝利した次の一年。
さあ、これからどう走ろうか。どんな場所で、どんな賭けで、どんな勝負をしていこうか。君と一緒に、末永く──これは、そんな矢先の、やさしい夜の物語。 - 11二次元好きの匿名さん23/03/24(金) 23:49:59
おしまい。
なんでトレーナーの誕生日の話かというと最近書いた人が誕生日だったので……セルフで……祝って欲しかったからです
……というお話でした。 - 12二次元好きの匿名さん23/03/24(金) 23:51:42
あとターボとイナリをはじめて書いたのであちこち違ってる気がするのですが見逃していただけると幸い……
うどんのエピソードはマーチャン育成シナリオでうどん作ってたところから持ってきています。美浦寮で美味しいうどん食べたに違いないということで。 - 13二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 02:25:36
ナカヤマのお人好し加減がいい感じでめっちゃ好き
日付変わっちゃったけどお誕生日おめでとう! - 14二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 04:31:48
お誕生日おめでとうございます!って言うのが遅くなってしまいごめんなさい…
うどんの話マーちゃんの時に見たなって思ってましたがやっぱりそうだったんですね、良かった記憶違いじゃなかった
イナリもターボも良い子で凄く良かったです! - 15二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 06:06:53
お誕生日おめでとうございます!
いつもナカヤマのお話を楽しませて頂いております。
文章自体を楽しめるような味わい深い描写が良いですね!
自然とうどんの香ばしさ、優しい誕生日の情景が脳裏に浮かばれます。
素敵なお話、ありがとうございました! - 16二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 10:11:19
お誕生日おめでとうございます
様々な"暖かさ"がふんだんに詰め込まれたこちらの心も温まる作品です
いつも素敵な作品をありがとうございます - 17二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 12:03:14
ワーッ……たくさん祝っていただけた!
ありがとうございます……ありがとうございます……!
ちょっと立て込んでるのでお返事また夜にでもさせてください~
そのうちナカヤマが手料理振る舞ってくれるようなイベントないかな……徹底的に作ってくれないんてすよね、彼女。 - 18二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 19:50:43
自分用ならここまでしないだろうな、と思える手の込み方……トレーナーのために彩を揃えるナカヤマ、推せる~
誕生日おめでとうございます! - 19二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 19:52:01
ありがとうございます~!
ナカヤマは推定小学生の弟妹を持つお姉ちゃんなので、年下の子の扱い方をしっかりわかってればいいなという夢があります
スレ主の誕生日は本邦初公開(?)だったので謝られずともー!!
きっとあのマーちゃんのイベントのあともうどん作りをしてたんじゃないかっていう妄想です!
お読みいただき感謝!
ありがとうございます!
なんだか唐突にうどんを作ってもらいたくなりました……! お料理上手な子なのでありものでぱぱっと美味しいものを作ってくれたらいいなという夢です!
府中はもう暖かいんだろうと思いつつつい地元の温度感であったかいもの作りたいってなってました……!
温かい言ってくださり感謝……!
- 20二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 19:55:42
お気づきいただけて嬉しいです~!
自分用ならわざわざ土鍋なんて出してこないしもう少し適当に作ると思うんですよね…っていうのを込めていたんですが、読み直したときあんまり出せてないな~イナリにもう少し突っ込ませておけばよかったなと思っていたので、気づいていただき感謝です!
お祝いも感謝……!
- 21二次元好きの匿名さん23/03/25(土) 23:59:04
江戸っ子は五月の鯉の吹き流し 口先ばかりではらわたはなし
これについては、あれこれ言ったけど特に腹の中に目論見はないよ(なにも企んじゃいないよ)のようなニュアンスだと思っていただけたら……幸いです! - 22二次元好きの匿名さん23/03/26(日) 10:23:47【トレウマ/SS】ぱかプチヤマフェスタと春のあれこれ|あにまん掲示板よくあるぱかプチに嫉妬したりしなかったりするナカヤマと性別不問のトレーナーの話。14レス。bbs.animanch.com
ちゃんとトレウマしてる過去作を貼りつつ……
こたびも楽しんでいただけていたら幸いです!
次はホワイトデー
3月中ならホワイトデー!(合言葉)