【閲覧注意】目が死んでるボブ【加古川SS注意】Part2

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/26(日) 03:15:09

    12話で父殺しをしてしまったボブが、もしそのままフォルドの夜明けに拾われており、かつ誰にも身バレせずに済んだら、を仮想したSSです。

    前スレはこちら。

    【閲覧注意】目が死んでるボブ【加古川SS注意】|あにまん掲示板12話で父殺しをしてしまったボブが、もしそのままフォルドの夜明けに拾われており、かつ誰にも身バレせずに済んだら、を仮想したSSです。以下は注意点です、・加古川のボブ概念です。ソフィとノレアはまだ地球に…bbs.animanch.com


    以下は注意点です。


    ・加古川のボブ概念です。

    ・第2クールPVとは色々と内容が矛盾します。

    ・物語はほぼ完成しておりますので、第2クールの情報を見ながら軌道修正とかはできません。


    上記説明で合わないと思いましたらブラウザバックをお願いします。

    だいたい半日~一日に6レス~9レスずつ投下していきます。一週間以内には終わる予定です。

  • 214_1/923/03/26(日) 03:15:37

    スレッタ・マーキュリーは、ぼんやりと宇宙を眺める。
    戦闘は終わった。一方的な蹂躙を戦闘と呼べるものなら、だが。
    もう帰ろう。心休まらない場所を、帰るべき場所と呼べるなら、だが。
    「…………」
    どうしてこうなったのか、今でもよくわからない。

    数ヶ月前、スレッタは、父が意識不明になったミオリネを守るため、学園でずっと戦い続けていた。
    地球寮の居場所を守るため、一方的に決闘で勝ち続けた。
    進み続けた。進み続けた。脇目も振らずに進み続けた。

    なのに、ミオリネの立場はなかなか好転しなかった。地球寮の居場所も無くなっていた。
    スレッタに向けられる周囲の視線には、少しずつ恐怖が混じり始めた。それが他の寮の生徒ならまだ無視もできたが、地球寮の同年組や年下組の表情にも畏怖が混じり始めたとき、スレッタは愕然とした。
    そしてなにより、ミオリネ。
    クエタ・テロのときに人殺しと口走ったことを、ミオリネはすぐに謝罪してくれた。だからそのときは、心のつながりが修復できたと安堵した。
    けれども彼女の瞳に恐怖が残り続けていることを、スレッタは敏感に察知した。大好きだからこそ、あのテロの前と後とでミオリネの表情が微妙に違っていることを感じ取ることができた。

    ミオリネは無理をしている。恐怖を押し殺して、作り笑顔を浮かべている。

    それを確信したとき、スレッタは居ても立っても居られなくなった。
    もう一人の信頼できる人のもとに走り、相談した。
    「大丈夫よスレッタ。今はダメでも、スレッタが進み続ければ、きっとミオリネさんもわかってくれるわ」
    「そっ……そうだよね、お母さん!」
    「実はねスレッタ、学園の外で大切なお仕事ができたの。みんなを守るための、みんなを幸せにするためのお仕事。それを達成すれば、きっとみんなもスレッタのことを笑顔で迎えてくれるわ」

  • 314_2/923/03/26(日) 03:15:59

    母の言葉を信じて、ミオリネに一時的な別れを告げ、スレッタはエアリアルに乗って戦い続けた。
    母の用意してくれた補給艦でエアリアルとともに寝泊まりし、出撃してはガンダムを倒し続けた。
    クエタ・テロのときにミオリネたちを襲ったガンダムを、その派生機を、何度も何度も撃墜し続けた。
    それは別にいい。だってあれは、平和を乱す悪いものだ。通常のモビルスーツでは太刀打ちできない、エアリアルでないと勝つことが難しい強敵だ。だから自分が戦うのは当たり前のことだ。それがたとえ、どんなに疲れることだったとしても。

    そのこと自体は別にいい。
    最近はもう、戦闘が始まる前から相手の戦力をすべて読み取ることができる。敵を撃墜するなどやりなれたゲームをプレイするようなものだ。とはいえガンダムはどの機体も強くて手加減が難しく、最後は自爆して周囲に被害を与えようとすることも多かった。だからスレッタは、最初からコックピットを狙うしかなかった。

    そのこと自体は、何の問題もない。
    ただ、今のエアリアルは、敵のコックピットの中にいる人間の表情すらリアルタイムで把握する。
    だからスレッタは、相手パイロットが恐怖に顔を歪ませ、悲鳴を上げ、血を流して爆散するのを、まるで目の前にいるかのように確認できる。

    その一点だけは、問題だった、かも知れない。

  • 414_3/923/03/26(日) 03:16:23

    「……うん、帰ろう。帰って、エアリアルを整備しなきゃ。ミオリネさんやみんなのために。明日もたくさん、頑張らなきゃ」
    自分にそう言い聞かせ、スレッタは帰途につこうとする。
    しかし。
    「……え? 新手が来るの?」
    前方から4つの機体が接近してくることを、周辺警戒するエスカッシャンのひとつが感じ取った。
    4つの機体は途中で別れ、1つがその場に留まる。3つはこちらに直進してくる。
    「モビルスーツ……ガンダム?」
    すぐにその機体をチェックする。そしてすぐ、3つともガンダムではなく、それどころか実戦用のビーム出力を持たぬ、作業用モビルスーツに毛の生えたものでしかないことを把握する。
    「……?」
    なんでそんなものが接近してくるのだろう。相手の意図を測りかねるうちに、3つの機体は更に別れた。1機だけがこちらにまっすぐ向かってくる。
    その機影には、見覚えがあった。1年近く前に一度だけ戦った赤いモビルスーツ。兵装をチェックしてみても、1年前とそれほど違いはない。頭部から両腕にかけて充填されたパーメットの量が増えたり、コックピットのレイアウトがごちゃごちゃした感じになったくらいか。どのみち今のエアリアルにとっては何の驚異にもならない。
    そして、その赤いモビルスーツを操縦しているのは。
    「……懐かしい、な」
    思わず笑ってしまった。
    もし仮に、もっと親しい人間――たとえば地球寮の人間やミオリネだったなら、スレッタはすぐさま逃げ出していたかもしれない。
    たった数回しか会わず、たった数回しか言葉をかわさず、だからどんな人かもあまりわかっていない。知っているのはモビルスーツの操縦の腕だけ。そんな相手だったからこそ、懐かしさに釣られて足を止めた。平和で幸せだったころの学園の雰囲気を求めて、相手を待った。
    赤いモビルスーツが、接近専用の武器を抜くか抜かないかくらいの距離まで接近し、止まる。
    その人は、記憶の中とほぼ同じ、低音のぶっきらぼうな声で語りかけてきた。
    「こんなところで何をしている? 田舎者」

  • 514_4/923/03/26(日) 03:16:44

    「あの、ですね。わたしは、今……」
    近況を報告しようとして、声が止まる。
    いま自分がやっていることを伝えたら、きっとこの人も、わたしを怖がる。そう直感して、何も言えなくなる。
    こちらが沈黙したのを見て取ったのか、赤いモビルスーツの人は、別の質問をしてきた。
    「メシは食えているのか?」
    「えっ、あの、それは大丈夫です。ちゃんと3食、食べてます……」
    ペーストに味をつけたものや固形物に味をつけたもの――水星での食事と同じものだけど。地球寮で味わった食べ物とは、比べ物にならないけれど。
    「眠れているのか?」
    「眠れて、ます……お薬、飲めば、大丈夫です」
    眠ろうとすると、相手のパイロットの最期の光景がちらついてよく眠れない。だから睡眠導入剤を使っている。でもそれを使えば熟睡できるから、だから大丈夫。
    「休日はどこへ気晴らしに出かけている?」
    「お出かけ? いえ、お出かけは、その……」
    いま行ける場所なんて、補給艦の中かエアリアルのコックピットだけだ。気晴らしと言えば、エアリアルのライブラリにあるアニメやコミックくらいのもの。水星に居たときと同じだ。同じに、なってしまった。

    話がそこまで進んだところで、目の前の人は、少しだけ間をおいた。
    そして、いきなり、こう言った。

    「わかった。サボるぞ。ついてこい」

  • 614_5/923/03/26(日) 03:17:11

    「……さ、サボる?」
    オウム返しに聞き返すと、向こうもオウム返しで言い返してきた。
    「サボりだ。さあ、ついてこい」
    「つっ、ついてこいって、何でですか!?」
    確定事項のように言われて、スレッタは思わず大声を上げた。
    しかし目の前の人は相変わらずの調子だ。
    「薬を飲まんと眠れない。休日に気分転換もできていない。どうせ食事もロクなもんじゃないんだろう。そんなんじゃ心が休まらず、いずれ集中力を切らせて重大事故を起こす。だからいったんサボるんだ」
    「そっ、そうかもしれませんけど、けど何であなたについていかなくちゃいけないんですか!?」
    「お前はサボる必要があるし、お前を今ここから連れ出せるのは俺だけだからだ」
    「わっ、ワケわかんないですっ!」
    そういえばこの人はそうだった。勝手に物事を決めて他人に押し付けてくる、そういう身勝手な人だった。
    懐かしさを味わいながらも、スレッタは抗議の声を上げる。
    「そもそも、サボるって、悪いことですっ」
    「サボりという言葉が嫌なら、適切な休憩とでも言い換えろ。お前は適切な休憩が取れていない。だから適切な休憩を取りに行くぞ」
    「こっ、言葉の問題じゃなくてですねっ」
    わたわたと手を振り、スレッタは抗議を続ける。
    「だいたい、どこに連れて行くつもりなんですか。で、デデデ、デートとかそういうのならお断りです!」
    ちっ、と舌打ちが聞こえたような気がしたが、たぶんそれはスレッタの記憶の中だけのことだった。
    なぜなら目の前の人は、今までより少しだけ優しい声で、予想外のことを言ってきたからだ。
    「地球寮の連中が、お前を待ってる」
    「……えっ?」
    地球寮。
    2ヶ月近くも会っていない、懐かしい人たち。
    不意打ちに涙が滲んだ――けれど、口をついて出たのは疑念だった。
    「なっ、なんであなたが、地球寮なんですか。あなたは御三家で、地球寮とは関係ないです、よ、ね」
    「関係ある。今の俺は株式会社ガンダムの出向役員で、契約パイロットで、ニカたちの上司だ」
    「えっ」
    「まあ実際にやってることは、中間管理職兼警備員……兼、雑用係だがな」
    ますます意味の分からないセリフを返され、スレッタは目を白黒させる。

  • 714_6/923/03/26(日) 03:17:49

    「じょ、冗談、ですよ……ね?」
    「冗談なものか。社員全員からお前について話を聞いたぞ。ニカはエアリアルのメカニズムについてもっとお前と話をしたいと言っていた。アリヤとリリッケはまたお前と恋話をしたがってたし、ヌーノとオジェロはもっと出来のいい新作PVをお前主役で撮りたがっていた。ティルはお前の勉強の進み具合について心配していたし、マルタンはお前を怖がったことを一番謝りたがっていたし、チュチュはお前が居ないことを一番寂しがっていた」
    「えっ……」
    「お前、あいつらとちゃんと話をせずに地球寮を飛び出しただろう」
    俺と同じような失敗をしやがって、という相手のつぶやきは、スレッタの耳には入らなかった。
    怖がられていない。少なくとも今は、あの人たちは自分を怖がっていない。その事実に、涙が頬を伝う。

    ――帰りたい。

    心によぎったその思いが、向こうにも伝わったのか。
    赤いモビルスーツの人は、先程と同じ要求をしてきた。
    「納得したか。じゃあ帰るぞ。ついてこい」
    「……だ、ダメ、です……」
    口をついて出たのは、やはり拒否。
    「なぜだ?」
    「ミオリネ、さんが、怖がって、るから」
    それが最も大きな理由。
    彼女に恐れられたことが何よりもつらかった。ふたたび顔を合わせたとき、無理をした笑顔で迎えられたなら……もう自分は、立ち直れない。
    赤いモビルスーツの人は、一つ息をついてから、告げてきた。
    「ミオリネもお前に謝りたいと言っていた」
    「嘘、です……」
    「嘘じゃないぞ」
    「嘘じゃないかもしれない、けれど……でも、きっとミオリネさんは、わたしのこと、怖がってます……」
    「そうだな。まだ恐怖はあるかも知れん。だが、それでもお前に会いたいそうだ。お前に謝りたくて仕方がないそうだ。お前と話したくて仕方がないそうだ」
    「う、嘘……」
    「嘘じゃないぞ。本人から直接聞いたんだからな」
    ぶっきらぼうな低音で、でもどこか優しい声で、赤いモビルスーツの人は繰り返す。
    懐かしさと温かみにサンドイッチされ、思わず信じそうになってしまう。思わず同意しそうになってしまう。

  • 814_7/923/03/26(日) 03:18:21

    でも違う。でも、違う。
    「ミオリネさんは、花嫁っ、だから……。
     花嫁だから、わたしのこと、を、我慢してくれるんです。本当は嫌なのに、嫌、なのに……花嫁、だから……」
    そこでスレッタの言葉は途切れ、また少しだけ沈黙が訪れる。
    だがすぐに、赤いモビルスーツの人の声が響いた。
    「ミオリネは今、ベネリットグループの総裁代行だ。そしてアスティカシア学園の臨時理事長でもある。そのミオリネが言うには、ホルダー制度は今すぐ撤廃だそうだ」
    「……え?」
    「花嫁なんて役割も花婿なんて役割も取っ払って、何のしがらみもないまっさらな関係に戻して、そして0から惚れ直させてやるそうだ。……ったく、なんで俺がこんな惚気話を……」
    声にボヤきが混じったが、しかし相手はすぐに咳払いし、続けてきた。
    「……そもそもお前はどうなんだ。会いたいのか? ミオリネに」
    「あっ……」
    会いたい。
    会いたい。
    今すぐ、会いたい。
    もうその想いを止めることが出来ない。
    「会いたい。ミオリネさんに、会いたい、です……」
    正直な返答は、涙混じりの声。
    赤いモビルスーツの人は、少しだけ笑ったようだった。
    「よし、決まりだな。俺の後について来い」

  • 914_8/923/03/26(日) 03:18:44

    「は、はいっ」
    こちらに背を向けた赤いモビルスーツについていくべく、操縦桿を押し込もうとした、そのとき。
    エスカッシャンの監視範囲を、カーキ色の残骸がよぎった。
    つい先程、スレッタ自身が撃墜した、ガンダムのコックピットの残骸だった。「お母さん」と悲鳴を上げたあとに爆散した、パイロットの機体だった。
    「はっ……」
    ダメだ。ダメだ。
    やっぱりダメだ。
    「……どうした?」
    「わたし……わたし、やっぱり、ダメです。……お、大勢、大勢……」
    殺してしまった。
    見知らぬ人を。
    ガンダムに乗った、自分と同じくらいの年齢の人を、自分よりも幼い人を、悪そうな人を、冷静そうな人を、優しそうな人を、
    「ダメ、です。向き合えないんで、す。あの人たちの顔と、声と、最期と、わたし、わたし」
    「……おい!?」
    「や、やっぱり、わたし、行けませ、ん。行ってしまったら、みんなと会ったら、きっとわたし、あの人たちを、また何度も、思い出して、つらくて、苦しく、て」
    「待て! こっちに来るんだ! お前ひとりで抱え込むな!」
    振り返った赤いモビルスーツがこちらに手を伸ばす。けれどスレッタは拒絶した。
    「かっ、帰ってくださいっ。あなたがいると、帰りたくなってしまう。考えてしまう。だから、あなたは、帰って……ひとりで帰って、ください!」
    「駄目だ。お前を連れて帰る。お前のその苦しみは、その記憶は、お前一人で抱えてちゃいけないものだ」
    「い、嫌、です……。みんなと会わなければ、何も考えなくて、いい、から。だから」
    「考えるのを止めたって、罪の意識は消えはしない。常に心を蝕み続ける。それは誰かと共有して分かち合う必要があるんだ」
    こちらのことを何も知らないくせに、人を殺したこともないくせに、赤いモビルスーツの人は訳知り顔で説教をしてくる。
    そのことに無性に腹が立って、スレッタは大声を上げた。
    「しっ……知った風なことを、言わないでくださいっ!」

  • 1014_9/923/03/26(日) 03:19:05

    スレッタの意志に反応して、周囲に展開していたエスカッシャンが即座に集結する。赤いモビルスーツを囲んで砲塔を突き付ける。
    「もう、帰ってください。わたしはここで、みんなのために戦い続けますから。エアリアルと一緒に、ガンダムを倒して、もっとたくさん倒して、そして、」
    何も考えないまま殺し続けて、誰とも向き合わないまま、誰にも会えないまま、
    「進み続け、ます、から」
    「……進んだ先で、お前はどうなる?」
    「わたし、は……また、水星にいたとき、みたいに。いえ、あのときよりも、ひとりぼっちに。
     でも、エアリアルと、みんながいる、から。だからみんなと一緒に、この宇宙で、」

    平和を乱すものを屠り続ける、怪物になるのだろう。

    その結論は、声に出なかったはずだった。
    しかし赤いモビルスーツの人は、11の砲塔に囲まれたまま、静かな声でこちらの言葉に反論してきた。
    「お前がじっくり考えて出した結論なら、尊重するつもりだった。進もうが逃げようが、止まろうがサボろうが、それはお前が決めることだ。
     だが今のは聞き入れられんな。お前には帰る場所も、考える時間も、苦悩を分かち合える人もいる。だからお前を孤独にはしないし、怪物にもさせない」
    赤いモビルスーツがビームサーベルを引き抜く。
    実戦用ではなく、決闘用の出力の、緑の光。
    「俺はお前を、無理やりにでも連れて帰る。行くぞ、スレッタ・マーキュリー」

  • 11二次元好きの匿名さん23/03/26(日) 06:39:13

    スレッタ病んでる…そうですよねつらいですよね
    どこまでもグエルくんがいい男で素敵ですありがとう

  • 12二次元好きの匿名さん23/03/26(日) 08:28:46

    徹頭徹尾グエルは他者を救うために動き続けてる 素晴らしい

  • 13二次元好きの匿名さん23/03/26(日) 12:27:55

    二度戦ったことがあるから、スレッタちゃんにも「決闘用出力」=「殺し合いをしに来たんじゃない」を分かってもらえるの良いなあと思いました。
    そして決闘なら「互いの言い分を通すための手段」として使えるのも同じ学園に通ったことがあるのもの達として良いなあと。

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/26(日) 16:47:04

    グエルクン行け

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/26(日) 21:01:24

    かつてのスレッタのように勝って今度はスレッタを救ってやってくれグエル…

  • 1615_1/923/03/27(月) 06:10:56

    「かっ、帰ってくれない、ならっ!」
    エスカッシャンに攻撃を命じようとして、しかしスレッタは一瞬迷った。
    目の前のモビルスーツはガンダムではない。だからコックピットを狙う必要はない。
    実戦用ではなく決闘用のビーム出力しか出せない。だからエアリアルの装甲を貫けるような武器はない。真っ先に潰すべき対象が存在しない。
    警戒すべき要素がない。どこを狙うべきか判断に迷う。手足を破壊すればいいのか、でもそれで万が一空間移動に支障が出てしまえば、相手が宇宙で漂流死してしまう。
    その迷いの隙を、突かれた。
    「ヤッホーっ! スレッタお姉ちゃんっ! リベンジに来たよっ!」
    ことさらに大きな声で、新たな通信が割り込んでくる。最初にこちらに向かってこなかった2機がこのタイミングで突っ込んできた。
    パイロットの二人には見覚えがある。かつてプラント・クエタで一度、学園の近くで一度、戦った魔女だ。
    「くっ、なら、こっちからっ」
    標的を変更するようエスカッシャンに命じて、しかし再び同じ問題に直面する。新たに接近してきた2機とも、やはりガンダムでも実戦用の機体でもない、何の脅威にもならないモビルスーツ。狙うべき箇所を直感で選択できず、スレッタは頭で考えてしまう。
    再びできた隙の間に、2機のモビルスーツはエスカッシャンに接近し、そして、
    「久しぶりだね君たち。今、あたしのほうを見たね?」
    赤い髪のパイロットがにやりと笑い、
    「それならたっぷり見せてあげるよ、こいつをねっ!」
    何かのデータを、大容量無線通信で、直接すべてのエスカッシャンに浴びせてきた。

  • 1715_2/923/03/27(月) 06:11:25

    「えっ? ……み、みんな、どうしたの?」
    エスカッシャンからの声が途絶えて、スレッタはあわてた。
    アンチドートでパーメットリンクを切られた? いや違う、そもそも今のエアリアルにアンチドートは効かない。それにリンク自体は切られていない。エスカッシャンが何か別のことに気を取られて、スレッタを無視していると表現するほうが正しい。
    「みんな、何を、何を見ているの? 何に夢中になってるの?」
    スレッタが狼狽していると、敵のパイロットが快哉を叫んだ。
    「はっはっはっ、見たかノレア! やっぱり効いたじゃないコレ! あたしが正しかったでしょ?」
    「……まさか、こんなバカげた作戦が上手く行くなんてね。世も末だわ」
    「なっ、何を、何をしたんですかっ。みんなに対して何を見せたんですかっ」
    敵の二人に対して、思わずスレッタは質問してしまう。
    その返答は、彼女の想像を絶するものだった。
    「お姉ちゃんもみんなも大好きなものだよ。アニメにコミック、テレビゲーム。ただし、スペーシアンが有害と称して地球に捨てていった、刺激の強い作品だけをおよそ30万本♪」
    「宇宙では販売禁止の作品だけをあちこちからかき集めて、2つのデータキーにまとめた。主にヌーノとオジェロが」
    「一週間くらいずっと徹夜してたよね。いやー、大丈夫かなあいつら」
    スレッタは絶句する。エアリアルのライブラリにある作品はお母さんが選んだ健全なものばかりで、みんなにもそれしか見せていない。それなのに、いきなり刺激の強い作品を大量に見せるだなんて!

  • 1815_3/923/03/27(月) 06:12:13

    「みっ、みんな、見ちゃダメ! ていうか、今戦闘中だよ!? 遊んでちゃダメだよっ!」
    「無理無理。イケないものほど見たくなるお年頃だもん。いったん見始めたらもう夢中だよね」
    「それに私たちのモビルスーツの脅威度は最低レベル。処理の優先順位も最低レベルに下げるでしょうね、人格があるのなら」
    「あああああっ」
    思わず頭を抱えそうになり――そしてスレッタは慌ててレバーを引く。赤いモビルスーツが、こちらを捕獲すべく突っ込んできていた。
    ギリギリでかわしたスレッタは、敵パイロットに向かって叫ぶ。
    「こっ、こんな汚い手を使うだなんてっ。見損ないましたっ」
    「悪いが、今回ばかりは正々堂々なんて言ってられないんだ。文句はお前を連れ戻してからいくらでも聞いてやる!」
    「わっ、わたし、あなたなんかに絶対に連れ戻されません!」
    幸いエアリアルはふつうに動いてくれた。ならばエスカッシャンなしでも問題はない。赤いモビルスーツをエアリアルで無力化した後、あの2機も無力化すればいいだけだ。いや――
    ぴたりと止まっていたエスカッシャンが、少しずつ動き始めた。いきなり大量のデータを浴びせられてびっくりしていたけれど、やっと本来の仕事を思い出したのだろう。いつもよりはるかに動きは鈍いけど――たぶんまだアニメかコミックを片手間に観ている――、これなら戦闘行動に戻れそうだ。
    「みんな、その2機を牽制しておいて!」
    命ずると、さっそくエスカッシャンはビーム攻撃を開始した。魔女たちはあわてて回避行動に入る。これであの2機はこちらを妨害できない。代わりにこちらも、みんなの視覚情報を使えないけれど――
    「あんなの相手に、エアリアルは負けませんっ!」
    「完成したダリルバルデを舐めるなよ!」
    かくしてエアリアルと赤いモビルスーツは、一対一での格闘戦に突入した。

  • 1915_4/923/03/27(月) 06:12:44

    今のエアリアルの格闘性能は、エスカッシャンなしでも既存の機体をはるかに凌駕する。文字通り人機一体となったその動きに対して、他のモビルスーツはスローモーションで動いているようにしか見えないだろう。
    それほどの、一瞬で勝負がついてもおかしくない性能差を――赤いモビルスーツは、手数と戦術で補い続けていた。
    「……くっ!」
    敵の両腕を切断しようとしたエアリアルの右腕に、四方からジャベリンとサーベルが絶妙な時間差で襲いかかる。こちらの右腕からビームサーベルを弾き飛ばそうという動き。すべてを捌ききれないと見たスレッタは離脱を選択するしかなかった。
    4つの武器を操っているのは、敵の本体とは独立して宙を舞う4本の腕だ。赤いモビルスーツの最大の特徴であるそれは、しかしただ一直線に飛んでくるだけなら、エアリアルの機動力ですべて叩き落とせていただろう。
    目の前の相手は決してそんな単純なことをしない。あるときは本体が斬りかかった直後に死角から強襲させ、あるときは敢えてこちらの背後に滞空させて本体との挟み撃ちを仕掛ける。こちらの武器を奪うことだけが目的かと思えば他の部位にビームサーベルを叩きつけ、装甲を弾いて体勢を崩そうと狙ってくる。
    攻撃というよりもむしろ、こちらの行動範囲を狭め、集中力を削り、選択を誘導し、機動力を殺すような使い方。巧みとしか言いようがない。

  • 2015_5/923/03/27(月) 06:14:15

    それでもなお補い切れない差を、相手は敢えてコックピットを守らず、攻撃に全力投入することで埋めてきた。
    「攻勢に出ることができない……っ。こんなにスピードに差があるのにっ!」
    隙だらけのコックピットを晒しつつ赤いモビルスーツが二刀流で斬りかかり、時間差で2方向から飛ばし腕が襲いかかる。いずれもこちらの腕からビームサーベルを絡め取るような動きだ。背後からの攻撃も警戒しなければならなかったスレッタは、反撃を諦めて防御に回らざるをえない。
    眼前のコックピットに一撃入れてしまえば終わり。だけどそうすれば相手を殺めてしまう。こちらの葛藤を見透かすような捨て身の戦術。

    ――違う、捨て身なんかじゃない。

    この戦いは殺し合いではない。勝利条件は相手を殺さず、相手の継戦能力を奪うこと。だからお互いにバイタルエリアへの攻撃はできない。敵はそのルールに苛烈なまでに忠実なだけだ。
    「……この人、前よりさらに強いっ……!」
    敵の執念にも似た克己心に、畏怖すら覚える。
    そして同時に、大きな疑問をも。
    「どうして……」

  • 2115_6/923/03/27(月) 06:14:48

    どうしてわたしひとりのために、ここまでするのだ。
    大勢の人を殺した、わたしのために。
    わたしとはほとんど関係のない、あなたが。
    「なんで、ですか……」
    こちらの右腕に嵐のように襲いかかる連撃を必死で捌きながら、スレッタは声を絞り出す。
    「ホルダー制度も、もう無くなるのに。わたしのこと、好きでも何でもないのに」
    赤いモビルスーツの胸元に蹴りを入れて、ようやく間合いを取る。
    しかし相手はそれすら見越していたのか、こちらの逃げた先にすでに腕を設置していた。背後からの一撃を回避したその一瞬で、再び間合いを詰められる。
    「どうしてあなたは、ここまでするんですかっ!」
    「ああ!? 決まってるだろうがっ!」
    二刀流で十文字に斬りかかりながら、相手は大声を上げる。
    その日初めて聞く激しい言葉。今までずっと優しい態度だった相手が、余裕を失くして放った言葉。
    それは戦闘宙域すべてに響き渡る、怒鳴り声だった。

    「俺は、お前が、好きだからだっ!」

    「うっ……」
    スレッタの全身に衝撃が走る。
    もちろん歓喜ではない。かといって嫌悪感でもない。
    「わっ……」
    きっとそれは、反射的な拒否反応。
    「わたしはあなたが、好きじゃありませんっ!」
    瞬間、スレッタと人機一体化したエアリアルが、戦闘原則から外れた行動を取った。右のサーベルで袈裟斬りに敵の攻撃を跳ね返し、踏み込みながら左手を思い切り振り回したのだ。
    赤いモビルスーツの頭部に、ビンタが炸裂した。
    「あっ」
    直後、気がつく。
    こちらの胴部が、完全に無防備になったことを。
    「捕まえたぞっ……スレッタ・マーキュリーィィ!」

  • 2215_7/923/03/27(月) 06:15:09

    赤いモビルスーツが躊躇なくエアリアルに組み付いた。
    両腕で胴体を抱きしめ、こちらの身動きを封じてくる。
    「しまっ……!」
    機体の単純なパワーなら相手が上だった。こちらのビームサーベルは、右腕ごと相手の飛ばし腕が抑え込んでいる。逃げられない!
    「みっ、みんなっ」
    助けを求めて周囲を見回せば、エスカッシャンは二人の魔女に巧みに誘導され、はるか遠くまで離れていた。呼び寄せようにもまだ片手間にゲームでもしているのか、こちらの声に反応してくれない。
    脱出手段を失って焦るスレッタの耳に、ある意味で最悪の会話が飛び込んできた。
    「ミオリネ! 今だ! 早く代われ!」
    「わかってるわよっ!」

    ――え?

    あわてて敵のコックピットを見てみれば、そこには操縦席の背もたれにもたもたとしがみつく、パイロットスーツ姿のミオリネ。
    「なんでぇぇぇぇぇ!? さっきまで居なかったじゃないですかぁぁぁっ!」
    「電子の目の届かない位置に隠れてたのよっ、半日ばかりねっ!」
    その返答でスレッタは悟った。赤いモビルスーツのごちゃごちゃしたコックピットは、自分自身のセンサー類で感知できない場所を――すなわち、人一人をエスカッシャンの目から隠す場所を確保するためのレイアウトだったのだ。
    「ひっ、卑怯ですぅ!」
    「不屈の精神と言いなさいよっ!」
    ミオリネが慌ただしく操縦席に座る。彼女はヘルメットを何かのコードに接続し、そして、
    「ウチの会社の新製品……接触式対話装置! あんたの心をこっちに寄越しなさい、スレッタぁっ!」
    次の瞬間、スレッタはミオリネの腕の中に捕らえられていた。

    戦闘宙域に、静寂が戻った。

  • 2315_8/923/03/27(月) 06:16:09

    操縦席の横に立ち、グエル・ジェタークは安堵の息をついた。
    操縦席に座るミオリネは、目を閉じ、下を向いて黙り込んでいる。
    コックピットの外に視線を向けてみれば、エアリアルはピクリとも動いていない。恐らくは、中にいるスレッタも同様だろう。
    「ボブー、そっちは大丈夫ー?」
    ソフィの通信が入った。ああ、と返答し、そしてグエルは苦笑する。自分の治療のために試作されたあの装置が、まさかこんな形で役に立つとは。
    相手の頭に触れるだけでその脳波を読み取り、こちらの脳内に相手の思考を再現するGUND医療装置。記憶の共用のためのその機能を更に一歩進め、双方向かつリアルタイムでお互いの意思を直接疎通できるようにしたのが、今ミオリネが使っている接触式対話装置だった。モビルスーツサイズまで拡大し、かつエアリアルのコックピットの外部装甲と接触するだけで相手パイロットと意思疎通できるようにするためには、ベネリットグループの開発部門の総力を挙げる必要があった――これほど限定的な用途のために使われた総力もそうはあるまい。
    今、ミオリネはスレッタと対話している真っ最中だ。仮にスレッタが拒否していたなら、とっくの昔にエアリアルが暴れ始めている。他人の話を聞くのが苦手なミオリネだが、さすがに今回ばかりは相手の話に耳を傾けることに集中しているはずだ。
    ならばもう、二人について心配は不要だろう。

  • 2415_9/923/03/27(月) 06:16:52

    戦闘を終えた感慨に浸っていると、再びソフィから通信が入る。
    「……またフラれちゃったね、ボブ」
    いつものからかうような口調ではなく、しんみりとした声。
    気遣いは要らん、と強がりを言いかけて、しかしグエルは目を閉じ、もう一度ああと返事をした。
    「そうだな。2回目だ、これで」
    1回目はもちろん、スレッタの前にひざまずいての求婚のとき。気持ちの整理がつかないまま衝動的に告白し、そして学園中の皆が見ている前で盛大にフラれた。
    あのときと比べれば、今回のはだいぶマシだ。衝動的に告白したのは同じだが、気持ちの整理は完全についていた。相手の返答すらも予想できていた。
    「いいさ。断られるのは分かってた。けれどそれでも、告白したかった。前に進みたかった」
    そして、前に進むことができた。スレッタ・マーキュリーに向かって進むことができた。
    「だからそんなに悪くはない。この結果も」
    「……ん。そうだね」
    ソフィと二人で笑っていると、ノレアから通信が入る。
    「ボブ、そろそろエアリアルの牽引の準備を始めていい?」
    グエルは目を開けた。
    「いや、もう少し待て。二ヶ月ぶりの再会だ。しばらくは静かに過ごさせてやってくれ」
    「……あんたはそれでいいんだね?」
    「ああ」
    そしてグエルは操縦席からもエアリアルからも目をそらし、宇宙を見渡す。
    ガンビットは光を失い、遠方を漂っていた。
    星々は静かに輝いていた。地上から見たそれとは違い、グエルの視界を優しく覆っていた。
    「終わった、な」
    作戦と、そして、初恋と。
    ふたつの終わりを実感し、グエルはひとり、嘆息したのだった。

  • 25二次元好きの匿名さん23/03/27(月) 06:30:22

    甘酸っぱい!甘酸っぱいよ

  • 26二次元好きの匿名さん23/03/27(月) 06:54:38

    グエルくんがスレッタに進めた!ヤッター!!

  • 27二次元好きの匿名さん23/03/27(月) 08:04:33

    グエルの初恋が終わったか…… お疲れ様だな

  • 28二次元好きの匿名さん23/03/27(月) 08:12:16

    死の縁に立つ魔女に寄り添う愛、苦境に立たされた弟への愛、そして初恋の人へ捧げる愛
    どこまでも愛のために戦う男か……

  • 29二次元好きの匿名さん23/03/27(月) 10:25:27

    グエル、カッコいい男だな…

  • 30二次元好きの匿名さん23/03/27(月) 10:52:20

    >>28

    グエルがついに世紀末救世主の領域に

  • 31二次元好きの匿名さん23/03/27(月) 21:54:30

    保守

  • 32二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:14:36

    このグエルはフラれても最高にかっこいいぜ…

  • 33二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:16:16

    グエルかっこいいけど、命を賭してやるべきことはやってしまったから燃え尽き症候群になってしまわないか心配。
    (ラウダやミオリネがいい感じに仕事を振って、暇を感じさせない方がいいパターンな気がしてる)

  • 3416_1/723/03/28(火) 05:45:28

    いつもの作業着姿で、グエルは椅子に座り、アスティカシア学園の地球寮の天井を見上げた。
    時刻は午後3時を回っている。日付はスレッタを救出してから一週間後。
    この建物の本来の住人であるアーシアンたちは不在。彼らは2ヶ月ぶりに学園に戻り、それぞれの学業を再開していた。
    だから今この部屋にいるのは、特に学業のないグエルと、そして彼が身元引受人となっている二人の少女だけだ。

    グエルの右隣に座るソフィの声が、口を開く。
    「いろんなものが、無くなっちゃったね」
    「……そうだな」
    見上げたままの姿勢で、グエルは肯定した。

    結局、ジェターク社は消滅することが決まった。CEO自らがデリング総裁の暗殺を企み、そして大勢の人間をテロに巻き込んだ罪から逃れることはできなかった。
    グラスレー社も解体が決定した。クエタ・テロを首謀したこと、その後のベネリット・グループ乗っ取りの動きが明るみになったのが致命的だった。
    漁夫の利を得るかと思われたペイル社だったが、ガンダム開発部門以外でも非人道的な人体実験を繰り返していたことが内部告発により明らかになり、大々的な査察が入ることが決定した。おそらく解散は免れないだろう。
    ベネリットグループを支えていた御三家の崩壊により、グループの威信の低下は決定的になった。いや、ミオリネ総裁代行自らがそうすることを決定した。誤魔化しによって秩序を保つのではなく、どんな犠牲を払ってでもコンプライアンスを守ることを選んだのだ。
    それが正しい決定なのかは判らない。ベネリットグループが守っていた秩序はもう戻ってこない。戦争には至らぬまでも政情不安はまだ続いている。もしかしたら、最も犠牲が大きくなる道をミオリネは選んだのかも知れない。
    だがそうだとしても、あいつは迷わずこの道を進むのだろう、とグエルは思う。
    そしてあるいはシャディクが望んでいたのも、ベネリットグループがこうなる未来だったのかも知れない。本人に確認することは、恐らく永遠にできないだろうけれど。

  • 3516_2/723/03/28(火) 05:46:05

    「まあ、色々と小難しい理屈はあるんだろうね。あるんだろうけどさぁ」
    隣のソフィが愚痴をこぼす。
    「ボブと弟クンまでそれに巻き込むのはどうなのさ。二人とも色々がんばったのに、本当に何もかも失っちゃうなんて」
    テロの賠償費用の捻出のため、兄弟は家の資産のほぼすべてを手放すことになった。別荘や訓練場はもちろん、父と過ごした邸宅も失うことになるだろう。
    が、グエル個人としては理不尽な仕打ちとは思わない。1年は四人が食うに困らない程度の現金は残る見込みだし、親の罪にラウダが巻き込まれることもなかった。父の所業を考えれば、むしろ申し訳なく思える。
    「俺たちが一生モノの借金を背負わなかっただけでも充分だ。……ジェターク社の元社員や、テロに巻き込まれた人たちのことを考えれば、な」
    ミオリネが救済を命じたこともあり、ジェターク社をはじめとした御三家の元社員は、その御三家の事業を買い取ったグループ内会社が積極的に雇用に動いている。だが路頭に迷う者が出るのは避けられない。
    そしてもちろんテロの犠牲者は、何をしようがもう帰ってはこない。
    「……テロ、か」
    ソフィの口調がしんみりとしたので、グエルは視線を横に落とす。
    赤い髪の少女の表情は、滅多にないことだが、暗く沈んでいた。
    「あたしたちが殺した人たちでもあるんだよね」
    「お前らは投降した少年兵の扱いだ。責任はお前らじゃなくてテロの首謀者にある」
    「……別にあたしは責任を感じてるわけじゃない。スペーシアンなんて何人死のうが……」
    そこまで言いかけて、ソフィは口をつぐむ。きまり悪そうに視線をそらす。
    グエルはそんな少女に、真剣な表情で語りかけた。
    「とりあえずは、今お前が持っている気持ちを忘れないでくれ。今はそれでいい」
    「……なんだよ、ボブのくせに大人ぶってさ」
    「お前らよりは年が上だ。それにお前らの身元引受人でもある。大人ぶる程度のことはしなきゃならん。少なくとも、お前らが社会復帰プログラムに合格して独り立ちするまではな」
    「……ちぇっ。なんか面倒くさそうだから適当にサボろうと思ってたのに。ボブにそんなこと言われたら、真面目に受けるしかないじゃないか」
    ぶつくさと文句を言うソフィの姿に、グエルは内心で安堵を覚える。これならきっと大丈夫だろう、と。

  • 3616_3/723/03/28(火) 05:48:37

    と、左側から視線を感じ、グエルはそちらに顔を向けた。
    もう一人の元テロリストは、じっとこちらを見上げている。
    「あんたも私たちの被害者なのに、あんたは一度も、私たちを憎まなかったね」
    「……たまたまだ、そんなのは。
     もしお前たちが俺の知り合いを手にかけていたら、きっと俺は、お前たちを憎んでいたと思う」
    「本当、あんたは嘘がつけないんだね」
    ノレアは呆れたように首を振った。そして彼女は改めて、こちらの顔を覗き込む。
    「それから……あんたは私たちの前で、一度たりとも恨み言を口にしなかった。
     テロに遭っても、捕虜になっても、殴られ続けても、ナイフを突きつけられても。
     会社を失っても、家を失っても、財産を失っても。
     どんな目に遭っても、誰かを恨まなかったし、誰のせいにもしなかった。
     それは何故?」
    ノレアからの問いかけに、グエルは少しだけ考え、そして、肩をすくめた。
    「格好が悪いからな」
    「……あっそ」
    ノレアは笑い、そして、あーあ、と嘆息した。
    「私がスペーシアンを恨み続けた理由も、私が魔女になった理由も、その一言で完全否定してくれたね。本当に腹が立つ」
    「それは……なんというか、悪かったな」
    「別に悪くはない。でもあんたにしてやられたままなんて許せない。だから私は、いつかあんたにやり返す。
     少しでも早く、格好良く生きられるようになって、ね」
    そうやって微笑むノレアは、どう見ても魔女ではなく、一人の少女でしかなかった。

  • 3716_4/723/03/28(火) 05:49:02

    少女は笑いを納めると、逆にグエルに尋ね返してきた。
    「じゃあ、あんたにはもう、心残りはないんだね」
    「……いや、ある。二つほど」
    グエルは再び天井を見上げた。
    「俺はまた、ラウダに苦労をかけることになる。あいつも俺に似て痩せ我慢するタイプだから、決して人前で弱音は吐かんが……家も財産も失って、内心はズタボロだろう」
    「いや、弟クンは何の心配も要らないと思うよ。ボブと一緒に暮らせるってだけで幸せそうだったし」
    「俺のアルバムや日記を手放さずに済んだと言って笑ってみせるあいつの姿は、痛々しかった」
    「それは本気で喜んでるだけだから、邪推する必要はないと思う」
    「ラウダ……すまない……」
    「こっちの話を聞けよボブ」
    「兄弟の話題になった途端、急に知能指数が低下するのね。二人とも」
    左右からわいわいとツッコミを入れてくる二人を無視し、グエルはしばしラウダの心労を思う。元ジェターク寮生の今後の居場所を学園内に確保するため、今もあちこちの企業に頭を下げて回る弟のことを。
    「……もういいわ、弟くんのことは充分わかった。で、もう一つの心残りは?」
    ノレアの問いかけに、グエルは我に返った。ひとまず弟のことは脇に置き、もう一人の人間を思い浮かべる。
    グエルよりも遥かに多くのものを失い、グエルよりも遥かに深く傷ついた、一人の少女。
    「スレッタ・マーキュリー。一番助けが必要な時に、俺はあいつに何もしてやれない」

  • 3816_5/723/03/28(火) 05:50:23

    エアリアルは無傷だったが、その引き起こした現象があまりに危険だとみなされ、今はグループのプラントの一つに厳重に封印されている。さすがにミオリネ総裁代行といえど、破壊措置を食い止めるのが精一杯だった。
    スレッタの母親は、娘に対して謝罪も釈明もなく姿をくらませたままだ。
    そしてスレッタは多くの人間を殺めてしまった。戦士としての心構えも、人を殺すことへの心理的な準備もないまま一線を踏み越えてしまった。
    家族と家族同然のモビルスーツを失い、人殺しの罪過を背負わされる。グエル自身も似た状況を味わっただけに、その過酷さは容易に想像できた。
    なんとかしてやりたいと思う。だが今のグエルには、この地球寮に、否、アスティカシア学園に留まる権利がない。

    ベネリットグループ内の企業の推薦がなければ、この学校の生徒となる資格は得られない。ジェターク社が消滅した今、グエルとラウダは速やかにこの学園から出ていかなければならないのだ。
    「他の企業からの推薦を得るとかできないの? 元ジェターク社の生徒は、親の再就職先の企業から推薦を受け直して学園に残るんでしょ?」
    ソフィの提案に、グエルは首を横に振る。
    「デリング総裁を暗殺しようとした人間の実子を推薦しようなんて酔狂な企業、グループ内には存在しないさ。仮に推薦を得られたとしても、あと一ヶ月もすれば3年生は卒業だ。すぐに学園を出ていかなくちゃならん。
     ……そもそも、俺はとっくに退学処分された身だ。仕事の引き継ぎって名目でここに入ることを許されているだけだ」
    「じゃあ……どうしようもないってこと?」
    「そういうことだ。もう、どうしようもない」
    スレッタはまだ2年生だ。あと1年間この学園に通うことになる。その期間、彼女を手助けすることは、自分にはもうできない。
    心残りと言うにはあまりにも大きな無念を、グエルは噛みしめる。

  • 3916_6/723/03/28(火) 05:51:24

    「残酷なことを言うようだけど。ボブが居なくても、スレッタ・マーキュリーの居場所はもうあると思う」
    冷静な声で、ノレアが横から指摘する。
    「今ではこの地球寮が、株式会社ガンダムが彼女の居場所。そして、彼女の心を癒す人はもう別に居る」
    「……ああ、わかってる」
    スレッタが帰るべき場所は、自分の隣ではなかった。
    その事実を認められないほどには、グエルももう幼くはない。
    スレッタにはミオリネが居る。そしてミオリネは、傷ついたスレッタの心を癒やすためにあらゆる手を尽くすだろう。ならば自分の出る幕はなかった。
    「あいつの物語の中では、俺は主要な登場人物じゃなくて1シーン限りのゲストだった、ってことだ」
    スレッタはいつか立ち直り、スレッタ自身の物語を紡いでいく。彼女が見つけた登場人物たちとともに。
    1シーン限りのゲストがいつまでも居座り続けたところで迷惑にしかない。早々に退場すべきだった。

    あいつも俺も、これから自分が主役の物語を歩いていく。
    今自分ができることは、自分だけの物語を、道を踏み外さず歩き続けること。
    次に再会できた時に、あいつに胸を張って自慢できるような物語を作り上げること、なのだろう。

  • 4016_7/723/03/28(火) 05:51:52

    「だからさっさと、地球寮の仕事の引き継ぎを済ませるとしよう。でなきゃおちおち退場もできやしない」
    グエルがそう言うと、隣でにひひとソフィが笑った。
    「そっか、じゃあこのへんでエンドロールが流れ始めるんだね。モブ役3人、ひっそりと肩を寄せ合って生きていくことを暗示しながら物語は終了していくってワケ」
    「弟くんも入れて4人ね。で、この四人組の次の物語の舞台は、どこになるの?」
    「そうだな……まず、以前俺が務めていた輸送会社に顔を出そう。フォルドの夜明けから解放されてからまだ一度も会ってない。だから、世話になった人たちに挨拶したい」
    グエルは思いを巡らせる。
    「就職についてはラウダと相談だが、宇宙でアテがなさそうなら地球に行ってみるか。マルタンやティルやアリヤに会社を紹介してもらうって手もある」
    「未来のことを語り合う……いいね、どんどん映画のラストシーンじみてきたじゃん。そろそろエンドクレジットの俳優紹介が終わった頃かな」
    「どうでもいいでしょ、そんなん。下からFINの文字がせり上がってきて、ハイ終映」
    「ノレアってば風情がないな―。もうちょっと余韻を楽しませろっての」
    言い合いを始める少女二人に苦笑していると、入り口の扉が開く音が聞こえた。地球寮の誰かが返ってきたのだろう。
    仕事の引き継ぎを始めるべく、グエルは椅子から立ち上がったのだった。

  • 41二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 08:00:00

    面白いです
    もうすぐ終わってしまう…

  • 42二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 08:40:17

    ラウダのところでちょくちょくギャグになるのが好き

  • 43二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 09:08:49

    諸々を「格好悪いから」で片付けるグエルめちゃくちゃかっこよくて好き……

  • 44二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 17:54:42

    終わりが近づいている 寂しくなるのう

  • 45二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 21:18:54

    本当にこのSSを待ちながら時間を過ごしていたら2クール近くなった
    残念~~

  • 46二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 01:20:53

    魔女に惹かれた男が役目を終えて弟や別の魔女達と次の居場所を見つけに行くってのは御伽噺みたいで美しいぜ…

  • 4717_1/1123/03/29(水) 05:41:28

    地球寮に帰ってきた人間は、寮生ではなかった。
    玄関にいた人物の姿を目の当たりにして、グエルはわずかにのけぞる。
    「……ミオリネ? 護衛もつけずに一人でやってきて大丈夫なのか?」
    ミオリネ・レンブラン総裁代行。ベネリットグループ御三家を潰すことを事実上決めた人物だ。彼女に恨みを募らせる人間は多数いるはず。
    しかし若き総裁代行は平然としたものだった。
    「別に、護衛をつけなきゃならないほどの恨みなんて買ってないわよ。最も私を恨むべき人間であるアンタがそんな調子だもの」
    「いや、しかし……」
    「私はね、親父と御三家以外のグループの人間が内心で不満に思っていたことを代行しただけよ。ルールを守れ、ルールを勝手に変えるな、ルールを力で捻じ曲げるな。
     私はルールをルール通りに適用しただけ。だから、失脚した御三家以外の人間はみんな私の味方よ」
    ミオリネは胸を張ってそう断言する。その大物っぷりに、グエルは改めて敬意を覚えざるを得ない。
    御三家ばかりが目立っているが、そもそもベネリットグループは160近い会社からなる企業複合体だ。社員数だけで言うなら御三家以外の会社のほうが圧倒的多数を占める。力によってルールを捻じ曲げてきた御三家に対する反感は、表に出ていなくとも大きなものだったことは想像に難くない。
    そしてミオリネは、御三家に勤務していた社員が失職しないよう配慮もしていた。彼女の父親が、業績の低迷する会社を社員ごと切り捨てていたのとは対照的にだ。となれば、彼女を恨むよりも自分の明日の仕事を考える人間が多数派になるのは必然だった。
    「ま、もちろんそれだけじゃないけどね。私はこの混乱が収まった時点で総裁代行を辞めるって明言してる。意識不明のクソ親父も道連れに隠居よ、一連の事件の責任を取ってね。なら今この時点で私を敵に回すメリットなんて何もないわ。むしろ権力欲に凝り固まった連中ほど私のご機嫌を取ろうと機会を伺ってる。次の総裁やその取り巻きの地位を狙ってね。
     だから私は、こうして大手を振って出歩けるってわけ」
    「……まったく、権力争いでお前に勝てる気がしないな」
    グエルは両手を上げて降参のポーズを取った。ただ父親に反発して周囲に当たり散らすばかりだった1年前の彼女とは比べ物にならない。

  • 4817_2/1123/03/29(水) 05:42:11

    「で、その総裁代行が何の用だ? 生徒たちは授業中で、俺くらいしか居ないが」
    「そのアンタに用よ。アンタたち兄弟に新たな沙汰が下ったわ」
    「……沙汰? ジェターク家にまだ何か余罪でもあったか?」
    「ま、そんなところね」
    ミオリネが唇を釣り上げる。その楽しそうな表情に悪い予感を覚え、グエルは一歩後ずさる。
    「……勿体ぶらなくていい。どういう罰だろうが俺は甘んじて受け入れる。だからさっさと言え」
    「あっそ。受け入れるのね?」
    そう念を押してから、ミオリネは居住まいを正した。
    神妙な表情で布告する。

    「学籍番号KP001、グエル・ジェターク。
     学籍番号KP013、ラウダ・ニール。
     両名とも出席日数不足により、留年。
     アンタら二人とも雁首揃えて、来年もこの学園に通って頂戴」

    「フン、そんなことか」
    グエルは鼻で笑ってから、ふと黙り込み、そして考える。

    ……。
    ……留年?

    「留年だと!?」
    「そう、留年。ダブり。同じ学年のやり直し。モラトリアムの延長」
    「表現を変えながら同じ内容を繰り返すんじゃない!」
    思わず大声を上げてしまう。

  • 4917_3/1123/03/29(水) 05:42:48

    留年!? ジェターク家の長男であるこの俺が!?
    ……いやジェターク家はもう消滅したも同然だし、今は関係ない。そして出席日数不足は言い訳のしようもない。なにせ今年度まともに出席できたのは3ヶ月かそこらで、あとはずっと学園の外に居たのだ。ラウダにしても自分の失踪直後にジェターク社の内紛劇に巻き込まれ、ろくに授業に出席できていないはず。
    だが、そもそもの問題はそこじゃない。
    「俺はとっくに退学になったはずだが!?」
    「ラウダがアンタの退学処分に気づいて、復学の手続きをしてくれていたのよ。弟に感謝しときなさいよ?」
    「なるほど、あとで礼を言っておこう。……いやそうじゃなくて、そもそも俺たちは学園に在籍する資格を失ってるだろうが!? 推薦企業であるジェターク社は消滅したんだぞ!」
    「株式会社ガンダムが推薦してあげるわ。感謝しなさい」
    「そうか、それはありがたい。……いや待て、推薦だけの問題じゃないぞ! 学費その他諸々の費用はどうするんだ!? 俺たちはそんな大金は持ってないぞ!?」
    「株式会社ガンダムに勤めながら学園に通えば? その程度の給料は払ってあげるわよ?」
    「なっ……!?」
    絶句する。目の前の女社長は、何が何でも自分たちを留年させる腹積もりのようだ。
    そしてようやく、グエルも気づく。
    ミオリネがこんなことをするのは、嫌がらせなどではなく、自分たちを手元に置く必要があるからだ、と。

  • 5017_4/1123/03/29(水) 05:43:49

    グエルは声のトーンを落とした。
    「……何があった?」
    「アンタも察するのが早くなったわね。
     ……プロスペラの行方が、まだ掴めていない」
    プロスペラ・マーキュリー。スレッタを捨てた母親。そしてエアリアルを建造し、宇宙に混乱をもたらした女。
    ミオリネは声を潜め、グエルにささやく。
    「これは私の直感だけどね。あいつの計画はまだ終わっていない。どころか、たぶんまだ順調に進んでる。そして近い将来スレッタとエアリアルのもとに現れるわ。さらうためか、始末するためかは判らないけど」
    「…………」
    「プロスペラのパイロットとしての腕はスレッタ以上って話よ。そしてスレッタはまだプロスペラには逆らえない。だから、スレッタを守る人間を身近に用意しておきたいのよ」
    「……それが、俺たちってわけか」
    「ええ」
    女社長が一つうなずいた。
    それから彼女は、顔を曇らせ、続けてくる。
    「もう一つの理由は、スレッタ自身よ。
     ……あの娘、まだ人を殺した罪の意識から立ち直れていない。表面上は明るく振る舞えるようになったけれど、夜に泣き出したり、茫然自失したりを繰り返してる」
    「それは……どうしようもないことだ。俺だってラウダやソフィやノレア、ベルメリアさんたちの協力を得て、それなりの時間をかけて自分の心と折り合いをつけることができたんだ。
     スレッタが抱え込んだものは、きっと俺の比じゃない。一ヶ月や二ヶ月でどうこうできる話じゃないぞ」
    殺人に対するストレスの感じ方には個人差がある。人によっては何人殺しても罪悪感を抱かないというし、幼少の頃から殺人が身近な環境だった人間も耐性を持つことが多い――たとえばソフィやノレアのように。
    だが、ほとんどの人間はそうはいかない。警察官や兵士といった殺人行為が職として免罪される者であっても、常に適切な事前準備と事後の処置を必要とする。そしてそういったケアを受けてすら、毎年何人もの人間がストレスに耐えられず辞めていく。
    人を殺すとは、そういうことなのだ。

  • 5117_5/1123/03/29(水) 05:44:36

    「でも、アンタは立ち直った」
    「折り合いをつけただけだ。立ち直れたと決まったわけじゃない。またいつか、罪の意識に苛まれる日が来るかもしれない」
    「それでもアンタは、こうして立って歩いている。廃人寸前の状況から立ち直った。そうでしょう?
     だったら、その経験を活かして欲しいの。あいつが抱え込んだものを、アンタにも背負ってほしいのよ」
    「……それは……」
    ミオリネの真剣な表情に、グエルは戸惑いを覚える。
    この申し出は、間違いなく本気で真摯なものなのだろう。
    自分にそんな大役を任せようとしてくれる彼女の気持ち自体は嬉しい。嬉しいが――
    「ミオリネ。罪の意識を肩代わりするってのは、信頼できる人間としかできないことだ。
     スレッタにとっては、お前や地球寮の人間たち。
     俺はスレッタから信頼されていない。俺じゃ不適切だ」
    一週間前の告白を思い出しながら、グエルは断りを入れる。
    スレッタ自身のことを思いやるからこそ、この申し出を受けることはできない。
    「…………」
    グエルの返答を受けて、ミオリネは黙って両腕を組んだ。
    背後を振り返り、声を上げる。
    「グエルはあんたから信頼されていないと、そう考えてるみたいよ。
     あんた自身はどう思ってるの?」

    ……!?

    ミオリネに釣られて彼女の背後を見たグエルは、驚愕した。
    そこには渦中の人物、スレッタ・マーキュリーが立っていた。

  • 5217_6/1123/03/29(水) 05:45:18

    赤い髪の少女は、地球寮の入口をくぐってミオリネの斜め後ろに立つ。その距離、グエルからおよそ4メートル。
    「あのっ……先日はありがとうございましたっ! 助けていただいたこと、感謝いたしますっ!」
    ひとまずは元気そうな様子で、ぺこりと頭を下げる。
    その他人行儀なセリフと距離に、グエルは少し物悲しいものを感じたが、作り笑いだけはなんとか浮かべることができた。
    「ああ。気にするな」
    するとスレッタは顔を上げた。
    真面目な表情でこちらを見つめ――いや、睨みつけてくる。
    「ですが、あなたは、留年しました!」
    「……ん?」
    「あなたは留年したので、来年からはもう、わたしの先輩ではありません!」
    「あ、ああ。そうだな」
    勢いに押され、ただうなずく。
    しかしスレッタは眼光の強さもそのまま、こちらに一歩踏み込む。
    「あなたは先輩ではない……ので、もうわたしに偉ぶることはできません!」
    「え、偉ぶる?」
    「はい。たとえば、いきなり大声で怒鳴りつけるなんてことは、しないでください!」
    更に一歩踏み込んでの要求。グエルは思わず怯んでしまった。
    「ま、まあ、それはたしかに俺の悪癖だな。気をつける」
    「それと!」
    また一歩。
    「眉間にシワを寄せて睨みつけるのもナシです。怖いです!」
    「あ、ああ。気をつけ」
    「それから!」
    もう一歩。
    「舌打ちもナシです! 嫌な気持ちになります!」
    「……最近はしていないと思う。が、気をつ」
    「あとっ!」
    更に一歩。
    「人を水星女とか田舎者とか、変なあだ名で呼ばないでくださいっ! わたしの名前はスレッタですっ!」

  • 5317_7/1123/03/29(水) 05:45:56

    いつの間にか1メートルまで接近してきた相手にそう要求され、グエルは思わず、素直に返答してしまった。
    「……すまない。これからはきちんと、スレッタと呼ぶ」
    すると少女は腰に手を当て、満足げにふふんと鼻を鳴らした。
    そのまま念押しの一言を告げてくる。
    「あなたは、来年からはわたしの同級生です。なので同級生らしい態度を心がけてください。
     わかりましたね? グエル君」

    ……グエル君?

    固まったグエルを見て、スレッタは首を傾げた。
    「えっと。もしかして、ボブ君って呼んだほうがいいですか?」
    「……いや、そこは普通に本名でいい」
    「じゃあそうします。
     わかりましたね? グエル君」
    繰り返しの一言に、グエルはようやく反応することができた。
    「ああ。同級生らしい態度を心がける。スレッタ」
    「ありがとうございます。それなら……大丈夫です」
    少女はもう一度ペコリと頭を下げると、そのまま奥のほうへと歩いていく。軽くスキップを踏んでいるように見えたのは……いや、さすがにたぶん、気のせいだ。
    グエルはスレッタを見送って、混乱したまま立ち尽くす。
    その背後から、少女たちの会話が響いた。
    「スレッタお姉ちゃんって、あんなにずけずけ物を言うんだ? なんか、みんなから聞いてた話と違うなぁ」
    「……いえ、こんな強気なスレッタは初めて見るわね、私も。
     この際だからグエルの嫌な部分はちゃんと指摘しておけとは言ったんだけど、ここまでグイグイ行くなんて予想外」
    「そうなんだ。ボブの舐められ体質も、ここまで来れば大したものね」
    いつの間にかミオリネと合流していたソフィとノレアは、その後もグエルの舐められっぷりについてひとしきり会話を続けていたが。
    混乱したままのグエルの耳には、届いていなかった。

  • 5417_8/1123/03/29(水) 05:47:30

    「さて、そろそろ正気に戻ってくれるかしら? 私も忙しいのよ」
    背後からミオリネに声をかけられ、ようやくグエルは我に返った。
    振り返ってみれば、女社長はすまし顔で右手を差し伸べている。
    「返事はOK、でいいわね? 正直私も、アンタが中間管理職として社員をまとめてくれて助かったわ。だからあと1年、ウチの社員を続けてくれたら嬉しいんだけどね」
    一瞬迷ってから、グエルはミオリネの手を握り返した。
    「承知した。あと1年、この会社を続けさせてもらう。ただラウダは……本人の意志を確認させてくれ」
    「それはアンタに任せる。
     ……じゃ、私は行くわ。これから地球開発部門の立ち上げについて会議があるから」
    そう言い残して、ミオリネは地球寮の玄関を出ていこうとする。
    彼女にやられっぱなしなのは癪だったので、グエルはその背中に声を投げかけた。
    「ミオリネ。お前またインスタントばかり食ってるのか? 肌が少し荒れてるぞ」
    握手した時に感じた印象をそのまま伝えてやると、ミオリネは立ち止まった。
    顔だけをこちらに向け、苦笑いを見せる。
    「……最近、色々と時間がなくてね。なんならアンタが三食用意してくれる?」
    「三食は無理だが、ここに来たら簡単な料理くらいは作ってやる。たまにはまともなものを食え。お前に体調を崩されたらみんなが困るんだ」
    「アンタ、昔から変なところで気を使うのね。じゃ、今夜さっそくご馳走になるわ」
    女社長はひとつ微笑みを返すと、今度こそ玄関を出ていったのだった。

  • 5517_9/1123/03/29(水) 05:48:13

    右隣に並んだソフィが、こちらを見上げて問いかける。
    「もっと喜ぶかと思ってたのに。なんだか微妙な顔だね? ボブ」
    「……まだ心の整理が追い付かないんだ。まさかこの俺が、また学生の身分に戻るなんてな。
     半年以上前に逃げ出したときから、もうこの学園に帰ってくることはないと思っていた。だから気持ちが切り替えられん」
    「素直に喜べばいいのに。かつて敵同士だった人間が、仲間になって、みんな一緒に次の物語に移っていく。最高のエンディングじゃん」
    無邪気なソフィの笑顔に、グエルもまた感慨を覚えた。
    彼女の言う通り、なのだと思う。かつてソフィと自分たちは敵同士だった。スレッタなどはモビルスーツ戦で殺し合いさえ演じた。全員が命を落とすことなくこの場所に居る奇跡を、素直に喜ぶべきなのだろう。
    「感謝しておくか。神とか運命の巡り合わせってやつに」
    「そんなんじゃないよ。ボブもノレアと同じで風情がないねぇ」
    不服そうに口をとがらせてから、ソフィは断言した。
    「こうなったのは、みんながみんなを好きになったからだよ。そうじゃない?」
    「……お前は時々、真理をつくな」
    割と本気で、グエルは隣の少女を讃える。
    みんながみんなを好きになった。経緯はどうであれ、この結末を迎えられた理由はたぶん、そんな単純なことなのかも知れない。
    ソフィは得意げに胸を張った。
    「へへっ。そうでしょ。
     あたしはボブを好きになった。ボブはスレッタお姉ちゃんを好きになった。スレッタお姉ちゃんはあたしを……」
    しかしそこで口ごもり、考え込む。
    「……んーと。まだスレッタお姉ちゃんは、あたしを好きになってはいないかな」
    「まあ、直接顔を合わせるのは実質今日が初めてだからな。まだ好きでも嫌いでもないだろう」
    「……好きになってくれるかな?」
    「大丈夫だと思う。ただ、本人の前であまり過激なことを口走るなよ。それとモビルスーツ戦の話はまだだ。別の話題で親睦を深めろ」
    そうアドバイスを送ってやると、ソフィは顔を輝かせた。
    「了解! コミックかアニメの話で仲良くなってくるよ!」
    そして彼女は小走りで、スレッタの後を追いかけて建物の奥へ入っていった。

  • 5617_10/1123/03/29(水) 05:49:18

    ソフィの背中が見えなくなった後、左隣に立つノレアが、こちらを見上げて尋ねてくる。
    「ボブ。学生に戻ったら、何をすることになるの?」
    「ん? そりゃ、卒業後にやりたい仕事に就くための勉強だな」
    「じゃあ、ボブは卒業後にどんな仕事をしたいの?」
    それは、と言いかけて、その答えが自分の中にないことにグエルは気づいた。
    こちらからの返答がないことを受けて、ノレアが口を開く。
    「あんたは一度たりとも恨み言を口にしなかったけれど、自分のやりたいこともやっぱり口にしなかった。あんたのやったことは全部、他人を助けることばかり。
     泣いてる子供。私とソフィ。弟くん。スレッタ・マーキュリー。
     助けたい人はひととおり助けたんでしょ? なら、そろそろ自分が本当にやりたいことを考えたら?」
    「…………」
    反論ができなかった。確かに今の自分は、空っぽだ。
    ドミニコス隊のエースパイロットという夢はあった。だが自分はたぶん、人の命を奪う仕事には向いていない。
    ジェターク社のCEOという目標は、そもそも父に強いられたものだ。たとえジェターク社と父が健在だったとしても、そちらの道に進みたいとはとても思えない。少なくとも、今の自分は。
    ならば自分は、これから何を目標とするのか。どこへと向かって歩くのか。
    ひとり悩んでいると、左隣の少女が目を閉じ、告白する。
    「以前の私はね。スペーシアンに復讐する。スペーシアンが支配するこの秩序を破壊する。そして死ぬまでの間に一人でも多くのスペーシアンを道連れにする。それが目標だった。
     でも残念ながら、それは全部できなくなった。あんたやミオリネみたいな人間がいると知ったから」
    そこまで言って、ノレアは目を開く。
    「だから私も、新しく目標を見つけないといけない。
     だから私も、あんたと一緒に考えるわ。これからどうしていきたいかを」
    そう言い残すと、ノレアもまたソフィの後を追って、建物の奥へと歩き去った。

  • 5717_11/1123/03/29(水) 05:50:25

    「……これからどうしていきたいかを、考える、か」
    思い返してみればこの1年というもの、衝動に任せ、行き当たりばったりに突き進み、結果として多くのものを失ってしまった。
    失ったものに未練はない。だが確かに、このままでいいはずがない。
    だから次の1年は立ち止まって考えてみろ、と、ノレアはそう言いたいのだろう。

    まだ具体的な考えは何も思い浮かばない。だが、この1年で失うと同時に、新たに得たものもある。
    ソフィとノレア。地球寮の人々。ミオリネ。そしてスレッタ。
    彼らの知恵と知識を借り、弟たちとも相談して次の道を探す。それが、今の自分がやるべきことなのだろう。
    ただし、地球寮の仕事を続けつつ、スレッタの心の重荷を肩代わりし、プロスペラの襲来に備えてパイロットとしての腕も磨きながら、だが。
    「なかなか歯応えがあるじゃないか。留年ってのも甘くないもんだな」
    一人で腕組みをしていると、背後に再び人の気配。
    振り返ってみれば、玄関に立っていたのは、彼の実の弟だった。
    「兄さん、ここにいたんだね。来年からフェルシーの住む寮が決まったよ。あと彼女、週末にジェターク寮生のお別れ会を開くって言って聞かないんだけど」
    「もう少し先にしておけ。今はみんな忙しいんだし」
    「そうだね。フェルシーにはあとで電話しておくよ」
    そこで弟は怪訝そうな顔をした。
    「兄さん、どうしたの? やけに嬉しそうだね。いいことでもあった?」
    「そうだな、いろいろとあった。まず……」
    伝達事項があまりにも多いことに気づいて、グエルは口を閉ざす。
    仕事の引継ぎはとりあえず不要になった。ならば――と考えて、弟を手招きする。
    「ラウダ、一緒に夕飯を作らないか? ここにいる連中とこれから来る連中と、あと俺たちと。あわせて15人前は作らなくちゃならないんでな。さすがに一仕事だから、お前も手伝ってくれ」
    「もちろんいいよ。で、作ってる間に、今日なにがあったか教えてくれるんだね」
    「そのつもりだ。相変わらず察しが良くて助かる」
    作業服を脱ぎながら、グエルはラウダと肩を並べ、地球寮の厨房へと向かう。今日の夕食会はきっと大賑わいだろう。

    時刻はもうすぐ午後4時。
    アスティカシア学園の天蓋は、まだまだ昼の空を映していた。

  • 58スレ主23/03/29(水) 05:54:26

    これにて目が死んでたボブの物語は終了です。加古川のボブについて自分が書きたかったことは、ほぼ全て書き終えることが出来ました。
    皆様、長い長い物語に付き合っていただき、本当にありがとうございます。
    もうすぐ2期が始まります、様々な登場人物に過酷な運命が待ち構えていることでしょうが、みんなが幸せな結末を迎えることを祈っております。

    さて、スレッドが半分以上残ってしまいましたが、残りは皆様へのレス返しや、もし思いついたら「ジェターク兄弟留年」のネタで短いSSを投下したいと思います。よろしくお願いします。

  • 59二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 06:04:39

    お疲れ様、そしてありがとう
    いいSSだった。掛け値なしに

  • 60二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 06:36:49

    完結お疲れ様でした!
    掛け値なしのスーパーウルトラハッピーエンド超大作最高でした!!
    ここ最近の毎朝の楽しみだったのでスレ主には感謝しかない

  • 61二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 07:02:42

    >>58

    お疲れ様です

    とても楽しませていただきました

    ありがとうございます

  • 62二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 07:50:09

    お疲れさまでした ここ最近の朝の楽しみでした

  • 63二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 08:33:04

    ついに完結……!
    毎日楽しませてもらいました!ありがとうございました😊

  • 64二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 09:09:18

    楽しい時間をありがとう!素敵な物語でした。
    まだ少し続くと聞いて嬉しい!

  • 65二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 10:29:15

    >>58

    お疲れ様でした!

    グエルに対して図々しいスレッタが可愛いw

    あにまん加古川ボブSSは傑作揃いで嬉しい

  • 66二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 10:38:29

    毎朝の楽しみでした!本当のハッピーエンドでこちらまで幸せな気持ちになりました!
    素敵なお話をありがとうございます!

  • 67二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 11:30:40

    終盤のグエルとスレッタの会話や、地球寮のみんなと仲良くしているボブがとても好きです!あとグエルとミオリネが互いに謝罪して、分かり合えたところも大好きです!
    実は加古川堕ちルート、個人的にはそこまで好きでは無かったのですが、この小説でとても愛着が湧きました!地球の魔女の二人のことも、もっと好きになりました。
    ラウダがずっと兄さん大好きだったのもよかったです。(途中で兄さんに愛想をつかした!?とヒヤヒヤしてました)ジェターク兄弟好きなので、短編小説も楽しみです!
    2期はどう物語が進んでいくのか分かりませんが、こんな爽やかなラストになったら良いなぁと思いました。

    長文失礼しました。

  • 68スレ主23/03/29(水) 18:01:35

    皆様、感想ありがとうございます。

    ハッピーエンドしか書けないスレ主ですので、ハッピーエンドになることは最初から決めておりました。

    毎朝読んでいただいた方、お付き合いいただきありがとうございます。


    >>65

    実はスレ主はもともとグエスレから水星の魔女にハマったのですが、12話時点の関係を考えると対等の立場になるのが精一杯だろうな、と思い、ああいう展開になりました。ここからお互いの背中を預け合うになってくれたら嬉しいな、という私情も少し籠もっています。


    >>67

    グエルとミオリネについては、お互い親のせいで極限状態に追い詰められた結果が1話のアレなのだろうな、と考えております。それさえなければ、お互いがお互いの得意分野を補える強力なタッグになるのではと思います。本編でもそうなればいいなあ…。

    地球の魔女は表に出る情報が少ないですが、キービジュを見る限り、本編でもただの悪役にとどまらぬ活躍を見せてくれそうです。楽しみです。

    ラウダは絶対に子供の頃から兄さんに脳を焼かれまくってます。親デバフのない状態でグエルと組めば無敵兄弟だと信じてます。本編でもそうなって欲しい……切実に……

    あといいかげん一人称を教えてくれラウダ。一人称なしで描写するのはかなり大変なんだ。


    さて、明日の朝、番外編「ラウダのきもち」を投稿する予定です。一人称なしで書くのは大変でした。

    もう少しだけ加古川のボブ概念をお楽しみ下さい。

  • 69二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 20:37:33

    さらっと言ってるけどハッピーエンドって一番難しいと思うよ
    すごい手腕だし面白かった!

  • 70二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 21:00:26

    「ラウダのきもち」!?
    楽しみにしてます!

  • 71二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 00:40:56

    番外編楽しみです!
    番外編その2その3も書いてくれていいんですよ?

  • 72二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 00:42:11

    合流してからはシリアスの合間の癒しギャグになってたラウダに焦点が当たったのはぜったいにおもしろい

  • 73ex1-01_1/523/03/30(木) 06:14:29

    真夜中に胸騒ぎを覚えて、ラウダは目を覚ました。
    他の男子生徒を起こさぬよう多段ベッドを静かに降り、その場所を目指す。

    地球寮での生活が始まってから二週間。ジェターク寮と比べれば多少生活レベルは落ちたが、合宿に来たものと思えば気にもならない。アーシアンたちは当然自分に対して隔意を持つだろうと思っていたが、兄がすでに馴染んでいたこともあり、スムーズに受け入れてくれた。
    だから、ここでの生活にはほとんど不満はない。不満があるとすれば……

    ラウダはラウンジにたどり着いた。
    中央の大きめの椅子に、寝巻き姿の兄が座っていた。
    そしてその背後、兄と背中合わせになるようにして、三人の少女が座っている。

    こちらから見て一番手前に座っているのがソフィ・プロネ。一番奥に座っているのがノレア・デュノク。二人とも元魔女で、今は兄が身元引受人となって社会復帰を目指している。
    過酷な育ちに起因するのであろう過激な発言を口にして、こちらをヒヤリとさせることもある。だがモビルスーツ乗りになるための教育によるものなのか、偏りがあるとはいえ教養があり、周囲の空気を読むこともできる――時折ソフィのほうが危ういこともあるが。
    そしてなにより、兄によく懐いており、兄の言う事なら基本的に逆らわない。そうなるとラウダとしても邪険に扱う理由がなく、結果的にこの二人とは、まず良好と言える関係に落ち着いている。

    ――兄さんのトラウマを何とかするために、二人とも頑張ってくれていたしね。

    父を殺したトラウマから兄を救ってくれたときの、二人の奮闘ぶりをラウダは知っている。ベルメリアと相談し、地球寮の人々とともに新たな装置を試作し、そして自分にも協力を要請して、二人は兄の心を縛り付ける呪いを解いてみせたのだ。
    二人とも社会復帰プログラムは順調に進んでいた。もしかしたら数ヶ月語、アスティカシア学園の一年生として途中入学できるかも知れない。そうなったときは自分も、良き先輩として面倒を見るくらいはすべきだろう。

  • 74ex1-01_2/523/03/30(木) 06:14:56

    だからラウダの不満の1つめは、この二人に対してではない、
    二人に挟まれて座る人物、スレッタ・マーキュリーに対するものだった。

    スレッタは不規則に荒い息をついている。呼吸を制御できていない。瞳からは涙を流している。
    そんな彼女に対し、背中合わせに座った兄が語りかける。
    「深く息を吸って」
    優しい声だ。アスティカシアに入学し、父が跡取り教育と称して自分たちに厳しい態度を取り始めてからは聞くことができなくなった――自分たちが中等部だったころまでは毎日のように聞くことができた、包み込むような低めの声。
    その声に従って、スレッタが深く息を吸い込む。
    「息を止めて。……二、三、四」
    スレッタが言われたとおりに息を止める。
    「息を吐いて。……二、三、四」
    スレッタが言われたとおりに、大きく息を吐く。
    すると彼女は落ち着いたのか、呼吸を制御できるようになった。
    「あ……ありがとうございます、グエル君」
    「話を続けるか?」
    「……はい」
    こくんとうなずくと、スレッタは小声で話し始める。
    ここからではその内容は聞き取れないが、どうやらモビルスーツでの戦いについて語っているようだ。
    そちらについては兄はなにも言わない。ただ黙って聞いている。うなずいたり質問したりしているのは、スレッタの両隣に座る元魔女の二人だ。
    「……そっか。そこで撃つ決心を……」
    「……なら仕方ない。そのまま見過ごしていれば、きっと……」
    二人の声もまた静かだ。非難したり詰め寄ったりはしない。それはルールでもある。
    この3人がそれぞれ経験した、モビルスーツ同士での殺し合い。それを振り返るときのルールだ。

  • 75ex1-01_3/523/03/30(木) 06:15:36

    母親に言われるがままエアリアルに乗り込み、多くのガンダムを破壊したスレッタは、テロリストから多くの命を救い、同時に多くのテロリストをその手にかけることになった。
    スレッタは今でも人を殺したトラウマに囚われ、夜中に泣き出したり、とつぜん呆然自失したりしている。
    そんなとき、兄とソフィとノレアはこうして集まり、スレッタを座らせ、呼吸を整えさせ、そしてトラウマとなった記憶を振り返るのだ。
    それは感情と生理的反応を切り離す作業。心を押しつぶそうとする罪悪感と折り合いをつけ、一つの記憶として封印する処置だ。
    兄の治療のために試作された装置を使う方法も考えられたが、危険性もあるということで、人が地球にだけ住んでいた頃から伝わる伝統的な方法が採用されることになった。

    その効果は、少しずつ出始めている。
    最初の頃は夜中に二度も三度も目覚めていたスレッタだが、今は二日に一度といったところだ。だんだんとこの間隔が長くなっていけば、いずれは罪悪感が生理的反応を引き起こすこともなくなる。
    だがそれまでは、兄たちの協力が必要だった。スレッタが夜中に泣き出せば、傍で眠るソフィとノレアはすぐに兄にコールを送る。兄はすぐさま飛び起き、そしてこの場所でスレッタを待ち受け、彼女が呼吸を乱すたびに、背中合わせで深呼吸を呼びかけるのだ。

    ――そんな役目、別に兄さんじゃなくてもいいじゃないか。

    正直ラウダはそう思う。しかしノレアが言うには、落ち着くのに一番効き目があるのが兄の声なのだという。
    ラウダもその意見に反論はできない。なにしろ彼自身、兄の声によって慰められた経験を持っているからだ。

  • 76ex1-01_4/523/03/30(木) 06:17:02

    異母兄弟であり、そしてジェタークの姓を名乗ることが許されなかったラウダは、幼い頃からジェターク家を取り巻く人々の、奇異の目と軽蔑の視線に晒されてきた。そして父は、そんな彼を守ってくれなかった。
    だからラウダは、周囲からの心無い言葉に何度も泣かされてきた。
    そんなとき、必ず兄は自分の隣に座り、低く優しい声で慰めてくれた。何度も、何度も。
    それゆえ、兄の、兄本来の優しい声の効果は、ラウダ自身が一番よく知っている。兄が優しく語りかければ、泣き止まない子供など一人も居ないとすら断言できる。

    だからこそこの光景は、正直不満だ。昔自分が独占していた兄の声を、他の人間が――しかもよりによって、ジェターク家がすべてを失うきっかけとなった女が独占しているこの光景は。
    逆恨みだと分かっていても、文句の一つも言いたくなってしまう。

    と、兄がこちらに気がついた。黙って手招きし、隣に座るように促す。

    ――まったく、敵わないな。

    苦笑しつつ、ラウダは静かに椅子まで歩み寄り、兄の隣に腰を落ち着けた。
    そうすると、今の今まで感じていた不満はどこかに吹き飛んだ。兄は無言だったが、彼の声は確かに自分にも向けられていたのだと実感することができた。

    ラウダは兄と同様に無言で座り、スレッタの話を聞く。といっても、彼女の記憶語りは終わりに近づいていた。
    「……そして、パイロットの悲鳴は聞こえなくなった……んです」
    「でも、そのガンダムが撃とうとしていたモビルスーツは無事だったんだね」
    「もう一人のパイロットは、無事に帰ることができたんでしょ?」
    「……はい」
    スレッタはうなずいた。そして、完全に気持ちを落ち着けたようだった。

  • 77ex1-01_5/523/03/30(木) 06:17:22

    「皆さん、ありがとうございます……」
    「問題ないさ、スレッタお姉ちゃん。あたしはいつでも付き合うよ」
    「今はあなたも仲間。仲間の苦しみは他の全員で肩代わりするもの。気に病む必要はない」
    会話を聞きながら、ラウダは背後の3人へと振り返る。
    ちょうどスレッタが立ち上がり、こちらに顔を向けたところだった。
    彼女は兄と、その隣に座る自分に向かって軽く頭を下げる。
    「グエル君、ラウダ君、ありがとうございます。今日もご迷惑を、おかけしました」
    「気にするな」
    兄は前を向いたままスレッタに返答する。
    そんな兄に代わってラウダはスレッタを見上げ、観察する。
    表情は弱々しかったが、瞳に涙は溜まっていなかった。声も落ち着いているし、呼吸も規則的だ。
    今日のところはもう大丈夫だろう。


    (続く)

  • 78二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 08:02:01

    ラウダの静かだけど確実に沸いている感情描写が大好きです···

  • 79二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 08:08:51

    このスレのラウダが過去グエルにされたことはそりゃ脳が焼かれるやった方はあまり意識してなさそうなのもいい

  • 80二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 17:10:43

    いいですね…この地獄の釜が静かに煮えていく感じ…

  • 81二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 17:30:19

    やんちゃな男の子なのに毎回慰めたり優しいところもあるグエルラウダPR兄が魅力的すぎる

  • 82二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 20:35:12

    ラウダも地味に君呼びされてるね
    新しい人間関係もいい
    フェルシーたちも学園にいるみたいだし、同級生になった今どう呼んでるか気になる

  • 83二次元好きの匿名さん23/03/30(木) 23:53:59

    グエルの兄貴属性の高さは異常
    年下女子に慕われるのも舐められるのも年の近い兄妹みたいで可愛い

  • 84ex1-02_1/623/03/31(金) 05:58:52

    ラウダの隣に座る兄が、壁にかかった時計の方に視線を向けた。午前3時。
    兄はスレッタの方を向かないまま、問いかける。
    「……早朝訓練はどうする? 今日はやめておくか?」
    兄が言っているのは、シミュレーターを使ったモビルスーツの操縦訓練のことだった。今はほぼ毎朝、自分たちを含めた地球寮のパイロットが参加して実施している。そしてスレッタは訓練の監督を務めていた。
    早朝訓練という単語を耳にした途端、スレッタの瞳に光が戻る。弱々しかった表情がたちまち強気に塗り替わる。
    「いえ、やります。グエル君をもっと鍛えないといけませんから。……グエル君が疲れていると言うなら、不参加でもいいですけど」
    「ハッ。寝不足程度でサボれるほど甘いもんじゃないだろう、救助活動ってのは」
    スレッタに感化されたのか、兄の声が好戦的なものに変貌する。
    挑むような態度の兄の背に、スレッタも厳しい視線を向ける。
    「当たり前です。早く眠って訓練に備えてください、グエル君」
    そして彼女は二人の元魔女を伴い、スタスタと寝室へ帰っていく。こちらを振り返りもしない。

    これがラウダの不満の2つ目だ。ことモビルスーツの操縦に関することについて、スレッタは恐ろしく上から目線なのだ。それもほぼ、兄限定で。
    自分自身の腕にそれほど自信があるのだろうし、実際本当にとんでもない凄腕なのだが――なんというか釈然としない。普段の気弱さを見ていると、兄に対してのみ強く当たってくるその態度に不満を覚えてしまう。

  • 85ex1-02_2/623/03/31(金) 05:59:08

    そりゃあ、兄はスレッタに負け越している。でも完成したダリルバルデ相手に一回負けたじゃないか。そう兄の前で不服を漏らしたことがあるが、兄自身が笑って否定した。
    エアリアルはガンビットなし、スレッタはロクに休めていない上に精神的に追い詰められた状態。
    対して兄の機体はガンビットあり、かつパイロットのメンタルは完調。更に自分に有利なルールを押し付けて、どうにか運良く勝ちを拾っただけだ、と。
    どうやら兄は、スレッタに強く当たられることが嬉しいらしい。以前は一人前として見てもらえなかったから他の人間と同じように扱われていたけれど、今はやっとスレッタが認める程度の腕前になった。だから自分に対してだけ厳しい態度なのだ、と、そう解釈しているようだ。
    実際、今も。
    「ふっふっふっ……見てろよスレッタ。今日こそはお前の第一の課題をクリアしてやる……!」
    すごいやる気の顔だった。やる気すぎて朝まで眠れそうにない感じだ。なんかいきなり立ち上がって柔軟体操とか始めてる。
    その姿にも、まあ、不満を感じないことはないが。
    「兄さん、落ち着いて。気持ちが昂ぶったままだと救助活動はできない、いつも精神的に醒めた状態を保て。彼女もそう言ってたじゃないか。
     ……落ち着いたからといってクリアできるとは思えない難易度だけど、興奮した状態ならなおさら無理だよ」
    ラウダは椅子に座ったまま、兄をたしなめる。

    早朝訓練の題材となっているのは、戦闘ではなく救助活動だった。スレッタを鍛えたのが、水星という過酷な環境下での人命救助だったという事実がヒントだった。彼女は10歳かそこらの頃からエアリアルに乗り、人の命がかかった救助活動を繰り返してきたという。
    彼女が11歳の時に行った救助活動を再現した訓練に挑戦し、開始1分で太陽風に焼かれたときの、兄の衝撃は大きかった。その日は食事も喉を通らなかったくらいだ。

  • 86ex1-02_3/623/03/31(金) 05:59:26

    「俺は……スレッタ・マーキュリーの影すら踏めていない!」
    奮起した兄は全力で訓練に取り組み、そんな兄に、訓練監督を務めるスレッタは厳しい指摘を繰り返す。周囲が見えていない。慎重さが足りない。大胆さが足りない。要救助者の空気の残量が頭に入っていない。太陽風が襲いかかる時間を意識できていない。ショートカットできる場所を常に探せ。ほらその経路を見逃した。あなたはそんなものか。その程度なのか。
    ここまで来ると虐めなんじゃないか、と思ったこともある。しかし兄の腕は実際にメキメキと伸び、ラウダは慌てて兄と同じ訓練内容をスレッタに願い出る羽目になった。
    「まず、自分の命を守ることが大切です。訓練といえど決して無理はしないでください、ラウダ君」
    なぜかスレッタは兄以外の人間に対しては、普段の彼女と同じ態度を貫いた。別に不満を覚えるわけではないが、これもなんだか釈然としない。

    座ったままあれこれと考えていると、兄が床の上でストレッチをしながら、こちらの顔を見上げてきた。
    「どうしたラウダ。えらく不満そうじゃないか。何かあったのか?」
    別に何も、と答えようとして、しかし胸の中にもやもやを感じる。
    もやもやを放置したままでいたことが、1年前に自分たちの問題をこじらせた。ならば今ここで言っておくべきなのではないか。
    そう考えたラウダは、ストレートに疑問をぶつけた。
    「結局、兄さんはスレッタのことをどう思っているの?」
    すっぱり諦めたというには、優しすぎる。
    まだ恋い焦がれているというには、ドライすぎる。
    そんな疑問に対して、兄はストレッチの体勢のまま、屈託のない笑みを見せた。
    「本当に凄いヤツだよ。あれほどのパイロットがいるなんて思ってもみなかった。今はとても敵わない……だが、いずれ必ず超えてみせる」

  • 87ex1-02_4/623/03/31(金) 06:00:02

    少年漫画みたいな答えだった。思わず吹き出しそうになるのをこらえ、重ねて尋ねる。
    「兄さんにとっては、彼女はライバルってことか。でもだとしても、毎日のように彼女の発作に付き合わなくてもいいじゃないか。交代制とかにしないと、兄さんだって保たないよ?」
    兄は屈託のない笑みを崩さなかった。
    「俺の声が一番落ち着くとあいつが言うんだ。なら毎日でも聞かせてやるさ。そしてあいつに一日でも早く完全復活してもらう。救助訓練の監督だけでなく、シミュレーターでの模擬戦もできるようになってもらう」
    そして、と兄は声に力を込めた。
    「あいつと模擬戦を繰り返して……あいつに追いつく。追い抜かしてみせる」
    本当に、子供向け漫画の主人公の答えだった。
    心配したのが馬鹿らしくなってしまうほどの、熱血バカな答えだった。
    つまり兄の恋は、完全に昇華されたということだ。1年前の、父と周囲から抑圧され、鬱屈し孤立した状況から燃え上がった恋心は、綺麗に消火され解体され、純粋な憧れだけが残ったのだ。

    ――やれやれ、この兄は全く。心配して損したよ。

  • 88ex1-02_5/623/03/31(金) 06:00:24

    ほっとして気の緩んだラウダは、兄に向かって忠告を投げる。
    「相手に声を聞かせてやるって言うなら、背中合わせは不合理だよ。もう一つ椅子を持ってきて正面に座ればいいじゃないか。そっちのほうが兄さんの声がよく聞こえるよ」
    するとなぜか、兄の笑顔から、屈託が吹き飛んだ。
    急にストレッチをやめて立ち上がると、こちらに背を向ける。
    「バ、バカかラウダ、何を言ってるんだ。そんなことしたらあいつの寝巻き姿が視界に入るだろうが。あんなに足を晒した姿を……」

    ……ん?

    「正直、あれはどうなんだ。あまりにも目の毒だろうが。俺が注意したほうが良いのか? ちゃんと膝までは隠せと。だが他人の服装にケチを付けるのはさすがに失礼が過ぎる……いやしかし……」

    ……んん?

    ぶつぶつとスレッタの寝巻き姿に文句を続ける兄を、ラウダは唖然として見守る。
    確かにスレッタの服装は太もものあたりまで露出するものだが、あんな野暮ったい格好が……目の毒?

    ……いや待て。結論を急ぐな。兄さんがただの太もも好きという可能性だってあるじゃないか。

    探りを入れようと、ラウダは兄の背に注意深く言葉を投げかける。
    「そうだね、地球寮の子たちはちょっとはしたないよね。チュアチュリーとか、もう少し丈の長いズボンを履くべきだと思うよ」
    すると兄がこちらに振り向いた。不思議そうな顔で問い返してくる。
    「チュチュが? はしたないか? 別に普通の服装だと思うが……」
    「…………」
    ああ、うん。
    兄は別に太もも好きというわけではない。
    兄にとって目の毒なのはスレッタだけだ。
    これはつまり、
    「鎮火してない……」
    ラウダは頭を抱えた。

  • 89ex1-02_6/623/03/31(金) 06:00:56

    「ラウダ、どうした? 寝不足か?」
    「……ちょっと待って兄さん。今考えをまとめるから」
    兄の様子を見る限り、完全に無自覚だ。何か強いきっかけでもない限り、再び恋心が燃え上がることはないはずだ。
    スレッタの兄への態度を――特に訓練監督としての態度を見る限り、兄への好感度はほぼ0だ。こちらから間違いが起こる可能性も無いと見ていい。
    ならば、自分がやるべきことは。
    「兄さん。明日からは、スレッタの発作が起こったらこっちにもコールを入れて。兄さんを手伝うよ」
    「お……おう? いや、お前が無理に付き合う必要はないんだぞ? 深呼吸の補助をするだけだ」
    「いいんだ。手伝わせてくれ」
    まずは兄に付き添い、万が一の事態が起こらないよう見張る。
    次にスレッタの寝巻きをどうにかする。こちらはソフィかノレアから手を回して、新しいパジャマを購入するように仕向ければいい。
    とにかく間違いの芽を摘み取るのだ。スレッタの発作が起こらなくなりさえすれば、兄が道を踏み外す可能性も完全に0になるはず。
    「すまんな、ラウダ」
    「気にしないで。……早くスレッタが立ち直るといいね、兄さん」
    「ああ、全くそうだな! さあ、俺たちも早く寝るぞ!」
    無邪気に笑いながら歩き出した兄に、弟は作り笑いを浮かべてついていく。

    どうか兄が、再び不毛な恋に迷わぬよう。
    そしてどうか、さっさと無難な相手を見つけて落ち着いてくれるよう。
    弟は心から祈りながら、ラウンジを出たのであった。


    (おしまい)

  • 90二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 06:05:32

    乙です!
    無自覚恋心、一方通行のままなのか進展はあるのか…私気になります!

  • 91二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 08:39:11

    おまけ含めてすごく良かった…
    ところで今更言及するのもなんだけど身も蓋もないスレタイが好き
    こういうところもセンスなんだろうな

  • 92二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 08:48:49

    面白かったです!
    このグエルは新しい恋愛できるのだろうか…

  • 93二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 09:35:24

    スレッタがグエルにMS関連でキツメに当たるのは期待の裏返しだろうな

  • 94二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 20:23:02

    エアリアルくんはツンデレだった…?

  • 95スレ主23/03/31(金) 23:39:53

    皆さん、お読みいただきありがとうございます。感想、本当に励みになっております。

    今回はラウダ主役の物語でございました。あくまでラウダ目線での物語ですので、地の文にも誤解や過大評価や過小評価が混じったりしてます。

    にしてもジェターク兄弟、本編でも外伝でもいいからもっと組んでほしいし、二人で馬鹿話したり馬鹿なことしてほしいです。なんで1期見返しても二人とも笑顔がほとんど無いんです……?


    >>90

    グエルの恋心は個人的には報われてほしいです……でも報われなくても、何らかの形で決着をつけてほしいですね。本編でどうなることやら。


    >>91

    身も蓋もないスレタイですが、これ以外にしっくりくるのが思いつきませんでしたw

    最後の方までグエルはボブのままだったし、目も死んだままだったので、結果的にはお話にピッタリなタイトルだったかなと思ってます。


    >>92

    グエルの新しい恋愛……このSSの展開だと、当面は難しいかも知れませんね。卒業後とかならあるいは……


    >>93

    スレ主としては、グエルへの期待の裏返しかなあ、と思ってます。

    スレッタってせっかくMS操縦が得意なのに、その手の話題を身近な人と共有している描写がなくて、だからあまり自信がないように見えてるのかなと思ってます。チュチュがMS戦での相棒的な存在になっていれば……




    さて、まだお話が全然書けていませんが、あと一本だけ短めの番外編をお届けできそうです。第2クール開始直前くらいまでかかりそうなので、もしよろしければ気長にお待ち下さい。

  • 96二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 00:02:58

    >>95

    さらに番外編書いてもらえるの嬉しいです!

    二期放送も近くなったことですし、二重で楽しみに待ってますー

  • 97二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 10:24:36

  • 98二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 10:58:09

    アンコールあるのね!
    楽しみ

  • 99二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 22:21:32

    保守

  • 100二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 22:27:34

    加古川行き説怖くて嫌だったけど、主のお話みてから加古川も悪くないというか、ボブどこ行っても頑張ってくれ!!!って応援できる気持ちになって、二期見る元気と覚悟をもらえたよ!ありがとう

  • 101二次元好きの匿名さん23/04/02(日) 02:19:33

    保守

  • 102二次元好きの匿名さん23/04/02(日) 09:36:11

    背中合わせに声かけるのグエルらしくていいな…って思ったら理由までらしくて微笑ましかった保守

  • 103二次元好きの匿名さん23/04/02(日) 19:13:46

    加古川で農作業してくれ…

  • 104二次元好きの匿名さん23/04/02(日) 19:17:36

    2期、ソフィボブ期待しちゃっていいですか

  • 105スレ主23/04/02(日) 23:16:28

    皆様、保守作業とご感想ありがとうございます。毎回励みになっているスレ主です。


    ●業務連絡

    ラスト1話、たぶん本放送までには間に合うと思います……総集編もまだ見れてないけど! なお主役はセセリアの予定。しばしお待ちいただければ幸いです。


    >>100

    加古川概念は怖くないよ! 面白い要素たっぷりだよ! ここで検索したら色々SSとかあるんでオススメ(私が他のスレで書いたのもあったり)。

    ボブというかグエルは私もとにかく応援したいですね。ラウダとともに生き残って幸せになって欲しい……本当に……


    >>102

    グエルには直視できなかったんですね……健康な男子なんで仕方ない。

    そして直視したら駄目だと思ったら絶対に直視しないのがグエル。武士。


    >>103

    ミオリネに先んじて地球の農業しちゃうグエル、いいっすね。先輩としてミオリネにドヤ顔してもいいかも(よくない)。


    >>104

    まさかソフィボブが幻でなくなるかもしれないとは……

    あとなんかTwitterで流れてきたソフィとノレアの絵が……また妄想があふれそうな可愛すぎる絵が……

  • 106二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 00:18:30

    >>105

    やっぱグエルは地球行きなのでは…みたいな特番でしたねww

    グエルソフィノレアのキャンプ見てみたいです

  • 107二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 08:43:55

    保守

  • 108二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 17:20:29

    保守

  • 109二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 22:31:41

    >>105

    梶田のGUNDガトリングアームほんと好き

  • 110二次元好きの匿名さん23/04/04(火) 07:21:34

    はしゅ

  • 111二次元好きの匿名さん23/04/04(火) 17:41:41

    保守

  • 112二次元好きの匿名さん23/04/04(火) 23:01:43

  • 113スレ主23/04/05(水) 06:59:07

    ●業務連絡
    ようやく完成できそうですので、明日の朝と明後日の朝、前後編で番外編を投稿いたします。

  • 114二次元好きの匿名さん23/04/05(水) 17:24:51

    保守

  • 115二次元好きの匿名さん23/04/05(水) 17:30:37

    やったー!

    たのちみ

    >>113

  • 116二次元好きの匿名さん23/04/05(水) 23:07:05

    保守

  • 117ex2-01_1/723/04/06(木) 06:00:13

    「モビルスーツは暴力マシーンだってこと……あんたたちに教えてあげるよぉ!」
    決闘委員会のラウンジに物騒なセリフが響き渡り、全員が見守るモニターの中で一方的な破壊劇が繰り広げられる。
    2対4、かつ数が少ない方のパイロットは、学園に編入してきたばかりの1年生のコンビ。
    誰の目から見ても明らかなハンディキャップマッチは、しかし、不利であるはずの側の圧勝で終わろうとしていた。
    「弱い」
    そっけなく吐き捨てられた少女の罵声とともに、最後の1機の頭部が遠距離から撃ち抜かれる。モニターに文字が浮かび上がった――地球寮、今年度3勝目。
    ラウンジは重苦しい沈黙に包まれる。
    誰かが絶望の態でつぶやいた。水星女もジェターク兄弟も抜きなのにこうなるのかよ、と。
    それはこの場に居並ぶほぼ全員の総意。例外は、さも当然のように部屋の真ん中の椅子に腰を落ち着けるあの男と、その取り巻き二人くらいのものだろう。
    セセリア・ドートは白けきった表情で、その男――グエル・ジェタークを見つめる。

    半年前のクエタ・テロを皮切りに吹き荒れたテロと騒乱の嵐が収まり、アスティカシア学園にひとまずの平穏が戻ってから二ヶ月後。そして、新年度が始まってから一ヶ月後。
    決闘委員会の光景は、大きく様変わりしていた。
    一番大きな変化は、ラウンジに出席する寮の数が20前後まで増えたことだろう。御三家の消滅により、決闘委員会を主催する明確な存在が居なくなった。そこで、グループ内大手企業がそれぞれ3名前後の生徒を参加させ、暫定的に合議制で決闘委員会を運営することになったのである。より大きな力を示した寮が、いずれ「次の御三家」として決闘委員会を取り仕切るという暗黙の了解のもとに。
    以前の決闘委員会からの唯一の生き残りであるブリオン寮所属のセセリアは、この大人数化のために、会議の司会進行役を押し付けられる羽目になった。正直非常に面倒くさい。
    もう一つの変化は、今まで決してこの場に喚ばれることのなかった人種、すなわちアーシアンが、決闘委員会の参加者となったことだろう。
    グエルの新しい取り巻きにして株式会社ガンダムの社員である、ニカ・ナナウラとヌーノ・カルガンの二人である。

  • 118ex2-01_2/723/04/06(木) 06:00:35

    もっとも二人とも、ボスであるはずのグエルと視線を合わせようともせず、ずっと別の方を向いたきりである。無理やり付き合わされて迷惑しているといった顔だ。とはいえこれは、経緯からして仕方ないことかもしれない。
    昨年度の終わり頃、学園の運営が正常化し、決闘委員会の新しいメンバーを選出することが決まった際に、ずっと行方不明で退学が確実視されていたグエルが突然現れ、セセリアに直訴してきたのが事の始まりだった。
    「決闘委員会に俺も参加させろ」
    ジェターク社が消滅した今、あんたにそんな権利はない。皮肉をたっぷり利かせたセリフでそういう意味の返答をすると、グエルは顔色も変えずに続けてきた。
    「決闘委員会は学園の力の象徴だ。ならば、力あるものこそが参加者にふさわしい。そうだろう?」
    いいっすよ、後ろ盾を失くしたあんたが力を証明できるならね。冷笑とともにそう伝えたのが、間違いのもとだったかも知れない。
    グエルは株式会社ガンダムへ移籍すると、どこからか手に入れたディランザを駆り、己の力を徹底的に証明し続けたのだ。
    まずは、スレッタ・マーキュリーが地球寮から姿を消したために消化できていなかったぶんの決闘に代理として乗り出し、そのすべてに対して圧倒的な勝利を収めてみせた。
    そんなグエルに、多くのスペーシアンから反感と敵意が集まった。アーシアンに味方する彼を裏切り者とみなし、腕に覚えのある生徒が次々に挑戦状を叩きつけた。しかしグエルはそのすべてを週に2回のペースで処理してのけた。現時点で彼個人の連勝記録は10にまで伸びていた――かつて彼が27連勝を飾ったときとほぼ同じペースである。

    誰よりも勝ち続けたグエルを、決闘委員会が拒むことはできなかった。他のすべての参加者たちが苦々しい表情で出迎える中、かつてのホルダーは意気揚々とこの場に乗り込んできたのだ。

  • 119ex2-01_3/723/04/06(木) 06:01:14

    もはや今、グエル、否、地球寮へ積極的に喧嘩を売りに行く者は存在しない。1対1の決闘ではグエルが、2対2ではジェターク兄弟が好き放題に暴れ、集団戦なら前衛のディランザコンビに苦戦する間にチュチュのスナイパーライフルに射抜かれる。
    地球寮の天下が訪れていた――半年前にスレッタ・マーキュリーが連勝記録を伸ばしていた頃と同様に。
    したがって他の寮生たちの間に漂う感情も、あの頃と同様だった。嫌悪、憎悪、そして恐怖。
    それらのほとんどはグエル本人に向けられたが、当然ながら地球寮の生徒たちも無関係とはいかない。ニカやヌーノの表情を見るに、スペーシアンたちから浴びせられる悪意の余波に、穏健派の彼らは辟易としているようだ。
    「あー。……可哀想に、ねえ」
    ボスの暴走を止めたいのに止められない。察するにそんなところか。セセリアはわずかばかりの同情を彼らに寄せる。同情したからと言って何かできるわけでもなかったが。
    ともあれ、と気を取り直す。決闘は終わったのだ。自分の仕事を果たさなければならない。
    「えー。ご覧の通り、また地球寮の勝利です。賭けの対象は何でしたっけ?」
    「現金だ」
    「あー、そういえばそうでしたね」
    グエルからの即答に、セセリアはわざとらしく天井を見上げる。地球寮が要求するものは毎回決まって現金――おそらくは整備費用にあてるための――だ。わざわざ確認するまでもなかったのだが、少しでも進行を遅らせて嫌がらせしてやりたかった。
    「えー。では、ダイゴウ寮はお支払いをお願いします」
    「……クソっ」
    ダイゴウ寮の新しい寮長が、舌打ちした。

  • 120ex2-01_4/723/04/06(木) 06:02:30

    ラウンジの雰囲気は、悪化の一途を辿っていた。
    多くの生徒が、御三家が崩壊し、体調不良という理由でスレッタ・マーキュリーが決闘に参加しなくなったことで、次は自分たちの天下だと意気込んでいた。だというのにジェターク兄弟が再び君臨し、1年後に彼らが去った後も、このままなら彗星のように現れた1年生コンビが王位を引き継ぐだろう。地球寮生を除く誰も彼もが意気消沈している。
    重苦しい空気に耐えかねたセセリアは、このまま委員会の終了を宣言しようかと考える。しかし彼女の性分として、何か一言でも皮肉を言ってやらないと気が済まない。ゆえに、中央の椅子に座る男を睨みつける。
    「もっとふんぞり返って大笑いしたら如何ですかぁ、グエル先輩? 留年までして手に入れた地位でしょう?」
    かつてはジェターク社の力を使い、今は地球寮に寄生して空虚なプライドを満たし続ける男に、セセリアは嘲りの笑いを向けた。
    しかし男は表情を変えず、こちらを見ることすらせず、座ったまま口を開く。
    「これほど歯ごたえがないとは思わなかった。つまらんな。あまりにも退屈だ」
    他の全てのパイロットを挑発するようなセリフだった。周囲が一気に色めき立つ。だがやはり男は気にもしない。
    「もう俺に挑戦しようという気骨のあるヤツも居ないようだ。残り1年は退屈なまま過ごすことになるな。ああ、全く残念だ」
    やれやれとわざとらしく首を振ってみせる。取り巻き二人の表情がますます気まずげなものになる。
    そのまま男の独演会が続くかと思われた矢先、別の椅子の生徒が立ち上がり、グエルに指を突きつけた。
    「思い上がるなよグエル・ジェターク。あんたは次こそ俺が倒す」
    ラグナー・ドレス。かつて一年生ながらパイロットランキング上位に名を連ね、ジェターク寮から他寮に移った今もエースパイロットとして名を売る生徒だ。しかし新学年が始まると同時にグエルに挑んだ彼もまた、数十秒ほど粘ったものの敗北していた。

  • 121ex2-01_5/723/04/06(木) 06:03:01

    グエルは笑みを浮かべる。
    「ラグナーか。お前がディランザに乗れていたなら俺ももう少し楽しめただろうがな。
     だが諦めろ。今のお前の乗機じゃ、100年かかっても俺に勝てはせん」
    「くっ……!」
    決闘に使用できるモビルスーツは、基本的に自分が所属する会社が製造するものと決まっている。決闘が自社の宣伝を兼ねているからだ。例外は、戦闘用のモビルスーツを販売しないと公言している株式会社ガンダムくらいのものだ。
    ラグナーが乗機としているのは、かつて彼が乗ったディランザより一段階性能が落ちる代物だった。確かにそれではグエルに勝つことは難しいだろう。
    悔しげな表情でラグナーが引き下がると、再びグエルの挑発が始まる。
    「それにしても今の決闘方式はつまらんな。パイロットが自分の腕や適性に合わせたモビルスーツを選ぶことができない。集団戦でも自社のモビルスーツをただ横に並べるだけだ。ゲームとして退屈なうえ、実戦的でもない」
    彼はモニターを指さした。
    「この決闘もそうだ。クリバーリは悪いモビルスーツじゃないが、4機並べても脅威にはならん。例えば前衛にディランザ、後衛にザウォートを配置しておけば、同じ4機でも厄介さは段違いだったろうに」
    「……それじゃ自社じゃなくて他社の宣伝になる。そういうことじゃないスか」
    取り巻きのヌーノが視線を合わせないままツッコミを入れるが、グエルは笑っただけだった。今回のように一方的にやられるのが宣伝になるのか? と。
    そして男は立ち上がり、ラウンジに居並ぶ全てのパイロットを見回すと、
    「いいアイディアを考えたぞ。俺と決闘するときは、お前たちはどんなモビルスーツに乗ってきても構わん。
     せいぜい強いモビルスーツを調達してくることだな。それなら俺も多少は楽しめるだろう」
    傲慢そのもののセリフを吐く。
    それは火に油を注ぐ結果となった。会場中からざわめきが聞こえ始める。

  • 122ex2-01_6/723/04/06(木) 06:03:18

    「……いいかげんにしろよ。強ければ何を言っても許されるっての? あんたなんか、ただ戦闘のスキルがあるってだけじゃない」
    二つ向こうの椅子の女子生徒が、周囲に聞こえるように声を上げる。あれも元ジェターク寮生で、たしか三年の……
    「わたしたちパイロットは、敵を倒すだけが役目じゃない。たった1つの技能がスゴいってだけでデカいツラされたらたまんないッスよ」
    更に二つ向こうの椅子から、これまた小柄な女子生徒が声を張り上げる。あいつも確か……
    しかしセセリアがその生徒の名前を確認する前に、堰を切ったようにあちこちから非難の声が上がり始めた。
    そうだ、決闘で強いのとパイロットとしての腕は別だ。お前のディランザは短期決戦しか能がないじゃないか。防衛や周辺警戒、偵察や陣地構築、救助活動だってパイロットの仕事だ。ダブり野郎が粋がってんじゃねえぞ。
    幼い頃から腕を磨いてきたエリートたちのプライドは高い。溜まりに溜まった鬱憤と相まって、会場の雰囲気は不穏さを増していく。
    司会進行としては、そろそろ行き過ぎた発言を止める頃合いだろう。しかし、恐らくは――
    セセリアが黙って成り行きを見守っていると、グエルの横に座るヌーノがこちらに振り向いた。控えめに手を挙げ、質問してくる。
    「あの……決闘って、モビルスーツを使って戦闘で決着をつけるものって決まってるんスか? それ以外の方法で勝負をつけちゃいけないんスかね」
    「戦闘のルール自体はそうよ。相手のブレードアンテナを折ることで勝利ってね」
    セセリアがそう答えると、彼女の背後から別の生徒が補足を入れてきた。
    「……ただし、それ以外の方法で決闘をしてはいけないと決まってるわけじゃありません。ルールは決闘委員会を構成する学生の協議で決めるべし。それが唯一の原則です」
    おや、と意外な思いでセセリアは振り返った。今の返答は、彼女の後輩であるロウジのものだ。質問されたわけでもないのに彼が自主的に言葉を発するのは珍しい。

  • 123ex2-01_7/723/04/06(木) 06:03:35

    ロウジの発言が挟まれたことで、パイロットたちの罵声が一瞬止まる。
    そこへ、今まで黙りこくっていた人間がおずおずと手を挙げた。
    「あの……それなら、ここにいる皆さんで新しくルールを追加すればいいのでは? 正直私たちメカニックも、毎日のように戦闘後のメンテに付き合わされるのは大変なので……」
    ニカ・ナナウラの提案に、パイロットたちが顔を見合わせる。
    それを言ったのが他の寮であれば、鼻っ柱が強い彼らは取り合わなかったかもしれない。負け犬が何を言っているのだと。
    しかし提案したのは他でもない、現在の王者である地球寮の寮長だった。
    会場の雰囲気が変わる。
    「戦闘以外の方式で勝負をつける……可能か?」
    「授業のテスト形式でやれるだろ。地雷原を突破するタイムを競うとか」
    「準備が大変でしょ……模擬地雷はさすがに値が張るしさ」
    「腕を競うだけなら、信号を発するダミーがあればいい。救助活動も同じ方式で勝負できるな。防衛とか偵察は無理か?」
    「お互いが侵入者側と防衛側を1回ずつこなして、終了後のスコアで競うとか?」
    「しかしそうなると、モビルスーツの得意と不得意の差がデカくなるよね」
    「特定の決闘方式のときは、双方が使うモビルスーツの種類を固定するか。あるいはレンタルもありにするとか……」
    口々に提案が出される。自分が所属する会社に少しでも有利なルールを捻じ込もうとする者もいるが、ほとんどのパイロットはより公正なゲームが実施されることを要求していた。戦闘だけしか認められない現状に不満を持っている者は意外に多かったようだ。
    決闘委員会の話題はたちまち、新しいルール作りに切り替わった。

    ふとセセリアは周囲を見回す。
    話題の主役から外された男は、いつの間にか会場の隅に移動し、一人で会議の成り行きを見守っていた。
    「…………」
    何か言ってやろうかとも思ったが、すぐに周囲の生徒たちから、ルール作りの司会進行をするよう請求される。
    セセリアは肩をすくめ、自分の仕事に乗り出した。

  • 124二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 08:00:38

    お労しいなグエル ヒール役にはうってつけではあるんだが

  • 125二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 09:42:31

    声をあげてる子達はほぼ元ジェターク寮生なのかぁ
    しかもなんとなく覚えのあるかんじの二人だねぇ
    誰だろうなぁ

  • 126二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 12:31:02

    久しぶりにイキりグエル見られて嬉しい
    一期OPやグッズだとあれだけイキってるのに久しぶりもおかしいがww

  • 127二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 12:43:43

    イキリはイキリでも昔と比べて落ち着きのあるイキりやね、新たな味わい
    でもその方が逆に聞いてる方はウザいかもしれないwww

  • 128二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 12:49:21

    >>127

    余裕がないからイキっているのではなく思惑のありそうなイキり方だよね

  • 129二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 19:39:55

    保守

  • 130二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 21:43:49

    この元ジェターク寮生はグエルの弟救出にも一役かってくれた方のような気がするなー。えっと誰だっけかなあ。
    (今も繋がってるなら嬉しいですね)

  • 131ex2-02_1/923/04/07(金) 05:36:39

    「新しいルールの草案ができましたよ、先輩」
    自販機で飲料を買うグエルを見つけ、セセリアはその背中に声を投げつけた。
    例の決闘委員会が終わってから一週間後だ。ルール作りは思わぬスピードで進み、そして予想外の方向へ発展した。グエルが参加せず、皆が自由に好き勝手に意見を述べあったのが功を奏したのかもしれない。
    右手に缶を持ったまま、グエルがこちらに振り向く。一人だけ結果を知らぬ男の目の前に、草案を記したプリントを突き付けてやる。
    「どうぞ目をお通しください、現在のホルダー様」
    「ホルダー制度はもう存在しない」
    嫌そうな顔でそう反論してから、男は片手でプリントを受け取った。
    「……寮対抗のリーグ戦? 1年間様々な形式で戦って勝利ポイントを積み重ね、最終的なスコアを競う? さらに公式配信でビジネス化を目指す? ……これ、もう決闘のルールじゃないだろうが」
    「私的な決闘については、リーグ戦の中にエクストララウンドとして組み込まれる形になりました。そうしないとモビルスーツの貸し借りの処理が難しいからって」
    「本末転倒だな。まあいいが。
     1対1、タッグバトル、集団戦。さらにタイムを競う地雷原突破や救助活動、陣地構築。一定時間内に侵入者を見つけた数で競う周辺警戒……どの形式で戦うかについてはポイント下位の側に優先権、か。
     そして稼いだポイントを使って、他の寮が所有するモビルスーツのレンタル交渉が可能。貸し出したモビルスーツが勝利に貢献すれば、貸した寮には更に勝利ポイントの一部が付与される。なるほど、これなら貸し出す側がモビルスーツの整備を手抜きすることもないか」
    「それから、同じパイロットがポイントを荒稼ぎするのを防ぐためのルールも導入されますね。一人のエースに頼る寮より、より多くのパイロットを育てた寮が上に立てるようになってます」
    「ふん……」
    興味なさげに鼻を鳴らす男の、しかしその口元が満足げに吊り上がるのを確認する。
    相手がプリントを読み終わるのを待って、セセリアは胸の前で両手を組んだ。
    男の顔を下から覗き込み、尋ねる。
    「……で、どこからどこまでが仕込みだったんですかぁ? この茶番劇は」

  • 132ex2-02_2/923/04/07(金) 05:37:02

    「…………」
    グエルは無言で視線を逸らす。
    まあ、この反応は当然か。己の口下手さを自覚しているだろうこの男が、こちらにうかうかと内情を明かすはずがない。
    だがここで終わってしまってはこっちがつまらない。セセリアは再び相手の前に回り込む。
    「この件の裏について私なりに考えてみたんですけどね。あ、先輩は何も言わなくていいですよぉ。聞いてくれるだけで結構です。
     まず、地球寮の連中と、あと他の寮に移籍した元ジェターク寮生とは、当然グルですね?」
    ぎくりと男の表情が硬直し、再び視線をそらした。恐ろしくわかりやすい。
    あの決闘委員会のときの会話を思い出す。わざと周囲に聞こえるように声を上げていたのは、グエルとその取り巻き以外だとラグナー、ペトラ、フェルシーの三名。いずれも元ジェターク寮生だ。グエルから演技の依頼があっても断りはしないだろう。
    そして無論、仕込みはそれだけに留まらないはず。
    「他の会社のパイロット連中とも、このルール変更について事前に話をつけてましたね? 全員じゃないでしょうけど三分の一くらいは。元ジェターク寮生はだいたいの大手に移籍してますもんねぇ。そいつらの伝手をたどれば不可能な話じゃない。
     それからロウジにもかな。あいつがルール変更を示唆したタイミングの良さを考えると」
    「…………」
    グエルの額に冷や汗が浮かんだのが見えた。本当にわかりやすい男だ。
    「なんでバレたんだって顔してますけどねぇ。バレバレでしたよ、みんな演技がヘタクソで。まあ、あいつらをよく知らない一年生二年生は騙されてましたけどね。
     いちばん酷かったのがあんたですよ先輩。声にドスを利かせて誤魔化してましたけど、表情が穏やかすぎます。もうちょっと居丈高な感じにしなきゃあ」
    「……仕方がないだろう。今の俺は、眉間にシワを寄せるのは禁止されてるんだ」
    何故かそこだけ、ぼそりと反論してくる。
    苦々しげなその顔は、案外と可愛らしかった。

  • 133ex2-02_3/923/04/07(金) 05:37:25

    「で、次に、今回のルール変更の目的ですけど。
     一つ目は、戦闘に強い者だけが評価され、好き放題できる現状を変えたかった、ってところですかね。戦闘以外のモビルスーツ性能やパイロットスキルを公正に評価できるようにし、かつ、相手に屈服を強いるための決闘ではなくポイントを得るための戦いにすることでスポーツ化する……こういう感じですか」
    「……まあ、そうだ。だがいきなりリーグ戦まで話が進むとは思わなかった。ヌーノが適当にでっち上げた将来構想のはずだったんだが」
    とうとう誤魔化しきれないと見たか、グエルは内情を明かし始めた。
    なるほど、決闘の多様化が本来の目的だったか。それだけでも今の戦闘偏重の校風の是正には繋がるだろう。
    しかし公正な腕の競い合いを望むパイロット科の生徒たちの熱量は、黒幕の目論見を遥かに超えていた、というのがオチのようだ。
    「熱心な後輩を持てて良かったですねぇ、先輩。
     さて、それはともかく、目的の二つ目ですが」
    にやにやと笑いながら、セセリアは続ける。
    「地球寮の地位の確保、ですね? 今は先輩たちの力量で誤魔化せているけど、戦闘オンリーのルールだと、どうやったって勝敗はバックの企業の力に左右される。だから先輩たちが卒業した後は、また地球寮はヒエラルキーの一番下に追いやられることになる。
     でも地雷原突破や陣地構築なら、モビルスーツの性能よりは状況に合わせたメカニックのカスタマイズが物を言う」
    地球寮のメカニック技能の高さは今でも一部で定評がある。その土俵に持ち込めるなら、大企業に所属する生徒相手でも好勝負が期待できるだろう。
    「企業の力が弱くとも、生徒の力で見返せる環境を作りたかった……こんなところですか?」
    「……まあ、そんなところだ」
    渋々といった態でグエルが認める。恐らく、これを発案したのは彼自身ではあるまい。地球寮のメカニック科の人間――見知った顔で言えば、あの新寮長あたりか。

  • 134ex2-02_4/923/04/07(金) 05:38:41

    それにしても、とセセリアは思う。
    まず決闘に勝利し続けることでパイロットたちの現行ルールへの不満を煽る。そして元ジェターク寮生との縁を頼りに他寮の生徒と話をつける。そうして状況を整えたのち、決闘委員会で一芝居うち、不公正を強いるルールを公正なものに変更する。
    小学生レベルの演技力を除けば、なかなかの手腕だと評価せざるをえない。仮に以前のグエルが同じことをやろうとしたなら、もっと力づくの手段に出ていただろう。それがこんな腹芸を使うようになるなんて……とまで思考を進め、セセリアはふと気づく。
    いや。この男が、他人の目を欺くような手なんて考え付くはずがない。

    「この茶番劇の絵を描いたのは……地球寮や元ジェターク寮生は違いますね、そういうキャラじゃない。
     ラウダ先輩なら考え付きそうですけど、あんた一人が悪者になるようなやり方をあの人が提案するはずがない。となると……
     ああそうか、ミオリネかぁ。あいつならこんな悪辣な真似も平気で実行してくるわね」
    「……それは否定しない」
    やはり正解だったようだ。セセリアは苦笑した。あの女社長らしい悪知恵だった。
    そして同時に、意外に思う。犬猿の仲だったはずのミオリネの策に乗り、おまけに自分が悪役を演じてまで、目の前の男はこの茶番劇を成功させたというのだ。
    ……やはり、以前の彼とは何かが決定的に違っているようだ。これは追求せねばなるまい。

  • 135ex2-02_5/923/04/07(金) 05:39:05

    「さてさて、先輩が非常にわかりやすいおかげで、だいたいの事情は判りました。
     ですが、まだ判らないことが一点」
    もう一度、男を下から覗き込む。
    行方不明になる前と比べて、その顔つきは穏やかだった。眉間にシワも寄らず、無駄に肩の力も入っていない。
    だが、ただ丸くなったというだけでは、この件は説明がつかない。
    「どうして力を信望することを止めたんです? 以前の先輩は、弱肉強食こそが唯一の信条だったのに」
    「……そこまで酷かったか? 以前の俺は」
    「そこまで酷かったんですよ。少なくとも、傍から見てるとね。
     でも今の先輩は、力がすべてってやり方を否定しようとしている。驚くべき変化ですよねぇ? あんたが何故そうなったのか、とても興味があります」
    「…………」
    グエルは下を向き、黙り込んだ。
    この質問もだんまりで押し通すのかと思った矢先、彼は初めて、こちらを直視した。
    「あんまり面白い話じゃないぞ?」
    「いいですよぉ、別に。先輩に面白い話なんて最初から期待してませんし」
    「……そうだな。面白い話なんて、俺にはできん」
    すると、穏やかだった男の表情が、急に暗く沈む。
    口調までもが、小さく、ぼそぼそとしたものに変化する。
    「去年、この学園から逃げ出した後、いろいろな世界を見た。日雇い労働者をやってた時は、いちいち力なぞ示さなくても、ただ頑張るだけで認めてもらえる世界があった」
    「日雇い……?」
    セセリアも初めて聞く話だった。家出したという噂だったが、まさか外の世界で彼がそんな経験をしていたとは。
    だが、グエルの話はそこで終わらなかった。

  • 136ex2-02_6/923/04/07(金) 05:39:26

    「……地球に居たときもある。そこは、ここよりもずっと弱肉強食が極まった世界だった」
    「地球に……!?」
    さすがにセセリアも驚いた。彼はそんな場所にも足を運んでいたのか。しかし、どんな経緯で? どういう理由で?
    その疑問をぶつけようとして、しかし声が出せなくなる。
    眼前の男の雰囲気が、完全に一変したからだ。
    「力がなければ舐められ、殴られ、奴隷扱いされる。子供にも泥を投げつけられる、そんな世界だった」
    それはまるで、幽鬼のような。
    活力を失い、ただじっと地面に座るだけの、生きる屍のような。
    「そして、俺より何歳も年下の子供が、容赦なく兵士として駆り出され、死んでいく世界、だった」
    「――――!」

    セセリアは戦慄した。
    その瞬間、男の目は完全に死んでいた。

    変化は、しかしほんの一瞬で過ぎ去った。
    すぐにグエルは、元の穏やかな表情に戻った。
    「……地球に居て、心底わかった。弱肉強食なんてのは、俺たちが目指すべき先じゃない。力を信望したところで、誰も幸せにならない。
     だから、もっと別のものを目指さなきゃいけないと思ったんだ」
    「……その別のものって、何です?」
    思わずセセリアが真剣に問いかけると、グエルは首を横に振った。
    「さあな。今はまだ、わからない。だからあと1年かけて、その答えを見つけたい」
    「…………」
    なるほど。と。
    安堵とともに、セセリアは内心でうなずいた。
    自分の想像を絶する経験を経て、彼は確かに変わったのだろう。
    身内を全力で守ろうとする気性はそのままに。しかし、敵を力ずくで打ち倒すのではなく、別のやり方で穏やかに退ける、あるいは、協力関係を築こうとする人間に。

  • 137ex2-02_7/923/04/07(金) 05:39:46

    「んー。納得しました。教えてくれてありがとうございます」
    「……今ので納得できたのか?」
    「だいたいは。それに私だって、先輩にその話を根掘り葉掘りするほど鬼畜じゃありませんよ」
    腰に手を当て、セセリアは苦笑いする。
    いま自分が見たのは恐らく、この青年が心に負った傷の跡。あるいは、彼が垣間見た世界の闇の欠片。そこにずかずか踏み入るほど無神経にはなれない。だからこの件の追求はここまでだった。
    だが、と彼女は考える。別件の落とし前は、きちんとつけてもらう。
    セセリアは、グエルが買ったばかりの缶入り飲料をひったくった。
    「あ!?」
    驚くグエルをよそに、すぐに封を開けて中身を飲み干しにかかる。
    「お、おい」
    相手が狼狽えるのも構わず、セセリアは一気に飲み終わった。
    ぷは、と息をついてから、笑顔を向ける。
    「ただの水じゃないすかコレ! なんでわざわざただの水を買うんですか先輩!」
    「炭酸水は歯に悪いし、糖分も摂りすぎると体重管理が面倒になるからな。……いやそうじゃなくて、なんで俺のを飲むんだよ?」
    困惑する男に向かって、セセリアは大声で告げてやった。
    「ペナルティですよ、ペナルティ! 決闘のルール変更の件を、事前に私に教えなかった罰!
     ……ていうか、なんでロウジには教えて私に教えなかったんですか?」
    「お前に言っても、俺の言葉なんて信用しないだろうが」
    「ええ、確かにあの時点じゃあんたのことを信用しませんよ。その意味じゃ先輩の行動は正解です。でもですね、腹は立つんですよ!」
    そう、この件で一番引っかかったのはそこだ。
    なぜこの茶番劇に自分を参加させなかったのか。自分も加わっていれば、あんな無骨で稚拙なやり取りではなく、もっと皮肉のスパイスを効かせたセリフの応酬劇に仕立ててやったというのに!

  • 138ex2-02_8/923/04/07(金) 05:40:17

    空になった缶を左手に持ち替えると、セセリアは右手の指をグエルに突きつけ、釘を刺す。
    「次に先輩たちが悪巧みをするときは、必ず事前に私に話を通してください。いいですね?」
    「もうあんなことをするつもりなんて、俺には無いんだが……」
    「いーえ、絶対にする機会はあります。だってあんたはあと1年、地球寮の子たちを守るつもりなんでしょう? なら、正論が通用しない場面は必ずありますよ」
    そう忠告してやると、グエルは押し黙った。彼にも思い当たるものはあるようだ。
    100年に渡って積み重ねられた偏見と、それを起因とする不合理で理不尽な差別行動。それは、グエルの得意な正攻法ではもっとも対処しにくい相手と言える。地球寮を本気で守る気ならば、搦手に訴えるべき状況は無数にあるはずだった。
    「守ると決めたなら、どんな手を使ってでも守ってくださいな。悪巧みなら私も微力ながら協力してあげます」
    「……協力する? お前が? 俺に? ……何故だ?」
    思いきり胡散臭げな目で見られたので、ちょっぴりセセリアは傷ついた。
    ……いやまあ、無理もないが。別に自分とグエルは仲がいいわけでもない。というより、はっきりと不仲だ。協力すると言ったところで、彼から見れば意味不明な提案だろう。
    それに自分も、地球寮に特段思い入れがあるわけではない。
    差別に対して腹が立つというわけでもない。
    だから、自分がグエルに味方しようと思う理由なんて、ただ一つしかないのだ。

    「先輩がやろうとしていることが、面白そうだからですよ」

    力があるほうが勝つのは当たり前。そして、勝った方は何をやってもいい。
    アーシアンは一段下の人種。だからいくらでも下に見ていい。
    その当たり前を、この男はひっくり返そうというのだ。これほど面白いことはそうはない。

  • 139ex2-02_9/923/04/07(金) 05:40:32

    「面白い、って、お前なあ……」
    グエルは呆れたようにぼやいたが、すぐに思い直したようだった。
    「そういえばお前は、ホルダー時代の俺にも真正面から突っかかってきた唯一の人間だったな。天邪鬼の血が騒ぐってことか」
    「そこは反骨の志って言ってくださいよ」
    「同じようなものだろうが」
    小さく笑うと、彼も納得したのだろう。
    生真面目な表情に戻って、うなずく。
    「もし次にこんな機会があったら、お前にも必ず相談する。そのときは協力を頼む」
    「はいはーい。承知しましたぁ」
    セセリアは、満面の笑顔で請け負ったのだった。

    ルール変更の草案を回収し、グエルに別れを告げ、セセリアは教室への道を戻る。
    左手の空き缶をもてあそびながら、思考を巡らせる。
    去年一年はいろいろあった。身の危険を感じることも一度ではなかった。
    さすがに今年は平穏無事で、そして退屈な一年になりそうだと思っていたのだが。
    「今年もいろいろありそうねぇ。
     ……いや違うか。色々やらかして、豪華絢爛疾風怒濤の一年にしなきゃね」
    かつてこの学園で一番退屈だった男が、これからとんでもなく面白いことをやらかそうというのだ。自分も積極的に便乗していかないでどうする。
    セセリアは空き缶をゴミ箱に捨てた後、一つ伸びをして、教室の扉をくぐったのだった。
    放課後に開催される決闘委員会は、また忙しくなるだろうと予感しながら。

  • 140スレ主23/04/07(金) 05:41:04

    今度こそ、目が死んでたボブの物語は全て終了です。番外編にまで付き合っていただいた皆様、本当にありがとうございました。2期が始まる前に全ての物語を終わらせることが出来てほっとしております。

    今後はさすがにこんな長い物語を書くのは無理でしょうが、そのへんのお題スレで短いお話を書くこともあるかと思います。もし見かけることがありましたら、生暖かい目で見守っていただければ幸いです。


    >>124

    本人は演技とか嘘が死ぬほど苦手なので、ますますお労しい感じになってますね……


    >>125>>130

    ジェターク寮の絆は会社が潰れても消えず! だと信じております。はい。


    >>126

    イキる姿が似合ってるのに、本人の気質はイキりから程遠いおもしれー男……


    >>127>>128

    そう言われてみて前半部分を読み返してみましたが、確かにこっちのほうがウザいイキり方ですね……

    でも本人はいっぱいいっぱいだったので許してやって下さい(?)

  • 141二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 07:46:24

    お疲れ様でした
    グエルセセリアも好きなんで楽しかったです!
    二期もいよいよ始まりますし、グエルの今後次第で良かったらまた加古川SS書いて下さい〜

  • 142二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 08:38:47

    乙、そしてありがとう。これで心スッキリだ
    2期でグエルがどうなっていくのか、心穏やかに見守ろう

  • 143二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 08:58:21

    本当に大好きなスレだった
    主、かっこいいボブを書き上げてくれてありがとう、そしてお疲れさまでした
    これで思い残すことはない season2、震えて待つ!!

  • 144二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 13:19:02

    本当に本当に面白い話でした! 2クール開始直前までとても楽しく読みました! ありがとうございます!

  • 145二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 13:23:32

    面白かった〜
    セセリア視点が新鮮。そして上手い。登場してないのに存在感だしてくるミオリネ軍師すき

  • 146二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 18:51:32

    完結おめでとう(スタンディングオベーション)(号泣)

  • 147二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 22:34:54

    大変面白かったです。
    今回の決闘ルール変更の流れはミオリネの知恵とグエルの人望がないとスムーズにはできない流れだと思いますので、改めてこの二人が手を組んだのは大きいと思いました。

    あと、決闘委員会でグエルに喧嘩を売った(振りをした)元ジェターク寮生の言葉が、どれも『グエルの決闘の腕』だけは否定してなくて笑ってしまいました。
    反発しているように見せないといけないのに、そこだけは否定したくなかったんだろうなと思うと、後輩たちの(ジェターク寮だったことへの)誇りを感じてしまいました。

  • 148スレ主23/04/08(土) 00:38:26

    >>141

    自分もセセリアさんはいいキャラだと思ってます。2期のグエルと関わることがあったら、どんな会話をするのか楽しみです。

    加古川SSは……本編でグエルとソフィノレが関わることがあったら、また書きたいと思います。さすがに今回みたいに長いのは無理ですがw


    >>142

    本編グエルがどうなるか、私も非常に心配ですが、慌てず騒がず見守りたいと思います。だが心配……


    >>143

    大好きでいてくれてありがとうございます!

    一度心が折れたボブがどういうふうに立ち直っていくのか、どういうふうに変わって、

    何が変わらないのか、自分なりに必死に考えながら書きました。

    私もseason2を震えて待ちます!(みんな無事なのかとても心配ですが)


    >>144

    面白く読んでいただきありがとうございます。この一ヶ月、私も苦しかったですがとても楽しかったです。


    >>145

    セセリアさんはもっとSS書かれてもいいと思うんですよね。私も読みたい。

    そしてミオリネは悪知恵を働かせたらかなりのものですよね(9話とか)。


    >>146

    ありがとうございます! やっと完結いたしました!


    >>147

    グエルとミオリネが手を組んだら、お互いの長所が噛み合って何でもできそうなんですよね。だから本編でも最後には手を組んでくれると期待したい……

    元ジェターク寮生にとってグエルは誇りそのものでしょうから、なかなか悪口も言いづらかったと思います。あとたぶん、グエルの演技が下手すぎてハラハラもしてたんだと思いますw

    「先輩! 頑張って! 声はいい感じだけど顔! 表情が固いよ! もっと昔の自分を思い出して!」とか内心で思ってたんじゃないかなあ。

  • 149スレ主23/04/08(土) 10:46:28

    せっかくなので、最後にseason2の第1話を見て、何か書けそうな短い話があれば書いてみます……
    無理そうならスレをそのまま落とします。

  • 150二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 10:47:58

    >>149

    まだ書いてくれるというのか……感謝!!

  • 151二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 10:48:44

    >>149

    やったー!!思い残すことはないといったが

    主のss読めるんならそのほうがいいに決まってますからね

    あっ ご無理だけはなさらぬよう…

  • 152二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 12:43:12

    このレスは削除されています

  • 153二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 12:43:55

    元ジェタークラグナーさんのくっは良かったし真相を知ると一番演技うまいのはこの人かもしれない

  • 154二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 21:35:21

    明日まで保守!

  • 155二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 22:23:24

    >>149

    楽しみに待ってます!

    でも明日自分含めて皆さんのメンタルが平気か分からないので、無理そうならご自愛ください

  • 156スレ主23/04/09(日) 08:33:41

    皆様すいません、スレが中途半端なところで落ちそうなんで、それなら何か妄想を思いついた時用に取っておこうか……とか考えておりました。
    何も思いつかない可能性が高いので、そのときは一言感想だけ書いて落とします。
    お騒がせして申し訳ありません。

  • 157スレ主23/04/09(日) 18:58:59

    リアルタイムで視聴しましたが、やっぱり1話でまとまるようなお話の妄想が湧きませんでした。申し訳ありません。

    というわけで、13話の雑感だけ書いて終わりとさせて頂きます。


    >グエル

    加古川行き! 目が死んでる! あと色気がすごい!

    OP映像からだけの判断ですが、とりあえずマスク被ったり闇落ちしたりせず、自分のやったことと真正面から向き合ってそうなのは本当に良かったと思います。

    復活回はいつになるのか……ていうか出番はそもそもいつになるのか……心配はいろいろありますが、最後まで応援し続けたいです。


    >ノレア

    予想をはるかに超えて猪武者でしたw なんでいきなりトマトケチャップ製造しようとしてるんだ君……

    このSS内で彼女のことを「頭でっかち」って評してるんですが、実際にかなり頭でっかちな感じでしたね。今のところソフィより死亡フラグ立ってる感じがして不穏……


    >ソフィ

    「楽しいこと優先」「実は精神的にはノレアより大人(子供だけど)」って予想が当たったんでちょっとガッツポーズ。スレッタに姉ムーブさせるレベルで地球寮に馴染むあたりは予想以上の活躍でした。ノレアとともに最後まで生き抜いて欲しいです。


    >ラウダ

    やはり一番の不憫枠でした。でもひとまず会社が潰れるってことはなさそうです。ストレス溜めまくりの状況から早く解放されて、早く復活した兄さんと笑い合ってほしいものです。


    >メイジーとイリーシャ

    イリーシャがメイジーの腕をがっちり抱え込んでる! 思ってたより親密だな君ら! 今後出番も増えそうなんで楽しみです。


    >フェルシーとペトラ

    まさかの小悪党ムーブ再び。会社がやばい上にラウダも学園から去ったっぽいのに元気だな君ら。でも闇討ちじゃなくてちゃんと宣戦布告しに行ってるのは、グエル先輩の薫陶が行き届いているのかなと思いました。君らも最後まで生き残ってくれ。


    >スレッタ

    普通に日常を過ごせてるのが予想外。人殺しについて本当に何も感じていないのか、今後崩れていくのかは判りませんが…… ただ、ここぞとばかりにソフィに姉ムーブしてたのは微笑ましいところ。



    というわけで皆様、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

    またどこかのお題スレでSSを書くことがあるかも知れませんが、そのときはよろしくお願いします。

  • 158二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:41:02

    >>157

    13話いろいろとすごかったですね!!!

    opのグエルがチョーかっこよくて自分はそれだけでもおなかいっぱいです

    主~面白いお話を読ませてくれてありがとう!

    またどこかで会えますように~!

  • 159二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:50:41

    公式から目が死んでるボブの供給を受けた
    俺も嬉しいぜ!

  • 160スレ主23/04/10(月) 06:21:18

    >>153

    ラグナーくんが新パイロットオッズ表から消えていて、地味にショックを受けていますw

    外伝とかで出てきてジェターク兄弟と師弟関係を築いてくれんかな……


    >>158

    もっと過酷な姿で登場することもあり得ただけに、

    恐らく地球にいる&目が死んでる&でも立ち上がる&お美しい

    の欲張りセットなグエルはご褒美でした! 早く本編で見たい!

    全話が終わった後に妄想が沸き起こるようなら、また一本書いてみたいですね。

    もしそのときがあれば、よろしくお願いします。


    >>159

    いやあ……ちょっと色気がありすぎますね。

    このSSを書く前にこの目が死んでるボブを目にしてたら、話の筋書きも変わっていたかも知れません。

    本編で出てきたらどうなってしまうのだろう……

  • 161二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:48:09

    >>159

    本当に公式でやるやつがあるか!

    本当…マジで…

  • 162二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 04:40:54

    ほしゅ

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