俺は聖なるキングヘイローのトレーナー!

  • 1二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:46:11

    あの『決別』から何年か経過した頃だろうか
    トレセンの庇護下を抜け、一人の選手として走り続けているキングの下に、とある訃報が舞い込む

    ちょうどそのレースは大差をつけての一着。会場には割れんばかりのキングコール
    「おーっほっほっほ! 当然の一着! これこそキングの実力なのよ!」

    悪役令嬢さながらの高笑いはもちろんパフォーマンスではなく本心だ。彼女はいつだってそうだった。今回も、勝利の美酒は何にも代えがたい
    意気揚々とパドックを後にする。聴力の衰えそうな歓声と、一部のバッシング

    いいじゃない。キングは不敵に笑う。万人から愛されるなどとは思っていない。だからこそ、自分を信じてくれる者たちの期待は裏切られない
    故にこそ私は賞賛されるべきなのだ。その想いこそがキングの本懐だった

    角を曲がったところで、キングはいぶかしんだ。廊下へ戻っても、いつものように恭しくバスタオルとスポーツドリンクを持ってくるトレーナーの姿がない

    そこで駆ける足音が響いてくる。キングは面を上げた 「遅いわよ! 私が戻ったら一分以内に持って来なさいと何度も……」

    だがトレーナーの手には純白のバスタオルも最新モデルのタンプラーもない。あったのは端末のみ。その画面は、たったいま通話があったことを意味していた

    訃報だ

    かつて反発しあった、母の

  • 2二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:46:22

    キングヘイローというウマ娘はなぜ、自分に見切りを付けずに走ってこられたのか
    ハルウララやカワカミプリンセスをはじめとする、自分を慕ってくれる者たちの存在? 言うに及ばず
    どんな時も揺れることなく、自らを一流だと豪語してくれるトレーナーの存在? むろん、必要不可欠だ

    だがそれらの他に、無視できないファクターがあった

    かつて自分を頑なに認めようとしなかった肉親は、エンバーマーが整えた微笑以外、もう浮かべることは叶わない
    リンパ節の不調によって内臓はまともに機能していない。血管のふとしたエラーで、心臓に血液は流れなくなるものだ
    目じりにシワが目立ち始めた顔は、キングの中で笑う面影と一致しなかった

    黒装束に身を包んだキングヘイローが何を想っているのか、トレーナーは想像しようとしたが、結局やめた。ただ粛然と構えることこそ故人にできる唯一のはなむけだ
    自分の相棒は無粋を嫌う。それはトレーナーの望むところではなかった

    「なさいよ――なんて」
    彼女の唇が小さく動く
    「いや……」 火葬場へ消えていく棺を目に、そう呟いたのが聞こえた

  • 3二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:46:31

    かつて彼女は、認めてほしいから走っていた
    幼いころから走るのは好きだった。同年代の他のウマ娘よりも速いと褒めてくれること。それは喜びとしていつでもキングの中で存在感を放つ
    ウマ娘という生き物である以上、走ることこそ自分の存在意義だ

    キングは自分に天賦の才があると信じて疑っていなかったし、それを認めてくれた母親のことをキングは大好きだった

    しかしながら、覆せないものもある
    ちらほらと長距離や中距離で負けが目立ち始める。警戒すらしていなかった相手に追いつけない。脚のキレが長く保たない

    あるいは母親は、これ以上キングの自尊心を傷つけたくなかったのか、純粋に才能を見限られたのか――単に寂しかったのか

    いずれにせよ、この世に生きるキングらにそれを突き止める術はなかった

    確かなことが一つ。キングはもう一度、言ってもらいたかったのだ
    「一着取れてすごいわ! さすがねキング!」

    「私は私の道を行く。あなたもどうぞご勝手に」
    皮肉なことに、離別の通告が親子の最期の会話となった

  • 4二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:46:40

    あるいは小さな綻びだったのか。選んだ王道に待ち受けていた当然の破綻だったのか

    ある日、復帰したキングは一着を逃した。精神面もさることながら、僅かだがブランクも存在する。復帰した選手に等しく降りかかる避けられない洗礼。今まで何度もあった

    二着でゴールインした瞬間、苦々しく首を傾げた女の姿が目に入った。期待外れだ、そう言いたげな仕草

    顔も名前も知らない、瞬きすれば顔すら思い出せない程度の一観客 不意にその仕草が、母親のそれと重なった

    そして次のレース場で、その女の姿を見つけることはできなかった

    たぶん、センチメンタルになっているだけだ

    自分はもう母親に認めてもらわなくとも、大勢の人から賞賛を集めている。あの人にだってきっと引けは取らないわ。だってキングの王道だもの。みんな信じてくれた道だもの

    ――じゃあ、また一人いなくなったら?

    部屋にはもう天真爛漫な声はない。ハルウララはトレセンで有馬記念制覇すべく血のにじむ努力を続けているから

    楽しければいいという楽観に甘えていた彼女が、今や犬歯をむき出しにして勝ちたいと吠えている

    その背を押したのは、ほかならぬキングだった

    掛け布団を抱きしめる。悪夢にうなされた彼女をあやした時とは違って、柔らかいだけの布の塊はキングに何も与えはしなかった

  • 5二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:46:50

    どうすればいいんだ・・・

  • 6二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:46:51

    学園へ入学した直後、ただ冷然とした眼差しがぶつけられるだけだったら?
    誰も自分の中に『一流』があると認めてくれなかったら?

    全てがあの人のおかげであるなんて絶対に言ってあげない。だって違うもの。自分がキングの全てなんて思いあがるような人間だったら、こんなになっていない

    しかし、勝手にいなくなることを許した覚えはない

    レース後に汗を拭うタオルは、いつも格別の感触だった

  • 7二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:46:59

    「いかないで」

    袖口を乱暴につかんだ。自分のセレクトした上質な生地に、消えないシワが寄った

    トレーナーはこの後自宅へ戻り、今回のデータをまとめる作業が残っている。そのことをキングは知っている
    ハッとした表情のまま、キングは弱弱しくかぶりを振った
    「……ちが、違うわよ。キングは弱音なんて吐かないわ」

    火葬場での一幕が脳裏を過ぎる。どうして気付いてあげられなかったのだと軽い後悔が滲む

    だがそれよりも、誇り高いこのウマ娘にこんなことを言わせたという事実が、羞恥と自己嫌悪を伴って両肩に張り付いてきていた

    けれど彼女は常に言う。この私のトレーナーであるのなら、どんな時でも胸を張れと
    「ハルウララも、カワカミプリンセスも、取り巻きだった彼女たちも」
    「みんなキングのことが大好きだ」

    それに。トレーナーは息を吐くと
    「自分はキングのトレーナーゆえに一流だ」
    「見くびらないで欲しい。決してそんな三流にはならない」
    「桜の満開の時も、クーラーが故障し駄々をこねる時も、山間が紅葉で染め上げられる時も、雪で外を走れない時も、コキ使われると誓ったから」

    彼/彼女は抱きしめるなどと容易なことはしない
    ただ椅子を引っ張ってきて、キングに背を向けたたまま読み止しの文庫本を開くだけだった

    だから安心して母親の死を悼むことができた
    薄い雲が発達し、小気味いい音が屋根を叩いていた

  • 8二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:47:08

    晴れ上がった空。バ場は良好。東京レース場には今日も大勢の観客が詰めかけている

    先行、逃げの両名による熾烈な順位争いの中、鋭い差し脚が光る。蹄鉄が芝をわずかにまくり上げた後、緑色の閃光がコーナーを襲った

    熱狂のるつぼと化した会場にはキングコールがほとばしる

    その中心で汗を輝かせながら高笑いする王は、今日も勝気な笑みを浮かべている

    黄金色の瞳にはあの観客の姿を捉えている
    きっと次もキングの勝利を見に来るでしょうね。彼女は確信を得た

    パドックを後にしたキングを出迎えたのはハルウララだった。久しい再会に小躍りしながら一方的に近況を話してくる。少し背が伸びただろうかと、キングは思う

    トレーナーの手には端末。ハルウララのトレーナーへの通話履歴がちらりと見える

    「おバカ」

    キングはいつものようにタオルとドリンクを受け取ると、困ったように微笑んだ

  • 9二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:47:27

    大作だぁ…

  • 10二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:47:58

    ほんとに聖なるトレーナーだった。

  • 11二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:48:21

    トレーナーは生きてたが母親が死んだ

  • 12二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:48:35

    属性トレーナースレが乱立してるのにどれも名文だからちくしょう!

  • 13二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:50:47

    こいつ普段じゃんじゃん言ってそうだからチクショウ!

  • 14二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:51:20

    母親系は弱いから泣く

  • 15二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 16:53:48

    爽やかな風が通り抜けてったような気分だ

  • 16二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 17:05:33
  • 17二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 17:16:39

    何故このスレタイにしてしまったのだ

  • 18二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 17:21:49

    マジで聖なるトレーナーじゃん

  • 19二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 17:29:17

    随分勉強したな…まるでキング博士だ

  • 20二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 19:31:31

    心が洗われるようだ

  • 21二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 19:46:06

    怪文書の流れの中でいい話書かれたら反応に困るからやめろ

  • 22二次元好きの匿名さん21/08/25(水) 23:19:08

    なんだい今日は?やたら小説形式が多いみたいだが

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています