- 1◆UuC1u8Pm21Dz23/03/28(火) 00:04:04
「お疲れ様、アルダン」
「ありがとうございます、トレーナーさん」
芝のコースでのトレーニングを終え、トレーナーさんからタオルを受け取る。
トレセン学園は春休みを迎えており、授業もない為この時期は午前中からトレーニングを行うことが出来る。ただ、今日のトレーニングは午前だけで、午後の予定はないみたいだけれど。
「今の時刻は……11時10分か。ちょっと早いけど今日のトレーニングはこれで終わろうか」
「私は、もう少し続けても構いませんよ?」
予定されていたトレーニングメニューは先程のもので終わり。明日も、明後日もトレーニングの予定は決められている為、私の身体への負担を過度に心配している訳ではないのは分かっている。だけど少しだけ冗談めかして言ってみる。
「分かってるとは思うけど脚への負担との兼ね合いもあるし、予定は変えないよ? それにエスコートをお願いして来たのはアルダンじゃないか」
「ふふっ♪ ええ、そうでした♪」
午後からはトレーナーさんとお出掛けの予定が入っている。だから準備をする時間が多いに越したことはない。
そして今日のお出掛けは私が少しだけ我儘を、エスコートをお願いした。
「……そうだな。時間的に余裕もあるし昼食はどうしようか? こっちの食堂で食べる? それとも外にしようか?」
「でしたら、外出先でお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
なぜなら今日、3月28日は。
「今日は君の誕生日だから、それくらいはさせてもらわないとね」
私の誕生日ですから。 - 2◆UuC1u8Pm21Dz23/03/28(火) 00:04:19
昼食も終えて、トレーナーさんが連れて来てくれたのはガラス工芸を扱った美術館。
「まあ。近くにこのような場所があったのですね」
「君を連れてくるのに何かいい場所はないかな、と探していたらちょうど見つけてね。気に入ってもらえると嬉しいかな」
入館料を支払ってもらい、トレーナーさんと連れ立って館内を歩む。色彩豊かなガラスの作品たちが作る空間は、まるで極光の中に入ってしまったよう。
「君の脚はガラスの脚と言われるから、連れて来ようか本当は悩んだんだけどね」
展示物を共に眺めていると、トレーナーさんがぽつりと言葉を零す。
「物の例えとして、脆いものに対してガラスと評するのは一般的かと思います。トレーナーさんが気にするような事ではないかと」
「まあそうだけどね。とはいえ君のウマ娘としての競争生活の枷になっている事に違いはないだろう?」
「それは……確かにそうですね。嘆いても仕方がない事だとは分かっていますが、もしもこの足が頑健であればと思った事がないと言えば、嘘になります」
「だからかな。いい印象を持っているものとは確証がなかったから。でも」
ガラスで作られた蒼い燕の展示物から私の方へと視線を移し、真っ直ぐに見つめられながら微笑まれる。
「俺は君が見せてくれる、ガラスとも評される繊細な輝きが好きだから。割れる事がないものでは、絶対に放つことが出来ないものだろうからね」
「……ありがとうございます」
確かに私自身、この脚の事は好きではなかったと思う。幼き日に私の脚はどうして脆いのかと、嘆いた事があるのは事実だから。
ただ貴方と共に歩み始めてからはいつの間にか、ガラスの脚は枷ではなくなっていた。
「幸せを運んでくれたこの脚を嫌いになる事など、ありはしないですよ」
そっと、トレーナーさんに聞こえないくらいの声で呟く。 - 3◆UuC1u8Pm21Dz23/03/28(火) 00:04:34
「なにか言った?」
「いいえ? なんでもありません♪」
「そう? ならいいけど」
その後も館内を見ていると、万華鏡が展示してあるフロアへと辿り着いた。設置してある万華鏡をしばしの間覗き込んでいると、視界の外から声が届く。
「万華鏡、好きなんだ?」
「はい。時を忘れて、いつまででも眺めていられます」
きっと私の思っている以上に時間が進んでいたのでしょう。万華鏡から顔を離しトレーナーさんの方を向くと、微笑ましいものを見ているような、そんな表情を向けられていた。
「幼い頃は病室や保養所で静養している事が多かったものですから。覗き込めば色鮮やかに模様を変える万華鏡は、私の白い世界に彩りを与えてくれたのです」
「そっか」
「もっとも、今では少し縁遠いものになってしまいましたが」
「それは、どうして?」
素直に喋っても良かったのだけれど。表情から察するに、疑問だから聞いたのではなく、私の口から聞きたかったようで。
「ふふふっ、秘密です♪」
だとしたら、言葉にしてしまうのは野暮というものでしょう。 - 4◆UuC1u8Pm21Dz23/03/28(火) 00:04:44
アフタヌーンティーにはちょうどいい時間が近づく頃。美術館を一通り見終わって学園へと戻る前に、バースデーケーキを予約していたみたいで、その受け取りへと向かう。
「ホールケーキ、ですか? 流石に量が多いのではないでしょうか?」
ケーキを予約していたという時点で少しだけ違和感はあった。私とトレーナーさんが食べるだけなら、わざわざ予約をしなくても店頭で選んでしまえばいいのだから。
「うん? あー、まあ、そうだね。俺とアルダンだけだと、明らかに多い量だね」
「トレーナーさんと私だけだと、ですか」
「そう。まあまあ、学園に戻れば分かるよ」
その口ぶりだと、私とトレーナーさん以外にもケーキを食べる人がいるということになる。いえ、きっとその通りなのでしょうけど、だとしたら一体誰と。
そのまま学園へと戻りトレーナー室の方へと向かう。
「カフェテリアでいただくのではないのですか?」
「そっちで準備はしてないからね」
お茶会をするだけなら、カフェテリアの方でもいいと思うけれど、どうやらそちらでは都合が悪いようで。トレーナー室の前まで辿り着くと。
「じゃあアルダン、扉を開けて?」
そのまま中に入るのではなく、私が扉を開けることを促された。
「それは構いませんが、鍵が掛かっているのではないですか?」
「いや、掛けてないよ。その必要はなかったからね」 - 5◆UuC1u8Pm21Dz23/03/28(火) 00:05:02
不用心、という訳でもないのでしょう。忘れていたという訳ではなく、必要がなかった、なのだから。
言われるがままに扉に手を掛けそのまま開くと。パァン!という軽快な音と共に咲いた、色鮮やかな紙吹雪が私の視界に飛び込んできた。
『お誕生日おめでとうございます! アルダンさん!』
扉を開けて出迎えてくれたのは、チヨノオーさんとヤエノさんだった。部屋の中は飾り付けがしてあって、きっと私たちが出掛けている間に準備をしてくれていたのでしょう。
「もう! 待ちくたびれちゃいましたよ! トレーナーさん!」
「ごめんごめん。ヤエノムテキも、わざわざありがとう」
「いえ、これくらいはお安い御用です」
なるほど、だからホールケーキを。朝からチヨノオーさんがソワソワとしていたから、お祝いをしてくださるとは思っていたけれど、どうやらこの為だったみたいね。
「お二人とも、ありがとうございます。月並みな言葉ですが、とても嬉しく思います」
彩りに満ちた誕生日という一日を過ごして。やっぱり、今の私には万華鏡は少し縁遠くなってしまったと、そう思う。
「早速だけどケーキを食べてしまおうか。夕食に響いてしまわ……ないか、君たちなら」
「トレーナーさん」
「なに?」
「素敵な誕生日プレゼント、ありがとうございます♪」
だって万華鏡を覗くまでもなく、色鮮やかに移ろいゆく日常そのものが。
まるで、万華鏡のようで。 - 6◆UuC1u8Pm21Dz23/03/28(火) 00:07:53
了
- 7二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:18:01
デートやんけ〜!
末永くな…! - 8二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:28:52
誕生日に良い物を見た
- 9二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 03:36:27
ありがとう……