- 1二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:30:26
「ふふっ、雪解風は気持ち良いでしょう?」
仲春。
花信風が吹き抜けて、鳥風が届く季節。
私は、手元のぬいぐるみに向けて声をかけながら、風来と歩いていました。
きっと“彼女”も、今日の風には満足してくれているはずです。
何故ならば――――この子は私の風貌を模した姿をしているから。
「恩人のトレーナーさんには、感謝しないといけませんね」
以前、トレーナーさんとのお出かけで、ゲームセンターの近くを立ち寄った時の出来事。
私はガラスに捕らわれて、風を浴びることのできないぬいぐるみ達を見つけます。
あまりに可哀相な様子に悲しんでいると、トレーナーさんが彼女達の救いの風となってくれました。
その殆どは私の部屋に置いてあります。
ですが流石に自分のぬいぐるみを同室の子がいる部屋に置くのは気恥ずかしい。
そのため、“彼女”だけはトレーナー室に置かせてもらっていました。
今日はトレーナーさんに断って、“彼女”とお散歩に出かけています。
たまには、風を浴びせてあげなくてはいけませんからね。
「ふん、ふふん……♪」
このぬいぐるみは、私の勝負服姿をモデルにしているものでした。
見ているだけでレースで受けた風を思い出して、今にも颯が囁きかけてきそう。
私は鼻歌混じりで、つむじのようなステップを踏みながら“彼女”と一緒に春風を楽しみます。
その時、ふわりと、覚えのある清風が通り抜けました。 - 2二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:30:47
わずか一瞬吹き抜けただけでしたが、ずっと浴びていたいくらいに心地良い風。
この風は良く知っています、私がもっとも好ましいと思う風の一つ。
トレーナーさんの、風です。
私は思わず足を止めて、廻風のようにぐるりと周囲を見渡しました。
「あら?」
ですが、周囲にはトレーナーさんの姿はありません。
それどころか、他の人の姿もありませんでした。
では、先ほどの清風はどこから吹いたのでしょうか。
少しばかり魔風を感じて、私はぎゅっと“彼女”を抱きしめてしまいます。
すると、何故か、先ほどの風がまた通り抜けたのです。
「…………また、清風? もしや、これは、貴女の?」
まさかと思い、抱き締めていた“彼女”を鼻先へと近づけます。
すると、初夏のそよ風を思わせるような、柔らかな風が私を包み込みました。
ああ、これはトレーナーさんの香風です。
浴びているだけで安心して、甘えてしまいそうな、私の、好きな風です。
思わず顔が綻んで――――やがて胸の中に砂嵐が吹き荒れました。
「……あら?」
彼の風はとても好ましいはずなのに。
何故今、私は悪風と感じているのでしょうか。
その答えは、気づかぬうちに持つ手の力を強めていた“彼女”の姿を見て、すぐわかりました。
どうやら私は、“彼女”が彼の風を纏っているという事実が、気に入らないみたいです。 - 3二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:31:09
その日以降、私はトレーナー室での“彼女”の振る舞いに注視するようになりました。
するとどうでしょう、“彼女”の暴風というべき専横ぶりが、判明したのです。
まず、“彼女”の定位置は、トレーナーさんが作業する机の上。
私のために毎日帆風を送ってくださる彼の姿を、私よりも近くでずっと眺めているのです。
何故、本物である私よりも、ぬいぐるみの“彼女”の方が一緒にいるのでしょう。
とはいえ、これだけならばまだ至軽風、納得のいく範疇でした。
ですが、また別の日。
トレーニング終了後、トレーナー室で恵風してた時の出来事。
『ゼファー、来月のトレーニングなんだけど』
『目指すは突風の極み、そのためにはスピードを――――!?』
『えっ、どうしたの、信じられないものを見るような顔してるけど』
『……至って凪です』
私と話す最中、トレーナーさんは“彼女”の頭を軟風のように撫でてました。
手を繋いだことはあります、抱き着いたこともあります。
でも、頭を撫でてもらったことは、私だってしてもらったことありません。
触り心地が良いのか、何度も、何度も、繰り返し。
ですが彼の視線は私へと向けられており、その行動が無意識だとわかります。
その場は、静穏に収めたつもりではありますが、内心は炎風が吹き荒れてました。
ヘリオスさんのように言うならば、ガチあからしまビュンビュン丸です。
ですがそれでも、今思えば、この時点ではまだ和風でした。
後日、私の心にまことの大風が吹き荒れるとは、この時は思いもしなかったのです。 - 4二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:31:32
この日、トレーニングはお休み。
トレーナー室でミーティングの予定でしたが不意の急風により遅れてしまいました。
私はスマートフォンを持ち歩いておらず、トレーナーさんにも風便を送れません。
申し訳なさで胸がいっぱいになりながら、廊下を小風となって吹き抜けます。
「失礼します……今日は時しらずの風となってしまい、申し訳ありません」
「ああ、大丈夫だよ、俺も溜まってた仕事の処理ができたし」
「そう言っていただけると、いせちです。では疾く疾くとミー……ティ…………」
「ん、どうしたのゼファー? すごい渋い顔しているけど」
私は、その風景を、直視してしまいました。
トレーナーさんの膝の上に鎮座する――――“彼女”の風体を。
恐らくはひと仕事終えて、一時の風凪だったのでしょう。
彼はリラックスした様子でソファーに腰かけて、“彼女”を膝の上に乗せていました。
そして今も、スキンシップを繰り返していたのです。
東風で、時には南風で、“彼女”の首筋から頭、顔にかけたあたりを優しくさすっていました。
その微風を受けている“彼女”はどこか嬉しそうで、どこか自慢げで。
この凱風は私のものです、そう主張しているよう。
刹那、黒南風のようだった私の脳裏に、雷が鳴り響きます。
冬の雨風を浴びたかのように心は冷え切り、気づけば彼の目の前に立っていました。
「ゼファー?」
きょとんとした表情を浮かべるトレーナーさん。
その表情に一瞬だけ油風を感じますが、“彼女”の存在が嵐を呼び戻します。
そして、私は彼の手元から疾風のような素早さで――――“彼女”を奪い去りました。 - 5二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:31:54
「……ゼファー?」
目を見開くトレーナーさんの手元は、まるで浚いの風でも吹いたかのよう。
私は彼の言葉には答えず、そのままくるりと彼に背中を向けて、一呼吸。
ふわりと、飛び乗るように、私はトレーナーさんの膝の上に腰かけました。
――――まるで、葉風のサミングを聞きながら、木の下風を浴びてるかのよう。
まさに光風の心地。
あれだけ激しく渦巻いていた風巻はどこへやら。
春風のように暖かくて、穏やかで、鳥達の歌まで聞こえてきそう。
今ならば“彼女”の気持ちも理解できます。
このようなひかたを浴びていたら、気持ちも大きくなってしまうというもの。
ですが、ですがまだ足りません。
私は催促すようにぴこぴこと耳を動かしながら、おぼせを風待ちします。
ですが、流れてきたのは、彼の困惑の声でした。
「えっと、ゼファー、これ一体……?」
「……撫でてはいただけないんですか?」
「いや、撫でないし、膝の上に乗せる気もなかったんだけど」
「…………“彼女”は膝の上に乗せて撫でていたのに、私には出来ない、と?」
「“彼女”?」
「模した風は愛でるのに、まことの風は愛でてはくれないんですか?」
「………………もしかして、ぬいぐるみのこと?」
トレーナーさんの言葉に、私は頷きます。
すると彼は不愉快な思いをさせてごめん、と少し風向きが違う謝罪を口にしました。 - 6二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:32:16
ぬいぐるみには今まで縁がなかったこと。
ふと触れてみたら想像していた以上に、触り心地が良かったこと。
疲れた時や休憩中に撫でてみたら、穏やかな気分になれたこと。
“彼女”との惚気ともとれることを、彼は瑟瑟と語ってくれました。
「君の目の前で君のぬいぐるみを無遠慮に触ってたのはデリカシーがなかった」
「…………そうですか」
「今後は気を付けるから、その、そろそろ降り」
「それで、撫でてはいただけないんですか?」
「……」
通り過ぎたはずの陰風が、再び舞い戻ってきました。
トレーナーさんの言ってることなど、私は一点風ほども気にしていません。
ただ私は、“彼女”だけずるいと、そう思っているだけなのです。
やがて彼は観念したように大きなため息をつくと、私の頭に手を伸ばしました。
風明かりの気配に、心が浮足立ちます。
そして、彼はたどたどしい手つきで、私の耳にそっと触れました。
春の芽吹きのようにゆっくりと、可憐な花に扱うように優しく。
瞬間、吹き抜ける緑風の安らぎ。私は思わず息を吐いてしまいます。
「……ふあ」
「だ、大丈夫か?」
「……はい、東風です、もっとあからしまに扱っていただいて構いませんよ?」
「……そう言われてもだな」
「ふふっ……♪」
一回、二回、三回と触れるごとに、トレーナーさんの手から力が抜けていきます。
そしてその都度、私が感じる風の心地良さも増していきました。
さらさらと、髪や耳を撫でる音はまるで風の調べのよう。 - 7二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:32:35
「頭以外も、風来と触っていただいても大丈夫ですよ?」
「いや自由にって言われても」
「そうですか、ではお手をお借りして」
「えっ? いやちょっと!?」
「ん……良い、でしょう? もちもちで、バブいと、好評なんです」
彼の右手をとって、私の頬へと、運びました。
母の会社の化粧品を使って、ヘリオスさんやパーマーさんからも好評だった肌。
少し気恥ずかしくはありますが、嫌という気持ちは全くの無風で。
ごつごつとした、大きくて、暖かい手のひらが、私の頬に触れました。
撫でるというよりはぺたぺたと当てていく感じで、私の顔の熱と彼の手の熱が、溶け合っていきます。
左手は頭を、右手は顔を、ただ触れて貰っているだけのなのに、かつてない勢いで好風が吹き抜けて。
天風に至らんばかりの夢見心地の中、いつしか私はトレーナーさんへの注文を口にしてました。
「あの、耳の根本を、もう少し」
「……こうかな」
「はい、そうです…………後は、顎の下も、細風のように触れていただけると」
「…………こんな感じ?」
「ひゃ……ええ、そこです……ふふっ、ひより、ひよりです」
ふと、トレーナーさんの顔を見上げます。
最初の緊張した様子はどこへやら、気づけば力の抜けた様子で、私を撫でていました。
瑞風と感じているのが私だけだったらと思いましたが、季節違いの風だったようです。
ほっと安心して、もたれるように彼に身を任せて。
私は“彼女”と共に、トレーナーさんに笑顔を向けて、言葉を紡ぎます。
「……トレーナーさん、これからは私“達”を、愛でてくださいね?」
彼は、困ったような笑顔を浮かべながら、しっかりと頷いてくれました。 - 8二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:33:26
お わ り
膝の上に乗って撫でられるゼファーが見たかった - 9二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:51:27
ありがとうございます...とりあえずはただ感謝を
- 10二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:54:02
ゼファーがただただ可愛い…
- 11二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 00:57:10
いいね👍
- 12二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 01:05:15
自然と笑みが溢れてしまう可愛さ
- 13二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 01:37:00
- 14二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 01:39:52
- 15二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 02:01:27
なんだこの可愛い生き物…
あとヘリオスから結構影響受けてるゼファー好き - 16二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 03:13:47
- 17123/03/28(火) 08:59:21
- 18123/03/28(火) 09:00:21
- 19二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 09:15:41
ゼファーにオグリキャップさせるのは反則では
マイル中距離の芝とダート走れる野生児だから似た事やるのは合法だろ
それもそうか - 20123/03/28(火) 10:30:31
ゼファーは合法
- 21二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 22:34:01
風言葉むずい…
- 22123/03/28(火) 23:26:33
意味わからないけどなんとなく意味がわかるみたいな感じを目指してますが難しいですね……
- 23二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 23:41:20
風語録はシナリオ読んでもさっぱりだったけど前読んだちんちん亭逆ぴょいゼファーの狂ったSSが印象に残ったおかげでなんとなく覚えたなあ
いつも優しかったり華麗だったりいじらしかったり素敵なゼファーのSSありがとうございます
自分もゼファーをあからしまに扱いた - 24二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 00:00:37
風語録にちんちん亭を…?
ごめんちょっとわかんないんですけど何?混ぜたの? - 25123/03/29(水) 00:09:01
- 26二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 00:17:42
読んできました。
…ええと、うん、凄いですね?ごめんなさい、ちょっと脳が追いつかないです
ええ…うん、ええ…?みたいにずっとなってる - 27123/03/29(水) 06:27:09
🤗
- 28二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 12:09:05
またゼファーが無機物に寝取られてる…
- 29123/03/29(水) 21:22:29
自分に寝取られて自分から寝取ったからイーブンということで
- 30二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 21:25:05
やはり狂気の風使いが生息していたというのは本当だったか
エミュレーションが上手いのぉ - 31123/03/29(水) 23:06:53