【SS】春に去る君を送る

  • 1二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 20:26:29

    ※オリウマ、オリジナル設定注意
    あまり明るい内容ではないです。

  • 2123/03/28(火) 20:27:00

    日が落ちたトレセン学園に電灯が点いている部屋があった。
    生徒会室ではシンボリルドルフが一人作業している。

    『私、シンボリルドルフ会長にあこがれています!』
    今日1人のウマ娘が学園を去った。

    ルドルフは彼女の退学の手続きをしていた。
    学園内の教師や職員、トレーナーの手さえ借りることはない。
    学園を去るウマ娘の手続きは、親しかった生徒会メンバーがやることが慣習となっている。
    彼女の場合は、ルドルフが行った。

  • 3223/03/28(火) 20:27:15

    『デビュー戦はダメでしたけど!この後勝ってクラシックを目指します!』
    ルドルフは退寮届に目を通す。
    漏れ抜けがないことを確認したのち、淡々と書類へサインをした。
    だが、どんなに事務的にふるまっていても彼女との思い出が脳裏によぎってくる。

    『プレゼントです!この前事務仕事で足元が冷えるって言っていましたよね!』
    2年前のクリスマスに彼女は足用のヒーターをくれた。
    気配りができ細かいところまで見ている、彼女らしい贈り物だった。
    未勝利戦を負け続けても明るくふるまう彼女へのお返しに、ルドルフは蹄鉄を贈った。
    その蹄鉄をつけ一層練習に没頭している彼女の姿を、ルドルフは温かく見守ったものだ。

    『会長!私勝てました!また一緒に併走お願いします!』
    年が明けた未勝利戦で、彼女は1着になった。
    思えば、この時が彼女の無邪気な笑顔を見た最後だった気がする。

  • 4323/03/28(火) 20:27:39

    『わ、私…さ、皐月賞にはでれっ、でられないんですね』
    トレーナーとの契約解除の書類をチェックしながら、控室でトレーナーと泣いていた彼女をルドルフは思い返す。
    クラシックに出る最後のチャンスのレースで、彼女は掲示板にすら乗れなかった。
    泣き腫らした目を不似合いな化粧で誤魔化し、ひきつった顔でウィニングライブのバックで踊る彼女の姿は今でもまざまざとまぶたに浮かぶ。

    『お願いします!私とトレーニングしてください!足りない部分を教えてください!』
    ライブの翌日、彼女はルドルフのもとを訪ね、頭を下げてきた。
    彼女に教えられることはすべて教えた。
    そして彼女は全力で励んだ、とルドルフは確信している。
    だが、ダービーの出走権も彼女は掴めなかった。

  • 5423/03/28(火) 20:28:21

    『次のレースでは最初からとばして…いやそうしたら…。あっ、会長!?』
    諸々の手続きに漏れがないかチェックしていると、知恵をふり絞り作戦を立てる彼女が思い浮かぶ。
    彼女は、短距離、ダート、地方の交流レースと出られるレースはすべて出て、試せる作戦はすべて試した。
    その結果を、迷走の果ての低迷と切り捨てるのは酷であろう。
    そしてこのころから、彼女はルドルフのことを避け始めるようになった。

    『大変申し訳ありません。渡そうとはしたのですが…』
    去年の生徒会主催のクリスマスパーティに、彼女は参加しなかった。
    彼女のルームメイトに聞いてみると、参加する気分ではないということであった。
    ならばと、クリスマスのプレゼントを彼女に贈ったのだが、これもルームメイト経由で送り返された。
    その後も何度か連絡を取ろうと思い手を尽くしてみたが、ことごとく失敗した。
    その間も彼女は、惨敗を続けた。

  • 6523/03/28(火) 20:28:36

    『かっ、会長…。な…なんで…?え…えっと、きょ、今日のレースは…その…』
    ひと月前、とある地方のレース場に用事で来たルドルフは、彼女と再会した。
    彼女に会ったのはまったくの偶然である。
    必死に励ましているトレーナーを暗い顔で見ている彼女に、ルドルフは何の気なしに声をかけた。

    しかし声を掛けられた彼女は、目を見開き慌てふためいた。
    ルドルフにしどろもどろに何かを言おうとし、そして逃げるように控室へ駆け込んだ。
    言葉を継ぐ間さえなかった。
    横で啞然と見ていた彼女のトレーナーは、やがてルドルフに頭を下げ短く謝罪すると、彼女の入った控室へ向かった。
    ルドルフは、床にこぼれる泥水と共に取り残された。

    最後まで見せ場のない、9着。
    雪交じりの冷たい雨が降るそのレースが彼女のラストランとなった。

  • 7623/03/28(火) 20:28:51

    『本当に、申し訳ありません。でも、もう、限界なんです』
    退学に関する書類に不備がないか確認をしながら、ルドルフは今日のことを思い出した。
    レース場での一件以来、グラウンドにすら出なくなった彼女がシンボリルドルフの前に来たのは、夕方のことだった。
    出会ったときには艶やかだった彼女の髪は色褪せ、やつれていた。
    彼女は、退学することを静かに、しかしはっきりと言った。

    『会長には、とてもお世話になったので辞める前にせめて一度挨拶したいと思って来ました』
    そう言って彼女は頭を下げた。
    学園を去ることを決めたウマ娘の態度は様々だ。
    泣き続ける者、怒る者、重しが外れたかのような清々しい顔をする者もいる。

    『……』
    彼女は、涙の一滴さえ流さなかった。
    そしてその顔からは、あらゆる感情が過ぎ去っていた。
    そんな彼女にルドルフは、またいつかどこかで会える日を待つ、と告げることしかできなかった。

  • 8723/03/28(火) 20:29:14

    全ての書類に目を通したルドルフは、最後に便箋を取り出し、サラサラとペンを動かす。
    宛先は、ローカルシリーズの代表者と地方の学園の生徒会である。
    内容は、この生徒が学業もトレーニングも真面目に励んでいたことを保証する旨を書いたものである。

    もちろん、彼女がレースの世界以外に進むのであれば、この手紙は無為になる。
    仮に彼女が再び挑戦しようとして、これがどれほど役に立つかは分からない。
    そして、この手紙を知った時、彼女がどう感じるのかはルドルフにもわからない。

    それでも、ルドルフは手紙を書くことをやめはしない。
    書き終えた手紙を入れ、丁寧に封筒に封をした。

  • 9823/03/28(火) 20:29:43

    夢破れてトレセン学園からいなくなるウマ娘は、彼女が最初でも最後でもない。
    明日からまた、夢をつかむためルドルフをはじめ生徒たちはレースを続けていくだろう。
    勝者は必ず、敗者を作る、と誰かが言った。
    レースが続く限り、彼女のような生徒は後を絶たず、それを止める術をルドルフも誰も持っていない。

    「それでも」
    ルドルフは文房具の片づけをしながら、言葉をこぼす。

    退学に必要な手続きは、楽な作業ではない。
    以前、なぜこの慣習をやるのか聞いたことがある。
    聞いた相手からは様々な声がでた。

    ある生徒は、今まで気にかけていた生徒への最後の餞別であると言った。

    ある生徒は、去りゆく生徒を決して忘れないようにするためだと言った。

    ある生徒は、志半ばで退学するウマ娘たちに向けた、励ましだと言った。

    ある生徒は、手助けをできなかったことへのせめてもの償いだと言った。

    ある生徒は、己の手をすり抜け去った者がいたことへの戒めだと言った。

    だが、この慣習を止めたいと言う生徒は、一人もいなかった。
    この思いは、ルドルフも変わらない。

  • 10923/03/28(火) 20:29:59

    片づけを終え、照明を消したルドルフは部屋を出た。
    まだ若干の寒さが残る帰り道で、ルドルフは彼女のいないグラウンドを見た。
    グラウンドの照明に照らされた桜の花が雲のように浮かび、その下で幾人かの生徒が夜遅くまで練習を続けている。

    ─別れの季節が終わろうとしていた

  • 11あとがき23/03/28(火) 20:31:00

    読んでくださり、誠にありがとうございました。

    このSSは実は去年の今頃から温めていました。

    とあるスレに投稿しようとしたところ、そのスレが落ちてしまったため宙ぶらりんとなっていたものを修正して書きました。

    このSSのアイデアを思い付いたのが去年の桜の時期であったことを考えると、時の流れの速さを感じます。


    また、感想やご指摘をくださいますと嬉しく存じます。


    まだ花冷えもある折、皆様の健康をお祈りして筆を擱かせていただきます。


    今まで書いた作品

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  • 12二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 20:42:41

    読ませて頂きました
    全てのウマ娘の幸福を祈る、会長が常々口にしている思いですが、言葉では易く行うは難しだと感じます
    誰かが喜ぶ日は誰かが泣く日、誰かの夢が叶う時は誰かの夢が破れる時
    当たり前のことですが、とても染み入りました
    スレ主様のご多幸をお祈りしています 

  • 13二次元好きの匿名さん23/03/28(火) 20:53:50

    さみしいけど、いいお話でした
    会長も色々考え、背負いながらあの理想を掲げてるんだなと思うと…
    別れの季節が終わって巡る出会いの季節には二人それぞれの幸せが来るといいな

  • 14二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 05:18:16

    入学式では前に立って話すことになるんだろうけど、自分なら『この中で何人辞めてしまうんだろうなぁ』なんて考えちゃいそうだ

  • 15二次元好きの匿名さん23/03/29(水) 10:07:38

    ツヨシもうまゆるだとゆるゆるしてるが
    やっぱりカイチョーみたいな三冠目指してたしストーリーだと悔し涙流してたからなあ
    それでもまだ凄い頑張れたほうだが

    ううん…おつらぁい

  • 16123/03/29(水) 13:02:06

    感想ありがとうございます。

    皆様のコメント、執筆の励みになります。


    >>12

    素敵なお気遣いの言葉ありがとうございます。

    おっしゃる通り、全てのウマ娘の幸福になる世界の実現とは、決して容易なものではないのかと思います。

    しかし、その実現困難な理想をかなえるため日夜邁進しているシンボリルドルフはとても力強く感じます。


    >>13

    シンボリルドルフがトレセン学園に入って今に至るまで、決して良かったことばかりではなかったとも思っています。

    そうした中で、あえて理想を掲げているシンボリルドルフを、私はとてもカッコよく感じます。


    >>14

    入学式で祝辞の言葉を述べる時に、シンボリルドルフだったらどのようなことを考えているのでしょうね。

    理想と現実の両方をしっかりと見ているので、様々な思いが混在していそうですね。


    >>15

    メインストーリーでもよく取り上げられますが、やはりクラシックにかける思いは格別であると思われます。

    そうした中で、あきらめずに次を目指して生き続けるのもすごい才能であると思いますね。

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