- 1◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:19:00
今日は、私の誕生日パーティーが開かれます。本当の誕生日はもう過ぎているのですが、お父様やお母様、あの子たちがみんな集まれる日を、ということで少々ずれました。
そこまでしてもらうわけには、と申し上げれば、とても怒られました。みなさんに大事にされているのですね、私は。
今は日が沈みかかっていて、窓から差し込む光も赤みがかっています。パーティーの準備をしているのでしょうか、今日は朝から飛び交う声が多いように思います。
私も何かお手伝いを、と申し出ても、主役は待っていてくださいとあの子たちに部屋に押し込められてしまいました。メジロアルダンが慣れ親しんだ、この部屋に。
他の子たちも屋敷には馴染みがあることでしょう。幼い頃はここで寝起きしていたのですから。ただ、私の場合は彼女たちとは違いました。
生まれつきの体の弱さから、ウマ娘として走ることはおろか生きることさえ危ぶまれた子供。それが私でした。
お父様とお母様がよく嘆いていたことを憶えています。その頃は姉様も同じものを背負っていましたから、余計に二人を悲しませていたのかもしれません。
生まれてこなかった子のこともあったでしょう。姉なのか妹なのか、私には知る術がありません。同じ時間を、過ごしていた筈なのに。 - 2◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:19:30
そのせいもあって、二人は家を空けがちでした。元々、私たちが生まれても仕事を続けていたのですが、子供の健康が手に入るならばとお金を貯めてくれていました。
そのことには感謝の念は堪えません。そうしてくれていなければ、私は今ここにはいないでしょうから。でも、幼い頃の私はそうではありませんでした。
少し歩くだけで目がくらみ、ベッドで寝ていても息苦しい思いを味わっていたあの日々。毎日、こう考えていました。
『どうして、私だけがこんな目に』
お父様もお母様もほとんど顔を見せてくれず、会えたと思ったら私の寝顔を見に来るだけで言葉を交わす時間もありませんでした。
窓を見れば自分よりも年下の子たちが庭を駆けまわっていて、廊下に耳を澄ませば楽しそうに話す声が聞こえてきて。
あの子たちに罪はありません。事あるごとに部屋を訪ねてきてくれて、あんなことがあった、こんなことがあったと話をしてくれる優しい子たちだったのですから。 - 3◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:20:00
あるとすれば、それは私の心。誰かと話すという経験が不足しがちで、それを補おうと本ばかり読んで、どうせ、こうなるだろうと勝手な予測をする頭だけの、子供。
どうせ、二人とは話せない。どうせ、あの子たちのように走れない。どうせ、どうせ。
今でもそのきらいがないわけではありません。ですが、それに気付けるだけの、それで自暴自棄にならないようになったのは、あの人のおかげです。
私のお世話係にあてがわれた彼女。今でこそ姉様の方も送迎などで関わっていますが、少し前までは私につきっきりだった彼女。
『初めまして、アルダンお嬢様。これから、よろしくお願いいたします』
ふと思いついて、棚からアルバムを取り出しました。このアルバムの最初に……ありました。彼女と、ばあやと関わるようになってからの写真。
ばあやは他のお世話をしてくれる人とは違っていました。他の方々も手厚い対応をしてくださっていたのですが、彼女はそれに加えて色々なことをしてくれました。 - 4◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:20:51
そのひとつに、写真があります。我が家には、家族で写っている写真があまりありません。あることにはあるのですが、季節の節目節目で撮った祝い事の時のみ。
日常を過ごす姿というのは、両親と一緒のものは少ししかありません。二人が忙しいので、仕方がないことだと諦めていました。
でも、ばあやがそれを変えてくれました。当時でも古いものだったフィルム式のカメラ。それをどこからか持ってきて、私を撮るようになりました。
このアルバムに収められている写真も、ほとんどが彼女が撮ってくれたもの。私が泣いている姿、怒っている姿、笑っている姿。振り返れば恥ずかしいものがありますが、それでも大切な思い出。
こうしてたくさんの思い出を残していくと、お父様もお母様もここに加わるようになりました。それだけではありません、姉様やあの子たちまで。
夜眠る前、私の心のどこかが囁きます。自分だけが動けないのは、悔しいと。それは?ではありません。でも、ばあやがそれを押し止めてくれました。
彼女が作ってくれたアルバムを開けば、思い出が蘇ります。写真の一枚一枚を見ていると、私も誰かと同じように生きているのだと教えてくれます。
子供が夜更かしというのはいけないことですが、昔から私は悪い子でした。今でもレースに出るというわがままを言い続けて、本当にそういうところは変わっていないですね。
その悔しさを、誰かを妬む心を少しだけコントロール出来るようになったのは、ばあやのおかげです。彼女がそこまで見通していたのかは分かりません。
でも、彼女のことですから。もしかしたら、そうかもしれません。両親よりも、トレーナーさんよりも、ずっと私を一番近くで見てくれていた人ですから。 - 5◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:21:22
そう私が昔を懐かしんでいると、ドアがノックされました。返事をすれば、ばあやがお茶を持ってきてくれました。
「アルダンお嬢様、お茶を……おや?」
私が手に持っていたアルバムに気が付き、彼女も懐かしそうに目を細めました。
「これはこれは。ずいぶんと昔のものを」
「そんなに古いものではありませんよ?」
私はアルバムに収められている写真をなぞりながら言います。確かに、何年も前の昔の写真は少し色褪せていて、今の鮮明なものとは違いがあります。
ですが、これらはみんなばあやが撮ってくれました。彼女がフレームに収めた一瞬。私が生きているという、軌跡。 - 6◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:22:28
「ばあやが残してくれている、私が生きている証ですから」
「もったいないお言葉です」
そう謙遜しながらお茶を用意してくれたばあやに、私もお茶のお返しをします。彼女は遠慮をしますが、
「今夜のパーティーまで時間はあるのでしょう? 少しはお返しをさせて?」
そうお願いをして無理を聞いてもらいました。キャリアでは敵いませんが、心を込めて淹れたお茶を飲んでもらって。
二人でアルバムをめくりながら思い出を振り返っていきました。写真を見れば、その時どういう出来事が起きていたかまで思い出されます。 - 7◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:22:58
そうして思い出話をしていて、私はあることを忘れていました。私の誕生日に贈りたい人。今目の前にいるのですから。
部屋の隅に用意していたものを手にして、ばあやに手渡します。彼女は不思議そうにしました。
「お嬢様、これは?」
「ばあやにプレゼントです。私が生まれて、今こうして生きているのは。ばあやの、おかげですから」
家族やあの子たちにも用意はしています。でも、渡せるのなら一番に渡したかった。私をずっと、一番近くで見てくれていた人。
ばあやは涙ぐんでいました。私のことを心配しながらも、走ることを応援してくれたばあや。これで全てを返せるわけではないけれど、私の確かな気持ち。
「開けてみて? ばあやに喜んでほしくて選んだの」
「ええ、ええ。もちろん……」 - 8◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:23:30
プレゼントに二人の意識が向き、アルバムはテーブルに置かれたままになる。
その開かれたままのページには、ある一枚の写真が収められていた。他の幼いウマ娘だけが被写体のものより、構図も実像もずれて、ぶれている写真。
小さな子がいっぱいに手を伸ばして、カメラを自分たちに構えているのだろう。レンズがいつもより狭い範囲を捉え、そこに二人の人物が写っている。
一人は言うまでもない小さなウマ娘。もう一人は使用人の姿をした女性。今よりも昔の時間を切り取った、彼女たちが生きている一瞬。
写真の下には、メッセージが書かれている。他が大人が書いたであろう丁寧な文字に対し、それは子供特有の幼い字。
わたしと、ばあや!
女性が柔らかく微笑み、女の子が歯を見せて嬉しそうに笑っている絵を飾る、タイトルだった。 - 9◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:23:57
以上です。また過ぎてしまいましたが、アルダンの誕生日ということで書きました。
- 10二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 19:26:38
そういえばスマホの待ち受けばあやとツーショットなんだよなこんな感じなんだろうか
- 11◆zrJQn9eU.SDR23/03/31(金) 19:32:59
すいません、?の文字のところは、嘘、です。何故か変換を間違えていました。
- 12二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 20:16:17
読ませて頂きました
アルダンとばあや、お互いの募る思いが染み渡る、とても優しい気持ちになれるSSでした
素敵な作品をありがとうございました - 13二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 23:05:45
こういうの読むと涙腺ゆるんじゃう。
こういう信頼関係って簡単には手に入らないものだからこそ、圧倒的な輝きを放つんだよよなぁ。 - 14二次元好きの匿名さん23/03/31(金) 23:21:06
- 15◆zrJQn9eU.SDR23/04/01(土) 06:02:54
皆さん感想ありがとうございます。反応をいただけると、次の投稿のモチベに繋がってありがたいです。