万愚節には優しい悪戯を

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:26:39

     この世には、“男子、三日会わざれば刮目して見よ”という慣用句がある。

     平たく言うと、人間は絶えず変わり続ける生き物なので久々に会う時は勿論、数日ぶりに会った時でもその人の変化に気付けるように目を凝らしてしっかり見なさいという遠い国の偉い人が遺した言葉である。

     言葉の便宜上、男子と表現されているが正直女子でもこれは変わらないだろう…というか、久しぶりに会うと女子の方がより鮮明に変わったように映る気がする。

     同窓会や成人式で、当時女学生だった同級生が大人びた女性に変貌を遂げて思わず二度見する…と言うのは経験がある人も多いのではないだろうか。そう思うと男女問わずな慣用句と言って良いだろう。

     …しかして、それは流石に1年、ないしは2年以上の空白期間を以て再会した時に言える話。意味的には数日ぶりに会った時も適用されるが、学生の長期休暇の間会わなかったくらいでは微妙な変化しか起きないだろうし微々たるものとして特に言及する事もそう多くはないものだ。

     そう、そのはずなのだが…。

    「ふふ、トレーナーさんの淹れたお茶はとても美味しいですね」

     目の前にいる我が担当は、少し見ないどころか半日ぶりの再会なのに第二の人格でも発現したのかと疑うレベルの変貌ぶりを遂げていた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:26:54

     事の発端は新年度が始まるにあたり、トレーナー室で資料を整理していた昼頃。見事に花開いた桜の木々を窓から眺めつつ小休止にハーブティーを啜っていると、部屋のドアを軽くノックする音が聞こえる。

    「どうぞ、開いてますよ」

     時間は11時過ぎ。春休みのこんな時間から用とは一体誰だろうかと首を傾げつつも入室を促すと扉は音も軽やかに、それでいて淑やかに開かれる。扉の奥にいたのは───。

    「…スイープか。春休み中にここに来るのは珍しいね」

     制服ではなく、よそ行き用の私服を着たスイープが無言で入室してきた。この時点でいつもとはどこか違う雰囲気を纏っているように感じたのだが、何か企んでいるのだろうくらいにしか考えていなかった。まあ、来客には違いないので饗そうではないか。

    「丁度良かった、今休憩中なんだけどスイープもどう?」

     来たのが休憩しているタイミングで良かった。もしこれが仕事真っ只中の時で構うに構ってやれない状況だったら頬を膨らませてワガママを言い出す未来が待っていただろう。今日の俺はどうやら運がいいようだ───。

    「あら、ではお言葉に甘えていただきましょう」

     うんうん、今日は何だか機嫌が良さそうだし言葉遣いもどこかお淑やかだ。昨日に何か良い事でもあったのだろう…。

     ん?今なんて?

    「えっ」
    「…淹れて下さらないのですか?」
    「あ、はい。ただいま…え?」

     俺は今、何を見たのだろうか。何を聞いたのだろうか。見間違えではなければスカートの両の裾を少し拡げて感謝を示し、聞き間違えでなければ普段の女の子女の子している言動からだいぶ離れた…言うなれば、お嬢様のような口調で静かに語りかけてきた。

     今のスイープの姿に脳が異常反応を引き起こしている。何かあったのだろうかとか、ストレスが爆発して変な化学反応でも発生したのかと気が気でなくなっていくのを自覚する。

     誰だこの子は…。困惑しきりなこちらの様子をスイープ…の姿をしている少女はパチクリと目を瞬くも、優しく花開く微笑みを浮かべて見守るのだった。そんなこんなで、現在に至る訳である。

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:27:28

     スイープトウショウという少女は考え無しで行動を起こすタイプではなく、何かしら打算的なリターンを見越したものが大半である。つまりこの行動にも何かしらの意図がある…と思うのだが、まるで読めない。だって今までこんな事なかったのだから。

     まさか前日に頭をぶつけて気を失い、目覚めるまでに脳内の再読み込みでバグが発生したとか?記憶の部分的健忘の事例に特定個人だけの記憶がなくなる、或いは対人認識が変わるというのは聞いた事がある。

     だが、その手のエラーを寮長のフジキセキが見逃すのだろうか?恐らく、起きたのを把握したあたりでこちらに連絡を寄越してくれそうなものだが…とスマホを取り出して連絡しようとすると───眼前にいる、知っているようで知らない少女の口から不機嫌そうなソプラノの声が響く。

    「…どちらへ連絡を?」
    「え?いや、一応フジキセキに昨晩何かなかったか聞こうかと」
    「そうですか、トレーナーさんは目の前の私よりもフジさん…寮長さんとのおしゃべりを優先するのですね…うぅ…」
    「そういうわけじゃ…!?あ、あー!スイープさんとお話したいな!うん!」

     さめざめと、両手で顔を覆いつつも手にはハンカチを持って涙を流す彼女に逆らうことは出来ない。一旦原因の究明は蚊帳の外に放り投げてスイープとの対話に集中するのが吉か。スマホをデスクに置いて連絡の意思はない事を体現すると顔が明るくなっていく。

    「まあ!ではおしゃべりしましょう?私、トレーナーさんの事をもっと知りたいなと思ってまして」
    「は、はあ。スイープさんが私なんかに興味を持ってくださるなんて光栄の極みと言いますか」

     相手の柔らかい物腰に気圧されたのか、こっちまで敬語で話しかけてしまう。何だよもう、調子が狂うなんてレベルじゃない…。

    「…呼んで下さらないのですか?」
    「え?呼ぶ、と言うと」
    「いつものように私の事をスイープ、と呼んで下さらないのですか…?」
    「あ、そうだよね…急にさん付けしたら他人行儀に聞こえるよね。ごめんスイープ」

     またも目に涙を浮かべるスイープに慌てて謝罪する。一人称からしてなんかもう色々と違うのに、変な所にこだわりを持つ部分は間違いなくスイープそのものなのでいっそ別人か影武者であってくれという願いは虚しく潰えるのだった。やりにくいなあ…。

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:28:02

    「それで、俺の何が聞きたいの?」
    「んー、ではご趣味をお伺いしても?」

     趣味…趣味と言われても特にない。休日は寝てるか勉強してるかスイープのお出かけに同行、平日は書類作業やレース理論の研究、スイープのトレーニングやスケジュール管理に精を出しているのもあって自由時間を特定のなにかに充てるには少なすぎるし、やりたい事もない。

     あ、でも強いて挙げるなら…。

    「君からもっと花の事を知りなさいって言われてから最近は草花図鑑を買って暇な時間は見るようになったね」
    「あら、つか…トレーナーとして私の事をより理解しようとする姿勢は素晴らしいですね」
    「今使い魔って言いかけたよね?」
    「何の事かしら?」

     今絶対使い魔って言いかけた…!まあ、指摘したらなかった事のようにニコリと制されてしまったのでこれ以上言及するのはよくなさそうだ、一旦鞘に納めよう。

     だが、今の問答でこれはシラフで演じているという事がわかったが…何故そのようなマネを?最後もちょっぴり素が出てたし。これをする意味がどこかにあるはずだが…それを考えると結局わからなくなる。

     …しかし、こうして接すると存外スイープの事を知らない部分が多いなと思う。彼女がグランマと慕うお祖母さんならきっと今の状況も笑いながら理解出来るのだろうが…悲しい事に俺には困惑しながら意図を探るのが関の山だ。

    「じゃ、じゃあこっちからも質問しちゃおうかな。今日は何でここに?」
    「決まってます。トレーナーさんのお顔が見たくなりまして」
    「そ、そうっすか」

     何も事情を知らない人からすれば可憐な少女が素敵な笑顔を浮かべて嬉しくなる事を言ってくれている、羨ましい状況なのだろう。仮にニシノフラワーとそのトレーナーがそんなやり取りをしているのを見かけたら、俺もそう思ったはずだ。

     しかし、スイープのある程度の人となりを知ってる俺からしたら一周周っても気味の悪い不気味さが拭えず背中に冷や汗が垂れる。間違いなく何かを企んでるのは判るのにそれが何か見当つかないのが怖くて仕方がない。

     もっと俺が彼女の事を理解出来ればここまで困る事はなかったのだろうか。そう思うと深い吐息が音を立てて部屋に響く。そんな俺を、心配そうな顔持ちでこちらを覗き込む。

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:28:19

    「…トレーナーさん?」
    「いやその、俺ってスイープの事を知ってるつもりだったけど…そうでもないみたいだなって」

     その言葉に少しだけ目を見開いたような反応を見せるスイープ。その反応も些末なもので何を表現しているのか理解しきれないが、スイープにこんな顔だけはさせたくないと切り替えて勢いよく立ち上がる。

    「だからもっと精進しなきゃって思っただけ。よーし、頑張るぞ!」

     両腕に力こぶを作って決意表明をした刹那、拍子にデジタル時計が12時になって事を知らせる時報が鳴り響く。変な所でカッコつかないなあと空気の読めない無機物を恨めしげに睨むと、ころころと鈴が鳴るような笑い声が響き渡る。

    「ププ…アハハ!」
    「ど、どうしたのさ」
    「いや、別に…ホントトレーナーさんはヘンテコだなって」
    「ヘンテコ!?」

     急に先程までの言動から普段のスイープらしい言い回しに戻り困惑が隠せないでいるとお腹を抑えて笑いながらスイープは続ける。

    「そこまで言うなら今以上に頑張ってもらおうかしら?“ダメダメでおバカな使い魔さん”?」
    「す、スイープ?その、急に口調が普段に戻るね…」

     さっきまでの淑やかすぎて脳が変な認識が起こすほどだった淑女のようなスイープはどこへやら、普段の魔女然とする小悪魔的な笑みを浮かべるので安堵すら感じるが急な変わりように温度差で風邪ひきそうだ。それに急におバカなんて…。

     うん?おバカ?

     …情報を整理しよう。今日の俺は朝起きてから年度始めの仕事をする為にここに来た。

     で、今日は年度始め。つまりは四月の一日にあたり、世間では4月1日。この日と言えば万愚節、エイプリルフールの日として有名だ。

     エイプリルフールとは直訳して四月バカ。この日は程度は弁えなければならないがちょっとした嘘ならついても特に咎められない日である。

     …ああ。腑に落ちた。落ちてしまった。つまりこれは────。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:28:48

    「…謀ったなスイープ!」
    「キャー!使い魔が怒ったー!相変わらず全然怖くなーいっ、アハハ!」

     スイープの意図がわからないと嘆いた俺ではあるが、彼女がどんな性格をしているかを考えればすぐに分かる話だった。イタズラ好きな魔法少女に於いて多少の嘘なら許される日を何もせずに見落とすわけがない。

     あくまでこっちの推察だが…スイープは普段と違う自分を演じて誰かを困惑させようとしたのだろう。この感じだと、栗東寮のウマ娘は数名が似たような事をやられていそうだなと彼女たちに同情する。

     もはや淑やかさを開いている窓に向かって放り出したかのように奔放にトレーナー室をちょこまか動くスイープを必死に捕まえようともがいたが無茶なのは明白だった…そして、忘れてたことに気付く。

    「あー、あっつい!ホラホラ、アタシはここよ?おバカな使い魔さん?」
    「も、もう腹が減って…限界…」

     そもそも軽く作業して帰るつもりだったので、朝食を摂らずに寝起きのままシャワーを浴びてここまで来た。つまりエネルギーメーターが大分ロー…というかすっからかんの状態だったのをすっかり忘れていた…もう、限界が…。

    「えー、もう終わりなの?つまんないわね〜」
    「ごめんね…」

     きっと朝飯が腹に入っていればもっとスイープとの追いかけっこに縋ることが出来たのだろうが、人とはよほど追い込まれなければ所謂火事場のバカ力は発動しない。しかし、言ってからすぐ後悔をした。

    「ふーん…なら、この後の時間は全部スイーピーが貰おうかしら?」
    「うっ…」

     それ見た事か、凄くいい笑顔でまさにその言葉を待っていたと言わんばかりだ。交換条件を出して自分の有利状況に持ち込む…まんまとしてやられた。まあ、作業自体は別に今日やらなくてもいいものだし問題はないし付き合おうじゃないか。

    「わかったよ、どこ行く?」
    「お昼に決まってるじゃない!アタシももうお腹ペコペコなんだから〜♪」

     了承の意思を見せると鼻歌を口遊びながらステップを始めるスイープを微笑ましく眺める。確かにわからない事の方が多い少女ではあるが、それは彼女もまた日々変わり続けているからなのかもしれない。子供の成長を知る親の気分とはこんな感じなのだろうか。

     男子、三日会わざれば刮目して見よ。相手こそはウマ娘ではあるがこの言葉が脳に刻まれたエイプリルフールになった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:32:46

    エイプリルフールなので短めのお話を。
    最近スイープが振り回される側だったので逆になってもらいました。
    …短いですよね?そうでもないですか?
    もし短くなかったのならどうか許し亭

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:38:55

    読ませて頂きました
    お嬢様スイープ良い…
    ちゃんとネタバラシするのも彼女の人の良さを表していて良いです
    素敵なお話をありがとうございました 

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:46:05

    もっと長くしてもいいしもっと書いてくれてもいいのよ?

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:49:54

    いやー(可愛すぎて)キツイっしょ

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:50:37

    おわーっ可愛すぎて脳が焼ける

  • 12二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:59:49

    お昼ご飯いっぱい食べれて良かったね♡

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:09:43

    この歳の離れた仲の良い兄妹やいとこみたいな距離感ホントすき

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:11:08

    午前中に小さなウソ、午後になったらネタばらしのルールに「持ってる」展開はさすがスイープって感じですね~

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:27:03

    ほっこりする優しい悪戯でした
    多分一杯食わせようとしたんだろうけど本質は構ってほしくて来たのかなと思うと愛らしく感じます

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 22:59:17

    使い魔と言いかけた辺りで深くツッコまずにそのままやりたいようにやらせた使い魔くんは間違いなく扱い方を心得てるよ…

オススメ

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