- 1二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:58:42
- 2二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:59:16
ジョーダンちゃんに教わった「えいぷりるふぅる」の案を閃いたのは、当日の朝。
すっかり早くなった日の出といっしょに目を覚まし、練習に向けて用意をしているときのこと。
…すること自体は単純で。
要は、ジャージに着替える前に、私服でトレーナーさんと会って、ちょっと演技するだけ。
記憶の中の『あの人』を思い浮かべながら、実行のための服装を探す。早起きは三文の徳。時間はたっぷりとあった。
最終的に選んだのは、桃色の薄手のカーディガンと、ベージュのロングスカート。何かの撮影のときにもらった、黒縁の、大きな伊達メガネ。
ジャージを入れる巾着袋を、唐草模様の風呂敷包み。
ここまでやれば、普段から「おばあちゃんっぽい」と言われる自分が、さらに「っぽく」なった、はず。
トレーナーさんとは長い付き合いになったけれど、結果が……反応が、想像できないことに、少しワクワクしながら、学園へ向かったのだった。 - 3二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 20:59:45
春休みに入って授業のないトレセン学園は、人影もまばらで。いつもと違う格好を特に見咎められることもなく、あっさりとトレーナー室へ来れてしまった。
ドアの前に着いてから、いつもより少しだけ腰を曲げ、入るときのノックも、あえて、ゆっくりと。
「しつれいしますよ」
返事を待って、ドアを開ければ。パソコンの画面を見ていた目が、こちらと合って。
……かくして、冒頭に戻る。 - 4二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:00:19
いいじゃないの
- 5二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:00:45
「これは」
そうつぶやくと、トレーナーさんはそれきり言葉を失って、こちらの顔をじっと見る。
…さすがに、バレたかしら。そう思いかけたとき。
席を慌てて立つと、気持ち襟元を正しながらこちらへ歩み寄ってきた。
「…これは、失礼しました。おばあさまでいらっしゃいましたか」
「ええ、ええ。タップとでも、呼んでくださいな。……突然で、お邪魔だったかしら」
「とんでもない。アキュートさんはそろそろ来るでしょうし、よかったら中で待ちますか」
なるほど、これがよそ行きのトレーナーさんの対応。
取材のときなんかに、隣で見ていたけれども、自分には見せることのない、少し固い表情が印象的で。……少し、緊張してるのかしら。
「あぁ、それじゃあ、そうさせてもらおうかしら」
…まだ、気づかれてないみたいだし、もう少し遊んじゃおうかね。
悪戯心を胸のうちに仕舞いながら、どっこいしょ、と用意されたイスに腰をおろす。
「タップさん、ですね。本当にお孫さんとそっくりで…お若いですね」
「いやねぇ、おだてたってなにも出ませんよ」
実際若いからね。 - 6二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:01:59
それから暫く、他愛もない世間話を経て。
こちらから質問を投げてみる。
「ところで、どうかしら、ウチのアキュートは」
こちらの質問に、一度姿勢を正すと。
「…本当に、すごい子ですよ。優しい子ですが…ことレースになると変わりますね。自分を磨きあげることに関しては、本当にストイックで…」
「ええと、すといっく?っていうのは」
「ああ、なんというか…ひたむき、というか。こちらが心配になるくらい、練習にも真剣に取り組んでいて…走る時の真剣な目は、見ていてほれぼれするほどですよ」
「…あ、えぇと、そうなのねぇ」
そんな風に思ってくれていたとは。面と向かって褒められると、なんだかむずがゆくて。頬が少し、熱くなるのを感じた。
「ほれぼれ、なんて、そんな、ねぇ、なら…」
今度は向こうがうろたえる姿を見てみたくて。さらに一歩、踏み込んでみる。
「…たとえば、嫁にはどうかね」
「……なるほど」
どう答えるか、悩んでるのかしら。
続く答えに、身構えていると。
「その質問は、おばあちゃんにしてもいささか急すぎるかな。『アキュート』」
さらにうろたえることになったのは、こちらだった。 - 7二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:03:00
「いつから、気付いてたのかしら」
口をついて出た一言に、トレーナーさんはにやりと笑うと。
答える代わりに、こちらの耳のあたりを指差す。
その言葉に慌てて確かめて、いつもの感触にようやく気付く。右耳のカバー。
毎朝、無意識に着けていたのが裏目に出た。
「デザイン、一緒に決めたからね」
…まさか、最初から。
抗議の目を向けるこちらに、くつくつと笑って頷いてきた。
今まで我慢していたらしい。
「いや、なかなか大胆な手というか、楽しいエイプリルフールだった、ありがとうね」
その言葉に一度はにかんで、…はたと思い至る。
そうだ。トレーナーさんは気付いていて、付き合ってくれていた…のなら。
「…さっきの、聞く前の、その、答えも、嘘なのかしら」
なるべく平静を装おうとした自分の声は、隠せないほど落胆の色が出てしまっていて。
要領を得ない質問に、トレーナーさんは少しきょとんとしたあと。
「あぁ、『ほれぼれする』って言ったこと?あれは、本当」
あらためて言われると、なんだかとってもむずがゆくて。
頬がもう一度、熱くなるのを感じた。
さっきより、さらに。
了 - 8二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:03:41
拙者、普段は退廃的概念好き侍。
かくのごとき、エイプリルフールに乗じて家族のふりをして本音を聞き出そうとするウマ娘のSSについて、とりあえず書けたのを一太刀失礼いたした。 - 9二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:04:38
乙
いいものを見れた - 10二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:05:14
良きエイプリルフールネタであった
- 11二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:05:23
結構なお点前で御座った
- 12二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:05:34
拙者、お前の中に勇を見た
- 13二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:06:34
某、余りの尊みに四月馬鹿になり申した
- 14二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:27:41
感想いただけて感謝の極み。今後とも精進したく。スレタイに尋ねるって書いた割に、尋ねる前に斬っちゃって申し訳なし。
- 15二次元好きの匿名さん23/04/01(土) 21:37:03
柏手也
- 16二次元好きの匿名さん23/04/02(日) 02:47:47
…見事!(胸を押さえて崩れ落ちる)
- 17二次元好きの匿名さん23/04/02(日) 12:14:49
心地よい太刀筋であった