- 1二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 13:10:20
夜を迎え入れてから暫く経った空を見上げた。雲が暗闇を包む光景はトレーナーの心情を映し出しているようだった。
腕時計に視線を移すと、短針の先は9へと無いはずの足を進めようとしている。
焦りからか、それとも夜に漂う熱の所為か、彼の額には汗が滲んでいた。
「電車、来ませんわね」
「田舎の駅……だからね」
マックイーンに誘われ、彼らは知る人ぞ知る田舎のカフェへと足を運んでいた。レトロ感溢れるスイーツを堪能し、あとは帰るのみ。そんな中でトレーナーはひとつの失態を犯した。
「俺が乗る電車を間違えなければこんなことにはならなかったのに…」
「始めてくる場所でしたもの。事前に調べていたはずの私が気づかなかったのも原因の1つですわ」
彼らが乗り込んだ電車は府中の方へ向かう電車の逆へ向かう電車だった。気付いたのは乗車してから三駅ほど過ぎた後。大慌てで下車した駅はまさしく僻地と呼ぶべき場所で、次に電車が来るのはその二時間後という重い事実がみすぼらしい駅のベンチに鎮座していた。 - 2二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 13:10:47
僻地に着いてから一時間。ただ待たされるだけならまだしも、その日は熱帯夜だった為か言いようもない熱気に包まれながら過ごす長い一時間だった。
少なくとも人間であるトレーナーにとって、その一時間は彼の心を折るのに十分であった。
「──私達二人きり、ですわね」
折れた彼の心にその言葉はどう映ったか。
きっと歪に映っただろう。
「はは、このまま電車が来なかったらずっと2人きりだよ…」
子供のような少しぶっきらぼうな物言いで、彼は自らの諦念を包んで吐き出した。
「私はそれでも構いませんわ」
風が吹いた。
いつの間に立ち上がっていたマックイーンはトレーナーの方に少しだけ振り返る。
貫かれた雲の切れ目から漏れた月明かりが照らす彼女の笑みは、酷く妖艶に見えた。 - 3二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 13:11:09
それまで熱が支配していたはずの空気が一気に冷えた気がした。肝が冷えたとはこのことだろう。
トレーナーはマックイーンを只々見上げることしか出来なかった。
昼間に美味しそうにケーキを頬張っていたマックイーンの影が目の前のウマ娘に重ならない。
彼の眼にはマックイーンが少女のようには映らない。
大人であるはずの彼と子供であるはずの彼女が、まるで逆のよう。
瞼を閉じることが出来ないまま、彼の瞳もまた月明かりに照らされ、純粋な黒を輝かせる。
その黒には彼女の姿だけが入り込んでいた。
「貴方の世界に私だけがいるのも」
「悪くないと思えるのです」
少なくとも今、彼の世界は、心は彼女だけのものだろう。網膜に焼き付いた彼女の笑みが何度もフラッシュバックする。 - 4二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 13:12:03
一歩、一歩、彼女との距離が縮まる。彼女の熱が空気に混じって近づいてくる。
彼の内側で熱が、光が、黒が、ぐちゃぐちゃに絡まりあって、最早どうすればいいか分からない。
手が膝に添えられる。吐息が肌に触れる。彼女は何も喋らない。ただその熱が近づいてきて
「…だめ」
その熱を、彼は震える手で制止した。
何故そうしたかは最早分からない。強いて言うならば理性がそうさせたのだろうか。
「どうして」
答えに詰まる。彼ですらどうしてかは分からない。しかし迷わずに、純粋に、彼は口を開いた。
「子供、だから」
微かに風が吹く。膝の熱が離れ、暫しの静寂が訪れた。
マックイーンはそうですかとだけ答え、また空を見上げる。月の姿はもう無い。
その代わりか、遠くの方から此方に2つの光が近づいてくるのが見えた。 - 5二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 13:12:25
「どうやら電車が来たようですわ」
「……うん」
ため息混じりに答え、立ち上がる。
ノアの方舟のようにも思える若干錆び付いた車両に乗り込み、座席に腰掛けた。
どうやら他に乗客はいないようだ。
「なんだか疲れましたわ」
「駅に着くまで寝てていいよ。起こすから」
「トレーナーさんも寝てしまって、寝過ごしてしまうかもしれませんよ?」
先程の失態があるため、否定しきれない。が、
「それでもいいかもね」
君ともう少し二人きりでいられるなら、と青年は微笑みをこぼした。 - 6二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 13:12:50
おわり
少しKing Gnuの「It's a small world」からインスピレーションを受けました
誕生日なのになんてSS書いてるんだごめんマックイーン