- 1二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:05:03
- 2二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:05:32
一匹の捨て猫を、見つけた。
或る日のレースの帰り道であった。
その日は、当然の如く結果が振るわず、死んだような顔で、曇天の道をふらふらと歩いていた。
我に帰り顔を上げると、気づけば私は狭い路地裏を歩いていた。
元の道へ戻ろう。そう思った時、なあお、と、か細い声が後ろから横から聞こえてきた。
思考より先に、体が横を向く。そこには一匹の、泥に汚れた──捨てられて間もないであろう黒い子猫が、ボール箱の中で目を閉じながら、震え、うずくまっていた。 - 3二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:05:44
そのまま立ち去る事もできた。誰も見ていないのだから、自分には関係ないと、耳を塞ぎ、前へ進むこともできた。
けれども、私はその猫から、目を離すことができなかった。
震える猫に、とりあえず持っていたタオルをかけてやる。
桜が咲き始めていた、そんな季節。
かくして、私と猫は出逢った。 - 4二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:05:54
それから、私は猫に毎日会いに行った。
ミルクと餌を与え、時に体を拭いてやる。この繰り返しを毎日行う。
最初そこは、見つけてしまったという義務感が体を動かしていた。
しかし、猫に会いに行くにつれ、だんだんと愛着が湧いてきたのだろうか。いつしか、この行為に楽しみのようなものを覚えていた。
ある日、首輪を買ってやった。
真っ黒い身体に似合う、赤と金の首輪。
猫はどこか、嬉しそうに鳴いていた。
そんな気がした。 - 5二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:06:04
2週間ほど経った頃であろうか。
幾分か大きくなった猫と、ごく一方的な会話をしていた時、ふと、一つの疑念が心の中に生まれた。
それは、私はなぜ家で飼ってやらないのだろうか、というものだった。
帰り道、思考を巡らせる。
何故私は、そんな考えに至らなかったのだろう。何故、友人はおろか両親にすらこの話をしなかったのだろう。
経済的理由など、様々な要因で我が家では飼えないから?そもそも私の母は動物が嫌いだから?私自身最後まで飼い切れる自信が無いから?
体のいい理由を頭の中に並べるが、どれもしっくりと来ない。
結局、私の中で結論が出ることは、無かった。 - 6二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:06:17
数日後、私はターフを駆けていた。
ここ数日は、猫のおかげもあってなのか、調子が良かった。事実、現在私は今までよりも良い走りができている。
レースは既に終盤に差し掛かっている。
直前を疾走しているウマ娘を抜かせば。
全身に、脚に、ありったけの力を込める。
その時だった。 - 7二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:06:29
ばきりという異音。
投げ出される身体。
轟く悲鳴。
激痛。
その先は、良く覚えていない。 - 8二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:06:40
あれから数ヶ月ほど経った。
私は、捨て猫の居た路地裏に来ていた。
つい昨日、真ッ白い病室から抜け出したばかりで、未だに脚は全快していない。
けれども、私は行かなければならなかった。
理由は分からない。
しかし、あの猫に会いに行かなければならないと、そう強く思っていた。
今、私の目の前には、空っぽのボール箱がある。 - 9二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:06:55
結局、猫は居なかった。
暫く辺りを探したのだが、空のボール箱以外、どこにも痕跡は無かった。
良く考えれば当たり前だ。むしろ、今まで毎日会えていたのが不思議なくらいだ。
わかり切っていただろう。そう言いたげなため息をつき、脚を引き摺りながら帰路につこうとする。
狭い道を渡り、大通りに出ようとした。
その時だった。
少し遠くに、黒と赤の物体が転がっているのが見えた。 - 10二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:07:11
恐る恐る、近づいていく。
そのまま立ち去る事もできた。誰も見ていないのだから、自分には関係ないと、耳を塞ぎ、逃げ出すこともできた。
一歩、また一歩と、近づいていく。
息があがる。
動悸が止まらない。 - 11二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:07:21
私は気づいていた。
捨て猫を家で飼わなかった理由を。
私を置いていってほしくなかったのだ。
私と一緒に、捨てられていてほしかったのだ。
私と同じく、道端で捨てられ、どうしようもないもの同士、傷を舐めあっていて欲しかったのだ。
私は、あの猫を、幸せにしたくなかったのだ。 - 12二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:07:36
脚を止める。
私の目の前では、一匹の黒い猫が、内臓を撒き散らしながら死んでいた。
ジリジリと、夏の日差しが照らす、完全に動かなくなった、歪な小さな赤黒い身体。
その首には、あの日私があげた首輪が巻かれていた。 - 13二次元好きの匿名さん23/04/03(月) 21:07:47
終わりです。