【ラモーヌSS】不夜城とシンデレラ

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 22:28:54

    「やっぱり貴方まだ仕事をしているのね。──しかも音楽まで掛けて」

    ぼくの聞き忘れでなかったのなら、ノックの音は多分なかったと思う。ただ、その時のぼくは仕事という名の書類とのにらめっこに追われていて、この記憶に自信はない。

    ただ、ぼくは自分の担当しているウマ娘の声に気づかないほど鈍感ではなかった。

    「どうして、キミが?」ぼくは部屋に入って来た彼女に言った。「門限はとっくに終わってる」

    「門限なんて知らないわ」彼女は開き直ってぼくに向かって嫌そうな顔をしてこう言った。「夜の散歩をしていたら、案の定不夜城を見つけてしまっただけ」

    「──不夜城」

    ぼくは左手に付けたセイコー製の腕時計を見る。親父が成人祝いにくれた腕時計だ。ぼくはこの腕時計をそれなりに気に入っていた。毎日身に付ける程度には。

    ぼくは腕時計の盤面を見る。時刻は夜11時をとっくに回っていて、あと30分もしない内に長針と短針が1時間振りの再開を果たすだろう。

    彼女は音楽を流したままの小型スピーカーを指差して言った。

    「──アナタ、テネシーワルツが好きなの?」

    「好きか嫌いかで言えば好きな方だ」ぼくはペンを離し、彼女に向き合った。「親父が良く聞いてた」

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 22:30:43

    >>1

    ぼくがそう言うと、彼女は髪を抑えながらこう返した。


    「私も好きよ。私はパティ・ペイジ版のが好きね」


    「──よく知っているね。キミみたいな年齢の子が」


    このぼくの発言は失言だったかもしれない。彼女は眉に皺を寄せて、ぼくの発言を咎めるかの様に言った。


    「これくらい知っているわ」彼女は僕に向かって言う。「常識よ」


    「──常識」


    ぼくは彼女の言葉を無意識の内に反芻する。夜の11時を過ぎて出歩く子に常識を説かれるとは思わなかったからだ。どうやら最近の子の常識というのは、ぼくみたいな年寄りには少し難しいのかもしれない。


    彼女はそんな事よりも、と前置きしてこう口を開いた。


    「仕事はまだ終わらないの? 他のトレーナーはもう皆とっくに帰ったんでしょ?」


    「うん、まだ終わらない」ぼくは冷めてしまった不味いコーヒーを飲みながら言う。「ぼくが最後の1人だ」


    「そんな無理してると身体を壊すわよ」珍しく彼女はぼくを気遣う様に言った。「倒れたって知らないから」


    ぼくは少し考えてからこう答えた。


    「それでいいよ。ラモーヌが楽しくレースに走れるのなら。例え倒れたとしても、それならぼくは報われる」


    ──これはぼくの本心。ぼくはラモーヌのレースを見るのが好きで、彼女のトレーナーになった。だから倒れるくらい別にどうって事はない。


    彼女はぼくに何か言い返そうとして、それでいてどうやら何も言葉が出なかったみたいだ。彼女は悔しそうに唇をギュッと閉じて、ぼくをジッと睨み付けた。その姿は犬というよりもネコであり、その姿はいつもの彼女らしからぬ姿だった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 22:32:36

    >>2

    ぼくは雰囲気を変えるべく、笑ってこう言った。


    「こんな時間にどうして散歩を? チャンドラ・マハルの王子様にでもワルツに誘われたの?」


    「……つまらない例えね」彼女はぼくから顔を背けて言う。「貴方が言うとより軽薄で陳腐な表現に聞こえるわ」


    彼女の言葉に、ぼくは肩をすくめる。慣れない事はするものじゃない。ぼくは内心反省した。


    彼女はぼくの元に詰め寄り、手元に持っていた紙袋を差し出しこう言った。


    「つまらない事を言った罰をあげる」彼女はぼくの手に紙袋を押し付けた。「これを食べなさい」


    「──食べる?」


    ぼくが紙袋の中身を確認すると、中にはバスケットがあった。バスケットの内側にはサンドイッチが幾つかあって、パッと見るに色んな種類があった。ジャム、ハムとマヨネーズ、トマト……etc。とにかく色々。誰とは言わないけれど、身近な誰かの手料理の様だった。


    「くれるの?」ぼくは彼女に尋ねる。「これを全部?」


    彼女はつまらなそうに頷いて言った。


    「あげるわ、全部。ただの気まぐれよ。──散歩がてら食べるつもりだったけど、貴方のつまらない話を聞いてたら食欲がなくなったわ」


    「それはごめん。御礼とお詫びに明日寮長には門限破りの件、ぼくから謝っておくよ」


    ぼくがそう言うと、彼女はしごく退屈そうにこう言った。


    「それは不要な気遣いね。意味がないわ」

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 22:33:07

    >>3

    「意味がない?」ぼくは聞き返す。「どうして?」


    彼女はぼくから視線を外し、後ろを向いて話した。


    「──だって、外出許可はとってあるから。だから12時までに戻れば問題はないわ。シンデレラ……とは言わないでね?」


    「──外出許可」


    珍しい事もある、とぼくは思った。高々散歩のために外出許可だなんて、彼女らしくない。いや、そもそも散歩程度でこの時間の外出許可が降りるのだろうか? 彼女は校則破りの常習犯。正当な理由がなければ許可は降りなそうだけれど。もしかして──


    結論から言うと、ぼくはある1つの可能性に思い当たって、その可能性を口に出そうとし、結局口には出さなかった。もしそうだとしたら、口に出すのは野暮だしデリカシーがない。ぼくは女心はあんまりよくわからないけれど、彼女の事は少しずつわかってきているつもりだ。だからあえてぼくは──この可能性に気づかなかったフリをする。


    ぼくは努めて明るい声で彼女を誘った。


    「もしキミの食欲が戻ったのなら」ぼくは前置きをしてこう聞く。「今からこのサンドイッチを一緒に食べよう。キミと一緒に食べたい」


    彼女はちょっと驚いた顔をして──でもすぐに今日一番の笑顔を向けてこう言った。


    「仕方ないわね。付き合うわよ。……12時を越えたら寮長にかけた魔法は解けるから、その時はよろしくお願いね?」



    終わり

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 22:55:53

    だから1で完結してるスレは伸びないって、、、

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