- 1二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:08:45
ある日の昼下がり。
食事を終えた私は風を探しに、ふらふらと飛絮になっていました。
そして中庭を通りがかった時、たまたま良く知る二人の姿の見つけたのです。
二人はベンチに腰掛け、スマートフォンに対して熱風な視線を送り続けていました。
本来であれば花に風とならないように、通り風になるべきだったのでしょう。
ですか、この時の私はどうしても気になって、つい声をかけてしまいました。
「こんにちはネイチャさんにイクノさん、何やら饗の風のご様子ですね?」
「あっ、ゼファーじゃん、やっほー」
「こんにちはゼファーさん、私達は今ドラマを見ていまして」
「ドラマ、ですか。私は時候の風には疎いもので……」
「ほら、前にアタシ達と一緒に話したやつ、『LOVEだっち』のスピンオフなんだ」
「『LOVEだっち』、ああ、あの尻尾ハグの」
「……えっと、まあ、そうデスネ」
「……そうですね、ゼファーさんの、尻尾ハグの」
ネイチャさんとイクノさんはどぎまぎとした様子で頬を夕風に染めています。
近頃はめっきり春風に満ちたので、朔風を感じることはないはずなのですが。
ともあれ、尻尾ハグのことは昨日のことのように思い出せます。
特別なパートナーである、トレーナーさんと尻尾ハグしたこと。
噂に聞いた爽やかな緑風こそ吹きませんでしたが、悪い気はしませんでした。
結局トレーニングの時間もあり、風早と切り上げてしまいましたが……。
出来ればもう一度やってみたいと思いつつも、時つ風を得ることは出来ないまま、今に至ります。
ふと、颯が囁きかけます。
ドラマから、あの時のそよ風を感じる切っ掛けが得られるのではないでしょうか、と。
気づけば、私は二人に対して、言葉を風に乗せていました。
「良ければ、私も共に嵐になっていいでしょうか?」 - 2二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:09:39
そこは地方のトレセン学園の体育倉庫。
本来は人気のないはずの場所に、微かな物音と奇怪な声が響き渡っていた。
『ちぇるーん、ちぇるるーん、ちぇるるるーん……☆』
『……あのさ、ウザいんだけど、ってかいきなり人呼びつけてコレってなんなん?』
体育倉庫の片隅、機材で囲まれた場所に二人のウマ娘がいた。
襟元に一年生を表すリボンをつけたピンク色の髪の少女は、楽し気に尻尾でもう一人の少女を撫でている。
鋭い目つきでそれを見つめるツインテールの少女は、所在なさげに二年生を表すリボンに触れた。
『なにって尻尾ハグですよ、最近流行ってるんですよ?』
『いやハグじゃねーし、一方的に擦りつけられてるだけだし、ってかウチらそういうキャラじゃないっしょ』
『こういうことも出来ますよー、ってアピールが重要なんですよ、ほらちぇるーん☆』
『百合営業ならぬ営業百合ってか、やかましいわ……ぶっちゃけ暑いんで、離れてくんない?』
『またまた~、避けない分先輩だって満更じゃないくせに~』
『あ? 袋小路に押し込まれたから動けないだけだし? 名誉棄損で訴訟辞さなめ案件なんだけど?』
脱出するべく、ツインテールの少女が両手を動かす、その瞬間だった。
『がしゃーん!』という声と共に、ゆっくりと倉庫の扉が開け放たれる。
二人の少女は突然の出来事に身体を震わせて、声を上げた。
『きゃあっ!』
『ち゛ぇ゛っ!? ……えっ、今なんかきゃわわな美少女声しませんでした?』
『気のせいっしょ、ってか今の声なに……?』
お二人が揃って入口の方に視線を向けると、そこには新たなウマ娘の姿があった。
一際小柄なおさげの少女、彼女の襟元には三年を表すリボンがついている。
その姿を見るやいなや、ピンク髪の少女とツインテールの少女は安心したように大きくため息をついた。
『やれやれ、体育倉庫に二人が入り込むのを見つけて一服してから来てみれば、まさかこんなことをしていようとはな。トレセン学園は学びと競争の場、婚活会場などとそやされることもあるがウマ娘としての深層意識を忘却することなど決して許されない、端的に換言すればえっちなのはいけないとおもいます! とにかく、ぼくの目がつぶらなうちは学園内で不純同性交友など見過ごせんな……あと言うまでもないことだがハブられたことは一切気にしてないから安心したまえ』 - 3二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:10:03
「……イクノさんや、なんかドラマのジャンル大分変わってません?」
「アイドルモノがスポ根モノになったこともあるそうです、これもその類では」
「えぇ……どんな化学反応よそれ」
「本編ではなくスピンオフですからね、こういうものなのでしょう」
隣で話しておりはずのお二人の会話が、八重の潮風のように遠くに感じます。
ドラマについては、私が以前実行した『尻尾ハグ』をやっていることは理解できました。
ですが、話の終盤に吹き抜けた突風は、決して無視できるものではありません。
私は出来れば聞きたくはないことを、ネイチャさんとイクノさんに問いかけました。
「…………あの尻尾ハグはえっち……いえ、その、色風めいていたのでしょうか」
「…………」
「…………」
お二人は、即座に目を逸らしました。
そして、ひそひそと、至軽風な声で内緒話を始めます。私にも聞こえていますが。
「イクノ先生、お願い……!」
「以前尻尾ハグの説明は私がしましたし、今度はネイチャ先生の出番でしょう」
「うぐ、それは言われると弱い……!」
そして向き直り、ネイチャさんは髪をいじりながら困ったような表情を浮かべます。
東風や南風やと視線を揺れ動かしながら、彼女は言葉を紡ぎました。
「えっと、あの、その、つっ、続きはドラマの方で!」
「ネイチャさん、そのかわし方はどうかと……」
「だっ、だってゼファーの純粋な目を見たら下手なこと言えないじゃんっ!」
もう殆ど正風を導いてしまってるようなもの。
ですが一縷の望みにかけて、私達はドラマの続きを見ることにしました。 - 4二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:11:37
『なんだあ、誘おうと思ったけど遅刻でいなかった方の先輩じゃないですか、ちぇるーん☆』
『なんだ、うちが連れ込まれるの見てたくせに休憩してから来たパイセンじゃないッスか、ちーっす』
『やめたまえ、挨拶代わりに痛いところを突いてくるのはやめたまえ』
ピンク髪の少女とツインテールの少女は共に、おさげの少女の下へと歩み寄った。
三人は同じチームに所属しており、お互いに気心知れた仲である。
やがてピンク髪の少女が、先ほどの言葉を思い出して首を傾げながら、口を開いた。
『そういえば、不純同性交友って何のことですか?』
『いや、どう考えてもさっきの尻尾ハグとやらのことでしょ、何とぼけてんの』
『ええー! でもあれくらい“おしくらまんじゅう”みたいなもんじゃないですか!』
『比べてねーし、ただの押饅頭だったし、まあそれくらいまら弟とやったりするけどさ』
『……これはあれかね? 友人があまりいなくて、そういう遊びに疎かったぼくに対する嫌みかね?』
『ほらー、パイセン勝手にマウント取られに言ってるじゃん、アンタ謝っときー?』
『えっ、これ私が悪いんですか!? ……あと、学園の外ならOKなんです?』
『あくまで風紀の問題だからな、法や倫理に反さない限りは後は個人の問題だとぼくは考えてるよ。とにかくTPOを意識したまえ、TPO、わかるかね二人とも?』
『たまにはパーッとお茶しようぜの略、つまり時と場合と時間を考慮しましょうってことですね』
『テンサゲでもポジってお仕事しろの略、まあ時と場合と時間を考えろってやつね』
『…………釈然とせんが、意味は合っているな』
複雑な表情を浮かべるおさげの少女は『脱線し過ぎたな、話を戻そう』と告げる。
『ともあれ、ケツを擦りつける行為なぞ、不純同性交友と呼ぶ他あるまい』
『いやケツて、まあ尻尾にもケツって字が入ってるからケツはケツだけど』
『あのー先輩方? あまり汚い言葉を連呼しないでくれますか? 私のイメージに関わるんで』
『……だそうッスよ、パイセン』
『……ああ、すまなかったな、確かに我々はウマ娘であると同時にうら若き乙女、貞淑さを捨て去ることなどもっての他、これはぼくが言葉選びが間違っていたと言わざるを得んな。君の言う通り丁寧に換言するとしよう――――おケツをお擦りあそばせなるお行為なぞお不純同性交友とお呼びする他ありませんこと?』 - 5二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:12:10
「うん、状況は悪化したね! ってか何なのこのドラマ!」
「ネット配信の低予算ドラマみたいですね、私は嫌いじゃないのですが」
「あー、一つの場所で収録してる感じの……って、ゼファー! 大丈夫なの!?」
「…………顔面蒼白で震えてますね」
「ゼファー!?」
ネイチャさんやイクノさんの風声が、今の私にはまるで響きません。
心は台風を突き進み、目に至って、むしろ無風に。
身体が暖かな花信風に包まれているはずなのに、たま風を浴びたかのように震えが止まりません。
お尻を、擦りつける、行為――――?
勿論、あの時はただまだ見ぬ緑風を浴びたい一心で、そのような思惑はありませんでした。
けれど冷風にあの時の様子を振り返ってみれば、そう思われても仕方ないのではないでしょうか。
脳裏に浮かぶは、トレーナーさんの驚いた表情。
あの時、彼は、何を私に、思っていたのでしょうか。
「緑風が欲しくて、こんな嵐だとは心にも、凱風は静穏だったので常風なひかたかと……!」
「やばっ、ゼファーがバグった……ってイクノは何で手で風を送ってるの?」
「ゼファーさんがピンチです、みんなで風を送らなくては……ネイチャさんも早く」
「ヒーローショーの終盤の展開!?」
「冗談はさておき、何かしらのフォローを期待して続きを見てはいかがでしょうか?」
「……まあ、確かに打つ手あんまないけどさ、本当にフォロー期待してる?」
「いえ、この際行くとこまで行った方が面白いかと」
「うんアンタ割とそういうタイプだったね」
ため息をつきながらネイチャさんは先ほどの続きを再生します。
見たくはない、目を逸らしてしまいたい、耳を閉ざしてしまいたい。
けれど、この野分から逃げたら、きっとこの先ずっと臆病風に吹かれてしまう。
そう思った私は、まことの風に立ち向かう決心をしました。 - 6二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:13:56
『ですからー、これぐらい普通ですってばー』
『ぐぬぬ、この皮膚接触上等なパリピ感、もしや貴様文系だな? それならばぼくも本気を出さねばなるまい、確認しておくが君達には懇意にしている男性はいるかね? まあ我々のチームのトレーナーは女性、そしてトレセン学園は実質女子校と考えればまずいないと思うが』
おさげの少女の言葉に、場は一瞬の沈黙に包まれる。
やがて二人の少女は目を逸らしながら一斉に喋り始めた。
『違いますよー、あの人は私が仕方なーくちぇるってあげてるだけですから! 確かに遊園地に一緒にいったりしてますけどー!』
『うちの弟達がね? 気に入ってるから家に連れてくことが多いだけで、うちは全然普通系な? まあ悪いヤツじゃないと思ってけどさ』
『えっ、そんな進んでる感じなの? 私なんて勇気だして誘ってみたけどニチアサ優先されたり、お姉さんにインターセプトされて終わりだったのに』
『ちょーちょー、パイセンキャラ変しちゃってるから、素が出ちゃってるから』
『というか女の子の誘いにその対応あり得なくないですか!? その男の顔が見てみたいですね!』
『まっ確かに、今回はパイセンが可哀相だわ、ほら、今だけはおばちゃんに甘えときー』
『わぁい! ママーだっこしてー! ママー! もっとー! ママー! ……はあ、試しにと思ってやってみたがやはり“違う”な、君達には甘えがいを感じない、ご近所の8歳児以下という評価を下さざるを得ないな、もっと母性と包容力を身に着けてから出直してきたまえ――また脱線してしまったな、本筋に戻すぞ』
脱線させたの誰でしたっけ、という言葉を無視して、お下げの少女は問いかけた。
『君たちのその男性に対して、先ほどの尻尾ハグとやらを出来るのかね?』
再度、その場は沈黙に包まれる。
そして先ほどとは違い、二人の少女は顔を赤らめて、慌てたように喋り出す。
『無理無理、無理ですってば! そんなの出来る人、頭ちぇるってるんじゃないですか!?』
『ないわー、マジないわー、そんなのもはや桃色ウマ娘とか言われても仕方ないわ、官能小説かよ』
『そうさな、そんなことを平然と人前でやってのけるウマ娘なんているわけもないが、いるとすれば様々助平なあだ名で呼ばれることになるだろう。もっとも、ぼくから言わせてみればたった二文字で言い表せるけれど――――そう、毒婦だ』 - 7二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:14:18
「…………」
ネイチャさんが無言で動画を停止しました。
お二人の視線を感じますが、私は俯いたまま、顔を上げることができません。
毒婦。淫風ウマ娘。助平。頭ちぇるってる。
様々な単語がつむじのように脳裏を廻り、私の胸に突き刺さります。
私が巻き起こした過去のあからしまが今、仇の風となって責め立ててきているようでした。
顔は熱風のように熱くなって、今にも風煙が立ち上ってしまいそう。
――――その刹那、清風が吹き抜けました。
いつもは求めて止まない、けれど今だけは吹いてほしくなかった、あの風が。
「あっゼファー……とナイスネイチャとイクノディクタス、こんにちは」
その声に、私の身体は跳ね上がってしまいます。
私が、尻尾ハグをした、トレーナーさんの声。
そう思うと、疾く疾くに心臓は早鐘を鳴らし、熱風は炎風へと勢いを増していきました。
「……ゼファー、なんか調子でも悪い?」
「えっと、調子が悪いといいマスカー、そのデスネー」」
「都合が悪い、といったところでしょうかね。そっとして方が良いと思いますが」
「流石にそういうわけにも……大丈夫か、ゼファー?」
トレーナーさんの気配が、近づいてくるのがわかります。
やがて彼は、膝をついて、私の顔を下から覗き込むように見つめてきました。
凪に帆を立てるようなお人です、この状態の私を柳に風と受け流せるはずがありません。
軟風のような声色で、ひよりのように穏やかな表情の、トレーナーさん。
それがトドメとなり、私の心の乱気流は飄風と化し、想いが溢れてしまいました。
「わっ、私は――――淫風なウマ娘なんかじゃありませんっ!」
「何の話!?」 - 8二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:14:57
お わ り
これはウマ娘のSSです - 9二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:20:41
うーんどっかで見た事あるような3人
- 10二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:24:53
グットです👍
- 11二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:38:23
どこぞのユニちゃんズのエミュ精度高ぇ!
真実を知って風バグるゼファー可愛すぎか - 12二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 00:47:45
- 13123/04/07(金) 05:55:18
- 14二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 08:13:46
今のところウマ娘にいない声してそうな三人ですね
それは置いておいて、バグるゼファー可愛いですね… - 15二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 08:22:53
パイセン一瞬髪の色変わってないですかねぇ?
- 16二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 14:06:01
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- 17二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 17:04:22
頭ちぇるってるは言い過ぎだろ…!(定型美)
やっぱイクノさんおもしれー女だわ - 18123/04/07(金) 18:28:15
- 19二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 20:15:49
ゼファーは育成シナリオで緊張が高まると風語録が出なくなるシーンがあった気がするし、あえて最後は普通に言わせるのもありだったかも?
- 20123/04/07(金) 20:23:23
最後色々と迷ったんですよねえ……参考にさせてもらいます
- 21二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 22:01:34
スレ主のSSいつも見てます
今回もゼファーが可愛かった - 22123/04/07(金) 22:34:49