【SS】4月1日の夜

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:11:14

    ジャラジャラと連なる無数の鍵の中から、一本の鍵を選び出す。
    『カフェテリア 北』と緑色のシールのついたそれを扉に差し込み、右に捻る。
    ドアがロックされる、小さくカチャリという音が耳へと入ってくる。

    「カフェテリアの施錠よし。あとは体育館だけだな。」

    隣に立つ彼がチェックシートにまた一つ印をつける。

    光陰如箭、とはよく言ったものだ。
    薄らと夜光塗料に照らされた文字盤は、いつもよりも随分と遅い時間を指している。
    けれど、心の内では『もう巡回も終わりか』などと思っている自分がいた。

    あぁ、この時間が永遠に続いてくれれば良いのに。

    生徒だって、職員だってとっくに帰宅したこの時間だけは。
    私は間違いなく彼を独り占めしているのだ。

    無論、君にとっての唯一無二のパートナーが私であるのは承知している。
    そして、私達の立場上、今は大っぴらにはできないものを君が抱えているのも知っている。
    けれど、理性では理解していても、感情はそれに追いつかないものなのだ。

    たづなさんや同僚のトレーナー、学園に訪れる記者などと話をするのは業務上致し方のないことである訳だし。
    君が熱心に指導している数多のウマ娘達とは『生徒とトレーナー』以上の関係はないわけで。

    原石が君に磨かれ、輝きを放ち始めることを喜ばしく思いつつも、私に君の全てを捧げて欲しいなどと願っている。

    自身でも笑ってしまうほど、独占欲が強すぎる女、それがシンボリルドルフだった。
    なにせ、彼が女性と話している時ばかりか、男性と話している時ですら、昏い炎を胸の奥に燃やしているのだから。

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:11:35

    >>1


    けれど、持って産まれた性分は如何ともし難い訳だし、そもそも私だけが悪いのでもあるまい。

    この『皇帝』を誑かすような君にも、いや、君にこそ責任があるだろう。


    乙女の純情を弄ぶだけ弄んでおいて、ろくに餌もやらず飢えさせるだなんて悪逆非道と言わざるを得ん。

    いずれ、仕置きが必要だな。


    などと考えている内に私達は体育館の前にまで辿り着いていた。


    「よし、ここで終わりだな。一緒に回る?」


    「うん、そうしよう。もし、何かあったら大変だからね。」


    ここに来るまでに何度も繰り返してきた大義名分を口にしつつ、扉を開く。

    館内は数時間前までの喧騒が嘘かのように静まり返っていた。


    (ん……?僅かだが、熱がこもっている?それにこの匂い…… なるほど、皆考えることは同じ、か。)


    すぐに立ち止まった私を訝しげに見る彼はおそらく『それ』に気付いてはいないのだろう。

    もっとも、人間である彼が気付けるはずもないのだが。


    「なぁ、トレーナー君。少し思い出話でもしようじゃないか?」


    彼と共にフロアへ向かう。

    不思議なことに、入り口からフロアまではすっかり綺麗になっていた。

    まるで、つい先程まで誰かが掃除をしていたかのように。


    フロアの中央まで進み、くるりと振り返る。

    彼の目を見つめながら口を開く。

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:11:55

    >>2


    「トレーナー君。君は、私達がベストデートを獲った時のことを覚えているかな。」


    「マルゼンスキーと踊った時の話だろ?よく覚えてるよ。 ……とても素敵で美しいダンスだった。どんな言葉でも表現できないくらいに。」


    懐かしむように目を細め、ゆっくりと言葉を紡ぐトレーナー君。

    平静に、まるでただの世間話のように私に応じるトレーナー君。

    きっと世界の誰が見たとて、そう思うに違いない。


    だが、私には分かる。

    契約したての頃に比べると、君だって随分と感情を隠すのが上手くなった。

    けれど、私を誤魔化す域にまでは達していない。

    或いは、私が君を誰よりも見続けてきた結果かもしれないが。

    ともかく、今の私は確信を持って言える。

    彼から僅かに滲み出たそれは、間違いなく『嫉妬』だった。


    「……ふふ、ありがとう。今日の君は随分とキザだね。いつかのクリスマスを思い出すな。」


    そうかな、と首を傾げる彼に歩み寄る。


    一歩、また一歩と近づく度に心臓の鼓動が高まっていく。

    彼にこの煩いビートが聞こえていないか不安になるほどに。


    だが、きっとそれは君も同じなのだろう?

    微かに揺れている、その瞳が何よりの証拠だよ。


    彼の前で恭しく膝を付く。

    握り締められたトレーナー君の右手を開き、そっと手に取る。

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:12:19

    >>3

    「ルドルフ……!?」


    まるで魔法に掛けられたかのように固まってしまった彼。

    その表情から読み取れるのは驚愕と不安、そして……期待。


    「尽善尽美、君に至上の時間を約束しよう。後悔はさせない。どうか私のデートになってはくれないだろうか。」


    じっと彼の薄茶色の瞳だけを見つめ続ける。

    燃ゆる想いを視線に乗せて。

    この情熱は、心に仕舞っておくには大きすぎる。


    少しばかりの間を置いて。

    自分が何を言われたのか、ようやく理解したらしい。

    安堵と落胆の入り交じる溜息の後、彼はいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべる。


    「喜んで、お受けします。」


    「それでは、お手を拝借。」


    手を取り合い、立ち上がる。

    そのまま、流れに任せるように腕を絡ませる。

    リードに上手く合わせてくれるあたり、さすがは私のトレーナー君だな。

    比翼連理……と言うにはまだ早いか。

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:12:38

    >>4


    「随分と腕を上げたね。見事なものだ。」


    「ダンスを習い始めたんだ。クリスマスまでは内緒にしておくつもりだったんだけどね。」


    「ほう?愛を囁く相手でもできたか?これは困ったな。浮気じゃないか。」


    「まさか。俺の相手は一人だけだよ。」


    筋が良いとは思っていたが、ここまでとは。

    早くも八ヶ月と二十四日後が楽しみになってきた。


    ふふ、クリスマスの訪れを心待ちにするのはいつ以来だろうな。


    「リードを譲ってあげようか?」


    「いいや、そのままで。……いつか君から奪ってみせるから。」


    「おやおや…… 随分と物騒なことを言うじゃないか。私もうかうかしていられないな。」


    冗談めかしてはいるが、本音でもある。

    負けるのは好きではない。

    いいや、嫌いだ。

    例えレースでなくとも。

    相手が君であろうとも。

    絶対に負けたくない。

    『皇帝』に敗北の二文字はないのだから。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:13:39

    >>5


    軽口を叩き合いながらも、ステップを踏み、互いに身を委ね合う。

    いつもは穏和で優しい表情を湛える君が、一転して挑発的で大胆な笑みを浮かべている。

    そんな君にあてられて、私の熱情が目を覚ます。

    ああ、本当に。

    私達はどれほど相性が良いのだろうな。


    その時、スピーカーから聞き慣れた曲が流れ始める。


    「音楽……?」


    「誰しも考えることは同じさ。秘密の逢瀬を楽しみたいんだね。心当たりはあるんだよ。」


    「そうなのか……」


    ここ一週間ほど、遅くまで作業をしていたのは『そういった理由』からでもあったのだろう。

    いじらしい話じゃないか。

    まぁ、私も他人のことは言えないのだが。


    彼の意識が逸れた瞬間を見計い、ぐいっと身体を引き寄せる。


    「全く、妬けてしまうじゃないか、トレーナー君。」


    「──余所見をしてはいけないよ。君のデートは、『シンボリルドルフ』だぞ。」


    彼を睨みつけ、そう凄んでやる。

    が、あまり効果はないらしい。

    彼は、すまない、と苦笑したかと思うと私をいなす。

    まったく、私を困らせるような悪いトレーナー君は、ちょっとした悪戯をされたとて文句は言えまい。

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:14:36

    >>6


    音楽も終盤に差し掛かり、二人だけのドロワもいよいよフィナーレ。


    最後のフレーズに耳を傾けつつ、彼の腕を掴んで引き寄せて、その耳元で囁いてやる。


    ──愛しているよ、トレーナー君。


    彼の目が見開かれると同時に、曲が終わりを迎える。

    しん、と静まり返ったフロアに響くのは互いの息遣いと鼓動のみ。


    紅く顔を染めた彼に追撃を仕掛けようとして、止めた。

    きっと今の私も君と同じような表情をしているのだろう。

    熱くてたまらない顔だって、煩くて仕方のない心臓だって、とてもダンスだけのせいとは思えないから。


    「……ところで今日はエイプリルフールだね。」


    「……そうだな。」


    「先の告白はどう受け取ってくれても構わないよ?ジョークの上手くない私が新たな手法を取り入れてみたのか、それとも、或いは……」


    意味深に言葉を切ってやると、彼は頬を掻きながら観念したように口を開こうとする。

    が、それを遮るようにして、私は彼に背中を見せる。


    「もっとも、私の世界で最も優秀なパートナーが、乙女の純情を踏み躙るような冷酷非道な男だとは思わないけどね。」


    本当に容赦無いな……などと後ろから弱々しい声が届く。

    ふふ、どうやら相当返事にお困りらしい。

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:15:00

    >>7


    「……ルナ!来年も、その次の年も俺と踊ってくれ!」


    「無論だ。」


    来年以降のお誘いを受けられたのは嬉しいけれど、まだ足りないな。

    本来の私は相当に強欲なのでね。


    「君と同じ視座に立ち続けたい!誰よりもルナの傍で一緒に夢を追い掛けさせてくれ!」


    ふむ、良いだろう。

    少々、物足りない気もするが、そこまで求められてしまっては仕方ない。

    心の中がじんわりと温まっていくことを感じつつ、彼にくるりと向き直る。


    「私はまだ愛を囁かれていないと思うのだが。」


    「分かってるだろ…… これ以上は勘弁してくれ…… 時が来たら、な?」


    「うん、良いだろう。ただし、この皇帝を待たせる対価は大きいぞ?」


    「ツケで頼むよ。」


    必ず回収するからな、とだけ宣言し、二人で二階へ上がる。

    彼女には礼を言わねばならないし、何より彼女にだって音楽係は必要だろう。

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:15:32

    >>8



    「そうだ、トレーナー君。聞いてくれ。」


    「どうしたの?」


    「私の想いはかなり重いぞ、なんてな。ふふふ……!」


    ふと思いついたダジャレを彼に披露してみる。

    私としては会心の出来栄えだったのだが、ターゲットには少しばかり不評であったらしい。


    「……いつも思うのだが、君、笑いへのハードルが高すぎないか?」


    「ルドルフのハードルが低いんだよ。」


    むぅ……

    いずれは彼を抱腹絶倒させるようなダジャレを思いついてみせようじゃないか、このシンボリルドルフの名に掛けて。

    とはいえ、これから共に悠久の時を刻むのだし、そう焦ることもないか。

    じっくり彼の笑いのツボを探すとしよう。


    そう心に決めつつ、私は床で転げ回る彼女に手を貸すのだった。

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:16:30

    以上です 一日には間に合いませんでした……(小声)

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:17:19

    100点以上あげたい
    命が助かる

  • 12二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:20:28

    乙です、ありがとうございます…他意は無いがあの娘にはナイスと言いたいよ!

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/09(日) 22:30:42

    エッチだねぇ会長どのぉ!!

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 08:12:53

    >>11

    感想ありがとうございます お褒めいただき恐縮です


    >>12

    感想ありがとうございます 謎のツインテウマ娘、なかなか粋なことしてくれました


    >>13

    感想ありがとうございます 大人な会長いいですよね

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 19:29:28

    このレスは削除されています

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 19:38:17

    会長はちょっと嫉妬深いくらいがちょうど良い

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 22:04:52

    >>16

    感想ありがとうございます 嫉妬りルドルフなんてな、ふふ……

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