(SS注意)ローレル先生のフランス語講座

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:34:20

    「トレーナーさん、今日はありがとうございました」
    「これくらいお安い御用だよ、ヴィクトリー倶楽部で使うんだっけ」
    「はい、バクちゃんもチヨちゃんも予定が合わなくて……」

     ローレルは申し訳なさそうに、そう言った。
     俺達の両手には溢れんばかりのお菓子やおもちゃ。
     今度の週末、彼女達がお世話になったヴィクトリー倶楽部でパーティを行うらしく、その差し入れということらしい。
     倶楽部には俺もローレルのことでお世話になったので、少しばかり力添えさせてもらった。
     ローレルは少しだけ遠い目をしながら、小さく呟く。

    「来年の今頃は、私達はきっと“向こう”にいますからね……」
    「……ああ、その時は君の活躍を、贈り物にしてあげればいいさ」
    「ふふっ、そうですね、私達の夢で、皆に夢を見せてあげましょう」

     ローレルは微笑み、そう言った。
     彼女のいう通り、俺達は来年の今頃、日本にはいない予定である。
     俺達の夢の舞台――――凱旋門賞に挑戦するからだ。
     勿論、これからの日本でのG1レースの結果次第では中止もあり得る。
     けれど“ガラスの脚”を乗り越えて、ブライアンに“先”を見せた今のローレルならば心配は無用だろう。
     まあ、心配はむしろ、別のところにあったりするのだが。
     そんな俺の不安を読み取ったかのように、彼女は悪戯っぽく俺の目を覗き込んだ。

    「ところで、トレーナーさんのフランス語勉強はどうですか?」
    「…………ぼちぼちかな」
    「……そういう目は、ローレル先生、好きじゃないですよ~?」
    「はい、すいません……頑張ってはいるんだけどね」

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:35:02

     やはりローレルに嘘はつけない、俺はため息をついて真実を伝えた。
     彼女がフランス遠征をする以上、専属トレーナーである俺も無論同行する。
     同行する以上は現地スタッフと円滑なコミュニケーションは取れた方が良いはずだ。
     そのためトレーナーの仕事の傍ら、フランス語の勉強もしている。
     してはいるのだが、まあ、上手く行ってない。

    「英語もあまり得意じゃなかったからなあ」
    「C’est en forgeant qu’on devient forgeron……フランス語だけで会話する日と作ってみましょうか」

     突然ローレルの口から飛び出るフランス語。
     彼女はゆっくりと喋ってくれるので、何とか聞き取ることが出来る。
     確か、鉄を鍛えていればこそ鍛冶屋になる、だっただろうか。
     習うより慣れろ、という意味のフランスのことわざだったはずだ。
     脳裏に、楽しそうに笑顔を浮かべるローレルとわたわた困惑する自分の姿が見えた。
     思わず俺は苦笑いを浮かべてしまう。

    「……トレーニングに支障が出そうだな」
    「冗談ですよ、でももう少し、個人レッスンの時間を増やしましょうか?」

     ローレルの提案を、俺は反射的に断りそうになる。
     君の時間を使うわけにはいかない――――と口から出そうになるのを、何とか飲み込んだ。
     それは彼女を甘く見すぎだし、きっと言葉を身に着けた方が、向こうで彼女の力になれる。
     なによりも、だ。

    「お願いするよ、俺もローレルが感じてる世界を、ちゃんと感じたいからさ」
    「……私、トレーナーさんのそういう目、好きですよ?」

     ピコピコと反応を見せるローレルの耳。
     俺の言葉に、彼女は少し頬を桜色に染めながら、そう告げた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:35:38

    「あれ、チヨちゃんからLANEが……ああ、アレも必要だったんだ」
    「追加かな? 一回戻る?」
    「いえ、量はそこまでないので、一走り行ってきちゃいます、荷物見ててもらえますか?」
    「うん、了解、いってらっしゃい」
    「はい、いってきます!」

     俺は小走りで駆け出していくローレルを、ベンチから眺めていた。
     出会った頃は、あんな走りだけでも冷や冷やしたものだけども。
     彼女は怪我を克服し、見事に満開の桜を咲かせて見せた。
     これも全て、彼女が諦めずに、進み続けてきたからこそだ。
     ……いや、こんなことを言ったらローレルに怒られちゃうな。
     俺達が諦めなかったからこそ、だな。

    「――――Bonjour」

     刹那、頭上から聞き慣れないが、聞き覚えのある言葉が降ってくる。
     反射的に顔を上げると、目の前では金髪の外国人の女性が、困った表情を浮かべていた。
     こういうときばかり、察しの良い頭が、彼女の用件を直感的に予測する。
     恐らく、道か何かを聞きに来たのだろう。
     わからないと言って断るか、ローレルに電話して戻ってきてもらうか。
     その時、ふと、思い出した。
     苦難を乗り越えて、悔しい想いを乗り越えて、笑顔でターフを駆ける彼女の姿。
     ……そうだ、ローレルは決して諦めなかったのに、俺が簡単に諦めていいのか。
     意を決して目の前の女性の目を見つめて、俺は口を開いた。

    「ぼ、ボンジュール」

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:36:12

    「je suis perdu」
    「……えっと、道に?」
    「Connaissez-vous la direction de la gare ?」
    「……方角、ってのはわかるんだけどな」

     やっべ、全然わからない。
     相手の方はゆっくり喋ってくれているのだが、それでも少ししかわからなかった。
     なまじ少しばかりわかるのが仇となり、相手も諦め切れないようだ。
     俺は困ったようにヘラヘラ愛想笑いという、実に日本人的対応を続けていた。

    「――――この人に、何か、ご用ですか?」

     それは突然の出来事だった。
     右腕に全体にぎゅっと柔らかい感触、そして吹き抜ける花のような香り。
     ローレルが、俺の腕に抱きつきながら金髪の女性にそう言い放った。
     …………いつもより、表情が怖い気がするのが、気になるけれど。
     金髪の女性は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、声を上げて笑った。

    「Je lui ai demandé des directions. c'est tout」
    「えっ、フランス語……?」

     今度はローレルがきょとんした表情を浮かべて、俺と女性の間で視線を動かす。
     やがて、ぼんっと音を立てそうなほどに顔を真っ赤に染め上げた。
     数秒ほどフリーズした後、彼女は張り付いたような笑顔を浮かべて言う。

    「ce qui s'est passé?」

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:36:44

     そこからはとんとん拍子だった。
     どうやら、道に迷ったので駅の方向を聞いていたらしい。
     出会い頭こそアレだったが、ローレルは毅然として対応をしている。
     ……大人としては情けない限りだが、まあ仕方がないだろう。
     金髪の女性は理解したらしく、ローレルの手を取って、感謝の言葉を告げる。
     俺の方にも同じ言葉をくれた。役に立つことはできなかったのに、良い人だなあ。
     そして、彼女は駅の方へ歩みを進めて、最後に振り向いて、大きな声で告げる。

    「vous, les gars bon amant!」
    「なっ……!?」
    「ん……?」
    「Je vous souhaite beaucoup d'années de bonheur!」
    「あっ、えっと、j'ai compris……?」
    「トレーナーさん!?」

     確か、幸運をとかそういう意味だったと思う。
     俺はわかりました、と言葉を返すとローレルは、驚いた表情でこちらを見て耳や尻尾を立ち上がらせる。
     金髪の女性は大爆笑しながらその場から立ち去って行った。
     一瞬の静寂、やがてローレルは赤みの残る顔で、ジトっとこちらを見ながら問いかける。

    「……トレーナーさん、さっきの言葉の意味、わかってます?」
    「幸運を祈る、とかそういう意味じゃなかったっけ?」
    「……その前の言葉は?」
    「……ごめん、そっちはわからなかった」
    「……だと思いました、最初のは、その…………良い恋人ですね、って意味で……」
    「…………」

     俺達は二人して、顔を赤くして俯いたのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:37:45

    「ああ、そうだ、俺も二つほど質問していい?」
    「ええ、構いませんよ」

     しばらして何とか復旧した後、俺はローレルに気になっていたことを聞くことにした。
     視線を自分の右腕に向ける、そこには強く絡みついている彼女の腕。
     先ほどまで気にならなかった感触や体温が強く伝わってきてしまう。

    「えっと、いつまでこうしてるのかなって」
    「…………嫌、ですか?」
    「そんなことは、ないけどさ」
    「ふふっ、良かったです」

     一瞬不安そうな表情を浮かべるローレルだが、安心したような微笑みで頭を寄せた。
     ……まあトレセン学園からは距離はあるし、この辺りなら大丈夫だろう。
     そして、もう一つの質問を伝える。

    「戻ってきてくれた時、少し怒ってた気がするけど、何かあったの?」
    「……わかりませんか?」
    「えっ、うん」
    「………………そうですか、そういう人ですよね、トレーナーさんは」

     ローレルは大きくため息をつく。
     そして仕方ないですね、と言わんばかりの笑顔で言葉を紡ぐ。
     
    「まあ、今はこれで良いです。かっさわれるのは、ごめんですけどね」
    「……えっと何の話?」
    「いえ、気にしないで大丈夫ですよ……でも、ローレル先生のフランス語講座を一つだけ」

     そう言うと、ローレルは口を息がかかりそうなほどの距離まで、俺の耳に近づける。
     そして小さな、それでいて熱を持った声色で、彼女は囁いたのであった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:38:20

    「はじめはゆっくりいって、最後に一気に仕掛けるのがフレンチスタイルです、覚えておいてくださいね?」

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 16:39:04

    お わ り
    サムネは6万の女
    フランス語はグーグル先生に全投げなのでご了承ください

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 17:07:45

    はやない?

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 17:09:20

    乙でした。ローレルかわいいね

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 17:10:01

    入力から出力までが早いな!しかも高出力!良い仕事だ!

  • 12123/04/10(月) 18:02:48

    感想ありがとうございます

    >>9

    頑張りました

    >>10

    ローレルいいよね……

    >>11

    あざます、育成一回してすぐ書きました

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 18:12:47

    甘酸っぺェ〜
    良きかな良きかな

  • 14123/04/10(月) 19:34:47

    >>13

    感想ありがとうございます

    甘酸っぱい感じを出せてれば良かったです

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 19:53:26

    素晴らしい

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 20:05:11

    ローレルいいですよね…
    バレンタインとかめちゃくちゃ良かったですよね…

  • 17123/04/10(月) 20:33:14

    感想ありがとうございます

    >>15

    そう言っていただけると幸いです

    >>16

    どっちもいじらしくて良いですよね

    あの最後の台詞で書くの決めたようなもんです

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 21:56:36

    ローレル引きたくなってきた

  • 19123/04/10(月) 22:04:32

    >>18

    オススメですぜ旦那

  • 20二次元好きの匿名さん23/04/10(月) 22:30:03

    Bien qu'il y ait des phrases françaises qui sont maladroites, l'SS est très magnifique !
    Je voudrais lire davantage vos œvres.

  • 21123/04/10(月) 22:58:29

    >>20

    あざます!

    フランス語のクオリティはお目こぼしを……

  • 22二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 01:03:59

    いじらしくて好き

  • 23123/04/11(火) 01:36:43

    >>22

    素敵な絵をありがとうこざいます!

    雰囲気が素晴らしいです

  • 24二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 06:46:15

    ローレルはごく自然にトレーナーと腕組みそう

  • 25123/04/11(火) 07:49:25

    >>24

    自然と距離感おかしいことやってそうですよね

オススメ

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