(SS注意)甘えてみるサクラローレル

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:11:37

    「トレーナーさん、ちょっと甘えてみても良いでしょうか?」
    「また急だね……どうしたの、ローレル」

     放課後のトレーナー室。
     今日のトレーニングはお休み、簡単なミーティングを終えて後は帰るだけ。
     そのタイミングで、私はトレーナーさんに一つのお願いをした。
     それを聞いた彼は、呆れたような、困ったような表情を浮かべている。

    「先日、チヨちゃんに言われたんです」
    「サクラチヨノオーに?」
    「『ローレルさんはしっかりしてますけど、たまには気を抜いても良いと思いますっ!』」
    「似てるな……」
    「『空気を抜かなければ美味しいハンバーグは作れない、ですよ?』と」
    「なるほ、えっ、うん?」
    「私としてみればそんなつもりはないんですけど、きっとそう見えちゃうんですね」
    「うーん、確かにそう思う時はあるけど」
    「でも私もどうすれば良いかわからなくて、チヨちゃんに聞いてみたら」
    「誰かに甘えてみればいい、って答えが返ってきたと」

     トレーナーさんは得心したように頷く。
     実際のところは、しどろもどろになったチヨちゃんが何とか絞り出した答えだったけれど。
     とはいえ思い返してみれば、最近は誰かに甘えるなんて、縁遠い行為だった気がする。
     両親やヴィクトリー倶楽部の先生達くらいで、どちかというと頼られることの方が多かった。
     それはそれで嬉しかったし、不満に思うことなどはないと、私自身思っている。
     でも、チヨちゃんがいう通りに、他人に甘えることが必要ならば。

    「それなら、挑戦してみよう! と思いまして」
    「甘えるってそんあ肩に力を入れてすることだっけ?」
    「……ダメですか?」
    「そんなことはないよ、ただ――――」

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:12:35

     甘えるって、具体的に何をするんだい?
     トレーナーさんは首を傾げながら、そう問いかけた。
     その当然過ぎる質問に対して、私の頭は真っ白になり、ぽつりと言葉が零れ出た。

    「甘えるって、何をすれば良いんでしょうか?」

     私の言葉に、苦笑いを浮かべるトレーナーさん。
     いつの間にか、私は甘え方を忘れてしまったみたい。

      🌸 🌸 🌸

     Il faut battre le fer pendant qu'il est chaud.
     好機逸するべからず、そう考えた私達はすぐ行動を開始した。
     トレーナー室に以前導入したソファーにお互い腰かけて、向き合う。
     私の疑問に対して、トレーナーさんは言ってくれた。

    『ローレルがして欲しいこと、他の子がやってもらったことをやってみようか?』

     その言葉になるほどと答えて、考えてみたけれど。
     困ったことに、トレーナーさんにしてもらいたいことは、不思議なほど浮かばなかった。
     それはそれで違和感を覚えたけど、ないものは仕方がない。
     では他の子がしてもらったことを思い浮かべてみる。
     そして真っ先に浮かんだのが、小さい頃から共に歩んだ、あの自信に満ちた笑顔だった。

    「そういえば、バクちゃんは良く頭を撫でて、褒めてもらってました」
    「ああ、なんか想像できるな」
    「ふふっ、たまに自分でやったりもしてましたね」
    「ああ、それも想像……えっ?」
    「『さあトレーナーさん! 今日は存分にこの私をっ! 褒めてくださっても良いのですよっ!』」
    「それヴィクトリー倶楽部の持ちネタなの……?」

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:13:06

     私はトレーナーさんに対して、頭を突き出すように向けた。
     それを見て彼は少し緊張した様子で、恐る恐ると、私の頭に手を伸ばす。
     そんな彼の様子に釣られて、私の心臓の鼓動も、大きくなっていく。
     ゆっくりと進む彼の指が、遂に私の耳に触れた。
     刹那、ぞわりと、背筋に何かが走り、身体はぴくん震えて、声が漏れる。

    「ひゃっ……!」
    「……! えっと、まずかったか!?」
    「いっ、いえ、少しびっくりしただけで……こほん、どうぞ続けてください」

     思わず手を離したトレーナーさんに、私は継続を促す。
     実際びっくりはしたけれど、不愉快とか嫌とか、そういうのは全くなかった。
     彼は少しばかり懐疑の色を瞳に浮かべながら、再度私の頭に触れる。
     大きなごつごつとした手が、壊れ物に扱うような優しい手つきで、私の髪に、耳に、触れていく。
     うん、これは、なかなか。
     しばらくして余裕が出てきたのか、彼は小さく呟いた。
     
    「ローレルの耳、ふわふわだね、すごい触り心地で、ずっと撫でたくなるような」
    「母譲り、なんです、小さい頃良く触らせてもらいました」
    「そっか……あっ、そうだ、褒め言葉も伝えないとね」
    「…………えっ、さっきのは無意識だったんですか?」

     何が? ときょとんとした表情を浮かべるトレーナーさん。
     ああ、この人は、まったくもう。
     私はため息を一つ吐き出して、なんでもありません、と小さく言葉を返した。
     それに納得いかない顔をしながらも、彼は再度言葉を紡いでいく。

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:13:38

    「ローレルのどんな目標にも決して諦めない姿勢は、本当に尊敬しているよ」
    「ふふっ、ありがとうございます」
    「それに他人のことにも良く目配りが利いて、俺も助けられてる」
    「はい」
    「大人びているんだけど、時々子供っぽい面も見せてくれるのも、俺は好きかな」
    「……はい?」
    「レースでのギラついた目、友人といる時の優しい目、好きなことに夢中な目、全部魅力的だ」
    「…………っ!」
    「走る姿は言うまでもないけど、ライブでのダンスや歌もとても綺麗で、格好良くて」
    「……ストップ、ストップです、トレーナーさん」

     これ以上続けていたら、緩んだ顔を見られてしまう。
     頬が熱くなってくるのを実感しながら、私はトレーナーさんの行動を制止する。
     すると、すぐ彼は口を噤み、私の頭から手を離した。
     ……撫でるのは続けてくれても、良かったのに。
     溢れ出そうな切なさや名残惜しさに蓋をして、私は彼を見つめた。

    「……やっぱり不愉快だった?」
    「いえ、それは全く、それどころかむしろ、その、嬉しいんですけど」
    「うん」
    「緊張の方が先に来てしまって、甘えるとはまた違う気がして……」
    「ああ、確かにリラックスしている感じではなかったな」

     甘える、はあくまで手段。
     本来のメインとなる目的は力を抜いてみる、ということ。
     残念ながら、このプランでは本来の目的を達成することはできなそう。
     …………また別の機会に、やってもらおうかな。
     新たに芽生えた欲求はとりあえず横に置いて、私は新たな手段を考える。
     そして、頭の中に浮かんだのは、恥ずかしそうに語るチヨちゃんの顔だった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:14:14

    「膝枕――――なんてどうでしょうか」
    「ちなみに理由は?」
    「チヨちゃんがやってもらって嬉しかったって言ってたので」
    「さっきからヴィクトリー倶楽部の情報漏洩しまくってない?」
    「それで、どうでしょうか?」
    「……ダメだって言ってもローレルは諦めないでしょ」
    「はい、良くご存じで」

     観念したような表情でトレーナーさんはソファーに深く腰かける。
     どうぞ、と声をかけながら、ぽんぽんと太ももを軽く叩いた。
     一瞬だけ生まれる躊躇、けれど意を決して、私は彼の膝に飛び込んでいく。
     背中から、天井を見上げるように、ゆっくりと。
     とすんと頭から着地して、ぱちりとトレーナーさんの目が合う。

    「……仰向けなんだ」
    「この方がトレーナーさんのお顔を眺められますからね」
    「ちょっと、恥ずかしいな」
    「ふふっ、私はトレーナーさんの目、好きですよ?」
    「……そっか」
    「あっ、目を逸らさないでくださいよー」

     恥ずかしそうに視線を背けるトレーナーさんに、抗議の声を上げる。
     そんなことを言いながら、彼の膝枕の感触を、密かに確かめていた。
     もう少しぶよぶよしてるかな、って思っていたけど筋肉して、結構固い。
     普通に考えれば枕としては適さない気がするけど――――不思議と悪くない。

    「……もう、目を合わせてくれないなら、私寝ちゃいますよ?」
    「ああ、それは構わないけど」

     優しげに苦笑するトレーナーさんの顔を見ながら、私はそっと目を閉じた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:14:40

     視界が暗闇に染まる。
     五感の一つが閉じたことで、他の感覚が鋭敏になる。
     後頭部に感じる、彼の暖かい体温。
     微かに聞こえる、彼の規則的な鼓動と小さな吐息。
     鼻孔をくすぐる、彼の爽やかな匂い。 
     トレーナーさんの姿は見えないけれど、存在はより強く感じられて、安心する。
     ああ――――これは、いいかもしれない。
     身体から力が抜けていくのが自分でもわかる。
     こうなってくると、尻尾が窮屈に感じてきて、態勢を動かしたくなる。
     ふと、スカイちゃんが眠る姿を思いだした。

    「……ちょっと、身体動かしますね」

     顔を横向きにして、足までソファーに乗せて、猫のように身体を丸めた。
     軽くぱたぱたと尻尾を動かして、自由に動かせるのを確認する。
     ……うん、今日は甘えるって決めたんだから、もう少し我儘言っても良いよね?

    「トレーナーさん、頭を撫でてください」
    「了解」

     優しく耳や髪を触れられるトレーナーさんの手。
     それがとても心地良くて、とても嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。
     今なら何を言っても良いんじゃないか、何故かそう思って、更に我儘が口に出た。

    「尻尾を、かるく、すいてください」
    「えっと、こんな感じかな」
    「んっ……はい……いいですよ……あとほめてください」
    「ははっ、わかりました、女王様。いつも頑張ってて、とても偉いよ」
    「ふふっ……そうですよ……わたしは…………ローレルですから……」

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:15:30

     気づけば、私は虹のかかる夢の舞台に立っていた。
     前を走るはたくさんの世界を駆けるウマ娘達。
     最終直線、中団にいた私の目の前に、光明のように一筋の道が輝きだす。
     足に想いを込めて、残った全ての気力を振り絞って、ただただ全力で前へと進んだ。
     一人、また一人と抜き去って、気づけば私の前には誰もいなくなって。
     
     私は一番先に、ゴールを駆け抜けた。

     レース場に響く歓喜の声援。
     嬉しくて、誇らしくて、楽しくて、幸せで。
     胸が色んな気持ちでいっぱいになって、感情が溢れ出てしまいそう。
     この想いを共に感じてほしくて、受け止めてほしくて、私は彼の姿を探す。
     そして、すぐに見つかる、こちら駆け寄るトレーナーさん。

    『トレーナーさーん! 私やりましたよー!』

     私は大声をあげながら、一直線で、彼の胸に飛び込む。
     ああ――――そっか。
     私、ずっとトレーナーさんに、甘えてたんだ。
     私が本調子を取り戻すまで、誰とも契約せずに待ってくれた。
     不安定な私の脚に真摯に、そして根気強く向き合ってくれた。
     一生に一度のクラシック三冠に揺れる私を、支えてくれた。
     だから、トレーナーさんにしてもらいたいことなんて、思いつかなかったんだ。

    『わわっ、ローレルさん大胆……!』
    『ええ、ローレルさんのこんな姿は私も見たことがありませんっ!』

     小さな頃から、聞き慣れた彼女達の声。
     ああ、二人もわざわざここまで応援に来てくれてたんだ。
     ……あれ?

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:16:04

    「バクシンオーさん、声が大きいです……! 起きちゃいます……!」
    「ちょわっ!? これは失礼しました!」
    「だからぁ……! あっ」

     目を開けると、こちらを覗き込むように見ているチヨちゃんとバクちゃん。
     顔を真っ赤に染め上げていたチヨちゃんは、私の目に気づいて顔を青くする。
     そして、バクちゃんはにっこりと満面な笑みを浮かべていた。

    「おはようございますっ! とても心地良さそうに休まれてましたねっ!」
    「あわわわわ、ごっ、ごめんなさーいっ!」
    「ええっ!? チヨノオーさん!? あーれーえーぇー……!」

     目をぐるぐる回したチヨちゃんが、バクちゃんの手を掴んで駆け出していく。
     そしてあっという間にトレーナー室から飛び出していった。
     残されるトレーナーさんと、彼の膝枕で横になっている私。
     ……色々と言いたいことが渋滞しているけれど、まずは一つ一つ解決することにする。

    「あの、二人は何しに来たんですか?」
    「えっと、君に渡す物があるって、そこに置いてあるよ」
    「……なんで起こしてくれなかったんですか、せめて離れてくれれば」
    「気持ち良さそうに寝てたから……離れようとは思ったんだけど、その」

     申し訳なさそうに言いながら、トレーナーさんは視線を下に向ける。
     そこには、皺が出来るほどの力で、彼のズボンを掴む、私の両手があった。
     ……私は、無言で手を離す。
     手を顔に当てると、火傷してしまいそうなほどに熱くなっていた。

    「二人は追いかけなくていいの?」
    「……二人のことを、勝手に話してしまいましたからね」

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:16:45

     それでお相子ということにしてもらおう。
     次どんな顔して会えば良いか、考えておかないと。
     だけど今は、このまま、のんびりしちゃおうかな。
     そう決めて、ごろりと、私は身体を仰向けに戻した。

    「さあ、続きをお願いします、トレーナーさん」
    「継続なんだ……それは構わないけどさ」
    「そういえば猫が甘えるときお腹を天井に向けるってスカイちゃんが言ってましたね」
    「ああ、天腹ってやつかな」
    「ふふっ、私もお腹を撫でてもらいましょうか」
    「勘弁して……」

     困ったように、けれど優しい目をこちらに向けるトレーナーさん。
     ああ――――これ、いいな。
     私は今後も“これ”を定期的にやってもらうのを心に決めて、言葉を紡いだ。

    「これからも、いつもまでも、ずっと甘えさせてくださいね?」

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:19:47

    すごい、すごくすごいです!(語彙力喪失)

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:19:52
  • 12二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:25:23

    ローレルのストイックさにトレーナーのスパダリ具合が効いてこれは…二人だけの空間…最高…

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:26:55

    マジでよかったです…
    甘いラブコメ最高…

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:28:12

    今回で3本目…刺さりまくってますね…
    甘える側に回るローレル良きですね…

  • 15123/04/11(火) 22:54:54

    感想ありがとうこざいます

    >>10

    そう言ってもらえると嬉しいです

    >>12

    あの二人は独自の空気感だしてていいよね……

    >>13

    一生イチャイチャして欲しいよね……

    >>14

    大人びた子だとこういうの書きたくなりますよね

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:57:22

    こんな作品書きやがって
    誇らしくないのかよ

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 22:58:16

    ローレルのSS全て読ませていただきましたいつもありがとうございます

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 23:01:36

    また貴方か!
    この信頼しあってる感がとてもしゅき…

  • 19123/04/11(火) 23:27:47

    感想ありがとうございます

    >>16

    おっそうだな

    >>17

    全部読んでいただきありがとうございます!

    >>18

    お互いの信頼感が良いですよね……

  • 20二次元好きの匿名さん23/04/11(火) 23:35:20

    やるじゃん(やるじゃん)

  • 21123/04/11(火) 23:58:30

    >>20

    ありがと(ありがと)

  • 22二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 00:40:55

    良くこんなにシチュエーションが思いつくし文章に出来るのだ…
    ヴィクトリー倶楽部の面々も可愛いのだ… 

  • 23二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 01:00:42

    からかい上手の方読んでローレル引いたけど育成ストーリーもめちゃくちゃよかった!
    一回育成してから読むと解像度あがっていいね

  • 24二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 01:02:46

    割とトレーナーガチ勢だよね

  • 25二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 08:01:58

    感想ありがとうございます

    >>22

    あの二人も可愛く書けてれば幸いです

    >>23

    ローレルはストーリーもいいですよね……

    >>24

    割と感情重めですよね……

  • 26二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 08:07:34

    素晴らしい…

  • 27123/04/12(水) 09:09:48

    >>26

    ありがとうございます

    ローレルオススメですよ

  • 28二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 16:59:13

    良かったよ

  • 29123/04/12(水) 19:37:38

    >>28

    ありがとうございます

    これからも良いものが書けるように頑張ります

  • 30二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 19:41:46

    甘々でいいですねぇ…良き良きです!
    ところでこれからもローレルを書いていくのですか?何となく気になってしまいました

  • 31二次元好きの匿名さん23/04/12(水) 19:48:45

    >>30

    ありがとうございます

    ここ数日はローレルが刺さったのと爆死したので書いてた部分があるからこの先は不透明ですねえ……

    普段は別のキャラメインなので時折書く感じになると思います

  • 32二次元好きの匿名さん23/04/13(木) 00:44:18

    チヨちゃんの格言エミュ地味に滅茶苦茶うまくてすき

  • 33123/04/13(木) 05:38:53

    >>32

    ありがとうございます

    格言は考えるのが大変でした

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています