【SS】骨折ウマ娘「神様、お願いです どうか…」

  • 1二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:15:26

    かつて――ケガに苦しんだウマ娘がいた

    誰よりも速く走りたい… ウマ娘なら誰もが抱く願いを胸に彼女は努力を続け、そのために多くの挫折を味わってきた


    彼女の身体は早熟すぎた。ウマ娘としての細い脚は身体とのギャップに苦しみ、デビューも大きく遅れてしまう

    体調に気を遣うため、暑い時期のレースを避けた。それ故、雨が降りしきる重馬場の時期にレースを繰り返すこととなった

    やっとのことで出場を果たした重賞レース……しかしファン数の少なさ故に、出走登録がいつ拒まれるかとやきもきしたものだった


    人の縁に恵まれたウマ娘だった。競走バのデビューに理解ある家に生まれ、有能なトレーナーと巡り合うことができた。ライバルと呼ばれるような強敵としのぎを削り、チームには自分を慕ってくれる後輩もできた

    まだ、これから。まだまだ、何だってできる
    前走を勝って、意気込んでいた彼女の耳に飛び込んだのは――


    『こちらが診断結果です。…レントゲンと合わせて説明しますので、まずは最後までお聞きください』


    ――骨折・全治六か月
    数々の挫折の末に栄光を掴んだはずのウマ娘にとって、あまりにも無慈悲な宣告であった

  • 2二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:17:05

    思考の整理がつかなかった
    トレーナーと連れ立って訪れた病院。医師から受けた言葉が頭の中をぐるぐると回った


    『競走能力の喪失には至りませんが…』
    『難しい部位を折って。リハビリには細心の……』
    『…歩行を除けば日常生活に支障はありませんので』

    『走るだけなら半年あれば可能です。しかし、競技を再開するほどの強度へ戻すのは……決して焦らずに。早くても、十か月はかかるでしょう』


    早くても、十か月。10ヶ月。300日
    それは競走界において致命的な長さだった

    能力を取り戻すだけで1年近く。レース勘はどうなる?コースの改修だって年々進んでいるのだ。ファンは覚えてくれるだろうか?

    違う。そんなことはどうでもいい。勝てるかどうかなんて問題じゃない


    「全力で……走れない、なんて…っ」


    脚に違和感を覚えたときから、薄々覚悟はできていた

    だがそれでも事実として確定された言葉は、血肉も想いも奪われたかと思えるほどに残酷で

    空っぽになった彼女の肩に、気遣うトレーナーの手が触れる。だがそれも、彼女にとっては体温のない重みでしかなかった

  • 3二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:18:18

    神が。…そうでなくとも、例えば1人の生を思うままに操るような存在がいるとすれば

    自分は、一体どんな神に魅入られたのだろう?


    「……不幸、なのかしら」


    デビューできる時期になって、半年間も。走ることを許されないまま同級生がファンの前で歌う様を目にし続けて

    散々苦しんだ1年目。不意の事故に悩まされた2年目。そして、超長期の休養を強いられる今…3年目の自分がいる


    「そんなことないわ!…だって、あんなにも……チームの皆もトレーナーさんも、私を…!」


    そうだ。トレセン学園に入学を許され、デビューが叶い、勝つことも出来て…

    ──こんなに運がいいウマ娘なんて、そうそういないはずなのだ


    そうは思っても、ただ。ただただ、自分を支えてくれる彼らが…"何も言わずに"自分を見守ってくれていることが…

    復帰を信じる声が、ないことが。『引退』の二文字を口にしても許されるであろうこの時間が――辛かった

  • 4二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:18:59

    「神様、お願いです…」


    自室の窓から空を仰ぐ。曇天に滴を降らせる暗い影は、見ているだけでも気が滅入りそうなほどだ

    それでも、仰がずにはいられない。言わずにはいられない。これまで縋ることなんて考えもしなかった。そうであったとしても、…きっとどこかにいるであろう"彼女"の耳へと届くように、祈らずにはいられなかった


    「どうか、私の脚を治してください。どうか、走れるようにしてください。全力で走りたい。他になにも……要りません。どうかお願いします。どうか。どうか」


    こんなに弱るのは、もうこれっきりにしようと思った

    走らずにはいられない。必ず走るために、レースへ戻るためには、もうこんなあやふやなものに縋るべきじゃない

    それが分かっているから。だからこそ、彼女は――



    "今だけは"と思い、涙を流して祈るウマ娘の姿


    それを見た女神は何を思っただろう。知るものは、誰一人としていなかった…

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:21:21

    長い──あまりにも長い時間が過ぎ去っていた


    300日。加えて、更に一か月半

    1年弱にも及ぶリハビリを経て、彼女はそこに立っていた

    他でもない、そのコース。慣れ親しんだ関西の競バ場に実況音声が響いている


    『G2・産経大阪杯。13番ゲートにはメジロマックイーン……数えること、343日ぶりの出走となります』


    1年前の天皇賞──トウカイテイオーとの2強対決を制したレース以来のことだ

    勝利を得たあのときの勝負服を纏い、彼女はそこに立っていた

  • 6二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:26:32

    走ろうとする気持ちを必死に抑え続けて。手探りの状態でトレーニングを少しずつ進め。どうしても出たいレースがあるから、と。その前哨戦のために、大幅に体重を増やしながらも出走した大阪杯である

    普通なら負けて当然のレースで……それでも、ファンは彼女を見捨ててなどはいなかった


    『マックイーーーン!!』『がんばれ!』『今年も勝ってぇ!』


    コースへと出てきたときに聞こえてきた自分の名を、心から勝利を祈る彼らの声はとてもとても熱かった

    これがレース。これが競バ。あまりにも懐かしく、そして恋しかった衝動こそ彼女が1年間こらえ続けたものだった


    『関西春の中距離重賞第1戦大阪杯。実力あるウマ娘たちがこの舞台を通り、天皇賞、そして宝塚記念へと向かうことでしょう。前走敗れた雪辱なるかナイスネイチャ、11か月ぶりの出走にファンも沸き立つメジロマックイーン、もちろん主役は2人だけとは限りません…』


    心臓が拍動する。他のウマ娘たちの鼓動までもが耳に響いてくるようだ。緊張と興奮、一瞬の残響──


    『小雨模様にも熱い歓声が響いています仁川の舞台、第37回・産経大阪杯――スタートしました!』

  • 7二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:28:10

    すごくいい…すごくいいんだけど、スレ画が!!

  • 8二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:29:10

    おおきなイチモツスレかと思った俺を殺してくれ

  • 9二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:31:34

    『各馬揃ったスタート……メジロマックイーン、いい出足だ!』


    ホームストレッチからのスタート。観客席のすぐ近くから大きな声が聞こえる

    帰ってきた。戻ってきた。長い長い雌伏を経て…足が動く。足が動く。出足もついて、足が動く――走れている!


    『名女優の復活に観客もスタート後からすでに大きな盛り上がり!前を行くマックイーン、外から追っていくのは………』


    大歓声。蹄音。降りしきる雨の音。土が抉れ、芝ごと跳ねていくこの感覚

    待ち望んでいたもの、慣れ親しんだもの、この1年間ほしくてほしくて仕方のなかった──それが全ていま、ここにある!


    (ありがとうございます)


    ウマ娘である彼女は、ほんの一瞬だけ…他でもない"彼女"のことを考える

    胸に抱くのは感謝の念。そして、次の一瞬にはそれすらも忘れ、ただ目の前のレースへと集中し……ウマ娘は、一歩を踏み出していくのであった

  • 10二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:34:14

    長い──そこそこに長い時間が過ぎ去っていた


    1年弱にも及ぶリハビリを経た復帰戦から、まあ大体半年くらいだ。彼女は、そこに座していた

    他でもない、その空間。慣れ親しんだ自室に独り、溢れかけた涙をこらえて彼女は座していた

  • 11二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:35:25

    神が。…そうでなくとも、例えば1人の生を思うままに操るような存在がいるとすれば

    私は、一体どんな神に魅入られたのだろう?


    苦しみながらクラシックのG1を勝った1年目。降着の憂き目に遭ったがURAの賞をもらった2年目

    そして、超長期の休養を強いられたのち…重賞を6戦5勝(うちG1を2勝・レコードタイムで走破したのが3戦)した3年目と4年目…

    京都大賞典を圧勝し、ファンクラブの会員数がトゥインクルシリーズに所属するウマ娘で初めて10万人を超えたと言われた二週間後に、重度の炎症に見舞われたのが彼女だった


    「神様……お願いです」


    自室の窓から空を仰ぐ

    曇天の下、今にも雨が降り出しそうな暗さに──彼女はそれでも空を見た

  • 12二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:38:24

    仰がずにはいられない言わずにはいられない願わずにはいられない。きっとどこかにいるであろう"彼女"の耳へと届くように、祈らずにはいられなかった



    「どうか……っ、私の脚を治してください。どうか、走れるようにしてください。秋の天皇賞でライスさんにリベンジしたいんです!テイオーとも本当は…ジャパンカップで!有馬記念とかでケガを治した彼女と戦いたい!ファンの方々もあと5万人…10万人くらい欲しい!たくさん走りたいんですぅぅぅう!!!」



    "どうかおまけしてくださいお願いします!あと2か月だけ!先っぽだけで構いませんから!"と思い、涙を流して祈るウマ娘の姿


    それを見た女神は……こう思った

  • 13二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:39:28

    >先っぽだけで構いませんから

    …うん?

  • 14二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:39:28

    女神『いい加減にしろ』



    (終)

  • 15二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:40:52

    いい話かと思ったらギャグ落ちじゃねーか!!
    良かったぞ!!

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