【ミステリ風SS】ラーメン探偵ファイン

1二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:52:49

世の中には2種類のウマ娘がいる。好きな麺類にラーメンを挙げるタイプか、それ以外か。

しかし彼女――ファインモーションはそのどちらでもない。

「麺類かぁ……パスタもいいけど、こっちに来てからはうどんが好きかな。え？　ラーメン？　何の話？」

そう、彼女にとってラーメンはラーメン。他の麺と比較できる土俵にあるとは、もはや考えの片隅にすら至らないのである。

その常軌を逸したラーメン愛は、トレセン学園内で夥しい尾ヒレをつけた噂となっていた。

曰く、生まれて3分で立ち上がり、天地を指して『ヤサイニンニクカラメアブラ』と口にした。

曰く、実家の隣国を買収し、首相官邸を古今東西の製麺機の博物館に改装した。

曰く、ラーメン五日連続は飽きる、と彼女の前で口にした生徒が翌日ダートに半分埋まって発見された――

しかし、彼女の類まれな知識と洞察力が、学園内のあらゆるラーメン関係の難事件を解決に導いてきたこともまた覆しようのない事実である。

脳にはチャーシューが詰まり、体には豚骨スープが流れているとすら形容される彼女を、周囲は畏怖を込めてこう称する。

『ラーメンが絡むとあの子ガチでヤバい』、と。

2二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:54:34

くいたん思い出す

3二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:54:37

「今日のお店も美味しかったね、シャカール」

「いや、今の偏見に満ちた紹介はスルーかよ」

「え、なにが？」

「まァ、お前がいいならいいけどよ……」

『ヒョエエエェェェェェェオ゛ッ』

「……今の聞いた？　きっと私の出番だよ、行ってみよう！」

「待て、1000歩譲って事件だとして、別にラーメン周りだとは限らねェだろ」

「大丈夫、行ってみてラーメン関係なかったら警察に通報するから」

4二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:55:36

適材適所を心得た二人が辿り着いたのは、学園でも特に古い建物の一番奥、家庭科室。

扉には内から鍵がかかっており、シャカールが呼びかけても返事はない。

「こうなったらもう仕方ないよね」

「すげェ目キラキラさせながら言ってんなお前」

この上なく自然な理由で扉を破って踏み込むと、ジャージ姿のアグネスデジタルが、糸の切れた人形のように荒れた室内の床に倒れこんでいた。

そして部屋の中央に位置する机の上には、ほとんど空のどんぶりが一つ。

「これ、ラーメンのスープだよ！」

「すげェ目キラキラさせながら言ってんなお前」

5二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:57:00

「やっぱりラーメン関係の事件だね！　とりあえずどうする？　白の着物に着せ替えとく？」

「やめてやれよ、まだ生きてんぞ」

「よく見たら靴も泥がついてるし、きれいにした方がいいと思うけどな。家庭科室だし」

「それは置いとけ……つっても、こいつがいつもみてェに意味不明なタイミングで意味不明なこと叫んでブッ倒れただけだろ」

「でも、それだけが答えとは限らないんじゃない？　ほらここ、頭の横にコブができてる」

「倒れた側とは逆の打撲痕……転倒前にできた傷、ってことか」

「そう、彼女は頭を強く打ってから倒れた。ちょうど犯人が考えた通りにね」

「……犯人？」

「うん、このラーメンを作った人がそう仕向けたんだよ」

「そりゃ無理があるだろオイ」

>>23

6二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:58:05

ファインの頭脳は既に事件の一部始終を見通していた。

『犯人』はまずアグネスデジタルにラーメンを振る舞う。それも極上の一級品、最高に美味いものを。

「そうするとあまりの美味しさに震えが止まらなくなるじゃない？」

「ならねェよ」

身に余る喜びをどう表現すべきか、迷いに迷ったデジタルは身体を極限まで振動させ――

「家庭科室は戸棚があちこちにあって頭をぶつけやすい。部屋の中が荒れてるのもデジタルちゃんが暴れまわったからだと思うの」

「お前脳ミソ取り替えてこい」

7二次元好きの匿名さん21/11/23(火) 23:59:05

「だいたいアレだ、この密室はどうやってできたのか説明できてねェ」

「密室？」

「オレたちが蹴破るまで、この部屋には内から留め金式の鍵がかかってた。窓も小さくて人は通り抜けられねェ以上、『犯人』とやらはどうやって外に出たんだよ」

「……確かに、部屋の中にいたのはデジタルちゃんだけだったね」

「留め金は磁石につかないステンレス製だし、糸なんかが通る隙間もねェ。どうやって外から鍵をかけて逃げたんだ？」

「ううん、鍵をかけたのは犯人じゃなくてラーメンなんだよ」

「何言ってんだこいつ」

8二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:00:03

『共振』という現象がある。

どのような物体にも固有振動数と呼ばれる周波数があり、これを外部から加えることで振動は大幅に増幅される。

究極のラーメンを食して全身を振動させたデジタルの揺れは、ある時点で鍵の留め具の固有振動数とぴたりと合い――

「『犯人』が遠くに逃げた後で鍵がかかるってわけ」

「頭大丈夫かお前、いやダメだろうな」

9二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:00:41

待ってごめんすごい変なツボに入った

10二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:01:01

33分探偵染みてきたなw

11二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:01:06

「とにかくそんなワケのわからねェ……いや待てよ……」

「シャカール？」

「『ジャージ』、『コブ』、『密室』……そして『ラーメン』。そうか、そういうことかよ……！」

「おーい」

「繋がったぜ、ロジックが……！」

「え、ホント？」

12二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:02:02

『犯人』はデジタルがラーメンを食べ終わった直後を見計らい、背後から側頭部を殴りつけた。

「だがここで『犯人』に誤算が生じた。仕留め損ねた……一撃じゃ倒しきれなかったってわけだ」

仕方なく逃げ出す『犯人』。一方でデジタルはどうしたか、反応は想像に難くない。

「外には自分を殴った相手がいる……あァそうだ、鍵は内側からデジタル自身がかけたんだよ、身を守るためにな」

あるいはパニックになり、何か対抗できる武器はないかと部屋中を探し回ったかもしれない。

「そうなりゃ室内の惨状にだって説明がつく」

そうしてさらに第二の誤算――デジタル自身の誤算が加わる。

「あいつはジャージを着て、その上靴には泥がついてた。トレーニングの直後だった可能性が高ェ」

激しい運動によって、おそらく彼女の身体は軽い脱水症の状態にあった。

「そこにラーメンをスープも含めてまるまる一杯だ。浸透圧差で一気に体内の水分が奪われちまえば、血液の粘度が高まって脳に酸素が供給されなくなる」

想定される症状は頭痛と眩暈。

「おまけに突然襲われた恐怖と緊張……失神するのに十分な材料が揃うんだよ」

13二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:03:38

「すごいねシャカール、まるで探偵みたい！」

「つっても『犯人』の正体はまるでわからねェけどな」

「それってもしかして、このラーメンを作った人がわかればどうにかなるかな？」

「……わかんのか？」

「うん、多分」

14二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:04:36

探偵要素全部シャカールに取られてない？？？？？

15二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:04:37

どんぶりの底にわずかに残ったスープを一口舐めるファイン。

「これは……」

ベースは醤油。そこに鳥ガラと豚骨、あとは臭い消しに香味野菜を少々。

コクと旨味を内包しつつも、あっさり感が強く細麺によく絡みそうな――

「――岩手名物、釜石ラーメン」

「マジかよ」

「岩手と言えばユキノビジンちゃんだけど……」

「あンの、あたしが何か……？」

ご都合主義のように折よく現れた当人を前に、ファインはしばらく考えてから、ひとまず先日テレビで見た刑事ドラマを参考に振る舞うことにした。

「シャカール、確保！」

「んだよソレ……ま、悪ィけどよ、話聞かせてくれ」

「ひえぇ……」

16二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:06:03

「……で、だ。そこで倒れてるデジタルについて、何か知らねェか？」

「ンだ！　そンことで誰か助けてけろと思って……」

「それって、つまり……」

「はい、お母ちゃんにいっぺラーメンさ送ってもらったもンで、デジタルさんにも食べてもらったんです。したっけ突然、『推しの手料理が体内に……あっちょっと尊み溢れる無理、離れて早く！』ってすンげぇ剣幕で言いささって」

「……はァ？」

「その場でガタガタ震えだしたもンだから、どうにかできる人を探して回ってたっけが……お二人が止めてくだすって、まンず助かりました」

「うーん、止めたっていうか止まったっていうか……ここを離れてすぐ、叫び声が聞こえなかった？」

「あぁ、あの珍獣みてぇな雄叫び、やっぱりデジタルさんの――」

17二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:06:43

こうしてあわや迷宮入りかと思われた怪事件は、ファインモーションの名推理によって無事解決を見た。

「これってつまり、私の推理がだいたい合ってたってことだよね」

「ドヤ顔すんのやめろ！　クソ、どいつもこいつもロジカルじゃねェ……」

何かお礼を、と申し出たユキノビジンに対してファインが頼んだのは、もちろん手製の釜石ラーメン。

「ほらシャカール、あんまりカリカリしてると麺が伸びちゃうよ？」

「うるせェ！」

琥珀色の淡麗スープと縮れ麺に舌鼓を打ちながら、二人はまだ見ぬ次の事件へ向けて英気を養うのだった。

18二次元好きの匿名さん21/11/24(水) 00:08:37

申し訳ない、ミステリ「風」であってミステリじゃないんだ。どんなにトンチキなトリックでも物語上で成立すればそれが真実なんだ。