履帯外れど前へと進む【SS】(捏造設定やや注意)

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 05:23:28

    私には才能がない。トレセン学園の試験を乗り越え入学し、ものの弾みで有名なベテラントレーナーのチームに入ることになり、レースを勝ち上がってG3、G2、そしてG1へ出てみんなの記憶に残るようなウマ娘になれるかも!なんて希望溢れる未来にワクワクしていた私へと冷酷に突きつけられた現実だ。
    待ちに待った学園生活はとても楽しく、すぐに友達もできた。学食を一緒に食べたり、放課後にはちみーを飲みながら他愛もないするのはとても楽しかった。だがここはトレセン学園。優勝劣敗の厳しい世界なのだ。

    同期が続々とデビューし、勝ったり負けたりする中で私はメイクデビューもなくなりかけている時期になってもレースに出なかった。
    同期のチームメイトと一緒に走ればあっという間に置いていかれ、全力で走った反動で上手く立てないところへ息を切らした様子も見せず心配そうに声をかけられる。
    いつか練習を続けてれば少しは成長すると自分に言い聞かせて必死に練習を続けても、未勝利戦をタイムオーバーしないという最低限の条件にすらとても届かないようなタイムしか出ない。当然レースに出たいなどと言えるはずもない。私の物語は、始めることすら許されなかった。

  • 2123/04/14(金) 05:24:30

    それでも何とかしたい。せめて8月の未勝利戦が終わる時期までは足掻きたい。そう思っていた私の心をどうしようもないほど折ってしまった出来事があった。
    チームにトレセン学園入学前の娘たちが見学に来て、練習を体験してもらうという恒例のイベントがあった。本来は学園のウマ娘の速さに憧れてもらうという趣旨のものだが、私はなんと見学に来た娘との併走で負けてしまったのだ。
    確かに本番さながらのものでは無く、あくまで練習の範囲だった。だが年下の、本格期も来てない娘に負けるとは思ってもみなかった。何とかして顔を造りその子に「すごく速かったね、いい練習になったよ。」と取り繕うような言葉を放った。そんな私に屈託のない笑顔でその娘が返事をする。「ありがとうございました!先輩!」
    私はどうしようもなく惨めになった。「本物」の前では、私はどうしようもない偽物に過ぎないと実感してしまった。

  • 3123/04/14(金) 05:25:41

    その数日後、私はトレーナーの元に行き、チームを、そしてトレセン学園を辞めたいと告げた。「そうか。」しばらくしてトレーナーから言葉が漏れた。「親御さんには伝えたのか?」
    「いいえ、まだ伝えていません。」
    「わかった。一人で伝えるのが辛かったら私も一緒に行こう。転校先の候補などの資料を後で渡すから受け取りに来てくれ。」
    「わかりました。」
    辞める理由は聞かれない。長年やっていれば私のように才能がない娘が辞めるのは多く見てきただろうし、聞くほどでもないのだろう。
    思った以上にサクサクと話が進むとか、学費を払ってくれた母親に対し申し訳ないないとか、様々なことをぼんやり考えていたら、思いもよらないことを言われた。
    「レースに出ずに辞めるのか?それとも1回だけ出るか?」
    そういえば自分のような境遇だと辞める前に1度走ってから辞めることが往々にしてあるという。辞めることを家族に説明しやすくなったり、記念に走って後腐れなく辞められたりするらしい。
    だが未勝利ですらタイムオーバーするであろう自分が果たして出るべきなのか。午前中のレースにひっそりと出てひっそりと負ける。よくある光景のひとつとして観客には忘れ去られ自分の中の思い出として抱え込む。それならばいっそ出ない方がいいのではないか。そんな思いが頭をよぎる。
    「すぐには決められないだろう。決まったらまたここに来てくれ。」
    固まっていた私にそう言ったトレーナーへ礼を告げて私は寮に帰った。

  • 4123/04/14(金) 05:27:28

    そして数日後、決心した私は再びトレーナーの元に行った。
    「親には辞めることを伝えたのか?」
    「はい。電話で事情を伝えたら、とりあえず1度会って話したいと言われたので予定を合わせて会うつもりです。」
    「そうか。夜遅くなる予定なら外出届を出してくれ」
    「わかりました。」
    「で、レースはどうする。」
    「出ます」意を決して私は告げた。
    「最下位になるかもしれませんが、それでも最後に1回、私はトレセン学園にいたという証を残しておきたいんです。」
    「・・・わかった」
    少し間を置いてそう言ったトレーナーは、おもむろに近くに置いてあったファイルから紙を取り出し、私に渡した。
    それはこの時期のレースが条件などとともに書かれており、ここから自分の出るレースを選ぶのだということを察した。
    様々な条件のレースが並び、どれがいいか、距離適性やバ場適正すらはっきりしてない中で自分が出るべきはどこなのか、そう思い資料を眺めているとあるレースに目が泊まった。
    〈G2 弥生賞 中山11R 芝2000〉
    太い文字で書いてあるそのレースは、かつて沢山の名ウマ娘を排出したレースで、今年はジュニア王者も出るらしく、自分のチームの同期も挑戦する予定だと言っていた。雲の上の戦いが行われる場所であった。
    その様子を見たトレーナーが呟く。
    「弥生賞か」
    「えへへ、見てるのバレちゃいました?太い文字で書かれてたからつい見ちゃったんです。」
    「そういえばここにチームのあの子も出るらしいですね。頑張って欲しいですね。」
    「それにしても私にとっては想像もできないようなレースですよね。みんな綺麗な勝負服着てて見るだけでも楽しいですよ。」
    言い訳のように言葉が飛び出てくる。少しの沈黙の後、気を取りなおそうと未勝利戦の欄に再び目を通した私に声がかかる。
    「弥生賞に出てみる気はないか?」

  • 5123/04/14(金) 05:28:05

    「……えぇえぇ!??」思わず声が出る。当たり前だ。未出走で弥生賞に出るなど聞いたことがない。さらに相手はクラシックを狙うトップのウマ娘。自分が相手では恐ろしい結果になることは火を見るより明らかだ。
    「無理ですよ!絶対勝てませんって!!それにそもそも未出走で出られるんですか!??」
    「出られるぞ。それに勝ち負けの問題は重賞に限らずだろう」
    さりげなく辛辣な言葉が降りかかる。
    「確かに今年も枠自体は空きそうですし出られはすると思うんですが、それでも重賞なんて。そもそもなんでこんな提案をしたんですか?」
    「まず君は初めてチームに入った時の挨拶で記憶に残るようなウマ娘になりたいと言っていただろう。重賞に出れば間違いなく記憶に残りやすくなるぞ」
    「それはそうですけど...」
    「次に重賞に出るウマ娘には学費の補助がある。親御さんにとっても助かるだろう」
    「今度は現実的な話が出てきましたね。」
    「そして、トップの景色を味わうチャンスがあるのに、そこを見ずに辞めるのはもったいないと思わないか?」
    「それは...確かに...」
    「だが当然デメリットもある。重賞は多くの人が見るし、2歳王者が出るトライアルともなれば注目度は高い。そこで大負けすれば当然悪目立ちしてしまうだろう。今後生きていく上でその事を覚えている人に会うかもしれないし、その事で気分が悪くなることもあるかもしれない。」
    「だから無理強いはしない。メイクデビューや未勝利戦を選ぶならそれはそれでいい。決めるのは君だ。」
    条件戦でひっそり下位で終わるか、重賞で盛大に負けて終わるか。エアコンの音がかすかに鳴り響く中、考えに考えた私は腹を決めて己の選択を告げた。
    「弥生賞に出ます。」
    「本当にいいのか?」
    「はい。どうせ負けるなら派手に負けます。両親も1度見てくれれば納得すると思います。」
    「そうか。無茶な提案をして済まない。今後君がなにか心無いことを言われないよう、私も出来る限りのことはしよう。」
    「ありがとうございます。そうと決まればトレーニングですね!」

  • 6123/04/14(金) 05:29:23

    私が弥生賞に出るという話は瞬く間に拡がった。チームのみんなは私を激励してくれて、色々なアドバイスをくれた。クラスの友達も、重賞に出るということで応援してくれた。相変わらず併走では大きく遅れ、心配される有様だったが、不思議と感じていた惨めな気持ちはなかった。そうしてできる限りのことをして、いよいよ本番の日になった。

    パドックに出た瞬間、私は圧倒された。今まで見た事もない数の人がそこにいる。未出走で重賞に乗り込んできた恐れ知らずの姿を見ようと私の方をしきりに見つめている人が何人もいる。その視線に圧倒されないよう、少し上の方を見ながら何とかやり過ごした。
    そしていよいよ本番だ。ゲートの裏まで来たが、今まさにレースに挑もうとするウマ娘と一緒にいると、肌がひりつくような感じがした。同チームの娘の方をちらりと見るも目が怖く、とても話しかける雰囲気ではない。
    そんな中で粛々と準備は進み、ファンファーレが鳴るといよいよゲートに入った。重苦しい機械の中でソワソワしながら、開くのを待つ。そしてゲートが開いた。

    覚悟はしていたが、やはりすぐについていけなくなった。最初で最後のレースのために必死にトレーニングをし、持ちタイムも少しは上がったが、到底通用するものでは無かった。
    世代トップクラスのウマ娘はこれほどまでに速いのかと驚きながら、それでもできる限り足を動かした。
    前へ進んでいく集団の足音がどんどん小さくなっていく。芝は脚に絡まり、風の音だけが私の耳に届く。吸う息が上手く肺に入らない。だがそれでも私は前に進む。前の集団が見えるか見えないかというほどまで小さくなり、そして消えた。
    ようやく第4コーナーを曲がり終え、最終直線に入った時、もう前でレースは終わっていることに気がついた。だが、それでも前に進む。短いと言われているはずの直線は私にとってとても長く、左からは前で終わったレースの歓声の余韻。そして私への失笑が聞こえた。

  • 7123/04/14(金) 05:29:35

    ようやく310mを走り切り、気が抜けたように芝へと倒れ込む。私への拍手が聞こえ、少しだけ笑顔になると、一緒に出走したチームのあの子が駆け寄ってきた。
    「大丈夫!??怪我とかない!?!?」
    「大丈夫よ。ちょっと疲れただけだから。」
    安心したのか顔が緩む。
    「完走お疲れ様。これで辞めちゃうって聞いたけど初めてのレースはどうだった?」
    「みんな先に行っちゃって何が何だか分からなかったよ。でも」
    「でも?」
    「楽しかった。」
    「なら良かった。みんな心配してるし早く立った方がいいんじゃない?」
    「芝が気持ち良いしもう少しだけ寝転ぶのはダメ?」
    「それは後で。今はみんなの所へ行こう。」
    差し出された手を取り立ち上がる。そしてその子と一緒にバ場を後にした。

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 05:30:33

    このレスは削除されています

  • 9123/04/14(金) 05:31:52

    そして数週間が経った。一部のニュースで私は面白おかしく報道され、ネットでは少しだけ話題の種になった。
    もう居なくなるトレセン学園で、今までで1番視線を感じるようになった。
    家族とはトレーナーを交えて話をし、改めて辞めることを伝えると、残念がりながらも納得してくれた。曰く、レース当日に中山で1番いいポジションを午前中から張っており、そこで私をみていたとのこと。
    あれを見て、しょうがない事だと納得してくれたらしい。今後は実家から近くの学校に通うことになる。後悔はない。全力で走ってあれだけ負けたのだから。悲しさもない。あれだけ負ければ逆に清々しい。
    なんとチームでは軽いお別れ会を行ってくれた。どうやら一緒に走ったあの子が企画してくれたらしい。企画してくれたことに感謝を告げ、そのひとときを楽しんだ。
    そしてついに寮を去る日が来た。1年間過ごしてきた寮の寮長へ挨拶を済ませ、荷物をまとめて門の辺りまで来た。
    同じクラスの友達がついてきてくれて、最後の別れをした。ウマスタは繋がっているし会いたければ会える範囲ではあるが、やはり悲しいものは悲しい。
    じゃあね。と言うと、涙を拭って手を振ってくれた。
    一陣の風が、私の頬を撫でた。

  • 10123/04/14(金) 05:35:34

    という訳でテンションが上がり4時間で書いたSSです。後で詰めた方が良くなりそうと思いつつも、どうせそうなったらいつまでも載せないと思い勢いのまま書ききりました。
    モチーフとなった馬はここまで匂わせていればみなさんも想像がつくでしょう。2018弥生賞のアレです。

  • 11123/04/14(金) 05:41:56
  • 12123/04/14(金) 05:47:51

    正直全く計画を練らないまま勢いで書いてしまったのでだいぶ端折っています。レース描写とか親の描写とか何もかも足りません。それでもここまで呼んでくれた方はありがとうございました。

    そしてこちらが前スレ(繋がりは無い)です。

    祭りの夕日を緋纏う二人【SS】|あにまん掲示板冬の西日が眩しく照り付ける楽屋の一室、ウイニングライブ会場に付設された12畳くらいの部屋でダイワスカーレットは踊っていた。曲を口ずさみ緩やかな動作でダンスの振り付け確認を行う彼女は、本位ではない二着用…bbs.animanch.com

    初投稿で改行がダメダメですが読んでいただければ幸いです。寝落ちして速攻でスレが落ちたので感想はここにお願いします。

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 06:10:27

    ただ去って行く者が多いであろう中、確かに何かを残せたんだよね 面白かったです

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 06:38:22

    清々しいけど少し切ないものが残るようなそんな話で良かったです

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 10:13:41

    すごく良いお話だったけどそのスレ画は?

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 10:23:53

    スレ画はM6重戦車だろ?
    主な戦歴は戦時国債購入を訴えるために乗用車を潰した程度だけど(あとT29用の105mm砲の試験車両になってる程度)

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 10:24:51

    ヘヴィータンク…

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 10:25:47

    >>15

    スレタイの「履帯外れど前へと進む」をウマ娘的解釈すると「蹄鉄外せど前へと進む」かなレースの世界から離れても人生は続く

  • 19二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 11:17:07

    あーそういうことか
    ありがとう

  • 20二次元好きの匿名さん23/04/14(金) 19:16:57

    このレスは削除されています

  • 21123/04/14(金) 19:17:34

    >>13

    >>14


    >>15

    感想ありがとうございます

  • 22二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 03:53:26

    >>16

    スレ画は意味そのままの重戦車で同じように活躍出来なかったやつを選びました。

  • 23二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 07:16:58

    >>18

    本当は進軍す、とか前進す、の方が良いかなと思いましたが他の予定してるSSのタイトルと被りそうなのでこちらにしました。大意はだいたいそれで合ってます。

  • 24二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 18:25:46

    まだ読み始めたばかりなのに落ちそうになってる。全く自分勝手だけどあと半日保って。

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