- 1二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:41:20
トレセン学園でトレーナーを勤めて10年かそこら。
幾人ものウマ娘達をターフに送り出してきた。最初に組んだウマ娘は怪我で引退させてしまった。
ダービーに出られる資格を得て舞い上がった俺たちの──いや、俺の調整ミスだ。
当時は若く、自らにハードワークを課した彼女に気づけなかった……。
涙ながらにごめんさい、と言う彼女に、しかし俺は酷い言葉をかけてしまった。
自分に落ち度があると認められなかった。ただの意地で、彼女を深く傷つけた。
後悔したのは、それからすぐ彼女が引退を決意した時。
才能があった。怪我だって治せば復帰だってできた。輝かしい夢を、未来を共に見ることができたかもしれない。
しかし、彼女にその決断をさせたのは俺だ。
夢も未来も、谷底に突き落としたのは、俺だった。
彼女はリハビリの後、学科を修了して学園を卒業した。無論、会うことはしなかった。
その間、俺は別の子を受け持っていた。
選んだのは高望みしない、トゥインクルシリーズを走りたい、ただそれだけの子だった。
その子の望む通り、しかし体調には気を使って、結果は惨敗。
彼女は重賞に挑むことなく、いくつかのオープン戦で掲示板入りして、引退していった。
それでもその子は、それなりに満足した顔で、私なんかを選んでくれてありがとうございました、そう言った。
何故だか、救われた気がした。
それから俺は、あまり高望みしないウマ娘ばかりを受け持ち、無理のない調整ばかりするようになった。
「才能のあまりないウマ娘を無理なく走り切らせるトレーナー」
それが俺の評価で、俺の立ち位置だった。
才能あるウマ娘には見向きもせず、また見向きもされず、しかしデビューすることなく卒業するウマ娘も少なくない学園に置いては、それなりに重宝されていた。 - 2二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:42:27
けど、それはウマ娘視点の話で、学園としてはそんな実績皆無のトレーナーを飼っている余裕はない。
そんな通告を受けたのは、トレーナー歴5年目だったか。
前秋川理事長の時代の話だ。
正直、トレーナーとしての熱意も枯れ、腐り切っていた俺は致し方なしと諦めていた。
そんな時だ。
最初に受け持ったウマ娘──彼女から連絡を貰ったのは。
どうやら結婚が決まったらしい。
結婚する前に会って話したいことがある、そう言われた。
人気のない所を待ち合わせに指定され、正直、恨み言でも言われるのかと思ったけど、違った。
──会うなり、一発殴られた。グーで。
道に無様に転ぶ俺に、彼女は言った。
不甲斐ない、と。
私をダービーまで導いといて何ですかその不甲斐なさは、と。
これでも重賞をいくつか取ってダービーに出走が決まったのは私の誇りです、と。
なのにあなたは私の誇りを──私たちの誇りを汚し続けている、と。
その瞬間、涙が零れ溢れた。
俺はその場に座り込んで泣きじゃくった。
彼女は誇りにしてくれた。誇りに思ってくれていたのだ。
嬉しく、悔しく──そして不甲斐なかった。
後々になって聞くと、彼女の職場には何人かトレセン卒のウマ娘がおり、俺が担当だったと話すと大変驚かれたらしい。
彼女はそれをずっと歯がゆく思っていて、だから結婚という新たな門出を前に話しておきたかった様だ。
最初は私との事は気にしないでいい、そう言うつもりだったららしいが、俺があまりに情けない出で立ちだったから、つい手が出てしまった様だ。
苦笑しながら、ごめんなさい、と言う彼女に、俺は申し訳ありませんと頭を低くして謝った。
ようやく、謝る事ができた。 - 3二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:43:45
そしてトレーナー熱を取り戻した俺であったが、心機一転順風満帆、とはならなかった。
トレセン学園での俺の立ち位置を広まり切っており、才能あるウマ娘には「ふざけるな」と断られ、ただ出たいウマ娘を断っては「裏切り者」と罵られた。
まぁ身から出た錆びとして真摯に受け止め、やる気はあるがあまり才能はなく俺でも構わない、というウマ娘にどうにか出会う事が叶った。
体調に気を付けた調整を続けた結果、皮肉なことに体調を見極める目だけは養われたらしく、そのウマ娘は怪我を負うことなく、されど三つのG3を勝利した。
なにより、俺自身初となるG1に出走してくれたのだ。
結果は掲示板外の負けで、俺は悔しくて泣いた。
しかし、G1に出走して負けて泣けたことで、あの日のダービーをようやく吹っ切ることもできた気がした。
同時に俺の首も繋がった。言うことなしと言えるだろう。 - 4二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:46:51
続きはどこだ…?
- 5二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:47:19
そうして数年、G1は取れちゃいないが俺の評価も修正された頃、
「俺が一流のトレーナーだ!」
模擬レースの後でそんな事を高らかに宣言した新人がいた。
すげー馬鹿が出てきたもんだ、とそれが第一印象。
しかし、そんな馬鹿に構っていられる暇はなく、俺はその場を離れあるウマ娘に声をかけた。
「なぁ、そこの君?」
「え、あ、私ですか?」
「そう、君。スカウトしたいんだが受け入れて貰えるだろうか?」
「えぇっ! あの、私でいいですか!? だって私の名前は……」
「──スローモーション、だろ?」
ウマ娘の名前は生まれる前から決まっている。
そして、なんの因果か中々にとんでもない名前のウマ娘が生まれることがある。
先ほどの模擬レース。彼女は最後尾に近く、いい走りをしているとはお世辞にも言えない。
しかし、俺の目には実力を出し切れていないのは明らかだった。恐らく適正距離ではないし、それに精神的なものが大きいはずだ。
「そうです。私、ウマ娘なのにこんな名前で……きっと入学できたのも、何かの間違いなんです……」
どうやら当たりらしい。名前を気にするウマ娘はそれなりにいる。
確か、ちょっと前にはデビューしたナイスネイチャもそうだったはずだ。素晴らしい素質、という名前を与えられてしり込みしていたらしいが、この子の場合はその逆だ。 - 6二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:48:13
だから、俺はこんな言葉を投げ掛けた。
「それじゃあ、君はなんでトレセン学園に入学しようと思ったんだい?」
「……え?」
「『ただ走りたい』だけなら、ローカルシリーズでもよかった。違うかい?」
そう言うと、スローモーションは口ごもった。
「それは、その……」
「──誇り」
「はい?」
「君のその名前を誇りに変えてみる気は、あるかい?」
「あ……」
彼女は目が点になり、息を飲む。
「できれば、だけどさ」
「な……なん、なんでしょう?」
「君の名前を、俺に誇らせて欲しい。その由来を作らせて欲しい。君に、その気があれば」
そう言い切った俺に、スローモーションは一度目を閉じた。
胸に手を置き、その手を握りしめると、しっかりと目を見開いて俺の目を見た。
「よろしくお願いしますっ!」
そうして、彼女との二人三脚が始まった。
スローモーションはマイル戦線で頭角を表し、重賞も勝ち取っていくことになる。
しかし、三年後。
一度もかち合うことのなかった、あの一流の馬鹿と悲願のG1・安田記念で出会うことになるとは露程も思わなかったのである。 - 7二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:48:45
- 8二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 03:49:26
おつ。深夜だが大変よいものを見させてもらった
- 9二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 04:34:17
おつ
良かったよ - 10二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 05:49:52
モブウマ娘の時代キテるな
- 11二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 06:52:12
速すぎて周りがスローモーションに見える…という願いが込められているんだきっと
- 12二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 08:21:58
よかった!
- 13二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 08:32:55
チーム持ってるようなランクのトレーナーでもなさそうなのに、5年目ですでに悪評から首になりかけるほどモブを量産……?というところが引っかかったかな
最初の子がダービーあたりで引退という事はクラシック期なので2年目、次の子は無難に終わったなら5年目って二番目の担当が一区切りついた程度の頃では……
一人目を怪我で引退させたのはともかく、二人目が微妙な素質の子を微妙な成績で終わらせた(怪我はなし)なら、首にされる謂れはない過ぎる…… - 14二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 09:20:55
そもそもシニアに行けないんでない?
なんだったらジュニア期で引退した娘も多そう。 - 15二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 10:27:47
おもしろかった。
でも、なんでド深夜に投稿したのか? - 16二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 11:23:56
実際の馬でも、2戦とか3戦で引退する馬もいるし、そういうウマ娘ばっか引き受けて来たんじゃない?
- 17二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 12:02:20
大変おもしろかった。
後、芸が細かくて感心した。 - 18二次元好きの匿名さん21/08/26(木) 12:14:34
トレセンにいるモブ娘って地方だと一位二位を争うレベルだから、その中でブロンズ集めれるほどのネイチャって
- 19作者21/08/26(木) 12:50:50
感想ありがとう。
書き直した方がいい? - 20二次元好きの匿名さん21/08/27(金) 00:05:12