【SS】君の見ている景色

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:50:37

    ダイイチルビーさん、お誕生日おめでとうございます

    とはあまり関係ないSSです

    こちらと関連した話ですが、単体でも読めます

    【SS】憧れの脚|あにまん掲示板お嬢のシナリオをやって、ストーリーがぶっ刺さりましたなんでそんなにぶっ刺さったのか言語化しようとしたら、最終的に「脚が速いところ」と言う小学生みたいな結論に至りましたまたもやなんでそんな結論に至ってし…bbs.animanch.com

    貴方に惚れ込んではや一ヶ月、少しでも貴方のような格好いい人になれるよう頑張ります

    トレーナーの性別に指定はありませんので、お好きに想像頂ければ嬉しいです

    元ネタが実際の競馬で導入されたシロモノなので、実際の競馬を絡めた要素が嫌な方は閲覧にご注意ください

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:51:10

    私は、ウマ娘になることは出来ない。
    どんなに速いと思っても、どんなに格好良いと思っても、それはただの憧れで、叶うことはない。

    「…随分と、顔色が良くないようですが」

    担当ウマ娘である、ダイイチルビーとのミーティングの時間…の筈なのだが、私はトレーナー室のデスクに突っ伏していた。
    華麗なる一族がどうとか、分別ある大人がどうとかではなく、それ以前に自己管理が出来ていない人間と言うのは迷惑千万である。
    まず、こんな状況になってしまい申し訳ない、と謝る。

    「…謝って頂きたい訳ではなく、この様な事態になった原因を伺っているのですが」

    半ば呆れ顔で、私に問いかけてくる。
    …吐き気を催す身体を這うように動かしながら、その原因になった物を彼女に渡す。
    それが何か、すぐにピンと来たようだ。
    超小型の、ウマ娘の耳の付け根辺りに取り付けるカメラと、タブレットにインストールされた、その映像を映し出すソフトウェア。
    所謂…目線カメラと言われる物だ。

    「近々レースに導入を検討している代物ですね。ウマ娘達の目線からレースを見られると言う試みが好評だったとか。…貴方がそのモニターで参加していたとは…いえ、その様な気は薄々しておりましたが」

    普段は体験することすら出来ない、ウマ娘自身の目線でのレース映像。
    それが見られると聞いて、喜び勇んで体験モニターに立候補してしまった。
    …身体への影響など、微塵も考えずに。
    当たり前だが、ウマ娘のレースと言うのはヒトの走る速さを遥かに超える存在が、ただ一つのゴールを目指して駆け出していく、非常に危険な物だ。
    目まぐるしく展開が入れ替わり、ラストスパート時のデッドヒート等はもはや一種の格闘技を見ているかの様な有様だ。
    そしてそのカメラ映像も、それに呼応するように激しく動く。
    …そして私は、それを食い入るように見た結果、見事に酔ってしまったと言う訳である。

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:51:35

    「…何をしているのですか」

    一部始終を伝えながら、自分でもそう思ってしまう。
    貴方の…貴方の映像が…見られると思って…、となんとか言葉を絞り出す。

    「口説き文句のつもりでしょうか。確かに私に装着すればそれは可能です。しかし、実際映像を見た結果酔っていては意味がない上、それは叶わないのでは?貴方の夢を追う前に、私のトレーナーと言う本分を忘れないでください」

    口説き文句などではなく本心を言ったつもりだったが、結果的に業務に支障が出る状態になってしまったのは確かである。
    事実を突きつけられ、謝る他なくなる。

    「不意の体調不良はけして珍しくはないものです。しかしこれでは…貴方を交えたトレーニングもままなりませんね。後日改めて行いましょう。貴方は療養に専念してください。私は自主トレに行きますので、何かあれば連絡させて頂きます」

    そう言い残し、彼女はトレーナー室から去ってしまった。
    部屋に残されたのは、担当ウマ娘を呆れさせ、自己管理もままならない情けない大人一人。

    自己嫌悪に陥りながら、カメラを見やる。
    何故あの時、喜んで立候補してしまったのか。
    結果こうして迷惑をかけていては、何もならない。

    …私の夢を追う前に、彼女のトレーナーであることを自覚しろ。
    呪文のように、心の中で繰り返す。
    ……そもそも、私の夢とは何なのだろうか。

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:52:07

    ウマ娘と言う存在に憧れた。
    当たり前だが、私は、ウマ娘ではない。
    だからこそただ速さを追い求める、その在り方が。
    ただ走りたいと願う、そのむき出しの欲求が。
    全てが、私には美しく眩しかった。
    その生き方に、熱狂した。

    この世界に入って、知ったことがある。
    ウマ娘達の全盛期は短いこと。
    そして、ただ速さを追い求めていくだけでは栄光を掴むのは難しいこと。
    憧れだけでは、どうにもならない壁があること。
    様々な「現実」を知って、私の心は燻るだけの燃えカスになっていった。

    だが、そのどうにもならない壁を。
    ただ速さを追い求め続け、憧れたその熱狂を。
    私の憧れを肯定し叶えてくれるかもしれない存在に、出会ってしまった。
    その全てを燃やし尽くすような真紅の瞳に、そのただ速い脚に魅了された。
    私の心に、火が付くのを感じた。

    …だからこそ、今回の目線カメラのモニターに参加した。
    私は、彼女の見ている景色を感じたかった。

    これを彼女の目線で見られたら、どんなに興奮する物になるだろうかと。
    彼女がバ群を割っていく様を。
    彼女が、電光石火の末脚で全てを抜き去り、ゴール板を駆け抜ける様を。
    恐らくその時、年甲斐も無くはしゃぐ私が映るだろう。
    彼女が勝つ、勝手にその前提で妄想を膨らませていた。

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:52:51

    同時に、彼女らが過酷な世界で戦っていることも、改めて痛感した。
    サンプル映像ですら分かる、レースの激しさ。
    上がる土煙、飛び交う芝の破片。
    そして…何よりもその、速さ。
    映像で見ているだけでも、恐怖を感じる。

    私達が祈りを託す「夢の景色」は、一寸先も分からない恐怖を乗り越えた先に成り立っているのだ。
    …そう感じた瞬間、私の身体は無意識に動いていた。
    もはや自分が調子を崩していることなど、頭から吹っ飛んでいた。

    「…息を切らしているようですが。もう、身体の具合は良くなったのですか?」

    彼女は、ジャージ姿でグラウンドに居た。
    貴方と少しでも一緒に居たいから、と答えになっているのかなっていないのか分からない返答を反射的に返した。

    「はあ。では…ラップ走のタイムを測りましょう」

    頷いて、「いつも通り」のメニューをこなすことにした。
    ルビーはいつも通り、良いタイムを出してくれた。
    これなら、次のレースも良い結果が期待出来るだろう、と皮算用していた。

    いい感じだ、と満足して休憩に入ろうと提案した時、ある思いがよぎった。
    …この景色は、この「いつも通り」は。
    ひょっとしたら本当に奇跡の上に成り立っているのではないか。
    そう思うと、居ても立っても居られず彼女に提案する。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:54:33

    「目線カメラを使って映像を撮りたい、ですか。しかし…」

    私に訝しげな目線を向ける。
    元はと言えば私が映像を見て酔ってしまったことで、断念した経緯がある。
    …私が映像を残したいから、と言うと彼女はしばらく思案した後、それを了承してくれた。

    「…貴方がそこまで言うのでしたら。…少々お待ちください」

    グラウンドから去ったと思ったら、彼女は勝負服に着替えてやってきた。
    わざわざ着替えてくれなくても良かったのに、と言うと彼女はこう返す。

    「…貴方は、私の見ている景色が見たいのでしょう」

    状況がイマイチ飲み込めないまま頷く。

    「ヒーローが、見ている景色を」

    タブレットを点ける。
    そこに映し出されたのは、眼の前の彼女の見ている景色。
    近くなのに、遠い景色。
    カメラを通して、広いターフの景色が映る。

    私は、ウマ娘になることは出来ない。
    そして、私が私として生きている限り。彼女の担当トレーナーである限り。
    その景色を見ることは叶わない。…筈だった。

    「華麗であれ。至上であれ。珠玉であれ。憧れる姿が、いずれ自身を望む姿に変える」
    目を閉じ、胸に手を当て、自身の玉条を口にする彼女。
    これを口にした時の彼女の走りは。
    ──全てを、置き去りにする。

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:55:38

    トラック一周。ほんの一瞬。
    しかし、それは私の眼に焼き付くには充分過ぎる時間で。私が彼女に夢を見るには、充分すぎる速さで。
    格好良かった…速かった…と小学生の様な感想を言うことしか出来なかった。
    そして同時に湧き上がる、この走りをもっと見たいと言う獣の様な感情。
    確かに映像を見るのはしんどい。
    しかし私は、疲労か興奮から来る物かわからないが溢れる笑みを抑えられなかった。

    「…貴方は…そうなのでしょうね。ならば…何度でもお見せしましょう。貴方が魅了された電光石火の走りを。私が見ている…景色を」

    彼女が横に目を見やると、遠くから何かが猛スピードで走ってきた。

    「お嬢に頼られて嬉しいウチ☆ちゃけば走りは本気のウチ☆」
    「よろしくお願い致します、ヘリオスさん。そうであって貰わなくては…貴方に来て頂いた意味がありませんので」

    …何故かダイタクヘリオスが併走する形になった。
    併走コースは、1200m芝。
    しかしそれがより、リアルな絵を演出することになった。

    逃げるヘリオス。マークするルビー。
    こちらを気にするヘリオスの目線。
    スパートを掛けるため、一気に踏み込むその出脚の力強さ。
    絶対に先頭に立たんとする、ルビーの気迫。
    絶対に抜かすまいとする、ヘリオスの根性。
    たかが併走、されど併走。

    「…ここまで脚を使わされるのは…流石です。ですが…!」
    「お嬢と走れて嬉しいウチ…だからこそカッケーとこ見せたいってゆーか!」

    超一流のアスリート二人の意地のぶつかり合いが、息遣いが直に感じ取れた。
    トレーナーとしても、一介のファンとしても、…これは本当にとんでもない物を見ているのではないか、と言う感動に支配された。

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:56:11

    「どうでしたか。…私も相手が居ることで幾分か高揚し、走りに変化が出た様に思います。…涙を吹いてください。鼻水も出ています。お二人共です」
    「ぴえん…。でも内心テンション爆アゲ…」

    一緒に涙と鼻水を拭きながら、今度ヘリオスに何か奢ろう、そう思った。

    併走に付き合ってくれたヘリオスを見送って、彼女と並んで映像を見返す。
    その迫力に、感動と…恐怖を覚えた。
    思わず、怖くないのかと聞いてしまう。
    ほんの一瞬、彼女の顔が不安で崩れるのが見えた。

    「…恐怖を感じない、と言えば嘘になります。なにせこの小さな身体…いつ弾き出されてもおかしくはない。私の脚質上…バ群の中に割り込んでいく判断も時には求められる。スプリント戦は…何よりもスピードが問われる」

    言葉にすると、彼女は改めて過酷な世界で戦うことを選んだのだと思わされる。
    今日の走りを、明日出来る保証は何処にもない。
    ほんの些細な切っ掛けで、順調だった人間の歯車が狂わされるのを何度も見てきた。
    それでも、と彼女は言葉を続ける。

    「…私は、誰よりも速く駆け抜けたい。その思いに抗えないのです。…お母様と…貴方が示してくださった…その道を、走り続けたいのです。ですから…これからも、私のトレーナーとして…歩んで頂けますか」

    差し出された手を取り、私は頷く。
    ずっと、貴方の走りを見ていたい。
    貴方が見る景色を、私も一緒に見たい。
    その為なら、何でもやりたいと伝えた。

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:58:25

    「「ありがとう」」

    言葉が、重なる。

    走ることを選んでくれて、ありがとう。
    生きていてくれて、ありがとう。
    私に夢を見せてくれて、ありがとう。

    私と出会ってくれて、ありがとう。
    万感の思いを伝えながら、またしても私の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのだった。

    ─君が見ている景色 終わり─ 

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:58:42

    以下後書きです(筆者のリアル競馬観戦事情も絡めていますので閲覧にはご注意ください)


    元ネタは今年の桜花賞のジョッキーカメラです。

    実際初見時にはブレる映像に酔ってしまいましたが、慣れるとこれは本当にすごくすごい映像なんじゃないか?と何度も繰り返して見る様になりました。

    競走馬のスピード、レース其の物の激しさ、咄嗟の判断が求められるジョッキーと言う職業の凄さ、そして、勝利を掴むために尽力する沢山の人々の、勝者と敗者各々の立場からの生の声。

    それを知ったからこそ見返してまた染みる、川田将雅騎手がレース後にリバティアイランド号にかけた「ありがとう」の一言。

    皐月賞が始まってしまえば、また違う映像と衝撃でこの思いは上書きされていく(良い意味で)気がしたので、それまでに間に合わせたかったと言う理由があります。


    ネタ自体はルビーのシナリオをやって、最初の話を書いた時からなんとなく妄想していましたがこれをネタに書こう、と私の背中を押したのはやはりあの映像でした。

    ウマ娘のレース映像も、こんな風にウマ娘自身の目線から残されていたら迫力がとても凄いだろうな、と子どもの様な想像をしながら書きました。

    ルビーの話を書く時は彼女に惹かれた理由が理由なので、子どもみたいな感性で書いている気がします。

    後書き含め、読んで頂きありがとうございました。

    良ければもう一本のルビーのお話も宜しくお願い致します。

    (こちらは純粋に誕生日を祝う話です)

    【SS】貴方と刻む【トレウマ】|あにまん掲示板本当は誕生日には別のルビーのSSを書くつもりだったのですが、それを書いている最中にアイディアが浮かんできてしまったので別にサックリと読める形でSSにしました誕生日プレゼント、本当に悩むものです 時系列…bbs.animanch.com
  • 11二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:59:02
  • 12二次元好きの匿名さん23/04/15(土) 23:59:54

    (目線カメラ関係なくなってる私…間に合わせたいのがモロバレな私…)

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/16(日) 02:10:44

    ネタの着眼点がなんかすき 
    話もすき 

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/16(日) 02:22:08

    何だか変な時間に目が覚めてぼんやりスレを見てみたら、スレを見つけたので読んでみました。
    桜花賞のジョッキーカメラ凄かったですね……当たり前ですけど、土や石が飛んできてるしすごく揺れるしでこの中を走ってるんだなと、改めて騎手さんや競走馬達の偉大さを知ることが出来ました。一番好きなところはゴール後に労る場面ですね。
    話をSSに戻すと、やっぱりその景色を知りたいと思うのは、トレーナーとして当たり前にある感情なんだと思います。それを知ることが出来るならと、飛び込んでしまうと思うんですよね。
    確かに一緒に走ることは出来ないです。でも、想いは一緒に乗せることが出来るんだと思います。
    ……何言ってるんでしょうね自分は。
    凄く良かったです。書いてる人の想いが乗っているお話は総じていいものだと自分は思っています。

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/16(日) 09:12:35

    >>13

    ありがとうございます

    もう少しそれをいかした話づくりがしたかったなあと思いますがそう言って頂けて嬉しいです

    >>14

    ありがとうございます

    本当にあの世界は一戦一戦が過酷で、だからこそ掴み取る勝利が格別な物になるのだと、俯瞰視点では気づけないことが気付ける貴重な映像でした

    ウマ娘達もあんな世界で戦っているんだなあと思うと、戦うことを選んで私たちに夢を見せてくれるけと、トレーナーの元に無事に帰って来てくれることが奇跡なのだとより愛おしく感じる様になりました 

    まだまだ未熟ですが、何か強い思いやテーマは込められたら、と考えているのでそう言って頂けて嬉しいです

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/16(日) 19:21:09

    タブレットを点ける。
    そこに映し出されたのは、眼の前の彼女の見ている景色。
    近くなのに、遠い景色。
    カメラを通して、広いターフの景色が映る。


    ここで脳裏にレース場の風景が広がりました。
    ジョッキーカメラ良かったですよね。一昨年のフォア賞(ディープボンド)のジョッキーカメラも見たのですが、お馬さんごとにやっぱり見える景色が違って、きっとウマ娘ちゃんもひとつたりとも同じ景色は見えないんだろうと思わされました。
    『私と出会ってくれて、ありがとう。』
    個人的に、誕生日のメッセージとして一番好きな言葉です。この作品で拝見できて嬉しいです!

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/16(日) 22:02:50

    >>16

    例え同じコースを走ることができたとしても、その眼が映し出す景色は立場や走り方でまるで違うのだろう、と今日のジョッキーカメラ映像でも実感しました

    レースの世界の華やかさと、一瞬の判断が明暗を分ける残酷さや、文字通り例え泥に塗れようとも、走り続けなければならない過酷さを克明に映し出すあの映像を見て改めて、走り続けることを選ぶ覚悟の重さを思い知りました 

    だからこそ、それを選んでくれたこと、筆者の私自身に何かに憧れる情熱を思いださせてくれたこと、全てにお礼を言いたくてあの台詞を入れました 

    リアルとフィクションがごっちゃになってしまっていますが、あんな映像をウマ娘の世界でも見られたら楽しいだろうし辛いだろうな、と言う単純な理由で書き始めました

    色々言いたいことが纏まっていませんが、読んで頂きありがとうございました

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