新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.4

  • 1◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 03:01:02
  • 2二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 03:06:57

    立て乙です
    とりあえず10まで進めておいた方がいいかな

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 03:07:39

    立て乙&埋め立て

  • 4◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 03:08:25

    「あとはホープフルステークスと、有馬記念だな」
    「ホープフルは、あの子が出るんだよね」
    「ああ。あのフードのやつだ」
    「……どうなるんだろ」
    「さあな……でも、あいつはきっと爪痕は残すだろうな」
    「ひぇ〜……怖いから嫌いなんだよなあの子……お兄ちゃんのこといじめるし」
    「いじめられてねぇよ」
    「お兄ちゃんのことお兄ちゃんって呼ぶし」
    「煽ってるよな、あれ」
    「あたしへの煽りだよあれは。お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼んでいいのあたしだけなのに」
    「誰もお前だけとか言ってないだろ」
    「やだね! お兄ちゃんの妹は未来永劫このあたしだけなのだ!」
    「そりゃそうだが」
    「でしょ? じゃああの子がお兄ちゃんって呼ぶの、おかしくない?」
    「……そもそもお兄ちゃんって呼び方は、妹限定じゃないだろ」
    「限定だろ」
    「じゃあおかんはどうなるんだよ。小さい頃俺のことお兄ちゃんって言ってたろ」
    「あれはあれだよ。あれ……ほら」
    「なに」
    「あたしに言い聞かせるあれ」
    「はあ……?」
    「やめろよその顔、あたしももうよくわかんなくなってきてるから!」

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 03:09:46

    でもその煽りがあったからにぃには前に進めたところがあるからライバルって大切
    (再開したし埋めるのは後にしましょう)

  • 6◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 03:18:44

    「有馬記念は?」
    「有馬は……あれが出る」
    「あれって?」
    「前担当の世代の、“最強”」
    「……ぉぅ」
    「どうした?」
    「いや……最強、と言われましても。なんかこう、厨二か? と……」
    「……まあ、間違っちゃいないな」
    「えっ……え?」
    「いや、なんでもない。……そいつには何度やっても勝てなかった。前担当の“簡易領域”で覗いても無理だった……自力が違いすぎるんだ」
    「前先輩のって……観察眼の延長、って言ってたっけ」
    「ああ。相手を覗き見するって言った方が早いな。そういった特殊なものだから、本来の“領域”とは異なる。限界の先……ってのじゃない」
    「……やっぱトゥインクルシリーズってやべぇやつしかいないね」
    「ああ。その中に俺たちはいるんだ、怪物でも化け物でも喰らい付いていかないとな」
    「……急に暇してるのが申し訳ない気持ちになってきた」
    「気持ちはわかるけど、今は焦ったって仕方ない。ゆっくり休ませるのが一番の近道だ」
    「うん、わかった」

  • 7◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 03:18:54

    「じゃあ適当にゴロゴロしとけ」
    「嫌。ゲームしよう、にぃやん」
    「しねぇって」
    「やだ。やろう」
    「えー……」
    「PCゲームでもいいからさ、にぃやんやってるとこ見せてよ。あたしは特等席に座らせてもらいますんで」
    「は? おい、ちょっ……なにしてんだお前……」
    「へっへっへ〜、あたしの特等席ですよ、にぃにのあぐらの上は」
    「邪魔だよ」
    「嬉しいく・せ・にぁ痛っ!? 殴ったな!?」
    「邪魔だっつってんだろ」
    「いいじゃんこれくらい! 小さい頃はお風呂入る時いつもこうしてたでしょ」
    「いつの話してんだよ」
    「幼女の生尻を載せてたんだぞ、足に」
    「やめろ気持ち悪い」
    「気持ち悪くなんかないわ! すべすべつるつるで気持ちよかっただろーが!」
    「変なこと言うのやめろお前まじで!」

  • 8◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 03:24:41

    「ったく……なにやるんだよ」
    「なんでもいーよ。格ゲーでもFPSでも」
    「お前がやりたいやつでいいよ」
    「ほんと? じゃあクラフトビルダーズやろ。お城作りたいの」
    「お前最近ずっとやってるもんな」
    「ふっふっふ。そろそろ完成が見えてきて建築作業も佳境なんすわ」
    「仕方ない。手伝ってやるよ、解体作業」
    「建築って言いましたよ? お兄さま聞こえていらして?」
    「ぶっ壊してやる」
    「ひどっ!」
    「そういやお前のワールド見たことなかったな。探索していいか?」
    「え、やだよ」
    「なんでだよ」
    「見られたくないものがあるからですけど」
    「ぁ、……そう」
    「なんだよその顔は〜! 別に変なものじゃないよ、ただのアレですよ、あたしの秘密」
    「……」
    「ため息やめろ〜!!」
    「ぅゎ、ちょ、やめろおま、っ……耳で顔叩くのやめろおまっ!」
    「た〜め〜い〜き〜や〜め〜ろ〜!!」
    「わかっ、わかったから、わかったからやめろ!」

  • 9◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 03:33:34

    「…………狭い」
    「ん?」
    「暑い。重い。邪魔」
    「あー……だいじょび」
    「なんも大丈夫じゃねぇよ。いつまで乗ってんだよお前は」
    「特等席でしょーがっ! ほれほれ、ちゃんとあたしの体重受け止めてくださいよ座椅子さん」
    「お前落とすぞ」
    「あたしはもう落ちてまーす」
    「は?」
    「あたしの心はお兄ちゃんに落とされちゃっているの☆」
    「きっしょ」
    「は〜? 今なんて言いました? は〜?」
    「めっちゃきもい」
    「2回も言いやがったこいつ……」
    「何回でも言うわ」
    「可愛い妹に対してひどい! わかってんの? あたしが本気出したらお兄ちゃんなんてちぎりパンみたいにひねってちぎれるんだよ?」
    「ウマ娘のパワーだとまじで出来る気がしてリアルだからやめろ」
    「あと、さ」
    「ん?」
    「……こんなに顔が近いと、できちゃいそうだよね、キス」
    「ぉ、お前……」
    「……してみよっか。昨日見てたドラマでも、こんな感じでしてたような気がする」
    「おい……」
    「お兄ちゃん……目、閉じて」
    「……」
    「んー」
    「爆弾設置完了」
    「……え、ちょ待って嘘だろ!? いやマジだこいつマジで仕掛けてる! ちょちょちょお兄ちゃんこのお城めっちゃ時間かけてるの! もう1ヶ月はずっとこのお城に全略注いでるの!」
    「さーて点火するかー」
    「やぁぁああああめぇぇぇぇてぇぇぇええよおおおおお! 許してぇぇぇぇえええよぉぉぉおおおおおお!!」

  • 10◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 03:33:45

    本日はここまで

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 03:38:06

    乙でしたー
    ライバルや厨二先輩のレースは果たしてどうなるか

  • 12二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 08:02:45

    お疲れ様でした〜
    いよいよ年末のG1ラッシュか

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 11:09:02

    怪我が大したことなくてよかった
    オグリも怪我で春全休してるしな

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 17:46:29

    妹ちゃんが何を作っているのか気になる

  • 15◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 17:56:29

    二週間後、阪神レース場────

    「うわー……すっごいヒト……」
    「くっつくなよ、動きにくいだろ」
    「はぐれたら困るでしょ」
    「はぐれるのお前だろ」
    「違いますよ、お兄ちゃんですよ」
    「……」
    「舌打ちした? え、いま舌打ちした?」
    「いくぞ」
    「ぁ、ちょ……ちょ待って!」
    「離すなよ」
    「離れろと言ったり離れるなと言ったり……どっちなんですかね、この兄は」
    「離れんな」
    「はい」
    「脚は痛むか?」
    「朝からそればっかり。大丈夫だってば」
    「痛めてから初めてだろ、ヒト混みは。間違っても踏まれたりすんなよ」
    「だいじょび。ちゃんと気をつけてるって」
    「……無理しなくてよかったんだぞ。レースならテレビ中継でも見れたんだ」
    「分かってるけど……でも、やっぱり出るつもりだったから、生で見たくて」
    「……、お前にそんな気持ちがあるなんてな」
    「やっぱGⅠで勝って、にぃやんボロボロに泣かさなきゃだめだからさ。悔しさをバネにってやつですよ」
    「言ってろ。絶対泣いてやらねぇ」
    「あ、あの席空いてる」
    「でかした」

  • 16◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 18:22:11

    「阪神JFはティアラ路線を目指すジュニア級ウマ娘の中で、ひとまずの最強を決めるためのレースだ」
    「ひとまず……」
    「あくまで現時点での話……だけど、実際ここで活躍したウマ娘がその後も活躍する例はかなり多い。クラシックでの活躍に直結した重要なレースだな」
    「つまりここで勝ったウマ娘は、来年のクラシックでも要注意ってことだね」
    「そういうことだ」
    「……あたしもここに出られれば……」
    「たらればはやめよう。今は怪我を治すことが第一だ」
    「うん……でも、やっぱ悔しい」
    「お前が勝負服、着てるとこ見たかったな」
    「お?」
    「んだよ」
    「見たかったの? あたしの勝負服」
    「そりゃな。担当の晴れ舞台は、やっぱり見たいもんだよ」
    「前先輩の勝負服、可愛かったもんね」
    「あれな、前担当が自分でデザインしたんだ」
    「マジか……センスありすぎだろ……」
    「お前のだって色々希望してたろ」
    「デザイナーさんにね。やっぱりあたしと言えば羽のマークっすよ」
    「髪飾りにもあるしな」
    「これがあれば飛べる気がするっ」
    「あとは……なんか変な模様?」
    「紋様ね、紋様。背中にワンポイントで入れてくれた」
    「ふぅん……」
    「おい、自分の妹の勝負服くらい把握しとけ」
    「お前な、阪神JF回避することになったからってデザイン案もうちょい詰めることになったんだろ。もう俺はお前とデザイナーに任せきってる」
    「担当トレーナーがそれでいいのか……」
    「実際に仕立てる前には俺もチェックするから大丈夫だ」
    「そこまで来たら完成してから見せたいけどなぁ、あたし」
    「ま、楽しみにしてるよ」
    「うぃ〜」

  • 17◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 18:44:22

    「ぉ、ファンファーレだ」
    「これ流れると緊張してくるな……今日は見るだけなのに」
    「地方で曲違うんだっけ?」
    「そうだな。来年からは関東で聞くことが多くなるよ」
    「今年ってデビュー戦以外ずっとこっちだったもんね……もはやこっちがホームグラウンドだよ」
    「だな。俺もまさかこの短い期間で、こんなに関西来ると思ってなかった……と、そろそろだな」
    「……」

    「……居た。女王先輩だ」
    「エンプレス……って割にはずいぶん落ち着いた勝負服だな」
    「確かに……あれじゃどっちかって言うとお嬢様?」
    「ぁ〜、なるほど?」
    「どっちでもいいって顔すんなよ」
    「ぃ、いやそこまでは言ってねぇし思ってねーよ!?」
    「分かりやすいよにぃやん……」
    「にしても……あの様子は、人格が変わる前っぽいな」
    「あ、ほんとだね。コースの端っこで小さくなってる」
    「いつ変わるか……だな」

    〈各ウマ娘ゲートに入りました〉

    「始まるぞ」
    「うん……」

    〈スタートしました!〉

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 19:05:47

    〈まず先頭に立ったのは8番! ここまでのレース全てで大逃げをしております!〉
    〈その少し後ろに3番、1番、5番と続いて────〉

    「ぁ、ぁ、は……、ぁ、っ……!」

    〈おおっとエンプレス出遅れたか!〉

    「出遅れてんな」
    「相変わらずだね……」
    「でも前走の未勝利戦では大差勝ち。お前と戦った時のように人格交代に時間がかかるなら、短い距離は苦手なように思うが……」
    「……ううん」
    「え?」
    「始まりそうな気がする……」
    「なに?」
    「なんか先輩、胸元のリボン引きちぎったよ……」
    「えぇ……?」

    〈さあ長い直線を終えて第3コーナーへ。縦長の陣形が少しずつ崩れていきます〉
    〈先頭は変わらず8番! 後続も1番、3番と来て────ここで後方から上がり始めてきたウマ娘がいるぞ!〉

    「ティアラ路線へ進むウマ娘たちの中で最強を決める戦い……ふふ、素晴らしいですわね」
    「出遅れ? 距離適性? ふふ、そんなもの関係ありません」
    「わたくしに適性などというものは存在致しませんので!!」

    〈エンプレス! エンプレスだ! 後方からエンプレスが追い上げ始めた!〉

    「変わった……! あれ、あれだよお兄ちゃん!」
    「ああ、分かってる!」

  • 19二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 19:12:49

    〈第4コーナー回って、直線! 先頭は────〉
    〈エンプレス! エンプレスがすでに先頭へ踊りでた!!〉
    〈伸びる伸びる! エンプレスが伸びる! 後続を寄せ付けず着差は開き────〉

    〈ゴォオーールッ!!!〉

    〈阪神JFを制したのはエンプレス!! ジュニア級の女王を決める大勝負で、女王の名を持つウマ娘が勝利を果たしました!!〉
    〈二度の敗北を超えて、ここに新たなジュニア級女王が誕生です!!〉

    「ふふ、女王だなんて。わたくしとしてはお嬢様のつもりなのですが……やっぱりこのエンプレスというコードネーム、あまり好きにはなれませんわね」
    「……あら? ふふ、来ていらしたのですね、お兄様共々」

    「……女王先輩、こっち見てる」
    「そうだな……手でも振ってみるか?」
    「ぇ、いや……そんな、友達とかじゃないし……まだ」
    「お前、明るい性格に見えて結構ヒト見知りだよな」
    「いつも言ってるでしょ、ビビりだって」

  • 20◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 19:37:35

    「5バ身の圧倒的勝利……か」
    「あたし、あれにハナ差で勝ったの? ほんとに?」
    「ああ、それはちゃんと勝ってるな。ただ……あれから2ヶ月でこんなに変わるのかって感じだ。正直、恐ろしい」
    「やっぱり“領域”……なのかな?」
    「どうだろうな……“領域”は結局、噂とか伝説みたいなもんだ。俺たちが見て分かるようなもんじゃない」
    「でも前先輩は……近いところまで入れるんでしょ?」
    「それだって実際は眉唾だよ。俺は……前担当がそう言うから、信じてるだけだ」
    「ふぅん……」
    「……ただ、あの人格が変わるのと“領域”が絡んでるなら……切り替わった瞬間、終わりだな」
    「怖がらせるようなこと言うなよ……」
    「とりあえず出ようぜ。エンプレスがいるってことは、多分あいつもいるし、見つかったら面倒くさい」
    「あ、そうだね。絡まれたらやばいもんね……」
    「どうする? なんか食って帰るか」
    「いいねそれ。毎回毎回レース終わったらすぐ帰ってたし、流石に観光して帰りたいよね」
    「別に対して見るもんもなさそうだけどな。せっかくなら神戸の三宮の方まで行って中華街でも行くか」
    「おぉ、いいね中華街! 映画のロケ地でも使われてたし行ってみたかったんすよ〜」
    「ほら、いくぞ」
    「ぉ……え、ぇ……いいの?」
    「なにが」
    「……腕組んでも、いいの?」
    「はぐれるだろお前」
    「…………うん」
    「いくぞ」
    「は〜いっ……へへ」

  • 21二次元好きの匿名さん23/04/18(火) 19:41:50

    食べに入った店で亡霊が飯食ってたら笑う

  • 22◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 22:49:25

    中華街────

    「クソ遠かった……」
    「久しぶりだな、ここも」
    「お? 前先輩と来たんすか? デートっすか。デートっすか」
    「ぶっ飛ばすぞお前」
    「んだよぉ、隅に置けないお兄様ですこと! ま、あたしは怒りませんよ、ええ。過去に何があろうと今はあたしの隣にいますからね。どこへ行こうと必ずあたしの元へ帰ってくるのならば全て許しましょうとも」」
    「メシ全部お前の奢りな」
    「すみません調子乗りました!」
    「ったく……で、なに食いたいんだよ? 来る途中いろいろ調べてたろ」
    「まずはですねぇ、めっちゃ並ぶと噂の……豚まん? ちっちゃいやつ」
    「おぅ」
    「あとは屋台のフカヒレラーメンに、北京ダック、小籠包に、最後はウマチューバーがおすすめしてたお店でフルコース!」
    「お前めっちゃ食うな……とりあえず最後のフルコースは却下」
    「なんでぇ!?」
    「そんな金はないからだ」
    「あたしGⅢ勝ったしそこそこお金あるでしょーよ」
    「あれはお前のだ。俺は手つけてねーよ」
    「……じゃあ普段あたしの食費とかは?」
    「全部俺んだよ?」
    「……え?」
    「少しはありがたく思ってくださいよ、妹様」
    「やばい、いつもよりカッコよく見える……抱いてほしい」
    「やっぱ最後の店行くか」
    「え、ほんと? じゃあもうほんとに抱かれちゃう!」
    「お前の奢りな」
    「なんでだよっ!」

  • 23◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 22:57:58

    「さてと、なに食おっかな」
    「あたしあの屋台のにする! にぃには?」
    「ん〜……、じゃあ俺も同じとこでいいや」
    「え、いいの? あっちも悩んでたじゃん」
    「お前から目を離すのが怖い」
    「そんなに心配か、あたしがそんなに心配か」
    「心配だ。すぐいなくなるし」
    「流石にこの歳になってそれはしませんよ。めっちゃ小さかった頃の話でしょうが」
    「買い物行ったらマジですぐいなくなるんだもんな。おかげで俺はずっとお前から手を離すことを禁止された」
    「あたしはにぃにと手が繋げて嬉しかった!」
    「友達に見られたりするから嫌だったんだよな」
    「にぃに友達いないじゃん」
    「いないわけじゃない。選んでんの」
    「選ぶほどいないでしょうが」
    「うるせぇなこいつまじで」
    「へっへっへ。そんなこと言いながらもあたしのこと大切に思ってくれてるの、分かってますよぅ」
    「……うるせぇな」
    「え、なにその顔、照れてる? え、まじ? 照れてます?」
    「お前ほんとうざいな!」
    「なんだよ〜、シスコンかよ〜! あたしのこと大好きかよ〜!」
    「いえそんなことないですやめてください」
    「隠すなよ〜! さっきのガチ照れ顔でもうバレバレだぞ〜!」
    「お前のサイドテール引きちぎってやる」
    「暴力はやめろぉ! 冗談だとしてもやめろぉ!」

  • 24◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 23:25:02

    「あいどうぞー」
    「ありがとう」
    「ちょ、にぃに見てフカヒレの姿煮めっちゃデカいよ!」
    「すげぇな……そこ座ろう」
    「はーい」

    「いただきま〜す」
    「いただきます」
    「ふー、ふー、……はむ、はふ」
    「ん……ぁ、……うま」
    「寒い中で食べるラーメンめっちゃうま……しみる……」
    「はは、おっさんかよ」
    「にぃやんもそんな顔してるじゃん」
    「ああ、めっちゃ沁みるな。マジでうまい」
    「いやはや……世の中のカップルは手繋いで行列並んでラーメン食べてるのに、あたしたちは兄妹で手繋いでラーメン食べてますよ」
    「繋いでねぇよ。適当言うな」
    「へへへ。にぃにのそれってなんだっけ」
    「ん。豚角煮ラーメン」
    「ちょっとくれ」
    「そっちもくれよじゃあ」
    「わかってますって。いただきま〜す」
    「ぁ、おい角煮とるなよ!」

  • 25◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 23:29:13

    「うん〜……っま!」
    「おまっ……、半分食ってんじゃねぇか!」
    「めっちゃとろとろのほくほくですわ」
    「俺の楽しみを……」
    「先に食べない方が悪い」
    「俺は最後まで取っとくタイプなんだよ! そっちのフカヒレよこせ!」
    「仕方ないなぁ。ちぎってあげますよ」
    「めっちゃカケラじゃねぇかよ。半分よこせ半分」
    「角煮とフカヒレじゃランク違うでしょうが。角煮半分ならフカヒレはこれくらいでしょうが」
    「てめぇこの野郎」
    「あ、ちょっ」
    「……フカヒレうまいな」
    「大きく齧りやがったこいつ……」
    「お前も早く食ってみろって」
    「も〜、あたしのファーストフカヒレを……、……うまっ」
    「な?」
    「やばい、フカヒレ初めてだけどめっちゃうまい、ハマる♥」
    「醤油餡がいいな。俺もそっちにすればよかった」
    「角煮も負けてないよ」
    「ん……、……確かにうまい。めっちゃとろとろだ」
    「ね! このミニラーメンってのがずるいな、全然足りないもん。おかわり欲しくなっちゃう」
    「お茶飲む?」
    「あ、のむのむ」
    「ん」
    「あんがと〜」

  • 26◆iNxpvPUoAM23/04/18(火) 23:50:04

    「ふー……ちょっとお腹に入れたら気持ちも落ち着きますな」
    「だなぁ」
    「もうちょっと時間あるよね?」
    「まあな。まだ6時過ぎくらいだ」
    「……もうちょっと食べたらさ、あれ行きたい」
    「あれ?」
    「ほら、神戸のめっちゃ有名なイルミネーション」
    「お前……そういうのは彼氏作って行けよ」
    「お兄ちゃんと行きたいの」
    「……」
    「おい、ため息やめろよ。結構切実にお願いしてるんだぞあたし」
    「分かったよ。来年はそんな余裕もないだろうしな」
    「……え、いいの? ほんと?」
    「気が変わらないうちにしろよ」
    「ゃ……や、やった! うれしい!」
    「尻尾暴れすぎだろ」
    「えっ……ぁ、ちょ、み、見るんじゃねぇ!」
    「隠せてねぇよ……」
    「……じゃあ、次あれ食べよ、豚まんってやつ」
    「ああ。肉まんとなにが違うんだろうな」
    「さあ……でも有名だし、多分コンビニのより美味しいよ多分」
    「ま、期待して並ぶかー」
    「よっしゃ〜! さっさと食ってイルミネーション!」
    「へいへい」

  • 27◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 00:08:19

    イルミネーション会場────

    「……おぉ」
    「満足したか? 帰るぞ」
    「いやいやいや入口でしょうがまだ! 奥までいろいろ続いてるでしょうが!」
    「……」
    「えっ舌打ちしたよ今嘘でしょここまで来て?」
    「マジで彼氏作ってこいよ……」
    「いいから行くよ、ほらほらっ」
    「引っ張んなって……分かったよ、行くから」
    「にぃに、ほら早くっ」
    「はいはい」

    「……やばいなこの空間」
    「ああ、やばいな……」
    「周りやべぇよ、カップルしかいねぇよ」
    「帰りたい……」
    「入ってまだそんな経ってないじゃん!」
    「なにが悲しくて妹とクリスマス近い時期に神戸でイルミネーション見てんだよ俺……」
    「なんだよぉ、前先輩ならよかったのかよぉ」
    「別に誰かいいとか言ってねーだろ」
    「でもあたしよりはいいと思ってそう」
    「それは、まあ」
    「クソ兄貴め……あたしでもいいだろ、こんな美少女なんだから」
    「妹じゃなきゃなぁ」
    「妹じゃなかったらよかったってこと?」
    「別に。そういうわけじゃないけど」
    「……んん?」
    「んだよ」
    「へへ、べっつに〜」

  • 28◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 00:13:07

    「……」
    「またため息だよ。ため息ばっかついてると幸せ逃げるんだよにぃやん」
    「ため息じゃねぇよ」
    「じゃあなに?」
    「……綺麗だなって、思っただけ」
    「そっか。……うん、綺麗」

    「……ね、手繋いでいい?」
    「なんで? ヒトの腕にしがみ付いてんだろ」
    「いいじゃんかよぉ、見せつけてやんだよ周りのカップル共にぃ。カップルより仲のいい兄妹だぞ、って」
    「アホかよ」
    「お手を拝借〜」
    「……ったく」
    「手放したらお父さんに怒られるから、そのつもりでよろしくお願いします」
    「仕方ねぇなぁ」
    「にひひっ! やった〜」

    「……あったまりますな〜」
    「手袋しとけよ」
    「おい、ムード大事にしろよ」
    「妹にそんなもん求められてもな……」
    「うるさいにぃやんにはこうだ」
    「おま、おい!」
    「へっへっへ、恋人繋ぎってやつですよ」
    「流石にそれはやめろ、はなせ!」
    「へ〜い。……へへ」
    「ったく……ほら、さっさと進めよ。時間間に合わなくなるぞ」
    「わわ、全部回らないと!」

  • 29◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 00:33:36

    「わぁ……すっご……」
    「たいしたもんだな」
    「これは確かにカップルで来ますね」
    「お前は兄貴と来てるけどな」
    「あたしはいいんですぅ」
    「意味がわからん」
    「うひゃひゃっ」
    「……」
    「なんか、あれだね」
    「ん?」
    「周り、カップルばっかじゃん?」
    「そうだな」
    「で、あたしたちも手繋いでるじゃん」
    「……そうだな」
    「こうしてるとさ、あたしたちもまるで────」
    「カップルみたいとか言ったらぶっ飛ばすぞ」
    「カップ────おいコラ、先回りすんなコラ」
    「アホなこと言ってる暇があったらさっさと歩けよ。でも脚は無理すんなよ」
    「無茶言いやがってこの兄貴……っ! それならさ、脚の心配するならさ、ここ来るの却下したらよかったじゃん!」
    「まさかこんな歩くとは思わなかった」
    「まあ、それはあたしもですけど……」
    「それに却下したら怒るだろ、お前」
    「えっ!? いや、別に……怒らないけどさ……」
    「行ってもいいと思ったから俺も来てんだ。それに関してはもう何も言うなよ、ただ脚だけ気をつけろ」
    「はぁい」

  • 30◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 00:42:26

    「歩けなくなったらおんぶしてもーらおっ」
    「マジでそうなったらな」
    「え、いいんすか、いいんすかっ」
    「無理して完治が長引く方が困るだろ」
    「じゃあ無理しておんぶしてもらおっかな〜」
    「アホかお前」
    「アホって言う方がアホなんです〜」
    「……」
    「お兄ちゃん」
    「ん?」
    「ちょ、ちょ……あんまり周り見ないようにしよ、ちょっと」
    「なに? ……ぁあ」
    「なんか……ここ、キススポットっぽいです」
    「なんでこんな途中で……」
    「怖……等間隔でカップルがキスしとる……」
    「子供もいる前でよく平気だな……」
    「いや、世の中の若者なんてそんなこと考えてませんよ。自分たちの世界じゃん、もうどう見てもあれ」
    「……さっさと行こう」
    「ウス」

  • 31◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 00:49:23

    ・・・

    「ここが最後の広場……かな?」
    「そうっぽいな。出店も並んでるし」
    「最初にここ来てればよかったかもね」
    「そうか? 俺は腹減ってたし中華街でよかったろ」
    「でもほら、あの神戸牛の串焼きめっちゃ食べたくない?」
    「……確かにな」
    「いっときやしょうぜ、兄貴」
    「……んん……っ! よし、いくか!」
    「やったぜ! さっすがお兄ちゃん!」

    「……串焼き神戸牛……でかい……!」
    「冷めるから早く食えよ」
    「いや、分かってるけど! 分かってるけどこれで800円だよ!? 前先輩が聞いたら倒れちゃうよ……!」
    「わかるぞ、わかるけどな! もう買っちまったんだから食うしかないだろ!」
    「ごめ、ちょ、とりあえず写真だけ撮らせて、今日の思い出に」
    「おま、おいこの野郎!」
    「お願い! すぐ終わるから、インカメだから!」
    「……は?」
    「はい、チーズ〜」
    「……俺もかよ!?」
    「へへへ、ツーショットいただいちまったぜ」
    「ちょ、消せよそれ」
    「無理。いただきます」
    「お前……」
    「……、」
    「ぁ?」
    「……! ……!」
    「あ、食えって? いただきます」

  • 32◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 01:00:40

    「……、……!!」
    「! ……!!」
    「いやなんか喋れよ」
    「めっっっっっっっっっっちゃうまい!」
    「やばいなこれ、めっちゃうまいな……! 言葉失ったわ」
    「うまい肉はうまい……フカヒレラーメン超えたわ……」
    「こっち後に来て正解だったわ。これ食ったらラーメンとか肉まんとか食えなかった」
    「あれもうまかったけどね、めっちゃうまかったけどね」
    「いやでも……いや、確かにうまかったが……」
    「……でも、言葉失いましたよね?」
    「失いましたね……俺も、お前も」
    「ってことは、そういうことですよね?」
    「そういうことかもしれん……」
    「優勝、神戸牛!」
    「今度取り寄せして家で焼肉するぞ」
    「天才か兄上」
    「前担当も呼ぼう。俺たちだけで食うには罪悪感がやばい」
    「おい、焼肉をダシにして前先輩を家に呼ぶ作戦か。そっちが本命か!」
    「アホかお前。いつもメシ作ってくれてるお礼だろうが」
    「それはそうですね。呼びましょうお兄さま」
    「よし決まりだ。金は俺が出す、帰りに良さげなとこ調べといてくれ」
    「オッケーオッケー」
    「……さて、そろそろ駅の方行くか」
    「え、もう帰るの? まだ時間あるでしょ」
    「終電ギリギリよりいいだろ」
    「それもそっか。じゃあ……と、すみませんお兄ちゃま」
    「あん?」
    「ちょっとトイレ行ってくるから待ってて!」
    「ったく……早くしろよな。言っとくが終電もあんまり余裕ないぞ」
    「は〜い! ちょっとお待ちを〜っ」

  • 33◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 01:14:03

    「……遅いな」

    妹がトイレに離れて十数分。
    トイレまでそう遠くはないはずで、脚を痛めてるとはいえウマ娘だ。早歩きくらいならもう戻ってきてもいいはずなんだが……。

    「……」

    まだか? とLANEを送るも既読は付かない。
    トイレにこもってスマホを触っているというわけでないのか。

    「……」

    落ち着かない……嫌な緊張が背中を伝う。
    近くの自販機でコーヒーを買い、一息で飲み干した。

    「俺もトイレだ。トイレ、コーヒー飲んじまったし」

    適当に独り言を呟くようにこぼし、俺も妹が行ったはずのトイレへと小走りで向かった。

  • 34◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 01:21:57

    ・・・

    「……やべぇ、わからん」
    トイレまでやってきたが、流石に女子トイレを覗くわけにはいかず建屋の前でどうするべきか悩んでいた。

    時間もそうだが、返事がないのが気になる。
    トイレ中にLANE送られて返事できるわけないだろ、と怒るだろうか。
    それならその方がいい、何事もないなら、それが一番だ。
    その時は甘んじて怒られてやるさ。

    「だから早く返事しろ……」

    数分、トイレの前で右往左往。
    そのあいだに数人の女子が入っては出てを繰り返し、そのたびに妹ではないかと顔を上げては俯けるばかり。

  • 35◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 01:22:35

    もうさっきの場所に戻ってしまっているのだろうか。
    LANEにメッセージは来ていないが、もしかしたら入れ違いになっていたのかもしれない。
    そうだ、そうに違いない。

    「……戻ろう」

    落ち着かせるように、言い聞かせるように呟いて俺はその場を────離れようとして、

    「……!」

    スマホが震えた。
    落としそうになりながら取り出して画面を確認すると、妹の名前が表示されていた。

    「……よかった」

    ホッとひと安心。
    通話ボタンをタップして耳に当てる。

    「もしもし」

    「お兄ちゃん、ごめん……っ」

    妹の悲痛な声が、届いた。

  • 36◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 01:22:56

    本日はここまで

  • 37二次元好きの匿名さん23/04/19(水) 01:24:04

    お疲れ様です
    とんでもないところでヒキでこれは夜しか寝れねえぞ

  • 38二次元好きの匿名さん23/04/19(水) 02:09:27

    おつ
    やはり心配だからトイレにも手を繋いで行くべきだった

  • 39二次元好きの匿名さん23/04/19(水) 08:38:07

    あれだけ手を放したらだめってお父さん言ったのににぃやんは……

  • 40二次元好きの匿名さん23/04/19(水) 10:08:33

    この世界のオーバーロードは目覚まし時計の形してそう

  • 41◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 19:21:13

    「待て、どうした、なにがあった」
    「キミか。彼女にコソコソと嗅ぎ回らせていたのは」
    「……!」

    知らない男の声。
    スマホを持つ手が震える。

    クソ……! どうして嫌な予感ほど当たっちまうんだ!
    やっぱり手を放さなければよかった。ただのトイレだろうとついて行けばこんなことにはならなかったんだ。

    ……落ち着け、焦ってもいいことなんてない。

    「……、……」

    息を吸って吐き、無理やり心を冷静にさせて口を開く。

    「誰だ」
    「キミはこの子の保護者だな?」
    「……」

    保護者という言葉に、更に嫌な予感が立ち込める。

    誘拐。拉致。身代金。

    更に嫌な……本当に想像をしたくもないが……いや、する必要なんてない。
    そうなる前に助けなければ。

    「沈黙は肯定と受け取ろう。そのスマホに位置情報を送ろう。そこへ来い」
    「妹に代われ。少しでも触れてみろ、絶対にお前を許さないぞ」
    「傷つけるつもりはない。むしろ我々は彼女を保護してあげたのだ、感謝してほしいものだね」

  • 42二次元好きの匿名さん23/04/19(水) 19:27:28

    やはり可愛い妹から目を離したらいけないね

  • 43◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 19:41:08

    我々……つまり複数人いるということか。
    俺ひとりでどうにかなるとは思えないが、やるしかない。何人いようと連れて帰るだけだ。

    「それでは待っている」
    「おい、待────っ! クソッ!」

    こちらの言葉を答えることなく男は通話を切った。無情にも鳴り響く音に苛立ちを覚え、俺はスマホを握りながらため息を吐き出した。

    「……」

    連絡を待つ数十秒すらもどかしくて、俺は当てもなくその場をふらふらと動き回っていた。
    程なくして届いた位置情報は、徒歩10分ほどの距離にある神戸を代表する海沿いエリア。

    日も落ちたこの時間では、かなり暗いことが予想される。
    こんな場所へ連れて行って何をするつもりだ。

    「……クソ!」

    嫌な予感が絶えない。
    俺がこの場所へ着いた時、妹の身に何も起きていないことを祈るしかできない。
    乱暴や、それ以上のことをされていたら……俺は自分を抑えられる自信はない。

    「……待ってろよ」

    兄ちゃんがすぐ行くからな……!

    煌々と輝くイルミネーションの中を駆けながら、俺は妹の無事を祈るしかできなかった。

  • 44◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 19:52:15

    波止場────

    「はぁ、はっ……くそっ……!」

    息を切らしながら、ようやく辿り着く。
    街灯があるとは言え、波止場の端の方はほとんど暗闇だ。
    スマホに記された位置情報が指している場所はこの付近────すぐ近くにいるはずだ。

    妹の名前を呼ぶか? 
    ……いや、下手な行動はできない。
    素性が割れているのだとしたら、背後から襲われてしまったらひとたまりもない。
    後ろに警戒しつつ、暗闇の方へ進む。

    「おい、来たぞっ! どこだ!」

    「お兄ちゃんっ!」

    妹の声。
    聞こえた方へ振り向き、目を凝らす。

    街灯の光すら届かない闇の中。
    朧げな輪郭を纏った4人の影のうち、ふたつがゆっくりとこちらへ向かってくる。

    ようやく灯りが薄く届き、輪郭が実態を帯びた。

    「やぁ。思ったより遅かったな」
    「……」

    電話の声。
    こいつが……妹を誘拐したやつか……!

  • 45◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 20:26:44

    「お兄ちゃんっ……!」
    「……!」
    男の隣に立つ、妹。
    その表情からは怯えの色が少なからず見える……が、目に見える範囲に傷のようなものは見えない。
    乱暴はされていないように思うが────

    「保護者が見つかってよかった。もう戻るといい」
    ニヒルな笑みを浮かべる男は、妹の背を軽く叩いて促した。

    「……」

    簡単に解放されたことに驚きつつも、妹はすぐさま俺の元へと走ってきた。
    その身体を受け止めるように抱いて、安否を確認する。

    「大丈夫か、何もされてないか!?」
    「う、うん……大丈夫」
    「そうか……そうか」

    胸を撫で下ろしたのも束の間、妹を隠すように前に出た。

    「妹が世話になったみたいだな」
    「いやいや。迷子のウマ娘を保護しただけさ」
    「それにしては随分と大仰な電話だったじゃないか。……狙いはなんだ」
    「それはこちらのセリフ、と言わせてもらおう」
    「……なに?」
    「我々の動向を探る小鼠を放ったのはそちらだろう?」
    「……動向?」

  • 46◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 20:49:52

    相手の言っている意味がわからない。
    動向? 嗅ぎ回る? なんのことだ。
    そういえば最初に電話をかけてきた時も、嗅ぎ回らせているだのなんだのと言っていたが……。

    答えあぐねる俺の代わりに答えるように、闇の中から声が響く。

    「よぉ、随分と焦ってたじゃねぇか、お兄ちゃん」
    「お前は……っ!」

    現れたのはフードを目深に被ったウマ娘────亡霊が、くちゃくちゃとガムを噛みながら、蔑むような笑みを浮かべて現れた。

    「ってことは……」
    「申し訳ございません、悪趣味な遊戯に付き合わせてしまって」

    予想通り、その隣にいたのは、今日、阪神JFで優勝を果たしたウマ娘────エンプレス。
    亡霊とは対照的に、心底申し訳なさそうな表情で灯りの元へ。

    「なん、……なんなんだ、一体……」

    訳がわからない。なぜここに亡霊が? 女王が?
    思考が鈍っていく感覚がある。
    だがその答えを、俺は知っている。

    この2人は、同じチームのウマ娘だ。そしてその2人を連れているということは────

    「お前……トレーナーか……?」
    「フフ、ご名答」
    ニヒルな笑みを浮かべた男が、また大仰な手振りで挨拶を。

    「私は彼女たちのトレーナー────いや、司令官と名乗らせていただこう」

  • 47◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 21:38:05

    「お前が……」
    それは分かった。それは分かったが────なぜ妹をここまで連れてきたのか、その理由がわからない。
    嗅ぎ回らせていた、だと?

    「テメェの妹がオレたちの後をつけてやがったんだよ。無視してやってもよかったが、流石に気付かねぇフリしてやる義理はねぇよな?」
    「……!」

    さっきから驚いてばかりだ。
    亡霊の登場にも、女王の登場にも驚かされた。
    そしてそのトレーナーの存在にも。

    なにより妹が連れて行かれたことの衝撃は、まだ俺の胸の中で尾を引いていて……。
    ゆるゆると首を妹へ向け、問いかける。

    「……お前、なんでそんなことしたんだ……?」
    「……だって、だって……」

    妹は頬を膨らませ、怒りを露わにしている。
    だって、だってと何度も口にして口元を歪めるばかり。

    催促すべきかと一瞬頭をよぎったが、妹が自分から口にすることを待つ。
    少しでも心を落ち着かせられるように、妹の背を撫でる。

    「……だって、あいつら……お兄ちゃんをバカにした……っ」
    「……なに?」

    「オイオイ、バカになんかしてねぇだろ。心外だぜ。傷ついちまったよ。なぁ、トレーナー」
    「私のことは司令官と呼びたまえ。……ああ、彼女の言う通り私たちはキミをバカになどしていないさ」

  • 48◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 21:44:20

    「してた! してたじゃん!」
    「落ち着け、やめろ」
    「だって……だって……っ!」

    「威勢のいい子鼠だ。だが、我がチームの敵ではない」
    「……なに……?」
    「デビュー戦では彼女にクビ差。続く未勝利戦ではエンプレスにハナ差……だったか」
    「……」
    「フッ……話にならんな」
    「なに……?」
    「話にならん、と言ったのだ。まさかその程度の指導でクラシック戦線に挑もうと思っているのか?」
    「お前……なにが言いたい」
    「我々は“領域”を既に手中に収めている」
    「……!!」
    「クラシックは魔境だ。“領域”を支配できる者のみが勝ち進むことのできる頂点への道。果たしてキミに、妹くんを勝たせることができるかな?」
    「なにが言いたい」

    「もういいよお兄ちゃん! こんなやつの話なんか聞くことない、帰ろ!」
    「お前は黙ってろ」
    「……うぅぅ……っ」

    「結論を言えよ。俺をバカにしたって言ったな」
    「そんなことを言った覚えはないのだがね。……まあいい。結論から言わせてもらおうか」

    「────キミの妹には資格がある」

  • 49◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 22:20:32

    「資格だと……?」
    「お兄ちゃん、もう帰ろうよ、ねぇ」
    「……」
    「お兄ちゃんっ……」

    「我がチームへ招待しよう、と言っているのさ」

    「……なに……?」

    「前々からキミの妹くんには注目していてね。まだ成長途中にあったとはいえ、“領域”に入った彼女たちと相対してなお僅差にまでに迫る走りの才能」
    「キミ程度の指導者の元に置いておくには勿体無い」
    「我がチームで、私の指導を受けることを薦めよう」

    「……お兄ちゃん」
    「バカにしたってのは、これか?」
    「……うん。あいつら……あたしが弱いのは、お兄ちゃんのせいだって……特にあの子……」

    「あ? んだよ、オレかよ。まぁテメェは雑魚だけどよ」

    「……」
    「そう怖い顔で睨むなよ、お兄ちゃん」

    「京都ジュニアステークスでの勝利を見て確信したよ。キミの妹は、私のチームでこそ輝く」
    「何を根拠に?」
    「脚を痛めただろう」
    「……」
    「スタイルを変えてあそこまで走ったのは褒めよう。キミの唯一、悪くない点だ」

    「だが、そこまでだよ。キミの指導ではこれ以上、彼女を勝たせることは叶わない」

  • 50◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 22:33:32

    「どういうことだ、と言いたそうだね」
    「怪我をするような走りをさせている限り、彼女の夢は叶わない」

    「……!」

    「改めて提案しよう。彼女の指導を私に引き継がないか? 彼女の夢は、私が叶えてみせよう」
    「断る」
    「ここまで理解力に乏しいとは。やはりキミは指導者には────」
    「断るっつってんだ」
    「……」

    「お前がどうして、こいつを引き抜こうとするのかは分かった。確かに俺が悪い、怪我をさせるような走りをさせた」
    「なんだ、理解しているじゃないか。なら────」
    「だがこいつの夢は、お前じゃ叶えられない」
    「……ふむ。聞いてもいいかな、妹くんの夢とは、何か」

    「妹だけの夢じゃねぇ。俺たちの夢だ」
    「俺たちふたりで、このトゥインクルシリーズで勝つ」

    「……ほう」
    「ハッハッ! 兄妹仲良くってか、いいね、潰し甲斐がある……!」
    「フフ、全てのウマ娘は我らが同胞。潰してはいけないよ」
    「甘ぇんだよテメェは。勝つウマ娘がいりゃ、負けるウマ娘がいる。勝者は常にひとりだぜ」
    「やれやれ」

  • 51◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 22:54:48

    「……もう、よろしいのではなくて?」
    「エンプレス?」
    「わたくし、あの方とはライバルとして走りたいと思っておりまして。同じチームでは、それは叶わないでしょう?」
    「仲間でライバル、という走り方も可能だが?」
    「同じチームで冠を奪い合うなど美しくありませんわ」
    「ほう」
    「それに、ねぇ……お兄様」

    「ぇ……俺か……?」

    「あなた様たちの夢、応援させていただきますわ。とても素敵で、素晴らしい兄妹愛」
    「ゆえにわたくしも全力でぶつかりたいと、そう思いました」
    「脚の怪我、クラシックまでには必ず治して仕上げてきてくださいね」

    「……あ、ああ。言われなくてもそのつもりだよ」
    「そのお答えを聞けて、わたくしは満足です。共に研鑽しあいましょうね」
    「では、ごきげんよう」

    「女王、先輩……?」

    「チッ……つまんねぇ。オレも帰る」

    「……やれやれ。交渉決裂ということか」
    「学園ですれ違ったら、また声をかけてくれたまえ。指導の助言くらいはしてやろう」
    「我がチームへの編入も、いつでも歓迎しているよ」

    「それには及ばない」

    「そうか。ではまた会おう、諸君」

  • 52◆iNxpvPUoAM23/04/19(水) 23:03:45

    「……おい、最後に聞かせろ」
    「なんだい?」
    「何でわざわざこんな暗い海岸に呼んだんだ。あの広場でよかったろ」

    「キミには分からないのか……この心地よい暗闇が」

    「……あ?」
    「闇こそ我が力。闇の中でこそ私たちは輝くのだ。キミも男ならば分かるだろう、闇の力という魅力が」
    「はあ。……え?」

    「なぜキミをこの暗闇の海に呼び出したか、と聞いたな」
    「素晴らしいだろう、このロケェーション!」
    「闇の中に静かに聞こえる波の音! 灯りの少ない波止場での秘密の会話! 妹の窮地に現れる兄!」
    「まさにライバルとの初対面に相応しいシチュエーションだ」
    「キミもそう思うだろう?」

    「あ、はい」

  • 53二次元好きの匿名さん23/04/19(水) 23:08:03

    ち、厨二…

  • 54◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 00:38:36

    「生涯を賭けて競い合う至高のライヴァル……その邂逅に相応しいシチュエーション……素晴らしい……」
    「いま言い直したな……」
    「フハハハッ! ああ、やはり闇夜は肌に心地よい。わざわざ夕食にわざわざ神戸へと降臨した甲斐があったというものだ」
    「はぁ……」

    「さっさとしろよトレーナー。店閉まっちまうぞ」

    「司令官だ。すぐに行こう────そうだ、正式にライヴァルとなったキミたちも共にいかがかな、夕食でも」
    「いや、俺たちもう食ってきたから」
    「…………フッ、そうか」
    「寂しそうな顔すんなよお前……なんか申し訳なくなるわ」
    「気にするな。さあ行こうか。エンプレス、ゴースト」

    「待ってるのはこっちなんだよアホ。腹減ってんだよオレぁ」
    「せっかくのイルミネーションでしたのに。わたくしはあの広場で良いのではと申し上げましたのに、司令官さんが駄々を捏ねるから」
    「キミたちには分からぬよ、男のロマンはね。しかし彼には通じるものがあったようだ。フフ、次のエンカウントが楽しみだ」
    「絶対違ぇだろ……ただドン引きしてただけだろ……」
    「ククク、では夕食を摂りながら教えてあげよう。男のロマンとは何かを!」
    「いらね」
    「結構ですわ」
    「……」

    「……行っちまった」
    「うん……キモかった」
    「バッサリだな……」
    「ほんとのことだもん」
    「……まあ」
    「……あたしたちも、いこ」
    「ああ」

  • 55◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 00:46:19

    「……怪我してないか?」
    「うん、だいじょび」
    「殴られたりは……」
    「してないよ。腕掴まれてたけど……あの子に」
    「そうか……痛んだりはしないか?」
    「大丈夫、だよ」
    「脚は?」
    「平気」
    「……悪い。俺がついていかなかったからだ」
    「違うよ。……あたしが、勝手なことしただけ」
    「ああ、それもそうだな」
    「え」
    「お前が知らないヒトについて行ったりするからだ。そんな妹に育てた覚えはない」
    「は!? ここ慰め続けるとこじゃないの!?」
    「この空気に耐えられなくなった」
    「嘘だろそれ……」
    「……とりあえず明るい場所に出よう。暗い場所じゃ気分も落ちる」
    「……そだね、うん」
    「ほら、手」
    「え?」
    「手貸せ。もう放さないから」
    「……ん」

  • 56◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 01:09:37

    「で、なんでついていった?」
    「……」
    「聞かないわけにはいかないだろ。ゆっくりでいいから、駅に着くまでに話してくれよ」
    「……トイレ、行ったら」
    「ああ」

    「すぐ近くで……あの先輩と、司令官ってヒトが話してて……」
    「最初は彼氏さんかなって思って、先輩もそんなとこあるんだ〜って……それでそのまま帰ろうと、思ったんだけど」
    「司令官ってヒトが……京都ジュニアステークスの話、してて……1着になれたのに、怪我なんて勿体無い……って。あのウマ娘の指導者は半端者だ……って」
    「それで、お兄ちゃんのことだって……思って、そしたら……だんだん腹立ってきて……」
    「文句言ってやろうって思ったら……後ろから、あの子……ゴースト? が、来てて」
    「胸ぐら、こう……グッて掴まれて、なにしてやがる、って……」

    「そ、か。それで嗅ぎ回ってた……って話に繋がるわけか」

    「……」
    「お兄ちゃんの電話の声……聞こえた。すごく、心配させて……ごめんなさい。迷惑かけて、ごめんなさい」
    「言いたいことは結構あるけど……とりあえずひとつだけ」
    「……うん」
    「無事でよかった。誘拐とかじゃなくて、本当に」
    「……、……」

  • 57◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 01:23:41

    「……」
    「……」

    会話のないまま、ゆっくりと神戸の夜の街を歩く。
    何度か来たことがあるとはいえ、街並みを覚えるほどの回数ではない。
    いちいちマップアプリで駅までの道を確認しながらの行程のため、本当にゆっくりとしたスピードだ。
    ……でも、それでいい。
    俺の手を握って放さない妹の歩みが、とても遅いから。

    きっとまださっきの恐怖を引きずっているのだろう。

    喧嘩なんかしたことない、ぬるい環境で妹は育ってきたんだ。レースでの闘志のぶつけ合いですら、毎回かなり消耗してしまうほどに気は小さく、優しい子だ。

    凄まれただけでも怖かっただろう。胸ぐらを掴まれるなんてもってのほかだ。

    ……ふつふつと胸の奥で、炎のような感情が渦巻き始めるのを感じる。
    大事な俺の妹をこんなにも怖がらせてくれたんだ。

    あの男も、亡霊も、女王も許さない。

    絶対に許さない。

  • 58◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 01:30:17

    「お兄ちゃん……」
    「ん」

    明るい大通りに出たあたりで、ようやく妹が口を開いた。その手にはスマホが握られており、何かを見ていたらしい。

    「……ちょ、ちょっ……ね、ねえ……これ」
    「なんだ、どうした」

    その声は怯えているような、怖がっているような、震えた音。
    俺はあいつらから何か嫌がらせのメッセージでも送られてきたのかと勘繰り、妹からスマホをひったくって確認した。

    ……だが。

    「……? なにも来てないじゃないか」
    「ち、違うよ! そうじゃなくて、時間!」
    「え……時間?」
    「終電……終わってる……」
    「…………」

    三宮駅の終電は21時前。
    今の時間は……なんと21時30分を過ぎた頃。
    終電は当然、文字通り終わっていた。

  • 59◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 01:30:28

    「ど……どうしよう……」
    「はあぁあ…………っ」

    まじで、まじでやってくれたな……!
    あいつらのおかげで帰れなくなったじゃねぇか!!
    ああもう、やっぱこいつの手は絶対放すべきじゃなかった!

    「…………胸の中で叫んでも仕方ない」

    どうにもならない以上、どうしようもない。
    嘆くのは一旦やめて、どうするかを考えなければ。

    「……歩いて帰る」
    「出来るわけねぇだろアホか」
    「ウマ娘なら多分できる……けど」
    「じゃあ俺無理じゃん」
    「背負う?」
    「却下」
    「はい」

  • 60二次元好きの匿名さん23/04/20(木) 01:32:27

    そもそも脚怪我してるからな……

  • 61◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 01:45:06

    「仕方ねぇな……泊まって明日の朝帰ろう」
    「え……でもこんな時間から泊まれるとこある……?」
    「知らん。とりあえず片っ端から探すぞ」
    「ぇ……えぇ……、……え?」
    「何でもいいから泊まれるとこ。スマホ出せほら」
    「は、はい……」
    「ネカフェでも漫画喫茶でもいいから」
    「ええ……ベッドがいい……」
    「じゃあホテル探せ。カプセルでもいいから」
    「はい……」

    「……あの、あの、お兄様」
    「なんだよ」
    「どこもかしこもカップル必見! とか書いてるんですけど……」
    「お前、そういうホテルとか言いやがったらぶっ飛ばすぞ」
    「言いませんよ……流石に弁えてますよそれくらいは……」
    「あれだろ、深夜でもチェックインできるってやつ。それの近いやつにしよう」
    「ん……あ、じゃあこれ」
    「……三宮から徒歩10分弱か。よし、向かうぞ」
    「うん……わ、ちょ……お兄ちゃん引っ張らないで、ちょっと痛い……」
    「脚痛むか?」
    「……ちょっと」
    「……。ほら」
    「え?」
    「おんぶしてやるから」
    「……まじすか」
    「気が変わらないうちにした方がいいぞ。じゃないとホテルまで歩く」
    「の、乗る! おんぶ、して!」
    「……早く乗れよ」
    「は、はいっ」

  • 62◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 01:59:30

    「しょ、っと……重くなったな、お前」
    「……乙女に向かって言うことかよ」
    「成長してる証拠だろ。トレーナーとしては重くなってくれて嬉しいね」
    「女の子としては嬉しくない褒め言葉ですよ、それ」
    「女の子ってタマかよお前が」
    「女の子だろ、めちゃくちゃ女の子だろあたし」
    「兄貴の部屋に転がり込んで自由極めてるお前が?」
    「それはお兄ちゃんだからですよ。お兄ちゃん相手だから見せられる姿なんですよ。感謝してくださいね」
    「何のありがたみもねぇな……」
    「んだよぉ、そこはありがたがれよぉ」
    「はいはい、あざますあざます」
    「う〜わ適当……。お兄ちゃんはもうちょっと傷心の妹に気遣った方がいいと思うよ」
    「気遣われる方が嫌だろお前」
    「……まあ」
    「とりあえずさっさとホテル行って、話はそれからにしようぜ」
    「うん……そうだね。この時間からでもスマホで予約できるから、やっとく」
    「ああ、頼んだ」

  • 63◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:00:38

    ホテル────
    「すげぇなこのホテル。無人ロビーで予約した部屋番号打ち込んだら、そのままカードキーだけ貸してくれるシステムなんて」
    「はい」
    「出る時も金払ってからカードキーをポストに返せばいいと。最近のテレワーク需要ってやつなのかねぇ」
    「はい」
    「……で、妹様よ」
    「はい」
    「空いてた部屋がこれだけって?」
    「はい」
    「ベッドは?」
    「ひとつだけですね」
    「ひとりずつ借りたんだっけ?」
    「いえ、ふたり部屋です。ダブルベッドです」
    「お前舐めてんの?」
    「違うじゃん! これしか空いてなかったんじゃん! よく考えてよクリスマス前の土日ですよ!? そりゃそうじゃん!」
    「まじで……まじで?」
    「はい!」
    「なに嬉しそうにしてんだよお前まじてアホなんじゃねぇか!」
    「痛い! 叩くなバカ!」

  • 64◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:06:21

    「他の部屋空いてないのか……?」
    「全部予約済み」
    「……マジじゃん」
    「ギリギリ空いてたんだもん。感謝してよね」
    「……、」
    「ため息やめろよ、そんなに嫌かよあたしと同じ部屋っ!」
    「部屋が同じなのは今更だろ、毎日同じ部屋で寝て起きて飯食ってんだから」
    「じゃあなにが不満なの?」
    「ベッド」
    「うちのベッドより広いじゃん。いけるいける」
    「一緒に寝るのがもう無理」
    「んだよ……」
    「……」
    「ため息やめろっ! ただでさえ傷心な心が更に傷つくぞっ!」
    「わかった。今日だけは諦めてやる」
    「……お?」
    「とりあえず荷物置いたら風呂だな。お湯張ってゆっくり休め」
    「……ん」
    「そのあと俺も入るから」
    「わかった!」
    「ロビーにアメニティ置いてたな。必要なのもらってこいよ」
    「わかった!」
    「走るなよ、静かに行けよ」
    「わかってる!」

  • 65◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:18:24

    ・・・

    「……寝た?」
    「寝てる」
    「……起きてるじゃん」
    「ベッド入って1分も経ってないのに寝てるわけないだろ」
    「……もっとそっち寄りたい」
    「ダメ」
    「なんで」
    「当たり前だろ」
    「……なんだよ。仕方ないじゃんか……」
    「お前なぁ……何歳だよ」
    「……お兄ちゃんの10個下」
    「甘えた声出すなよ兄貴に」
    「甘えられるの……お兄ちゃんだけだもん」
    「……手」
    「ぁ、……は、はい」
    「怖かったか」
    「……ボコボコにされるかと思った」
    「本当に何もされてないんだよな?」
    「うん……ほんとに腕掴まれてたくらい。女王先輩は、心配してくれた」
    「……そうか」
    「助けにきてくれて……嬉しかった」
    「妹を助けに行くのは兄貴の役目だ。気にすんな」
    「……へへ、お兄ちゃん」
    「んだよ」
    「大好き」

  • 66◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:26:41

    「……」
    「お、ドキッとした? いまキュンってした?」
    「アホか。寝ろ」
    「したんでしょ? シスコンのお兄ちゃんだもんね、あたしのこと大好きだもんね。たまには言ってくれてもいいんですよ、大好きって」
    「嫌いだったら、助けにいかねぇだろ」
    「ぉ、おう……何だよ、急にデレるなよ……」
    「お前どっちなんだよ。好きって言わせたがったり、言ったら言ったでそうなったり」
    「調子狂うじゃん……いつもの感じで返してよ」
    「じゃあ嫌い。寝ろ。アホ」
    「小学生の悪口かよ」
    「うっせ寝ろ」
    「眠くない。お兄ちゃんは?」
    「俺はかなり眠い。めっちゃ走って疲れた」
    「……ごめんなさい」
    「謝るのもう終わりな。お礼もなし」
    「はい……」
    「楽しいこと考えよう。うまかった晩メシとかさ」
    「ん……牛串、めっちゃうまかった」
    「あれはやばかったな。犯罪級だわ、あれ」
    「実はもう1本食べたかった」
    「俺も。明日も食って帰りたいくらいだ」
    「贅沢だ。ブルジョワジーの極みだ。前先輩に怒られろ」
    「お前も同罪だろ、2本目欲しがってんだから」
    「共犯ですね、お兄ちゃんとあたし」
    「ラーメンもうまかったな」
    「あ、あたしラーメンも明日食べたい」
    「明日の朝には帰るんだぞ」
    「始発で帰ったって間に合わないんだしさ、もう休もうよ」
    「……仕方ねぇな。朝連絡するかぁ」
    「やった〜、じゃあ明日は神戸観光だ〜」

  • 67◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:38:20

    「じゃあ尚更もう寝ろよ。朝から色々見にいこう」
    「わ〜い、にぃやんと神戸デートだ」
    「そういや……冬休みに入ったら、前に言ってたプール施設行くからな」
    「なんだっけ……ウマ娘の温泉?」
    「福島県にあるとこ。オグリキャップが利用したって調べたら出てきた」
    「オグリ先輩がねぇ……あたしもそこで療養したらあんなに強くなれるかな」
    「無理だろ」
    「おい嘘だろ、そこは冗談でもなれるよとか言えよ、気遣えよ」
    「俺たち次第だ」
    「……トレーナーモード」
    「強くなるのも、そのまま変わらないのも、弱くなるのも、全部俺たち次第。強くなれるように頑張ろう」
    「うん……あいつらには負けたくない」
    「ただ」
    「ん?」
    「あのトレーナー、お前のことは認めてたんだよな。資格がある、って」
    「でもあたしは……お兄ちゃんが一緒じゃないと、絶対無理。あたしのトレーナーは、お兄ちゃんだけだもん」
    「俺も他人に任せる気はねぇよ。お前のトレーナーは俺だ」
    「……へへっ」
    「あいつは……お前に怪我させたことを責めてた」
    「え?」
    「バカにしてた……ってわけじゃない。お前に怪我させるような走り方をさせたことを咎めてたんだ」
    「……でも、お兄ちゃんの指導は半端だって」
    「ああ、言われたな。確かに無理に走らせて怪我させちゃ……いいトレーナーとは言えないよ」
    「でも、それはあたしが……」
    「ウマ娘の責任は全部トレーナーの責任だ、って前に言ったろ。だから俺の責任」
    「……」

  • 68◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:45:57

    「……怪我をさせるようなトレーナーは、トレーナー失格だ。……失格なんだ」
    「お兄ちゃん……?」
    「ぁ……、いや、すまん。なんでもない。もう寝よう」
    「あ、うん……」

    「お兄ちゃん?」
    「……ん?」
    「それでも、あたしはお兄ちゃんが大好きだよ」
    「なんだそれ」
    「お兄ちゃんの責任で怪我したとしても、走れなくなったとしても……あたしはお兄ちゃんが好き」
    「何も繋がってないだろそれ」
    「いいんです。あたしの中では一本線でつながってます」
    「あっそ。もう寝ろマジで」
    「は〜い……あ、目覚ましかけた?」
    「かけたかけた」
    「あと……明日の朝ごはん、なにしよっか」
    「起きてから考えればいい」
    「じゃあ……」
    「寝なさい」
    「寝るから、最後にひとつだけお願い」
    「んだよ……」
    「あたしのこと、好き?」
    「はぁ?」
    「好きって言ってくれたら寝る」
    「アホかよお前。寝ろって」

  • 69◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:46:08

    「じゃあもう少しそっち寄りたい」
    「もう十分寄ってんだろ。おかげで俺は寝づらくて仕方ねーよ」
    「……ん」
    「これじゃ寝返りも打てないな」
    「お兄ちゃんのこっちはあたしが完全に包囲した。逃げられると思うな」
    「逃げねぇよ。寝るまでここにいてやる」
    「……寝たらどこいくつもりだ貴様」
    「ソファに移動して毛布かぶって寝る」
    「バカめ、絶対に放さんぞ。明日の朝までこのまま寝やがれ」
    「……へいへい。おやすみ」
    「はい、おやすみなさい」
    「……あ、そうだ」
    「寝なさい」
    「はい」

  • 70◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 02:46:32

    本日はここまで
    ありがとうございました

  • 71二次元好きの匿名さん23/04/20(木) 03:04:47

    お疲れ様でした
    なんだか今期の集大成を見た気分

  • 72二次元好きの匿名さん23/04/20(木) 07:37:03

    お疲れ様です〜

  • 73二次元好きの匿名さん23/04/20(木) 15:20:27

    ライバルとの対面はできたし、
    クラシックへ向けて修行回かな?
    それとも一気にクラシックへ飛ぶんだろうか

  • 74二次元好きの匿名さん23/04/20(木) 15:22:10

    有馬で前担当ちゃんが敵わなかった子を見るんじゃないかな

  • 75二次元好きの匿名さん23/04/20(木) 15:36:59

    実はまだ亡霊のホープフルも残ってるのだ

  • 76二次元好きの匿名さん23/04/20(木) 16:16:20

    前担当世代の最強が出てくるならそろそろ領域の名前も見れそうだ
    亡霊の領域名の方は察しがつくけれど

  • 77◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 21:47:20

    二週間後、中山レース場────

    「うわー……すっごいヒト」
    「お前それ前にも言わなかったか?」
    「事実じゃん」
    「まあな、それに阪神JFの比じゃない人数のヒトが集まってる」
    「有馬記念……やっぱすごいんだ」

    「有馬記念は普通のGⅠと違って、ファン投票によって選出されたウマ娘だけが出走できる栄誉あるグランプリレースだ」
    「毎年年末に行われ、その年の“最強”を決める最後の戦い。誰もが憧れてやまない花道────このレースを最後に引退するウマ娘が何人もいるくらいだ」
    「それくらいすごいレースなんだぞ。わかったか?」

    「わかった!」
    「ほんとかよ……」
    「わかったってば。……でも、なんかみんなのざわつきすごくない? 新聞の見出しもすごいこと書いてる」

    ────最強ウマ娘、有馬記念2連覇なるか

    「……ああ。すげぇよ、ほんとに」
    「このヒト……なんだよね。前先輩の世代の、最強」
    「そうだよ。そして、いま全てのウマ娘の“最強”もこいつだ」
    「……ねぇにぃやん」
    「なんだよ」
    「前先輩が言ってたんだけどさ……あたし、このヒト見たことある、って」
    「ああ……それならある。俺もたまに見かける」
    「え、やっぱり学園で?」
    「いや、外」
    「……えぇ?」

  • 78◆iNxpvPUoAM23/04/20(木) 23:52:31

    「え……ほんとに誰だろ……」
    「まあそのうち分かる。パドック見に行くか?」
    「ううん、いいよ。それよりなんか食べよ、お腹減った」
    「お前さぁ、なにしに来たのか分かってんの?」
    「観戦」
    「間違ってないけどさ……いつか走る相手だぞ? ちょっとは興味持てよ」
    「それならテレビでも良かったじゃん。見やすいし」
    「それはお前、生の空気をさ」
    「生の空気は桜花賞でも阪神JFでも見た」
    「有馬記念は別格だ。ここで数々の名レースが生まれたんだ、ちゃんと見とけ」
    「へい……」
    「さて、と」
    「え、にぃにどこいくの? ビールと食いもん買ってくる」
    「お前が1番観戦気分じゃねぇかよ座れよ!」
    「嘘に決まってんだろ。普通に飯買ってくる」
    「……、あたしも行く」
    「待ってろよ。席取られたら嫌だろ」
    「荷物置いてるから大丈夫だよ。それに……」
    「なんだよ」
    「手放したらダメだから」
    「……お前、あれから甘え癖すごいことになってるの自覚ある?」
    「ある!」
    「そろそろ治せよ。もうすぐ入学して1年経つんだから」
    「は〜い」

  • 79◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 00:07:40

    ・・・

    「……うまいな」
    「うん、めっちゃうまい」
    「屋台の焼きそばってなんなんだろうな、めちゃくちゃうまい」
    「ソースも麺もあれがこうしてああだから……めっちゃうまい」
    「説明になってねぇよ。でもうまい」
    「屋台のヒト、おまけしてくれたしね。めっちゃ美人の芦毛のウマ娘だった」
    「どっかで見たことある気がするんだけどな……なんか」
    「そうなの? あたしとか?」
    「髪色以外に共通点ねぇだろ」
    「おい美人だろが。あたしもめっちゃ美人だろが」
    「でかい寝言だなぁ」
    「ひどい! はい傷ついた! もう傷ついた! めっちゃ傷ついた! 大泣きしてやる!」
    「お、今日の主役たちが出てきたぞ」
    「んぅ?」

  • 80◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 00:20:46

    〈有馬記念出走の16人が、いよいよ本場バに登場です!!〉

    〈まずはこの娘! 安田記念にマイルCSと、本年度のマイル戦線を総なめにしたマイルチャンピオン! それだけには留まらず、芝2000mでも数々の成績を残した────〉

    〈次に登場するのは菊花賞ウマ娘! 無限にも思えるスタミナと類い稀なるレースセンス! 長距離クラシックの冠を手に、この有馬記念へと挑みます────!〉


    「……マイルチャンピオンに菊花賞ウマ娘。どちらも今年を代表するウマ娘の一人だな」
    「やっべぇ、どっちも知らねぇ……」
    「お前さぁ……ほんとさぁ、もっと周りに興味持てよライバルなんだぞお前」
    「いや……あたし、自分の周りのことで手一杯と言いますかね、むしろそういうのはにぃやんの仕事だと思うんすよ」
    「だから毎日情報収集やってんだろが」
    「うむ、ご苦労!」
    「ムカつくわこいつ、ムカつくわ……」
    「マジトーンで言うのやめてください。ここは外ですよお兄さま」

  • 81◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 00:30:57

    〈そしてついに登場です!〉

    うおおおおおっ────!!

    「うわ、歓声すご」
    「あいつだ」
    「あいつ?」
    「あのウマ娘が“最強”」
    「……っ、ぁ、あのヒトって……!」

    〈漆黒のドレスに身を包む孤高の戦士! 雪のように繊細な見た目から繰り出される究極の末脚────有馬記念2連覇を狙う裁きの鉄槌!〉

    「さばき……? てっ……つい?」
    「異名だよ、気にするな」
    「はあ…………って待って、ちょ、あの子って……ねえ」
    「見たことあったろ? 前担当のバイト先の、喫茶店でさ」
    「……パフェクイーン」
    「ああ。あいつが前担当の世代最強にして、今もなお最強の名を保持し続けているウマ娘だ」

  • 82◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 00:47:23

    「まじか……パフェクイーンが、最強のウマ娘……?」
    「ああ、信じられないだろ。喫茶店でほぼ毎日パフェ食ってるんだぞ」
    「おいやめろ、笑いそうになるからやめろ」
    「ずっと通ってるんだ。あの店に……前担当がデビューするよりも前から」
    「……最強がずっとそばにいたまま、仕事してた先輩の気持ちって……」
    「一時期はやばかったよ。特に負けた直後とかはな……」
    「前先輩が……?」
    「あいつは意外と脆い。それをケアしてやるのも俺の仕事だったから、よく気分転換っつって出かけたりしたっけな」
    「ふ〜ん、そうですか、ふ〜ん」
    「なんだよ気持ち悪い目しやがって」
    「は〜? してませんけど〜?」
    「なんだこいつ……」

    〈有馬記念のファンファーレが鳴り響きます!〉

    「はじまるぞ」
    「……うん」
    「……」
    「おい、なんでいま鼻で笑った、おい」
    「いや。……いい顔になったな、と思ってさ」
    「……なにそれ」

    〈16人のウマ娘がゲートへ入ります!〉

  • 83◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 01:05:09

    〈全てのウマ娘がゲートイン完了、体勢が整いました!〉

    「うぅ、この空気感やばい……あたしあそこに立ってたら吐くかも」
    「ここからは瞬きもするな。全部見とけ」
    「うす……」

    〈12月24日、中山レース場〉

    〈GⅠ────有馬記念〉

    〈スタートです!!〉

    「ふっ!!」

    〈好スタートを切ってハナに立ったのはこのウマ娘! 得意戦法の大逃げでこの有馬記念を乗り切ると宣言していた!〉

    「いいか! レースというのは最初から最後まで先頭を走っていれば勝てるんだよ!」

    〈最初のコーナーを超えてすでにリードは6、いや7バ身! 彼女はこれまでも大逃げで数々のレースを勝利しています! 後続のウマ娘たちはこの距離を詰め切ることができるかが重要となってくるでしょう!〉

    「やつはそのうちバテる。放っておいても構わん」

    〈2番手に位置付けたのは同じく逃げウマ娘たち! 大逃げで距離を離し続けるウマ娘を、冷静に追いかけます!〉

  • 84◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 01:26:33

    「有馬記念を逃げで勝った前例はほとんどない。あの子はきっと一杯になる! ……だったら」
    「1番警戒すべきは、最強!」
    「今日こそ! その玉座から下ろしてやるッ!」
    「いつまでもその名を名乗れると思うなよ!」

    「……」

    〈最初の坂を目前に、横長の陣形でレースが進みます! 裁きの鉄槌は囲まれてしまったか!?〉


    「にぃやん……あれ、ありなの……? みんな一緒に前に並んじゃったよ?」
    「有馬記念は誰もが夢見たステージだ……それに勝つためには、1番強いやつを徹底マークするのは当然。結託したわけじゃないんだろうけどな」
    「……それだけ、パフェクイーンが強いってこと……」

    〈難所の坂を越え、落ち着いたペースで進み始めます!〉

    「なんか、ずっと同じ形のままだね」
    「消耗させる作戦、なんだろうな。それに……」
    「……スローペース?」
    「よく分かったな。全員が仕掛けどころを牽制しあってる。“最強”を潰しつつ、自分が前に出るタイミングを測ってるんだ」

    〈さあ向正面を回って第3コーナー! 未だ陣形は横長のまま! しかし先頭までの距離は縮まり始めている!〉

    「やっぱり垂れ始めた! すぐに追い抜いてやるよ……!!」
    「この長時間のマークで最強は潰れた! もうスタミナなんで残ってないでしょ!?」
    「あとは最終コーナーになれば────!」


    「────ジ・オーダー、アクティブ」

  • 85◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 01:44:17

    「────パニッシュメント」

    〈ここで裁きの鉄槌が動いた!! 第3コーナーから一気にスパートをかけ始める!〉

    「……ずっと横一列だったのに、崩れた?」
    「気迫……だろ。あいつのレースの後半は、いつも異様な空気に包まれる」
    「何が起こったの……?」
    「それは走ってるウマ娘にしかわからない。ただ……前担当は、あれが本物の“領域”だと言ってた」

    〈迫る迫る! 隙間を縫って裁きの鉄槌が迫る!〉

    「くそっ……! くそっ……!! なんで、なんで!? ずっと包囲し続けてたのに!」
    「ペースは崩しまくったはずだ! なんでまだこんな脚が残ってるの!?」

    〈第4コーナー回って直線コース! 先頭は裁きの鉄槌、群れを貫くように一直線だ!〉
    〈裁きの鉄槌が先頭で残り200を切りました! これを追って菊花賞ウマ娘が2番手に上がる!〉

    〈先頭が伸びる伸びる! 圧倒的勝利で、今────〉

    〈ゴールイン!! 裁きの鉄槌が1着でゴール!!〉

    〈有馬記念2連覇達成!! やはり最強のウマ娘は今なおこのウマ娘だ! その名を誰にも譲ることなく今年のGⅠを駆け抜けた────ッ!!!〉

  • 86◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 01:57:02

    「……、……、……」
    「大丈夫か?」
    「ぁ……あ、ぁ……う、うん……なんか、震えちゃって……」
    「……手、かせ」
    「ごめん……」
    「気にすんな」
    「なんか……急に寒気がしてきちゃってさ……」
    「あったかいもんでも買うか?」
    「ぅ、ううん……大丈夫。でも……少しだけ握ってて」
    「……ああ」

    同じ場内にいるだけで、ウマ娘を震え上がらせるほどの気迫────まさに鉄槌。
    スパートをかけただけで、敵の戦意を全て根刮ぎ刈り取ってしまうほどの重圧。
    スタンドで眺めていただけの妹すら、震えてしまうほどの圧力を……なぁ、前担当。
    お前は間近で、それを観ていたんだよな?

    どれほど恐ろしいプレッシャーの中で走っていたんだ……?

  • 87◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 02:15:52

    ・・・

    「帰るか」
    「ぇ……ウイニングライブ、見ていかないの?」
    「見るか?」
    「……ううん、やめとく」
    「まだ震えてるな。立てるか?」
    「うん……なんとか」
    「……あれが“最強”だよ。すごかったろ」
    「すごかった……なんて、言えない。そんな言葉じゃ……おさまらないよ」
    「ああ……そうだな。そうじゃないと、“最強”である意味がない」
    「裁きの鉄槌……なんか、めちゃくちゃ厨二だね」
    「知ってるか?」
    「……なに?」
    「あいつの“領域”には名前があるらしい」
    「な、名前……? ぇ、なに、急に……え?」
    「なんて言うんだろうな」
    「知らないのかよ」
    「いつか聞きに行こうぜ」
    「……え?」
    「強くなって、強くなって、強くなってさ。あいつと戦う時、教えてもらおう」
    「……あたしが、パフェクイーンと……?」
    「俺たちが、だ」
    「あたし、たちが」
    「そうだ。俺ともお前で強くなって、あいつをぶっ倒そう」
    「……できるのかな……」
    「前担当の分も勝ってやろう。俺とあいつも、パフェクイーンには負かされた側だ」
    「じゃあ、お兄ちゃんはリベンジマッチだね」
    「そうなるな。お前と一緒に、リベンジだ」
    「……わかった」

  • 88◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 02:21:10

    「不安そうな顔すんなって」
    「だって……あたし、ライバル多すぎじゃん……! 女王先輩に、亡霊に、パフェクイーン……って」
    「多い方が燃えるだろね
    「あたし、そこまで主人公タイプの性格じゃないんだけど」
    「でもゴーストとエンプレスには勝ちたいって思ってんだろ?」
    「それは……まあ、はい。お兄ちゃんをいじめた仕返しは、するつもりですね」
    「いじめられてねぇよバカ」
    「お前がバカだバーカ」
    「悪態つく元気があるなら平気そうだな。帰るぞ」
    「……うん」
    「帰ったら身支度しろよ。明日の朝から行くぞ」
    「え、どこ行くの?」
    「忘れたのか? 冬休みに入ったら行くって言ってたろ、お前の脚の怪我も良くなったし」
    「……あぁ!」

  • 89二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 02:33:29

    翌日、福島県────

    「は〜、めっちゃ遠かった……さっむ」
    「お前寝てただけだろ。俺の方が疲れてるわ」
    「運転お疲れ〜」
    「うーい」
    「じゃ、よろしく」
    「は?」
    「荷物」
    「お前なあ」
    「持ってよ! 兄らしく! 妹に優しく!」
    「お前ウマ娘だろ」
    「うーわ信じらんないこのヒト、うーわ、差別かよ、うーわ」
    「めんどくせぇなぁ。ほら、貸せよ」
    「ありがっと〜、お兄ちゃん大好き〜☆」
    「……」
    「うわ鼻で笑いましたよこのヒト」
    「置いてくぞ」
    「ぁ、ちょ、待ってよ!」
    「今日から冬休みのあいだはここでお前のリハビリだ。脚は一応治ったとは言え、すぐに元のように走ったらまた痛めちまうからな」
    「おす! 了解っす!」
    「さっさと中入って合流するぞ」
    「は〜い」

  • 90二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 02:36:29

    ・・・

    「……で、お兄様?」
    「あん?」
    「あのぉ、どこをどう見てもハワイ風のアミューズメント施設なんですが、間違えてはいらっしゃいませんよね?」
    「ここは医療施設、温泉、プール、屋台といった色んなもんが揃ってる。どこをどう見てもハワイ風のアミューズメント施設だが、リハビリにうってつけなんだ」

    「オグリキャップも利用したって言ったろ」
    「おぉ……」
    「ジュニア級に頑張ったご褒美だ。遊びながら療養してこい」
    「……おおぉっ……!!」

    「ぁの、トレーナーさん……?」
    「ん? ああ、悪いな、チケット買いに行ってもらって」
    「それは大丈夫ですけど……私も連れてきてもらって、良かったの……?」
    「妹をひとりにしたら何しでかすか分かったもんじゃないからな。前担当がいてくれた方が助かるんだ。それにお前の時は、こういうことしてやれなかったしな」
    「そんなことはないと思うけれど……では、お言葉に甘えちゃいますねっ」
    「ああ、よろしくな」

    「やった〜、前先輩とプールだ〜」
    「遊びじゃねぇんだぞ。これもトレーニングだと思って真面目にやれよ」
    「やりますよやりますよ、でも遊びながらって言ったのにぃやんなんで遊びます」
    「お前なぁ……」

    「ふふ、私が一緒についていくから、トレーナーさんは安心してください」
    「ああ……まじで頼む。なんかあったら呼んでくれ、俺は休憩スペースで寝てる」
    「はい、分かりました。妹ちゃんのことは、私に任せてください」

  • 91二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 02:36:57

    本日はここまで
    ちなみに焼きそば屋の名前は「金船」

  • 92◆iNxpvPUoAM23/04/21(金) 02:37:31

    たまにトリップ付け忘れるの申し訳ない…

  • 93二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 02:37:54

    このレスは削除されています

  • 94二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 03:18:47

    お疲れ様でした
    やっぱり金船おめーかーい!!

  • 95二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 08:13:29

    お疲れ様でした〜

  • 96二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 14:30:46

    プールということは次はサービス回かな?

  • 97二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 14:39:21

    にぃやんをなんとかしてプールに連れ出さなければ…

  • 98二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 14:45:57

    前担当ちゃんのトレーニング用とは思えないやけに気合いが入った可愛い水着…

  • 99二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 14:55:45

    果たしてにぃやんは本当に休憩スペースで寝るのか…?

  • 100二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 14:56:04

    寝るっつって1人で遊び回るのではないか…?

  • 101二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 23:20:25

    そういやまだジュニア期なのか
    結構な大作になりそう…

  • 102二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 23:56:59

    ここからクラシック、シニア、繁殖でかなりあるね

  • 103二次元好きの匿名さん23/04/21(金) 23:58:31

    >>102

    おい最後

  • 104二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 00:03:40

    >>103

    た、たぶんトレーナー活動とかそういうアレだから……

  • 105◆iNxpvPUoAM23/04/22(土) 00:07:19

    「な〜んだ、にぃやん来ないんだ」
    「ここ数日、ずっとトレーニングメニューを作っていたみたいだし、少しだけ休ませてあげよう?」
    「それは分かってますけどね。ま、あたしは前先輩と遊べるからいいですけど〜」
    「ふふ、それじゃあ着替えに行こっか」
    「うっす! 了解ですっ!」

    ・・・
    「あのぉ」
    「はい……」
    「前先輩? ちょ〜っと聞いてもいいっすか」
    「ぇと、い、嫌かも……?」
    「無理っす。聞きます。答えてもらいます」
    「ぇ、ぇ、ぁ、……はい」

    「水着エロくね?」

    「うぅ……」
    「一応言っときますけど、これトレーニングですよ? 遊びじゃないんですよ?」
    「わ、わかってるよ? もちろん、わかってますっ」
    「いやめっちゃ胸出してますやん。ほぼ下着ですやん」
    「そ、そんな……ことは……ぇ、ええと……」
    「てか先輩めっちゃ胸おっきい! 普段の服装でもでかいなでかいなって思ってたけど、これはやべぇ……」
    「ぁの、い……妹ちゃん、もうやめ、やめてください……ごめんなさい……」

  • 106◆iNxpvPUoAM23/04/22(土) 00:14:17

    「なんすかその頭のリボン。清楚で可憐なお嬢様のイメージが、どんどんエロい子に変わっていきますよあたしは……」
    「……………………」
    「そっち見たって助けてくれるヒトはいませんよ」
    「……………………」
    「俯いたら谷間が強調されて尚更えっちになりますよ」
    「そ、そろそろプール行こっか。ウォータースライダーとか色々あるみたいだよ」
    「話題を変えても先輩いじりは続きます」
    「うぅう〜っ……い、妹ちゃんだって……水着、気合い入ってるでしょ……」
    「え、普通のビキニですよ? ヒラヒラしてて可愛いでしょ〜」
    「い、妹ちゃんこそ分かってるの? 遊びじゃなくって、トレーニングなんだよ?」
    「分かってますけど? どう見ても機能性抜群ですよこれ。先輩眼科行った方がいいんじゃないですか?」
    「も、もぅっ! 妹ちゃんずるい……っ」
    「うひゃひゃっ。じゃ、にぃやんに見せに行きましょ〜」
    「ぁ……え、え……?」
    「にぃやんに見せるために買ったんでしょ? それ」
    「……ま、まぁ……、その…………。はい」
    「顔真っ赤! 先輩可愛い! めっちゃ気合い入れたんすね〜」
    「……でも、妹ちゃんもでしょ?」
    「え?」
    「妹ちゃんも、トレーナーさんに見てほしくって選んだんだよね? その水着、すっごく可愛いよ」
    「違います〜! 周りの男みんな悩殺してやろ〜って思ったんですよ〜」
    「ふふ、うそばっかり」
    「…………はい」
    「妹ちゃんは、トレーナーさんが大好きだね」
    「そんなことないです〜! あんなんただのクソ兄貴です〜!」
    「はいはい、ふふっ────あ」
    「……?」

  • 107◆iNxpvPUoAM23/04/22(土) 00:22:14

    「トレーナーさんからLANE……起こさないで、って」
    「は〜!? まじで寝てんすかあいつ!?」
    「ちょっと残念だけど、ゆっくり休ませてあげよっか」
    「ちぇ〜……仕方ないですね、今日だけ休ませてやりましょっか。トレーナーがトレーニングに来ないってどういうことだよぉ……」
    「ふふ、そのために私がいますので」
    「あ、そっか。前先輩、にぃやんの元担当ですもんね。あいつのトレーニングメニュー把握してますよね」
    「そういうこと。それに、メニューはもらってるの。妹ちゃんが車で寝てるあいだにね」
    「なん……だと……?」
    「でも、ほとんど簡単なものだから大丈夫よ。遊ぶ時間もちゃんとあるみたいだし」
    「どうせ冬休み中はほとんどここにいるし、とりあえず遊びましょ!」
    「そうね、初日だしゆっくり楽しもっか。とりあえず……私、ウォータースライダーに行ってみたいかなぁ」
    「大丈夫? 胸こぼれません?」
    「もうっ」

  • 108◆iNxpvPUoAM23/04/22(土) 00:31:22

    「ひゃっほ〜!!」
    「きゃぁぁああ〜っ!」
    「あはははっ! すっごい急!」
    「うぅ、ちょっと目が回っちゃった……」
    「次! 先輩あれ行きましょ!」
    「う、うそでしょ……」
    「れっつご〜!」
    「ぅぅう……」

    「さあさあ先輩、ずずいっと」
    「ま、待ってもらっていいかな……あの、すごく高くて暗いトンネル……」
    「一緒に行きますか!」
    「ぇ、ぇ、ぇ」
    「発進!」
    「きゃ〜っ!!」

    「ぁ、ぅ……ちょっと、ゆっくり……」
    「思った以上にグロッキー状態……あれ、先輩高いとこ怖い?」
    「そ、そうじゃ……ないけど……ぇと、目が回って……」
    「ぁー、さっきも言ってましたもんね。次はジャグジーでゆっくりしましょ!」
    「あ……いいね、それ。ゆっくりしたい……」
    「こっちこっち〜」
    「おね、お願いします……ゆっくりさせてください……」

  • 109二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 00:56:39

    このレスは削除されています

  • 110二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 01:07:41

    このレスは削除されています

  • 111二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 01:09:52

    前担当とビジネスライクな関係とは何だったのか(蒸し返し)

  • 112二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 01:25:24

    このレスは削除されています

  • 113二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 01:28:15

    前担当ちゃんの水着が気になって夜しか眠れない…

  • 114二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 01:39:06

    このレスは削除されています

  • 115二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 01:58:22

    このレスは削除されています

  • 116二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 01:58:45

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  • 117二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 02:12:05

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  • 118二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 02:14:39

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  • 119二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 02:34:51

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  • 120二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 02:38:10

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  • 121二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 02:54:37

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  • 122二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 02:55:51

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  • 123二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 02:57:14

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  • 124二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 03:18:08

    >>123

    おつ

    タペストリー画像見てきたら前担当ちゃん(みゃーこ先輩)の水着が下着どころの騒ぎじゃなかった

    これでウォータースライダーはこぼれちゃう!

  • 125二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 03:22:53

    お疲れ様です、了解です
    しあさってを楽しみにしてます

    元ネタ見てきたけど……これはいじられちゃうね……

  • 126二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 03:51:38

    >>123

    おつ

    二人ともこんな水着でトレーナーに迫ろうだなんて…

    一瞬で堕とされちゃう

  • 127二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 09:29:07

    おつ
    これで堕ちない兄やん、鋼の意思でも持ってるのか…?

  • 128二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 09:42:38

    >>127


    >>115で前先輩も妹も水着を隠しておりますね…

    なぜ見せないんだ…!!

  • 129二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 17:18:19

    勢い任せは二人とも使えないから仕方ないね(そういうことではない)

  • 130二次元好きの匿名さん23/04/22(土) 21:47:13

    どうにかして水着をにぃやんに見せる展開を所望
    ふたりの水着にドキドキさせられるにぃやんが見たいです、お願いします
    ソフィの魂を捧げます

  • 131二次元好きの匿名さん23/04/23(日) 00:36:42

    次の更新が楽しみすぎて眠たくなってきた

  • 132二次元好きの匿名さん23/04/23(日) 08:55:44

    これまでのトレーナーと前担任ちゃんのビジネスライク(笑)な関係からして水着見慣れてるんじゃ…?
    夏とか海でキャッキャッウフフのじゃれあいしてますよね?

  • 133二次元好きの匿名さん23/04/23(日) 09:46:31

    ビジネスライク言われてめっちゃ怒る前先輩やからな
    きっと現役時代けっこう仲良く遊んだんじゃないか
    クレーンゲームしたり

  • 134◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 15:38:22

    「ほっ、ほっ、ほっ……」
    「大丈夫?」
    「あ、はい! 結構、脚に、きます……ね……っと」
    「そうでしょう? あんまり無理にするのも良くはないけれど、リハビリには本当にいいの」
    「前先輩、って、結構、詳しい、んですか? 今日ずっとあたしのリハビリ見てくれてますし……説明も、めっちゃ分かりやすいし」
    「私が大学レースにデビューするまでも、よく水中ウォーキングをしてたから」
    「……怪我、でしたっけ」
    「うん、そうね。トゥインクルシリーズの最後のレースで……すこし怪我をしちゃって」
    「……それが原因で、引退したんですか?」
    「直接的な原因、じゃないよ?」
    「でもにぃやん、あたしが脚痛めた時、めっちゃ取り乱してて……もしかして、前先輩の怪我って……かなり酷かったんじゃ……」
    「私のことは、大丈夫。他にも色々あって……それで学園を卒業して、今は大学。最初はトゥインクルシリーズの華やかさは力強さとの違いに驚いたけれど、いまでは私の力も、身体も、大学リーグの方があってるかも、って思ってる」
    「……前先輩は、納得してるんですね」
    「ええ、もちろん。トレーナーさんにGⅠ勝利をプレゼントしてあげられなかったのは残念だけど……今は妹ちゃんがいるから、私の分もあなたに勝手に預けちゃってる。ごめんなさい」
    「ぇ、や、別にそれは! ……あたしもにぃにに勝ってるとこ見せたいのは、ほんとですし。前先輩にも、見てほしいって思ってます」
    「ありがとう。それでも、私の勝手なわがままを押し付けているのはほんとだから……助けてあげられるところは、助けてあげたくて」
    「前先輩……」
    「この話、トレーナーさんには内緒ね? 昔のこと、妹ちゃんに知られたくなさそうだから」
    「え、ぁ、はい」
    「ビジネスライクな関係ですからね」
    「うわぁ、めっちゃ根に持ってる」
    「ふふっ」

  • 135◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 15:54:30

    「無理はしないで、ゆっくりとね」
    「うっす! なんか今日、ほとんど水の中にいる気がする……」
    「水泳選手は地上にいるより、水の中にいる時間の方が多いって聞いたことあるかも」
    「え、やば……あたしは地に脚ついてないと不安でしゃーないですよ」
    「ふふ、私もそうかも。プールは楽しいけど、やっぱりトレーニングするなら走りたいよね」
    「ですよね! にぃやんスタミナトレーニングだーって、時々プール入れてくるんですけど、めっちゃスパルタで嫌なんですよね」
    「私の時もプールはしっかり泳いでたなぁ。いまもトレーニングには利用してるけど、スタミナはやっぱり大切ね。距離の長いレースを走るなら絶対に必要だから」
    「あたしが走った距離で一番長いのは……えっ、と……2000だっけ」
    「京都ジュニアステークスだね。動画で見てたけど、妹ちゃんは後方脚質の方が合ってるのかも」
    「前先輩が教えてくれたおかげですよっ! でも、そうなんですかね? 後ろから追い上げても、前のヒトとの距離があったら勿体なくありません?」
    「その気持ちは分かるよ。損してる気分になっちゃうよね」
    「そうそう」
    「でも妹ちゃん、周りにたくさんウマ娘がいると苦しく感じない?」
    「……先行争いでたくさんのウマ娘がぶつかり合ったりしてるの見ると、怖いですね」
    「位置取りに負けるのが、怖い?」
    「それもあります! でも……なんかこう、めっちゃヒトいるから……あたしこう見えてヒト見知りするんですよ」
    「うん、それは私も知ってるよ。だから後ろの方がいいのかも、って思ったし」
    「……次も差しでやってみます」
    「ふふ、それはトレーナーさんと相談しながらね。いまは強い末脚を使っても脚を痛めないように、しっかりと治して身体を強くしていきましょう」
    「はいっ!」

  • 136◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 16:08:55

    ・・・

    「は〜っ、つっかれたぁ」
    「お疲れさま。はい、水分はちゃんと摂りましょうね」
    「あ、ありがとございます。でもそんな汗かいてないですよ?」
    「水の中にいると汗をかいていても分かりにくいから、水分不足にも気づきにくいの。だから喉が渇いたと感じてなくても水分は取らないと」
    「ぁ、そうなんですか。じゃあ飲んどこ」
    「……明日からはトレーニング用の水着にするね、私」
    「え、なんで?」
    「真面目なリハビリに来てるのに、浮かれすぎちゃったなって今更気づきました」
    「マジで今更ですね」
    「うぅ……でも妹ちゃんも、私と同じでしょう?」
    「いえ全然」
    「えっ」
    「あたしは可愛い水着買ったんで、着ないと損じゃないですか〜」
    「……トレーナーさんに見てほしかったんじゃない?」
    「え、……いや、別に……全然?」
    「ふふ、うそばっかり」
    「あんなヘタレ童貞の兄貴に見せたら鼻血出してしんじゃいますよ」
    「ぁ、ぅ……そ、そんな……ことはないと、思うよ……?」
    「それこそ前先輩の方が見せたかったんじゃないですか。絶対そのためでしょ、あたしと遊ぶためだけに着てくる水着ちゃいますもん」
    「……ま、まあ……?」
    「ほら〜! どうせ現役の時、にぃにと海とか色々遊びに行ったんでしょ? じゃあその時みたいなノリで見せちゃえばいいじゃないっすか!」
    「え、行ったことないよ?」
    「え……まじ?」

  • 137◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 16:09:10

    「うん、ほんと。気分転換にドライブとか、お出かけはしたことあるけど……海は行ったことないの」
    「……あいつデートプラン考えるの下手くそなのか?」
    「で、デートって……そ、そんなのじゃないですからねっ! 私たち、担当ウマ娘とトレーナーだったから……!」
    「あー……お堅いの先輩の方だったか……」
    「そ、それって……どういう意味かな」
    「現役の時はビジネスライク……じゃないけど、そこそこ距離保ってたんですよね? 家にごはん作りに来たりはしたけど」
    「ぇと、それは……そう、かな……」
    「でも今は卒業してひとりの男と女。もうふたりを隔てる壁は……ない!」
    「ほ、ほんとに何言ってるのかな!?」
    「でもお兄ちゃんを独り占めするのは許さんぞっ! このあたしを倒してからにしろっ!」
    「しないってば〜……!」
    「じゃあとりあえず水着見せに行きましょう」
    「え」
    「今日一日ずっと寝てるか何してるか知らないけど、あたしたちほっといた罰です。童貞兄貴に、このこぼれそうな前先輩のおっぱい見せて殺してやりましょう」
    「ごめんなさい、私が困ります……」
    「もう決めたので行きます。さあ行くぞ〜」
    「わ、ちょっ引っ張らな……すごい力……!」

  • 138◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 16:16:59

    休憩スペース────

    「んー……どこだろ……?」
    「いないね」
    「他にスペースありましたっけ?」
    「確か向こうのほうにも」
    「行ってみましょう」
    「うぅ……」

    「……こっちもいない」
    「漫画読むって言ってたけど、漫画の読めるスペースはここだけだよね」
    「トイレかな?」
    「でもトレーナーさんの荷物らしいものもないし……」
    「あっち見てみましょう」
    「うん」

    「……いねぇじゃん、あのバカ兄貴」
    「どこ行ったんだろう……」
    「あ」
    「いた?」
    「あそこ、あのテーブルでPC触ってる……」
    「あ、ほんとだね。ゆっくり休めたのかな?」
    「行ってみましょ」
    「ぁ、はい……頑張れ私、頑張れ私」
    「いいから早くっ」
    「分かりました、行くので少しだけ準備させてください、ごめんなさい……」

  • 139◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 16:49:56

    「……」

    「にぃやん何してんの?」
    「あぁ、年明けからのメニュー作成をずっとな」
    「今日1日ずっと?」
    「ああ」
    「寝てるって嘘だったんだ」
    「……え、んっ!? なんでお前らここにいるんだよ!?」

    「妹ちゃんが……トレーナーさんに、水着を見せにいこうと言いまして……」
    「はあ……って、なんか……すげぇの着てるな……」
    「ぁ、あんまり……見ないでください……」

    「前先輩、今日のためにめっちゃエロいの着てきたんだぞ。見なさいにぃやん、このこぼれそうなおっぱ痛い!!!」
    「お前黙れ」
    「せめて殴る前に言え……うぅ、クソ痛ぇ……」

    「……ぇ、と……」
    「あ、ああ……その、トレーニングには……あんまり向いてなさそうだな」
    「ぁ……あ、あはは……はい、明日からは普通のトレーニング用の水着にします……」

    「お前水着の褒め方知らないのかよマジかよ」
    「う、うっせうっせ! どう褒めろってんだよ水着とか! 予想もしてなかったわこんな展開!」
    「簡単でしょうが! 前担当、すげぇ可愛いよ。今夜は俺と2人で────」
    「お前ほんと黙れ」
    「はい」

  • 140◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 17:00:00

    「ぁー……えと、前担当?」
    「ぁ……は、はい」
    「……似合ってるよ。すごく……可愛いと、思う」
    「ぇ……あ、ぇと、あ……はい、ふふ……な、なんだか恥ずかしいですね……」
    「ぉ、おう……」
    「……と、トレーニングですけど」
    「あ……うん」
    「しっかりと、言われていたメニューは完了しました」
    「ああ、そうか。うん……ありがとう、任せっきりで……悪かったな」
    「いえ……トレーナーさんは、お休みしていると思ってました、から」
    「ずっと、トレーニングメニュー練ってた」
    「想像は、できてましたから。きっと仕事だろうなぁ、って」
    「……ごめん、明日からはちゃんとそっちに参加するよ」
    「はい、そうしてあげてください。トレーナーさんがいない間、妹ちゃん、寂しそうでしたから」
    「そんなことはないだろ」
    「ありますよ。ずっとお兄ちゃん何してるのかな、って言ってましたから」
    「……そうか」
    「そろそろ……閉館時間ですよね。私たち着替えてきますから」
    「あ、ああ……わかった」

    「え、それだけ?」
    「え?」
    「水着ほめろって言ったよな?」
    「……褒めたろ」
    「それだけ?」
    「いやいや」
    「もっとなんかこう、色々と褒めろよ! 色が可愛いねとか、胸がやばいねとか!」
    「後半はセクハラだろ褒めてねぇよアホかよお前」
    「アホじゃねぇよ恋のキューピッドだよ!」
    「いらねぇよそんなもん!」

  • 141◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 17:04:31

    「ヒトはあたしを、くっつけマスター妹ちゃん、と呼ぶ」
    「妄想の中だけにしてもらっていいですか」
    「ほんとのことですぅ〜!!」
    「あっそ。もうわかったから着替えてこいよ、宿行くぞ」
    「あたしがまだなんですけど」
    「え?」
    「あたしがまだ褒めてもらってませんけど、水着」
    「……えぇ?」
    「うーわ、こいつ最低だ! 前先輩は褒めたくせにあたしは無視かよ最低だ!」
    「おま……え、お前も?」
    「めっちゃ可愛いでしょうが。このあたし」
    「……ぉん」
    「は?」
    「いいんじゃない」
    「は?」
    「じゃあまた後で」
    「おいおいおいおい待て待て待て待て」
    「……なんだよ」
    「今ので褒めたつもりか?」
    「いいっつったろ」
    「いやいやいや褒めてねぇだろそれは」
    「褒めたろ。いいって」
    「可愛いって言えよ」
    「は?」
    「言えよあたしにも」
    「……なんで」
    「前先輩にだけ言ってあたしには無しとか、それこそ無しだろ!」
    「なんでわざわざ妹の水着なんざ褒めなくちゃいけねぇんだよ」
    「褒めるだろ女の子と出かけたら! お前気づいてるのか、両手に花だぞこの状況。クソエロい水着の前先輩とクソ可愛い水着のあたしだぞ」
    「エロい連呼すんなお前マジで最悪だぞ」

  • 142◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 17:30:14

    「いいから褒めろよ可愛いって」
    「はあ……ぁ〜…………はぁ………………ってるよ」
    「へ? なんすか? 聞こえませんけど」
    「ぁー……くそっ! 似合ってるよ、めちゃくちゃいいと思うよ! これで十分かよ!?」
    「へ? 全然心こもって聞こえませんけど?」
    「はぁ!?」
    「具体的に、どこが、どう可愛いか言ってごらんなさいよ。ナイスバディで美少女な妹ですよ、お兄さま。分かるでしょう?」
    「いや分かんねえよ知らねえよ早く着替えにいけよ前担当待たせんなよ」
    「満足したら行くから! 先っちょだけだから、先っちょだけ本心で褒めてくれたら満足だから!」
    「なんなのお前、ほんとなんなのお前」
    「いいじゃんか〜!! お兄ちゃんに見せるためにあたしめっちゃ時間かけて探したんだぞ!? 可愛い妹の可愛い努力を褒めろよ〜! 可愛いって言えよ〜!」
    「マジで意味わかんねえよお前……」
    「じゃあもう妥協! 最低レベルまで妥協するから可愛いって言って、お願いだから」
    「お願いして言わせた可愛いで満足なのかお前」
    「せめてちょっと本気の可愛いにしてくれたらもう何も言わないで着替えにいくから」
    「はぁ……」
    「お願いします! お願いします!」
    「時間」
    「へ?」
    「閉館時間。あと5分」
    「……えっと」
    「着替えて入口」
    「ぁ、はい……」

  • 143◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 17:45:47

    入口────
    「お待たせしました、トレーナーさん」
    「おう」

    「……っす」
    「なんで暗い顔してんのお前」
    「うっせバーカ」

    「……、とりあえず宿に向かおう。30分くらいあるけど」
    「んぇ、ここじゃないの? めっちゃいいホテル目の前にありますけど」
    「高すぎて3人も泊まる金出せねぇよ。ただでさえ数日滞在するんだぞ」
    「あっそ」
    「なんなんだよお前……」

    「えと、トレーナーさん……? 私まで泊まらなくても……! 電車、電車とかありますし!」
    「移動時間とか移動費用考えたら泊まる方が早いし安いよ。あ、でも用事があるなら無理しないでいいからな」
    「それは……途中で抜けちゃうかもしれないけど、しばらくは大丈夫です。でも流石に宿代は出させてください、これ以上はお礼どころの話ではなくなっちゃいますから」
    「……ああ、わかった。宿代は頼むよ」
    「よかった……これまでダメって言われたらどうしようかと」
    「俺は元々出すつもりだったけどな」
    「ダメですよ! お金は大切にしないと……割り勘できるところは割り勘で、です」
    「その精神こいつにも教えてやってほしいわ」
    「あ、あはは……」

    「にぃやんの財布はあたしのものだ」
    「アホか」
    「言っとくけど素泊まりプランだからな。帰りに食って帰るぞ」
    「絶対あのホテルの方が近いしごはんもおいしい……」
    「1日だけならなんとかなっても数日は無理」
    「ちぇ〜」

  • 144◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 18:10:54

    数時間後、ホテル────

    「今日はお疲れ。明日は9時過ぎに出るから、寝坊しないようにな」
    「はい、わかりました」
    「これ前担当の部屋の鍵な」
    「あ、はい」

    「ほれ、お前の」
    「あんがと〜……ん?」

    「じゃ、みんな寝坊すんなよ。おやすみ」
    「ちょちょ、待て」
    「んだよ」
    「別部屋?」
    「……当たり前だろ」
    「なんで」
    「なんでお前、俺と同じ部屋が当たり前だと思ってんの?」
    「いつも一緒じゃん」
    「それがおかしいからな、普通。お前年頃の女の子だろ、むしろ嫌がれよ」
    「んだよ〜、嬉しいくせによ〜」
    「前担当こいつ頼むわ」
    「おいうそだろ」
    「おやすみ」

    「あ、あはは……ええと、行きましょうか」
    「……は〜い」

  • 145◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 18:26:20

    ・・・

    「お、あたしたち部屋隣同士ですね〜」
    「そうみたいね。何かあったらすぐに声かけてね」
    「ありがとうございまっす! それじゃあおやすみなさ────」
    「……妹ちゃんは」
    「はい?」
    「ほんとにトレーナーさんのことが大好きなんだね」
    「……え?」

    「え、えと……それは、どういう……」
    「ぁ……か、家族としてね! 家族!」
    「あ、あ……ああ、家族!」
    「その、やっぱりとっても仲良しだから、大好きじゃないと、ひとり暮らしのお兄さんのところに押しかけたりしないもんね」
    「あれは……まあ、あの……寮生活がなんかこう、あれでして」
    「ふふ、私も実家暮らしだったの。理由は違うけれど」
    「え……そうなんすか……」
    「実家から自転車でゆっくり漕いで20分くらいだから」
    「その時からチャリ通だったんですね……すげぇ」
    「ふふ、トレーニングにもなるしね。もちろん節約がメインですけど」
    「さすが前先輩だぜ……」
    「……それで、トレーナーさんも妹ちゃんと暮らすことを許してる。やっぱりふたりとも、とっても仲良いんだなあって」
    「今日のあたしたちを見てそう思った、と」
    「そういうこと、かな?」
    「まあ、にぃやんの方があたしのこと大好きなんで! くっそシスコンなんで、あいつ!」
    「妹ちゃんもだと思うけどな〜」
    「あたしは違いますよ〜? 相手してあげてるだけですよ〜?」
    「でもトレーナーさんに水着可愛いって言ってほしかったんでしょ?」
    「兄が妹を褒めるのは当然でしょうよ」

  • 146◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 18:32:38

    「ふふ、そういうことにしておきますっ」
    「前先輩も兄ができれば分かりますよ、兄ってやつの傍若無人っぷり」
    「妹ちゃんとのやりとりを見てて、トレーナーさんみたいなお兄ちゃんだったら、いいなって思ったことはあるよ?」
    「……まじすか? あんなんがいいんすか? やっぱりにぃにのこと好きなのか?」
    「ぇと、そうじゃなくて私、一人っ子だったから。妹ちゃんとトレーナーさんみたいに、冗談を言ったり言われたりする距離感が羨ましいな〜って」
    「そんなものですかねぇ」
    「そんなものなんですっ」

    「それじゃあおやすみなさい、また明日ね」
    「あ、前先輩!」
    「なあに?」
    「今日は色々とありがとうございました。あたしのために……貴重な冬休みを削らせちゃって、すみません」
    「ふふ、いいのいいの。それにこれは……私から妹ちゃんへのお礼でもあるから」
    「お礼……? あたし、なんかやりましたっけ」
    「トレーナーさんを立ち直らせてくれたから」
    「……立ち直……らせる?」
    「はい、私のせいで落ち込んでしまっていた彼を……救い出してくれた。心を支えてくれた。それだけで私はもう、妹ちゃんには脚を向けて眠れないくらい感謝しているんだ」
    「それって……やっぱり前先輩の引退が……?」
    「きっとその話は、いつかトレーナーさんから聞かされると思う。私から話すことではないと思うから」
    「……前先輩」
    「だから今のあいだは、私の勝手なお礼の押し付けを受けちゃってくださいね」
    「でも、でも」
    「これを恩に感じてしまうなら……トレーナーさんにGⅠ勝利をプレゼントしてあげてほしいな。約束、してもいい?」
    「……はい、します。絶対にお兄ちゃんに、GⅠ勝利を捧げます。前先輩にも!」
    「ありがとう。私はそれだけで十分」
    「……明日からも頑張ります、よろしくお願いします、先輩!」
    「ええ、頑張りましょうね。それじゃあおやすみなさい」
    「はい、おやすみなさい〜」

  • 147◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 18:53:38

    ・・・

    「……疲れた」
    荷物をテーブルの上に置き、身体をベッドへ投げた。
    ここ数日まともに眠っていなかった疲れがここにきて一気に噴き出している気がする。
    今日も寝ると言って誤魔化し、ひとりでずっとPCと向き合っていた。
    目の疲れもそろそろ限界、眠たくて仕方がない。

    ……だが。

    「ここだから出来るトレーニングはもう少し詰めときたいよな」

    椅子へ移動し、鞄からノートPCを取り出して起動。トレーニングメニューを開いた。
    これは先輩トレーナーから教えてもらったリハビリメニューを妹用に調整しつつ、前担当の療養に利用したメニューも付け加えたものだ。

    「これで今までよりパワーアップしてほしいが……まずはリハビリだな。強化はまだまだ、ゆっくりと」

    焦るのは俺の悪いくせだ。
    事を急いで……また怪我をさせるわけにはいかない。
    次の怪我が軽いものとは限らない。今度は二度と走れなくなるほどの選手生命に関わるような大怪我や、果ては命に関わるものになる可能性だってあるんだ。

    そのために準備できることは、なんだってしてやる。あいつには前担当のような辛い思いをさせたくない。
    俺のせいで、辛い思いをさせるようなことはしたくない。

    前担当も俺の気持ちを察して、ついてきてくれたのだろう。
    本当に感謝しかない。本当に、本当に……感謝しかない。

  • 148◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 19:02:26

    それから1時間ほどメニューの見直しを繰り返し、ようやく俺はPCを閉じた。時刻は22時を過ぎている。

    「流石に今日は寝ないとやばいな。3時間かけて運転してきたし、寝不足でやばいし……風呂入ろ、風呂」

    ・・・

    「浸かりてぇ……」
    流石にユニットバスでお湯を張るわけにもいかず、シャワーで済ませることに。
    我が家ではちゃんとお湯に浸かることを妹と約束しているので、シャワーだけでは色々と物足りない気分だ.

    「明日は施設の風呂でも入って帰るかな」
    誰にもとなく呟いてみる。
    いつもなら妹がこれにいらん返しをしてくるんだろうが、1年前まではこれが普通なんだ。
    ……よく考えたらあれに慣らされる方がやばいな。普通が一番いい。静かだし楽だし。あいついると騒がしくて仕方がない。

    「まあ、それに支えられてる部分も────……ん?」

    何か音が聞こえた、気がした。
    誰かが入ってきたのだろうか? ……いや、そんなことはあり得ない。ホテルはオートロックだし、この部屋は俺の1人部屋。
    妹も前担当も自分の部屋にいるはずだし……。

    「誰かいるのか?」

    ふと怖くなり、そんな声を出してみる────が、返事はない。当たり前だ、あってたまるか。その方が驚きだ。

  • 149◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 20:24:50

    「いま襲われたらどうしようもないな〜」
    そんな冗談を口にしながら、髪と身体を洗ってしまう。
    ユニットバスのカーテンが足元にひっついたりする感触を気持ち悪く感じながら、髭剃りやら何やらも手早く済ませた。

    「あ、やべ、着替え持ってきてねぇ」
    まあいいか。どうせ1人部屋だ、妹のことなんか気にしなくていいし。
    シャワーを止め、マットに降りて足の水気を落とす。バスタオルをかぶって身体と髪を拭きながら部屋へ出る。

    やっぱり1人は楽でいい。着替えを忘れて裸で歩いてても誰にも怒られないし楽でいい」
    部屋に出て着替えを済ませ、特にやることもないので寝る支度だ。
    歯も磨いてトイレにも行って、時刻は23時過ぎ。

    さっさと寝て、明日はトレーニングに────
    ……と。

    「ん?」
    スマホが小さく震えた。確認すると前担当からのメッセージが届いていた。

    『今日は朝からお疲れさまでした。私まで連れてきていただいて、本当にありがとうございます。また明日もよろしくお願いします、おやすみなさい』

    「はは、相変わらず堅い文章だ」

    こちらも気楽にお礼の返事を打ち込み送信。今度こそ本当に眠ろうとスマホを充電器に繋げ、枕元に投げて布団を被ろうとして────

    「今度はなんだ?」

    またスマホが着信音を発した。
    画面を確認────表示に出ていたのは妹の名前。
    ったく、なんなんだあいつ。
    寝ようとしてるってのに……。

  • 150◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 20:44:52

    「もしもし」
    「あ、お兄ちゃん? あたしあたし」
    「詐欺ですか。切りますね」
    「え? 詐欺じゃないですよ、妹ですよ。あなたの可愛い妹ですよ」
    「なんだよ。どうした?」
    「今、なにしてる?」
    「寝るとこ」
    「そっか。いま、時間いい?」
    「手短にな」
    「ん……あのさ、実はさ……その……えっと……」
    「なんだ?」
    「待って、今どんな話しようか考えてるとこだから」
    「つまり特に用はないってことだな」
    「へへへ、まあそういうことです、はい」
    「ったく……どうしたよ。明日もあるんだから身体、休めとけよ」
    「それはわかってる、わかってるんだけど……」
    「んん?」
    「……。真面目な話していい?」
    「? なんだよ」
    「ずっとさ……お兄ちゃんと一緒の部屋だったでしょ? ずっと同じ部屋で寝てたわけじゃん」
    「まぁ、そうだな」

    「んで、急に1人になってさ……さっきからなんか、全然眠れなくってさ」
    「あたし……お兄ちゃんと一緒じゃないと、安心して眠れないみたい……」
    「嘘つけ」
    「は〜い! うっそで〜す! キュンとした? したでしょ!」
    「しねぇよ。トレセン来るまで1人だったろお前。これまでぜんっぜんそういうこと言ってこなかったじゃねぇか」

  • 151◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 20:46:10

    「じゃああれですよ、また一緒に暮らすようになってから再発したんすよ。その方向ならどうすか」
    「再発て。病気かなんかかよ」
    「え〜……ん〜……、お兄ちゃん好き好き病?」
    「うわぁ」
    「ガチで嫌そうな声出すのやめてもらえますか、顔見えない分いろいろ想像しちゃって傷つくんで、やめてもらえますか」
    「あんまデカい声出すなよ。隣の部屋、前担当だろ」
    「お? 凸って3人で喋る?」
    「喋らない。もう切るぞ」
    「あちょ、ちょちょちょ〜!」
    「カンフーマスターみたいな声やめろ。なんだよ、まだあるのか?」
    「お兄ちゃん」
    「なんだよ」
    「寝落ちするまで喋ろ」
    「寝る」
    「いいじゃ〜ん! 半分寝ながら喋ろうよ〜!」
    「なんで妹と寝落ち電話しなきゃならねぇんだよアホかよ」
    「ちょっとやってみたいだけじゃん! 今日だけ、今夜だけだから〜」
    「お前絶対録音して遊ぶだろ」
    「ん、ん、ん、ん?」
    「あ?」
    「ぁいえなんでも。そんなこと致しませんのことよお兄さまオホホホホ」
    「するのか」
    「しません」
    「寝ろ」
    「はい、おやすみなさい」
    「おやすみ」
    「お兄ちゃん」
    「……まだなんかあんのか」
    「明日は褒めてね、水着」

  • 152◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 20:53:17

    「おま────」
    ぷつり。
    返事をする間もなく通話が切れ、スマホの画面が待機に戻った。

    結局なにがしたい電話だったのか分からずしまいだが……もしかしたら、本当に少しだけ寂しかったのかもしれない。
    もしくは水着をちゃんと褒めてやらなかった事を気にしていたのか……分からんけど、分かりようもないけど、誤魔化さず褒めてやるくらいはしておくか。

    それのせいで明日も明後日も電話されちゃ、溜まったもんじゃないからな。

    「我が妹ながらめんどくさいやつだ」

    虚空に向かって息を吐く。
    冬の冷気に染まった空気を暖房で無理やり塗りつぶしながら、俺は眠りへ落ちていく。

    その日は久々に途中で起きることもなく、夢を見ることすらなく、アラームの時間までぐっすりと眠れた。

  • 153◆iNxpvPUoAM23/04/23(日) 20:59:31

    本日はここまで
    予定よりも大幅に早く帰ってこれたので更新できました
    語りスレのパフェクイーン可愛過ぎたので想定してたよりもパフェクイーンの出番増えるかもしれません

  • 154二次元好きの匿名さん23/04/23(日) 21:00:17

    お疲れ様です
    パフェクイーンも可愛かったですよねえ、そっちも楽しみ

  • 155二次元好きの匿名さん23/04/23(日) 21:09:55

    お疲れ様です〜
    妹ちゃん頑張れ…!

  • 156二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 00:54:17

    昨日更新あったのか!
    難しいと思っていたから嬉しい

  • 157二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 08:49:59

    保守

  • 158二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 18:51:14

    やっぱり前先輩の怪我相当酷かったんじゃ…

    >>146

  • 159二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 20:00:42

    このレスは削除されています

  • 160二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 20:01:50

    どのみちラストランだったぽい怪我したレースに、有馬の説明に少し含みがあるから余計怖いのよ

    そういやパフェクイーンの出番が増えそうとなるとトレーナーが誰か気になるな……

  • 161二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 00:38:57

    パフェクイーンちゃんがどういうキャラかいまいち掴みきれていないから、出番が増えるの楽しみ

  • 162◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 01:24:28

    翌日────

    「ほらさっさと歩け。跳ねるんじゃなくてゆっくり歩くんだぞ」
    「わーかってるっ! ほっ、そりゃ、おりゃっ」
    「ちゃんと肩まで水に浸かるように大股でやるんだぞ。背筋は伸ばす。腕もしっかり振る。1歩ずつしっかり歩け」
    「あの……にぃやん、これ、結構キツいんだよ!? にぃにもやってみたらわかるよ!」
    「へいへい。んじゃまずは1時間な」
    「1時間〜!? う、嘘だろこいつ……頭がイカれちまってるぜ……」
    「さっさと歩けー」
    「くっそ〜……絶対仕返ししてやる……」

    「私も一緒に歩くから、頑張ろう?」
    「前先輩は優しくて好き〜! にぃやんはいじわるだから嫌い」

    「なんだぁ? 2時間に増やすか?」
    「やだお兄さまったら大好きに決まってるじゃ〜ん」
    「うわぁ、きっしょ」
    「は〜? だいたいさ!水着も褒めてくれないしさ、頑張っても褒めてくれないしさ、あたしは何をモチベに頑張ればいいんですかちくしょう!」
    「たくさん動いたあとのメシはさぞかし美味いだろうなぁ」
    「そんなので頑張るぞ、ってなるほどあたしは子供じゃないんだよっ!」
    「騒ぐなよ、周りの客に迷惑だろ」
    「くっ……このクソ兄貴め……」

  • 163◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 01:25:41

    「頑張って頑張って! またたくさん走るために今は我慢、だよ」
    「はぁい……ってか前先輩、水着どうしたの。なんでトレーニング用の水着なの」
    「……え?」
    「いや、なんで昨日のエロいのやめたの」
    「ぇ……ぁ、ぇと……あの」
    「今日はにぃにがちゃんと参加するからやめたの? 勿体無くない? めっちゃ可愛かったのにあれ」
    「ぇ……と、ぁの〜……やっぱり、ね、ほら。あれはちょっと……その、ね?」
    「分かります、分かりますよ前先輩。好きなヒトに見てもらおうと思って頑張って用意した水着だけど、いざ本当に見せるとなると恥ずかし過ぎるしエロすぎるしで前先輩のピュアハートがオーバーヒートしちゃったんですよね?」
    「は、はやく歩かないとお昼に間に合わなくなっちゃうよ」
    「ちぇ〜、前先輩がそう言うんでちゃんと頑張ります〜」

    「最初からちゃんとやってくれよ……」

  • 164◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 07:02:33

    ・・・

    「早くも二日目が終わってしまった……」
    「おぅ、お疲れ」
    「うす。お疲れっす兄貴」
    「流石に疲れたろ。メシ食ってホテル戻ったらすぐ寝ろよ」
    「そんな疲れた気はしてないよ」
    「気持ちは元気でも身体は疲れてんの。お前だって分かってんだろ」
    「う〜ん……そんな気しないなぁ」

    「それじゃあ私は、そろそろ」
    「えっ、前先輩どこか行くんですか?」
    「ふふっ、おうちに帰るの。課題もあるし、大学の冬季合宿もあるから」
    「えー! 前先輩ずっとあたしのリハビリ見てくれるんだと思ってた……」
    「そうしたいのは、やまやまなんだけれど……」

    「無理言って悪かったな。今度、またゆっくりと遊びに来てくれ」
    「はい、そうさせてもらいます。年が明けたら、ふたりのおうちに」
    「待ってる。……駅まで送るよ」
    「ごめんなさい、いつもお願いしてばっかりで」
    「それはこっちのセリフ。昨日と今日は本当にありがとな、おかげで妹の機嫌も良くて助かった」
    「ふふ、トレーナーさんと一緒なら妹ちゃんはご機嫌だと思いますけど」
    「気のせいだろ」
    「そんなことはないと思いますよ?」
    「……まあいいか。身体、無理させないようにしっかりと休むんだぞ」
    「はい、ありがとうございます。もう少ししたら私もレースがありますから、また見に来てください」
    「ぜひ行かせてもらうよ。妹の参考にもなるだろうし」 「今度も勝ちますから、見ててください」
    「応援してる。さあ早く乗れよ、帰りが遅くなっちまう」
    「ぁ、はい、ごめんなさい」

  • 165◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 12:03:45

    駅前────

    「ほんとにここでいいのか?」
    「はい。さすがに東京まで送ってもらうわけにはいかないですよ」
    「じゃあこれ、電車代」
    「いりません」
    「え」
    「トレーナーさん、ここでいくら使ってると思ってるんですか?」
    「……それは」
    「受け取れません。それに帰るのも、急な話になってしまいましたし……本当はもう2日ほどここにいられる予定でしたから」

    「ですよね? 昨日は、明日から普通の水着で〜、って言ってましたもんね」
    「もう水着の話はいいでしょ〜……?」
    「へへ。ありがとうございました、前先輩。教えてくれたやり方とかコツとか全部覚えてますんで!」
    「ふふふ、頑張ってね。私も……年明けのレース、頑張るから」
    「はいっ!」

    「それじゃあトレーナーさん、妹ちゃん……また」
    「また遊びに来てくださいね、前先輩!
    「うん、もちろん。またご飯作りに行くね」
    「やった〜!」

    「無理やり連れてきてごめんな。もう少しいられると思ってたんだけど」
    「私が来たいって言ったんですから、謝るのはおかしいですよ」
    「でもな……」
    「トレーナーさんは今は妹ちゃんのトレーナーなんです。あなたは彼女のことだけを考えてあげて?」
    「……ありがとう」
    「はいっ」

  • 166◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 12:10:27

    「……あ、電車来ちゃう」
    「気をつけてな。4時間近く電車だしさ」
    「乗ってるだけで大丈夫ですから。途中途中でメッセージ送りますね、今ここですよ〜、って」
    「ああ、待ってる。それに途中でもし何かあったらすぐに言ってくれ、迎えに行く」
    「大丈夫ですっ。その時はお父様にお願いしますから」
    「……そうだな、その方がいい」
    「それでは、今度こそ」
    「ああ、気をつけて」

    「前先輩、気をつけて帰ってください! 昨日と今日はありがとうございました!」

    「それじゃあ……また」

  • 167◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 12:30:42

    「……行っちゃったね」
    「ああ」
    「急な呼び出しだっけ」
    「大学の課題とか、合宿の件って言ってたな」
    「もしかして先輩って成績やばいのか……?」
    「んなわけねぇだろ。トレセン学園でもかなり優秀な方だったわ」
    「だよね。よかった、あたしの理想の先輩像はまだ生きてた」
    「お前よりはよっぽどいい成績だよ。ヒト当たりもいいし」
    「おい、あたしが成績最悪なヒト見知りみたいに言うな」「成績は普通だろうが、ヒト見知りはすんだろ」
    「はい、します、めっちゃします」
    「だろ? これから色んなレースで色んなやつに会うんだ、少しずつでも直していかないとな」
    「へい……」
    「とりあえず乗れよ。メシ食って帰ろう」
    「あ、は〜い」
    「なに食いたい?」
    「お魚! 福島に来てるんだし地魚でしょ!」
    「じゃあもうちょっとでかい駅のほう行くか。そのあいだになんか美味そうなの探しといて」
    「オッケーオッケー。……せっかくなら先輩も食べて帰ればよかったのに」
    「4時間あるんだぞ。メシ食って帰ったらめちゃくちゃ遅くなるだろ」
    「くそぉ……地味に遠いのが効いてる……」
    「また今度連れてきてやろう」
    「うん、今度は旅行にしようね。リハビリとかトレーニングじゃなくて」
    「おう」

  • 168◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 13:04:57

    「旅行なぁ……お前の最初の3年が終わるまでは無理だな」
    「3年……もう1年目が終わるから、あと2年だね」
    「ジュニア、クラシック、シニア……この3年間がお前の今後の成績に直結するから、気を抜いてる余裕はあんまりない」
    「その割に結構ゆるゆるやってる気がする」
    「大切とはいえ、それが全てってわけじゃないしな。無理をしてお前に怪我されるほうが俺は嫌だ」
    「えっ、急に優しい……なんだどうした、なんか変なもん食べたのかっ」
    「食ってねぇよアホか」
    「じゃあただの妹想いかよ〜! あたしのこと好きかよ〜」
    「いや別に」
    「嘘つけよ〜、好きって言えよ〜」
    「違います、やめてください」
    「水着可愛かったでしょ」
    「あ?」
    「水着」
    「ぁ〜、…………うん」
    「なんで溜めた! 素直に言えよ可愛いって!」
    「そっすね」
    「頑なに褒めてくれねぇ……なんだこいつ、もしかしてホモなのか……」
    「ぶん殴るぞお前」
    「こんな可愛い女の子と一緒に暮らして、そういう感情抱かないとかおかしいじゃん!」
    「妹と暮らしてそういう感情抱く方が兄貴としておかしいだろ!」
    「でもめっちゃ歳離れてるじゃん。もはや幼馴染のお兄ちゃんと近所の子供じゃん。あたし達のこと知ってるヒトいない場所で暮らしてるしいけるって。2人だけで背徳感を背負いながら、それでも幸せで楽しくて素敵な毎日を暮らすんですよ」
    「お前のそういう知識どこで仕入れてくんの……」

  • 169◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 13:05:10

    「仕方ないじゃん。気になる漫画読んだらそういうエッチなやつだったんだもん」
    「エッチって言っちゃったよこいつもうダメだ! ってかお前年齢無視すんなよ!」
    「あたしは悪くない。世の中が悪い」
    「お前が悪いわ。……その漫画、家にあんの?」
    「え、読みたいの?」
    「読まねぇよ。捨てるだけだ」
    「捨てんなよあたしのお気に入りのラブコメ!」
    「ラブコメじゃねぇだろ!」
    「なに言ってんですか、ラブコメですよラブコメ。禁断の愛に目覚めてしまった兄妹が時にすれ違い時にぶつかりつつも、それでも仲良く暮らす背徳感マシマシのラブコメですよ」
    「もうドロドロだよ、もうやめてくれよこの話題めっちゃ嫌だ」
    「照れちゃう?」
    「お前マジで黙れ」
    「はい」

  • 170◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 13:24:11

    ・・・

    「は〜……お腹いっぱい」
    「やっぱ海沿いは魚がうまいな。昨日の晩飯もご当地グルメってやつだったけど、魚は別格だ」
    「前先輩今日帰るなら、昨日お魚にすれば良かったね」
    「だな。惜しいことしたな」
    「お土産にお魚買ってこ、にぃやん」
    「いいけど、さすがのあいつでも捌けねぇだろ魚は」
    「無理かな……無理かも……」
    「まあ土産に買うのは採用だな。また見てみるか」
    「は〜い」
    「んじゃ、また明日」
    「あ、そっか違う部屋だっけ」
    「ひとりでゆっくりした方がいいだろ。脚休ませるの、忘れんなよ。風呂で温めるんだぞ」
    「ねぇねぇ、お兄さま〜?」
    「……なんすか」
    「おい嫌そうな顔すんな、まだなにも言ってないだろ」
    「絶対嫌なこと言うじゃん。だから俺は自分の部屋に帰って風呂入ってメニュー練る」
    「大丈夫だから聞け、聞けってあたしの話」
    「なんだよ……」
    「あたし、脚がすっごく疲れてるんですよ」
    「だと思うよ」
    「めちゃくちゃ疲れてるんですよ。割と膝も震えてるし脹脛も攣りそうな感じしてる」
    「だから風呂でちゃんと温めて寝ろってさっきから」
    「温めるだけ? 他にやった方がいいことある?」
    「ん……あとはマッサージ……とかかな」
    「おっけおっけ。わかりましたよ〜」
    「お、おお」
    「んじゃね、お兄ちゃん」
    「ああ、また明日」

  • 171◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 14:21:25

    「つっかれた……」
    妹と別れて部屋に戻り、ベッドに身体を投げてようやく息を吐き出した。
    前担当が帰ってしまうのは急な出来事だったが、リハビリ中のトレーニングについて妹にレクチャーしてくれたのは本当に助かった。

    前担当の怪我をありがたがるわけじゃない。
    それに関しては今も責任は感じているし、それがなければ……まだ前担当は中央で走ることができていたはずだ。
    もしかしたら、妹と前担当と、チームで走る未来だってあり得たかもしれない。

    そういう未来が、あったのかもしれない。

    でも俺はその未来にはいない、辿り着けなかった。
    前担当は引退し、大学リーグで脚を治して走っている。俺は妹を担当ウマ娘として迎え、中央に挑戦中。

    これからも俺は中央にいるが、前担当はもう二度と中央で走ることはできない。
    申し訳ないな、と思う。

    引退した時はご家族に謝りに行ったっけ。
    誰も俺を責めなかったのが、尚更辛くて、辛くて────

    「ぁー……ダメだダメだ」
    かぶりを振って思考を振り払う。
    ひとりになるとすぐこれだ。内省的すぎるのはダメだ、って同僚とかにも言われたんだ。

    俺と前担当に蟠りはないし、今はもう普通にメッセージのやり取りもするし、話もできてる。
    今さら振り返ることじゃないんだ、もう割り切っていけ。

    「さっさと風呂入って仕事だ」

  • 172◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 14:54:58

    「やっぱ浸かりてぇ……明日こそ施設の風呂入ろ、水着借りりゃいいだろ」
    前担当と妹は施設の風呂に入っていたけど、俺は結局入らずじまいだった。
    さすがに2日続けてシャワーはつらい。少しくらいならお湯を張ってもいいんだろうが、ユニットバスでそれはちょっと、やっぱりな。

    「年明け前には帰るし、実家……はどうだろ。あいつは帰りたそうだけど、俺は……なんとも言えねぇな」
    誰にともなく独り言を呟きながら、身体と頭を洗ってしまう。

    ────と、
    「……なんだ?」
    また、音が聞こえた気がした。

    そういえば昨日も風呂に入ってる際、何かが聞こえた気がしたが……。

    「やめてくれよ、結構ビビリだぞ俺……」
    水場にはそういうのが出やすいと言うし、ホテルで風呂に入ってる時に……ってのも和製ホラーにありがちなパターンだ。

    背筋に嫌なものを感じながらさっさと泡を流し、バスタオルを羽織って風呂場を出る。
    何もないように。誰もいないように。
    心の中でそう祈りつつドアを開けて、部屋の中へ躍り出ると────

    「あ、お兄ちゃんおっかえり〜」

    「…………」

    妹がいた。

  • 173二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 15:04:04

    やっぱりいたー!

  • 174◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 15:11:23

    「それじゃあよろしくお願いしますよ〜」
    そう言いながら、妹は水着姿で俺のベッドに寝転がった。ぱたぱたと脚を動かしながら、機嫌良さそうに鼻歌を唄っている。

    俺はというと、突然部屋に現れた妹の存在に驚きすぎて言葉を発する余裕がなかった。心臓が死ぬほど飛び跳ねてやばかった。
    声を出さずに済んだことを褒めてほしいくらいだ。

    「……、……」

    深呼吸を2回。
    ようやく心が落ち着いたところで、俺はバスタオルを丸めて大きなボールを作り、

    「ぅお゛っ!?」

    寝転ぶ妹に投げつけてやった。

    「ぃ痛っ……たいなぁ! 何すんの!」
    「お前が何してんだよアホかよめっちゃビビったわ」
    「アホじゃねぇよ、アホはそっちだよ」
    「はあ?」
    「言ったじゃんあたし」
    「なにを」
    「脚疲れてるって」
    「おん」
    「そしたらマッサージしたらいいってお兄ちゃん言ったじゃん」
    「言ったな」
    「だから来たんだよ」
    「マジで意味わからん」
    「なんでだよ!」
    「わかるかよ、ちゃんと説明しろよ!」

  • 175◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 15:19:35

    「お兄ちゃんトレーナーでしょ!?」
    「だからなんだよ!」
    「マッサージできるでしょ」
    「…………なに?」
    「マッサージしてよ」
    「え、なに、マジで言ってる?」
    「うん」
    「ごめん、ごめんな。ちょっと待ってくれ」
    「? どしたのお兄ちゃん」
    「ひとつずつ疑問を解除させてくれ」
    「いいけど」
    「お前どうやってこの部屋入ったの?」
    「え?」
    「オートロックだよな? 鍵渡してないよな?」

    「ああ、そのことね」
    「ロビーで鍵部屋に置いたまま出ちゃったって言って開けてもらった」

    「……」
    「あたしから逃げられると思ったか。フハハハハ!」
    「お前……なに、なんなの……ストーカーなの……?」
    「しっつれいな! ただの愛しの妹だよ!」
    「嫌だよそんな妹、もう赤の他人でいいから帰ってくれよ」
    「そこまで言わなくていいじゃん! LANEしても返事なかったから来たんじゃん!」
    「ああ?」

  • 176◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 15:33:08

    スマホを手に取り、LANEの通知を確認。

    8分前 『お兄ちゃんいま部屋?』
    8分前 『マッサージのやり方わかんないから部屋行っていい?』
    6分前 『おい返事しろよ』
    5分前 『おーい可愛い妹が部屋の前で待ってますよー』
    4分前 『え、もしかして寝てる?』
    4分前 『お兄ちゃん寝てる?』
    4分前 『寝かさんぞ』

    ……という通知が一方的に送られてきていたのだった。
    俺が風呂に入ってるあいだにこんなことを……というか寝てると思ったなら寝させてくれよ。

    「お前マジで鬼だな……」
    「鬼がかって可愛い?」
    「は?」
    「威圧しないでください怖いです、ごめんなさい怖いです」
    「いいじゃんマッサージくらい! トレーナーの必須技能なんでしょ?」
    「まあ、はい。資格は持ってますね」
    「友達言ってたよ。トレーナーにマッサージとかしてもらう、って」
    「まあ……そうですね。担当にマッサージするのは、ある話ですね。必須技能ですしね」
    「じゃあやれよあたしにも」
    「……えぇ」
    「イヤそう!」

  • 177◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 15:43:16

    「いいじゃん、やってよ〜! マッサージし〜て〜よ〜!!」
    「うるせえよホテルで騒ぐなよ追い出すぞマジで」
    「はい、すみません」
    「はあ……何が嬉しくて妹の脚のマッサージしなくちゃいけないんだよ……」
    「いいじゃん。女の子の身体に合法的に触れるんだぞ」
    「お前ってだけでもう全部台無しだよ」
    「マジで失礼だなこいつ……ってかさ、てかさ!」
    「なんだよ」
    「水着!」
    「うん」
    「褒めてって昨日言ったじゃん!」
    「褒め……、……てなかったっけ」
    「ないよ、全くないよ。いつ褒めてくれるのかなって待ってたのに一回もなかったよ!」
    「ぁ〜、……ん……うん、いいと思うよ」
    「それ褒めてねぇんだって」
    「……なんて言ってほしいんだよ」
    「可愛いって言え」
    「かわいい」
    「はいー心こもってないー」
    「はぁ〜?」
    「心の底から可愛いって言ってほしいんすよ。前先輩に言ったみたいにさ、ちょっと甘酸っぱい雰囲気出しながらさ、照れ混じりにさ、そんな感じで褒めてほしいんすよ、乙女心なんすよ」
    「……あのさ」
    「? なんだよ」
    「絶対その雰囲気になる気がしないのはお前のせいだと思うよ」
    「なんだとぉ!?」
    「お前がそうやって騒ぎ立てるからこっちが萎えるんだと思うよ」
    「う、うるさいな! 喋ってないとあたしが耐えられないんだろ!」
    「……おぉ、そう……」
    「はい……ええと、はい」

  • 178◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 15:54:20

    「……とりあえず、やるか。マッサージ」
    「あ、はい、おなしゃす」
    「風呂は入ったのか?」
    「まだ」
    「そか」

    あらためてベッドに寝転がり、枕に顔を埋める妹。両腕で枕を抱えるようにし、顔を押し付けているのは……多分、照れを悟られないようにしているのだろう。
    俺も正直、そんな顔の妹を見たくはない。色々と、見たくはない。

    脚のマッサージは脚の裏からツボを刺激したり指をほぐしたり……詳しく説明するとめちゃくちゃ長くなるから割愛。
    それはまだいい。それが終わったらふくらはぎも同じようにマッサージしていくのだが、それもまだギリギリいい。

    問題は鼠蹊部……つまり太ももと股関節の付け根から下へ向けてリンパを流していくマッサージ。
    ……ウマ娘には必要なものだが、だとしても……なんかすごく嫌だ。
    しかし割り切れ、割り切っていくしかない。俺はトレーナーだ、これは仕事なんだ。
    やるしかない。

  • 179◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 16:17:27

    「……」
    ああ〜、くそ。
    なんで妹にマッサージするのに、こんな妙な気持ちになってんだ俺は。

    「まだ?」
    「すぐ始めるから待て」
    「ん……」

    意を決して、妹の脚に手を触れる。一瞬ぴくりと震えたが、すぐに落ち着き何事もなかったかのように妹は、俺に身を任せるように身体の力を抜いた。

    まずは脚先。各指の関節をほぐすように一本ずつ丁寧に揉み、足裏のツボも刺激しつつリンパを流す。
    それが終わればふくらはぎ。しっかりと手で覆うように握り、膝裏のリンパ節へ向けて下から上へ、さすり上げるようにリンパを流していく。

    「ぅ、んぉ……っほぉ〜……」
    「……」
    「ほぁ、ちょ……ひぃ〜……っ」
    「……」
    「あたっ〜、あたたた、っちょぉ〜〜っ」
    「……おい」
    「はあ、ぃ……なんでしょ、いい感じっすよ、そのまま続けてもらって」
    「奇声あげるのやめろお前。うるせぇよちょっと静かにしろよ」
    「ちがっ、違うんですぅ! 力むとそういう声出ちゃうんですぅ!」
    「じゃあ力むな。力抜け、マッサージだぞ」
    「で、でもっ……ふぅおっ……! こう、なんか……脚触られてるとゾワゾワってして、力んじゃうぅ……っ」
    「せめて静かにしろ」
    「う、うす……頑張ります……」
    「せめて俺のやる気を無くさせるようなのだけはやめてくれ……」
    「そ、そんなつもりは……ふぃぎっ……ん、ぅおお……っ」
    「……」
    「え今舌打ちした?」

  • 180◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 16:33:14

    もう妹の変な声には耳を貸さないことにした。
    むしろそのおかげで、妙な気分が萎えて冷静になれたくらいだ、感謝したほうがいいかもしれない。

    ふくらはぎは人間にとっても、ウマ娘にとっても第二の心臓と呼ばれるほどに大切な部分だ。
    特に競争ウマ娘からすれば走るためのケアを欠かしてはいけないほどに大切なところであり、普段は自分でマッサージするように言い聞かせていたが……ふむ。

    学園で再会したときに比べると、かなりトモが育っているように思える。
    1年間のトレーニングを経て、ようやく妹もウマ娘として一人前の身体に出来上がりつつあるということか。

    これなら、次のレースからは後方でのまくりも期待できるかもしれない。中団以降からの力強い末脚にも耐えられるような、たくましいトモに成長してくれている。

    トレーナーとしてもこの成長は嬉しい。担当ウマ娘の成長を確かめるためにも、これからは定期的にマッサージをしてやったほうがいいかもしれないな。
    前担当の時もマッサージはしていたが……あれは逆に仕事と割り切れた。
    こいつは……変に距離が近すぎて上手く割り切れなかったが────


    「ふ、っいぎ……、うひょぉ……っ」

    相変わらず声はうるさいし気分が萎えるが、いまはこの奇声に助けられた。
    生まれて初めて妹の騒がしさに感謝をした瞬間だった。

  • 181◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 16:43:27

    「……痛くないか?」
    「だいじょび、ん……すごい、きもちぃ……」
    「なんか、触られてるとこがじわ〜ってあったかくて……ぅ、ひ……ほぐれてる、感じする……」
    「なんか実況されるのめちゃくちゃ嫌だな……もう喋るな」
    「聞いたの、そっちのくせにっ、ぃひ……ふぉおお……っ」

    ここまではこの奇声のおかげで冷静にマッサージを進められた。
    しかし、しかしだ。
    ここから先は……ああ、思い出すな前担当の時。
    あの時もめちゃくちゃ躊躇ったし、あいつ自身もめちゃくちゃ恥ずかしがってて……ああ、だめだ。
    なんかもう逃げ出したくなってきた。
    やめようかな……。

    「……ぇ、終わり、ましたか?」
    「あ、いや」
    「ぁ……まだ、ある? あそう、そうですか」

    ……今ので終わりって言えば終われたんじゃね?
    ってことは最後までやることが決定してしまったのか?

    「……」
    「え、なになに、ため息ついた? 枕で何も見えないのにため息やめて、あたしなんか悪いとこあったの?」
    「いや、違う。違うよ……うん」
    「ぇえ〜? ちょ、ちょっ……なに、すごい嫌そうな声だけど……もしかして嫌? マッサージ嫌? もうやめたい?」

    妹がすごく不安そうな声でこちらを心配してくる。
    俺の色々な感情が伝播したのだろう、これじゃダメだ。
    トレーナーなら最後までしっかりとこなしてやらなくては。

    でも急に触ると怒るんじゃね……? 朝起こしただけで腹パンしてくるようなやつだからなこいつ……。

  • 182◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 16:59:32

    ……いや待て、よく考え直せ俺。
    妹相手にマッサージして変なこと考えてるほうが、めちゃくちゃ気持ち悪くないか?
    めっちゃ気持ち悪いじゃん、今の俺……ただのマッサージだぞ、うん。
    よしがんばろう。

    「よし……次、行くぞ!」
    「こ、来いやぁ!」

    謎の緊張で少しだけ上擦った声と、枕越しのくぐもった声。

    奇妙な空気が流れるホテルの一室。
    俺は何度目かの覚悟を胸に決めて、妹の太ももに触れ、そのまま鼠蹊部へ向けて手のひらを滑らせていった。

    「おおぉっ……ど、どこを触っているぅ……っ」

    膝から鼠蹊部へ向けて流すように手のひらを押し付けてマッサージ。太ももの内側を下から上へ流すようにさすりながら、一方向へゆっくりと時間をかけてほぐしていく。

    太ももの柔らかさの奥に、しっかりとした筋肉の弾力がある。押し込んだ手のひらや指先に、力強く返す硬さがある。
    足腰全体が力強く育ちつつあることに俺は嬉しく感じ、

    「や、やべぇっ……こ、これ、あれだぁっ! そういう動画で見るやつだぁっ……!」
    「おま、お前なぁっ」
    「あれって、ほんと、にぃ……ま、マッサージだったんだね……! あたし、絶対あれ、つまり興奮させるためのやつだって、思ってましたぁ……っ」
    「この野郎マジで黙れ!」
    「いやでも、あたし今すっごいなんかそんな気分かもっ……はぁはぁっ……やばい、めっちゃ身体あったかくなってきてっ……ぅぎぃいいてぇぇえぇええええっ!!!???」

    思い切り親指を内腿に押し込んでやった。

  • 183◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 17:23:25

    「ぇ、痛い……えっ、いってぇえ……! おいなんで押した! なんで思いっきり押し込んだ!? 今のマッサージじゃねぇだろ!」

    あまりにも痛かったのか、こちらに枕を投げてよこしながら妹は激昂する。
    俺も流石に平常心で返すことはできず、半ギレで枕を投げ返してやった。

    「お前が意味わかんねぇこというからだろ!」
    「だってそうじゃん、絶対あれじゃん!」
    「うるせぇよ、もう終わりだよ!」
    「最後までやってないだろ! ここから抱く流れだろ今の!」
    「最後までやってほしかったらお前本当に静かにしろよ」
    「いやもういい、あたし覚悟した! お兄ちゃんにあそこ触られた時点で覚悟した! さあこい抱け、襲え!」
    「……」
    「……」
    「………………えぇ?」
    「え、あの……そういうガチで引いてるリアクション……求めてないんですけど……」
    「いや、あの…………すみません」
    「な、なんで引いてんの! 違うでしょ! ぶっ飛ばすぞ! でしょ、いつもならそういうとこでしょ!」
    「……あの……今日は、その……帰っていただけると……」
    「違うの! そうじゃないの! こういう流れにしたくて言ったわけじゃないの!」
    「……………………」
    「無言で玄関見るのやめて! 帰らないぞ、あたしは絶対帰らないぞ! 最後までマッサージしてもらうまで帰らないぞっ!」
    「もう……帰ってお風呂入って寝てください……」
    「いじめないでよ〜! うう、うあ〜ん! ぁぁあ〜〜〜ん!」
    「……」
    「……、ぁぁあ〜ん! ぅぇええ〜ん!」
    「……」
    「……、ぇぇえええ〜〜ん!」
    「チラチラこっち見んなよ」
    「いや慰めろよ」

  • 184◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 17:51:27

    「マッサージ続きやる?」
    「あ、やるやる〜」

    泣き真似で騒がしてくれた妹にもう一度マッサージを施し、ようやく工程を終えて終了した。
    かなり時間がかかってしまった……途中途中でこいつが邪魔をするからだけど、それにしたって俺も戸惑いすぎた。
    滝行でもしようかな……。

    「……そろそろ部屋帰れよ」
    「ん?」

    そんな妹は今も俺の部屋でベッドに寝転がり、鼻歌混じりにノートPCを占領して漫画を読んでいた。
    一瞬不安になって横から覗いたけど、ネットで無料で読める普通の漫画で安心した。

    「明日もあるんだぞ」
    「……ねぇ、にぃに」
    「なんだよ」
    「ぶっちゃけ、飽きましたよね」
    「お前なぁ」
    「昨日は半分遊んでたけど、半分はトレーニングじゃん」
    「まあな」
    「で、今日は最初から最後まで全部トレーニングでしたよ」
    「そりゃな」
    「飽きますよ流石に」
    「飽きるか……」
    「にぃやんはプールサイドでヤジ飛ばしてるだけだし」
    「指示だよ。ヤジじゃねぇよ」
    「前先輩しか一緒にいてくれなかったけど、明日からはいないし」
    「それも仕方ないだろ」
    「なのでお兄たま」
    「なんだよ」

  • 185◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 17:52:26

    「明日はさ! 明日だけでいいからさ! 明日は普通に観光しませんか……」
    「却下」
    「いいじゃんかよぉ〜!! 1日くらい別のことしようよぉ〜!! モチベ足んないよぉ〜!!」
    「お前そんなこと言ってる余裕ないだろ」
    「うぐぐぐ……」
    「あと少しだし頑張ろう。明日は俺も水着借りるか買うかして、一緒にいてやるから」
    「え、ほんと!?」
    「ほんとだよ」
    「やった! お兄ちゃん大好き!」
    「へいへい」
    「お礼に胸押し付けてやろ」
    「いらんわやめろ離れろ」
    「サービスなんだし、ちょっとくらい揉んでも怒らないよ」
    「妹に言われても嬉しくねぇな……」
    「じゃあ顔隠せばいけるでしょ! ただのナイスバディの女の子でしょ!
    「そういう問題でもねぇよアホ」
    「童貞にこのスタイルは目の毒だったか……っ」
    「なんでそこでガチ凹みできるんだよお前……ある意味才能の塊だな」
    「へへへ、よせやい」
    「褒めてねぇよもう帰れよ」
    「帰らないぞ!」
    「なんでだよ!」
    「水着褒めてもらうまで帰らないぞ!」
    「……まだ言ってんのかそれ……」
    「今日こそ言ってもらうまで帰らないからね」

  • 186◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 18:11:39

    「似合ってるでしょ、ほら」
    「……」
    「綺麗な色でさ、ひらひらもついてて」
    「うん」
    「まあ、ね。前先輩のエロい水着に比べたら普通かもしれませんよ。でもあたしが着るから可愛いんですよ」
    「……水色の水着?」
    「そらいろですよ、そらいろ」
    「はあ……」
    「まさにあたしでしょ!」
    「……」
    「で、どうですか。褒める気になりましたか」
    「あのさ」
    「うん」
    「褒める云々の前に自分から売り込むのはどうなの?」
    「お前がさっさと褒めてればこんなことしてねぇよ」
    「可愛いよ」
    「ぉ」
    「うん、確かに似合ってる。前担当のは……色々とビビったけどな」
    「ぉ……おぅ……なんだよ急に……」
    「お前が褒めろって言ったんだろ……」
    「なんかこう、あるじゃん! タイミングとか!」
    「タイミングならもう逃しすぎてどうしようもねぇだろ。褒めんだから大人しくしとけ」
    「……はい」
    「いいと思うよ。あんま過激になりすぎてないし、これくらいならトレーナーとしても許せる範囲だ」
    「……可愛い?」
    「ああ、可愛いよ」
    「……へへへ」
    「何回言わすんだよ」
    「何回でも言われたいものなんですよ、女の子は」
    「ふうん……」

  • 187◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 18:22:25

    「へっへっへ〜! あたしって可愛いんだ〜」
    「水着がな」
    「バカだなぁ兄太くんは」
    「あ?」
    「水着は着るヒトがいてこそなんですよ。つまりこのそらいろのビキニはアタシが着てこそ可愛いんですよ」
    「はあ」
    「前先輩はあのエロいのが似合ってたんで、あれをアタシが着てもエロくはならないんですよ」
    「それ褒めてねぇだろ、可愛いって言えよ、エロいは褒め言葉じゃねぇよ」
    「でもにぃやんもあの水着に目奪われてたじゃん」
    「……それは、ほら……ね」
    「ほらみろぉ! 男はエロけりゃいいんだろ! 可愛い水着とかどうでもいいんだろ、エロい水着の方がいいんだろ!」
    「妹よ、それが男というものだ」
    「開き直るなよっ! エロ魔人かよ! 元担当ウマ娘の水着にちょっと興奮するとかトレーナー失格だよ!」
    「バカめ、もうあいつは俺の担当ウマ娘じゃないんだ。それなら水着に目を奪われようが卒業後も関わりがあろうが、最悪付き合おうが怒られる道理はないんだ」
    「え、付き合ってんの?」
    「いや付き合ってないけど」
    「……じゃないわ、担当だからとか担当じゃないとかじゃないだろ! 担当じゃなくなったら元教え子に手を出すのも良いってことですか!」
    「良いとは言わないけど……それはさ、本人たちのさ、自由じゃん?」
    「じゃああたしも卒業したらお兄ちゃんとどこか別のとこで暮らしてもいいわけですか!」
    「それはちょっとよく分からない」
    「元担当になったら手を出しても許されるってことですか!」
    「黙れよホテルだぞ」
    「はい、すみません」

  • 188◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 18:33:42

    「そろそろ部屋に戻って寝ろよ。もう23時だぞ」
    「ぉあ、ほんとだ」
    「風呂入ってないんだろ?」
    「んー……ここで入ってこっかな」
    「アホか、自分の部屋で入れよ」
    「お兄さまは水着のままでクソ寒い廊下を歩いて部屋へ帰れと申すか」
    「お前はそもそも何を着てこの部屋まで来たんだ」
    「そこに乗せてる上着ですけど」
    「じゃあそれ着て帰れよ」
    「めっちゃ寒かったんだよね……ロビーのヒトにめっちゃ変な目で見られたもん。あれしてる時に喧嘩して追い出されたと思われてるかも」
    「おま、お前っ……お前マジで……!!」
    「あだだだだだだっごめ、ごめなさっ……うそ、うそだからアイアンクローしないぃぃいでででででっ」
    「もうやだ、お前ほんとやだ。もう部屋帰って寝てくれ」
    「ううぅ……しゅびばしぇんでした」
    「ったく……部屋まで送ってやるから行くぞ」
    「え、いいの?」
    「その格好で歩いてたらお前やばいだろ」
    「ぁ〜、……うん、確かに……」
    「寒いなら俺の上着も貸してやる。着込んで出るぞ」
    「あいあい〜……うわぁ、めっちゃお兄ちゃんの匂いする……」
    「……」
    「なんだいその目は。ゴミを見る目だよ」
    「嫌なら返せ」
    「やだね! あたしのもんだ、ふはは」
    「さっさと行くぞ」
    「は〜いっ」

  • 189◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 18:47:37

    ・・・

    「お前の部屋……ここだな」
    「うん。寄ってく?」
    「入らねーよ。帰ってもう一回風呂入る」
    「え、なんで?」
    「お前のマッサージで汗かいた」
    「あ、そうなんだ。ごめんね」
    「まあいいよ。お前の脚の成長も見れたしな、うざかったけど」
    「気持ちよくて興奮してしまいましたね……」
    「お前ほんとやめろ」
    「はい」
    「さっさと着替えて暖かくして寝ろよ」
    「うん、そうするね」
    「じゃあまた明日、おやすみ」
    「おやすみ、お兄ちゃん」

    「あ、そうだ」
    「あん?」

  • 190◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 18:47:48

    「この上着借りていい?」
    「なにする気だよ」
    「ナニもしませんけど」
    「返せ」
    「うそうそ、ほんとに何もしないから! 寒いからこれ着て寝るの」
    「はあ……分かったよ。貸してやるから、汚すなよ」
    「やったぜ!」
    「んじゃな」
    「は〜い」

    「ったく……、あれ?」
    「いや、いやいやいや」
    「…………」
    「部屋に鍵忘れた……」

    妹と合わせて通算2回目のロビー。
    今度こそホテルマンから変な目で見られてしまうのだった。

  • 191◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 19:08:59

    中山競馬場、ホープフルステークス────

    〈魔眼の亡霊、魔眼の亡霊だ!〉

    〈いま魔眼の亡霊、ゴーストが一着でゴールイン!!!〉

    〈今年も三戦三勝、無敗のホープフルステークスウィナーが誕生しました!!〉

    「……ヘッ」

    〈今年のホープフルステークス優勝はゴースト! 世代最強ウマ娘の誕生か!? 来年のクラシックも楽しみです!!〉

    ・・・

    「優勝おめでとうございます、素晴らしい走りでした!」
    「……」
    「で、デビュー前から無敗、怒涛の三連勝ですね!」
    「……」
    「ぇ、ええと……」

  • 192◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 19:15:43

    「すまないね、彼女は緊張しているんだ」
    「アァ? なに言ってやがるテメェ」

    「ぁ……と、トレーナーさんですね! いかがでしょうか、今のお気持ちは!」
    「ああ、素晴らしいとも。我がチームから世代最強と呼ばれうるウマ娘が誕生したこと、神に感謝を捧げたい」
    「ぇえ、と……こ、こちらのチームに所属するエンプレスさんは2敗からのGⅠ制覇、ティアラ路線では最強格なのではと実しやかに囁かれておりますが……」
    「ククク……もちろん、エンプレスも素晴らしいウマ娘だよ。きっとクラシックが始まれば、噂ではなく本物であるとご理解いただけるだろう」
    「あ、ありがとうございます……ええと、私からの質問は以上です」
    「ふむ。では他の方からもなければ、我々はこれで失礼させていただこうか」

    「おい」
    「おや、何かあったかなゴースト」
    「せっかくだ、ひとこと言わせろよ。テメェらを喜ばせとかねぇといけないんだろ?」
    「ああ、構わないよ。好きなだけ言いたまえ、せっかくのインタビューだからね。喜んで帰っていただこうじゃないか」

    「! こ、こちらのマイクにどうぞ!」

    「三冠だ」

    「……は?」
    「無敗の三冠だ」
    「え、と……それは、つまり……」

    「無敗で三冠制覇してやる、って言ってんだよ」
    「テメェらマスコミも、全てのウマ娘も、“最強”の席にあぐらかいて座ってやがるあの女も、全員オレの脚元に跪かせてやる」

    「オレが“最強”だ」

  • 193二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 20:46:19

    “魔眼の亡霊”と呼ばれたウマ娘の、ホープフルステークス優勝。
    そのインタビューで語られた内容はマスコミによって大きく報じられた。

    “ジュニア級王者、宣戦布告”

    “世代最強宣言”

    “亡霊は鉄槌を超えるか”

    “URA最優秀ジュニア級ウマ娘”

    数々の見出しをつけられて好意的に受け止められる中、その一方では批判的な声も大きい。

    現在のウマ娘界隈には、裁きの鉄槌────俺たちの知るところのパフェクイーンが“最強”の座に君臨しており、次走は大阪杯から春シニア三冠を目指すと、すでに噂されている。
    パフェクイーンにはその“最強”ぶりから熱狂的なファンが多く、黙々とトレーニングに打ち込む姿勢からトレセン学園での信頼も厚い。

    だがウマ娘の世界は、裁きの鉄槌だけのものではない。
    同じくシニア級の先達────先輩に当たるウマ娘たち。
    そして同世代の、クラシック制覇を目指すウマ娘たち。

    ゴーストの宣言は、ウマ娘とそれを取り巻く者たちに対する大きな爆弾となった。

  • 194◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 20:58:17

    俺たちは遠征先でそのレースをテレビで見、年末年始の実家への帰省をキャンセルすることになった。

    その代わり年明けまでみっちりプールでのリハビリに宛てることにした。
    ヤツの発言に当てられたわけじゃない。ただ俺も妹も、このままじゃいけないと感じたのだ。ただなんとなく、なんとなく。

    どうやらあいつの落とした爆弾は、俺たちにもしっかりと影響を与えていたらしい。驚いたのは俺だけでなく、妹が自分から実家への帰省をやめよう、と言い出したことだった。

    あいつはあたしが倒す……そう言っていた。
    身の程を弁えろよ、なんて軽口で返しておいたが……実際、ホープフルステークスでの走りは異次元だった。

    あいつが特別速くなったわけじゃない。
    確かに末脚は力強いしフィジカルもある────だがタイムは平均的だ。規格外に速いというわけではなかった。

    不気味なのは、周りのウマ娘の脚が鈍ったこと。
    ヤツの前にいるウマ娘のどれもが、第4コーナーないし最終直線で、ひとりまたひとりと脚を鈍らせていった。

    ゴーストはそれを軽やかに交わし、前に出て、そのまま先頭を奪ってゴールへ駆け抜けた。

    どんな芸当なのか、それともこれがヤツの“領域”だとでも言うのか────まったく、恐ろしいやつだ。

  • 195◆iNxpvPUoAM23/04/25(火) 21:04:07

    いつか妹も同じことを言っていた。
    デビュー戦の時、ゴーストに睨まれた瞬間に脚が重くなったと。

    しかし妹はそのあともう一度追い上げ、クビ差にまで競り合ったが……あれが成長途中、もしくは開花したてゆえのものだとしたら。

    考えるだけで恐ろしい。
    いつかあいつとぶつかるときのことを考えて策を練らなければならないが、速くても10ヶ月近くは先だ。
    俺たちは目前にまで迫りつつある目標、クラシックでぶつかるエンプレスのことを考えなくてはいけない。

    ただ、まあ、ひとまず。

    1月1日、自宅────

    「あけましておめでとうございます」
    「あけましておめでとう」

    年末ギリギリまでリハビリをしたんだ、元旦くらいは休ませてやろう

  • 196二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 00:22:31

    いよいよクラシック期か
    ちょうど次スレに行きそう

  • 197◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:40:50
  • 198二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 00:42:28

    立て乙ー
    4スレでジュニア期か、まだまだ楽しめそう

  • 199二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:23:56

    うめていきますよ

  • 200二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:25:02

    200なら2人は結ばれそうで結ばれない

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