……おや？　ふふっ、こんにちは。こんなところに独りでどうしました？

1お父さんとお母さんが……23/04/21(金) 21:32:35

　……あらら、迷子さん、ですか。ここは広いですから、しょうがないのです。……ふむ。ではお姉ちゃんも一緒に、お母さんとお父さんを探しましょう。ここには長いこと住んでいるので、土地勘はあるのです。……ふふっ、やっと笑ってくれましたね？　はぐれないように、手も繋いでおきましょう。

　そういえば、お名前は……。　────さん、ですか。ステキなお名前ですね。ええ、とってもステキです。きっとお母さんとお父さんは、優しい方なのですね。

　……うーん。少しおしゃべりしませんか？　ただ探しているだけでは、もの寂しいですし……ね？　……えへへ、ではお言葉に甘えて。

　昔むかし。と言っても、それほど昔ではありませんけど。とある女の子が、お父さんとお母さん、そして少しやんちゃな妹と一緒に住んでいました。その女の子はとても脚が速くて、妹や他の子たちとのかけっこではいつも１番でした。

　そしてその女の子には夢がありました。"マスコットになること"。……ふふっ、たしかに少しへんてこな夢ですね。マスコットになる夢。でも、その女の子はその夢を叶えるために、日本中から同じように脚の速い子が集まるトレセンへという所に行きました。

　……バレちゃいましたね。はい、そうなのです。その子はヒトの子ではないのでした。……そうです。レースで一番になると、人気が出て、グッズになります。その子はそれを知って、トレセンに行き、大きなレース、G1レースを目指すことにしました。──自分の夢を叶えるために。

2すっごい大きな夢なんだね！23/04/21(金) 21:33:51

　……ふふっ。幸い、女の子はトレセンでも他の子たちよりも足が速く、注目を浴びていました。G1レースではないものの、G3というレースを3回も勝っていたので、注目を浴びていました。しかも、そのうちの一つはなんと落鉄しながらもレコードタイムなのでした！　えっへん！

　……おっとっと。つい話が逸れそうになってしまいました。お姉ちゃんのダメなところですね……えへへ……。

　そして遂に、その日がやってきました。──G1レース、阪神ジュベナイルフィリーズ。阪神レース場、芝の1600メートル。その子にとって不足はありません。今までのレースの成績から、ファンの方たちに1番人気にしてもらいました。女の子も、それに答えるべく、トレーニングを積み重ねて、準備万端です。

　……でも、女の子の前に、大きく、大きくて、遂に乗り越えられなかった壁が立ちはだかりました。マイルという距離と。──後のG1を、7勝もする、とある子に。

　そのレースでは結局、女の子は負けてしまいました。……最後の直線で後ろから追い上げてきた、その子に交わされて。でも、皆さんはそれでも"負けてなお強し"と、褒めてくれて、女の子も「次は絶対、負けないのです……！」と、更にトレーニングに励むようになりました。

　次に目指したのは、春の大舞台。"桜花賞"。また、阪神レース場の1600メートルのレースです。その前哨戦、フィリーズレビューという1400メートルのG2レースでは、2位の子に5バ身差をつけ快勝！　挑戦状を送りました。前のレースに負けた子と、もう一人。──その子の生涯のライバルになる子に。

3今度は勝ったの！？23/04/21(金) 21:34:48

　……それでも、ダメでした。たった、たった200メートル。それでも遠く、高い壁がまたも行く手を阻んで。……適正距離、脚が保ちませんでした。走っても、走ってもどんどん、どんどん離されていく。女の子はどうしても、その一歩が足りなかった。

　そして、決意しました。「わたしが輝ける場所でG1を勝とう」と。生まれながらにして持っていた、自分だけの武器。それは誰よりも持っていた、速さ。そして選んだレースは、その自分の速さの証明に挑む、短距離走決定戦。"スプリンターズステークス"。

　ふう……。久々にヒトが来てくれて、嬉しくてついおしゃべりし過ぎちゃいました。あなたは疲れてないですか？　そうですか。ふふっ、すっかり笑顔になってお姉ちゃんも嬉しいです。

　……ほほう、レースが好き、と。では、将来の夢は……ええ、きっとステキなトレーナーさんになれますよ。ふふっ、お姉ちゃんも応援するのです。

　迎えた"スプリンターズステークス"。天気はあいにくの雨模様。でも、心は晴れ晴れとしていました。今までで一番、気分が良かったのです。雨音と芝の香りが、励ますように漂います。そして、ゲートが開きました。

　女の子は今まで最後にスピードをぐっと上げて、他の子を交わしていく、先行という走り方をしていました。けれど、スプリンターズステークスではなんと、始まってからずっと、一番前に立つ、逃げを選びました。

4急に走り方変えちゃったの！？23/04/21(金) 21:36:19

　今のあなたと同じように、今までしたことのない走り方に、ファンの方もびっくりして、大きな声がレース場に響きました。「スタミナが持つわけがない」「途中でバテちゃう」。

　でも、その心配は要りませんでした。その子は速さ自慢の他の子たちを物ともせず、見事、鮮やかで輝かしい逃走劇を演じてみせ、逃げ切ってしまうのでした！　そしてめでたく、G1を勝つことができました！　めでたしめでたし！

　……やっぱり嬉しいものは、嬉しいのです。ようやく届いた祈り。ようやく叶った夢。そのどれもが、輝かしくて、眩くて。今でも鮮明に覚えています。そして、思い出せます。

　……えっ。お、お姉ちゃんはその……その子のいちファンだったのですよ！　わたしが応援していた子がついに勝ってくれたので、ずっとずっと、記憶に残っているのです。

　……その子はその後どうなったの、ですか？　高松宮記念もあって、そしてゆくゆくはお母さんになって？　……そう、ですね。高松宮記念もきっと勝っていて、そして、よいお母さんになっていると思います。

　──なれたら、どんなに良かったことでしょう。

　さてさて、もうそろそろ着くはずです。ここで一番、見晴らしが良くて、目立つところ。ここでならきっと……おや？　

　ふふっ、お父さんとお母さんがあなたのことを、探しているみたいですね。もうそろそろ、あなたにも聞こえてくるはずです。ここにいればすぐに、見つけてもらえますよ。

　では、お姉ちゃんはこれで……えっ？　……わたしの名前、ですか？　そうですね、お姉ちゃんの名前は──。