ここだけ｜あにまん掲示板

火加減のせいか、麺は少し硬い。肉の香ばしさはあと僅かで焦げ臭さに変わりそうなほど。踊るかつおぶしも、心なしか力がない。その焼きうどんは、恋鐘が作ったものに比べれば、見た目も味もはるかに劣る。
それでも、恋鐘は美味そうに麺をすする。今の彼女にとって、これ以上のごちそうは無いとばかりに。
「……恋鐘はすごいなあって思うよ。厨房に立ってみるたびに」
「ん～？急になんね～？」
テーブルの向かいに座り、どこか苦い顔をして言った夫に、恋鐘は笑いながら聞き返した。
「レシピ通りに作ったつもりでも、中々上手く行かなくてさ。美味しいご飯を自信満々で出せる恋鐘はすごいんだなって」
「んふふ～、自信は特技、って言っとったやろ？それと、うちはこん焼きうどん、ばりうまか～！って思っとるよ」
「……ははっ。うん、ありがとう。やっぱり恋鐘にそう言ってもらえると、安心するよ」
一つの夢を叶えて、新しい夢を二人で歩き始めてからしばらく。敏腕プロデューサーから定食屋の主人になった彼は、ようやく、いくつかのメニューならば客に出せる程度のものを作れるようにはなった。
だが、閉店後の厨房で汗を流しながら調理の修行をしているのは、店のためだけではない。
「早いところ、俺もばりうまかものいっぱい作れるようにならないとな。それで、恋鐘にはたくさん栄養つけてもらわないと」
「気が早かね～。うち、まだまだ動いても平気やけん。料理もできるとよ？」
「でも、もうしばらくしたらそうもいかなくなるだろう？ほら、皿は俺が片付けるから、恋鐘はゆっくりしててくれ」
食べ終えるなりてきぱきと食器を片付け、棚から取り出した夫婦湯呑にぬるめのお茶を置いてゆく。
「……聞いとった？お父ちゃんはちょっと心配性やけど、ば～りやさしくて、かっこよか人ばい」
湯呑から薄く立つ湯気。食卓に残るかつおぶしの香り。食器を洗う音。そのすべてを愛おしむように、恋鐘は目を細めた。
「うちも、がんばらんとね～」
つぶやいて、恋鐘は自分のお腹を撫でる。その奥には、まだ小さいものの、たしかにひとつの命が眠っている。